※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 ご感想をいただきました。ありがとうございました!

 調布さん的な半超人、小学校の頃は身の回りにいたような気がしますが、観測範囲が狭くなるのか成長するにつれ少なくなった気がします(単に子供の目から見て成長の早い子が超人に見えただけなのかも?)。

 部長さん、実は初期メンバーなのですが、これまであまり出番に恵まれませんでした。
 ここにきての差し脚が期待されます・・!

 ──────

 第三者視点です。マークはつけませんでしたが、微グロ・残酷な描写があるかもしれません(性的な要素はありません)。


221(仮)剣の僧正(32)(三人称・吉)

 夕焼けの街の中、吉祥寺美鷹は歩く。

 傍目には、学校帰りという風情。右手には痛々しく包帯が巻かれ、左手に黒い学生鞄が揺れる。

 俯きがちの重い足取り、影のある表情。

 しかしそんな落ち込んだ様子にすら、人を惹きつける風情があるのか。

 道行く人の視線は、このもの憂げな美少女に吸い寄せられる。

 ときには、声が掛けられることも。

 

「ねえ君。その手、ケガしてるん?カバン持っちゃるけ、遊びに行かん?」

 

「──」

 

「ねえ、ってさー。──おーい。」

 

「──」

 

「ちっ。いい気になんなよ、クソ女がよぉっ」

 

 慧眼だよ、そのとおり。

 私はいい気になってたクソ女だ。そう、彼女は思う。

 

 ただ、反応は見せない。妙な臭いはしないし、もう完全無視しよう。

 声を掛けてきた大学生くらいの青年には早ギレされて少しヒヤッとしたが、結局は舌打ちされて捨て台詞を吐かれただけですんだ。

 

 彼女はいつもなら、まず声を掛けられないように見切って立ち回る。彼女の警戒レーダーは高性能だ。

 ただ今日は、どうかしてたみたいだ。

 

 避けられず声を掛けられた場合には、一応は答える。でも、きっぱり断る。

 無視すると逆切れする面倒な相手も、ときには存在していて。

 そんな場合は、面倒ながら一応の面子を立ててやる必要があるからだ。

 もっとも語調は柔らかめでも、あくまではっきり拒絶し、場合によっては謝りながら走って逃げることもある。

 そうしないと、いつまでも執着してくるから。

 

 でも今日は、そこまでできないくらい、彼女は疲れ切っていたし。

 人目もあるから無視でイケるだろう、と乗り切った。

 何より、その頭を別のことが占めていた。

 

 彼女に理不尽な服従と死を求める、怪猿のこと。

 不思議な占いの水晶球に垣間見た、運命のこと。

 そして。

 彼女がさきほど別れを告げてきた、後輩くんのこと。

 

 ──あれで、よかったのかな。

 いや、あれでなきゃ、いけなかったんだ。

 

 彼女は、また、自問自答を心の中で繰り返す。

 気になっていた後輩くんとのデートの後、彼女は。

 手ひどく彼を突き放し、拒絶した。

 少々、オーバーキル気味に。

 彼に憎まれるのを、完全に承知のうえで。

 

 別れを告げたときの、彼の傷ついた表情が今も胸に焼きついている。

 別れを押しつけ、傷つけたのは、彼女の側なのに。

 胸を鋭利な刃物で切られるような、えぐられるような痛切な喪失感を、彼女は覚えていた。

 

 言い出した彼女が、この(てい)たらくだとすれば。

 彼は、きっと彼女以上に傷ついていることだろう。

 だって彼は、ちょっと内向的で、真面目で。

 美鷹が言った言葉を、そのまま受け取ってしまうような純粋なタイプの子だから。

 

 彼は、冷淡そうな外見に似合わず情に篤く、そして誇り高く誠実だ。

 彼の心をもてあそんだ(と思われているだろう)不実な彼女を、彼が許すことはないだろう。

 それでいい。

 そうしてくれないと、彼女が()()()()()意味がないのだ。

 

 ──女性不信に、なったりしないかな。

 さすがに大丈夫だよね、あの子たちがいるんだし。

 

 彼には、素敵なガールフレンドたちがついてる。彼女からみても、彼が惹かれるのも納得の、魅力的な子たちである。

 彼がふたりを想って追いかけて報われないでいる、微笑ましい関係だと思っていたのだが。

 二人ともと、キスの段階には進んでいると聞いて、内心、真顔になってしまったし。

 さらにはどうやら()()()()()()()()に至った相手がそのほかにいるらしいことを彼の反応から読み取り、なぜか彼を殴りたい衝動に駆られた、美鷹ではあったが。

 彼に伝えた言葉には、嘘はない。彼の人生だ、彼には美鷹のことなど忘れて幸せになってくれればいい。

 わちゃわちゃしながらも幸せらしい、彼の恋人たちに対する羨望(なぜ私は、そっちじゃなかったんだろうな)を感じるものの。

 

 ──これで、いいんだ。

 少なくとも一つ、私が生きてきた意味を得た。

 

 彼女は、そう思う。

 偽悪的にも、思われるかもしれないが。

 彼に自分が遺した傷跡を思うときの、心の切創の痛みに、奇妙に甘美な快感が混じる。

 あのオスカー=ワイルドの「幸福な王子」の童話のなかで、王子に殉じ、誰にも知られず骸になった燕を思うときのように。

 

 理解されなくて、いい。赦されなくて、いい。

 むしろこうなっては、彼に心の底から憎まれたい。

 その彼のために、私は、──

 

 あとは。

 お父さんとお母さん。

 これはもう、無理だ。馬鹿な娘と諦めてもらうしかない。

 仲いいみたいだし、妹でも作ってよ。無理なら孫で。

 

 さっちゃん。

 気がかりだけど、私なしでも生きていける。

 それくらいには、鍛えたつもりだからね。

 最後にもう一度、会えるかな。

 

 かわいい親戚の弟妹たち、ロミオ君を含めた部活の後輩たち、仲の良いクラスメイトたち、気はないけど情もあって無下に切れなかったタカムラ君(幼馴染)、長くお世話になったバレエやヴァイオリンの先生とか。

 みんな、時間とともに忘れてくれることだろう。

 

 そう、思い残しをおさらいした彼女は。

 疲労のにじむ足取りで、家路をたどりながら。

 昨日の夕方、猿との取引が失敗に終わり、帰宅した後から、今までのことを思い返していた。

 

 ──────

 

 昨日、猿との逢引の後で。

 誰もいない家に帰宅した彼女は、母が猿に(かどわ)かされたかと錯乱しかけた。

 しかしその直後、玄関のドアを開けて母が帰ってきた。

(後で聞くと、母はたまたま、そのときは買い物に出ていただけだったそうだ。

 ちなみにその後、父の秀鷹も、趣味の碁会所から上機嫌で帰ってきた。)

 彼女の母についての心配は、その時については空振りしたかに思えた。

 

 しかし、彼女の悪夢は去ってなどいなかった。

 帰ってきた母は、困惑と恐怖を浮かべた声で彼女の名を呼び。

 玄関前に動物の死体があるみたいなんだけど、美鷹、あなたが帰ってきたときにはあった?と聞いてきたのだ。

 

 あの猿の仕業だ、と彼女にはぴんときた。

 美鷹が帰宅したときには、なかったものだ。

 美鷹の帰宅後、美鷹の母の帰宅までの十数分間に置かれたものであろう。

 

 父の帰宅前であり、放置するわけにもいかず。

 野良犬がいるかもしれないんです、と市役所に電話している母に、代わって。

 彼女は、無事な左手に使い捨てのポリ手袋をはめ、苦労しながら。

 猫と思われる、その首無しの獣の死体の処理をした。

(彼女の住む多賀島市では、私宅敷地内の動物の死骸は、その敷地所有者が処理することとされていたし、父はいつ帰宅するかその時点ではわからなかった。)

 死骸の状況を確認しながら新聞紙に包み、玄関前の血のりをバケツに汲んだ水で洗い流しながら。

 やはり逃げ道などないのだ、と彼女は思う。

 

 この死体は、あの怪猿によって、警告として置かれたものに、ほぼまちがいないだろう。

 彼女が、監視されているということ。

 そして取引から逃れようとすれば、彼女の愛する人たちを、この首をもがれ、四肢を砕かれた猫のような目に合わせるということを、伝えるために。

 

 ──────

 

 その夜は、それ以上の猿からの接触はなかったが、彼女の眠りは浅かった。

 ずきずきと痛む右手。草木のざわめき、追い打ちのような猿の悪夢も、彼女を悩ませた。

 何か闘争のような気配を感じて、跳び起きたこともあった(これは結局、なんでもなかったようだった。)

 

 朝になると、彼女は。

 原因はわからないが、筋を痛めてしまったみたいだ、と両親に告げ(それまでは、彼女は長袖のサマーカーディガンと痛みを隠しての少食プレイで隠し通していた)。

 翌日の午前中の補習の一部を休み、整形外科で診療を受けた。

 良心は痛むが、原因を聞かれたら父を悪役にしようと考えていた美鷹だったが、幸いにも、あまり詮索されることはなかった。

 整形外科へ向かう途中、何者かの視線を感じたものの。

 人通りの多い道に出ると、その視線の主の気配は紛れてしまい、高性能センサー搭載の彼女にも突き止められなかった。

 

 登校した学校で彼女は、いつものように日常をすごす。

 慣れきっていた級友たちとのひとときが、黄金のように貴重に、かけがえなく感じる。

 そういえば放課後、後輩くんに会えるんだ。と、彼女は思い出す。

 ちょっと揶揄いがいのある男の子だ。どうやって撫でくりまわしてやろうか。と、そう思ったとき。

 彼女の頬には、久方ぶりに憂いを忘れた、晴れやかな笑みが浮かんだ。

 たまたまそれを目にして魅了され、会話を途絶えさせた級友たちの、一瞬の沈黙後のざわめきにも。

 彼女は気づいていなかった。

 

 それから後のことは、詳しく説明するまでもない。

 彼女は放課後に落ち合い、初々しい反応を返す後輩くんとのやり取りを楽しみ(最近、急にかっこよくなったと、彼女は思う)。

 デートの途中で、腐臭のきつい青年から、拐われかけの小学生の女の子を救出する。

(彼女は意外に、この手のことに出くわしやすい。

 できる限り、彼女は看過せず被害を受けそうな人を助けるようにしていた。ただこれまでの経験から、関与は最小限にとどめ、深入りはしないようにしていた。)

 

 最近、黒い()()()()も頻繁にみかけるし。

 あの青年みたいに臭う生者を、良く見かける気がする、と彼女は思う。

 何かが、起ころうとしているのだろうか。ここ多賀島で、犯罪者たちの定期集会があるとか?

 

 その後、昨日、不良少年たちの話を漏れ聞いて気になっていた占いに、彼を誘って行ってみる。

 彼との相性でも、占ってもらおうと思ったのだ。

 最後の思い出になるかな、と、そのくらいの考えだった。よもや占い師も、相性悪いとは言うまい。

 相性抜群ですよ、みたいな託宣が出たら、それをネタに彼を揺さぶってみたかった。ゆさゆさ。

 

 いや、本気の本気じゃない。

 二股くんではあるけれど、彼の純朴さを美鷹は好ましく思っているし、そのままの彼でいてほしい。

 今回接触した彼のガールフレンドも、好意を抱かざるを得ない人柄だったし。

 仮に彼が美鷹に拘泥して彼女たちをおろそかにするそぶりなんてあったら、むしろ美鷹は失望していたかもしれない。

 それに、だいたい。──彼女には未来がない。

 

 だから彼に言った言葉は、嘘じゃない。

 最後にすがれる、甘い思い出が欲しかったのだ。目の前の苛酷な現実から逃避できるような。

 キスしよう、と彼が求めてきたのは*1予想を超えてた。でもデートだから、当然予想すべきだった。

 彼が朴訥な人柄でありながら、複数の魅力的な女の子と関係を築き、維持していることに、彼女は違和感を感じていたが。

 彼女の知らない女誑し(lady killer)としての顔を、かいま見た思いがした。

 

 まあ、普通に寝る前にお父さんお母さんとは、ほっぺにキスするよね。でも唇は、意味が違うし、──どうしよう。

 求めてくれるのはうれしい。それにこのチャンスを逃せば、一生、男の子とキスする機会なんてないかもしれない。──でも、彼女さんたちは、嫌に思うだろうな。

 占いの後で考えよう。後は、流れで。

 

 しかし、そんなちょっと甘やかな思いを抱いてやってきた、古い喫茶店の2階にある占い処。

 大正末期に作られたと思しき西洋風の、老朽化したが意匠が雅なビルの狭い内階段を上ると。

 屈強そうな占い師の護衛が、客たちを出迎える。

 この時点で、彼女は自分の計算違いに気がついた。

 

 彼女は「良く当たる占い」というのは、要は客の要望を読み取り、それに迎合した言葉をくれるものだ、と想定していた。悪く言えば、なめてかかっていた。

 しかし、この護衛からして、只者ではなかった。

 

 男には、彼女がいつも人殺しから感じるのと近い、「臭い」があった。

 しかし、彼女の想定外だったのは、それが通常と違い、腐臭のような嫌悪を抱かせる悪臭ではなかったことだ。

 語義矛盾に思えるが、この男は「悪くない人殺し」なのだろうか。正当防衛で殺した?

 

 そして、このような護衛が守る占い師も、只人であるはずがなく。

 占い師は、まさしく()()だった。

 容貌からみても、異邦人なのだろう占い師は。

 つたない言葉づかいではあるが、次から次へと、人々の運命を言い当てていく。

 

 正直、逃げたいくらいに怖くなった。

 彼女たちだけが特別扱いにされて残されたとき、彼女は覚悟した。

 占い師は、彼女の猿にまつわる不都合な未来を見通すのではないか、と。

 しかしこの、いつも部活ではちょっと自信なさげな後輩くんは、泰然自若として。

 揺れる彼女の、碇となってくれた。

 

 いよいよ占い師の前に、引き据えられたとき。

 彼女は、思わず彼の腕にすがりついてしまった。

 思ったより、彼の腕は筋肉もあって力強い。

 優しく彼女の手を護るように覆う、大きく温かい手のひら。

 横に座る彼を見上げると、すこし眠たげだが、彼女を気づかってくれる切れ長の目。

 彼女はこの、いままで弟みたいな距離感で接してた彼の、「男」を感じて、頬を染め。

 自分が彼に「女」として惹きつけられていくのを、感じていた。

 

 それで勇気をもらった彼女は、謎めいた神託を受けた志野のあとに。

 最大の試練に、直面する。

 

 この凄腕の女占い師も、美鷹の運命を告げることはできないらしい。

(女占い師の表情からは、読み取れるが告げない、というのでなく、何らかの理由で読み取れないようだと彼女は推測した。)

 女占い師に導かれ、ひやりと冷たい水晶球を掌で挟み、のぞきこむ。

 最初は、何も起きなかった。

 女占い師にこれでいいのか確認しようとしたとき、映像がみえた。掌に、暖かみを感じる。水晶球は、光り始めていた。

 水晶球ではなく、彼女の脳裏に、これまで起きたこと、これから起きることの映像が断片的に映じる。

 

 ──水に包まれた惑星。緑の陸地には、生い茂るシダ植物と巨大な爬虫類。海の中には巨大な頭足類。

 

 ──飛来する小隕石。穿たれる巨大なクレーター。変わりゆく植生。地中深く、あるいは海中深く、眠りにつく巨大生物。

 

 ──進化していく人類。環境に適応して分化していき、温暖な島嶼部では小柄で敏捷な小人類が密林を跳ね、氷に鎖された北方では巨大な体躯を誇る巨人類が大地を闊歩する。

 

 ──古代の都市国家。抗争。えぐり取られる捕虜の心臓。荒野に礎石が置かれ、うねうねと巨大な塔に生長し、先端は天を刺す槍のように伸びていく。

 

 ──大陸を覆う、3つの帝国。圧政、腐敗、貧困、革命、戦争、虐殺、邪教、疫病、汚染、欠乏。

 

 ──落ちる火球。一夜にして死都と化す、数千万の人々の暮らす都。

 

 ──大陸間を飛び交う誘導弾、火の海となる大地、大海嘯に飲み込まれる沿岸。

 

 ──冬となる世界。死滅していく人類に代わり、地上に歩み出てくる異形の姿。

 

 葦の茎を通してみるかのように、ごく断片的なものでしかなかったが。

 彼女は一瞬のうちに、長い時の流れの一部を垣間見た。人の死に絶えた、未来の一部も。ちょうど振り子のように、行きつ戻りつ。

 

 だんだんと、振り子の振れは、特定の一時点を中心に収束していき、それとともに高所から見下ろすようだった視点は、地上に近づいていき。

 彼女は、やがて自分の姿をそこに見出す。

 そしてそこに見た未来は、彼女には受け入れがたいものだった。

 彼女自身が囚われ。凄惨な責めを受ける光景。

 

 しかし思わず目を閉じ、顔をそむけた瞬間、彼女は最もしてはならないことをしてしまったと悟る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。はけ口を失った暴流のように、水晶の謎のエネルギーが溢れ、爆発しようとする。

 女占い師は明らかに、この行き場を失った水晶球の危険な力の暴走を抑えるのに苦戦している。 

 叱責され、失敗を悟った彼女は。

 必死の努力で、視線を水晶球に戻す。

 

 水晶の力は、美鷹への通路を再び得て、なんとか占い師の力で制御可能な状態に戻ったようだ。

 だが、危険な状態に変わりはない。そのまま、強制的に時の回廊への回路が閉じられる。

 しかしまさに最後に、美鷹の脳裏に浮かんだ未来の映像。

 それはまさに今、横にいるこの彼が、血の海に沈む光景だった。

 

 ──────

 

 占いの終了後、彼女はしばらく茫然自失していた。

 地に足がつかない、とはまさにこういう状態のことをいうのだろう。

 自分がいつのまにか外に出ていたのも、気づかないほど。後輩くんが、後始末してくれてたみたいだ。

 ただ、水晶球に見たもの。

 そして占い師に言われたことは、はっきりと覚えていた。

 そして彼女が見た未来は、彼女には全く予想外だったが、どこか得心のいくものでもあった。

 

 近くの公園に彼をいざないながら、彼女は得られた情報を、パズルのピースのように並べる。

 

 ①彼女は、近い将来、猿の一味に拉致され、惨殺される。

 ②(背景から判断して)彼女が殺されるのと同じ場所で、後輩も血の海に沈む。

 ③猿は、美鷹に「両親は殺さないが、友人の中には死ぬ人物もいる」と言っていた。

 ④占い師は「変えられる未来、変えられない未来がある」と言っていた。

 

 背の高い後輩の顔を、見上げる。彼も、心配そうに彼女に視線を返す。

 律儀に彼女の鞄を持ってエスコートしてくれている後輩は。

 純朴な外見からは信じられないくらいの女たらしで、もにょるところはあるが。

 彼女を不器用ながら真摯に守ってくれようとする、優しい男の子だし。

 少なくとも、あんな死に方をしていい子じゃない。

 

 その顔を見つめて、彼女は決心する。

 今、ここで、この彼に引導を渡し。

 彼の命を、救わねばならない。変えられる未来もあるのだ!

 

 ちらばったパズルのピースは、一つの絵を形成しつつある。

 彼が死ぬのは、彼が美鷹の身近な異性で、恋人あるいは親しい友人だと猿が認識したから。そうに違いない。

 

 美鷹は、基本、友人関係は上手くやるたちなので、友人たちとの仲は良好だ。

 しかしほぼすべて、同性の友人だ。それに猿が殊更、目を付けて殺すほどの濃厚な縁は見いだせない。中河原桜を除いては。

 そして中河原桜のことを、猿は殺さないと言っていた。

 もし。猿が目を付ける縁がある友人が、ほかにいるとしたら。

 それは、()()()親しい友人であるという、この後輩が当てはまるのだ。

 

 最近、学外でも会った、身近な異性は彼くらいのものだ。

 文化祭の買い出しの際に、一緒に外出したところを見られたのか。

 いや、猿の背後の人物が、それ以外の時に彼らを見たのかもしれない。

 また今日、見られていてもおかしくない。

 

 もともと彼、志野は彼女のお気に入りの後輩だったが。

 あの文化祭での共演以来、彼に接近しすぎたのかもしれない。

 それを彼女を性的な意味で我がものにしたい猿(か、背後の人物)が、気に食わないと思ったのだろう。

 あるいは、彼女に与える種々の責め苦の趣向の一つとして。

 (父親以外で)現在もっとも近い異性である彼を拉致し、彼女の目の前で殺害して。

 彼女に肉体的のみならず、精神的な苦痛を味わうように仕向けた。

 そういうことなのだろう。

 

 そうだとしたら、彼女には、今できることがある。

 彼女の運命は、変えられないとしても。

 彼の運命は、変えられる。

 悪魔に魅入られた彼女の運命に巻き込まれることを、回避させることで。

 彼女は、彼の命を救うことができるのではないか。

 猿は、間近に彼女を監視している。だとすれば、今なら間に合う。

 

 ──別れは、どうしていつもこんなに唐突なのだろうか

 

 彼女は恨めしく思いながらも、運命を変える一手を打つ。

 気になっていたことに、自分なりの決着を付けながら。

(それはささやかな勘違いに基づくものだったが、恋する乙女には重要なことだった。)

 つまり。 

 

 ──恋人のキスは、あきらめよう。

 猿やその関係者が見ているならば、キスは危険だし。彼女さんたちにも、悪いよ。

 でも、せめて。これだけは。

 

 公園で彼女は、靴紐のゆるみを口実に、彼を巧みに足止めし。

 その足下に、ひざまずいた。

 その罪を赦され、聖人の足を洗う罪ある女のように*2

 彼の少しくたびれた、白い運動靴の靴紐を結ぶ。丁寧に、片足ずつ。

 彼が、身じろぎする。

 居心地悪く思っているのは、わかっている。周りの目にも、少し変にみえるかな。

 でも、これくらいは許してほしい。

 結び終わると、手を地面につきそこねたふりをして身を崩し、頬を彼の足甲に寄せて体をゆだね、目を閉じた。

 

 その一瞬を永遠のように、彼女は感じた。

 片頬に感じる風、背中に感じる陽光、聞こえる街のざわめき、母を呼ぶ子供の声、そして少し乱れた、彼の息遣い。

 

 そのいとおしいすべてを、記憶にきざみこんだ。

 気取られぬように、彼の靴に唇をつけ。

 

 瞬時置いて、焦ったように彼の膝に手をかけて、起き上がる。

 

 ──別れの口づけは、すませた。

 これで、私はもう大丈夫。猿の、どんな責め苦にも、笑って耐えてみせる。

 あとは、演じるだけ。

 

 「志野君。今日は、ありがとう。」

 

 そう、ジュリエットとして、再び演じるだけだ。

 (ロミオ)が嫌うような、スポイルされていい気になった、不誠実な女を。

 

 そして彼女は、完璧に演技した。

 彼に、彼女に対する怒りと嫌悪を、植えつけて──。

 

 ──────

 

 そして、時は今に戻る。

 

 アステロイドプラザでひとしきり泣いて、ようやく立ち直った彼女は、ナンパに遭遇しながらも家路をたどり。

 ようやく、家に到着する。

 

 ──もう、どうしていいかわからないよ。

 

 そう思いながらも、彼女は空元気をふるい起こし。

 いつものように、扉を開けて家に入り、母親の詮索を受け。

 いつものように、丹念に予習復習を行い、受験用問題集の難問に取り組む。

 いつものように、美味しい夕食を母ととり。

 いつものように、母と小さな口論もする。

 父が帰って来た時は、玄関でお迎えしてあげて、父の夕食に、母と一緒にお茶でつき合う。

 

「ねえ、お母さん。

 怪物みたいな大猿が私を誘拐しようとしてる、って言ったら信じる?」

 

 がさ、ざわっ、と庭で音がして、彼女は身を竦めた。

 だけど、気のせいかもしれない。

 

「──美鷹、大丈夫?

 いいのよ、まだ長丁場なんだから、そこまで根を詰めなくて。少し休んでも。」

 

 ──そうだよね。わからないよね。

 

 父も母も心配そうにしてくれてるが、心配してる対象は美鷹の頭の中の方だろう。

 なんだかいたたまれなくなって2階に戻ると、窓の外、手の届く位置に揺れる物体。目を凝らす。

 小動物の首らしいものが吊るしてあった。下に降りる前には、たしかになかった。

 そういえば昨日、玄関にさらしてあった猫の死体は、確か首なしだったな。

 悲鳴を飲み込み、父母に気がつかれないように手を伸ばして、軒先から外す。幸いにも(?)血は乾いていた。

 

 ──証拠はあるんだ。さっきの猫の死体も。警察に駆け込んでみる?

 いや、やっぱり駄目だ。

 犯人を突き止めても、お母さんたちが殺されたらなんにもならない。

 たぶん、猿はいつでも私たちを殺せる。今でも。

 

 回収した猫の頭を、不要な紙とビニールで厳重にくるむ。

 ごめんなさい、とつぶやく。

 幻聴だろうか。窓の外から、キュヒキュヒ、と嗤う声がかすかに聞こえた気がする。

 やっぱり自分は、頭がおかしいのかもしれない。その方がましだ。

 

 ──待てよ、現行犯なら?それならいけるんじゃないかな。

 衆人環視のもとで、さらわれるように仕向ける。

 無理なら、お巡りさんにだけでも、目撃してもらう。それなら?

 

 使ったことのある手でもあり、ツボは心得ているつもりだ。。

 手についた血をトイレで洗いながら、美鷹はしばし、考えをめぐらす。

 

 それから数時間、日付が変わるくらいまで、美鷹は受験勉強に勤しむ。

 もちろん心配した父母の入室は頑として拒む。猫の頭などみつかったら、洒落にならない。

 

 その夜は、熱帯夜となった。

 もう開き直って、窓は網戸にして風を通している。

 褥に、蠱惑的な肢体を横たえている彼女の。

 涼やかな寝顔が、ときどき痛みに耐えるように歪み、汗をにじませる。

 

 悪夢をみていた。リアルな、悪夢だった。

 

*1
通算219話で「(志野君は、私に)キスとかしたりするの?」って聞いたら、志野君が「します。」って言って、じっと私の目を覗き込んできたんです。(吉祥寺美鷹談)

*2
ルカ書7章37節「視よ、この町に罪ある一人の女あり。イエスのパリサイ人の家にて食事の席にゐ給ふを知り、香油の入りたる石膏の壺を持ちきたり、泣きつつ御足近く後にたち、涙にて御足をうるほし、頭の髮にて之を拭ひ、また御足に接吻して香油を抹れり」。ただ、このくだりで足を洗われたイエスは、横に寝た姿勢だったとされています。

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