タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
第三者視点です。
(第三者(有明りな)視点、8/1火曜日午後、多賀島市内)
「ほらね、恥ずかしがらずに、見せてほしいんだね?」
ガマガと呼ばれた男は、そう言いながら。
ずりずりと、ソファの端。まだ立ったままの彼女に近いところに、にじり寄ってくる。
彼女は思わず一歩下がってしまいそうになり。しかし意志の力で踏みとどまった。
笑顔もがんばって浮かべてみせたが、少しひきつっていたかもしれない。
「お嬢さん。お判りだろうが、これも仕事でね。──失礼」
そして屈強なサングラス男は、丁重に、しかし有無を言わせず。
彼女の両手首を後ろからつかみ(予期はしていたものの、思わず彼女は肩を震わせて後ろの彼をみあげた)、背中側に引いて束ね。
いつの間にか取り出した結束バンドで、手際よく、彼女の両手首、そして加えて親指同士を結び合わせた。
血が止まるほどではないが、肉に食い入る感触。手首を抜こうと動かしてみても、全く緩む気配がない。
ドラマの中で、悪漢に捕らえられた少女探偵として、荒縄で縛られたこともある(実際に縛る担当のADが興奮してキモかった)。しかし本当はこうして結束バンドを使う方が簡単でしかも確実なのかもしれない、と彼女は思う。
「がまんして、声、押さえろよ?
声上げっと、
サングラス男が、わずかに訛ったドスの効いた口調で彼女の耳元にそう、つぶやき。
彼女は、震えそうになる膝をこすりあわせる。怖いわけじゃない落ち着かないだけなの、と自分に言い聞かせながら。
かすかに、部屋の外では客たちの談笑や、カトラリーの響き。
その平和な世界とわずか壁を1枚隔てただけのこの部屋では、人目をはばかる破廉恥な行為が隠微に行なわれようとしている。
(やっぱりこの仕事、ヤバい。
あのクソ変態叔父の愛人になって、後見を受けてもらったほうがよかったかも!)
──そんな後悔が、浮かんでくる。
彼女のお気に入りのAラインの紺のワンピースの裾を、蛙男のぱんぱんにふくらんだ指がつまみ。
ひどく緩慢に引き上げていくにつれ、布が肌を滑る感触に、思わず目を閉じてしまった彼女は。
身をカッと焼く羞恥と焦燥、そして背筋がちりちりするような、(負けず嫌いの彼女が、自分では認めたくない)恐怖となぜか愉悦の入り混じる感覚を覚えていた。
──────
さて、ごく簡単に「彼女のこれまで」を覗き見してみよう。
と言っても、特に読者諸兄にとって目新しい情報があるわけではない。
さきほど、この地でたまたま道案内してくれた朴訥そうな青年に。
問わず語りに、話してしまったとおりでしかない。
かつて業界の寵児だった彼女は、仕事を失い。
親に捨てられ、そして親戚に見放され。
そして、とある組織に拾われた。
制度のバグで、公的には存在しない者と扱われる、追い詰められた人々に居場所を与えてもいて。
単純に、その善悪を割り切るわけにもいかないかもしれないが。
法的にいえば、やはりその組織は違法な行為を業とする犯罪グループの一端であるといわざるをえない。
彼女を拾い、囲い込んだグループ。
その組織、というよりグループが摘発を免れているのは、ひとえにその顧客との結びつきにある。
グループは、数千人にも及ぶ顧客の名簿を整理して有し、管理しており。
その中には、有力な顧客も含まれる。
政治家、実業家に加え、芸能人、大手マスコミ関係者、広告代理店、上級官僚、高度な専門職のような名士から、宗教家、資産家にいたるまで。
その顧客たちすべてが、クズ野郎だ、──というわけではないのかもしれない。
下劣だが力ある要人たちへ接待するため、
ただし、その目的がどうあれ。
顧客たちは、グループが、そして自分たちとグループとのつながりがあかるみに出たら、大きなダメージを受ける。
したがって、顧客たち自身、そして顧客たちの属する諸機関は、グループとのつながりを秘匿するし、場合によってはみてみぬふりをして黙殺する。
組織が直接に各界の有力な顧客たちとのつながりを悪用して力を振るうことは、ほとんどない。むしろ逆だ、
組織がここまで成長し浸透しえたのは、潔癖なまでに顧客の情報を守り、秘匿してきたため。
構成員は、口を割らない。割らせない。
ただ、そのつながりが、間接的に組織の延命に寄与してきたのも事実。
たとえば、顧客名簿がときに司法機関の手に落ちたとしても。
つながりを明るみに出した場合の破滅的な影響のせいで、機関が積極的な調査や捜査を躊躇したり、組織など虚構だということにして握りつぶすことにしたり、というふうに。
もっとも、この組織は。
顧客との長期的関係を重視し、顧客の利益に忠実だといっても、決して善性なわけではない。
秘密を守るためなら、組織の内外の者に残忍で攻撃的な行動をとることも、もちろんある。
巨悪を暴こうととして取材を重ねていたフリー記者が失踪し、数週間後に苛烈な拷問の痕跡を残したその死体が港に浮かんだこともあった。
記者が調査資料をすべて破棄して自殺したものと判断され、捜査は打ち切られている。
ヘマをして捕まった下っ端の構成員や、組織を裏切ったメンバーが不慮の事故や発作で死亡したり、不可解な状況で自殺したり失踪したりすることもよくみられる。用済みと判断された、
その少女、有明りなは、このグループの蜘蛛の巣にからめとられてしまっている。
芸能界にも深くその触手を浸透させた組織は、とあるなりゆきからこの孤立した少女を発見し。
手先を接近させて依存させ、罠に嵌めてその身柄を確保した。
彼女の稚げながら目を惹く美貌と演技の才、そして悲劇的な転落の過去というストーリー性に目を付けた組織は。
将来の稼ぎ頭、ここ一番というときの
他の男娼女娼同様、足抜け防止に金は渡さないし、外とのつながりを禁止するが。
ときには華やかでソフトな接待営業の場に、補助役で参加させて
芸事の師につけ、声楽や舞踊やマナーなどのスキルを身につけさせたりして。
教養の要求される洗練された社交の場にも対応できるよう芸を仕込むと同時に、彼女の承認欲求や向上心を満たしてやってきた。
ちょうど、最後には臓物を抉り抜かれて神に捧げられる生贄が、身を飾り立てられてちやほやされるという、金枝篇の「森の王」や、アステカの人身御供のようなものかもしれないが。
しかし今回、組織は彼女への投資フェイズから回収フェイズへと段階を進めることにして。
不可逆的な献身を、彼女に求めることにしていた。
彼女は今回、グループによって。
ターゲットである(元)政治家から、組織のことが漏れていないか、漏らす意向がないか確認し、必要があれば口止めするのがミッションであると命を受けていた。
ターゲットを篭絡し、緩んだ口から現状を把握するのが彼女の役割であり、それ以上のことは熟練者がする、と組織は彼女に伝え、彼女は盲目的にそれを信じている。
ただ、組織は非情である。確かに彼女に投資はしたものの、それを上回るリターンはしっかり回収する。原価償却してしまった後の彼女の生命や身体、精神の安全など、知ったことではない。
組織には、組織の考えがあり。
それなりの投資をした彼女を、今回だけで使い捨てにする気まではないが。
しっかりとこの汚れた世界に浸らせるための、通過儀礼を経験してもらうつもりでいた。
毛をむしり皮を剥ぎ、肉を食い骨を噛み、骨の髄まで煮だして吸いつくす、──その一歩とするつもりで。
今回のミッションは、いわばこの組織における成人儀礼。
ターゲットである元政治家たちは、しょせん、儀礼的狩りの獲物。
マサイ族にとってのライオン、パプアニューギニアの氏族にとっての鮫だ。
本当の目的は、彼女の精神・肉体におけるイニシエーション。
彼女は、まもなくその残酷な真実を身をもって知ることになる。
──────
ガマガエル似た男は、太った指でそろそろと少女のワンピースの裾を上げていく。
興奮のため、指がわずかに震えてしまう。
思わず目を閉じた彼女の顔に浮かぶ、殺しきれない嫌悪感は、男の下劣な欲望をいっそう焚きつける。
「肌はすべすべだねえ、元芸能人だからだねえ。手が、吸いつくようだね?」
見るだけ、と言いながら。さっそくなめらかな白い腿に指を滑らせ、男が語り掛ける。
聞かれた少女は、──目をうすくあけて、男の興奮具合に、
もっとも、読みが当たってうれしいわけじゃない。逆だ。
全く気の乗らない
「恥ずかしいです、──」
男の興奮を、さらに焚きつけるように。
吐息のように、ささやきを漏らし、体を揺らす。
しかし声を出したことを咎めた背後のサングラス男が、そっと彼女の喉元を指で撫でる。
彼女は、演技でなく恐怖で体を硬直させた。
その無意識の怯えた様子も、蛙男の性欲をかきたてる。
「あー、ほんとうにかわいいね。テレビでみるより、ずっとね。
それに、カタログどおりなんだね。男、知らないんだね。
はやく、じっくり撫でたり刺したりしてあげたいんだね。男というものを無垢な体のすみずみまで、おじさんが教えてあげるんだね!」
「ガマガくん。もうそこはそのへんまででええやろ。場所を考えい。
ここでは、見てチェックするだけや。そこから先は、ゆっくりできるところでしようやないの」
指で引き上げた少女のワンピースの裾の中に、その頭を入れて匂いを嗅ぎ始め。
ふがふがと息を荒くしはじめた、蛙男の様子に。
さすがに見かねたボディガードのサングラス男の目くばせを受けた老人が、苦笑しながら止めに入る。
「え、うん、はい。もちろんなんですね」
ガマガもさすがに止められて我に返ったのか、頭を出し、彼女のワンピースの裾を放したが。
その目の中には、彼女に対する、ぎとぎとと黄色く凝り固まった油脂性の欲望と妄執が
──────
今回は、顔見せと検品。それ以上は組織との協定違反となる。
そう、政治家は蛙男に釘をさし、蛙男も反省の言を述べる。
その後、検品という建前で、その場でくるっと一回転させられたり、腰をつき出した姿勢をとらされていろいろな角度から観察されたり、老人により胸のふくらみ具合を触診で確認されたりなどしたが。
確認終了、チェンジなしと確定して、手首と親指の拘束をはずしてもらい。
今後のスケジュールと派遣条件などを確認し、手付金を少女は受領した。
老人とガマガたちは、少女を同行させず、先に退出した。
少女は、時間をずらして出ることになっている。同席している場を押さえられたくないらしい。
老人たちがいなくなると、少女は気が抜けてしまって個室の柔らかいソファにへたりこむ。
彼女のことを気にかけてくれていたらしい、さっきのバイトのウェイトレスさんが様子をみにきてくれて。
もう用済みの老人たちの分の皿を片し、手付かずのまま冷めてしまった彼女の分の紅茶を熱いのと交換してくれた。
彼女のために用意されていたらしいショートケーキも、まだ手つかずだ。いかにも美味しそうなそれに、昼ごはんを食べそこねていた彼女は吸い寄せられる。まさか妙な薬は入っていないだろう、食べさせてもらおう。
十数分、高級ホテルのケーキとお茶の味を楽しんだ後。
ウェイトレスさんに見送られながら、ティールームを出て。
少女はホテルの廊下を、スーツケースを引くのに少しだけ苦労しながら移動する。
(第一段階は、パスかな。)
彼女は、そう思って安堵のため息をついた。
今回の仕事で、へまをしたら。
昔の顔なじみをお客に取るか、それともちょっと面白いビデオに主演女優として復帰、顔出しで
もちろん、自尊感情が高く負けず嫌いの彼女にとっては、受け入れられるものではない。
身から出た、さびではあるが。
過去に彼女が嫌味を言ったり怒鳴りつけたりした元ADのディレクターたちや、今も活躍してる俳優たちに、落ちぶれたこの身を見られ、嘲られて嬲られたり。
元天才子役というそれなりの知名度で、全国津々浦々まで自分の痴態を知らしめられたり(それも演技ならまだいい。だけど薬で無理矢理、快楽や苦痛を感じてるナマの姿、むき出しの素の自分を、みられてしまうなんて絶対イヤだ)。
(そんなこと無理。舌を噛んで死ぬ。)
そんなことを思う。
ホテルを出て、半ブロック。行く手に公園らしい緑地がみえる。
この後、先に老人とガマガ氏を送り届けた後、老人の使い(たぶん、あのサングラスのボディガードだと思う)が、ホテル近くの、川沿いの公園に自動車で彼女を迎えにきてくれる手はずになっている。
回りくどいことだが、簡単にいえばマスコミ対策だ。
多賀島毎○新聞というところの新聞記者が、今回老人の失脚のもととなった記事を書いたが。
まだ、それとなく老人を監視している気配がある、と言われていて。
外で老人と少女が一緒にいたり、老人邸に少女が入ったりするのを目撃されるのは絶対まずいらしい。
だから老人たちと別々に行動する。念のため。
迎えが来る前に、ポケベルに連絡が入る。30分くらいだろうか、それまで公園ですこし時間をつぶさないといけないだろう。
東京より暑い日ざし。ただ、風はそれなりにある。
川の土手にある公園へ上がる階段を昇りながら、ふと、触られた太腿の感触を思い出して鳥肌がたった。
(ターゲットがあんな人たちだって、わかって。
少しは、良心の呵責が薄れるっていうか。
気が、あまり咎めなくていいわね。)
まだ組織に染まりきっていない、まだ過分に善性や甘いところを残す少女は、そう思いながら。
公園に入り、植え込みの中に佇む、過去の偉人のものらしい青銅像を見上げた。
台座に彫られた書体は、かなり古めかしい。
仕事が入らなくなって時間ができた少女は、学校にはあまりなじめなかったが、熱心な読書家である。文字があれば読む。
「ん?読めないわね。これは、──一意、でんしん?」
「一意専心。ココロの前の字は、旧字だな。」
油断していて独り言を口に出してしまっていたらしい。
突然背後から声をかけられて、彼女はぱっと振り向く。
あの、道案内してくれた青年だ。遠慮がちに、かなりの間をおいている。
待っていてくれたのだろうか?思わず、顔が明るくなるのを感じる。
「あら、いたの。
いいえ、ごめん、待っててくれたんだ?
そうそう、お礼ね!」
「それは、いいんだ。」
財布を取りだそうとする彼女を押しとどめる青年は、ちょっと困ったような風情。
気も弱そうだし、女慣れもしていないのは明らか。
もしかすると、人前で声をかけるのが恥ずかしくて、後をついてきたのか。
「その。ちゃんと話できたかな、と思って」
待ってたわけじゃないんだ、ちょっと気になって引き返したら、後ろ姿が見えたんだ、とかなんとか言ってる。バレバレの照れ隠しだ。
「上手くいったわ。あなたのおかげね、ありがとう」
確かに、今までだったら遅刻を詫びもせずに悪印象を与えていたかもしれない。
今回に限っては、まあ大丈夫だっただろうけどな、と思いつつも。
苦労して辛酸をなめ、頭を下げることも覚えた彼女は、青年にきちんと礼を言う。
「だから。前金も、もう貰えたの!
良かったら、──」
道案内は助かった。それになぜか彼女はこの青年に惹かれるものを感じていた。
彼女のこれまでの世界の常識では、誠意とはお金のこと。お金がないと人は簡単に離れていく。
だから心づけで誠意を示し、歓心を買って引き留めたい。
そう思う、彼女だったが。
「いや、お金はいいんだ。ただ、」
青年は、お金を受け取ろうとはせず、しかしなにかもごもご言っている。シュザイがどうのこうの。
お金以外のものを、求めている?
お金以外に、人をつなぎとめることができるものは、──あ、あれか。
きっと、この青年は。
彼女の体に、関心があるのだろう。──見る目、あるじゃないか。
彼女は、そわそわしてこちらを気にしつつ直視しないようにしているという、意味不明な行動をしている青年をあらためて眺める。
まあ、外見は地味っていうか普通。だけど特にまずい顔でもないし、短くした髪や手入れに気を使ってきちんと爪をきっている手からは、清潔感が漂う。
服もこざっぱりしてる。でもちょっちダサいな、私ならワイルドな感じにちゃんとコーディネートしてあげるのに。
あと線が細めだが、意外に肩とか腕とかに筋肉があり好印象。真面目な剣道部員って感じ?この手の男の人、好きな子もいるだろう。
まあまあじゃない、と格付けし終わる。嫌悪感は感じない。むしろちょっと初心なところが、そそるな。揶揄って、ふりまわしてみたい。
さて、お礼はどのくらいかな。
売れなくなった頃に、よくプロデューサーや監督に対してやらされたみたいに。
胸を見せて揉ませたり、脱いで膝に乗ってさわらせたり、とかくらいかな?
まあちょっとサービスして、口か手で抜いてあげてもいいかもしれない。
でも、どこで?と考えて。
少し、顔に血が上る。今ここで?さすがにない、ない。
「わかったわ。サービスしてあげる。
ただ、今ここで、と言われても困るんだけど」
「あー、そりゃそうだよ。
あらためて、連絡するよ。会ってほしい人がいるんだ。
連絡先、もらってもいいかな?」
え、積極的。
会ってほしい人って、ご両親かな。だよね、ちょっと行きずりの女なのに、アンタ初心すぎない?
──まあ私、誰ともつきあえない身の上だけど、一応フリー(笑)だし。
ちょいとお姉さんが遊んであげよう。ただ、仕事にさしさわりがないように、ちょっとだけ。
あまりマジにさせたらかわいそうだし、あくまで行きずりの関係。軽く、気持ちよくしてあげるだけ。
服装とか改善したらすぐ彼女もできて、そして私のことは忘れるでしょ。
そんな風に、彼女は思う。
これまでの彼女の人生は極端すぎて、彼女の知る異性のタイプは、だいぶ偏ってる。
そこにあまり遭遇しない、普通の誠実な男の子(と彼女は思っている)に接し。
まあまあタイプだったのもあって、自分がテンパっていることに、彼女は気づいていない。
だいたい、相手が彼女に頼んでる内容もあまり耳に入ってない。人の話を聞かない彼女の悪い癖を、組織も矯正できてなかった。
「あー、まー、いいけど。すぐは返せないかも。ほら私、忙しいし。
ベル番、教えとくね。カタカナ表示できるから、ベル打ちしてね?」
──2つ持ってるポケベルのうち、私用のベル番を教えることにする。
今では誰もメッセージを送信してこないけど。
彼女が見栄を張って乏しい手持ちのお金から基本料金を払って維持してきたやつなのだ。
「ごめん。僕は携帯電話もポケベルも持ってないんだ。でも、家の電話なら。」
──メモしておくと、私がマズったとき、この子に累が及んでやばくない?
そう、彼女は思う。
「ありがとう。覚えとくね。大丈夫、覚えるのは得意。」
でないと、長い台詞とか覚えられないよ、といい。
目の前で暗唱してみせる。青年も安心したようだ。
「じゃあ、頼んだ。またすぐ、連絡するよ。」
──自分がミッションで多賀島に滞在している間だけの、遊びの関係。
でもなんか気になるな、この男の子。
そう、彼女は思う。
「よかったら、ときどき話、させてよ。
時間あったら、こんど掛ける。貴方も、別に送ってくれていい。
すぐ返せるかどうかは、わからないけど」
私用のポケベルは、あいつらに色仕掛けする間は別の場所に置いておくか、ミュートにしておけば大丈夫。
そう、彼女は思う。
「ありがとう」
青年は、ほっとしたようだ。
青年も彼女に、気があるにちがいない。
まったく私も罪よね。見てくれだけはいいって、私を嫌って干したプロデューサーにも言われたし。──と、彼女は思う。
黒塗りの外車が来るのが、みえた。。
「迎えが来ちゃった。ごめん。
じゃあね。絶対よ、絶対。連絡して」
「うん。それじゃ。」
青年は空気を読んで、あたかも彼女とは関係ないような顔でふよふよと公園を遠ざかっていく。
迎えの車が、公園横に止まり。
助手席から、あの強面のボディガードが出てきた。どうやら、彼女の戦場に行くときがきたようだ。
彼女は、猫をかぶりなおし。
あたりを見回して監視がないか確認し、彼女にあごをしゃくってみせたボディガードに頭をさげ。
待たせないように、スーツケースを引いて駆け寄っていくのだった。