タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(主な修正点:美鷹の失踪の日。猿の折檻の翌日(水曜)ではなく、その週末(金曜)としました。→250311再修正、翌々日(木曜)としました。)
(第三者(吉祥寺 美鷹)視点、8/1火曜日夕方、砦山)
とぼとぼと、道を歩く。
猿による折檻で打擲された太腿やお尻、ねじり上げられた腕の付け根や。
へし折れそうなくらい反らすことを強要された背中が、痛む。
そして痛みに耐えて体を緊張させていたせいで全身にわたっている、どこかかゆいような筋肉痛に似た痛み。
それらのせいで、いつもの警戒センサーが全く働いていない。
その、無防備な彼女の姿に。
部活帰りと思われる、通りすがりの男子高校生たちの視線が吸い寄せられる。
それにも構わず、自動操縦みたいに半分、上の空で。
彼女、吉祥寺美鷹は目的地への道を歩いていた。
(もちろん、終始、彼女を見守っていた中河原 桜の視線にも、彼女は気づいていなかった。)
猿に呼び出され、山中で折檻されながら。
彼女は、猿にいくつかのことを言い渡された。
一つ。
時間が来た。
身を清め、自分の意思で、約束の時間に、約束の場所に来い。
──そして己の運命を受けいれよ、と。
二つ。
家族や友人が、賢明でないことをしないように。
美鷹は、自分の意思で家出したという旨の書置きを残しておくこと。
また、くれぐれも怪しまれるような行動をとらないこと。
怪しまれたら、猿たちはその怪しんだ者を処置しなければならない。
三つ。
異性には誰にも、心を寄せていたりはしないということを誓え。
それが誰であろうと、もし家族以外に美鷹が心寄せる男がいたら。
猿たちは、その者を、処置しなければならない。
怪猿に、恥ずかしいところまでをも打擲され。
あるいは手足首を握られ、怪力で卑猥な姿に折り曲げられて苦痛を与えられながら。
突きつけられたそれらの条件を、彼女は唯々諾々と承諾した。
一通りの折檻が終わり、息をはずませて床に乙女座りして見上げる彼女に。
猿は、強く反り返った陰茎を示し。
黄色い牙をむき出して、勝ち誇ったような、笑うような表情を見せた。
猿はどうやら、彼女が昨日、あの後輩くんを突き放したことを知っているようだった。
彼女はかしこい。もしそうしなければ彼を殺しておくところだった、といった趣旨のことを告げられた。
(彼女は、その後輩くんのことを思って苦悩していたのだけれど。
このときあらためて、自分の決断をほこらしく思い、胸を張りたい気持ちになった。)
猿は彼女を折檻しただけで、行為にはいたらず。
解放された後、彼女は服装を整えて山を下りたが、すぐに家には戻らず。
無意識に尾行を巻くような道を通りながら、近くの神社の側にある交番に向かった。
本当なら、警察署とかがいいのかもしれない。
そしてもっとしっかり、工作できればよかった。
──でも彼女には、時間がない。
この今やろうとしている行動にも、実のところ迷いがある。
ここの交番によく詰めてるお巡りさんは、2人組であり。
1人は、しっかりした壮年のおじさん。
もう一人は、まだ若い、たぶん20代の青年。
どちらとも、彼女はとおりすがりには挨拶したりして顔みしりだ。
壮年のおじさんは、なかなか陽気で子供好きの、おもしろい人だ。
彼女だけでなく、この一帯の子供たちのことをかわいがってくれる。
彼女のことも、たぶん、娘の一人みたいに思ってくれてる節がある。
そして青年は、──勘違いだったらはずかしいけど。
彼女のことを、どこか憧憬のまなざしでみていたりする。
彼らだったら、無下に彼女の訴えを無にはすまい。
交番にいたのは、若い方の青年警官だった。
忙しくなさそうなのをみすまして、彼女はためらいながらも交番に入り、彼に相談する。
最近知り合った人から強く誘われていて、断りづらい。
待ち合わせして、彼の家に行くことにしているけれど。
どうにも、心配なのだと。
青年は、民事は不介入だけどなー、と言いながらも眉間にしわをきざみ。
でも、なんだか気になりますね。コーノさん(壮年の方の警官)か、本署にも相談してみましょうか、とか。
もしその日のお昼あたりってことでしたら、パトロール時間に当たってそうだから、僕がその現場にちょっと行って様子をみて、その人に釘をさしときしましょうか?とか。
協力的なことを、言ってくれる。
しかし今度は、彼女が逡巡する番だ。
猿は、疑いを持った者の存在を許さないだろう。
でも、家族や友人でなく、警察だったら。
さすがに、猿もどうにもできないんじゃないだろうか。
でも。
もし、この青年のことが猿に知れて、この青年自身が「処置」されてしまったら?
彼女は結局、そこまでしなくていい、でもちょっと聞いてもらいたかっただけなんです、と。
そう言って、曖昧に笑って腰を上げた。
疲れていて、もう頭が回らなかったのだ。
こういう、限界に追い込まれたときに、いつもだと。
急に頭が冴えて、自分でも信じられないほど大胆にして冷静沈着な手が打てたりするのだが。
今日はどうやら、そう都合よくいかないみたいだ。
彼女が去った後、青年警察官はちょっと考え込み。
すぐ後に戻ってきたコーノ先輩にも相談して、本署に電話を掛けてみる。
そして思いがけなくも、本署が対応してくれるという回答を受け、胸をなでおろす。
(まだ何の事件性もない時点なのに異例なことだと後から思いだすのだが、そのときの彼らはあまり疑問を抱かなかった。)
この彼女は、いわばこの地域のアイドルみたいなもので。
彼らふたりとしても、この娘のことは守ってやりたかったのだ。
ふたりはあの子はいい子だよね、などと話しながら。
その後、猛暑だからか繁華街での喧嘩等が多発して応援に出たり。
迷子が出て、捜しまわってあげたりして忙しくなっていくうちに。
彼女の相談のことを、いったんは忘れてしまったのだった。
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(第三者(吉祥寺 美鷹)視点、8/3木曜日夕方、吉祥寺邸)
翌々日。猿との、約束の日。
彼女は、模試の追い込みをしたいから、と強く主張し、翌日、そして翌々日である今日も学校に行かず部屋に閉じこもっていた。
両親はこれまでにない事態で心配そうだ。ただ、3年生ともなると学校での補習に代えて塾や家での館詰めを選択する者も多いので、無理に学校に行けとも言わず様子をみているようだ。
部屋にとじこもって勉強していることを除けば、親に対しては、極力、いつもどおりに彼女は接した。
当日になり、彼女の母は、いつものように習い事で外出した。
彼女は母をいつものように見送ると(朝、出勤する父を送った時と同様、急に胸にこみあげそうになったが、なんとかごまかした)、部屋に戻り。
昨日のうちに清書しておいた書置きを、もう一度確認し、丁寧に折って封筒に入れる。
この、書置き。
筋書きは、悩んだが。
頭の軽い子っぽく、東京に憧れて行ってみたくなった、ということにした。
ただ、あまりに馬鹿っぽく書くと、嘘だとバレてしまう。
そこそこに、真実を織り交ぜて書かねばならない。
思いついて、婚約相手への不安も書き記して説得性を持たせようとする。
文通相手の当てがいるから、仕事も住居も大丈夫だと書く。
(彼女には実際に、東京在住の文通相手もいるが、同性でしかも実家住まいだ。
良心が痛むが、迷惑がかかるとしても、限定的だろうと割り切ることにする。)
親が騒ぎ立てると、猿が余計なことをするかもしれない。
警察に知らせたりしたら自殺する、とでも書いて行動に釘を刺しておくか。
その「鞭」に対し、しばらく行動を控えさせるための「飴」として、1か月後には帰る、と書いて、親の行動を希望の面からも縛る。
初動をけん制し、気付いたときにはもう手遅れ、というやつだ。
彼女は、涙ぐんで親への感謝を書き綴りながらも。
諸処では冷徹に計算し、自分だけの犠牲で済むように書置きを準備していたのだった。
もう、大丈夫。
きれいに片づけた自分の部屋を見て、彼女はそう確信し。
そして部屋を出て、居間のダイニングテーブルに書置きを置き。
家を出て、戻らなかった。
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待ち合わせの場所。
砦山を下りたところにある、ぶらんこと砂場、ベンチ、トイレくらいしかない小さな公園。
お昼少し前の時間で、誰も人はいない。
クスノキの大きな植え込みが、強烈な正午の日射しを受け止めていて。
木洩れ日の下、彼女はブランコに漕ぐでもなく座ってぼんやりとセミの鳴き声に耳を傾けている。
やがて、正午。
遠くで、チャイムの音がかすかに聞こえる。
一台の瀟洒な外国車が公園の外の車道に停まり、人が公園への階段を上ってくる。
均整の取れた背の高めの、甘いマスクの男。
そして彼女にだけ、嗅ぎ分けられる悪臭。
後輩くんとのデートのときに、小さい女の子を誘拐しようとしていた、彼だ。
「あなたは、──」
「ああ、その節はどうも。
──よろしくお願いしますね、お嬢さん。」
男の笑みには、どこかなにか含むものがある。
そして彼女の気のせいでなければ、あのときより男の悪臭が増している。
あのときから後、誰かを殺している?
彼女は、思わず聞かずにはいられなかった。
「やっぱり、あの子のときも、さらうつもりだったんですね。
「いえいえ。私が他の方にお仕えするようになったのは、あの後のことですよ。
あのときは、フリーでした。
それにね、私にとって。
あの子の後だと、これが実質的にははじめてのちゃんとしたお仕事ですよ。」
お互いに、直截的には触れない会話。
彼は前回の遭遇以降の殺しを、ものの数にすら入れていないようだ。
彼女は、諦念を覚えて目を伏せた。
「あなたが、連れて行ってくれるんですね。」
「はい、お連れします。──どうぞ。」
男に、持参したボストンバッグを持たれ(彼女は、家出を装う必要があったので、鞄にひととおりの生活必需品や勉強用の教科書や、読みかけの本などを入れて持ってきていた)。
彼女は、従順に彼の車にエスコートされる。
彼の車の後部座席、左後ろ側の席には、ちょっときつめの目をした、美しいが堅気でなさそうな、胸の大きい女が座っている。
彼女が会釈すると、どこかこわばった笑顔で頷き返された。
あ、これは罪悪感を感じている顔だ、と彼女は思う。
彼女は、運転席の後ろ。その女の右隣の席に招じ入れられる。
その様子を、遠くから見守る目があった。
──────
「マル被、つるっとした優男風、自動車は青のア○ディ。
タゲの連れ込みを、確認。同乗者あり。女、水商売風、やや大柄。
「
その男の方の顔。もしかすると別件で、一度マル被になってた奴かもしれない。」
「了解」
──────
「アウ○ィ、高速道路に入る模様。続きます。」
「あー、追跡を引継ぎ。
別車両に、追跡を交代。追跡、高速入口ちかくまででOK」
「了解、──しかし大丈夫ですか。
マル追の引継ぎ車両、こちらからは確認できません。」
「大丈夫。すでに高速道で待機中、ナンバーと車種を伝達済み。
同一車両の追跡だと、タゲにバレるという上席からの指示。
高速に入るところまででいい。確認頼む。」
「了解。確認後、帰投します。」
追跡していた捜査員は、若干の不審を覚えたが。
交替人員も用意されている以上、指示には従わないといけない。
軽く舌打ちをして、高速道路に入っていくアウデ○を見送り、そのまま戻った。
実際には、追跡の交替車両は準備されておらず。
とある政治家とつながった上層部の指示により、追跡は打ち切られ、この件についてはごく数行の記録にだけ残され、流された。
──────
優男は、何か気掛かりなことがあるらしく。
自動車を走らせながら、車載電話で何かを話していたようだったが、やがて懸念が去ったようにふうっと息をついた。
自動車は高速道路に入り、しばらく走って、樋木崎インターで降り。
やがて人気のない山道の陰で、車を停めた。
「車酔いは、大丈夫ですか。」
「はい。ありがとうございます。」
「ちょっと、連絡がありましてね。
でも、もう解決できたそうです。」
「?」
「ええ、なんでも、追跡されていたようなんです。
──お心当たりは?」
「いえ、ありません。」
迷惑がかかってはいけない。
ここは、頑張らねば。
あまり早く返事しないように、本当に不思議そうに答える。
「そうですか。
もし、誰の差し金かが分かれば。
その誰かさんは、つらい目に会うことでしょうねえ。」
「──そうですか。」
演技は得意だ。大丈夫、大丈夫。
「まっ、すぐわかることです。
あと、少々、ね。
私はもう不要だと思いますが、念のためってことで言われてるんで。
これからは目隠しして、あと手足を縛らせてもらいますね。──まいらさん。」
「はい。
じゃあ、ごめんね。まず、目隠し。」
美青年に指示された女は、彼女に背中を向けさせ、手拭いで彼女に目隠しをする。
「あと、腕を後ろに回して。」
腕を背中で組むようにして、縛られる。
これも血が止まらないように、あまりきつめではない。
(正直、体の関節のやわらかい彼女ならうまく外すこともできそうだ。)
「あと、足首。はい、ちょいとごめんね。
──これ、いたくない?だいじょうぶ?」
猿の手下の女は彼女に気を使ってくれているらしく、彼女を扱う手も丁寧だ。
顔立ちは少しきつめだけど、おそらくは見た目より善良なのだろう。
かすかな臭いがするが、不快なものではない。
何か法に触れることはしたけど、本当に悪いこと(その基準はよくわからないが)ではない、という感じだろうか。
大丈夫です、と彼女は答える。
女は、腕を背中側で、そして足首と膝を縛られた彼女にシートベルトを着けてくれて。
まがりくねった山道を、車はなめらかに走り出したのだった。
──────
紆余曲折を経て、軽く車酔いの予感を覚えはじめたとき、車は停車した。
途中で、門番らしい誰かとのやりとりがあった。
それに、彼女は妙なデジャヴュを覚える。
きっと、偉い人の家にはこういう門番がいるものなのだろう。
やがて車は何かの建物に横付けされたようだ。
誰か、「チカチロウ」さん、という名前の男が手伝いに来ているようだ。
美青年のそれよりひどい悪臭は、彼のつみかさねた悪行を物語っている。
縛られた彼女の、目隠しで隠されていてもわかる美貌、しなやかで魅力的な肢体に目を止め、何か下品な冗談を言っているが、彼女は何とも思わなかった。
車から降りるとき、彼女の足の縛めは外してもらえた。
だが目隠しと腕を縛った縄を外すことは許されず、彼女を女がガイドしてくれる。
(チカチロウさんが彼女の腕を乱暴に握ったが、これまで付き添ってくれた女の人が、猫が毛を逆立てるように彼を威嚇し、美青年もそれを支持したので、その女の人が彼女に引き続き付き添ってくれることになった。)
チカチロウは文句を言いながらも彼らに同行して、美鷹の後ろからついてきている。
エレベータらしいものがないのか、あるいはあっても使わせないのか。
廊下を歩き、途中でガチャガチャと音を立てて障壁らしいものを通過し。
そしてかなりの段数の階段を歩かされて、音響の感じからは、部屋のようなところに通される。
「入りますよ、
「おい、起きろ、新入りだ。
おめぇなんぞより、数段上の上玉だぜ。
玩具にしていいけど、傷はつけるなよ?
傷を付けたら、おめぇの指か耳、ちぎり取るからな?」
どこまで冗談かわからない、チカチロウさんの言葉。
どうやら彼女は、ここでだれかと相部屋になるらしい。
おじゃまします、と声をかけると、ちっ、と面白くなさそうな舌打ちが聞こえる。
「ごめんね、足首に鎖をつけることになってるみたい。
目隠しと腕の縄、はずすわよ?」
付き添いの女の人に、誘導され、ベッドに座らされて。
足首に囚人の鎖を嵌められ、腕の縄が解かれ、そして目隠しがはずされる。
あまり広くない、何もない部屋。
廊下との間の壁は監視に便利なように、大部分が鉄格子になっている。
ベッドはあるが、最低限の調度しかない。
監獄だ、と彼女は直感する。
向かいのベッドに座っている、髪のやや短めな、勝気そうな女の子。同年代くらいだろうか。
鋭い、非友好的な視線をこちらに向けている。
運転してきた美青年、チカチロウさん、そして付き添いの女の人が出ていく。
ありがとうございました、と声をかける。
チカチロウさんは下品な笑い声を立てて嘲るようなことを口にするが、美青年は同調しない。
(すこし、この2人にはすき間風がありそうかも、と彼女は思う。)
付き添いの女の人は眉をよせて、首を振って、元気でね、と小声で言ってくれた。
3人が出ていくと、後には彼女と、先住人の女の子が残される。
「よろしくお願いしますね。」
「──スカしやがって。」
やれやれ、最初はすこし手間取りそうだ、と彼女は思った。