タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
※前話で、吉祥寺美鷹と「猿」の待ち合わせの時間帯を変更しました。
(第三者視点)
初めて彼女に接する者は、そのとびぬけて美しい容貌に目を奪われてしまいがちだ。
そして次には、その基本的には善意と包容力あふれる人柄に。
それらは、決してまちがいではない。
年下のいとこたちや下級生たちに絶大な人気を誇り。
酸いも甘いも噛み分けた大人たちや、下級生への目も厳しい先輩たちにすら可愛がられる、この美少女の人格の一側面である。
しかし、それだけではなく、彼女は他方で冷徹なリアリストとしての一面を有していた。
おそらくは、
――――――
すべての習い事を休止し、部活も引退し。
土曜日の夜、当面は大学受験に専念すると両親に宣言した彼女、吉祥寺美鷹は。
一夜明けた日曜日の昼過ぎまで、朝夕の食事と用足し以外は部屋にこもり続け、両親を少なからず心配させた。
(しかし、心配した両親が部屋に入ることを、彼女は勉強を口実にやんわりと、しかし頑強に拒みとおした)。
もちろん、勉強に集中したい、という彼女の言葉に嘘はない。彼女は熱心に学習に取り組んだ。
学習面での当面のターゲットは、来週末の全国模試。
そこでそれなりの成績を取り、大学進学ルートを確定させなければならない。
主観的にはちょっと苦手な数学の青チャートや、選択した化学の教科書を、丹念に復習する。
彼女の主観的な苦手科目は数学だ。ただ、なぜか
それを彼女は自分でも不思議に思っていて、「たぶん、こびとさんが助けてくれるんだよ」と、親友の従妹にもささやかに自慢したことがあった。
だけど本当は実力とはいえない、そんな不確定なものに頼りたくはないというのが彼女の本音だ。
そしてすきま時間に彼女は、小学生のころに買ってもらった動物図鑑を開き、丹念に確認する。
──チンパンジーかボノボ、なのだろう。しかし、人語を発していた。
特別な訓練を受けた個体?あるいはこの図鑑に載ってない、未知の種?
昨日(土曜日)、あの砦山の遊歩道で、奇怪な
その後、何事もなかったようにバレエのレッスンに顔を出し、最後の練習をして。
師匠や仲間たちには惜しまれつつ、しばらく休むことを伝え。
帰り道には家からほど近い図書館に立ち寄り、図鑑類や専門書を広げて調べた。
あの、発音は怪しいとはいえ人語をあやつる
おそらくは、知能のきわめて高い類人猿の一種だろうと考えて。
しかし、彼女が限られた時間で調べた限り。
喉や口蓋の構造のためなのか、あるいはそれらを操る神経の問題なのか。
これらの既知の類人猿が言葉をしゃべれる、という記録は、(おとぎ話以外には)確認できなかった。
手話やキーボードでの意思伝達は、事例があるらしいが──。
もう、
(あの
彼女は、昨日から決めていたとおり、紺色の優美なフレアのワンピースを選び、着替えた。
つばの長い麦わら帽子をかぶると、姿見の前でくるり、と回転して簡単にチェックする。
一つ間違えばあざとくみえかねないその服装は、しかししっくりと彼女の清楚さ、可憐さを引き立てている。
それを確認し、あと自分でもなぜこれがいるんだろうと不思議に思いつつ
──────
「お母さん。ちょっと、気分転換してくるよ。」
わずかな食事の時間をのぞいて、昨夜からずっと自室にこもっていた娘が。
昼下がりに天の岩戸から出てきてそう告げたので、吉祥寺美鷹の母親、左衛子はほっとした。
なにかと難しい年頃の娘だ。一時はつむじを曲げられて冷戦状態になっていたが、今は素直モードに戻ったのだろうか。
こちらをじっと、見つめている。気恥ずかしいほどに。
まるで今生の別れであり、見納めしたいというように?
「あら、もちろんよ。──そんなに根をつめなくても、いいのよ?」
「ありがとう。でも一生のことだから、今は頑張りたいな。」
──ただ、運動不足になるのは嫌だし、ちょっと散歩してくるね。1時間くらい。
あるいは、もう少し
娘はそう言って、簡単なおやつをもらい(その場で食べず、肩掛けのちいさなポーチに入れたのは、出先で食べたいと思っているからだろうか?)、行き先はすぐそこの砦山だから心配ないよ、と言って出て行った。
出て行く、後ろ姿を見送る。
どこかかすかに妙な胸騒ぎがして、気をつけてね、と声を重ねて掛ける。
返事が返ってきたように思うが、はっきりと聞き取る前に、扉の閉まる音が重なった。
──────
家を出た彼女は、また砦山に向かう。
長つばの麦わら帽子でも、そのオーラは隠しきれておらず。
道行く人は彼女の優美な肢体に、視線を吸い寄せられてしまう。
昨日より、遊歩道を行く人も多い。これでは、昨日みたいな秘密裡の接触はむずかしいだろうか?
まだ約束の頃合いにはやや早い時間帯。夏日の長い多賀島の日射は、厳しい。
昨日と同じつづら折りの角に、彼女は佇む。
猿が来るまでに時間があれば、仕掛けておきたいこともあったのだが。
彼女と前後していた観光客らしい一団が通りすぎ、無人となってすぐに、空気が動き。
はたり、と彼女のそばに小石が投じられる。
そして今度は、少し離れた場所、藪の中の方向に、はたり、と。そしてその先にも。
どうやら、もう逢引の相手は来ていて、しかも彼女は誘われているようだ。
あたりを見回し、人の視線のないことを確認したうえで、彼女は恐れげもなく投げつけられた小石の示す藪に踏み込む。
山に踏み込むには解放的すぎる服装だが、皮膚の露出部には無臭の虫よけをつけてある。足元は、こんなこともあろうかと選んだ動きやすいショートブーツだ。
藪道は、やがて人の普通は入らない急斜面に付けられた道につながった。おそらく、昔の土塁や土壁のへり沿いに作られた、けもの道か整備用の小道か何かなのだろう。
高く切り立った壁沿いに、手すりもない細い道。生い茂るススキの巨大な株が、道を狭めている。しかし、軽装の彼女は恐れげもなく歩く。
やがて、この一連の城壁(?)の枡形に似たものだったのだろうか、少し開けた四角形の広場に出る。
見上げると、ほぼ垂直に切り立つ崖。山頂の展望台近くまで、つながっているようだ。
この桝形からは、切り返すように細い道筋の名残が崖にへばりつくように、山上へとむかっている。
今は廃用とされているが、昔の砦への通路だったのだろう。そして今は立ち入り禁止とされている理由も明白だ、この崖の上から石や土砂が落ちてくれば通行人に多大な被害が生じることだろう。防御にはうってつけだが。
崖下の方向に目を向けると、数段、それこそ城壁のような土留め壁が施工されている。落石などの防止のためだろう。
ふと生じた気配に彼女が目をあげると、向かい側の枡形の土塁の頂点に、黒っぽい毛のかたまり。
彼女にひたと据えられた、虚無的な暗い双眸。
予想どおり、猿の一種だ。白目はみえない。
図鑑でみたチンパンジーに共通する、強健な体つき。ただ、頭の形はチンパンジーほど扁平でない。冠毛のようなものがあるが、高低差であまり見えない。
彼女が気づいたことを察知してか、キュヒキュヒキュヒキュヒ、と嗤う声がその口から洩れた。
「お約束どおり、まいりました。ご案内ありがとうございます。」
歴史を感じるロマンチックな場所ですね。と、そう余計な一言だと思いながらも付け加える。
猿からは言葉での返事はなく、また、嗤い声。猿は上機嫌であるように、彼女には思えた。
「貴方の求めることは、私が貴方についていくこと。貴方のものになること。」
嗤い声。よく分かっているじゃないか。
「私は、最後に殺されるのでしょうか。」
嗤い声が止む。牙をむき出した、嘲笑に似た醜悪な表情。猿が頷いたように、彼女には思えた。
やや身を乗り出した猿の頭部に、ヘビクイワシの「大冠毛」、あるいは「枝」のようなものがついていることに、彼女は気づいた。
彼女は、言葉をつづけた。
「その代償を求めます。私の家族と友人たちには、手出し無用です。」
──昨日の夜、お伝えしたとおりです。
食事のときに、聞いていらしたでしょう?と、彼女は問う。
しかし、猿は沈黙のまま。嘲り笑うわけでもない。
猿の沈黙には、わずかに困惑が含まれているように、彼女には感じられた。
「私の気のせいだったでしょうか。ともかく、──『Kha-ZheO-KhUi, UI-KhuI-RhUi. TheO-MeO, UI-KhuI-RhUi, ShuI-NUi』」
──家族は生かしてもらえる。友人は、生かされるものも、死ぬものもいる?
この猿は、これまでのところ、それとわかる嘘をついていない。
だいたい、彼女をただ単に殺したいだけならば、こんな回りくどいことはするまい。昨日、簡単に殺せたはず。
本当なら嘘をついて騙すことも容易なはずなのに、不都合な事情であっても、この猿は彼女に伝えている。
魔物は嘘をつくことができない、という郷里の伝説を彼女はちらっと脳裏に思い浮かべた。
「わかりました。──私と親しい従妹、ご存じでしょうか。あの子は?」
「UI-KhuI-RhUi」
「ありがとうございます。」
ほっと、彼女は息をついた。これで、目的の過半は果たした。
「死ぬ友人」というのがだれか気になるが、猿の目から友人とみえるだけで、それほど彼女にとっては親しい者ではないのかもしれない。
彼女にとって本当に大事な親友は、従姉妹の桜だけ。それだけ守れれば、いい。あとは知らない。薄情な話だが。
猿にかどわかされ、そしておそらくは殺されて死ぬのか。
思えば、短い一生だ。まあ、あの腐臭のするボンボンに無理やり
(これまでの経験から、彼女の婚約者候補のあの悪臭は、人を殺めたか、あるいはそれに類似した行為に関与したことのある者のそれだと、彼女は推測していた。)
ただ、そのかわりにこの獣と番わされる可能性もあるのか。あの谷津崎の御前様と同等のすさまじい血臭を放つ、この猿と。
もっとましな交際、恋愛をしてみたかったな。タカムラ君でも、誰でも。
ふと彼女の頭のすみに、月曜日に約束をしていた、年下のちょっと気になる男の子、部活の後輩くんのことが浮かんだ。
今これから、すぐにこの猿に連れていかれるのなら。
あの約束は、反故にすることになる。嘘つきだと、思ってくれてかまわない。
彼の小犬みたいな憧憬をはらんだ視線は、不思議に嫌でなかった。あるいは、もし。違う時、違う
物音。一瞬、注意をそらしてしまった彼女の目の前に、猿が降りてきていた。
大きい。直立すると彼女とほぼ同じ身長、横幅はずっと大きい。一般のチンパンジーより、明らかに巨大でたくましい。
毛色は黒っぽい。そしてチンパンジーより、人間に近いような頭蓋の大きさ、大冠毛。
開いたときにみえた口元には、鋭い牙。か弱い獲物に油断する気配もなく、高い眼窩上隆起の下からは、こちらを見据える冷酷な視線。
考えていた2の案、──不意を突いて猿を殺す、という案は、止めよう。なぜか半分無意識にそのための準備はしてきたが、もともと成功の見込みは薄い。取引で家族と親友の安全が保障されるなら、殺害案は失敗時のリスクが高いわりに、見合ったメリットがない。だいたい、この猿一匹を殺して片付く話ではない、猿に人語を教えた何者かがいるはずなのだから。
ただ、猿と取引するのなら。彼女の生命と、それ以外に猿たちが彼女に求めるもの(すぐに殺さないところからすれば、ろくなものではなさそうだ)を奪われることを甘受することになる。
彼女の手足などやすやすと引きちぎれるだろう、凶暴な膂力を感じさせる毛むくじゃらの腕が、彼女の腕を荒々しく、つかむ。右腕側の骨がきしみ、橈骨に強い痛みが走るのを、彼女は感じた。
恐怖のストレスに高まった彼女の鼓動は、しかしその次の瞬間、ほぼ平常時に近いまでに静まった。彼女に自覚はないが、
彼女は抵抗せずに体から力を抜いて猿の腕に身をゆだね、ただじっと猿の目を覗き込んだ。猿は腕をつかみ潰さんとする力をゆるめ、黄色い牙を剥き出した。
「Kha-ShuI-KheO-ü」
その場に、彼女は押し倒された。
幸いにも地面は平らで、石ころもない。ただ、解放された右腕からは疼くような痛みがある。しばらくは、まともに使えないだろう。
見上げた猿の顔の上に、青い空が見える。猿の頭を飾る、妙な大冠毛のようにみえたものは、何かの生体組織だ。角?角のある猿?いや、いま、角が動いた?
猿の頭部に何か、帽子のようものが被さっている。角は、そこから生えている。そのせいで頭蓋が大きくみえていたようだ。
猿はまるで人間のように、彼女を組み敷いた。
今からここで何か、口に出すのも憚ることをされるのだろうか。
猿の体重は、そこまで重くはない。中肉中背の成人男性と同じくらい。一瞬跳ね飛ばし、この空いている喉に切りつけることも不可能ではないが、
猿が、ワンピースの胸元をにぎるのを感じた。帰結は同じだ、強引に破られるより、自ら脱いだほうがよいだろうか?
彼女の家族と親友を守る取引は、成立している。だからいつのまにか準備していた、太腿上部に付けたサイ・ホルスターに付けたナイフの出番はない。ポケットに忍ばせた、熊用スプレーも。ポーチに入っている、
つくり笑いをうかべ、胸元をつかむ猿の手を使える方の腕で軽くやわらかく撫で、猿の注意を惹く。手真似で、自らワンピースの胸元のボタンを外す意思を伝えると、猿は満足げにキュヒキュヒ、と嗤った。
彼女が潰されなかった片手で腰までワンピースのボタンをはずし、ブラのフロントフックを解くと、猿の手は彼女の腕をつかみ、頭上で手首を交差するように上げさせた。
猿のかぎ爪が、無遠慮に彼女の白い珠のような胸を這い、数条の赤いひっかき傷を刻む。ひりひりとする痛みに、彼女はわずかに眉をひそめ身じろぎしたが、それだけで、猿の口がもう片方の乳首を含んだときも、表情を変えなかった。
猿はしばし、彼女の白い胸を嬲ると、一度、彼女の上から降り。
野卑だが強力な手で彼女の膝を掴み、広げさせようとする。
それに応じ、進んで従順に脚を開きながら。
見つかるより先に太腿のホルスターを外しておくべきだろうか、それとも頭上に上げるよう指示された手によるそうした動きが、かえって誤解を招くだろうか、と彼女が自問した時だった。
猿が、突然のけぞり、そして飛び離れた。
ザシュ、という音を立てて、銀色の閃光が猿の頭を掠め、そして拡げた彼女の両脚の間、付け根近くの地面に深々と突き刺さった。
バタフライナイフのように、彼女には思えた。猿が回避行動を採らなかったら、間違いなくその延髄に深々と刺さって致命傷を与えていただろう、狙いは正確だった。
誰かが投擲して、彼女を救おうとした。しかし、いったい誰が?
完全には避けきれず、頭のかすり傷から血を流す猿は、瞬時、油断なくあたりの様子を伺い、──そしてすぐに、その身を翻した。
その直後、猿がいた場所にクナイのようなものが、キン、と突き立った。
あきらかに、殺意のこもった攻撃だ。
形勢の不利を悟った猿は、曲がった強力な脚でジャンプし、灌木に跳びつく。
「待ってください!これは、私のせいでは──」
その呼びかけを一顧だにせず、木々を跳び移りながら、猿は消えていく。
その姿を、彼女は服の乱れをとりつくろうこともせず、茫然自失して見送る。
取引は、失敗に終わってしまった。
──────
──────
(調布智美、国領ハルカ視点)
「ハルカ、ソフトクリームと『たちまち団子』と、どっちかしら。」
「はは、そうだねー、」
しっかり食べたつもりでも、乙女のおなかはすぐに空く。
山歩きにかけっこでの全力疾走後。甘いものなら、なおさらだ。
国領ハルカ、調布智美のふたりは示し合わせて、登山道にある売店で買い食いをすることにして。
広場を出て、見晴らしのいい崖上のちょっと外れの涼しい木陰のベンチで、ふたりで検討会議をしていたのだが。
山頂の売店ゆえ、平地価格よりそれなりに高い。それを心配する国領ハルカの気配をみてとったのか、じゃあお団子にしましょう、大丈夫、ここのはすごく安くて美味しいから、と押し切られてしまった。
待っててよ、買ってくるから。と言って
お団子の包みを片手に持った調布智美が、意気揚々とこちらに歩いてくる。
(売店は広場から出て、メイン展望台中央近くのすぐそばあたりにある。彼女らふたりは日照を嫌い、やはり崖上で展望も悪くないが、木々の多い少し離れた外れのあたりにいた。)
その手前で、なにやら小さなもめごとが生じつつあるのに、国領ハルカは気づいた。
感じの悪い、どっかでみたことある気もするヤンキー3人組が。
おとなしそうな、中坊くらいの3人組(これもみおぼえがある。下の食堂にいた子たちだと思う)に、何かいちゃもんつけてて、隅に引っ張っていこうとしてる。
ちょっと崖に張り出したところ(昔の物見の名残だろう。この展望台と同じ並びの崖に数か所、ちいさく出っ張ったところがある)で、植え込みのせいで他からみえにくい場所だ。カツアゲしようとしてるのかな。
だれかに伝えて、助けてあげないといけない。
だけど再度確認して、体の芯が冷える思いがする。
──あのヤンキーども、見覚えがあるのもあたりまえだ。
このまえ、ボクを襲った巨体と筋肉小男とモヤシの3人組じゃないか!
きゅうっと、恐怖で下腹が痛くなる。
あっ。
さとみんが、気づいたんだな。
それはちょっとどうかな。割って入る正義感は立派だけど。
キミ、手元にお団子の包みがあって、何もできないじゃん。
しかもあいつら、結構強いよ?あの筋肉質の男とか、特に。
──大人とか、応援を呼ばないと!でも、あたりに頼れそうな人影は、──
──────
──────
もともとは、夏休み旅行中の女子大生グループとかをナンパしようと思っていたのだ。
しかし、思ったような隙のあるターゲットはなかなかみつからず。
多少つけこめそうだ、と思って声をかけた子たちも、カツの邪悪な笑顔にそそくさと逃げ散らかしてしまい。
またあたりに中途半端に人目があるゆえ、さすがにいつもみたいな強引なコナ掛けもできず。
気の短いカツのイライラがたまっていたところに、たまたまよそ見をしていて彼らにぶつかった中坊3人組。
気晴らしにと、昔はおそらく櫓があったのだろう、ちょっと崖に張り出して表からは木々に隠れてみえにくい出っぱりに引きずり込む。先客の気の弱そうなアベックは、カツがこういう時だけ便利な、凶暴そうな笑顔を見せるとそそくさと逃げていった。
もちろん、中坊たちには最初は大声を出したりしていない。フレンドリーに笑顔をみせ、ちょっとちょっと、こっちきてみな、と引き込んだのだ。
入り口あたりにサブを立たせて逃げ道をふさぎ、そして態度を豹変させ、金目のものを出させてささやかな臨時収入を、──。
怯える中坊たちにジャンプさせ、小銭の有無を確かめようとしたところに、邪魔が入った。
「あんたたち。やめなさいよ。」
溌剌とした声。命令するのに慣れた、権高な口調。
サブを押しのけて入った、涼し気なセーラー服の夏服の姿。
スカーフははずしてあり、県立だと思うがどこ高かわからない。一瞬、逆光で顔がよく分からなかったが、それでも隠し切れない、ぎらぎらした生命力の強そうな視線。相当、背は高い。片手には、お土産みたいな何かの紙包み。
「ああ?関係なかろうが。」
「その子たち、知り合いなのよね。放してくれない?」
馬鹿が、ただで放すわけなかろうが、とタカは思った。
「前も見ずに歩いてたんは、このガキどもや。」
「それで、あなたたちとぶつかったのね。あなたたちも、前をみてなかったのかしら。」
見てなかったのなら、あなたたちも同じ。同罪よね。
見ててぶつかったのなら、あなたたちこそ悪いってことじゃない?
おたがいに謝罪すればいいだけじゃない。ええ、おたがいに、ね。
立て板に水、というのだろうか。すごい勢いでやり込められる。ああいえばこう言う。
日射に目がなれてくると、見目形は悪くない、いや相当に美人っぽい。どっかで見たことがある気もしたが、思い出せない。テレビとかだろうか。
でもいくら見場がよくても女で頭のいい口の達者なやつなんて大嫌いや、ひいひい泣かしたるわ、とタカは不快感をつのらせる。
口が重くて気が短いカツは、やり込められて顔を赤くしている。目がガンギマリで、暴発寸前。
「はいはい、証明、以上。ほら、あんたたちあっち逃げときなさい。帰るわよ。」
サブがぼうっとしてたせいで、中学生たちが逃げ出そうとわちゃわちゃと入り口に寄り、──
「馬鹿クソがっ!」
カツがついに切れて、最近買ったナイフを抜く。
学校でオモチャにしてる奴の耳をギザに刻んでやったとか、自慢してたやつだ。
そいつ、今週は学校に来なかったよな。チョー受ける、ってカツが笑い話にしてた。
まあ、この際しかたない。たまたま、人目につかないポイントだ。ナイフで脅して黙らせ、こいつからも──。
次の瞬間、
パシッ、ゴシュッ、と音が連続した気がする。横をみると、カツの手のナイフがなくなっていて、カツの目が白目ぎみに焦点を失って上をむいている。だらしなく口が開き、ゆっくりと体がかしいでいく。
「!?」
がっ、と音を立ててカツが前に倒れる。勢いよく、地面に叩きつけられるように。
カツがナイフを蹴り飛ばされ、どこかを打たれて気を失ったのだ、と気づいて。
タカも、あわてて尖らせたマイナスドライバーを出す。両手でしっかり支え、体幹に固定して、──
しかし、最初の一歩を踏み出しかけたところで、何かが猛烈な勢いで跳ね上がってきて、手首に激痛。もともと痛めてた片方だけじゃなく、両方やられた!
一瞬後、顎先に、横から何かが激突し、首がぐるっと回った。
気がつくと、マイナスドライバーもなくなった状態で地面とキスをしていた。軽く蹴られて上を向かせられる。なぜかあの女を、地面から見上げていた。スカートが長いので、中は見えない。
立ち上がろうとするが、頭がぐるぐるとして平衡がとれず、ただ無様にもがくだけ。見下ろす女の顔にも、目の焦点が合わない。
どこかを蹴られて蹴り倒されたんだ、と一拍置いて気がついた。マイナスドライバーを蹴り落とされた後、一瞬背中が見えた気がしたが、後ろ回し蹴りだろうか。そんな曲芸みたいなことが、──。
女は鼻を鳴らし、サブがいるであろう方向に振り向いた。
「ねえ、そこのあんた。面倒くさいから、そいつらの手当、頼んでいい?」
「あ、あゎ、うう、──はい」
「いいわね?ありがとう。
あと、もう二度とそいつらの面、この辺でみせんじゃないわよ。」
そこの中坊っ! 帰るわよ。え?知ってるわよ、店でこっちずっとちらちら見てたじゃない。ほら。早く。
せっかくの獲物を引き連れて、女は去っていく。
まだ、立ち上がれない。打ちのめされた気分で、タカは力を抜いて横たわる。
この一幕の間、相手は、あの手の包みを下そうともしなかった。隔絶した実力差。敗北感。
なぜか蹴られていないはずの、体のふしぶしまで痛む。地面に倒れたときに打ちつけたのだろうか。
やっぱり同様に蹴りたおされたのだろう、横のカツは、意識もまだ戻ってない。
頸の強いこいつを一発で沈めるなんて。それにしても、こいつ最近ちょくちょく意識飛ばしてんなあ。敗け癖ついてるな。
ああ、そうだ。つい最近もこんなことがあった。あったな。
どこかおざなりなサブの介抱を受けながら、タカは。
──最近、運がない。下の神社でお守りかなにか買うか。それとも、天神町だったか、めちゃめちゃよく当たる占い師がいるってクラスの女どもが騒いでたな。ガセだろうが観てもらうか。
いずれにせよ、調子が悪い。しばらくはおとなしくしとこう。
そう、今度こそ心に決めたのだった。
──────
──────
「さとみん、大丈夫だった?」
「あら、見てたの?もちろんよ、あの程度。」
屈強そうなヤンキー二人をあっさりと蹴りだけで沈めた、調布智美は。
中学生たちから頭を下げられ、鷹揚に頷いてさっさと帰るように指示をして。
ハルカのベンチに戻ってきて、友人の問いに苦笑いを浮かべながらそう応える。
──冷めないうちに、食べましょうよ!
そう促され、湯気が出ている団子を国領ハルカも摘まむ。
急な来客があったときなど、とりあえず用意して出していたから「たちまち団子」*1と呼ばれるようになったらしい。小麦や蕎麦の皮で、芋と小豆の餡の入った、どちらかというと「饅頭」に類するものだ。
ふかしたての味は格別だ、と頬張りながら国領ハルカは思う。
「ちょっとね、失敗したかなー、って。」
「?」
遠目にみると、どうやらヤンキー3人組は回復したようだが。
とても意気阻喪した様子で、おぼつかない足取りで支え合いながら、北の市街地方向に降りる遊歩道の方向に消えて行った。
調布智美は、ちらっとそれに目をやったが、興味がないらしく、団子に意識を戻しながら、続ける。
「調子よかったから。ナイフと、あとなんか千枚通しみたいな奴、蹴り飛ばしたんだけど。
崖下方向に、蹴っちゃったのよねー。」
結構強く、ね。いやだって、人のいる方向には、蹴れないじゃない?
それに、軽く蹴るだけじゃ手から離さないかもしれないし。でも、必要以上だったみたい。
この下、遊歩道とかないわよね?
たぶん大丈夫とは思っているようだが、本人的には反省点らしい。頭をかいて、たはー、と笑っている。
そんな余裕、ボクならないなー、と国領ハルカは思う。
だいたい、冒険好きとはいっても結構ビビリなところもある国領ハルカだ。
するどいナイフの刃とかみると、お尻がきゅっとつぼむ感じがする。ましてやそれが、こっちに向けられたら。
「さとみん。後で、見にいく?」
「あー、そこまでは。
──でも、そうね、見ておきましょうか。」
なんだか気になるし。放り散らかしたまま、ってのも無責任よね。
そういうことになり。
団子でエネルギーをフル補給したふたりは。
上から見下ろし、斜面の灌木の緑の間をすかして、はるか下にしゃがみこむ人影らしいものを遠目に確認し。
慌てて、崖下へと降りるべく山肌を伝うことになったのだった。