タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(紫藤みなり視点、火曜日放課後、誰かの夢の中の世界)
「すごくリアルに思えても、これは夢、ってことだね?
さとみんの言いたいことは。」
「そうね。そうとしか説明しようがないんじゃないかしら。
この家、あたしたちが入ったときから、あきらかに構造が変わってる。」
わたしたちがこの家に入ってきたときの入り口が、みつからない。
入り口があったはずの場所は、最初からそうだったというように、馬の頭の神さまを祀る礼拝室のようなものに変わっていた。
あの、取次役みたいなおばあさんもみつからない。
わたしたちは、消えてしまった入り口の謎をつきとめることをあきらめ。
いったん自室(?)に引き返して。
これまでに起こったこと、これからどうするのか、を考えていた。
「入ったときから、数時間以上は過ぎてる。
向こうの現実世界でも同じだけ過ぎていたら、ちょっとした騒ぎになってるはずよね。」
「あー、引き返す?でも、どうやって引き返すのかな?
こっちの世界で、眠ればいい?」
「試してみる?
向こうの世界での眠りが、こちらでの覚醒。
だとしたら、こっちでの眠りが、現実世界での覚醒でもおかしくない。」
「3人一緒に?それとも、1人が?」
正直なところ、この家が安全なのかどうか、よくわからないんだ。
その不安は、さとみんもハルカちゃんも抱いていたようだった。
「たしかに、3人無防備にここに寝る、ってのは、リスクがあるのよね。
でも、バラバラになるのは避けたい。
1人だけこっちの世界で寝て、向こうの世界で起きて、ってやってもいいけど。
またすぐ寝て、すぐこっちの世界のこの場所にこれる、って保証もない。」
「あー、さとみん、みなりん。
毒くらわば、皿まで、っていうしさ。
一度引き返すのには賛成だけど、もうすこしだけ、調査しようよ。
この部屋とその周辺が安全かどうか、だけでも確認できるように、さ。──そうだね、あと1時間。
ボクが遅くなることはよくあるから、ボクは大丈夫。
みなりん、さとみんは?」
「あたしも、親は遅いわね。今日は早いかもしれないけど、大丈夫よ。」
「わたしも、今は一人ぐらし。家には誰もいないよ。」
そして、わたしたちはこの部屋を中心に、もう少しだけあたりを調査することにした。
──────
霧のうずまく山の中の、旧家。
かつては磨き抜かれていただろう、今でも黒光りがする木肌の廊下。あるくと、かすかにぎし、ときしむ。
軒が深いのもあって、昼間(だよね?)だろうけど、家の中はうすぐらい。ところどころにある窓からみる外の景色も、どこかくすんでみえる。
近代的な物品も、あることに気付いた。ただあきらかに「時代遅れ」って感じ。
たとえば、電気のコンセント。
一部屋に一つは、あるみたいだ。
廊下のとくに暗いところや、トイレ(というか「厠」かな)には、古い蛍光灯。
もう寿命切れをうかがわせるような、不安定な光。
ガラス戸も、ある。
ただ窓や扉は、いずれもアルミサッシじゃなくて、木の窓枠の引き戸。
窓ガラスは、どこか厚みが不均一で、外の景色が歪んでみえる。
さとみんは、「田舎のすっごく古い家って感じね。あたしの母の実家みたいな。」と言ってた。
つまり、これは。
お母さんの幼少時代の記憶から、再構成されたものなのかな。
お母さんは日本海側の、美人が多いと思われてる県で生まれ育ったと聞いた。
ただ、おじいちゃんやおばあちゃんの話は、あまり聞いたことがない。
あまり「いい思い出」が、ないということかもしれない。
つまり、そういう「いい思い出」がないお母さんの夢の中には、きっと、その良くない思い出が、──
「あんれー、
「うわっ!」「わー!」「──誰、あなた?」
廊下をあるいてたわたしたちの横の引き戸が、とつぜん、がらがらっと開いて。
ひょろっとした人影が、出てきてそんなことを言ったので、わたしたちは驚愕した。
さとみんがかばうようにわたしたちの前に出て、そのちょっと浮浪者じみた男の人に対峙してくれてる。
「なあん、
「あなたは、誰?」
「どうせくもひめさまのところに、いくがゃ?」
「クモヒメさま、って、誰?」
わたしは、思わずさとみんの後ろから顔を出してそう聞いてみてしまった。
わたしの顔を、認めて。
にまぁ、とそのおじさん(おじいさん?)のシワの深い顔が笑みくずれた。
濃ゆく固まり切った目元の目やにがはらはら、と落ちるが。
白目部分が黄色くなった眼球は、わたしにひたとすえられている。
どこか邪悪なものを感じて、わたしは背中を寒気が走るのを感じた。
もう!というように、さとみんがわたしを背中に回した手で自分の後ろに押し込み。
ハルカちゃんも、わたしを彼の視線から隠そうとしているようだ。
「クモヒメさまは、クモヒメさまよぉ?
ながい、ながい、ながい、ながい腕を持っとられて。
みんなに、みんなに、───の肉をくれっちゃ。
そういえば。
そこの
はやく、クモヒメさまのところ、いかれい。
きっと、あんたもお気にいりになるちゃ。」
「ねえ、貴方。
その、クモヒメさまっていうのは、──」
そのとき。
めき、めきっと、木造の家のどこかから軋みが移ってくる気配がした。
この家は、単純な構造ではない。
(外からみて、想像できないくらい広い。やっぱりここらへんは現実というより夢の中だからか。)
2階建て、あるいは3階建てになっているんだろうけど。
そのどこかで、誰か、あるいは何かが動いてる。
ただの人の歩く、きし、きしっという音とは、違う。
廊下の底が抜けるのでは、というすごみのあるきしみ音なんだ。
「ひぃっ、クモヒメさまじゃあ、クモヒメさまじゃあ!」
おじさんは、急に恐慌状態となり、悲鳴を上げて。
自分が出てきた部屋に、入ってぴしゃんと扉を閉める。
がちゃがちゃと音がする。扉につっかえ棒をしているようだ。
どうやら、このおじいさんだけでなく、あたりにすこしは住人がいたみたいで。
遠くや近くで、扉がぱしりと締まり。
戸締りをする音がする。
わたしたちは、顔を見合わせた。
「ねえ、さとみん。ボクたちも、部屋に戻って隠れたほうが良くない?」
「わたしも、そう思う。なにか、良くないことが起きるんだよ。」
「そうね。じゃあ、戻るわよ。急いで!」
私たちは、暗い迷路のように折れ曲がる廊下を走り。
(誰にもとがめられることはなかった。それどころか、どこかでわたしたちと同じように走る音が聞こえた。)
自分たちの部屋(?)に戻ろうとしたのだが。
「?」
わたしたちが、最初にいた部屋。
その部屋の扉が、開かない。
「──、ハハハハハハ!」
部屋の中から、何かすこし狂気を覚えるような笑い声。
誰かに入られてしまって、そして締め出されたんだ!
「破る?あたしなら、たぶん蹴り破れるわよ。」
「でも。破ったら、たぶん戸締りができなくなって、──」
あの、誰かが入ってきてしまう。
どうしよう。
遠くで、何かが壊れる音。そして、耳ざわりな誰かの悲鳴。
だけど、悲鳴は途中で不自然にぶつっと切れた。
きしみ音が、少しの間止まってる。
「さとみん、隣の部屋は?」
「あー、締まってるわね。誰かいるのかしら。」
きしみ音が再開して。
そして、──まだ近くではないけれど、だんだん近づいている。
「さとみん、降りてきてるよ、降りてきてるよ!」
ぎし、ぎしっという音。
階段を降りてきているのでは、ないだろうか。
階段って、どこにあったっけ。
ハルカちゃんは、焦りながら手近な扉を試してる。
わたしも、暗い廊下の逆側の扉を試すが、開かない。
さとみんは、自分の部屋を開けようとしているが、諦めて首を振り、自分も他の部屋を探そうとしてわたしのほうに来たが、──。
「あ、──さとみん、これは?」
わたしは、たまたま一つの扉を開くことができたけど。
あきらかに、他の扉より小さい。
引き戸でなく、開き戸。わたしの脇あたりから下くらいの大きさ。
中を覗き込むと、──おそらくこれは、押し入れの一種、ふとんとかの収納スペースかな。
少し黄ばんだ、ふとんとかまくらとかが押し込んである。
古びた匂いがするけど、洗濯してあるのかな、せっけんみたいな匂いがかすかにする。
「みなりんっ!もう、すぐそこまで来た!」
ぎしり、ぎしりっという音。2つ先の角くらいだろうか。
誰かが、自分の部屋で恐怖に耐えきれず(?)悲鳴を上げると、きしみ音が止まる。
「入りましょう!」
わたし、さとみん、そしてハルカちゃんの順番で、この押し入れみたいな収納庫に入った。
ふとんがすでに入ってるから、あまりスペースはない。
3人で入ると、ぎちぎちだ。
天井側の梁(?)にあたる、横木まで、すぐ10センチくらい。
古い、すこしかび臭い、しめったふとんの臭い。
大きなさとみんに抱きすくめられ、その大きな胸に押しつぶされるように(もげろ)、わたしは3人の真ん中に入れてもらい。
ハルカちゃんが、さとみんの逆側。わたしの背中にすがる感じ。
扉を閉めて、どきどきしながら待ち受ける。
ぎしり、ぎしり。
きしみ音が、やってくる。
廊下の角を超え。
すぐそこまでやってきて、──。
ばり、べきっ。
すぐ近くで、破壊音。
この、位置取りは。──たぶん、わたしたちが最初に案内された部屋じゃないかな?
わたしたちが、あの部屋に戻っていたら、もしかすると──。
女の人(わたしたちを締め出した人だと思う)の、叫び声。
だけど、悲鳴はすぐ止み。
なにか、耳が痛くなるような沈黙のあと。
ぎし、ぎし。
きしみ音が、再開する。
何かをずるずると引きずる音が、加わってる。
かすかにぷるぷる震える音。あ、これ、ハルカちゃんだな。
さとみんが動く気配。片手を伸ばして、ハルカちゃんの背中をぽんぽん叩いてるのかな。
(扉のすき間からうすぼんやり光が入るけど、まっくらで何も見えないんだ。)
ぎし、ぎし、ずる、ずる。
きしみ音は、私たちのこの押し入れの前を通過していった。
ハルカちゃんの震えが、小さくなってくる。
さとみんが、改めてわたしをぎゅっと抱きしめた。
ふうっ。
わたしは、眠気を感じ始めていた。
一日、良く歩いた(夢の中だけど)。
おおきなネズミさんや、いもむしさんと戦った。
へんなおじいさんにわけのわからないことを言われて、困惑した。
そんなこんなで、すくなからず、体も心もつかれてたんだろう。
そしてそれは、ハルカちゃんとさとみんも同じだったようで。
いつのまにか、ハルカちゃんの震えはとまり、さとみんの気を張って間隔が短くなってた呼吸が、ふかぶかした大きなものにかわってる。
このよくわからない屋敷の、まっくらな押し入れのなかで。
すこししめってかびくさくて冷たいけれど、やわらかいふとんにつつまれて。
閉じたまぶたが、あたたかいなーと感じながら。
わたしは、いつしか、自分の体もまた、ふとんのわたのように感じながら。
ふしぎにおだやかな眠りに、落ちていってしまったのだった。