タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
たしかに考えてみると、常人の人間の骨格のままだと大きな重量には耐えられないかもと思い始めました(簡単にいえば、人の乗った小型マイクロバス≒象くらいの重さを支えるためには、象くらいの骨と筋肉と関節が必要になりそうです)。普通の人間の骨だと、太い大腿骨部分の耐荷重(圧縮破壊荷重)でもせいぜい4~5トンが限度と言われていますし、腰椎の耐荷重がそもそも青年男子でも0.7トン程度らしいので、マイクロバスや象(8トン程度)や竜神を馬鹿正直に持ち上げると、パキっとなってしまいそうです。
ただ、竜神自体も巨大ですが象と違い、地面に立ち上がる脊椎動物ではなく、湖沼地帯でずるずると這いずって生活する蛸に近い生態で、体腔部も多いはずですので、重量は象ほどには重くないと思われます。そして竜神の娘も常人ではなく、ある条件下で竜神の体組織により体組織に異変を生じ、相当に外見より強化されているようです。強化ずみ竜神娘なら、ハイエース(車両重量のみだと2トン程度)の前部を持ちあげて傾けたり、竜神を引きずるくらいなら、十分行けるかも・・?
それも考慮しながら、竜神の娘の持てる重量に関する描写については、多少の修正をしてみようと思います。
紫藤みなり視点です。あまり進んでないです。
(紫藤みなり視点)
――どうぞ、これ。
お使いください、とサクヤさんに差し出された薄手のタオルで、わたしは水につかった肌の水気をとる。
少し厚手のデニムのワンピースの生地は水を吸っていて、ぐっしょりだ。裾をしぼると、じゅわっと水が出る。
こりゃ、だめだね。
同情的な、志野くんの視線。申し訳なさげな、サクヤさんの視線。
いったんどこかで、身を整えさせてもらおう。
――――――
ことの起こりは、わたしがサクヤさんの誘いに応じて、志野くんと交代で川遊びに参加し。
冷たい水の流れを楽しみながら、子供をみまもっていたときのこと。
川遊びをしてた子供たちのひとりが、結構大きな蟹を川底にみつけたらしく。
それに興奮して、急いで寄ろうとしてその子(ショウタくん)がよろけた。
転んだところは浅瀬のへり。そこ自体は、溺れるような深さのところではない。
だけれど、そのすぐ外側が急に深くなってみどり色に色づいてる場所で。
さっきから、ちょっぴりあぶないかなー、と思ってマークしてたところ。
たまたま、わたしも近くにいて、ひやっとして。
声をかけてショウタくんの手をひいたときだったんだ。
ショウタくんの大声によびよせられてうしろからきた、少し年長さんの愛美ちゃんも、よろけてしまって。
たまたま前かがみになってショウタくんの手をひいてた、わたしの腰のあたりに手をつこうとして、わたしが押されるかたちになって。
ショウタくんからもすぐ手をはなすわけにいかず、不十分な体勢で、支えきれず。
すこし深いところに、わたしが片脚を踏み込んで支えることになってしまって。
腰のあたりまで水に浸ってしまって、びしょぬれになってしまったんだ。
あ、あと愛美ちゃんも。
深くなる手前の浅瀬部分に、だけど結局、川底に手をついてしまい。
無事だったショウタくんも、姉貴分をたすけようとしゃがんでしまって。
もちろん、3人まとめて飛んできたサクヤさんにひきあげられて無事。
だけど、志野くん以外、みんな仲良くびしょぬれ。
そんな状態になってしまった。
もちろんサクヤさんは恐縮して。
家に戻って服を乾かしましょう、ということになった。
(日はややかたむきはじめてるけど、まだまだ高い。)
みんなで一列になってぽたぽた水滴を落としながら、集落にもどることに。
くちゅん、と愛美ちゃんがくしゃみをする。
こもれ日に光る、きれいな色のハンミョウ。
ふぃぃん、と、ふしぎな軌跡で飛んで、わたしたちの道案内をしてくれていた。
――――――
サクヤさんの家にもどり、離れの小屋のお風呂場に案内される。
木造の建物で、床はセメントの三和土。
ひざのあたりくらいまで、浴槽のまわりは水色のタイルで、それ以外の壁はセメントで塗ってある。
でもそれより上の壁は、本当にふつうの木の薄板。なんなら、板と板の間にすきまもありそう。
大きな窓があって、不透明なポリカーボネートが窓ガラス代わりに貼ってある。
天井側は、屋根裏がなくて梁がそのままみえてる。
洗濯とかもここでやってる気配で、片隅には大きなたらいと洗濯板があった。
大きな窓にもかかわらず、すこしほの暗い。サクヤさんはマッチを擦って、隅の大きなランプに火を灯した。
すぐ準備しますから、とサクヤさんは言い、その間わたしと子どもたちは壁際のベンチみたいな腰掛けに座って待っていることになった。
志野くんは、手伝いに駆り出されてる。
ちょっと好奇心がわいて、浴槽をのぞき込んでみる。
タイルが貼ってあるけれど、床に一部だけ耐火煉瓦みたいなのが顔をのぞかせてる。
これは、たぶん薪風呂?お湯わかすのに時間、かかるんじゃないかなー。
まだ水は、半分も入ってない。
今はさすがに、灯油か何かのボイラーでお湯を沸かすのかな?
そう思ってると、サクヤさんが入ってきて、1つだけある蛇口から、どぽぽぽと水を入れはじめた。
(後でサクヤさんにきいたけど、引っ越した家からもらった太陽熱温水器を天井に乗せてて、この蛇口はその水を引いてきてるらしかった。だから、この水は温水だった。)
やっぱり釜の下で薪を焚く形式みたいで、外でぱちぱち音がしはじめてる。巨大な五右衛門風呂だね。
志野くんも、準備してるのをちらっとみかける。
汗みずくになって、サクヤさんとふたりで薪を運んで火を熾してたみたいだ。
わたしたちが先にお風呂に入ることになった。その間、志野くんは火の番をしながら待機することになったらしい。
サクヤさんは、(やっぱり戦前の人だからだろうか)男の志野くんを先に入れようとしたけれど、勝手がわからないからって志野くんが固辞したみたいだ。たぶん、濡れてるわたしたちに先を譲ってくれたんだと思う。
サクヤさんが戻ってきて、志野くん以外の全員がお風呂に入る。
中の風呂場の三和土は、入口より7,80cmくらいも高くなってる。
子供たちは早速服を剥がれ、風呂桶にたまりつつあるぬるま湯をかけられる。
服は、大きな籐製の衣類かごに放り込まれた。後でお洗濯するのかな。
すこし気恥ずかしくて(このお風呂、引き戸はあるんだけど、天井も高いし壁もうすいし、かなり開放的なつくりなんだ)、サクヤさんを横目でみる。
サクヤさんは思いきりよく、服をすべて脱いでしまっている。
服に隠されてた部分のしっとりとした肌は、白くなまめかしく、多少日焼けしたひじの先とは対照的だ。
ただ、肩の外側の一部、背中の肩甲骨の出てるあたり、豊かに盛り上がって突き出た、皮下脂肪のしたに筋肉が浮いているおしりのあたりに、わたしは白銀のうろこをみつけた。
サクヤさんは、そこまで背は高くない。ハルカちゃんより、背も低いかもしれない。
でも志野くんのいうように、むかしの人、戦前の生まれにしては、長身のほうじゃないかな。
ただ手足はやや太めというか、むっちりしてて。──そう、骨太でしっかりした筋肉がある。
肢も腕も、そして体幹部も、女の人らしいやわらかな肌につつまれてはいるんだけど、その下に。
たぶん農作業とかで力を使うからかな、かざりじゃない、たくましい筋肉が透けてみえる。
ふとももも、ふくらはぎもみっちり太いし、筋肉のうかがわれるおしりも、大きく立派だ。
服を着てるときはふつうにみえたんだけど、着やせするタイプなんだろう。体の線の出にくい和風の服のせいもあるのかな。
「それでは、私は、ショウタを洗いますから。
みなりさんは、愛美をお願いできますか。」
「え、ええ。」
じいっと見入ってたわたしは、振り向きざまに声をかけられ、思わずびくっとしてしまう。
風呂椅子は1つしかないけど、愛美ちゃんに、とゆずってくれた。
その風呂椅子に愛美ちゃんを座らせて、髪と肌を洗う。
シャンプーと石鹸は市販のもの。たぶん最低限の外部とのやりとりはあるのだろう。
椅子もあっておとなしかった愛実ちゃんは手がかからず、わたしは先に愛美ちゃんを洗い終わった。
愛美ちゃんは、──たぶん何度からこの家のお風呂に入ったことがある風情で。
わたしの手をにぎり、浴槽に移り。
お湯のたまりかけた、浴槽のお湯に手をつけて熱さを確かめてから、ゆっくり足をいれて入った。
ちなみに中の浴槽、浅い部分と深い部分があって、もちろん愛美ちゃんはこの浅いところにいる。
深いところでも、なんとか背は立つのかな。でも、こわいみたいだ。下に釜があるのか、あついお湯がもわあって上がってくるし。
愛美ちゃんは、聞き分けはいい。大丈夫そうだね。
わたしはその愛美ちゃんに、それとなく気をつけながら。
見るともなく、ショウタくん(きゃあきゃあ言って落ち着きがないので、手間取ってた)の担当になり、手を焼きつつ、わたしに遅れてようやくいま洗い終えたらしいサクヤさんのようすをうかがってみた。
ショウタくんを洗い終えてお風呂に送り込んだサクヤさんは。
今は立ち上がって、なにやらポリカの窓枠の上のへりのところにおいてあった、せっけんの予備らしきものをつま先立ちになって、取ろうとしてた。
その、腕を上げ、背のびした姿勢のうしろ姿に、目を惹かれる。
盛り上がった筋肉質のおしりの下の線(殿溝)とおしりの谷間、そして今まっすぐそろえて立ってる両足のすきまによって、「十字」というか辺が内側に湾曲した
腰は締まってる。胸はやや大きめ、おしりは胸よりもっと大きくてさとみん級だ。
ふとももとふくらはぎに、力づよい筋肉がういてる。
そのサクヤさんの迫力ある体から、ようやく視線をはずしわたしの脳裏には。
なぜか脈絡もなく「
「みなりさん。
お背中、お流ししましょう。」
気がつくと、サクヤさんは。
わたしの凝視に気づいたのか、どこかはずかしげに。
おずおずと、申し出てくる。
(せっけんやシャンプーは1個しかないから、わたしがサクヤさんに遠慮して待ってたと思ったみたいだ。)
「あ、それじゃ。
わたしもサクヤさんの背中、流しますよ。」
サクヤさんは急にあわてふためいて、辞退しようとしたけど。
もちろん、逃がさないよ?
「深淵を覗くものを、深淵もまた見返す」んだ。
わたしは思うところがあって、積極的にお願いして。
どうやら押しに弱いサクヤさんに、交互に髪を洗い、背中を流しあうことを了承してもらった。
触ってみた、サクヤさんの背中。
むちむちした肌の下には、しっかりした背筋がある。
わたしの知る限り最強の女の子であるさとみんと同じくらい、いやへたをするとそれ以上に力が強そう。
事実、志野くんやサクヤさん自身の言葉を信じれば、サクヤさんは人の域を超えた怪力を持ってることになる。
たしかに力強いけれど、いわゆるボディビルダーみたいな感じまではないし、人の乗ってるハイエースを持ち上げて傾けられる、というのは信じがたい。
たぶん何かのかたちで、竜神さまの力で筋肉や関節も変質・強化されているってことだろう。
「みなりさん?」
不安そうな、サクヤさんの声。
「あ、すいません。」
絖のような肌をてのひらて撫で洗っていて。
あの肩甲骨のあたりのうろこのつるつるを楽しんでいたら。
サクヤさんが、くすぐったげに身をねじり、すこし赤くなった顔をこちらにむけて抗議するように声をかけてきた。
拗ねるようにこちらを一瞬みあげた、すこし薄暗いので瞳孔の開いた状態の猫の目がかわいい。
洗いっこがおわり(サクヤさんはなにかこわれものをさわるようにこわごわと、わたしの背を洗ってくれた)。
さくやさんが、かんたんに大たらいで子どもたちとぬれそぼったわたしの服をすすぎ洗いしてくれて、水をぎゅうぎゅうと絞って形を整え、ハンガーにつるしてくれた後。
わたしとサクヤさんは、浴槽の深い部分に浸かり。
浅瀬部分でなんか話してる子供たちを横目に、軽くおしゃべりする。
お風呂はぬるめだったけど、だんだんあったかくなってきてる。
お互いに深いことは、まだ聞かない。
せいぜい、好きなものとか、嫌いなものとか。
サクヤさんの好きなもの。
ときどき母が作ってくれたあまい芋の餅。教えられたとおり作るけど、同じ味にならない。
知り合いの小父さんの持ってきてくれるお菓子。あいすくりんがあまくてつめたくて好き。
家の裏に植わってる枇杷の実。今は代替わりした二代目か三代目からしいけど、最近は実つきがわるくてかなしい。
川下の集落の友達から借りてた、少女雑誌や浪漫小説。半世紀以上前に借りたまま、友達は引っ越して出ていってしまったので返し損ねてしまってる。続きが読みたい。
ちんちんに熱くわかした、お風呂。
その風呂上がりの、冷やし飴(冷えた甘い飲み物のことみたいだ)。
サクヤさんの嫌いなもの。
意地悪でいやらしいことばかりしかけてきた、地主の息子(うん、わかるよ)。もう死んでる。
母親と一緒に無心に行った、親戚の家で浴びせられた嫌味。この親戚ももう村を離れてて、行き先も知らない。
子ども時代、野良仕事を手伝ったのに、言を左右にして約束どおりお金を払ってくれなかった村人。
ごき○り。とにかく嫌い。
屋根の水漏れ。なんとか直したけど、大雨の日は不安。
家の普請はいろいろわからない。何しろ素人だから。引っ越した人の家から持ってきて取り付けた太陽熱温水器も、便利だけど整備は手さぐりだ。
そんなよしなしごとを、聞いてるうちに。
わたしは、サクヤさんのことをもっとよくわかった気がした。
サクヤさんは、いろいろなところで人とちがってる。
すごい力持ちで、志野くんより(もしかするとさとみんより?)足も速くて。
いろいろ、金縛りみたいなふしぎな術も使えて。
暗いところでも目が見えて、背中や肩にはウロコもあって。
サクヤさんを生贄にした人たちをコロコロしちゃったりして復讐する激情も、あって。
ふつうの人には、ない特徴がいっぱいある。
でも、それでも。
サクヤさんは、本当のサクヤさんは。
たぶんわたしと同じくらい(か、すこしだけ上かな?)の歳の、普通の女の子なんだと思う。
ほら、髪の毛を洗って流してあげてるときの、目を閉じて気持ちよさそうな表情。
さっき、背中の筋肉やうろこをさわられてこちらに向けた、くすぐったそうな、はずかしそうな顔。
そして今、浴槽でぬるめの湯にみんなで浸ってて。
ちいさな子に、――そしてわたしにも慈愛の目を、注いでいるけど。
どこか、お姉さんぶって、背伸びしてる子みたいな感じ。
サクヤさんは、きっと学校にいたら、落ちついた子たちのリーダー格みたいな感じかな。さとみんたちよりすこしおとなしめの、マジョリティのグループだ。
おんなじクラスにいたら、きっとわたしも友だちになれる感じ。
あ、わたしの高1のころのクラスメイトの剣道部員みたいな感じかな。
そういえば、あの子も剣道は子どもの頃から道場にかよってて強かったらしいけど、きたえすぎて脚が太いって気にしてたな。
サクヤさんの体は、それよりもっとすごい感じ。
そのすごい肉体を持つサクヤさんの精神というか心は、でも意外に繊細なんだと思う。
たとえばウロコとかこの筋肉質な脚とかのことも、もしかしてはずかしいと思ってるんじゃないかな。
そしてお風呂が熱くなって浴槽から出て、今日つかまえたカニたちの入ったたらいをのぞき込んで遊び始めた子どもたちを、わたしたちは回収して、拭いて。
子どもたちに、体にあった浴衣を着せる。サクヤさんの子供のころのかな?
わたしは、サクヤさんに借りた、緋色の折り鶴の柄の浴衣を着た。
サクヤさんも、濃紺の単色染めの、朝顔の柄の浴衣を着てる。
そしてわたしたちは、またぺちゃぺちゃしゃべりながら、移動し。
火の番をしながら日陰で待ちぼうけをくらっていた志野くんに、風呂場をゆずったのだった。
――――――
それから、小一時間後。
「西瓜を、裏の井戸で冷やしておいたんです。」
そう言って、サクヤさんが縄をかけたスイカをかるがると運んできた。
サクヤさんは、わたしにお皿を運んでくれるよう頼み。
わたしは、台所の戸棚から青い絵付けの皿を運ぶ。
志野くんも、もうお風呂を上がってきて、紺の甚兵衛をきてる。
みんなで、切った西瓜を食べることにする。
子供たちと志野くんは、――縁側から種を飛ばしてるね。
「殿方って、ああなんですね。
こどもっぽい、と申しましょうか。」
「うん、そうだよ。
少なくとも志野くんは、子供だね。」
わたしとサクヤさんは、そんな風に志野くんをくさして、笑い合ったんだ。
開け放ってる縁側からは、風が吹き抜けてきて。
ちりりん、と風鈴が鳴った。
―――――――
「みなりさん。よかったら、ちょっとこちらへ。」
志野くんは、意外に面倒見が良く。
いまは子供を背中に乗せて、お馬さんをしてあげている。
きゃあきゃあと子どもたちは楽しそうだ。そう、ぶつくさ言うし無表情だけれど、意外に志野くんは子ども受けがわるくないんだ。本人は認めたがらないけれどたっくんにも甘い。
そんな志野くんたち3人を置いて、わたしはサクヤさんの私室にいざなわれてた。
狭いけど座卓以外にはほとんど物がない、よく掃除された一室。
サクヤさんがはにかみながら押し入れを開くと、書棚があって。
あまり多くはないし、古びているけどよく読み込まれた蔵書がすがたをあらわす。
ふうん、吉屋○子か。「花物語」はわたしも読んだよ。
さっきもお風呂で言ってたし、少女小説が好きなのかな。
そう思って、サクヤさんが読みかけで終わりまで読めてないらしい、少女小説のこととか。
コバルトシリーズや妃室冴子の本とかに言及すると、おかしいくらい目を輝かせて食いついてくる。
ほほえましいな、とおもったけど、ふとそんなサクヤさんの境遇を思うと、なんとも言えないかなしみが胸にひろがった。
このサクヤさんの家や蔵書は、遠縁の親戚にもあたる幼なじみ(もう70をこえてる)の家が、保存してくれてたものらしいけど。
その幼なじみも体が弱ってきてて、──もしその人が亡くなると、サクヤさんはほんとうにひとりぼっちになるだろう。
聞くと、やっぱりサクヤさんはわたしたちとほぼ同年代で竜神さまに捧げられたみたいだ。
まだ太平洋戦争の、はじまる前のこと。
そして数十年。サクヤさんを置いて世界は進み。
竜神様とともに目覚めたのが、ほんの数年前。
復活したサクヤさんのことを化け物だと言って殺そうとした、老人たちを返り討ちにし。
(この老人たち、どうもサクヤさんの口ぶりでは数十年前にサクヤさんを生贄にしていろいろ悪いことをした人たちらしい。)
その後は竜神と共に結んだ誓約のため、この村を離れることもできず。
残された身寄りのない老人たちや、入ってきた子どもたちを守る必要もあって。
ひとりでなんとかしようと戦い続けてきただろうことは、疑うべくもない。
目を輝かせて文学談義をしてるのは、きっと同年代の子との会話に飢えてるからなんだろう。
せめてもの、心慰みにと。
わたしは自分で読んでみて面白かった小説をいくつか貸し出すことや。
また機会があったら、訪れて親しくおはなしすることを約束した。
──────
「ちょうど、裏の庭にすももが生ってるんですよ。
いくつか、ご自宅にもっていきませんか。」
居心地のいい小部屋で、傾きかけた陽光に煌めく、風にゆれる庭の草木を眺めながら。
さすがに時間のことを思い出したらしいサクヤさんは、名残惜しげに。
そう言って、部屋から出て行った。
わたしは、手持ち無沙汰になり、──ふと、座卓の上にある書類に目をとめた。
(あきらかにコピー用紙の書類で、戦前の生活っぽいこの家にはそぐわなかったんだ。)
そう。そのステイプラー止めの書類は、めくられてて、いちばん上になってる一ページ。
顔写真の白黒コピーがあり、それがわたしの知る人に似ていたんだ。
「!」
わたしは、背筋に戦慄が走るのを覚えた。
その画質がよくないけれどはっきり特徴がわかる、性格悪げな顔は。
わたしをあの勇お父さんとさんざん責めさいなみ、いたぶった
──────
──お洋服、かんかん照りの日なたに干しておいたんですが、まだ少し生乾きですね。
そう言って、サクヤさんが、申し訳なさげに服を持ってきてくれた。
あのたくましい腕でぎゅうぎゅうに水を絞って干し、いちばん乾きやすい、風のとおる日なたに干したにもかかわらず。
わたしのデニムのワンピースは、まだ少し湿ってる(下着は、だいじょうぶだよ)。
それくらいいいよ、とわたしは思ったけど、サクヤさんの言葉に甘えて、借りた浴衣でそのまま帰ることにした。
申し訳ない気もするけど、サクヤさんからも強く勧められた。
どうも、浴衣を貸しておけば、またわたしが返しに来てくれると思ってるんじゃないかな。
そして、わたしはあの書類のことをそれとなく聞いてみた。
サクヤさんが、あの脂肪女の仲間だったら。そう思ったんだ。
サクヤさんが言うには、仲買や周旋人のような仕事をサクヤさんは受けることがあって。
あの書類は、その仕事で、女中奉公を周旋することにした人についてのものらしい。
もちろん、サクヤさんはあの脂肪女とは、仲間でもないし、知り合いでもなんでもない。
そういう話だった。
それを聞いて、わたしは何か既視感とかすかな頭痛を覚えた。
これは、あのたっくんのお母さんが売られることになった経緯と、似てる気がする。
「サクヤさん。そのお話。
お急ぎでなかったら、ちょっとだけゆっくり進めるのでも構いませんか。
わたしが、こんど来る時まで。来週中にでも。」
そういうと、サクヤさんは驚いたようすだったが、異存はないらしくこくこくとうなずいて了承してくれた。
居間にもどり、二人の子どもに振り回された志野くんを救出して。
サクヤさんから、おみやげのスモモの入ったわら半紙の包みを頂きながら。
わたしは、志野くんやさとみんと相談しようと改めて決心する。
いろいろ、この脂肪女のことも含め、きなくさいことがある。
ああ、何より、あの館でのことを話さなきゃ。
あの館の主人のおじいさんや、あの執事の、わたしの伯父さんや、チカチロウさん。
ほんとうは、すごく邪悪な人なのかもしれないってこと。
まるで思考を誘導されてたみたいに、こんなに重大なことが、今までずっと、頭から飛んでいた。
でも、あの館のことを話そうとすると、なぜかすごく頭がいたくなる。息もできないくらいに。
まいらさんのおおきな胸のこととか、館でのことでもあたりさわりのないことなら、大丈夫みたいなんだけど。
口に出さずに、メモに書けばいいだろうか?
いや、館の暗部について伝えることを考えようとしてるだけで、ほら。
頭が、ずきずきと痛みはじめてる。
そういうやりかたじゃ、だめな気がする。
たぶん、
どうしたら、それを伝えられるだろう。
意識せずに、伝える?変な様子で、勘のいいさとみんとかにわかってもらう?
ちょっとさびしそうな笑みを浮かべて、子どもたちふたりと手をふりながら、わたしたちを送り出すサクヤさんに手をふり返し、別れを惜しみながら。
志野くんとふたりで、また来た山道をたどるわたしの頭には。
そんな難問についての思索が、うずまきはじめていた。