タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
第三者視点(山荘側、側用人視点)です。
登場人物(紫藤みなりの前の、特別奨学生)の名前を、一部修正します。
(旧)
(第三者視点)
日曜日早朝、ようやく曙光が射し
主の、忠実な側用人である彼は。
街に出ていて、深夜に戻った彼の主から、朝食の前に来るように、と呼出しを受けていた。
その先に彼は、塔の先端の囚人の世話をすませるために階段を昇った。
彼の後ろには、護衛役の近知郎がうっそりとつき従っている。
塔の最上階には、審美的に良好な状態を保つ必要のある囚人たちが収容される。
たとえば昨夜、まいらと戦った者がその後に収容された地下牢とは異なり、ある程度の居住性もある。
しかし、中の囚人の様子をチェックできるよう、頑丈な格子と扉で廊下と区切られており。
プライバシーなど当然、囚人には存在しない。
「食事です。」
「――」
目的の房に着き、囚人に声をかける。
囚人は起きているのかいないのか、ベッドの毛布にくるまり、横たわったままである。
緑の多い丘陵地帯に位置するこの山荘は、早朝はそれなりに涼しいので、不自然ではない。
彼は応えがないことを意に介さず、いったん食事の入れられた出前箱を廊下に置き。
近知郎に二重の格子戸を解錠させ、彼に続いて中に入った。
そのとき突然、毛布が激しく動き、憎しみの浮かぶ目が覗いた。
そして毛布の陰からにゅっと突き出た腕が、手の届く距離に詰めておいてあった卓上から、ステンレス製の水差しを取り上げ。
次の瞬間、投げつけられて飛んできたその水差しを、近知郎は難なく叩き落とした。
「おやおや、お転婆なことですね。――近知郎。」
「おうよ。」
近知郎が、ニヤニヤと笑いながら。
水差しを拾い上げて卓上に戻し、それを今しも投げつけた、ベッドの壁際にずりずりと警戒して引き下がったやや小柄な少女に歩みよる。
もともとはかなり短髪だったのだろう。だが今は、少女の髪は襟足が肩にわずかに届くか届かないか、くらいに伸びている。
近知郎に毛布を剥ぎ取られた少女は、それなりに鍛えられてはいるが近知郎のそれにくらべると細く見える腕で拳をふるったり、逃走防止用の足錠に鎖ざされた足で蹴りつけたりして抵抗しようとしたが、あっさりと組み敷かれる。
さらに近知郎は少女の細い手首をねじって固め、手際よく革手錠で拘束し。
そしてそのかぎづめのような大きな手が、少女のあごをつかみ、もう片手がその小ぶりな胸を乱暴にわしづかみにする。
少女の体が、こわばるのを側用人は察知した。
「近知郎。わかっていますね?」
「わーってる、わーってるって、側用人様よぉ。」
ちょっとわからせてやるだけ。本気でヤりゃしねぇよ。
なら、いいだろう?
そう言う近知郎が、少女の体を好き勝手にまさぐり。
抵抗されると頬を軽く張ったり、首を軽く絞めたりするなどして折檻するのを、側用人の彼は肩をすくめてしばし見守ったが。
近知郎がそのことばどおり、一定以上の害をなす気配はないと見て取ると、彼は水差しから床にこぼれた水を拭い、手早く室内の清掃を行う。
部屋ははじめから監禁用途で作られており、調度も最小限である。
2、3人分くらいの収容能力を持たせてあり、四畳半くらいの広さだ。
隅にはふたのできる水洗便器があり、少女の左足の鎖はこれを使うのにぎりぎりの長さに調節してある。
収容されて間もない頃、少女がこの便器のふたを破壊したため、彼女には十分な折檻が加えられ。
現在では少女も、あえてそのようなことはしようとしなくなっている。
ただ、計画性はないものの、今日のように散発的な抵抗がなされることがあるため。
側用人もそれなりに心得はあるのだが、念のために戦闘力の高い近知郎や剣波をつれてくるのが常だった。
この後ろ暗い秘密が隠されている塔の内部で何が行われているか、下屋敷組の者は誰も知らない。
彼らが立ち入りを許されているのは、基本的には1階の玄関フロア付近(第一関門まで)までだからだ。
上層階や、地下に広がる牢獄にある、収容所や独房。
ときには血なまぐさい殺戮ショーが行われるステージ、それに出演する猛獣が飼われている飼育室。
さまざまな趣向の道具を揃えた拷問室。
そして、解体作業や非人道的な生体解剖や実験が行われる実験室。
それらを蔵したこの塔には、上屋敷組だけに立ち入りが許されている。
特にこの地下部分に至っては、上屋敷組の剣波や近知郎にも、単独での立入りは許されていない。
本来、この塔の運営は中々に重労働のはずであるが。
あの神官は、なにか側用人の彼の知らない不思議な術を使って。
そのかなりの部分、特に、
神官が、この現代の科学知識では解き明かすことのできない不思議な力を持っていること。
その力が、贄の乙女の供儀により増大するであろうことを、側用人の彼は知っていたが。
それが主の目的達成に資するものである限りは、それに異論を唱えるつもりはなかった。
その間も、少女への折檻は続いていた。
近知郎は憐れな少女の胸のあたりに座り、両膝で頭を固定し、その喉に水差しの注ぎ口を突き込み、残った水を無理やり注ぐ。息ができないよう、鼻を摘んで。
悶える少女の首に、血管が浮く。
ぎりぎりのところで解放された少女は、ベッドに水を吐き出し、激しく咳き込み、反抗を止め力なく横たわるが。
近知郎はなおも許さず、うつぶせに少女を転がし、背中に座り。
その首を絞めたり緩めたりして、遊んでいる。
首を締められると、少女は健康的に日焼けして引き締まったカモシカのような脚をバタバタと動かし、体をねじって逃れようともがく。
このすこやかな手足をウインチで巻き取り、引きちぎるのもなかなか良い趣向であろうか。
ただ、ゆるゆると巻き取らねば、一瞬で終わって興ざめか。
あるいはそろばん状の石板に座らせるか寝かせるかして、荷重を加えていき。
この手足を押し潰し、血反吐を吐かせてみるのも主の意に沿うかもしれない、と側用人はぼんやりと考える。
まあともかくそろそろ、主に拝謁せねばならない。
「終わりました。近知郎、もういいでしょう。」
側用人の言葉に、近知郎も折檻にひとくぎりをつけて立ち上がる。
荒い息をつく少女は、ダメージを受けてはいるが五体無事だ。
意識もあり、なおも反抗的な目をこちら、特に近知郎に向けている。
頬を張られた際に切れたのだろう、唇の端が切れて出血しているが、自然に止まる程度だ。手当ては不要だろう。
近知郎は己の欲求を優先させがちな悪癖はあっても。
自制が効いている間は、犠牲者に怪我させたり、嘔吐・失禁させたりしない。
そうした、人を壊さない手加減の見極めは上手い、と側用人は思う。
「罰として、食事を抜いてもいいのですが。
――まあ、今回はいいでしょう。」
そう呟き、側用人は廊下に出て、栄養と味とに腐心した朝食を運び込み、岡持ちから出してベッドわきの小さな机に並べる。
少女は、彼らがいる前では食事をしない。
最初の頃、側用人は、この少女により。
食事で供された箸で、目を刺されそうになったことがあった。
そのときはじっくりと剣波が少女に苦痛を与え、躾をした。
以来、彼らのいる場では彼女には食事をさせないこととしている。
熱いものも、ほどよく冷ましてからしか出していない。
食器についても、現在は柔らかい素材を使ったものを用いるようにしている。
箸に代えて、小児用のシリコンのスプーンを与えられるようになり。
この囚われの少女が落ち込んでいたのを、側用人は思い出した。
食器はすでにメラミン素材のものに交換ずみだが、今回投げつけられた水差しも、柔らかい素材のものに換えるべきだろうか。
壁を砕けるほどの強度はないが、金属ではあることだし。
まあ、1、2週間くらいでその心配もなくなるだろう。
いや、待て。供儀までの間、狩り集めた贄の乙女たちを、飼育する必要があるのか。
――
いろいろと仕込んで、頼もしい戦力になってきた侍女を、彼は思い浮かべた。
学はないものの、なかなかの努力家であり、容色に優れ生命力も秀でた女ではあるが。
今回の供儀に加えるには純潔さが足りぬ、とあの神官は言っていた。
(それがどのくらい重要なのか、側用人にはよくわからない。神官の行おうとしている秘儀については、それが乙女たちに長時間かけて苦痛と死を与えるということ以外、彼はあまり知らされていなかった。)
主の性的欲求の処理用に、と思って購入したが、そちらには使われてこなかった。
でも昨夜は、主が性的関心を抱いていたな、──と考えかけて、側用人はまたも頭痛を覚える。
もしまいらが使われないのであれば、来たるべき将来に、主の盟友への饗応に用いることになるだろうか。
彼女を惜しむ、人間らしい気持ちもなくはないが。
彼は、すでに人としての一線を踏み外しており。
どのようにあの侍女を、そのすみずみまで使って、賓客のもてなしに使えるだろうか、と陰惨な計画を立て始めていた。
朝食の膳を置き、歯ブラシやトイレットペーパーなど最小限の消耗品の状況をチェックし、足りないものの補充をして。
きれいに、なめとるように食べつくされていた夕食の膳を回収し、最後に少女の革手錠をはずして、彼と近知郎はその房を離れた。
――――――
――――――
二人の姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなるのを確かめて。
虜囚となっている少女は、身を起こし。
小机の上に置かれた、すこし冷めかけ始めた朝食にがつがつとありつく。
しかしさっきの、ぶざまに、子供のように抑え込まれ、嬲られてしまった自分が脳裏に浮かび。
くそっ、と思わず机を叩いてしまう。
絶妙な塩加減のスープがわずかにこぼれ、あわててトレイに滴った分を口をつけて吸い取る。
(悔しいことに、出てくる食事はどれも少し冷めかけなのを除けば絶品と言っていい味なのだ。)
唇の小さな傷に、スープが沁みる。
こんな窮地にありながら、勝つことへの渇望が彼女の胸を焼く。
少女は小柄ながら、幼いころから武術を仕込まれ、勝利を求められて育ち。
自分の強さには、自信があった。
中学時代には、自校や他校のヤンキーどもに、1対1では負けたことがなかったし。
噂に名高い附属中の元
高校に進学してからは実戦から遠ざかっているし、道場にも顔を出せていないが自主鍛錬は欠かしていない。
──しかしあの近知郎という、いやらしい白髪男と。
剣波という、背の高い男にはまるで歯がたたないのだ。
それにしても。
水差しを投げてしまったのは、失敗だった。
ベッドも濡れたし、水責めにされた後、水は補充されなかった。
便器の水はあるが、さすがに飲みたくない。
夕食時には補充してもらえるだろうが(この牢獄では、一日二食なのだ)、それまでは渇きに苦しめられるかもしれない。
ベッドのシーツも替えてくれるとは思うが、それまではベッドが不快に湿ってるってことだ。
ただ、彼女にとって、この騒動で彼らの気がそれたのは僥倖だったかもしれない。
あの小柄な執事然とした男は、非常に細かいことにまで、目が行き届くし。
あの妙な獣じみた男も、妙に勘が鋭い。
結果論ではあるが、彼女の無謀な攻撃は、彼らの注意をそらす効果があったと思う。
ベッドがわずかに傾いていることも、唇を自然に噛み破ったことも。
おそらくはどさくさにまぎれて、違和感を抱かれてはいない。
濡れたシーツは、交換されてしまうだろうから、それまでのうちに返事を書いて出さなきゃ。
ベッドの足の下に隠していた、ちいさく折りたたんだ紙を取り出す。
「出たいですか また来ます 返事は天井の穴に」と、おそらくは女の子の丸文字で書かれた、メモの切れ端。
それが、今の彼女の希望だった。
ただ、その返事を書くのには苦労する。
さっきのどさくさで軽く唇を噛み破っておいてある。また軽く傷口を噛み、滲む血をインクに見立て、早朝に手紙に気づいて大急ぎで集めて作った、抜け毛の筆で苦労して返事を書く。
脱出したいこと。
人殺したちがいること。
見回りが来る、おおよその時刻。
あと、いくつか注意や情報を書こうかと思ったが。
彼女自身も、この建物や塔、ここに住まう何者かについて、詳しく知っているわけではない。
近知郎や剣波の危険性については、ここまで気取られずに忍んでこれるほどの技量の誰かに対して、警告するまでもないだろう。
迷ったあげく、彼女は数行だけ書き足す。血の節約のため、カタカナで。
”テキハサイミンジュツヲツカウ ムリナラニゲテ
北コウ2ネンシマバラモモカ”
ほかの親友たちの名を書こうとして、思わず涙が目に滲みそうになったが、ぐっとこらえた。
他の子たちにも伝えたいけど、見破られそう。モモカなら信じて、伝えてくれる。
この、最後の
”ニ伝エテ シノザキミズキハ シアワセニシテル
アリガトウ”
紙を丁寧におりたたみ。
ベッド上に机を置き、さらにその上に立ち。
手紙を、それが投げ入れられてきたと思しき、通風孔に戻す。
風で飛ばないように、髪の抜け毛で格子に固定した。
見上げて、下から見えたりしないことをよくよく確認する。
手紙の返事を仕掛け、机を元に戻したあと。
彼女は日課の鍛錬のメニューをこなす。汗がにじむ。
風呂には、いれてもらえてない。2日に一度、ぬるま湯とタオルがわたされるだけ。
体臭は自分では気づかないが、臭うだろうか。
腕立て伏せを繰り返しながら、彼女は手紙がまだ見ぬ救い手に届くことを祈った。
──────
──────
側用人の彼は、囚人のそんな活動を知らぬままに。
近知郎を本棟に返し、自分は塔の地下部分に降りた。
猿の姿の主人は、しばし、新しく得た玩具をいじっていたようだ。
両耳に電極を付けた男が、意識を失って力感なく拷問台に横たわっている。
昨日、まいらに締められて負けた男だ。まだ生かされてはいるらしい。
それをもはや一顧もせず、主は側用人である彼に告げる。
──また、贄に加える乙女の候補を見てきたのだ。
あれは、欲しい。
容色も、心映えもよい。
そして、なかなかに聡い。気取られたかもしれぬ。また半ば、事情を察しているのかもしれぬ。
説得して自発的にその身を捧げさせてみようと、思っている。
それを聞いていぶかしげな顔をした、側用人に気づいたのだろう。
(それは主の趣味とは違うのではないか?と、側用人は思ったのだ。)
主はなおも、続ける。
──楽しみは、そこからよ。
心を決めたように、みえるが。
これを様々な責め苦で揺るがし、打ち崩し、汚していき。
ついには絶望に浸らせ、己の決断を呪わせるように導くのだ。
その過程を、じっくりと愉しむことができよう。
そう、主は心なしかうきうきとした波動を伝える。
さらに。
――そうそう、わが爪がようやく使えるほどに生えたのだ。
昨日の深夜戻ってすぐ、寝ている贄に植えつけておいた。
まだ成長しきっていない、若芽ゆえ。
しばらくは、自律思考はもちろん、芽を通じた操作や支配も無理であろう。
ただ、単純な思考妨害程度ならできよう。この館のことの口止めのような、な。
「かしこまりました。
ただ。供犠がありますので、すぐ使えなくなるのではないでしょうか?」
──主の爪の再生は、思いのほか早かったな。
十分に意趣をつくし、あれらの者どもの生命力を取り込めたからであろうか。
そう、主から芽のことを伝えられた、主の忠実な執事である彼は。
主のためにささやかながら力を尽くした成果に、胸を張りたい思いを抱きつつ。
懸念を、口に出す。
主人の爪は、それほどすぐに再生するものではないと聞いていた。
せっかく再生した貴重なそれを、使ってしまってよかったのだろうか?と彼は心配する。
――何、供犠が成功すればその果実は大きい。再生も早くなろう。
とりあえずは、我らのことを知られるのを防ぐのが肝要だ。
なんにせよ、主人がそれをよしとしたのであればそれでいいだろう、と彼は思う。
ただ、新しい贄の乙女に、植え付けたということは。
体のどこかに、傷口ができたということになる。
今回、あの新しい贄の乙女を世間に返すのであれば。
その点を、彼女の周囲の人々に見とがめられないようにすべきであろうか。
――そうだ。爪は、例のよって首の後ろ側。頭髪の、生え始めるあたりに植えた。
化粧をさせるなり、何か膏薬を貼るなりして傷を隠せ。
「かしこまりました。」
その程度のことなら、簡単だ。
あの新しい贄の少女も、そろそろ起きてくるころだろう。
朝食の席ででも、蚊にさされた痕がある、とでも言って絆創膏でも張らせよう。
――頼んだぞ。
さらに供犠のための乙女を集める。あと、2人か3人。
目星は、そなたの意見も受けて絞った。クルスィファに既に伝えている。
クルスィファは、今日の昼前まで「狩り」だが、乙女らの学び舎の近くに寄るから見てくるといっていたな。
クルスィファが戻ったら、一度、話を聞いてみるがよい。
ああ、爪のことも伝えよ。きっとクルスィファは面白きことを考えつくであろう。
主にそれらを請けあって、側用人は、塔から本館に戻る。
主は、猿を休ませたいらしい。それでは、主には主なしで朝食を召していただこうか、──とそう考えて、彼は強い頭痛に襲われた。
しばし休んで回復した彼は、頭を軽く振って歩き出す。
あの爪を植えられたという、可憐な贄の乙女も、食事を御前様と共にとるはずだ。
そしてクルスィファが外に出ているということは、料理長には伝わっていない。一人余計に食事の準備ができているはずだ。
贄の乙女への絆創膏は、まいらに貼ってもらうか。
その褒美というわけではないが、今回だけ朝餐の席に加わることも許してみよう。
彼女はなかなかよくやっていて、贄の乙女の信頼も得ているし。
ずいぶん頑張って矯正して、かつてみたいな、がつがつした見苦しい食べ方もしなくなったしな。
そう、彼は思った。