タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
第三者視点・紫藤みなり視点です。
20240310)クマモトさんの勤務年数を、1年→3年に変えました。
(第三者(調布智美)視点)
「もしもし、調布です。──さんのお宅ですか。」
家のそばの公衆電話ボックスで、彼女は電話を掛ける。
夏の夕方。家路に向かう人々や、買い物帰りの主婦たちも、行き交う。
高身長に、流れる黒髪。印象的な美貌に、視線を投げる者も少なくない。
「ええ。そう、──です。はい?ええ、ありがとう。
それで、日程だけど、──」
しばしの、やりとりの後。
彼女は、開いていた手帳を確認する。多分、大丈夫だろう、と彼女は思う。
受話器の向こうからは、バリトンの声。危険性の示唆と懸念の表明。
「大丈夫。彼も一緒に来てもらうつもり。
──それなら、構わないでしょう?」
受話器の向こう側から、驚きと承認、歓迎の言葉。
「そう、あいつ、やるときはやるんだから。
ほかに気をつけておくこと、今から準備しておくべきこと、ある?」
受話器の向こうから、いくつかのアドバイス。
そして
「ええ、大丈夫。でも、ありがとう。
えーと。あなたも、気をつけて。──それじゃ。」
受話器を置いて、ふかぶかとため息をつく。
元カレ(というのだろうか)との距離感をつかみかね、神経がゴリゴリすり減ってしまった。
ただ、会話を終えた後、恐れていたように感情がぐちゃぐちゃになるようなことはなく。
かつてあった、彼への吸引力は感じなくなっていた。それを、まず確認する。大丈夫だ。
ふうっと、再度息を吐く。
幸いにも、彼、松浦美益*1が更生したというのは、本当らしかった。
彼からは、おそらくはつくりものではない真摯さが、伝わってきた。
彼女への言葉にも、ねばねばした関心はなく、ただ率直な思いやりだけがあった。
──そうなると、彼。いっそう、いい男になっていくんだろうな。
なんとなくそう思うが、彼女自身も今では電話の相手に思い残しはない。
──まあ私には関係ないしね。私には、
それにしても、ヤバい話になりそう。でも、一丁やってみましょうか!
別に1本、腹心の部下と頼む永山若葉に報告の電話を入れ。
テレカを回収し、蒸してきた電話ボックスを出て。
頬をかるくぱんぱん、と叩いて自分に気合を入れて、その場を去る。
彼女には今や、やるべきことが山積みしていた。
──竜神のこと。グレースさんの救出のこと。みなりのお母さんのこと。
そうだ、忘れちゃいけない。今週末、ハルカといっしょに搾り取る予定の志野のことも!
しかし、どれも越えられないほどの高い山ではない。
彼女はすこしずつ物事が前進していく、充実した気分を味わっていた。
──────
(紫藤みなり視点)
──そうだ。今日の夜は、あそこに行かないと。
わたしはそう思い出して、自動車の中でびくっとした。
今は、月曜日の夕方。
病院にお母さんのお見舞いに行って、そしてまた迎えに来てもらってる。
今日の運転手は、クマモトさん。あの、熊っぽい体型のお兄さんだ。
いつものように、黙々と運転している。
クマモトさんは、近知郎さんみたいに憎まれ口もたたかない。本当に、何もしゃべらない。
でも、ふと、わたしはクマモトさんに、聞いてみたくなった。
「クマモトさん。クマモトさんは、ここに勤めはじめて、どのくらいなんですか。」
「!──3年、っす。」
ごくわずかではあるけれど、驚いた気配が、伝わってきた。
いつも寡黙で動じない感じだったけど、やっぱり人間なんだよね。あたりまえだけど。
「クマモトさんは、わたしの前にいた女の子、知ってますか。
「──はい。」
「今どこにいらっしゃるかとか、わかります?」
「わからない、っす。」
普通の声。
でも、なんとなく私にはいつもとすこしだけちがうところがある、と感じ取れた。
クマモトさんは、何かの感情を押し殺してる。疑問?不信?割り切れなさ?
それを隠して、物を言っているんだ。
おそらく、篠崎さんを乗せたこともあるんだろう。今の、わたしみたいに。
しゃべったことも、あるのかもしれない。
クマモトさんが必ずしも木石ではない、とわかったのは一つの収穫だ。
ただ、わたしは。
わたしみたいな小娘にクマモトさんがそれなりに丁寧な態度をとること。
そしてこのように感情を隠し、取り繕うことに、違和感をおぼえていた。
これまで最低限のこと以外、何もしゃべらなかったことにも、何かの理由があるのではないか。
これは、もしかすると。
そう、わたしの想像どおりだとすると。
これ以上は、今はまだしゃべらない方がいい。クマモトさんのためにならない。
当たりさわりなく終わらせよう。
「そうだったんですか。ありがとうございます。
無事に戻ってきてほしいですね。」
「はい。」
それだけ。
でも、わたしは一つの確信を得ていた。
クマモトさんは、あの上屋敷の人たちとはちょっと違う。
普通の人よりは、まあ人間味が薄いっていう感じはするけど。
でも、クマモトさんはちゃんとした人間だ。
そしてなにかを、いぶかしんでいる。
たぶん、シノザキさんが消えてしまったことを。
そしてあの館の人に、何らかの不信を抱いている。
──────
御前様の館に着くと、またまいらさんが、構い倒してくる。
なんだか、この人の扱い方を、わたしは少しわかってきた気がする。
だからちょうど自分がこの人の妹みたいなポジションだ、って想像して。
単に先輩として尊敬するだけじゃなく、小さいことで甘えてみたりする。
それに応じて世話を焼いてくれるまいらさんは、あきらかに喜んでいる。
おそらく、まいらさんは。
なんかレディース系っていうか、コリー犬みたいなバタ臭い顔立ちの印象もあって。
一見するとわからないけど、結構なさみしがりやさんなんだ。
手戸さんのこととか、ちょっと嫉妬深かったりするのかもしれないけど。
この人も、
まちがっても、積極的に人を害したりはしない人だと思う。
やっぱり、おかしいのは御前様。
そして、あのまいらさんと男の人との決闘の場に居合わせた、ふたりの護衛さん。
つまり剣波さんと、近知郎さん。
あのかっこいい手戸さんは、──まだわからないけれど。
なんだか、怪しいのかもしれない。
まいらさんと食事を済ませ、入浴し、はみがきして。
すこしだけまいらさんのお勉強のおつきあいをする。
(計算の簡単なやり方を教えてあげて、喜ばれたよ。
ほら59とかを60-1に直して計算したりするやつ。)
そしておやすみなさいを、まいらさんに告げて。
部屋に戻った後、最低限の予習復習をして。
しばしうたたねして、──夜中の1時をすぎたあたりで、わたしはぱちりと目を開ける。
探検の時間だ。
わたしはあの謎の戸口を開き、秘密通路に潜入する。
今回は、勝手がわかってる。
はじめてのときよりずっと早く、塔の上の階。あの牢屋に入れられてる人のところに、到達する。
様子を、うかがう。部屋は、無人?
よくみると、通風孔の格子にくくりつけられた、ちいさなメモ紙。
──返信が、あった!
わたしは手を伸ばし、紙を回収する。
ここでは、読まない方がいいだろう。あまり長居していいところじゃない。
念のため、反対側の部屋も確認する。
こちらの部屋には照明がなく、月明かりが差し込んでいるだけ。
目を慣らして、ようやく様子がぼんやりとだけわかる。
「?」
前回みたときは、この部屋のパイプベッドは、ただのフレームとマットレスだけの状態だった。
寝具らしい寝具は、なかったように思う。
今、みているこの部屋の3つのベッドには、ちゃんとマットレスにシーツが敷かれ。
質素ながら上質そうな毛布も、たたんで置いてある。
要は、誰か入居者を迎え入れる準備が整えられている。
──誰か、入れるんだろうか。
もしかすると、わたし?
急におそろしい考えが浮かんで、わたしはぶるっとふるえそうになった。
いや、考えるのは後だ。
わたしはもう一度、囚人のいる側の部屋を観察する。
また、その部屋のベッドには、入居者のぶんだけしか寝具はない。
中に人は、みあたらない。どこかに連れていかれているんだろう。
だって寝具は、まだ残されてる。水差しとかの、ごくわずかな生活用品も。
きっと、また戻ってくるんだよね。
わたしは、今日は部屋におとなしくもどることにした。
地下室で今日も、陰惨なことが行われているのかもしれない。
でもまず、この返信内容をよく改めたほうがいい。
もしかすると、地下の探索に役立つことが書いてあるかもしれない。
そう、わたしは思った。
部屋に無事に戻る。
返信を、読んでみる。
①この女の子は、脱出したい。
②友達に、伝えてもらいたい。
③催眠術を使う人がいる。
どれも、重要情報だ。
私は、この紙を、大事にしまいこんだ。
そして返信をしたためようとして、──さとみんと志野くんに相談してからにしよう、と心に決める。
あまり頻繁に意味のない通信をすべきじゃない。発見される危険性があがる。
救い出す方法、日時とかを決めてからにしよう。
トイレに行って、ベッドにもぐりこむ。
目を閉じると、最近のことが思い出される。
わたしの頭は、どこかが変になっている。
この館のおかしなこと。御前様のこととかを、人に言うことができない。
まるで頭の輪を締められる孫悟空みたいに、ぎりぎり、と痛みで頭がいっぱいになるんだ。
でも、それ以外の行動はできる。
いまみたいに、おそらくすごく館の人たちからすれば不都合な行動も。
「言ってはいけない」という、単純な、機械的なルールだけで縛られてるんだ。
それ以上複雑な制限は、今のところないみたいだ。
そしてこの、機械的なルール。
内容は、よくわからない。
『まいらさんを除く館の人のことを、人に告げてはならない』とか、あるいは『館の人に対する否定的な情報を、人に告げてはならない』あたりかな?
いや、この紙を誰かに見せよう、と考えただけで軽く頭痛がする。「告げてはならない」じゃなくて、「知らせてはならない」あたりだ。
ただ、このルールは、すごく、わたしがふわふわした気持ちのとき。
たとえば、志野くんにすごく気持ちいいことをしてもらったあととか。
そのときは、制限が緩むんだ。
──つまり。
わたしは、志野くんに頼んでいっぱい気持ちのいいことをしてもらえば。
ちゃんとこの館のことを、伝えられるんだよね?
よしっ。
明日以降、なすべきことがわかったよ!
しかも、趣味と実益をかねてるじゃないか。
わたしはベッドの中で、勝利の笑みをうかべた。
なんだか、いい夢がみられそうな気がしてきた。
──────
──────
(篠崎
「おう、起きろ。出ろ。」
「!?」
夜更けすぎ。
シンプルだが美味な食事を与えられ、日課のトレーニングをすませ。
やることもなくふとんに潜り込んで眠りはじめて
見上げると、あの近知郎という彼女が勝てない男と、御前様の秘書役であり、「側用人」と呼ばれている施場という男。
「御前様が、お呼びです。」
施場は、そう彼女に告げる。
正直、寝入りばなを起こされたようなもので気分はよくない。
ただ、反抗してもどうにもならない、もっと状況が悪くなるだけだ、という知識はあった。
「わかった。」
「『わかりました』ですよ、篠崎さん。」
この男は、牢の外に彼女がいたときから、彼女にそれなりの言葉遣いを求めてくる。
牢の外にいたころは、わかる。教育の一環だったのだろう。
牢の中に入れられた後も、まるで将来があるかのように、言葉遣いや行動について指導をしてくるのがどこか不気味だった。
まるで人間味が感じられない。
「
おもしれーものが、見られるかもしれねぇぞ。
いや、タイケンできるかも、しれねーなぁ?」
ゲラゲラ、と笑う近知郎は、相変わらずだ。
人間味があるとは、いえるだろうが。
相変わらず、生理的嫌悪をおこさせる嗜虐性のまじった性的関心にみちた視線で、彼女を舐めまわす。
彼女は、今は作務衣に似た、丈夫だが何一つかざりのない、質素な服をまとわされている。
引き締まった体つきは、いわゆる一般にいう女性らしい豊満さ、やわらかさには乏しい。
(すらりとした体つきは国領ハルカと似ているが、それよりさらにストイックに脂肪を削った感じだ。)
しかしその作務衣から出た、細いがカモシカのような腕や脚に、彼の視線がまとわりつく。
ちなみにこの作務衣は、上衣は普通なのだが。
下半身は膝くらいの布2枚を、体の前半分と後ろ半分にそれぞれ当てて紐で連結しただけの構造であり。
腿の横は腰のあたりまで切れ込み、素肌がみえていた。
彼女は少し胸元を合わせ、服の裾を整えて、立ち上がった。
両手首に新たに手錠が付けられ、ベッドにつなげられていた片脚の鎖がはずされる。
「それでは、行きましょう。」
側用人が先行し、その後を瑞が、最後に近知郎が歩く。
階段をひたすら降りて行き、頑丈な鉄格子で区切られた一角に入る。
遠くから、獣の唸り声、そして人が苦痛に叫ぶ声も。
「──あれは?」
「さて。御前様が、愛でておいでなのでしょう。」
ぞく、としたものを感じる。
一行は、大きな広間に案内される。
瑞は知る由もないが、侍女の日土里まいらが拷問され、そして男と戦わされた場所。
それを紫藤みなりという少女が覗きみていた場所だ。
「御前様。篠崎瑞さまをお連れしました。」
「ご苦労。そこに据えよ。」
御前様と呼ばれる老人は、頭に奇妙なかぶりものを被り。
ステッキを持ち、ソファに座っている。
齢はもう80すぎの老人のはずだが、全くそのような外観ではない。
つやつやとした肌、伸びた背筋、太い腕は、どうみても60より上にはみえない。
老人の横に、背の高い巨躯の男。江戸門剣波という護衛で、彼女も知っている。
そして老人の前に、すらりとした青年。
滑らかな肌、整った目鼻立ち。
きっと学生時代のあだ名は「王子」とかだ、と彼女は思う。
青年の足元には、びくびくと顔を押えて悶え、痙攣する男。
瑞のそれと似た、囚人服に覆われていない肌は、無惨に火傷痕で覆いつくされている。
中肉中背くらいの、その男。
もし紫藤みなりが見たら、数日前に日土里まいらと決闘させられて破れた男だ、と分かったかもしれない。
青年が手を開き、ぽとり、ぽとりと何かを落とす。
それが人間の眼球だとみてとって、彼女は衝撃を受けた。
おそらくこの青年が、この男と果し合いを行い、あっさりとそれらの眼球をえぐり取ったのだろう。
青年は汚れた手を、懐から取り出した手拭いで丁寧に拭いている。
「なかなか、見事なものであった。
剣波、その汚物を脇に片付けよ。」
剣波と呼ばれた護衛は、男の足につけられた鎖を引き、男を壁際まで引きずっていき、そこの壁にあった鎖止め用の鉄環につなげた。
「さて、そなたの技はなかなかのものであった。
ただ、もう少し趣向に付き合ってくれぬか。そこの近知郎も、そなたのことを知りたいと思うであろう。」
「もちろんです。御前様。」
うやうやしく、青年は老人に言葉を返す。
「今度は、いかようにいたしましょうか。
目は、もう面白くございますまい。
耳も、鼻も、唇も、歯も。
指も、足の指も。
乳の先も、
どのような突起であろうと、ちぎりとっておみせしましょう。」
青年の優し気な視線が、向けられて。
彼女は、背筋が寒くなるような感覚を、味わった。
この男は、強い。おそらく近知郎、剣波と同様に。
「そうだな。そなたの言葉を疑うわけではないが。
まだ、その女は壊してはならぬのだ。
壊さず傷つけず、しかしその女に痛みを与え、辱めを覚える姿勢をとらせてみせよ。」
「承知しました、御前様。
──それも面白い趣向ですね。」
青年は、そういってぺろりと舌を出して、唇を舐めた。
唇は、血を吸ったようにぬれぬれと
「贄の乙女よ。そなたは、あの男に傷をつけてみせよ。いや、顔か胴体への一撃でもよい。
さすれば、贄から外してやってもよいぞ。」
「私を、解放するってのか?」
「それはできぬ。しかし、こちらに召し抱えても構わぬ。」
きっと、まいらさんみたいに侍女になれって、いうことか。
まあ、ろくでもない殺され方をするより、マシな気がするな。
それに。
強者ではあるが、近知郎のように圧倒的な暴力性を感じない。
やりようは、あるかもしれない。
彼女は頷き、了承した。
それを見定めると、側用人が彼女を広間中央の定位置に導き。
ふたりの足に、鎖がつけられる。
これで、二人は決闘から逃げることができなくなる。
足首に付けられた鎖の感触に、彼女は渋面をつくる。
バネのある体を活かした、身軽な跳躍、急襲。
それが彼女の持ち味なのに。
この鎖は、それを半分殺してしまう。
準備が整うと。
側用人が御前様の了解を得て、始まりを宣言する。
彼女は、踏み込む。
あいさつがわりに、鎖のない方の片脚で青年のスカした顔に回し蹴りを放とうとして。
──ぞわっ、としたものを感じた彼女は。
ぱっと、間をとった。
背筋を、悪寒が走り抜けた。
危なかった。もしもう少し踏み込んでいたら、おしまいだった。
なぜか、そう感じる。
美青年の顔は、相変わらず笑んでいたが。
どこか邪悪な嘲笑が、その白面に浮かんでいた。
「おやおや、なかなかですね。
これはこれは、楽しみです。」
青年は、ようやくわずかに半身になり、手を軽く上げて構えてみせた。
篠崎瑞も、応じて半身になる。まんざら、心得のない構えではない。
しかし早くもその額には、汗がにじみはじめていた。