※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 三人称視点(神官、側用人など)です。
 話の方向性に迷いがあり、少し修正するかもしれません。


207(仮)剣の僧正(19)(三人称)

(第三者視点)

 

 側用人の用務は、多岐にわたる。

 何せ近知郎ら上屋敷組は、脛に傷持つ身である。

 クルスィファが同行していればごまかせる、とも聞くが、クルスィファも多忙であるし。

 だいたい、側用人はあまり彼の得体のしれない力に過度に頼りたくはなかった。

(側用人は、神官の実力を認めている。だが、同時にその力には弱点もあるだろうと推測していたし、だいたい外部者の属人的な力にたよりすぎるのは危険だと思っていた。)

 

 だから対外折衝のほとんど、そして内部の統括業務の多くは、彼の仕事である。

 ただ、彼の高い能力は、それらの仕事を難なくこなし、暇まで生み出せている。

 そんな暇を、彼は弟子にあたる侍女の躾や教育に使ったりもする。

 もちろん、近知郎が、かの女囚にしていたような折檻としての躾ではない。

 ちゃんとした、礼儀作法や家政・経営のさまざまなことにわたる指導であり、間違えた際の指摘も穏やかなものだ。

 

 ──やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 

 彼は山本五十六の格言どおりに、侍女に率先垂範して遂行してみせ、丁寧に指導する。

 侍女は下賤な育ちであるらしく、地が出てしまうこともなくはないが。

 一生懸命だし、飲みこみも悪くない。

 言葉づかいも直し、洗練された立ち居振る舞いもできるようになっている。

 たとえば廊下や階段でばたばた足音を立てることもなくなり、テーブルマナーも優雅にこなせるようになってきた。

 昔のミュージカル映画*1のようだな、と彼は思う。

 まあ、彼自身はどうみてもヒギンズ教授という柄ではないが。

 

 ただなぜか、彼はこの侍女に非常におそれられている。

 確かに最初、この衰弱した女を神官の勧めで購入したときは。

 舐め腐った態度など取ろうものなら、直ちに刻み殺してやろう、と思っていたし、その旨を仄めかしたこともあったが。

 これほどまでに恐懼されるのは、彼の計算外であった。

 上司として厳しく接しすぎただろうか?と彼は反省する。

 

 彼は、朝食後から精力的に仕事に取り組み、午前中にほとんどを片付け。

(ちなみに彼の指示を受けた侍女は、無事、可憐な新しい贄の乙女(紫藤みなり)の、「爪」が植えられた傷の上に絆創膏を貼りおおせていた。さらに乙女との朝餐には侍女も陪席したが、ほぼノーミスで作法を守って食事を終え、彼もそのさまに満足した。) 

 そして今は2階の執務室で、侍女に仕事の指導をしていた。

 満足に学校教育を受けていない侍女は、数字に弱いが。

 それでも自らの努力と彼の辛抱強い指導で、最近は長足の進歩をみせており。

 側用人はそれを目に留めて、称揚し、激励する。

 侍女も相変わらず彼を恐れ、恭しくしているが、どこか満足げであった。

 

 ――――――

 

 そのような長閑なひとときに、来訪してきた者があった。

 

 ――側用人殿。ここにおられたか。

 

 執務室の扉は、常々開けている。

 一般のオフィスや家庭よりも入口の寸法は大きく広く取ってあるのだが、それでも頭がつかえそうな、巨大な体格の男。

 そう、「クルスィファ」と呼ばれる神官が顔をのぞかせていた。

 

 侍女はこの神官を、側用人と同様に非常に恐れていた。

 側用人に監修されながら、伝票の仕訳を行っていた彼女は素早く立ち上がり。

 上位者に対してするように、恭しく頭を下げる。

 その優美な仕草に、再び側用人は良い仕事をした、と充足感を覚える。

 

 ──よい、マイラ。

 側用人殿。報告したいことがある。人払いを。

 

「わかりました。

 まいら、ちょっと調理室で料理長の補助をしてきなさい。

 切りのよいところまで終わったら、戻ってきなさい。」

 

 侍女は目に怯えをにじませながら、深々と頭を下げて出て行く。

 厚い絨毯のためだけでなく、礼儀を教え込んだため、足音もほとんどしない。

 侍女が出て行くと、神官は空いた応接セットの3人掛けの客側の席に座り。

 この男には珍しく、わずかに疲れの伺える様子で、その向かいに座った側用人に心話交じりに語り掛けてきた。

 

 ──側用人殿。よき知らせのほか、悪き知らせ、相談したき事柄がある。

 

 よき知らせ。

 剣波の助力を得て、新たな猟犬たちの候補を見つけた。

 もし捕えたら、またいつものように、そなたの王にご覧じて試していただき。

 その目に叶えばよし。叶わねば、有益に使うことにしよう。

 

「御坊の御尽力、有難く存じます。

 それで、悪い知らせとは?」

 

 神官が失敗したのだろうか。たとえば、この館を突き止められたりするような、遺留物を残したりするなど。

 神官は、この剛毅な男にはめずらしく、逡巡をみせ。

 そして気づかわしげに、問いかえしてきた。

 

 ──その話に、ついてなのだが。

 まず、確かめておきたい。

 側用人殿は、そなたの偉大なる主の選ばれた、贄の候補を聞いたか。

 

「はい。ある程度、絞ったとか。

 前の贄の乙女(篠崎瑞)新しい贄の乙女(紫藤みなり)

 そして、新しい贄の乙女(紫藤みなり)の友人。これは、私がこの目で確認しました。

 それと別に、わが主の血縁の娘。この娘も、私は知っています。

 あとひとりが決まっておりませんでしたな。わが主は適当に下屋敷から見繕ってもよい、と。

 ただ御坊は、以前、謎の女間諜あるいは女忍者を候補に挙げておられましたな。」

 

 ──そのとおりだ。

 そして今日、女間諜と、もう一人を確認できたのだが。

 

 そこで、神官はらしくもなく、また躊躇った。

 彼は自信家でありその実力の裏付けもあったが、今回は失敗をしでかしていた。

 それをこの側用人に、伝えたくなかったのだ。

 しかし、このことを伝えないわけにもいかない。

 ただ、その前に確かめておきたいことも、あった。

 

 ──ところでこの新しい贄の乙女(紫藤みなり)を、また自宅に帰したのであろう?

 口封じは、大丈夫であろうな?

 いや、水ももらさぬそなたらの仕事ぶりを、疑うわけではないが。

 今回は乙女の記憶を読み取るいとまがなかったゆえ、な。

 

「ああ、それにも関係することを、申し遅れておりました。

 わが主の爪が、再生しましたので。

 あの新しい贄の乙女(紫藤みなり)に、植えつけております。」

 

 それで、不都合なことを見聞きされたとしても、口封じは叶うかと。

 そう、側用人は神官に伝える。

 

 ──なんと!

 大神の名にかけて!天祐なり!

 かくの如く早き再生は、そなたの尽力あってのことであろうよ。

 それならば、話はまた違ってくる。

 

 魁偉な容貌の神官は、この時まで、自分の失敗で再起不能なまでに計画をぶち壊してしまったかもしれぬ、と気落ちしていたが。

 沈着なこの男には珍しく、側用人の言葉に、驚愕を見せた。

 窓からの夏の日差しの照り返しを受けて、鋭い鼻梁で分かたれた顔の反面が明るく浮き上がった顔には。

 偽らざる喜びの笑みが浮かんでいる。

 

 その様子からすれば、この神官は側用人の主人に叛意は抱いていないのであろう、と。

 側用人もまた、安心感を覚えた。

 この神官もまた尋常ならざる器を持つ傑物で、野心家であるだけに。

 関係の維持には、気を使うのだ。

 

「ねぎらいのお言葉、有難く存じます。

 ただ主の言うには、いまだ育ち切っておらぬゆえ、思考妨害による口封じ程度だと。

 まだ、操ることは叶わないとのことでした。」 

 

 ──そうか。

 口封じだけでも、役に立とうし。

 仮に操作が叶うようになれば、供犠の遂行にも大いに有益であろうな。

 

「しかし、悪い知らせ、そして相談したいこととは?」

 

 側用人は、改めて神官に問う。

 猟犬の候補もみつけ、贄の候補も確認できた。

 特に女間諜は、まだ所在が不明だったという。

 それが確認できたということは、よい知らせではないのか。

 

 ──思わぬ朗報に、忘れるところであった。

 その悪い知らせについてなのだが。

 乙女の学び舎に、我は偵察に行った。もちろん、姿を惑わす秘術を用いたが──。

 

 ――――――

 

 神官は語る。

 神官は、その姿を惑わす術を心得ている。ただし、この術は必ずしも万能ではない。

 相手の印象を操作し、たとえば術中のその相手が好意を持つ相手とか、逆に嫌悪感を抱く相手だとか。

 そういった者の印象と、神官の真の姿とをすり替えてしまう、というものなのだ。

 その原理上、自分がどのような姿で相手に映じているのか、正確にはわからない。

 また精神力の強い相手には、完全には利かない場合がある。

 あまりに多人数の者、遠隔にいる者に対しても、効力は及ばない。

 機械も、おそらくごまかせないだろう。

 世界に対する、術師の強い「確信」あるいは「解釈」により、周囲、──せいぜい目が合う程度の距離の者、──の心象を操作できる程度のものでしかない。

 

 とは言っても神官の精神力は強力であり、この世界に漂着してから、その術を見破った者はいなかった。

 女人たちを殺戮して回っていたときに時折遭遇した、戦闘に秀でた相当の強者たちですら。

 しかし今回、その術を破られたのだという。

 

 神官は、この世界のことを種々の手段で学んだ。

 書を読み、街や野山を歩き、映像を転写する装置(テレビジョン)(彼の世界でも、水晶球で似たようなことを行う術があったが、この世界では多くの者が機械的にそれを実現する装置が普及していた)を見て。

 その知識を、この世界で活動するために用いる。

 

 今日の午前、新しい番犬となる候補者を狩るため、そして、贄とする候補のことを調べるため。

 彼は、側用人に教えられた、新しい贄の乙女(紫藤みなり)の学び舎に赴き。

 贄たちをどのように捕えて山荘に連れてくるか、この世界に転移して以来学んだ、この世界の常識と照らし合わせながら考えていた。

 

 その常識によれば、異教の神の教えにより、今日は休日となっていたはずであり。

 正直なところ、本人たちに遭遇するとは思っていなかった。

 もともと、新しい贄の乙女であるミナリという少女と、親しい関係にある娘たちについては、口止めしつつ山荘での食事会に誘わせるのがいい、と神官は考えていた。

 それが叶わなければ、候補の娘たちを、この学び舎か、この学び舎に行き来する際の人気のない場所かで、襲ってかどわかすのがいいであろう、とも。

 だから下見するために、人目の少ない休日を選んだのだ。学徒も教師もいないはずだ、ならば心術による姿くらましで十分だろう、と考えて。

 

 ところが休日であるはずの今日、学び舎には学徒が行き来していて。

 一度に多数の者の目に触れないように腐心しつつ、幻術を使う羽目になった。

 そして、贄の乙女の候補として挙げられた娘の残り3人のうち、2名をみることができた。

 「新しい贄の乙女(紫藤みなり)の友たる娘」と「女間諜」だ。

 

 それは、良い知らせではないか?と側用人は思った。

 しかし、神官は彫りの深い顔に、畏怖の表情を浮かべて、ここからが問題なのだ、と続けた。

 

 神官は、ひととおり建物の構造を確認した後。

 書物が多く所蔵されている図書室と呼ばれる部屋を再訪した。

 知は力であり、書は知を高める最良の手段の一つだと、彼は思っていた。

 この世界の書は、彼の目には興味深いものも多い。大量の書をみて、思わず一時、熱中してしまったという。

 しかし彼は書見しつつ、いつの頃からか。

 彼をじっと観察する視線を感じるようになった。

 

 神官は、優れた戦士でもあり、秀でた心術士でもある。

 その勘働きは、常人のものではない。

 しかしあたりを見回しても、その注意力さらには心術を尽くしても、彼は視線の主を見いだせなかった。

 つまり、この監視の視線は。

 ほぼまちがいなく、彼よりも強大な力を持つ者のものである。

 

 ──引き際を知らぬは、匹夫の勇である。

 彼はそう考え、速やかに撤退することにしたのだという。

 しかし、彼が書の間から出て、帰りかけたとき。

 背後から、呼びかけられた。

 

 ──最初は、我に、別の名か、異国の言葉か何かで呼びかけてきたな。

 

 呼びかけたのは、見るからに才気煥発な、背の高い、美しい若い女だったという。

 新しい贄の乙女であるミナリに水晶球を覗かせ、その親しい友人の面影を読み取ったことがある彼は。

 その者が、おそらくは側用人の挙げた贄の候補であると気づいた。

 娘は、彼に向かい、”ヴァクシーノ”と呼び掛けてきたという。

 語の響きからすれば、ラテン系の言語、イタリア語とかだろうか。”ワクチン(vaccino)”とはまた妙な呼びかけだな、と側用人は不思議に思った。

(ただ神官の言葉によれば、彼の世界には、こちらの世界のものと非常に近い言語もあるらしい。彼我の世界の行き来が今より容易だった時代に、文化的な交流があったのだろう、と側用人は思っている。)

 気を取り直して、神官の話を聞く。

 

 ──娘が最初から我を見抜いていたのか、それとも最初は術にかかっていたのかは、判然としないが。

 

 後から考えると、視線の主もこの娘だったのかもしれない。

 さすがに無視するわけにいかず、敵対する様子もなかったことから、神官も当たり障りなく問いかけに応えた。

 試すように、異国語でも鎌をかけられた。幸いにも、彼は元いた世界でも類似の言語を識っており、この世界でも多少学んだ言語だった。

 だからそのときどきは、無難に返したと思っていた。

 見目麗しい外見に、どこかで「たかが小娘」と侮ってしまっていたのかもしれない。

 しかし。

 

 ──ミナリの名前を、我が出してしまったときだ。

 上手くすれば情報を得られるのではないか、と油断してしまっていたのだ、我が失敗だ。

 しかしこの娘、なんと我らの目的を見抜いていたのだ!

 そして、警告されたのだ。

 手を出すな、手を出すとただではすませぬ、と。

 

 神官はそのとき、血の凍るような恐怖を覚えた。

 そのとき小娘と侮っていた相手から伝わってきた、うねるように高まる覇気と圧力。

 本能的に危険を感じ、体が勝手に動いて距離をとった。

 相手を闘争の相手と見定めて二度見したときに、ようやく気づいたのだ。

 

 ──どのような育ちをしたら、あのような存在になるのかわからぬ!

 我が見たことのある、いかな妖怪変化より強い()()をあの者は持っていたのだ。

 あの驚くべき()()、人の範疇では到底あり得ぬ!

 

 そう、その目で改めて注意してみると。

 娘は、常人なら器が耐え切れず、爆発しそうなほどの力をその身に宿していた。

 百戦錬磨の神官ですら、その場で攻撃されれば、ただでは済まなかったであろう。

 しかし。

 

 ──娘は我の目的が偵察だと、知っていた。

 そう、知っていたのだ。我に、偵察であろう、と指摘したのだ!

 我という存在をそれと見抜き、そのうえで休戦を申し込んだのだ。

 敵というに値しない、と思ったのかもしれぬがな。

 その後の会話からも、わが目的を察していることは明らかであったぞ。

 

 ぎりっ、と歯をきしらせて、神官は悔しげに言う。

 この神官も、戦いに敗れ、界渡りにより祖国を逃れた者ではあるが。

 個としての力は抜きん出ていて、その自負を持っている。実際に、この世界の強者たちをはるかに凌ぐ力を有している。

 だから、そのように油断した自分、慢心していた自分が許せないのであろう。

 

 ──その後、おそらくは、示威のためであろうか?よく目的はわからぬが。

 その娘は、あの女間諜が体術の修練を行っている場に、自ら案内したのだ。

 

 柱のない、巨大な建物で。

 屈強な青年たちが、頭より少し大きいほどの球を用いた遊戯を。

 そして身のこなしの軽い、少数の青年と乙女たちが、体術を。

 それぞれ、修練していたという。

(側用人には、それらが何を指すか、おおよそ想像がついたが、話の腰を折らぬよう口を挟まなかった。)

 

 球技のことは、神官はすぐにわかった。

 この世界でも親しまれている遊戯のひとつであるという、書物上の知識も得ていたし。

 神官の属していた世界でも、似た球技が存在し、彼も若かりし頃は、熱中したこともあったからだ。

 もっとも神官の世界でのこれに似た球技は、この世界のサッカー・アメフトとバスケットボール、そしてボクシングを混ぜたような、闘争的な色合いが強いルールであり。

 神官の世界の神前試合では、弾む球の代わりに捕虜の生首を用いるなど、供犠的な要素もある血なまぐさい遊戯でもあり。

 南部の都市国家間では、戦争代替の決闘手段として使われており(ちなみに敗けた選手は原則、生命を失う)。

 この世界でも、「代理戦争」という評などをみたことのあった神官は、そのようなものなのだろうという印象を抱いていた。

 もっともそれらはすべて余計な情報と考えた神官は、口には出さなかった。

 ただ彼の目からみても、その場の若者らは、中々の技量を備えていた。だから女豹の目的は、堅忍不抜の精鋭の戦士たちを揃えていることの、示威だと思った。

 

 ──そして、あの女間諜。

 あれも、なまなかならぬ力と体術を持っていたのだ!

 

 女間諜が、細い木の橋のような装置の上で体術を見せたのを、神官は思い出す。

 彼の故国では、蛇神殿の舞姫や、暗殺教団の腕利きの刺客にしかできないような、おそるべき身のこなし。

 近くの場所では、優美な踊り子が棍棒を用いて修練している。なるほど芸妓に身を扮して貴族に接近して暗殺することを想定したものなのだろう。

(ただし再び、神官は自分が属していた世界のことや、自分の感想については、側用人に語ることを控えた。話の本筋には関係ないと考えたのだ。)

 

 それらを見せつけられて、神官はいったん引くことを選んだ。

 恐ろしい力を持つ女も、休戦だという約束を守り。彼を見逃した。

 しかし、これらのこと。

 特に、相手がこちらのことを知っている、見抜いているということは。

 候補者の選定を含め、計画への修正を迫るのではないか。

 

 ──ともかくも、まずはあの猛々しき女豹よ!

 側用人殿。そなたも、あの女を見たはずだ。

 何か、感づかなかったのか。

 

 言われた側用人も、考える。

 その資質が極めて高いゆえに、良き贄になるはずの彼女も特別奨学生に勧誘したいと考えたのだが。

 しかし、後から考えると、確かに不自然なことに思いあたる。

 そういえば、最初に贄の乙女を迎えに行ったときに、その女豹の女に同席を求められ。

 そして、妙にしつこく連絡先をよこせと言われた。

 たまたま、主がぎりぎり通信が叶う距離にいたが、なにぶん距離があったため。

 端末である自分への情報転送が遅れて、その間、返答に窮した覚えがある。

 あれは、今にして思えば、──。

 

「最初から、我らがあの贄の乙女(紫藤みなり)を囲おうとしていたことを、勘づいていた、──?」

 

 思い当たり、愕然として、側用人は言葉を漏らす。

 しかも。

 よく考えてみると、女が神官に呼びかけたという、ヴァクシーノ=Vaccino=ワクチン、という言葉。

 実は神官たちを学園に入りこむ病原菌と見立てた、「お前たちなど練習台(ワクチン)だ、駆逐など簡単だ」という趣旨の挑発なのではなかったのか?

 

 ──側用人殿も、心当たりがおありだろう。

 あの女、我らのたくらみに気づいている。

 だから、釘を刺しに来たのだ。

 我に対する警告も、側用人殿に対する牽制も。

 

 そう、神官も考えをまとめながら、心話を伝えてくる。

 

「そうだと思います。しかし、変ですね。

 あまり積極的にこちらを妨害しようとは、していない、──?」

 

 ──そうだな。最初から気づいていて釘を刺し、しかもおそるべき力を持ちながら、女豹の動きはおとなしい。

 

 神官によれば、女忍者のような身のこなしの女も、新しい贄の乙女(紫藤みなり)の友人だという。

 しかし、その女間諜については、あの女豹は特に「近づくな」といった牽制の言を述べなかったという。

 また、女間諜のしぐさからすれば、女間諜は神官が心術で姿を偽っていることに気付いていない。

 なのに女豹のごとき娘は、女間諜に対して、神官のことを警告すらもしていない。

 

「つまり、その女は。

 新しい贄の乙女(紫藤みなり)を守ろうとはしているが、女間諜を守ろうとはしていない。

 それどころか女間諜の体術など、秘すべき手の内を、我々にさりげなく開示しようとしている──?」

 

 側用人が言うと、神官も頷いた。

 

 ──言われてみると、側用人殿の言うとおりだな。

 我も今、気がついたのだが、──おそらくは、このふたりの間に、内紛があるのではないか?

 表面上はこの2人は、ミナリを介して友人として付き合っているが、きっと腹の(うち)では異なるのだ。

 競争相手であり、背を刺す隙を窺いあっているのであろう。

 

「とすれば。

 そこに付け込む隙が、ありましょうな。」

 

 ──そのとおり。

 側用人殿に相談し、すぐに総力を挙げて、あの女豹を殺さねばならぬと思っていたが。

 しかし現状、必ずしもあの女は我らに敵対的ではない。だとすれば、拙速に攻撃したりなどして、敵に回す必要はない。

 何より、そなたの主の爪が贄の乙女に刺さっていて。

 しかも女豹も女間諜もそれを知り得ないのであれば。

 話は、変わってくるな。

 

 そう、考えをとりまとめて神官は、伝えてくる。

 側用人も考えをめぐらしながら、彼の言葉に耳を傾ける。

 

 ──女豹はまだ、我らのことをミナリに伝えておらぬ。己の力を過信しているのだろう。

 女豹はまた、我らのことを女間諜に伝えなかった。己の手を汚さずに、我らの手で排除させるつもりなのだ。

 そしてミナリは、我らのことを女豹にも、女間諜にも伝えられぬ状態だということだな?

 だとすれば。

 まだ、計画の破綻は避けられる。

 

 ただ、いずれにせよ、作戦の進め方の見直しは必須であろう。

 場合によっては、女豹は贄の候補からは外した方がよいかもしれぬ。

 あのすさまじき命力の量は、魅力的ではある。あの女一人で、普通の乙女にして5人分、もしかするとそれに倍する量の命力が楽々得られるとみた。

 だが、あまりに危険だ。

 罠にかけるとしても、下手をすると罠ごと食い破られるぞ。

 

 それほどの脅威を感じた、と神官は吐露する。

 

「そういえば主も、新しい贄の乙女(紫藤みなり)の友というその娘に、底知れぬ危険を感じる、と申しておりましたな。」

 

 そう、側用人もかつてのやりとりを思い出す*2

 

 ──そうか。ならば。

 必ずしも、あの女豹を敵に回す必要はない。

 いずれ決着をつけるとしても、供犠を成功させ、我らがより力を増した後になろう。

 それまではミナリの安全を、女豹に誤信させる必要があろうな。

 

 そのうえで、女間諜はやはり贄として捕えようぞ。女豹も見すごしてくれようし、な。

 我はあの女間諜に、仇を返さねばならぬ。共にいた謎の男も、この際に踏みつぶしてくれよう。

 ミナリを餌として、女間諜を釣り上げるか。

 今回、あの修練をみて女間諜のおおよその手並みは分かった故、一人のときに多勢で襲うのでもよい。

 

「なるほど、では、──、」

 

 

 そうして、あたりの物音に気付かないくらいに謀議に熱中してしまっていた彼らは。

 料理長の補助から戻ってきた侍女が、──側用人の薫陶を得て、ほとんど聞こえないくらいの足音しか立てなくなっていたため、気づかれず。

 彼らがしゃべっていたのを中断する形で、部屋に入ることもためらわれて、廊下で待機していて。

 紫藤みなりの名前に思わず聞き耳をたて、結果としてその謀議の多くを聞いてしまっていたことに。

 そのときは、気づく由もなかったのだった。

 

*1
"My Fair Lady"(1964)

*2

通算181話「(裏・閑話)夜と霧の館で(三人称)」参照。

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