タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
三人称(国領ハルカ、調布智美)視点です。
一部、後で修正するかもしれません。
雨上がり、まだ曇りぎみの日曜日の朝。
調布智美と国領ハルカの2人組が、学校への道を歩いている。
いつもならセミの声がしゃーしゃーとふりそそぐ、並木の歩道。
今日は曇天でまだ朝早いからか、その鳴き声もまばらだ。
その風にそよぐプラタナスの青葉の下、二人は少し早足で歩く。
広めの歩道には自転車の走行帯もあって、ときどき彼女らと同じ制服を着た子が通り過ぎる。
学校の敷地を囲むフェンスが、みえてきた。もう3、4分くらいで学校に着く。
「さとみん。ほんと、こんな早くからごめんねー?
月曜日に、ちゃんとしのりんには言っとくから、さ。
だからさ、――」
――お休みの日くらいは、さとみんもゆっくり休んでよ。
帰りは、ボクひとりで大丈夫だよ。約束する、気をつけて大きな通りだけ歩く!
だから、さ?
この多忙な友人を休日の早朝から付き合わせているのが、心苦しくなってきて。
国領ハルカは、ニュアンスに気をつけながら、切り出してみる。
最短ルートより15分ほど時間がかかるという、毎日の学校への登下校の付添い。それはまあ、まだいい。
でも、さすがにこの友人としては学校に用もないであろう、休みの日の部活にまで、つきあわせるのはどうかと思ったのだ。
だから、本当は今日の部活の練習も、こっそり一人で行こうとしてた。
昨日の話だと、調布智美も志野の警戒はやや過剰だと思ってたみたいだし。
今日の予定の
その後も電話もなかったし、暗黙の了解で、きょうは護衛なしかな?と思ってたのだけど。
だけど寝坊しかけてパンをくわえて家を飛び出した彼女は、もよりの路地の角を曲がってすぐ、出待ちしたか、あるいはちょうど来たところらしい(調布智美は後者だと言っていたが、おそらく前者だと国領ハルカは思っている)、調布智美にみつかってしまったのだ。
まあ、たしかに護衛に就いてもらうことになった、はじめのときに。
1週間の粗々の予定は告げていたけど、さ。
メモも取ってなかったけど、ちゃんと覚えてたんだ。さすがさとみん。さすみん。
すこしいそがなきゃ、ということで。
女の子の出会ってお決まりのように、わーきゃーと言葉を交わした後。
しばらくふたり(うちひとりはパン喰い娘)は言葉少なに、急ぎ足で道を急ぎ。
ようやくもぐもぐと頬を膨らませつつトーストを食べ終え、見えてきた学校の姿に、遅刻もまぬかれたかな、とふたりが足を緩めた、そのころあいに。
国領ハルカは、感謝を再度伝えたあとで、細心の注意を払い、眉を八の字にして先の言葉を言ってみたのだった。
だがもちろん、
「あら、ハルカはあたしと一緒にいるのがイヤになったのかしら。──よよよ」
「ちがうしっ!」
調布智美が眉をひそめて、傷ついたような、悲しげな顔をみせる。
もちろん冗談で、目は笑ってる。
わかってても思わず、国領ハルカはあたふたしてしまう。
国領ハルカは、この友人といっしょに登下校するのが、嫌なわけではない。その逆だ。
話し相手としては、頭の回転も速くて面白い。話の引き出しも多い。。
人目を惹く美貌と漂うカリスマ。いっしょにいるとある種の虚栄心がくすぐられる。
通りすがりの人にも一目置かれる鋭角的な、一見すると権高そうな物腰。
同道してる間は、わざとぶつかってくる変な人も痴漢もナンパ坊主も、まったく寄ってこなくなる。笑えるくらい。
彼女が実際に護衛として強いのかどうか、国領ハルカにはわからない。だけど、そばにいてくれると心強い。
そして成績はいいのに、実はぜんっぜん真面目な優等生なんかじゃない。屈折ぐあいが新鮮で面白い。
──登下校以外でも、もっとべたべたつるんで遊びたい。みなりんも誘って、この前みたいに。
そう、思ってしまう。
それに、ときどき。
大きい切れ長な目で流し目をよこされたり、気づかってもらって自転車とかからかばわれたりすると。
乙女心がキュンっとしてしまうくらい、カッコいいんだ。──って、あれ?
これで性別が女じゃなかったら、さとみんは理想の彼氏っぽいな。
さとみんなら、「3高」確実だろうし。
国領ハルカは、その胸のときめきに、自分の性的指向に疑問を覚えはじめながらも抗弁する。
「ボクとしては、さ。
さとみんと一緒にいると、すごい楽しいし、安心だけれど。
でもさとみんも、休みの日くらいはゆっくりすべきなんじゃないかな、って。英気を養う?ためにも。」
──今日だって、ちょっと寝不足なんじゃない?
ちょっと今日は調布智美の目の下に、薄く佩いたようなくまがある気がして、そう付け加えてみる。
ふんふんと聞いていた調布智美は、その国領ハルカの最後の言葉にぎくっとした様子だ。
何か、思い当たることがあるようだ。
「寝不足、──そうね、寝不足。
そう言われてみると、そうかも。」
「?」
なぜか頬を薄く染めているが、国領ハルカにはよくわからない。
寝不足なんだったら、十分睡眠とらないと。勉強のしすぎだよ、って思うくらいだ。
「あーでも、それはいいのよ。ちょっと取り掛かってることで遅くなっただけだから。
それにあたしも、9月まで学校でやっとくこともたくさんあるし、構わないわよ。」
「そうなんだ?
でも、ほんとに忙しかったら言ってね?」
気を使って言ってくれたのかな。どう考えても、体操部の方が美術部よりも練習多いよ。
そう思って、言ったのだが。
「ええ。やることあるのは、本当。
──ほら、休みあけに金風戦、あるでしょう?」
「うん。あー、そうか!
美術部、出番があるんだったね。」
多賀島県では県立のトップ3校で、運動部を中心に秋に対抗戦をしている。結構盛り上がる。
もともとは7月に「青嵐戦」という名前で多賀島中央高(彼女らの学校だ)と、やはりナンバースクールの流れをくむ名門校である鷲南高校という高校との間のスポーツ対抗戦があり、3年生の引退行事みたいになってたらしい。
その後、力を伸ばしてきた多賀島北高校も交えた3校対抗戦になり。
また日程調整の難しさや会場の収容人員の問題、3年生の受験体勢移行への考慮から、今は3年生引退後の9月に時期を動かして、いわば代替わり後の新体制での初陣みたいなものとして、「金風戦」という名前で開催してる。
10月の体育祭と並んで、運動部員たちの見せ場の一つだ。
主に運動部の交流行事だが、一部の文化部では合同展示とかの交流行事も行われる。
そして美術部も3校の持ち回り形式で、合同展覧会を開催しているという。ポスター制作にも参画するらしい。
「今の美術部、あたし以外は変人っていうか、ね?
なんだか、のんびりした子しかいないの。
そういうわけで、あたしも結構学校でやることもある。だから大丈夫。
時間が空いたら、図書館で本を読むか予習でもしとくし。
それで、もし良かったら、部活の後でお昼も一緒食べない?」
あ、もちろんハルカの部活の子たちだけで食べたいなら、別に大丈夫。
でも、あたしも混ざっていいなら混ざるけど?
そう、高校の正門を通りながら、誘いを受ける。
顧問の先生だろうか、通り過ぎる男性教員に如才なく頭を下げながら。
「そーだね!それいいな」
国領ハルカとて、否やはない。
楽しみができて、声をはずませる。
「じゃあ、そういうことで。
終わったら、美術部集合?あの図書館棟の、仮部室でもいい。
それともほかの子も来るなら、あたしがそっちに行こうか?」
たぶん、部活の子とは別になっちゃうかな?と、国領ハルカは考える。
部活の子たちでお昼を食べることもあるし、カラオケとかプリクラとか行く、ノリのいい子たちもいるが。
国領ハルカは、立場上おこづかいをねだりづらく、手持ちのお金があまりない。
(伯母と買い物に行くと、たいてい好きなものを買ってもらえるし、おこづかいもねだれば増額してもらえるのだろうが、
だからいつも、朝に時間があるときはお弁当を作って持参し、ときどきいるお弁当仲間と食べたり。
あるいは用事を口実にして、外食の誘いをやんわり断ったりすることが多く。
皆に愛されて部活でも人気者だけど、節目節目の大会後とか期末の打ち上げくらいしか、そういった会には参加できなかった。
活発な子たちは、国領ハルカが生徒会も掛け持ちしてていそがしいって知ってるし。
また国領ハルカが誘いを断っても、彼女らのグループに他意はなく、ときどきの部全体の打ち上げにはノリノリで応じていることから。
きっと家の門限とかが厳しくて、公式の行事とかしか行かせてもらえないんだろうな、と善意に解しているようであり。
ときどきの、節目の打ち上げ以外はイツメンだけで遊びに行くようになってしまってた。
今日も、たぶん誘いの声はかからないだろう。
それにお弁当仲間(おとなしめの子が多い)がいたとしても、きょうは逆に国領ハルカがお弁当を持ってきてない。
たぶん、調布智美も。荷物、ほとんどなさそうだし。
たまにはこちらから声をかけても、いいのだろうけど。
国領ハルカとしては、いろいろ修羅場をかいくぐったこの友人に強い仲間意識を覚えていて。
他の子はいなくてもいいや、と感じている。
もっとふたりで、ふたりだけで。
あの秘密の冒険のこととか、しのりん搾◯計画のこととか、おしゃべりしたい気もする。
だから、国領ハルカは。
「ありがとう!でも、美術部で大丈夫だよ。
もしついて来たい子がいたら、一緒に連れて来ちゃうかもだけど。」
そう、提案する。
もしだれか部活の子が、ついてくるとして。
女の子は、知らない子が入ってくると警戒したりするものだけど。
さとみんなら大丈夫、という、謎の信頼があった。
事実、そのようであり。
「もちろん、いいわよ。
じゃあ、お言葉に甘えて、美術部にしようかしら。」
軽く微笑みながら、調布智美は肯う。
そして。
――でも、ハルカが練習してるところ、みてみたい気もする。
途中で、覗きに行ってもいい?ちょっとだけ。
そう、問いかけてきた。
「もちろんさ!じっくり、みてってよ!」
国領ハルカとしては、望むところだ。
どれだけできるようになったか、見てもらいたい。
逆に、美術部への訪問と案内の約束も取り付ける。
「じゃあね、さとみん。たのしみ!」
「またね、ハルカ」
じゃあねー、とふたりは手を振って別れる。
調布智美は、靴を履き替えるために「天国への階段」を軽快な足取りで上っていき。
国領ハルカは、軽く小走りになって、そのまま直接体育館の女子更衣室をめざした。
――――――
美術室のカギは、美術室の近くの廊下に壁付けしてある、散水栓と非常ボタンと消火器が収められてる、スチールの消防キャビネットの散水栓の扉を開けたところに隠してある。
本当は職員室に行って借り出す必要があるんだろうけど、先生はものぐさだから、そこにいつも置いてる。
朝、たったひとりの美術室の広い空間。
つんと鼻をつく、テレピン油の匂い。
窓をあけると新鮮な空気が入ってくる。驚いた鳥のはばたく音。
彼女は、美術室奥の美術部のスペースに入り、荷物(動きやすいよう、軽い布製の肩掛け鞄だけだ)を置き。
──本当は、合同展覧会関係のこととか、昨日の電話の件とか、しないといけないんだけど、ちょっと後にしよう。
そう、自分に言い訳して。
自分の描きかけの絵を掛けた、イーゼルの前に立って絵筆を手に取ってみる。
スモックを着ることもあるが、面倒に思って、そのままで。
パレットに出していた絵具を、筆になじませた。
描き出すにつれ。
自分の想念が、キャンバスにすこしずつ、すこしずつ現れていく。
油絵具は、いくらでも重ね塗りできる。
思うような線でなくても、根気よく筆を加えていくことで、記憶が形をとっていく。
この音が聞こえないくらいに集中できるひとときが、彼女は好きだった。
しかし、──いつもならすぐ訪れる没入のモードに、今日は入りそうで入れていない。
この彼女には珍しく、脳が遠巻きに柔らかく温かい羊毛でくるまれているような、倦怠感があるのだ。
──1時間。いや、2時間したら、ハルカの様子をみてこよう。
でも、それまで、──
大きな切れ長の目を、軽く片手で押さえてそう思った。
実のところ、寝不足なのは事実。
昨日の帰宅の際に、妙な若者に声を掛けられ、国領ハルカの周囲の治安に不安を抱きなおすという背景事情がなかったら。
国領ハルカに電話をかけるなどして、今日の部活への送迎をキャンセルさせてもらってたかもしれない。
昨日は久しぶりに、父親とちゃんと話した。
反抗期で母親を遠ざけてたのと同様に、あからさまに疎んずることはしていなかったものの、父親ともあまり話さなくなっていた。
だが、久しぶりに話した父親は、以前思ってたよりも「大人」だった。
当時は、自分で自分のことを大人だと思ってたけど、親にとってはまだまだ幼くて。
それに合わせててくれたのかもしれない、と彼女は思った。
その後、外から急用の電話を一本受け、やらねばならないことができた彼女は。
ふとんに入ってからも寝つけず、悶々と考え事をしていたのだ。
やらねばならないことが山積みだ。あまり引き込みたくないが、男手が要るかもしれない。
志野にも、助けを求めた方がいいだろうか。
そうして眠れずにいた夜に、──無意識に耳を澄ませていなかったら、たぶん、気づかなかっただろう。
ごくかすかに響いた、母の声に気づいたのだ。
父母は、仲がいい。いや、悪くはない、という感じかもしれない、熱烈な感情はすでになさそうだし。
そして、おそらくはかなり長い間レスだったのではないかと思う。
しかしこの声は、おそらく、それ。
――あなた方、現役だったのね?
顔が燃え立つように、熱い。
胸を抑えると、あのホテルで志野に責められたときにも感じたのと同質の、うずくような快感があり。
胸の先端が、立っているのを感じた。
そしてじんわりと、体の芯が熱くなっていた。
──もう、あれもこれも全部、あいつのせいだ。
そう、八つ当たり気味に思う。
おそらく数か月前だったら、彼女はきっとへんな風に拗ねて。
両親どちらとも口をきかない、冷戦状態になっていたかもしれない。
でも昨夜は、彼女はむしろ彼らも人間なんだな、と思うくらいで。
――まあ、私と志野のことが、バレたとき。
少し大目にみてくれる、取引材料になったりしないかな。
そんなことを思いながら。
彼女は一方ではどぎまぎしながらも、両親に対しては寛容な、あえていえば穏やかな心境で耳をすませていた。
しかし、火照った体はなかなか沈静化してくれず。
遠い両親の寝室が静かになった、後も。
彼女は空が白み始めるまで、眠れなかったのだ。
そう、そのせいか。
彼女は今、眠気を覚え始めていた。
昨晩のことを思い出していた一瞬、軽く目をとじかけていた。
あわてて頭を振る。
――そう、30分。30分くらいでいい。軽く仮眠をとろう。
美術室の教室机で突っ伏して寝てもいいけど。
どうせなら、あの仮部室。あのソファで、ちょっとだけ横になろう。
そういえば、予定なら生理は明日だ。
他の子と違って生理は軽いし、自覚してるPMSもないけど、やっぱりその影響なのかな?
彼女は体を浸す倦怠感を押して、簡単に道具を片付け。
軽く戸締りをして、いつもより少しおぼつかない足取りで、仮部室に向かったのだった。
――――――
国領ハルカは部活で、体操競技と新体操とを掛け持ちしている。
体操の練習は本当なら週5日(ただし日曜日は不定期)。新体操はそれと重なる週3日。もっとも体操・新体操の掛け持ちは国領ハルカのほかにもいるので、そこは考慮してメニューを組んでもらってはいる。
創作ダンスも好きだが、大会の前だけ不定期参加ということに落ち着いてる。
生徒会の業務は、できるだけ昼休みに入れてもらってる。だけどときには部活を休む羽目になる。
控えめにいって、とても忙しい。
ときどきふらっと行く文芸部でのみなりんいじりが、彼女の癒しになってる。
彼女らの学校。多賀島中央は、名門進学校ではあるが。
体操競技についていえば、ときどき団体競技にエントリーできるかできないか、くらいの弱小校。
新体操は1チーム、豊作時に2チーム出せるくらい。
特に体操競技は才能も練習量も大事なので、規律が厳しく中高一貫で指導もできる名門私立女子高や、運動部が売りで有望な子を奨学金つきでスカウトできたりする私立高がしのぎを削ってる。
大会の入賞をみると、チームも個人も、そういった強豪校に所属する名前がずらっと並ぶ。
普通の県立高は、個人で傑出した子が、ときに名前が出ることがある程度。
でも、今年はいけるんじゃないかという期待が、このごろの創作ダンス部体操競技・新体操班のメンバーの間ではふくらみつつある。
3年生引退後の、体操競技の2枚看板。
そのふたりが、この閉塞状況に風穴を開けてくれるんじゃない?という期待が。
うち一人は地元のクラブで小学校から器械体操をしてたという、1年生の
実力としては体操競技の名門高とかに行ってもおかしくない。そんな逸材だ。
小柄で寡黙だけど、動きがきびきびしてエネルギッシュ、いかにも体育会系な感じ。
そしてもう一人が、2年生の国領ハルカなのだ。
本格的に体操を始めたのは高校に入ってからと遅いし、この競技の選手としてはかなり背が高いというハンデもある。
だけど身軽で体操競技の床運動とかが得意。手足が長く優美な演技ができるのは、新体操でも有利。
去年秋の体操競技の新人戦では、経験が浅いにかかわらず恵まれた運動量と表現力で注目を集め、頭角をあらわし。
今年春の選抜大会予選でも、個人種目のゆかでは入賞者と0.05点差での次点という好成績。
それどころか、日を置かず開催された新体操の大会で体操仕込みのアクロバティックな技で注目を集め、また集団競技で印象的な、頭脳を使った構成で評価を上げて。
一歩及ばなかったものの、この県では新体操で圧倒的強さをみせて
3年生が引退した今、体操競技での実質的エースは国領ハルカになる。新体操でも副リーダー格。
とはいえ体操競技の方は基礎体力の差から、強豪校の壁は厚い。
だがここ1週間、国領ハルカは覚醒したようにいままでの限界を打ち破り、次々と大技に成功し。
それに刺激されてか、5月病で(?)停滞してた1年生の大刀洗浮羽もすごく意欲的に、積極的に練習に取り組むようになった。
浮羽は進学校では勉強面が大変で部活も止めようかと思ってたらしい。部活も個人戦はそこそこ戦えても、設備とか練習時間に勝る上位校には及ばなくなるだろうし、団体戦はエントリー自体がギリギリだし。
それが先週からの国領ハルカの躍進に、「国領先輩となら、どこまでも行けるかも!」って言いはじめるくらい、発奮してくれている。
その姿に、今年秋の大会ではこの2人のどちらかあるいは両方、入賞いけるんじゃないの?下手すると団体も?と部員たちのあいだでも期待がふつふつ湧き上がってきている。
土曜日の練習には、顧問の先生から話をきいたらしい、地元大学に進学したOGがわざわざ応援と指導に来て差し入れを持ってきてくれた。
注目されて上昇気流に乗ってるというのだろうか、2人以外の部員たちの士気も高まり、雰囲気がすごく今はいい。
そういうわけで、今日も部員たちは気合を入れて練習に臨む。
体操競技は準備する器材が多いので、みんなで早めに来て準備することになる。
さとみんが睡眠不足だったのを思い出して、ちょっと悪いことをしたな、と国領ハルカは思う。
部員数が少ないので、いつもはステージ際の中途半端なスペースを使ったり柔剣道場を使ったりが多いけれど。
今日は、体育館の半面(というか3/8面)を使える日だ。
練習が始まると国領ハルカは集中して、ほとんど周りには目が向かなくなる。
同じ体育館の残りの面を使ってる男バス部員たちからの、熱い視線にも。
前方抱え込み1回宙返り、屈身、伸身、ひねり1回、後方抱えこみ、と難度を高めていくにつれて、漏れる感嘆の視線とため息にも、ほとんど気がつかず。
ふたたびの2回宙返り成功を見ていた部員たちや、たまたま休憩中でこっちを固唾をのんでみつめていた男バスの部員たちからおきた賞賛の拍手で、ようやく注目を集めてたのに気づいた彼女は。
笑顔で堂々と礼をしてみせながらも内心は恥ずかしく。
その後の休憩時間には、白い頬を赤く染めながら照れかくしに部の友人たちの間に逃げ込んで、にゃあにゃあじゃれついたのだった
練習を進め、苦手な平均台のメニューをこなし、しばらくして。
ざわっ、と空気が変わったな?と思い、額の汗をリストバンドで拭きながら、開け放ってる入口の方をみやると。
開き戸から入った体育館内のコート壁際に、背の高い、怜悧な女子生徒の姿。調布智美だ。
入り口から入った、壁がくぼんでる陰に隠れるようにしている、やっぱり背の高い男子生徒、──男バス関係者かと思ったけどそうではなさそうで、制服姿。心なしかしのりんに似てるが別人だ──と何か言葉を交わしながら、こっちをみてる。
あれ、もうそんな時間?と思い時計をみる。
たしかに、もうあと1時間強くらいか。良い時間だ。
それにしても、さとみんが男子としゃべってるのって、珍しいな。
身近にみたこの友人は、特に男嫌いの気には気づかなかったけど、もともとはそうだったっていう話で。
言われてみると、しのりん以外の男の子と近い距離でしゃべってるのは、あまり見ない。
あの子は、もしかするとさとみんの旧知の子、中学校のときのクラスメイトとかなのかもしれないな。
そんなことを思いながら、美しい友人に手をひらひら振って笑顔を向けたあと、気合をいれなおして平均台に相対する。
慣れと精緻さが必要なので、まだキャリアの浅い彼女は平均台がやや苦手だ。落ちると痛いし恥ずかしいし。
しかし、今は。なんだか、できる気がする。
まだ得意とまでは言えないが、力に自信ができた彼女は。
背中をつける前転で平均台の上に乗り。
台中央近くで座った姿勢から向きを変え、平均台に沿って白い脚ををぺたっと180度広げたあと。
足を広く拡げた姿勢から平均台に手を突き、ぐっと前傾して、肘を伸ばしたまま逆立ちをする、いわゆる
いままではできなかった技だけど、竜神の試しから生還して以降、力が強くなってたのに気づいて。
昨日、平面ではじめて成功した。これを、さっそく平均台でも試してみる。
平均台ではちょっと難易度が上がるけど、──ほら、できた!
周囲の賛嘆の目が、心地よい。
さとみん、見てくれてるかな?
開脚倒立を決めた後、拡げてた足を上に揃え、そして側転を決める。優美に、柔軟に体をまげて、なめらかに。
先生からは、まだ平均台では難度の高い技は止められてる。台から離れる、アクロバット系のやつとか。
でも、もう出来そうな気がするんだけどな。ただ、できるとしても慣れてないから、踏み外しが怖い。
だから今日は、台上ではやめとこう。
そのまま、平均台の端からもう一方の端へと、前方ブリッジで移り、そのまま勢いをつけて空中の前転で降りて、次に譲った。
さとみんも、ばっちりみててくれたみたいだ。手を振ると、笑顔でまた振り返してくれた。
話も一段落したのか、こっちに再度手を振ると、二人そろって体育館から出て行く。
時計をみる。あと1時間か。まだまだいろいろできるな。
水を軽く補給し、練習の時はまとめる短いポニーテールをぎゅっと結わえ直して、また国領ハルカはじっくりと練習に取り組んだのだった。
練習の参観に来てくれた調布智美をみたときのかすかな違和感など、もう頭には残っていなかった。