※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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志野視点です。


208(仮)剣の僧正(20)(志)

 

 アラビア風のタマネギ型屋根の宮殿を模した、そのいかがわしいホテル。

 僕と紫藤は、自転車に二人乗りして、顔を真っ赤にしてそこからの坂を下ってる。

 僕は足に渾身の力をこめて、自転車を流星のように走らせる。

 

「みなり、ごめんね。」

 

「いいんだよ、志野くんのせいじゃないし。

 ──でも、暑いね。」

 

 ああ、暑いな。いや、熱いんだ。頬が燃えるようだ。

 みっともなく、赤くなってるに違いない。紫藤に顔が向けられない。

 僕はペダルを踏む足に力を強めた。

 下り坂なのもあって、飛ぶように景色が進む。

 僕らふたりの赤くなったであろう耳を、風がぴゅうぴゅうと吹き過ぎるけど、全然頬の熱を冷ましてくれない。

 

 ──────

 

 いや、途中まではいい感じだったんだ。

 以下、◯が紫藤で、●が僕ね。

 

 ◯のどが乾いたし、疲れたね、志野くん。

 

→●あ、そうだよね。すこしだけ、休んでいこうか?

 

→◯うん!でも、どこで?

 

→●あー、あれれ?あの建物、ホテルじゃないかな?休憩利用できるみたいだけど、あそことかでも、どう?

 

→◯え、あれ、ホテルなんだ!すごいねー。でも高いんじゃない?

 

→●心配しなくて、大丈夫。フリータイムとかあるし

 

→◯へー、そうなんだ。楽しみ!

 

→●でも、みなりはいい?その、ちょっと、その、さ。

 

→◯大丈夫だよ、志野くんは紳士だからね。大丈夫、信頼してるよ!

 

→●うっ!うん、大丈夫、大丈夫。ねえ、みなり。あんなホテルに、天井のシミがあるかどうかも気になるよね、見に行こう!じゃあ、ちょっとだけいいかな?

 

→◯もう、道曲がってるよね、志野くん(笑)。うん、志野くんとだったらどんなところでもいいよ!

 

→●じゃあ、入るね。あれ、自転車どこに停めるのかな。まあいいや、ここに置いて、と。

 

→◯あー、駐車場から入れるんだ。

 

→●便利だよね。ただ、フロントは表からの入り口近くにあるはずだよ、って。あれ?

 

 お休みの日だからかな。結構混んでるらしくて。

 待合室には、数組のカップル。

 タバコ吸いながら待ってるヤンキーカップルとか、些細ありげな企業幹部みたいな中年男性と部下みたいな若い地味めの女の子のカップルとか。

 そういったメンツが押し黙って待ってるところに、きゃぴきゃぴと僕たちが乱入したわけで。

 

 だいたい、都会に比べると知り合い遭遇率が高いこの多賀島県で、顔バレの危険あり、ってことからしてまずいのだけれども。

 紫藤は(おそらく)ラブホははじめてで、僕も若葉マーク。

 こうやって、ホテルに入ろう!という流れになる間も、なんだかお互い何かを意識してしまって。

 どこか心ここにあらずで、上滑りな会話が流れてた。

 多分、紫藤も覚悟を決めてたと思うんだ。

 誘って(誘われて)バレバレの目的をごまかしてホテルに入るだけで、なけなしの勇気を振り絞り、羞恥心の限界を試した僕たちが。

 それ以上にどーんとハードル高い、この待合室の重苦しい雰囲気に耐えられるわけもなく。

 なんて言うんだろう。いたたまれない。

 

「(ちょっと出ようか!?)」

 

「(こくんこくん)」

 

 そういうことになり。

 そそくさと外に戻り、入口の扉を閉めた。

 顔を見合わせた。──というか紫藤は俯いて赤くなってて、顔を上げられてなかったけどね。 

 

「あー、今日はやめとこっか?」

 

「うん、──しかたないよね」

 

 そそくさと、自転車に乗って逃げ出したわけだ。今にも先生とかの知り合いに目撃されて、呼び止められそうな、妙な焦燥感。

 走り出してしばらくして、固まってた紫藤もしばらくすると腕を回して、頬を僕の背中に寄せてきた。

 

「それにしても、びっくりだよ」

 

「うん、予想外だった。ごめんね。」

 

「志野くんは、悪くないよ。あー、でもさ。」

 

「うん?」

 

「あんなにたくさん、その、──疲れて休憩しようとしてる人たちが、あんなにいるなんて、さ!」

 

「あ、ああ。そうだね!」

 

 そして、冒頭の僕たち。二人乗りで自転車を飛ばす、頬の赤い僕たちが完成。

 あー、ラブホに入るまでが勝負だと思ってたんだよ。

 計算外だ。入りさえすれば、もうなんとかなると思ってたんだけどな!

 

 ──────

 

 でもさ。諸兄も理解してくれると思うんだが。

 下半身を突き抜ける衝動は、抑えられない。

 自転車を走らすうちに僕はふたたび、よからぬことを考えはじめる。

 

 僕は前方不注意にならない範囲で、ちら、と横を向き、視線を走らせる。

 視野の隅に、荷台に横に腰かけた紫藤の浴衣の裾から伸びる、白い脚。

 浴衣に靴下なしの運動靴で、ちょっとミスマッチなんだけどね。

 僕はその脚の映像を、脳の映像貯蔵庫に収める。

 せめてこれで自家発電して、電力不足を解消するんだ。

 

 だけどな、どうしよう。もう一回、誘ってみたいな。

 でも紫藤は、恥ずかしがり屋さんだからだめかもな。

 今、断られるとダメージ大きいかもな、──。

 

「志野くん、やっぱり暑いし、疲れてるよね。

 どっか別の場所でいいから、休憩しなきゃ。」

 

 そう思ってたら、なんと紫藤から話を振ってくれた。マジ天使。

 紫藤の顔は見れないが、ピュアな彼女のことだ。

 ふたたび僕が()()()()()を考えてるなんてこと、たぶん想像の埓外なんだろう。

 僕はまた良心が、ずきずきと痛むのを感じた。

 

「うん、そうしよう。ただ、ここは場所がないからね。

 もうちょっと、降りてからのところにしようか?」

 

 自転車を漕ぐ足に、力がこもる。

 そして僕は急いで脳中で、バックアッププランを練り始める。

 

 そうだ、あの雨に降られたときに雨宿りした公園。

 あの遊具でも、いいわけだ。

 でもな。今日は朝はともかく、今は晴れてきちゃってるしね。きっと、人がいるよな。

 あー、人目がなくてこっそりなんかできる場所が欲しい。

 

「志野くん。あの裏山の道。涼しくて、良かったよね。」

 

 あんなところで涼みたいね、と紫藤。

 確かに。でも、今日はもうそろそろ日が沈むんじゃないかな。行くのはやぶさかじゃないけど。

 

「みなりが疲れてなかったら、行ってみてもいいよ。でも今日は、今からだと遅いかな?」

 

「わたしは、大丈夫だけどね?」

 

 でも志野くんはなー、大丈夫かなー?ざこだからなー!

 じゃあ、下のおうち(日蔭山の家)で、ゆっくりしようか?

 

 そう煽ってる紫藤に、わからせてやる必要を痛感。

 僕は頭の中で、シミュレートしてみた。

 

(以下、脳内シミュレーション開始)

 あの鉄塔のあたり。草は柔らかく、風が吹き抜ける心地よい草原。

 紫藤はその柔らかい草の上に、その幼い体を横たえてる。

 庇護欲をそそるだけじゃない。最近は、性欲をそそられてしかたない、その柔らかい体を。

 そしてなんと僕は、その上にのしかかってるわけだ。ふひひ。

 

 ――志野くん、なんでこんなことするの?

 

 そう言って、ちょっと情けなさそうな八の字まゆにして、こっちを見る紫藤。

 その視線は、僕を責めるようでもあり、僕の愚かさを悲しむようでもあり。

 しかし僕は、そんな優しい紫藤の言葉を耳にも入れず。

 紫藤の両手首を握って、それを紫藤の頭上のあたりの地面に押し付けてる。

 ちょうど、ばんざいさせてるみたいな感じに。無防備にさらけ出された、体。

 そして僕は厭らしい笑みを浮かべながら、紫藤の頬をじゅるり、と舐めて、──

(シミュレーション終わり)

 

 僕はぞくぞくと、快感が脳裏を走るのを感じた。

 うん、いい。すごくいい。

 ただ、な。時間がやぱりあまりなさそうなんだよな。

 僕は、紫藤の声を耳に。

 日蔭谷への道を、自転車でひた走った。

 

 ──────

 

 まだ暗くならないうちに、日蔭谷についた。

 ちなみに未練がましく例の途中の公園に立ち寄ってみたけど、子供たちが走り回ってて。

 仕方なく水道で、水分を補給しただけに終わった。 

 気のせいか紫藤も残念そうだった。

 

 日蔭谷に戻ると、たっくんナギさんマコトさんが歓迎してくれた。紫藤弟はいない。たっくんと遊んでくれて、たっくんが昼寝するころに、家に戻ってしまったらしい。

 ナギさんが、冷たい麦茶を出してくれる。こぷこぷ飲むけど、全部汗になりそう。

 飲みおわると、結構疲れてるのを感じる。脚が張ってる。やっぱりこれから山登りは、むりかな?

 

 ナギさんたちから、いろいろ話をきく。

 ナギさんたちは明日から病院に1泊2日で健診。だから、なんだかわくわくしてるみたいだ。

 気持ちはわかる。さすがに家と多少のお買い物じゃ、気が詰まるよね?

 帰りにちょっと変装して、人間ドックで泊る病院の近くの景勝地にでも行ってみてもいいんじゃないかな、と勧めておく。

 

 その後、僕が少し疲れてる様子をみた紫藤は、ちょっと軽くだけお昼寝するね、と父親に言い。

 僕は紫藤に手を引かれて、中央の間からほど遠い1室にみちびかれた。

 

「ふぁー、疲れたね。志野くん。」

 

 落ち着いた、8畳くらいの和室の部屋。隅にふとんが重ねてある。

 室内には、大きい姿見と割としっかりした箪笥が1個。段ボール箱が1つあって、そこにたぶん未整理の雑多なものが放り込まれてる。

 でも、それ以外の物はほとんどなく、決して豪華ではないが清潔に拭き清められている。ナギさんの功績だろう。

 西と北に開いた窓側は障子でなく、カーテンになってる。今は北のカーテンは開いてて、西のカーテンはレースのやつだけ閉じてる。

 窓は網戸だけしめてあって、風が通るようになってる。

 

 窓に近寄り、外を確認してみる。

 この部屋は家の北西部分にある。北の窓の場合は、家の裏の丘の緑がみえる。

 それぞれの窓の室外側には、洗濯物干しなんだろうか、軒下に鉄のフックがあって、物干し棒みたいな棒がかかってる。

 この棒、ちゃっちい物干し竿ではなくしっかり丸くて丈夫そうな、太めの木の棒だ。

 これ、のれん棒じゃないかな。以前は葦簀(よしず)(すだれ)、あるいはのれんがかかってたのかもしれない。長さは、1間(約1.8メートル)くらい。

 ちなみに、室内を見渡すと、窓の外にあったのと同じような太めの木の棒が戸口の上のフックに渡ってるのに気がついた。

 長さは半間(0.9メートル)くらい。のれん本体は見当たらないが、この棒にのれんを吊ってたみたいだ。

 

 リュックサックを置き、僕たちはとりあえず枕を転がし、畳に寝転がってみた。

 冷房はないが、古びた懐かしいデザインのナショナルの扇風機を回す。

 キョキョキョキョキョ、と何かの鳥か虫かの鳴き声が、網戸越しに入ってくる。網戸の先は、森っていうか藪があるだけだ。この区画で人が住んでる家は、ここしかない。

 日蔭谷は南西から北東に走る谷なので、まだ西の窓からは木洩れ日が射してる。

 

「志野くん。足、揉んであげようか?」

 

「いや、いいよ。」

 

「遠慮しなくていいよ!ほら、ほら、」

 

 僕は紫藤の慫慂に負けて、うつぶせになる。

 紫藤がかいがいしく小さな手で、ふくらはぎとか大腿をもみもみしてくれる。

 確かに、自転車で走り回ったり森を歩き回ったりして、筋肉が張ってる。

 ちょっとこそばゆいけど、気持ちいい。

 そしてこんどは小さい拳が、ぽむぽむと肩を叩いてくる。

 僕はうつぶせで頭を上げてたけど、叩きやすいようにべたっと頭をねかせた。

 そして。

 

「ちょっとごめんね?」

 

 そう、紫藤は断って。

 僕の腰に、足を乗せて、体重をかけてきた。

 じわーっと、心地よさが腰から背中にかけて発生。

 っていうか。これ、背中を踏んでるのはJK紫藤の足ということで、──

 僕はうつぶせになって、両腕のひじから先のところ(前腕)に、横向きにした頭を乗せていたのだが。

 気になって、そっと目の隅で紫藤の方に視線をやってみた。

 

 紫藤は、例の折り鶴の柄の浴衣を着ている。たぶん子供用なのだろう(そういえば、紫藤が小学生じゃないってことを竜神の娘には言い忘れたよ)、やや裾は短めで。

 そこからしっとりとした白い脚がみえてるわけだ。

 いや、みえる範囲はそこまで過激じゃないんだ。なんならクラスの派手目の子、中村さんとかの方が、よほど制服のスカートが短い。そうなんだけど。

 この、浴衣の裾からみえる脚というのが、すごいプレミア感っていうのか。

 ほら、今みたいに横向きに僕の腰を踏んでるときに、目の端からその後ろ姿を見上げると。

 僕の好きな膝の裏が、ちらり、と。

 そして、ななめ下からの角度だと、──。

 

「ふう。志野くん、終わったよ?」

 

 そういって、満足げに紫藤が僕の上から下りるまで。

 僕は目の隅から、舐めるように紫藤の脚を観察する。

 あの脚だ。あの白いなめらかな肌を、舐めまわしたいんだ。

 早くしろ、と僕のアレが勃ちあがってきて主張する。ちょっぴり痛い。

 それにしても、マッサージ気持ちよかった。

  

「ありがとう。すごく気持ちよかったよ。」

 

「うん、いつもお父さんにしてたからね。

 お仕事から帰ってきたら、やってあげてたんだよ。」

 

 あれ、廊下に足音。マコトさんかな。

 急ぎ足だったが、なぜか紫藤の言葉に逡巡する気配。

 機先を制して、紫藤が扉を開いて廊下で対応してる(この部屋は後から増築したんだろう、母屋よりも少し西洋風っていうか、障子とふすまじゃなくて、普通に引き戸がついてる)。

 

 マコトさん、部屋に入るのなら。

 僕が寝そべってたら態度良くないって思われるよな。

 起き上がって、胡坐をかく。

 でも父娘の会話は、廊下で続行してる。

 

「──なに?お父さん。」 

 

「あ、ああ。何でもないんだ。

 その、買い物に出るから、それで、──」

 

 何かしゃべってる。

 たっくんとおみくじ付きアイスを買う約束をしてたから、これから商店街に買い物にいくそうな。

 それにしても、なんだか紫藤の、マコトさんに対する言葉に険がある気がする。ちょっぴり反抗期っぽい感じ?

 そこに新たな足音。軽くてあまり音を立てない、ものやわらかな足音。これは間違いなく。

 

「あ、みなりさん、──」

 

 ナギさんが来て、とりなしてる。

 なんだか紫藤に叱られてしゅんとした(?よくわからないけどね)マコトさんが、居間(座敷)の方に戻っていく模様。

 ナギさんも、マコトさんとの買い物に一緒にいきたいみたいだ。まあ、大丈夫じゃないかな。

 なるほど、一時間ちょいくらいね。まあそのくらいはかかるだろう。往復で40分かかるしな。

 それまで、家に誰もいなくなると。なるほど、僕たちが帰るなら戸締りしなきゃいけないから、それ聞きに来たわけだ。

 そのくらいなら、まだ日は落ちきらない。まだいるよ。

 ナギさんが、少し声を落として、何かささやいてて、紫藤が聞き入ってるようす。ありがとうございました、とナギさんに言ってる。

 ナギさんが、それでは、と言って戻っていく。

 

「どうしたの?」

 

「ううん、たしいたことじゃないんだよ。──」

 

 それより、志野くん。わたしも。

 きょうはちょっと、いっぱい歩いて疲れちゃったし。

 ここらへんだけでもいいから、マッサージしてくれないかな?

 

 そういって、紫藤が腰をかがめて、自分のふくらはぎのあたりをかるくぽむぽむ叩いてみせる。

 もちろんのこと、僕は。

 生唾をのみながら、頷いたのだった。

 

 ──────

 

 目の下に紫藤が、無防備に背中をみせて横たわっている。

 小学生みたいな身長だし、一見、細い体つきで上半身も華奢なのだが。

 下半身は、よくみると結構しっかりしてるっていうか。

 お尻もそれなりにぷくんと丸く、薄手の浴衣越しに存在を主張してる。

 今は浴衣にかくされてる太腿も、太くはないけどみっちりしてて。

 そしてこの僕の目の前にある、ふくらはぎも、──

 

「志野くん?」

 

 まずい、じとじとと、紫藤のふくらはぎを見つめてるのがバレてしまう。

 僕は声を出そうとして、緊張のせいか嗄れてることに気づき、咳ばらいをする。

 

「ヘタクソかもしれないから、ごめんね。」

 

「いいんだよ志野くん。好きなようにしてくれて。」

 

 好きなようにして、いいのか。ふむふむ。

 

 僕はしゃがみこみ、靴下をはいていない(浴衣と靴下が合わないと思ったみたいだ)紫藤の脚を観察する。

 すらっと伸ばされたふくらはぎは、よく歩くからだろう、滑らかな皮膚の下にはそれなりにちゃんとぱつぱつに筋肉がついてる。

 そして、今は浴衣の裾がかろうじて隠してる、膝の裏。

 よし、あそこが戦略攻撃目標だ。

 

 僕はまず、そろえてのばされた両足を掌で軽く持ち、親指を足の裏の土踏まずのあたりにあてて、もみもみ押してみた。

 

「ふきゅんっ!」

 

 かわいい声が漏れて、紫藤の脚がびくっと僕の手を離れて跳ね上がりそうになった。

 少しだけ、浴衣の裾が乱れる。けれども、まだ膝の裏の部分はみえない。

 赤い顔をした紫藤が、うつぶせの姿勢から柔らかく体をねじってこっちに視線を投げる。

 湿度の高い視線が、僕に刺さる。いわゆるジト目という奴だ。

 

「笑った?」

 

「笑ってない笑ってない」

 

「ふうん?」

 

 また紫藤はうつぶせになった。

 僕はふたたび、土踏まずをもみもみ。

 

「あ、んっ!」

 

 さっきとはちょっと違った、甘い声とともに、今度は紫藤の上半身が跳ねた。

 まるであのホテルでのときに、調布を鞭で責めたときに、出てたのと近い声で、──

 まずいよ紫藤。この家、ほとんど防音性ないはずだ。

 

「もー、志野くん!わざとやってるよね!?」

 

「え?わざとって、そんなわけじゃなくて」

 

 紫藤はまた、ひじをついて上半身だけを起こし、僕を責めるような目でみてる。

 もっとも、本気では怒ってないと思う、けれど。

 僕は人の表情、読み取るのがすごく下手だからな。

 きらきらした目、ふくらんだ頬。でも、ちょっと口元が笑うみたいに上がってる。かわいい。

 ただ「かわいい」って言ったら間違いなく怒られる場面だってのは、なんとなくわかる。僕もそこまで馬鹿じゃないよ。

 とりあえずは謝ろう。紫藤ならきっと許してくれる。大丈夫、大丈夫。

 

「その、みなり。ごめん、そのつもりじゃなかったんだよ。

 でもさ。あー、声なんだけど。マコトさんたちに、聞こえないかな?」

 

「あ、それは大丈夫だよ。さっき、玄関でカラカラって出かける音がしてたし。」

 

 やっぱり紫藤はあっさり許してくれた。ちょろいぜ。

 そして、声も気にしなくて大丈夫なんだな。僕、注意が多方向には向かないから、ナギさんたちが出ていったのに気づかなかったよ。そういえば、さっきからたっくんの声がしなくなったと思ってたんだ。

 

「じゃあ、続きだね。」

 

 紫藤がまた、ぺたっと背中を向けて横たわる。

 僕はまた親指で土踏まずをもみもみ。

 目の前のふくらはぎを、親の仇のようにみつめる。

 ただ細っこいってわけじゃなくて、ほどよい太さで、──舐めたい。

 そう邪念を抱きながら、僕はマッサージを加える。

 あれ、こんどはびくびくと、肌の下の筋肉が緊張する気配がある。でも、紫藤は足を動かさない。

 我慢して、力が入ってるみたいだな。

 それじゃ、マッサージにならないんじゃないかな。

 

 僕は、紫藤のこの緊張をほぐさないとな、と思い。

 紫藤のかかとのすぐ後ろのところの、筋。

 アキレス腱がかかとの骨に接合して浮いてる部分近くに手を伸ばし、もみもみとほぐしてみた。

 

「んっ!」

 

 危なかった。

 紫藤がたぶんくすぐったいのか、脚気検査みたいな無意識の反応なのか、うつぶせの姿勢から膝がびゅんと曲がり。

 つまり、紫藤のかかとが、ひゅうっと空中に持ち上がり。

 かがみこんで紫藤の白い肢のふくらはぎを観察しながらかかとの筋をほぐしていた僕の顔をかすめた。

 紫藤も自分でびっくりしたのか、跳ねるように身を返し、足がかすめた僕の頬に、心配そうに手を当ててきた。

 

「ごめん!ごめんね志野くん、大丈夫!?」

 

「大丈夫だよ。いやー、びっくりしたけどね。」

 

 いや、瞬時に超反応さん(この発動条件は、エロい気持ちと恐怖の気持ちの総和が、一定ラインを超えることらしいと、最近僕は考えてる)が出てきてくれてなかったら、たぶん紫藤のふくらはぎから膝の裏までのやわらかな肌を凝視してた僕の鼻に直撃して、流血の惨事になってただろう。

 でもね、結果オーライオーライ。さあ、続きを、──。

 

 だけど、なぜ紫藤はちょっとごめんね、と言って立ち上がり。

 部屋の隅の段ボール箱や、箪笥をごそごそと探し始めた。

 

「みなり?どうしたの?」

 

「うーん。ちょっと、その、さ」

 

 今みたいなことがあっては困る、と紫藤は言う。

 すごく気持ちいいから、志野くんにはマッサージしてほしいけど、ちょっとくすぐったい。

 だから、──。

 

「これがいいかな。志野くん、ちょっとお願い。」

 

 紫藤はそう言って、窓を開けて、僕を促す。

 あ、こののれん棒が欲しいのかな。

 僕は言われるままに、西の窓の外のフックにかかってたのれん棒を取り、室内に入れる。

 北の窓のも取ろうとしたら、それはまだいい、と言われた。

 

 紫藤は床に置かれたその棒をさわさわと触り。

 うーん、ちょっと長いなー、と、つぶやいてる。

 たしかに、僕の身長くらいもある。しかも、使い込まれてたことをうかがわせる、滑らかな手触り。

 これ、本当はのれん用じゃなくて、棒術で使う六尺棒ってやつじゃないかな、と僕は思った。

(おそらく前の住人、杖術か何かをたしなんでいたんじゃないかと思う。後でナギさんに聞いたら、たしかに武道の道具みたいなのがいくつかあったと言っていた。)

 

「長すぎるなら、こっちは?」

 

 僕が、部屋の引き戸の上のフックに掛かってたのれん棒(本当は3尺棒だと思う)を取ると、紫藤の顔が輝いた。

 

「志野くん、それだよ!ちょうどいいよ!」

 

 うれしそうに、紫藤が手に持った棒を撫でる。

 使い込まれたのか、ちょっと黒光りしてる滑らかな棒だ。

 太さは、僕のアレより少し細いくらいか。

 

「何に使うの?」

 

「うん、これをこうするんだよ。」

 

 紫藤は、床に三角座りで腰を下ろし、脚を広げ(僕の視線は、そのきわどく裾の中から露出した太腿に引き寄せられた)。

 たんすから探し出した兵児帯らしいものを、紫藤は軽く片方の足首にひと巻きしてみせた。

 そしてこの棒の端ちかくに、足首を結わえつけるように、またひと巻き。

 もう一方の足首も、棒のもう一端に当ててみせる。

 にこにこしながら、こっちを見上げる。

 

「ほら、わたしの体がうごかないように、これをこうやって結ぶんだよ。

 それで志野くんが、棒の真ん中のところを膝で押さえるか、足で踏んでおけば大丈夫だよね。」

 

 つまり、紫藤の説明によると。

 この90cmくらいの丈夫そうな木の棒を床に置き、うつぶせの紫藤の両足首をそれに結わえつける。

 紫藤の脚は、開いた体勢に固定される(脚を開く広さは、調節できる。棒の両端近くに結わえるとすれば、80cmくらいか)。

 その足首を結わえた棒の中央部を踏んでおくか、膝で押さえておいて、マッサージをすればいい。

 そうすると、さっきみたいに、無意識に足を跳ね上げたり、脚を閉じたりするようなことがなく。

 しっかりこっくり、マッサージできるよ!

 

 そういうことらしい。

 

「──志野くん、じゃあ、お願い。」

 

 すでに紫藤は、フリーズしてる僕を置いてうつぶせになり、脚を広げてみせている。

 浴衣なので、防御力はもちろんのこと、非常に低く。

 拡げた脚のせいで、少し裾は乱れて広がってる。さっきは見えなかった膝のうらのくぼみの部分も、わずかにさらけ出されてて。

 そしておそらく、仮に僕が床ちかくに顔を近づけて覗けば、──太腿の間も、ずっと先まで。

 

 僕はどこか何かが間違っているような気がしながらも、かがみこみ。

 紫藤に促されるままに、紫藤の足首を帯できつめに巻き、ぎこちなく、棒の両端ちかくに縛りつけはじめたのだった。

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