タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(第三者(篠崎瑞)視点、8/3木曜日、山荘)
お茶が供された後、準備ができたと言われ。
新入りの美少女と篠崎瑞は、ふたたび腕を縛られ、目隠しをされて移動した。
廊下をあるき、扉をくぐり、階段を降りていく。
篠崎瑞は、数えていた階段の段数や、独特の空気の圧迫感から。
今、自分たちがいるのは地下の階なのだろうと推測した。
部屋らしい空間に入り、目隠しが外される。
コンクリート打ちっぱなしの、殺伐とした広めの部屋。
高めの天井からは、フックや鎖がところどころ吊り下がっている。
壁には、おそらく人体固定用の鉄環や架、使い方がよくわからない設備がいろいろと。
このスペースは、拷問部屋に類するものなのだろう。
そしてこの部屋の、中央。
引き立てられてきた二人の目の前には、巨大な水槽がある。
2メートル四方ほどは、あるだろう。
特殊なつくりなのか、みがきぬかれているのか。
水槽はとても透明で、見とおしやすい。
まだ水は、入っていない。
水槽の中央付近の底に、鉄の輪が複数ある。
──さて、お風呂に入りたいと言っていたね。
お茶会のホスト役だった貴人も、この部屋にやってきていて。
今は、頭全体を覆うマスクをしている。
昔の中国の皇帝みたいな上が広い冠(?)から、薄絹で頭全体を覆い。
体も、体型がわからないように、中国の大人風のゆったりした衣装をまとっている。
声は相変わらず少し人工的な加工がされている。おそらくは、口元に変声機みたいなものを付けて変換している?
ちなみに美少女は初遭遇時に、貴人に一瞬目を止め、考えるような風情があった。
おそらく、この美少女はこの貴人に遭遇したことがあるのではないか。
──そこでだ。
ふたりで一緒にお風呂は、どうかな。
裸の付き合いは、きっと君たちの仲を深めてくれる。
「──クソが。」
思わず、瑞は口から罵声を洩らしてしまった。
貴人が、忍び笑いを漏らす。
──おやおや、気に召さないかな?
それじゃ、まあ今回は服を着たままでもいい。
それでは、二人を中へ。
踏み台が用意され、瑞と美少女は水槽の中に入れられる。
二人の首には、鋼鉄の首輪が嵌められた。
足首にも、鋼鉄の足錠。これは、短い鎖で床の金輪に繋がれた。事実上、足は1地点に固定され、歩き回ることはできない。
ほうっ、と横の美少女がため息をついた。顔には憂い。
何か、この趣向の意味が分かったらしい。
「随分、悪趣味な趣向なのですね。
私たちは、辞退させていただいてもよろしいでしょうか。」
──そういうわけにも、いかない。
きっと力を合わせて窮地を耐える経験が、仲を深めるであろうよ。
美少女の辞退は、くつくつと嗤う大人には受け入れられず。
瑞と美少女は、水槽の床に跪くことを強要され。
二人の首輪に、鎖が付けられた。
鎖は、水槽の床の鉄の輪2つに、通されて。
その両端で、二人の首輪を連結している。
美少女の長めの髪は、侍女の供した髪ゴムでしっかりと束ねられた。
二人の手首は、まだ背中側で縛られたままで、はずされる気配はない。
──さあ、注水をはじめよ。
冷たい水でなく、ぬるめのお湯で。
そして、その命令により。
地獄の蓋が、開けられようとしていた。
──────
ふたりの首輪は、おたがいに鎖でつなげられている。
そしてその鎖は、水槽の床の金輪を通っている。
長さは、二人がひざまずき、かつ上体をかるくかがませてちょうど、という程度。
一人が膝立ちにまっすぐ立つと、もう一人は床に這いつくばることになる。
そして、そこにお湯が入れられる。
篠崎瑞も、ようやく意味が分かってきた。
これは。
──最初は、早めに温まってもらおうか。
まいら、どんどん注いでやれ。
気づかわし気な侍女がバルブのハンドルをひねると、すさまじい勢いで水が注がれる。
まったくの冷水ではないが、湯気も立たない程度のぬるま湯。正直、やや冷たい。
「ミズキさん。交互で、どうでしょうか。」
「──ああ?」
ふたりは今、ちょっと中途半端な姿勢で床に跪き、腰を曲げて前傾姿勢をとっている。
水はあっというまに膝を超えた。
横目で、美少女をみる。美少女も、見返す。
やや無理な前傾姿勢なので、少し膝を広げてバランスをとっているようだ。
白いソックス(靴は履いていない)と制服のスカートの間に露出した、白くなめらかなふくらはぎも、水に浸かっていく。
瑞自身は、囚人用の服を着ている。裸足だ。
作務衣のような、前を重ねる形の、紺の短衣。
そして、下半身は前、後にそれぞれ腿の半ばまでの布を当て、それを紐でつないで縛っただけのつくりの簡素なスカート(?)。
イメージ的には、非常に短い前掛けを前と後ろにそれぞれ1枚当ててるだけ、という感じだろうか。
構造上、横には当て布がない。ちょっと動いただけで腰の紐部分まで開いて見えてしまう。
その、腰布の裾が水に浸かりはじめた。
そろそろ、股のあたりに達しようとしている。
このまま進めば、水が口や鼻に達する。
そのときに、一人が空気を求めてかがめた体を伸ばすと。
もう一人は、首につながれた鎖で水面下に引きずり降ろされる。
これは、2人を逃れようもなく争わせようとする仕掛けなのだ。
途中までは、協力できるかもしれない。
しかし、水位が上がり、──もはや直立しないと空気が手に入らないくらい、上がりきってしまえば?
考えているうちに、腹、そして胸の下あたりまで水がきた。
美少女のブラウスが濡れそぼり、下着が透けてみえている。
──まいら、水を緩めに。すこしずつ。
そう、それくらいでいい。
水位が胸のあたりに達したとき。
注水のスピードがゆるめられた。
しかし、すこしずつすこしずつ、水は上がってきている。
どうする?
頭がぐるぐるしてくる。
「あなたのお名前、ちゃんと伺ってませんでしたね。
私は、
そんなときに、横の美少女が話しかけてくる。
パニック寸前の彼女は、思わずまじまじとその顔を見つめ返す。
美少女はリラックスした、フレンドリーな風情で話を続ける。
「ああ、お邪魔しましたね。構いませんか。
ミズキちゃん、でしたね。
これから、まもなく水が私たちの口もとまで、上がってくることになります。」
年齢の離れた妹に話すように、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を続ける。
なんだこいつは。
「──ミズキちゃんと私で、交互に呼吸しましょう。
そうですね、オーバーヘッドもあるので、20秒ずつ、くらいでしょうか。」
美少女の胸上に、水が達する。
白い夏服のブラウスが濡れ、白いブラが透ける。
「鎖を2度引いて、交代の合図にしましょう。
20秒以外でも、もしどうしても呼吸が苦しくなったら、同じ合図で。」
なぜそんなに、泰然自若としていられるんだ?
これから私たちは、命をかけて。
鎖の引っ張り合いをすることになるんだぞ。
「20秒、そして合図に2度引く。
──わかりましたね?
それでは、はじめはミズキちゃんにお譲りします。」
かんで含めるように、美鷹と名乗った少女は念を押す。
水は、まもなく彼女の華奢にみえる肩に達しようとしていた。
──────
本能的な恐怖で、動悸が早まっている。
足首は、しっかりと床に固定されている。
両手首は、背中でまとめて縛られている。
逃げ道は、ない。
精一杯、反らした首。そのあごさきに、水を感じる。
「それでは。」
その言葉とともに、ざぶん、と美鷹と名乗った美少女が顔を水に沈めた。
ほとんど同時に、水が口に達する。
あわてて、美鷹が潜った分、余裕ができた鎖の長さを利用して瑞は背を伸ばし、空気をあわただしく吸った。
美鷹は、水の中に首の鎖で漬けられている。肩を少し超すくらいのセミロングの髪が、ゆらめく。
──もし私が裏切って、このまま鎖を引っ張ったら。
こいつは、水を飲んで溺死するんだよな。
もっとも苦しい死に方の一つが、溺死だと聞いたことがある。
この美少女は、どんな苦しみ方をするだろうか。
──しかもどのみち、いつかそうなる。
そうだとしたら、今、私がそうしても、──
くいくい、と2度鎖を引かれて、瑞は我に返り。
息を大きく吸い込み、次は自分が頭を水に沈めた。
──────
注水のはじまる前のように、二人が同じ鎖の長さで位置取りすると、完全に頭が隠れるくらいの水位に達した。
──注水、止めよ。
そう、貴人が命令したので、はらはらしながら事態の推移を見守っていた
目の前の水槽のふたりは、即席の協定をかわし。
今のところは、お互いに鎖を融通しあって、息継ぎができている。
もっとも、ほころびの芽をそこかしこに、みることができる。
息を止めて水に潜ることは、それなりの身体的・精神的負担を伴う。
「──ぷはっ。はぁ、はぁ、はぁ、」
現に、今しも、浮き上がってきた美少女の白い、うっすらバラ色に色づく頬は、その赤みを増している。
後ろで髪は一つ結びにしてあるが、それでも頭からしたたる水が、女神のような顔を伝う。
永遠に、続けられるはずもない。
いつか、どちらかが裏切る。裏切るつもりがなくとも、サイクルが破たんする。
おそらくは、篠崎瑞が。
現に、今でも、篠崎瑞は、交替のとき遅れがちだ。
20秒交代といいつつ、彼女が息を吸うターンは、相当にゆっくり数えた20秒なのに。
その暗い目は、ときどき罪悪感を湛えて、潜っている美少女の後頭部に据えられている。
一見、引き締まった体躯で体力がありげな瑞だが。
これまでの牢獄生活のせいで、なまっているのか。
実際には美少女より、瑞の方に疲れが見える。
交代が遅れがちなのは、やましい考えがあるから、というより。
単に息が戻りきらないからだ。
──注水、再開。
「なっ、」
目の前では、カタストロフが近いのに。
そんな冷酷な命令が、下される。
耳を疑った侍女は、すぐにバルブを回さず、貴人を見上げる。
(彼女には、この全身を隠した者の正体に疑問があった。
御前様であるはずなのだが、どことなく背格好や話し方が違うように思えるのだ。)
──注水だ。早くしろ。
やむなく、侍女はバルブを回し。
水位がふたたび、増していく。
「!」
破綻が、訪れる。
水位が増したので、単に膝立ちになっただけでは、水面に口が届かない。
息を吸う番は、立って呼吸せねばならない水位になってしまう。
潜る番は、その間、床の鉄の輪ぎりぎりに首を近づけねばならない。
時間がかかりすぎて、20秒では収まらないのだ。
ついに、篠崎瑞は20秒での交替を拒むが。
それでも、水面に口が届かなくなった。
──────
──────
(第三者(吉祥寺 美鷹)視点、8/3木曜日、山荘)
ついに、交替戦略は破綻した。
水面を求めて狂奔するミズキを、美鷹は横目に見つめる。
美鷹は金輪の側に体を沈め、動かない。少しでも酸素を温存するつもりでそうしているが。
ひとつ前の息を吸う番では、ほとんど息を吸えなかった。
酸素不足(二酸化炭素過多)の頭が、ガンガン痛み始めている。
水槽の外からの、貴人の視線を感じる。
おそらくは、彼女たちが苦悶するさまをじっくり眺めたいのだろう、水槽に顔を近づけているようだ。
せめてもの意趣返しだ。美鷹は苦痛を一切表にみせないようにして、その視線を見返す。
束ねてはいるが、それでも長めの髪の端が視界を妨げるように漂うのが、わずらわしい。
この人は、──彼女が間違っていなければ、知らない人だ。でも、変だ。
知らない人のはずなのに、既知の「臭い」を、この人から感じる。
そういうことがありうるとすれば、──人間を、混ぜたように?
ああ、もう、限界だ。
上の水面近くで暴れていた
おそらくは、暴れて早く酸素を使い果たしてしまったのだろう。水を飲んでしまったのだろうか。
苦痛に歪んだ顔、閉じた目。粗末な衣類に包まれた体が、沈んでくる。
(人間は浮くものと思っていたけど、溺死するときは沈むんだ?と、美鷹は新しい発見をした気持ちになった。)
ミズキが沈んだため、鎖が緩み、身を沈めていた美鷹の上体が、浮いていく。
しかし、決して水面に達することはない。首の鎖は、彼女を水中にとどめる。
もう、無理だ。
美鷹は、空気を吐き出した。
わずか数センチ上の水面に、吐き出した呼吸の水泡が、浮き上がっていく。
あの水泡は、自由になれるのか。うらやましいな。
そんなことを、ぼんやりと思う。
息を、吐ききり。
彼女は、体を戻して、水槽の外に目を向ける。
水槽の向こうからの、期待する視線に、笑いかける。
自分の意思に反して、痙攣するようにみっともなく動こうとする体を、無理やり抑え込んだ。
何かを侍女に命じているらしい、早口の声。意味は取れない。
苦しい。頭が割れそうだ。息を吸わないと。──いや、吸ってはだめなんだ。周りは水だ。
私は溺れる。溺れて死ぬんだ。でもまだ走馬灯なんて、みえないな。
短い人生だったな。やりのこしたことばっかり。
もっといろいろ、自由に。
したいことを、すればよかった。
後輩君とか。キス。舌を入れたり。
そうだ、今の私は、サディスティックな後輩君に捕まったんだ。そして鼻をつままれて、口をふさぐようにキスされて。苦しむ私をみるあの視線は、志野君のもので、──。
美鷹は、急速に意識が混濁していくのを感じていた。
貴人が何かをした侍女を咎めているらしい声も、意識にはほとんど入っていなかった。
──────
──────
(篠崎 瑞視点、8/3木曜日、山荘)
気がつくと、水槽から引き上げられ、マットに寝かされていた。
侍女が心配げに、顔を覗き込んでいる。
侍女の顔や上半身の衣服が濡れているのは。きっと介抱された自分が吐き出した水のせいだろう。
「わ"、ごぶっ」
私は大丈夫。もう一人はどうなったの、とそう問いかけようとして、せき込んだ。
体を横向きにして、背中を叩いてくれる。
けふ、こふ、と息を吐くと、まだわずかに残っていた水滴が出る。
水っぽい咳が収まるが、まだ喉がひゅうひゅうとして、声が出ない。
その肩を、軽く叩いてはげましてくれた、
向き直って、背後にいる誰か(美鷹と名乗った美少女だろう)の様子をみているようだ。
──ふむ。途中までは良かったが、最後がな。
水をさされて、いささか興ざめだった。
この際、そこな不届きな侍女には、躾を施さねばなるまい。
そう、金属的な合成声が響き。
──この水槽、いろいろ機能があってな。
水から熱湯にいたるまで、すこしずつ煮立てることもできるのだ。
そうだな、そこな侍女は、──
重苦しい空気。それを平然と破る声があった。
「恐れ入りますが、侍女さまへの咎は、ご無用に。
排水を始めたのは、私たちのことを心配してのこと。
今、私たちが欠けることは、お心に沿わないことではないでしょうか?」
あの子の声だ。あいつ、心臓に毛でも生えているのだろうか。
そう、瑞はいぶかった。