タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
ちなみに彼女は交遊関係に厳しかった両親(※当時としてはごく普通)のせいでこれまで同年代の異性との交際経験はなく、かなり拗らせているようです。
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(「竜神の娘」こと、竜宮寺咲耶視点)
客人たちを手を振って見送った後。
竜神の娘はふたりの子供たちの手を引き、その親たちの住まう家に向かう。
ふたりの親はお互い面識があり、同じ家に住んでいる。
二人をひきわたし、服はまた明日届ける、と伝えると、恐縮される。
奇妙な外見にもかかわらず、子供は適応が早く、すっかりなついてくれている。
親たちも大事な子供を預けてくれるくらいには信頼してくれているようだが、まだ遠慮がありそうだ。対面していても、距離が遠く、顔への正視を避けられている。
この畜生じみた外見を憐れまれているのだろうな、と竜神の娘は想像する。
家にもどり、あとかたづけをする。
客人や子供の服は、まだ乾ききっていない。干したままでいい、おそらく今日は雨は降らないだろう、と竜神から受け継いだ感覚が告げる。
客人が去った、がらんとした居間。
客人たちのざぶとんが、まだ仕舞われず並んでいるのを見る。寂寥感が漂う。
ふと、ざぶとんを前に正座した姿勢から上体をたおし、志野青年の座っていたざぶとんに頬を寄せてみる。
温みはもうないが、わずかに残る体臭。感覚の鋭い彼女にしかおそらくは感じ取れない、男の汗の匂い。
――なんてはしたないことをやっているのだろう。
だが、なぜか慕わしく、離れがたくて。
そのまま彼女は足をくずし、彼のほのかな匂いに包まれながら、ざぶとんを枕に横になる。
ざぶとんに頬をつけ、その起伏の目立つ体をうつ伏せ気味の横向き寝の姿勢にして。
鳴き交わす小鳥の声の中、日が山影にかかり、暗くなりゆく庭をながめながら。
彼女はさきほどまでの客人たちとのやりとりに、ぼんやりと思いをめぐらす。
――――――
川から戻った子供ら(紫藤みなりを含む)を風呂場に案内し。
薪を、志野青年とふたりで薪小屋から移した。
彼はシャツをまくり、引き締まった筋肉のある腕で、薪を運んだ。
汗に濡れた肌に、はりつくシャツ。
彼女の目は、その彼の生命力のみなぎる、まだ悲しいほど若く広い背中に、釘付けになってしまった。
──恥ずべき行いだ。
そう思いながらも、彼女はどうしようもなく、この無口な若者に惹かれ。
青年が振り向くまで、その後ろ姿を飽かずみつめた。
この青年には、邪悪なものが潜んでいる。
彼は、あの竜神の窖で。
国領ハルカを獣の姿勢にさせ、本来の男女の交接に用いるのとは違う穴を貫き。
彼女が達しても許さず、失神するまでむごく責めぬいていた。
その国領ハルカの記憶を、心術で読み取った竜神の娘は。
ときに誘惑に負け、独り寝の入眠時の慰みに、自分と国領ハルカを置き換えた妄想を反芻したりもしていたのだが。
そして今日、つれてきた年端のいかない少女。
まだつぼみのような、初潮も怪しい幼い彼女から、なぜか雌の発する、甘い花の匂いがしていた。
間違いなく、彼は。
倒錯的な性癖の持ち主にして小児性愛者、そして無節操な女誑し、性欲異常亢進症である。
しかしそれでも、彼のすがたが視野に入ると、竜神の娘の心臓は。
理性に逆らい、青年の影を慕って、拍動を早めた。
ただ。
あの可愛らしい小さな少女と、青年が寄り添う様子。
そしてほとんど
彼女には、なんの望みも残されていないこと。
彼からのわずかな関心すら、彼女は受けられない、そして受ける資格もないことが、あきらかであり。
そのことは大樹を引き抜いても大石を放り投げてもほとんど平常時と脈拍数を変えない彼女の
だが、今こうして、風呂の準備をしているこの十分あまりのひとときは、彼女は彼とふたりきりであり。
彼とのはじめての、共同作業に従事する。
彼女の説明の言葉にだけ関心を集中し、耳を傾ける彼。
このおだやかな時間のままで、永遠に時が止まればいい、と彼女は思った。
だが、――彼女は問わねばならない。
彼を盲目的に慕う心に反して、彼女の理性と正義感は、彼を弾劾せねばならないと告げていた。
風呂の焚口に薪を置き、火をおこし。
彼に操作を教える、ほのかに甘い時間がすぎて。
彼女はようやく、彼に直言した。
下手をすると、激怒されるかもしれない。
しかし、これはうやむやにしてはならない。
あの可憐な少女や、愛すべき国領ハルカのためにも、そしておそらくは彼自身のためにも。
そう、彼女は思ったのだ。
「言いにくいことなのだが。」
賽は投げられた。
「勇士殿は、国領ハルカという許婚者がいるのに、あの子供のような少女に手を出しておられる。
しかも勇士殿は女の国領ハルカを、殿方が殿方を愛するような、変態的な愛し方をしておられる。
色情狂、小児愛、変態性愛。
それらは、病であろう。
勇士殿は、治療、矯正を受けるべきだ。」
少し早口で言い募った彼女は、言葉を止めて息を継ぐ。緊張で口の中が乾いている。
これらの言葉に、激怒される可能性も高かった。竜神たる父の帰還への協力を拒まれる可能性も。
だが必要だと思った。だから言った。
だが彼女の弾劾に、彼は怒りを見せない。
ただ余人には理解されない寂しさを宿した、虚無的な視線を火に向け。
その炎の色を白皙の横顔に映し、彼女の諫言にじっと耳を傾けている。
ひとつうなずいたのは、きっと彼自身もわかっていたからなのだろう。自分の、精神的、性愛的な奇形さを。
異形として生きる痛みを、彼女も知っている。彼女のそれは、主に肉体的なものだが。
内なる地獄を抱える、彼の孤独を思い。
彼女は、彼のその姿に胸を締めつけられるような感覚を覚えると同時に。
どうして自分が彼に惹きつけられてしまうのか、その理由が痛切にわかった気がした。
――そう、きっと。
彼らはふたりとも、この世に受け入れられることのない存在。
身体を竜神の因子で歪められ、剛力と超常の力を得た代わりに、人間の範囲から外れてしまった彼女。
愛する女を救うために奈落に飛び込む侠気を持つ勇士でありながら、世間からは排斥される歪んだ変態的肉欲を持つ彼。
ふたりとも、この世界には異物であり、安住の地なく流離うしかない者なのだ。
願わくは。
もうこの身に、人並みの幸せなどありえないのならば。
異常が露見し石もて追われた彼と、はるかな逃避行に出たい。
地獄めぐりになるだろう、それでかまわない。
火の平原、血の大河と氷の山脈を越えて、ふたりで流浪し続ける。
いつしか旅に病んだ、彼を看取るまで。
そう彼女が、思いをめぐらすうちに。
眠たげな切れ長の目を、今日はじめてこちらに、真正面から向けた青年は。
しばしの間を置いて、彼女の言葉に答えた。
その返答は、なかなかに非情で取りつく島もないものだった。
「国領のことなら、心配無用だ。国領には国領の役割がある。
ちゃんと、その役割を果たしてもらってきてる。
契約を結んだからな。たとえ本人が嫌だと言って逃げようとしても、逃さない。きっちり、最後までつきあわせる。」
かつて読んだ少女小説の、女主人公である少女の悲惨な転落劇が頭をよぎった。
そう、彼は確かに言った。「契約」「国領の役割」「最後までつきあわせる」と。
「契約」。
そう、あの明朗快活な少女、国領ハルカは。
彼に、
もしかすると、心ならずもこの人でなしの勇士に囚われているのだろうか。
そうではなく、国領ハルカも彼を慕っているように、前回彼女には思われたが。
しかし以前、隣村で女を殴り犯した粗暴な男が、なぜか殴られた女と恋仲になり結ばれていたことを竜神の娘は思い出す。
人間の
弱い心を守るため、被虐者が虐待を愛だと信じ込む、ということなのだろう。
「役割」。
これは、言うまでもないだろう。
法の鎖につながれた奴隷として、様々な痴態でこの男主人を愉しませる。
――場合によっては、あのような屈辱的な姿勢で、しかもあの不浄の穴で。
そういうことなのだろう。
「最後まで」。
あのような変態的な行為さえも、まだ最後でないとしたら、いったい、――
修羅場をその怪力と心術で、かいくぐってきたとはいえ。
もともとは素朴な田舎の小娘である彼女は、目の前の青年の屈折ぶりを感じ、軽い立ち眩みのような感覚を覚えた。
しかし青年はそれにかまわず、さらに言葉を続ける。
「それに紫藤は国領の代わりじゃない。ふたりとも必要だ。
それに紫藤は十分に大人で、一人前に役割は果たせる。」
青年は、あの可憐な少女、紫藤みなりのことも、解放する気はないらしい。
そしてあのような幼い少女に、「役割」を果たさせるつもりらしい。
国領ハルカの例をみれば、――もちろん。
どうやって「役割」を果たさせるつもりなのか、明らかだった。
「それに、紫藤だけじゃない。別にもう一人、いる。――いいだろう?」
そして国領ハルカ、紫藤みなりという二人の乙女たち以外にも。
彼が、その後宮に囲い込んでいる女がいるらしい。
そうだな、わずか2人で済むはずはない。
彼女は自分の見通しの甘さを、内心、嗤った。
「勇士殿は、――」
だが、これらの非情、破廉恥な言葉にもかかわらず。
絶句した彼女の心を満たしていたのは、怒りでも、恐れでもなく。
――心が傷ついた子供が虚勢を張って悪ぶるのをみるような、憐憫の情だった。
そう、彼も好き好んで、その性癖を歪ませてしまったわけではないはずだ。
竜神の娘がその身体を作り変えられるに至った経緯が、
彼を歪ませた、何かの理由がある。その意味では、彼も被害者なのだろう。
傷の舐めあいなのかもしれないが。
彼女は、今までよりいっそう強く、この目の前の青年を理解し、寄り添いたいと感じた。
――私もまた、分に外れた力を与えられはしたが。
いつかその呪いに心を狂わせ、勇士に殺される運命の存在でしかない。
なれば父を送った後、我が身と命、どう使おうとも構うまい。
彼女は、そう思い定め。
ようやく、──ある意味では、さっきの彼への非難の言葉よりも勇気が必要な、つぎの言葉を口にすることができた。
「勇士殿は、きっと、渇いているのだな。
その渇きは、たとえば。
もし私が勇士殿にこの身と愛とを捧げ、好きに味わってもらえば、わずかでも癒えるのか?」
言ってしまってから思った。随分とおかしな言い草だ。
だいたい、あの快活な国領ハルカや、可憐な紫藤みなりほど、竜神の娘は彼の目に魅力的には映っていないだろう。やすらぎや治療の一助になるなどと、思い上がりもはなはだしい。
娘時代はこの地方一の美女と言われたことも、ありはしたが。
いまは女人にあるまじき怪力、猫の目に加えて、ごく一部とはいえおぞましい鱗を身に生じるに至っている。
たとえ彼に肌を許したら、彼に新しい倒錯趣味を加えるだけになろう。
しいて名付ければ、「獣姦」であろうか。
「ああ、それでいい。それなら、多分。
あとで、ゆっくりな。」
そう、自虐する彼女をよそに。
彼は思いのほか、その申出に心が動いたようだった。
たぎる情欲を浮かべた視線が、彼女を舐めるように眺めまわし。
そして。
――でも本当は、今すぐ欲しいくらいだ。
そう言って、青年は笑みを浮かべた。
多分、自分の言葉は彼の心に、まったく響いてはいるまい。
しかし、口実はできた。
点滴が石を穿つように、長い時間をかけ、彼の心に入っていくことができるだろうか。
冷たい大貴族の家に迎えられた落胤の孤児の少女が、最初はいじめられつつも、時間をかけてその家の人々の心を温めて溶かしていくという、彼女が娘時代に好んで読んだ少女小説のことが、頭に浮かんだ。
あるいは、そうならなくてもいい。
彼は、ついに変わらず。
自分は無駄にその貞操と命を無惨に散らすだけに終わるかもしれない。
だが、それもいいではないか。
竜神の祝福と呪いを受けた、人並みはずれて強健となったこの身体。
彼女の幼少のともがらである老女がこの世を去ると、彼女はこの世で、ただ一人。
すこしずつ進む心身の変質により、彼女は、そのうち心を狂わせてしまうであろう。
彼女を女として見、愛するものなど、いるはずもない。
少しずつ面積を広げる鱗、獣のような眼に加えて。
力をこめてこの腕で抱きしめ、この肢で巻き付けば、常人の骨など砕けかねないのだから。
この人の世では、彼女は化け物でしかない。
仮に彼が変わらないとして。
この下劣な英雄にむさぼられ、やがては肉の槍でなく、冴え冴えと光る冷たい鉄の槍で貫かれて果てるとしても。
それはそれで、彼女にふさわしい物語なのだ。
いや、彼女には幸福な夢物語より、その苦く無情な結末の方が、ふさわしい。
彼女の一家を嵌め、空梅雨での干害を口実に彼女を竜神への生贄に送りこみ、反対した彼女の叔父を無知な村人を煽って殺したうえに。
竜神の試しを経て生還した彼女を拉致して
数十年を経てこの世に生き戻った彼女の口を封じようと野に火を放って焼き討ちにしてきた、老いても腐りはてた性根のままの彼らを窖に抛り捨ててやったこと自体は、後悔していないが。
復讐のために手を血に染めたときから、彼女はどこかで贖罪を求めていた。
「ええ、それでは、そのように。
存分にお召しになって、いただきましょう。」
だから破れそうな鼓動、幸福に震える胸を押えながら、彼女はそう切り返す。
頬に、子供時代に男の子に揶揄われて切り返してたときのような、勝ち気な笑みが浮かんだ。
「楽しみにしている。」
そして青年は、本当に何か好物の食べ物のことでも話すように、軽い調子で彼女に告げる。
それに応えて頷きかえす、竜神の娘は。
まるで隣村の若衆たちの噂で友人と盛り上がってた小娘の頃に戻ったような気持ちで。
どくどくと体を熱くする血流で赤らむ自分の頬に浮かぶ笑みが、妖艶なものになっていくのを感じていた。―――
――――――
思いにふけっているうちに、庭に影が伸び、かげってきた。
彼女はようやく、離れがたいざぶとんから頭を上げ、身を起こす。
朝、十字路の寄り合い所で、今日の分の食事はすべて作ってある。
家々に届けるのは、今日の当番のあの子らの母親がやってくれる。
ようやく親戚がみつかり、村を離れることになった東のはずれの家の婆のお別れ会の予定は、明日だ。もう用意はあらかた済ませてある。
つまり今夜は、彼女はゆっくりと家ですごすことができる。
まださきほど消したばかりの湯も、温かい。
彼女は、ふたたび風呂場に赴き。
お気に入りの朝顔の柄の浴衣を脱ぎ、しどけない格好で、集めてきた家じゅうの洗濯物を洗い張りする。玉の汗が、肌に光る。
洗濯が終わると、少しぬるくなったお湯につかる。
もっと熱い湯が好みだが、ぬるめのお湯も嫌いではない。
肌を洗う手に触れるいとわしい鱗も、今は気にならない。
それどころか、普通の皮膚とすこし違った感覚のあるそれを摩り、そこに彼の手の感触を重ねてしまう。
罪悪感を覚えながらも、豊かな胸を片手で揉みしだき、もう片手を下腹にのばした。
灯を必要としない彼女が風呂に入っている、暗い水場の小屋。
浴槽の水が乱れ、彼女の押し殺したかすかな喘ぎが、鈴虫の声の沁み入る室内に響く。
半刻後、浴室を出た彼女は、かつてない疲労と眠気を覚え。
就寝前の身づくろいをして床を延べて入った数分後には、健やかな寝息を立てていた。