※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 誤字のご指摘、ありがとうございました!
 引き続き、第三者(中河原桜、吉祥寺美鷹・秀鷹(美鷹の父))視点です。

 20231225 美鷹の日曜の待ち合わせ時刻を、変更しました。


212(仮)剣の僧正(24)(三人称(中河原桜))

 しばらく無口のままに、二人は歩く。

 何がおかしいことがあったのか、川沿いの公園で大声で叫ぶ男子中高生らしい声、そしてげらげら笑う仲間の声。

 行く手に、自動車が片側1車線、かろうじて歩行者通路がある程度の幅の石造アーチ式の、いわゆるめがね橋が見えてくる。

 江戸時代につくられたこの橋が袖振橋(そでふりばし)という名前なのは、この橋で別れゆく人々が名残を惜しんで手を振りあったからだ、と桜は小学校の郷土学習で聞いた気がする。

 

「ここで大丈夫だよ。さっちゃん、もう遠くなっちゃうし」

 

 美鷹は立ち止まって、明るい声で言う。

 

 ──今日、最後のレッスンがあるから、ちょっと走って急ぐよ。

 先生に、お礼のお菓子を持っていかなきゃいけないし。

 だから、ここで大丈夫。お話きいてくれて、ありがとう!元気でたよ。

 

 そう、言われる。

 桜は、言葉が出てこない。

 

「みーちゃん、──」

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんのこと、もっと信頼するんだ!」

 

 美鷹が笑って、ぽんぽん、と胸をたたいてみせる。

 

 ──一人でなやんでたけど、さっちゃんが聞いてくれてすっきりしたよ。

 そんな顔しなくて、いいよ。このくらい、今までもなんとかしてきたでしょう?

 ちゃんと、切り抜ける。考えがあるんだ。

 

 自分でもちょっと説得力がないと思ったのか。

 美鷹は一歩踏み込んできて、軽く桜に抱きつきながらその耳にささやく。

 その適度に豊かで柔らかい胸のふくらみに、世界の不平等さを思いながらも。

 桜にはこの、いつもは全幅の信頼を置いている従姉の言葉が、このときだけはとてもあやふやで心もとない気がした。

 身長も自分が追い越した今、自分に抱きつくその身体はいかにもやわらかく可憐に思われて。

 しかし、桜がその懸念を口にする前に、美鷹は体を離した。制汗剤か、あるいは洗髪料の残り香か。ごくかすかな、ローズの甘い香りを残して。

 

「あと、さっきのは約束だよ。来週、模試の後、お買い物行こう?」

 

「う、うん。」

 

 違う、間違ってる。このまま別れたら、後悔する。

 今、何か、言わないといけない。でも、何を?

 

 ①お父さんもお母さんも味方なんだったら、結婚なんてイヤだって言いなよ。生活なんて、何とかなるよ。

 ②その相手がどうしてもいやだったら、別の人ならいい、って言ってみたら?

 ③勉強して、医学部行っちゃえ。国立だったら、きっと学費も奨学金で大丈夫だよね?

 ④いっそ家出して、うちに来たらいいよ。私も一緒に家出してもいい。

 ⑤私が代わりにみーちゃんと結婚してあげる。そんな臭いボンボン、捨てなさい。

 ・・・ 

 現実的なもの、非現実的なもの、たくさんの分岐が目の前に現れて。

 でも彼女は、どれも選ぶことができなかった。

 

 そんな彼女の逡巡に、美しい従姉は気づくことなく。

 

「とにかく、大丈夫だよ。

 楽しみにしてるからね!」

 

 またねー、と片手を上げて、駆け出していく後姿。

 あわててバイバイ、と声をかけると。

 もう橋を渡り終わってしまった美鷹が、またふりむいて横顔だけの笑顔で、手を振り。

 その白い夏制服の涼しげな後ろ姿は、くすんだ土色の家の角を曲がり。

 そして、行ってしまった。

 

 気のせいだろうか。

 最後の笑顔は、どこか無理しているように幼馴染の彼女には思えた。

 泣く前みたいな、感じに。

 

 ──────

 

 駆け出した美鷹は、角を曲がり。

 おりしも点滅しはじめた、その交差点の片側3車線の国道の信号を軽々と走り渡った。

 彼女は学校の運動部には所属していないが、運動は得意な方で、体力も見た目よりはある。

 ちなみに子供のころから通ってるバレエ教室では、モダンダンスも教えてくれるし、なかなか筋がいいと称賛されている。披露する機会はないが、先生にせがんでストリート系も練習させてもらった。子供のころは習い事が多くて自由時間が少ないと親や桜にこぼしたこともあったけど、今ではいいストレス解消だと周りには言っている。

 

 ただ、それも今日で終わり。しばらく、勉強に専念するために休会することにしよう、と美鷹は言われていた。

 

 ──結婚なんてまだ早すぎる、と思うのはわかる。

 だから当面は勉強に打ち込んで、本家を納得させられるような大学に進学しなさい。

 4年間の間に、本家の代替わりがあるかもしれないし。 

 そうでなくても、方針の変更を願って交渉しよう。

 4年後、どうしてもイヤだったら。また、本家を動かすのもだめだったら、──

 

 それから先は、美鷹の親たちは何も言わず口を濁した。本人たちも、わからないからだろう。

 子煩悩な両親ではあるが、お見合いを破談にしてしまうと父親の引責もありうることくらいは、わかっているはずだ。一族の支援もなく退職し、伝手もろくにない東京や大阪みたいな大都市に転居転職をするなどということは、到底、現実的とはいえない。

 

 今は県庁となっている多賀島藩時代の城跡や市役所、市街地中心部からもほど近い、小さな丘(山)の下の中級武士の武家屋敷街だったあたりに、美鷹の家がある。

 昔は山頂に砦があったため、その山は「砦山(とりでやま)」と呼ばれている。

 砦山は巨視的にみると多賀島市の北西部の丘陵に連なるものだが、やや孤立して市中に張り出した位置にあり、多賀島への街道の一つを抑える位置にあったことから、戦略的な要衝とされてきた。

 石造の城壁などはなかったようで、土塁の名残などが残っているだけ。現在ではその砦山一帯は、市街地近くなのに豊かな自然が残された公園地区として残されている。

 高度差が結構ある山肌には、頂上の展望台の広場に至る遊歩道が整備されている。最短ルートならゆっくり登って、小一時間くらいだろうか。複数のルートがあり、オリエンテーリングや小学生の遠足にはうってつけだ。

 時間がない、と従妹には言っておきながら、美鷹はなぜか家にいったん帰る前に、その遊歩道の入り口に足を向けた。

 最近は来ることはなくなったけど、昔、桜と美鷹がよく遊び場にしていた一帯でもある。

 夏の木漏れ日を受けながら、鞄を持った制服姿の美鷹は、たしかな足取りで遊歩道を登っていく。

 

「どなたか、お話があるのでしょうか。」

 

 急峻な斜面をのぼるためにつづら折りになった、遊歩道。

 その、いくつ目かの折り返しの部分に設けられた休憩所(といっても、切り株状の丸太の腰掛けが置いてあるだけだが)で立ち止まった美鷹は、周りに人影がないのを確認し、そして大きめの、はっきりとした言葉を発した。

 ざわざわ、と風が吹き、木々の梢が揺れた。

 

 ――Kha-ShuI-KheO-ü, Ue-ThUi-KhUi-ShuI-ü.

 

 獣が無理にしゃべっているような、声だった。

 おそらく、「かしこい、うつくしい」だろうか?

 おそらく母音に区別が難しい音があるのだろう、破裂音が混ざるが明瞭な子音と比べて母音はあいまいで、「イ」と「ウ」、「エ」と「オ」の違いは非常に聞き取りにくかった。

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます。

 でも時間があまりありません。手短にお願いします。」

 

 ───最近ずっと、貴方は私を見ていらっしゃいましたね?

 正直、女性の部屋の中を覗くのは、失礼なことだと思います。

 

 ちょっと皮肉っぽく、そう付け加えた。

 

 キュヒキュヒキュヒキュヒ、と妙な音が木々の梢の高いところでする。笑っているらしい。

 

「eO-MeO-ShuI-ReO-ü.eO-Ma-Eo, KheO-ü」

 

 「面白い。お前、来い」だろうと、美鷹は解釈した。

 「ら」行の音は、妙な巻き舌音で代用されていた。

 

「もし私が、お断りすれば?」

 

「eO-Ma-Eo, ShuI-NUi. EO-Ma-Eo, eO-Jha, TeO-MeO, ShuI-NUi. 」

 

「私が貴方と行けば、生かしてくださると?」

 

「eO-Ma-Eo, ShuI-NUi. 」

 

「そうですか。貴方に従っても、従わなくても、私は死ぬのですね。

 でも従えば、親と友の命は救ってくださりますね?」

 

 答えはなく、キュヒキュヒキュヒ、とまた嗤い声がさっきとは別の場所から聞こえた。

 藪の中、低い位置だ。会話の途中で、移動したのだろうか。

 

「──考えさせてください。」

 

「A-ShuI-Tha, KeO-KeO KheO-ü」

 

「明日ここに、ですね。少し遅くなるかもしれません。それでは、明日の同じ頃から、夕方の間に。」

 

 ざざっ、と違う木の梢でまた音がした。

 目を凝らすと、木々の葉ごしに、黒っぽい影が枝を飛び移っていくのが見えた気がした。

 美鷹は暫時、佇んでいたが、やがて踵を返した。

 その美しい顔は凍りついたように無表情で、なんの感情も浮かんでいなかった。

 

 ──────

 

(吉祥寺 美鷹の父、吉祥寺 秀鷹視点*1)

 

「お帰り、お父さん。

 お疲れさま。」

 

 土曜日も突発的な仕事で遅くなり、疲れて夕刻に帰宅すると。

 最近は難しい年頃で仲が冷え込んでいた娘が、玄関まで出迎えにきて鞄を持ってくれた。

 

「ああ、ただいま」

 

 鞄に、重要文書など入れてなかっただろうか。

 娘に鞄を渡しながら、反射的にそう思う自分に嫌気がさす。娘を警戒してどうする、仕事に毒されてるな、と軽く頭を振る。

 なぜか娘は彼が靴を脱ぎ、靴棚にしまう様子をじっとみていたので、不思議に思って見返した。

 

「──なんでもないよ。毎日、大人って大変だなあ、って。」

 

 他意はなさそうだ。本当にそう思ってのことのようだ。

 こっちをじっと見つめる顔には、いつもの天真爛漫な笑みではなく、ちょっと悟ったような、苦い笑み。

 かわいい娘も、宮仕えの厳しさを知る大人になったということなのか。

 もっともこの成長(?)の原因に、彼は心当たりがある。

 

「ああ、大変だけど、大丈夫さ。」

 

 可愛い妻と娘のためだから、と言おうとした口をつぐんだ。

 思春期の娘は、デリケートだ。

 先日、親子げんかに発展した件もあるし、油断して口を滑らせるとろくなことにならない予感がする。

 

「私も、大丈夫だよ。」

 

 そう言って、食堂で待ってるね、と言って去って行った。

 かすかな甘い花の香り、しなやかな足どり、優美な起伏をうかがわせる後ろ姿。もう、あの小さかった娘も十分に大人なのだ、──望まぬ縁談が持ち込まれるくらいに。

 

 ──────

 

「その、私の婚約者さん。

 近いうち、会う機会があるの?」

 

 仕事があったとはいえ、いつもより早い帰宅。

 一家3人で夕食をダイニングのテーブルで食べていると。

 娘が、親二人が避けていた話題について切り出してきた。

 娘の問いに、彼ばかりでなく、彼の妻(美鷹の母)も驚いたようだった。

 

「貴女、嫌だっていってたじゃない。気が変わったの?」

 

「いいや、違うよ。

 でも、一度しか会ってない、良く知りもしない相手を嫌うのも、違うかな、って。」

 

 こちらから断ることは、難しいんでしょう?

 だったら、好きになる努力はしてみないと、って。

 

 そう娘は、言う。

 彼の妻は、まあそうなの、そうよ、もう一度話してみたらいいわ、と嬉しそうだが。

 彼はちょっと、そのポジティブさに違和感を抱いた。不吉な予感。

 

 可愛い娘だが、ときには冷徹にすら思える果断さと行動力を見せることがある。

 いじめられてた親戚の子を救うために、後から気づいて感心するほどの一芝居を打って大人たちを動かしたり。

 痴漢に襲われて、ちょっとえげつないと思う手段でしたたかに反撃し、相手を行動不能に陥らしめたり。

 人づてに聞くと、あの温厚な人柄の娘とは思えないような行動をとっていたりする。

 まるで、──そのときだけ、違う人格が入っているかのような。

 それにしても。

 「こちらから断るのは難しい」って。──まさか?

 

「まさか、会って大喧嘩して先方に断らせようとか、考えてないだろうね?」

 

 思わず考えなしに、そう口を挟んでしまって。

 なに言ってるの、と咎める妻の視線に、後悔する。

 娘と喧嘩したばっかりなのに。また無神経にやってもうた。

(彼は外見はそこそこだと言われるが、内実のところ女心が分からず、交際中もよく妻の地雷を踏んでは吹き飛ばされていたものだ。)

 

「まさかー。そこまでしないよ、だって大事な取引相手なんでしょう?

 礼儀作法は、ちゃんと守るよ。」

 

 しかし娘は軽く笑い飛ばした。その顔には、暗い影はない。

 だが、彼は感動している妻とは逆に、警戒を強めた。

 この娘、なかなかの役者だからな。「礼儀作法は」って、まさかそれ以外の手段を考えてる?

 そういう彼の懸念を、読み取ったのか。

 

「いろいろ、知ってみたいだけだよ。

 それに、私のことを好きだって言ってたみたいだけど。

 どんなところが、好きなのかな、とか。

 それと、」

 

 窓の外を見ながらつぶやく。

 窓の外で、急な突風か何かだろうか、ざざざっと庭木の葉が揺れたのが気になったのだろうか。

 

「──お父さんとお母さんを、ちゃんと大事にして、守ってくれる人かな、──って。

 私の大事な人を傷つけるなら、絶対許さないんだから!

 って、恥ずかしいこと、言わせないでよ、もう。」

 

 そう、ちょっと恥ずかしくなったのか声を大きくして、笑いながら立ち上がり。

 開いていた、窓を閉めた。

 恥ずかしいって言いながら、あの声の大きさだと庭に誰かいたら丸聞こえじゃないか、と彼は場違いな感想を抱いた。

 それに、窓を閉めるのは、──いや、雨が降りだしてきてるな、閉めてもいいか。

 この前みたいに、庭木の枝が折れたりするくらい風が吹くことはないとしても、窓から降りこむかもしれないし。

 

「どのみち、結婚するのは2年半か4年半先なんでしょう?

 それまでにもし私が怪我をして、『売り物』にならなくなったり。

 あるいは、私が死んだり事故で行方不明になったりしたら、破談になる?」

 

「そんなことは「でも、そうなるでしょう?」──ああ。」

 

「その場合、お父さんたちは大丈夫なの?」

 

 つまり、途中の事故で破談になってしまった場合、家同士の約束を破ったことになって責任を問われたりするか、ということをこの娘は気にしているらしい。律儀なことだ。

 それは問題ない、理由があるなら仕方ない話だし。

 また婚約自体も、まだ確約されたものではない、と言ってなだめる。

 

 実のところ、現在の美鷹の婚約者候補を父である彼はあまり気に入っていなかった。

 仕事もしっかりできるエリートらしいし、外見は爽やかなスポーツマンといってもいい。

 しかし人事にも多少携わった彼から、みると。

 候補の男にはどこか殺伐とした気配があり、家族もどこか彼を腫れ物を触るように扱っていた。

 もしかすると、短気で怒りっぽいのかもしれない。プレイヤーとしては優秀なのに、管理職に昇進すると部下を辞めさせるダメ上司を連想する。

 そして、娘に向ける目。どこか舌なめずりしているような、下品でいやらしい色があった。

 まあ、学歴や外見は十分にいいし、若い男に性欲があるのは当たり前だし、子供をつくるのなら性的に好ましく思ってもらった方がいいのだが、──娘の幸せを願う父親としては、一抹の不安がある。

 

 しかし、どういうわけか。

 この結婚話に最も前のめりなのは、(この、婚約者候補の男自身を除けば)本家の御前様なのだ。

 引退して一時は老け込み、活動も目立たなくなっていた本家の御前様が、最近妙に活動的に、活発になってきていて。

 その打つ手打つ手は確かに的確のようで、このデフレの中にありながら、谷津崎の企業グループの経営は好調らしい(彼自身の所属する会社は、すでに経営面では谷津崎の本家のコンツェルンからは独立したグループとなっているので、間接的な余慶しか受けていないが)。

 

 しかし、御前様がなぜこの案件をねじこんできたのか、よくわからない。何らかの政治的な深謀遠慮が、あるのであろうが。

 相手の家が谷津崎や吉祥寺の一族と縁結びを望んでいること、そして候補の男が美鷹に執着していることは、確からしいが。

 相手の家自体は、縁結びを望んではいても、そこまで強くこの結婚話を進めようという態度ではない。

 家の格自体が違うというのもあるが、例の候補の男に、素行不良など隠れた問題があるのではないか、と彼は邪推している。

 まだそこまで話が進んでいないのに、御前様がこちらの一族を先にまとめようとしているのだ。

 

 一族の間では、基本的には美鷹の政略結婚はやむなしというコンセンサスまではあったが。

 さすがにまだ早いのではないか?しかも相手もあれでいいのか?というのが、サイレントマジョリティらしい。

(容姿の端麗さやいとこたちへの面倒見のよさで、彼の娘は一族の間ではかなりの人気者で、縁を望む向きも一部の遠縁の家にはあった。)

 しかし、御前様のカリスマで押し切られてしまった状態。

 

 彼がせめてもの譲歩として引き出したのが、大学進学によるモラトリアムなのだ。

 それまでは、高校の卒業と同時に結婚というシナリオが猛スピードで進みかけていて、かろうじてそれを阻止した形になる。

 もっとも、彼やその娘が反対することも、御前様側は計算に入れていたのではないか、という気もする。

 

 ──だいたい、御前様の方が、人を値踏みする目はありそうだが。

 どうして、あの男にしたのだろう。本気で、良い縁談だと思っているのだろうか?

 

 彼の娘は、かつては一族はもちろん、御前様のお気に入りでもあって。

 幼いころは、膝に乗せてもらったりもしていたし、成長しても御前様は美鷹のことを覚えていてくれたようだ。

 だから御前様が、娘に悪い縁を押し付けるようなことはない、と信じてはいるのだが。

 

 しかし事実として、娘は一度会っただけではあるが、相手の男にいい印象を抱かなかった。というより、話を聞くと、積極的に嫌っていたようだ。あまり人の好き嫌いを表さない娘にしては、珍しいことに。

 その後、結婚話を聞くと、もちろんのこと色をなして猛反対した。目に涙がにじむくらいに。

 

 今日は落ちついてみえるが、どのような心境の変化があったのだろうか。

 当面は大学進学を狙っているらしく、大学の受験勉強を頑張ると言っている。さすがに2年後に結婚というシナリオは嫌なのだろう。

 

 食後のお茶を飲み終わった後、どこか決意を固めた風情で。

 自室に戻って勉強する、と宣言してダイニングを出ていく娘の背を見送りながら。

 彼は懸念を覚えながら、娘の変化に喜んでいるらしい妻の話に耳を傾けるのだった。

 

*1
通算174話「月の裏側(11)」参照

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