※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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234 衣装箪笥を抜けるように(13)(吉/志)

(第三者(篠崎瑞)視点、8/3木曜日、山荘)

 

 お茶が供された後、準備ができたと言われ。

 新入りの美少女と篠崎瑞は、ふたたび腕を縛られ、目隠しをされて移動した。

 廊下をあるき、扉をくぐり、階段を降りていく。

 篠崎瑞は、数えていた階段の段数や、独特の空気の圧迫感から。

 今、自分たちがいるのは地下の階なのだろうと推測した。

 

 部屋らしい空間に入り、目隠しが外される。

 コンクリート打ちっぱなしの、殺伐とした広めの部屋。

 高めの天井からは、フックや鎖がところどころ吊り下がっている。

 壁には、おそらく人体固定用の鉄環や架、使い方がよくわからない設備がいろいろと。

 このスペースは、拷問部屋に類するものなのだろう。

 

 そしてこの部屋の、中央。

 引き立てられてきた二人の目の前には、巨大な水槽がある。

 2メートル四方ほどは、あるだろう。

 特殊なつくりなのか、みがきぬかれているのか。

 水槽はとても透明で、見とおしやすい。

 まだ水は、入っていない。

 水槽の中央付近の底に、鉄の輪が複数ある。

 

 ──さて、お風呂に入りたいと言っていたね。

 

 お茶会のホスト役だった貴人も、この部屋にやってきていて。

 今は、頭全体を覆うマスクをしている。

 昔の中国の皇帝みたいな上が広い冠(?)から、薄絹で頭全体を覆い。

 体も、体型がわからないように、中国の大人風のゆったりした衣装をまとっている。

 声は相変わらず少し人工的な加工がされている。おそらくは、口元に変声機みたいなものを付けて変換している?

 

 ちなみに美少女は初遭遇時に、貴人に一瞬目を止め、考えるような風情があった。

 おそらく、この美少女はこの貴人に遭遇したことがあるのではないか。

 

 ──そこでだ。

 ふたりで一緒にお風呂は、どうかな。

 裸の付き合いは、きっと君たちの仲を深めてくれる。

 

「──クソが。」

 

 思わず、瑞は口から罵声を洩らしてしまった。

 貴人が、忍び笑いを漏らす。

 

 ──おやおや、気に召さないかな?

 それじゃ、まあ今回は服を着たままでもいい。

 それでは、二人を中へ。

 

 踏み台が用意され、瑞と美少女は水槽の中に入れられる。

 二人の首には、鋼鉄の首輪が嵌められた。

 足首にも、鋼鉄の足錠。これは、短い鎖で床の金輪に繋がれた。事実上、足は1地点に固定され、歩き回ることはできない。

 ほうっ、と横の美少女がため息をついた。顔には憂い。

 何か、この趣向の意味が分かったらしい。

 

「随分、悪趣味な趣向なのですね。

 私たちは、辞退させていただいてもよろしいでしょうか。」

 

 ──そういうわけにも、いかない。

 きっと力を合わせて窮地を耐える経験が、仲を深めるであろうよ。

 

 美少女の辞退は、くつくつと嗤う大人には受け入れられず。

 瑞と美少女は、水槽の床に跪くことを強要され。

 二人の首輪に、鎖が付けられた。

 鎖は、水槽の床の鉄の輪2つに、通されて。

 その両端で、二人の首輪を連結している。

 美少女の長めの髪は、侍女の供した髪ゴムでしっかりと束ねられた。

 二人の手首は、まだ背中側で縛られたままで、はずされる気配はない。

 

 ──さあ、注水をはじめよ。

 冷たい水でなく、ぬるめのお湯で。

 

 そして、その命令により。

 地獄の蓋が、開けられようとしていた。

 

 ──────

 

 ふたりの首輪は、おたがいに鎖でつなげられている。

 そしてその鎖は、水槽の床の金輪を通っている。

 長さは、二人がひざまずき、かつ上体をかるくかがませてちょうど、という程度。

 一人が膝立ちにまっすぐ立つと、もう一人は床に這いつくばることになる。

 そして、そこにお湯が入れられる。

 

 篠崎瑞も、ようやく意味が分かってきた。

 これは。

 

 ──最初は、早めに温まってもらおうか。

 まいら、どんどん注いでやれ。

 

 気づかわし気な侍女がバルブのハンドルをひねると、すさまじい勢いで水が注がれる。

 まったくの冷水ではないが、湯気も立たない程度のぬるま湯。正直、やや冷たい。

 

「ミズキさん。交互で、どうでしょうか。」

 

「──ああ?」

 

 ふたりは今、ちょっと中途半端な姿勢で床に跪き、腰を曲げて前傾姿勢をとっている。

 水はあっというまに膝を超えた。

 

 横目で、美少女をみる。美少女も、見返す。

 やや無理な前傾姿勢なので、少し膝を広げてバランスをとっているようだ。

 白いソックス(靴は履いていない)と制服のスカートの間に露出した、白くなめらかなふくらはぎも、水に浸かっていく。

 

 瑞自身は、囚人用の服を着ている。裸足だ。

 作務衣のような、前を重ねる形の、紺の短衣。

 そして、下半身は前、後にそれぞれ腿の半ばまでの布を当て、それを紐でつないで縛っただけのつくりの簡素なスカート(?)。

 イメージ的には、非常に短い前掛けを前と後ろにそれぞれ1枚当ててるだけ、という感じだろうか。

 構造上、横には当て布がない。ちょっと動いただけで腰の紐部分まで開いて見えてしまう。

 

 その、腰布の裾が水に浸かりはじめた。

 そろそろ、股のあたりに達しようとしている。

 

 このまま進めば、水が口や鼻に達する。

 そのときに、一人が空気を求めてかがめた体を伸ばすと。

 もう一人は、首につながれた鎖で水面下に引きずり降ろされる。

 これは、2人を逃れようもなく争わせようとする仕掛けなのだ。

 

 途中までは、協力できるかもしれない。

 しかし、水位が上がり、──もはや直立しないと空気が手に入らないくらい、上がりきってしまえば?

 考えているうちに、腹、そして胸の下あたりまで水がきた。

 美少女のブラウスが濡れそぼり、下着が透けてみえている。

 

 ──まいら、水を緩めに。すこしずつ。

 そう、それくらいでいい。

 

 水位が胸のあたりに達したとき。

 注水のスピードがゆるめられた。

 しかし、すこしずつすこしずつ、水は上がってきている。

 どうする?

 頭がぐるぐるしてくる。

 

「あなたのお名前、ちゃんと伺ってませんでしたね。

 私は、吉祥寺(きっしょうじ)美鷹(みたか)。」

 

 そんなときに、横の美少女が話しかけてくる。

 パニック寸前の彼女は、思わずまじまじとその顔を見つめ返す。

 美少女はリラックスした、フレンドリーな風情で話を続ける。

 

「ああ、お邪魔しましたね。構いませんか。

 ミズキちゃん、でしたね。

 これから、まもなく水が私たちの口もとまで、上がってくることになります。」

 

 年齢の離れた妹に話すように、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を続ける。

 なんだこいつは。

 

「──ミズキちゃんと私で、交互に呼吸しましょう。

 そうですね、オーバーヘッドもあるので、20秒ずつ、くらいでしょうか。」

 

 美少女の胸上に、水が達する。

 白い夏服のブラウスが濡れ、白いブラが透ける。

 

「鎖を2度引いて、交代の合図にしましょう。

 20秒以外でも、もしどうしても呼吸が苦しくなったら、同じ合図で。」

 

 なぜそんなに、泰然自若としていられるんだ?

 これから私たちは、命をかけて。

 鎖の引っ張り合いをすることになるんだぞ。

 

「20秒、そして合図に2度引く。

 ──わかりましたね?

 それでは、はじめはミズキちゃんにお譲りします。」

 

 かんで含めるように、美鷹と名乗った少女は念を押す。

 水は、まもなく彼女の華奢にみえる肩に達しようとしていた。

 

 ──────

 

 本能的な恐怖で、動悸が早まっている。

 足首は、しっかりと床に固定されている。

 両手首は、背中でまとめて縛られている。

 逃げ道は、ない。

 精一杯、反らした首。そのあごさきに、水を感じる。

 

「それでは。」

 

 その言葉とともに、ざぶん、と美鷹と名乗った美少女が顔を水に沈めた。

 ほとんど同時に、水が口に達する。

 あわてて、美鷹が潜った分、余裕ができた鎖の長さを利用して瑞は背を伸ばし、空気をあわただしく吸った。

 

 美鷹は、水の中に首の鎖で漬けられている。肩を少し超すくらいのセミロングの髪が、ゆらめく。

 

 ──もし私が裏切って、このまま鎖を引っ張ったら。

 こいつは、水を飲んで溺死するんだよな。

 

 もっとも苦しい死に方の一つが、溺死だと聞いたことがある。

 この美少女は、どんな苦しみ方をするだろうか。

 

 ──しかもどのみち、いつかそうなる。

 そうだとしたら、今、私がそうしても、──

 

 くいくい、と2度鎖を引かれて、瑞は我に返り。

 息を大きく吸い込み、次は自分が頭を水に沈めた。

 

 ──────

 

 注水のはじまる前のように、二人が同じ鎖の長さで位置取りすると、完全に頭が隠れるくらいの水位に達した。

 

 ──注水、止めよ。

 

 そう、貴人が命令したので、はらはらしながら事態の推移を見守っていた日土里(ひんどり)舞良(まいら)は、注水バルブを閉めた。

 

 目の前の水槽のふたりは、即席の協定をかわし。

 今のところは、お互いに鎖を融通しあって、息継ぎができている。

 もっとも、ほころびの芽をそこかしこに、みることができる。

 息を止めて水に潜ることは、それなりの身体的・精神的負担を伴う。

 

「──ぷはっ。はぁ、はぁ、はぁ、」

 

 現に、今しも、浮き上がってきた美少女の白い、うっすらバラ色に色づく頬は、その赤みを増している。

 後ろで髪は一つ結びにしてあるが、それでも頭からしたたる水が、女神のような顔を伝う。

 

 永遠に、続けられるはずもない。

 いつか、どちらかが裏切る。裏切るつもりがなくとも、サイクルが破たんする。

 おそらくは、篠崎瑞が。

 現に、今でも、篠崎瑞は、交替のとき遅れがちだ。

 20秒交代といいつつ、彼女が息を吸うターンは、相当にゆっくり数えた20秒なのに。

 その暗い目は、ときどき罪悪感を湛えて、潜っている美少女の後頭部に据えられている。

 

 一見、引き締まった体躯で体力がありげな瑞だが。

 これまでの牢獄生活のせいで、なまっているのか。

 実際には美少女より、瑞の方に疲れが見える。

 交代が遅れがちなのは、やましい考えがあるから、というより。

 単に息が戻りきらないからだ。

 

 ──注水、再開。

 

「なっ、」

 

 目の前では、カタストロフが近いのに。

 そんな冷酷な命令が、下される。

 

 耳を疑った侍女は、すぐにバルブを回さず、貴人を見上げる。

(彼女には、この全身を隠した者の正体に疑問があった。

 御前様であるはずなのだが、どことなく背格好や話し方が違うように思えるのだ。)

 

 ──注水だ。早くしろ。

 

 やむなく、侍女はバルブを回し。

 水位がふたたび、増していく。

 

「!」

 

 破綻が、訪れる。

 水位が増したので、単に膝立ちになっただけでは、水面に口が届かない。

 息を吸う番は、立って呼吸せねばならない水位になってしまう。

 潜る番は、その間、床の鉄の輪ぎりぎりに首を近づけねばならない。

 時間がかかりすぎて、20秒では収まらないのだ。

 ついに、篠崎瑞は20秒での交替を拒むが。

 それでも、水面に口が届かなくなった。

 

 ──────

 ──────

(第三者(吉祥寺 美鷹)視点、8/3木曜日、山荘)

 

 ついに、交替戦略は破綻した。

 水面を求めて狂奔するミズキを、美鷹は横目に見つめる。

 美鷹は金輪の側に体を沈め、動かない。少しでも酸素を温存するつもりでそうしているが。

 ひとつ前の息を吸う番では、ほとんど息を吸えなかった。

 酸素不足(二酸化炭素過多)の頭が、ガンガン痛み始めている。

 

 水槽の外からの、貴人の視線を感じる。

 おそらくは、彼女たちが苦悶するさまをじっくり眺めたいのだろう、水槽に顔を近づけているようだ。

 せめてもの意趣返しだ。美鷹は苦痛を一切表にみせないようにして、その視線を見返す。

 束ねてはいるが、それでも長めの髪の端が視界を妨げるように漂うのが、わずらわしい。

 

 この人は、──彼女が間違っていなければ、知らない人だ。でも、変だ。

 知らない人のはずなのに、既知の「臭い」を、この人から感じる。

 そういうことがありうるとすれば、──人間を、混ぜたように?

 

 ああ、もう、限界だ。

 上の水面近くで暴れていた相方(ミズキ)の動きはもう弱々しく、意図も感じられない。

 おそらくは、暴れて早く酸素を使い果たしてしまったのだろう。水を飲んでしまったのだろうか。

 苦痛に歪んだ顔、閉じた目。粗末な衣類に包まれた体が、沈んでくる。

(人間は浮くものと思っていたけど、溺死するときは沈むんだ?と、美鷹は新しい発見をした気持ちになった。)

 ミズキが沈んだため、鎖が緩み、身を沈めていた美鷹の上体が、浮いていく。

 しかし、決して水面に達することはない。首の鎖は、彼女を水中にとどめる。

 

 もう、無理だ。

 美鷹は、空気を吐き出した。

 わずか数センチ上の水面に、吐き出した呼吸の水泡が、浮き上がっていく。

 あの水泡は、自由になれるのか。うらやましいな。

 そんなことを、ぼんやりと思う。

 

 息を、吐ききり。

 彼女は、体を戻して、水槽の外に目を向ける。

 水槽の向こうからの、期待する視線に、笑いかける。

 自分の意思に反して、痙攣するようにみっともなく動こうとする体を、無理やり抑え込んだ。

 何かを侍女に命じているらしい、早口の声。意味は取れない。

 苦しい。頭が割れそうだ。息を吸わないと。──いや、吸ってはだめなんだ。周りは水だ。

 私は溺れる。溺れて死ぬんだ。でもまだ走馬灯なんて、みえないな。

 短い人生だったな。やりのこしたことばっかり。

 もっといろいろ、自由に。

 したいことを、すればよかった。

 後輩君とか。キス。舌を入れたり。

 そうだ、今の私は、サディスティックな後輩君に捕まったんだ。そして鼻をつままれて、口をふさぐようにキスされて。苦しむ私をみるあの視線は、志野君のもので、──。

 美鷹は、急速に意識が混濁していくのを感じていた。

 貴人が何かをした侍女を咎めているらしい声も、意識にはほとんど入っていなかった。

 

 ──────

 ──────

(篠崎 瑞視点、8/3木曜日、山荘)

 

 気がつくと、水槽から引き上げられ、マットに寝かされていた。

 侍女が心配げに、顔を覗き込んでいる。

 侍女の顔や上半身の衣服が濡れているのは。きっと介抱された自分が吐き出した水のせいだろう。

 

「わ"、ごぶっ」

 

 私は大丈夫。もう一人はどうなったの、とそう問いかけようとして、せき込んだ。

 侍女(まいらさん)は、いいのよ瑞ちゃん、ゆっくり、と声をかけ。

 体を横向きにして、背中を叩いてくれる。

 けふ、こふ、と息を吐くと、まだわずかに残っていた水滴が出る。

 水っぽい咳が収まるが、まだ喉がひゅうひゅうとして、声が出ない。

 その肩を、軽く叩いてはげましてくれた、侍女(まいらさん)は。

 向き直って、背後にいる誰か(美鷹と名乗った美少女だろう)の様子をみているようだ。

 

 ──ふむ。途中までは良かったが、最後がな。

 水をさされて、いささか興ざめだった。

 この際、そこな不届きな侍女には、躾を施さねばなるまい。

 

 そう、金属的な合成声が響き。

 侍女(まいらさん)の背が、緊張でこわばった。

 

 ──この水槽、いろいろ機能があってな。

 水から熱湯にいたるまで、すこしずつ煮立てることもできるのだ。

 そうだな、そこな侍女は、──

 

 重苦しい空気。それを平然と破る声があった。

 

「恐れ入りますが、侍女さまへの咎は、ご無用に。

 排水を始めたのは、私たちのことを心配してのこと。

 今、私たちが欠けることは、お心に沿わないことではないでしょうか?」

 

 あの子の声だ。あいつ、心臓に毛でも生えているのだろうか。

 そう、瑞はいぶかった。

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