※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

23 / 321
 紫藤みなり視点です。


23 援助+交際だ、援助交際ではない(5)

 幸せな微睡み。

 目を開ける。志野くんは目の前にはいないが、密着している背中に、お尻に、腿と膝の裏まで温かい人の肌を感じる。腕枕してもらってる右頬にも、抱きかかえられてる左腕にも。そして頭頂部のつむじのあたりにも、規則正しく温かい息がそよぐ。

 

 いつの間にか、毛布が一枚掛けてある。学校で文化祭のとき、前夜祭の日に限り特別に学校に泊まり込むことができる。そのための毛布だろう。きっと、志野くんが一度起き出して押し入れあたりから探してきてくれたんだな。

 

 志野くんを起こさないよう注意しながら、もそもそと体勢を変える。向かい合うように。体が離れ、温もりが遠くなって心細い。でも、志野くんの顔が見たい。

 

 志野くんは真面目くさった顔で寝息をたてている。さっきはあんなことをわたしにして、ファーストキスを奪ったくせに。少し空気の読めない、自信満々でとんでもないことをやってしまう、でも好きになってしまった、不器用だけど誠実で頼りがいのある、わたしの、ーーー

 なんだろう?

 彼氏、恋人といっていいだろうか。いいって言ってくれたら、すごくうれしい。

 雇い主の立場を崩さなかったら、ちょっと凹む。

 単なるクラスメイトだと言われたら、泣ける。

 それらすべて。

 

 また顔を見る。

  

 さっきのキスを思い出す。

 胸に甘いような、くるしいような感覚がよみがえる。

 はじめてのキスだった。

 抱きすくめられて、キスされて、腰のあたりがとろけるような気がした。力が入らなかった。志野くんの強い腕が捕まえてくれなかったら、床に崩れおれていただろう。

 柔らかいキス。そして志野くんの舌が、口を割って入ってきた。

 弱い電流のような、しびれるような快感があった。

 どう応じたか覚えていない。ただ翻弄された。

 志野くんは、やっぱり情熱的な人かもしれない。

 

 ーーーーー

 

 寝ている志野くんの顔を見守り続ける。

 でも、幸せな温かさの裏で。

 じくじくと、いつもの不安が頭をもたげる。

 つまらないって飽きられたりしないかな。大丈夫かな。

 飽きられて捨てられたら、と思うと、胸に氷柱を刺されるような気持ちになる。

 

 志野くんは、わたしにまた色のついた世界をもたらしてくれた。

 あの荒涼とした、灰色の日々のなかで。

 そこだけあざやかな色がついているようだった。

 志野くんのいない世界には戻れない、そんな世界に用はない。

 でも、もし飽きられて、捨てられたら。わたしはどうするだろう。

 

 空想してみる。

 空想の中のわたしは、冷たい美貌の悪女で。笑みを浮かべて、志野くんを奪った女を志野くんの目の前で殺す。そして激怒した志野くんに殺される。志野くんに、一生癒せない心の傷を残して。

 不良が校庭の木にナイフで名前を彫るように、志野くんの中にわたしを刻み込めたら。

 ーーわたしにそれができるなら。

 

 でも。

 わたしは悪女でないし、大好きな志野くんを傷つけたくない、いや、傷つけられない。

 諦めのいいわたしは、きっと敗北を受け入れて。

 背中を丸めて灰色の日々に帰っていくだろう。

 むしろ志野くんの背中を押すかもしれない。

 飽きたなら、捨てていってもいいんだよ、と強がって、自分の心を自分で殺す。

 でも、その後。力尽きて死ぬまでの、どぶの濁った排水に浮かぶ、うたかたの日々のなかでも。

 きっときみを想い続けるだろう。

 

 いや、でも。

 最近、色のある世界で、少しだけ元気を取り戻しつつあるわたしは、さらに思いをめぐらす。

 もう少し、ものごとのいい面を見よう。

 志野くんは、わたしのことを、その、特別に思っていて、あの、その、キスしてくれるくらいに好きでいてくれてるらしい。

 好きでもない女の子と、キスはしないよね?たぶん。

 確かにわたしはどこにでもいる、平凡な女の子でしかない。最後は飽きられて、去られるかもしれない。

 でも、何もせず泣き言を並べたり、たたかうまえに諦めるのは、やっぱり違うよ。

 せめて好きな人の心を求めてあがこう。

 沈む夕日を追って、走り続けよう。

 追いつけないかもしれない、それでも、その夕焼けの光の暖かさを恋うて。

 落暉の最後のひとすじが消えるまで。

 

 ーーーーー

 

 ふと気が付くと、志野くんの目が開いていて、ぼんやりと空想にふけるわたしをじっとみていた。

 さっきは、暗いことばかり考えていたけど。

 いまは、志野くんは、ここにこうして生きていて、わたしを見てくれている。

 それで十分だ。わたしは、わたしたちは、いまを生きてるんだ!先のことなど、そのとき考えよう!

 かっと燃え上がる炎のように、熱い幸福感が体を焼く。

 現金にも、顔が輝くのが自分でわかった。

 

 恥ずかしかったよどうしてくれるの、とにゃあにゃあ猫ぱんちをしてウザくまとわりつくわたしを、志野くんは邪険にもせず目を細めて撫でてくれた。

 わたしは、幸せだ。

 

 ーーーーー

 

 ひとしきりじゃれた後で、ふっと志野くんは動きを止めた。

 

 「志野くん?」

 

 志野くんは、指を口に当ててみせた。わたしも口をつぐみ、耳を澄ます。

 階下に足音がする。

 誰かが来ている。

 

 志野くんの動きは驚くほどすばやかった。

 音もなく、考え抜かれていたかのように無駄なく、あっという間に座布団がもとの位置に戻された。

 そしてわたしは布団をしまう押し入れ、ーーではなく、その下の、ふつうなら人が入るなんて思えないくらい狭い袋戸、地袋っていったっけ、に毛布ごと押し込まれた。将棋盤とかが転がってる程度だったのでなんとか入ったが、ーーそれだけでなく、そこにさらに志野くんまで入ってきた!

 ぎゅうぎゅうだ。定員オーバーだよ。

 でも、こんなときだというのに、わたしは志野くんの、引き締まった男の子の大きな体にのしかかられ、密着していることに、どういうわけか心臓の音が回りにきこえそうなほど、どきどきして心を浮き立たせていた。

 

 ーーーーー

 

 軋みをあげる階段を上り、扉を開けて、誰かが入ってきた。

 その誰かは、勝手知ったるように迷いなく、部屋の隅にある座卓を中央付近に引き出し、座布団を並べ、部屋の小さな流しで雑巾を絞り、座卓を拭いているようだ。わたしと志野くんが折り重なっている地袋は、2センチほど空いている。部屋の中央部までは見えないが、女性のようだ。

 部屋には簡易な流しと電気コンロがある。お茶を沸かしているようだ。

 お掃除の人?それとも先生だろうか?

 

 少しして、もうひとつの足音が聞こえた。

 

 人声は声を潜めていて、やっと聞こえる程度。所々聞き取れない。

 

 「鷺沼くん。ありがとう、予定あけてくれて。新聞記者は、忙しいんでしょ?」

 

 「忙しいのは、先生たちだって同じじゃないですか。浦和先輩も、連休なのに休めてない。」

 

 「私は志願したのよ。当てもないし、いいか、って。」

 

 「やりがいってあります?正直、自分、ちょっと最近疲れちゃって。向いてなかったかも。」

 

 「今、警察回りだったっけ?大変そうーー。」

 

 たいへんっすよ、と鷺沼さんという人が言っている。声は若く、20代中盤から後半くらいかな。女の人は、浦和先生だな、声からすると、たぶん。わたしの1年生の頃の担任の先生だ。ちょっと冷たくとりすましてみえるけど、若いのに教え方は上手いし、熱心な先生だ。

 鷺沼さんというのは、雰囲気からすると地方紙か地方支社所属の新聞記者さんで、高校か大学かの後輩なのだろう。

 

 「浦和先輩、この部屋って懐かしいっすね。壁新聞作るときに、よく使ってましたよ。」

 

 「そうね、こんな部屋のある高校、他にないみたいだし。この学校でも、限られた部の特権よね。502は筝曲部で、503は茶道部だったかしら。」

 

 「そしてここは文芸部、っと。今は文芸部って流行んないっすか。」

 

 「新聞部が独立しちゃったけど、まだ百人一首とかやってて、それなりではあるわよ。」

 

 「独立したんですか。」

 

 「今は月2回じゃなくて月1回になっちゃったみたいだけどね。」

 

 「でもほんと懐かしいな、この部屋。無理言っちゃってすみません。」

 

 「いいわよこれくらい。文芸部はこの時期、休業状態だしね。」

 

 おそらくこの二人は文芸部OBなんだな。意外だ。

 ちょっとごめんね、と言って、浦和先生、の声が動く。

 お茶の準備をしているようだ。

 

 「そういえば、504は、相変わらず、その、ーー」

 

 「今でも閉鎖状態、開かずの間よ?あの話でしょ?迷信なんだと思うけど、ーー」

 

 「まあ、前例踏襲なら誰も文句言わないし、自分が何かやって問題起きたら嫌ですからね、塩漬けなんでしょうね」

 

 「ーーそうね。あと、ジュンヤ君も来るって。どうぞ。」

 

 「あー、ありがとうございます。山口、あいつも元気っすか。」

 

 「電話だったけど、元気そうだったわ。」

 

 えー、結構長くなるんだろうか。

 まだ多分2時過ぎくらいだと思う。日は高い。

 でも、その、このシチュエーション。

 失礼しましたーって、出ていけないよね。

 これは志野くんの判断ミスじゃないかな。

 隠れたりしない方がよかったんじゃないかな。

 

 「ごめんね、電話番お願いしてて、3時半までしかあまり時間とれないの。先に鷺沼くんのお話、聞きたいけど。」

 

 「そうそう、調べてみたっすよ。確かに数は多い、ただそこまで顕著に多いってわけじゃないっす。問題は、その特徴っすね。」

 

 「特徴?」

 

 「そう、特徴。身寄りがなかったり、頼れなかったりで孤立した人が多い。」

 

 「それって、いわゆる拉致問題と関係するーー?」

 

 「ちょっと違うかもと思ったっす。ホームレスみたいな人の失踪は、データがなくてわからないんすけど、その、一家丸ごといなくなるっていうか。」

 

 「一家丸ごといなくなる?夜逃げ?」

 

 「いや、夜逃げっていうか。一家が離散後、残った子供がいなくなるパターンっすね。これ、データはないっす。顔知ってる警察官に片っ端から話聞いてみたっすよ。多いんです。」

 

 ふと、志野くんがぎくっと体をこわばらせたので思わず声をあげそうになった。志野くん、近くにいれてうれしいけど、肘がわたしのわき腹にあたってるよ。くすぐったい。

 

 「なんかそれも、ーーこれ言っていいんすかね。」

 

 「何?」

 

 「ジュンヤには言えないっすよ、でも、その、なんか事業失敗とか夫の死亡とかでの離散なんすけど、ある企業グループの名前が出てくることが多い気が。」

 

 「それって?」

 

 「ヤツザキとゴンドウ。いや、ヤツザキっすね。」

 

 「それ、このあたりの大企業グループだから?企業買収とか多いでしょ?」

 

 「いやだから、これもちゃんとしたデータとかじゃなくて。でも、違う警察官の口から、同じ名前が出てくるのはちょっと怖い感じですよ。」

 

 「しっかりした会社だってきいたけど、ーージュンヤ君に聞いてみようか。」

 

 「それがいいっす。でも、この話として持っていくんじゃなくて、」

 

 「わかってるわよ。一般論としてどう、ってことでしょ?」

 

 「そうっす。」

 

 このあたりでコンコンコンと鉄の階段を上がる音が聞こえた。

 

 「ジュンヤ!久しぶり!」

 

 「久しぶり、サギっち、浦和先輩。」

 

 三人目の登場らしい。

 

 「最近どう?元気してるっす?」

 

 「おうよ、元気元気。」

 

 「ジュンヤくん、今どこ勤務だっけ。本社?」

 

 「ええ、総務です。」

 

 「エリートじゃん、すごいっすよ。」

 

 「下っ端だよ、たいしたことない。」

 

 「本社勤務なんだーー。」

 

 「ええ、雑用満載、使いぱしりです。」

 

 「それで、お願いしてた件だけど、ーー」

 

 「ええ、職場見学の件ですね。大丈夫みたいですよ。人事で対応するみたいですけど、ちゃんとしっかりやってくれるって。」

 

 「OBも多いしね。期待してるよ。」

 

 「僕もそうですけどね。」

 

 どうやらジュンヤ君がヤツザキグループで働いてるのか。いいな。福利厚生がしっかりしてるって聞いたことがある。最近どんどん業績伸ばしてるし。

 

 「ところで、上司から聞いてくれっていわれてたんですけど。中央高で、高卒就職組っているんですか。」

 

 「まあ、いないことはないけど、ーー一桁じゃないかしら。3年生の生活指導の先生に聞いてみないと、だけど。」

 

 「家計急変の子とかいますか。親御さんお亡くなりになったり、シングルマザー家庭だったり。」

 

 ここでも志野くんがぴくっとした。こんどはちゃんと耐えた。でもくすぐったい。

 

 「具体的な話?どのくらいいそう、というのでなくて?」

 

 「ええ、優先採用とか考えてるみたいですよ。まあ優先採用でなくても、メセナで家計補助もあったり。」

 

 「そう、わたしの知る限りでは、ーーちょっといないけど、でも、そうなりそうなご家庭はあったりするわ。」

 

 「ちなみに、聞いても?」

 

 「それはご家庭の中の話だし、まだそうと決まったわけでもないし。わたしの去年の担任クラスなの。ーーでも、もしそういう話になったら、お願いね。」

 

 「もちろんです。今からでもお話あったら、つないどきますよ。」

 

 「まだ早いわよ。でも、ありがとう。」

 

 それから、小規模の同窓会っぽく昔話とかがあって、わたし戻らなきゃ、と浦和先生が声を上げたのを機に、また5時に職員室に迎えにきます、それまで野球部の後輩の練習、見てきますんで、とジュンヤ君という人が言って、俺も一度戻って、後で落ち合いますね、残りの奴らと同じで、5時半に正門で、と鷺沼君という人が言って、浦和先生と共同で簡単にちゃぶ台とかお茶の片づけとかをして、三人ともに出て行った。

 足音が遠ざかる。でもしばらく志野くんは動かなかった。

 

 「志野くん?」

 

 気が付いたら、志野くんはごく少し空いた扉からじっと参加者の顔を見ていたらしい。あの話のどこに、彼の気を引くものがあったのだろうか。

 

 「あ、ごめんね。重かったでしょ。」

 

 「ううん、そんなことないよ。」

 

 思わぬシチュエーションではあったけど、ぴったりくっつきあって、なんだかどきどきわくわくした。

 わたしの好きな冒険小説にありそう。主人公とヒロインが、隠れて強盗の計画を盗み聞きする。

 浦和先生はいい先生だし、そんなかんじじゃなかったけどね。

 でも志野くんは、何かあの話に考え込んでいるようだった。

 わたしとしては、空かずの間の話が興味あるな。倉庫かと思ってたけど、気になる。

 

 私と志野くんは苦労して狭いところから脱出した。入るときもそうだったけど、出るときにも、志野くんの手が胸やちょっとデリケートなあたり、足の付け根とか、にあたったりした。わざとではないと思う、だって無茶苦茶狭くて動くだけで大変だもの。

 押し入れの上の段でも結果論としてはよかったんじゃないかな。見つかりやすいけど、ここよりましだ。結局浦和先生たちも押し入れ開けなかったし。

 ちなみに折り重なってるとき、ずっと志野くんの、あの、その、男の人の大きいものが起き上がってわたしにあたってたよ。知らないふりをしたけど。乙女の情けというやつだ。でも志野くんのそれ、相当に大きい気がする。そう、最近も目の当たりにした、千里のものより。

 その、もし、仮に、万が一、恋人たちの間でそうなるような、そういうことになったとき、これをわたしはわたしの中に受け入れたり、できるのだろうか?

 考えてるとつい目線がそっちに行ってしまう。はしたない、とわたしはぶんぶん頭を振った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。