タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(第三者視点)
「この中に?」
「
黒塗りの高級車、三芒星のエンブレム。300Eか、なかなかね、と彼女は思う。
しかしその後部座席に入ろうとした彼女は、乱暴に腕を引かれてよろけ。
トランク(後部の荷室、ラゲッジスペース)に入れと言われ、思わず憤慨した声を出してしまった。
「困るわよ、だって──「ああ?」──、はい」
有明りなも、言い争うつもりはなかった。
ただ、ついわがまま放題が許されていたときの癖で、口が出てしまったのだ。
相手はこれからお世話になるかもしれない相手だ。その不快を買うことは避けたい。
いつもながら、自分の愚かさに嫌になる。
「ごめんなさい。はい、入るわよ。よいしょ、っと」
高級外車であろうともトランクは、狭く暑い。しかも、後から彼女のスーツケースも乱暴に押し込まれる。
抗議しようかとも思ったが、口を閉ざす。
注意も何もなく、無言でトランクリッドが落とされる。ばあん、という音に耳が一瞬聞こえなくなった。
(私。この人たちにとっては見下して当然の賤業の女、ってことなのね)
唇をかみしめる。家庭崩壊後の数年の経験で、こういう屈辱にももう慣れてきたつもりだった。
高級車のトランクルームはそこそこの広さがあるが、工具箱が入れてあったり、彼女自身のスーツケースも入れてあったりで、彼女が手足を伸ばせるほどではない。
車が発進する。側道から本道に出るためにだろう、急停車気味に車が止まり、スーツケースがずれてきて彼女を圧迫する。進む方向が、ぐりゅっ、とかわり、平衡感覚が狂って気持ちがすこし悪くなる。
みじめな暗闇の中、思い出したくもない記憶が泥水のように染み出てくる。
──────
組織には、言いたいこともたくさんあるが、基本的には感謝している。
この組織が拾ってくれなければ、彼女への性欲を隠そうともしない、いやらしい父方の叔父に引き取られるところだったし。
それが嫌だからといって引き取ってくれる家はなく、宿なしになり、毎日、辻立ちして男の袖を引かないといけない境遇になるかもしれなかったのだ。
組織に入っても、将来的にはコールガールをやらされるだろうと聞いて、嫌な気持ちにならなかったわけではない。
ただ、後で組織の一員だということがわかった、マネージャーの彼は。
彼女の言うことを聞いてくれて、甘やかしてくれた。まるであの幼少の、栄光の日々を思い起こさせるように。
それを失うのが、何より有明りなは怖かったのだ。もう、彼がいなくなってしまったら、誰もみてくれないかもしれないかもしれない、と。
仕事を干されかけた彼女に、彼が汚れ仕事、いわゆる枕営業の話を持ってきたときもしぶしぶ乗った。
本番はナシ。でも脱いで、触らせて、抜くまではする。
大根おろしのように、彼女の自尊心は削られていった。
それでも彼女への逆風はおさまらず、かえってその悪い噂が回った。
ついには彼女を使ってくれていたところも、使うのをはばかるようになる悪評となる。楽屋までの廊下を歩くと、ひそひそと陰口、忍び笑いが起きるほどに。
演技はできる。でもADに怒鳴り散らすわがまま娘、共演者との人間関係を壊し、枕営業でプロデューサーや監督に脚を開く最悪のビッチ。
そういう烙印を押され、彼女は芸能界を追い出された。
(本当は、おかしい)
よく考えると、その話があんなに業界に流れたのには不審なところがある。
だが当時、そのマネージャーを信じていた彼女は気づかなかった。
今も、信じたくない。もしかすると、──
(少なくとも○○監督とのことが漏れるのは、あいつしかいないはず)
──もし、あいつ。あのマネージャーが漏らしたのなら。
いや、なんの意図があって?
彼は組織の一員だった。もしかすると、私を嵌め
(やめよう。今は、彼だけが私をみてくれる人だし)
彼女は、無理矢理思考を停止させる。
自分で自分の指を噛む。きつく、痛く。歯形が残るどころか、骨がきしむほどに。
(全部、私が馬鹿だったから。それに、今でも彼は私をみてくれる。それだけでいい)
──だけど、彼は最近あまりポケベルに連絡をくれない。
この前なんか、私の名前を間違え
(やめ!
別の、もっと愉快なことを考えよう)
たとえば、今日道案内してくれた彼のこととか。
一見、無表情で感情が読み取りにくい彼であるが。
ドギマギしたり困惑したりしていた様子を思い出し、思わずクスリと笑いが漏れる。
彼が教えてくれた電話番号を、飴玉を転がすように頭の中でころがす。
(これからあのおじいさんのおうちに行って、私は、──いろいろするのよね。
外に出て、電話なんかできるのかしら。そのおうちの電話を借りることになる?
実働で私のフォローに人がきてくれるはずだけど、その人との連絡も。
ポケベルで連絡は受けられるけど、こっちからは?)
質問したが、はぐらかされてしまったところだ。現地で、自己判断ってことか。
今回は(いや、今回も?)いろいろ、指示が足りてないが。
自分を一人前とみて信頼してくれたんだ、と思おう。そう、彼女は思う。
(それにしても、暑い)
ラゲッジルーム(荷室)は、危険なくらいの暑さになりつつある。
しかも段差に乗り上げたのか、サスペンションでも殺しきれない衝撃と動揺が伝わってくる。スーツケースからの圧力に、彼女は眉を顰めた。
(びちゃびちゃになっちゃうじゃない。
着いたら、シャワー浴びさせてくれるかしら?)
まだ道は遠いのだろうか。
不快な暑さの中、彼女はまた悶々と思いにふけるのだった。
──────
とても長く感じたが、おそらく30分もたっていない。
坂を上る気配、曲がりくねった道を行く気配(彼女は、少し気分が悪くなった)、そしてきゅっと曲がる気配。
軽い段差を超え、一度車が止まる。
そして、ガラガラと音がしている。そしてまた車が動き、またとまる。ガラガラという音。
(スライド式のゲートを、ひらいている?)
彼女の推測は正しかったらしい。自動車のエンジンが止まり、ドアが開閉する音。そしてようやく、トランクリッドが開く。
「おら、出な。」
愛想のない言葉。ただ、トランクは取り出してくれた。
「ありがとう」
彼女は苦労して、不満を述べるばかりだった年頃とは見違えるように成長している。
サングラス男は彼女に好意は持っていないし、結構酷い扱いもする。
ただ、それでも。本当の最低限の扱いよりましな扱いだ、と彼女はトランクから自力で這い出ながら、自分を慰めた。
多賀島市の中心部から戌亥(西北)にあたる部分に、砦山という丘がある。
山頂と市街地側の半分は公園となっているが、残り半分ほどは高級住宅地になっている。
市部の中心部に近くしかも緑の多い環境が好まれ、現在でも公共交通の便は悪いが、富裕層はここに広大な邸宅を構えていたりする。
老人の家も、そのような邸宅の一つだった。
「大声を出すな。叫ぶな。いいな?」
「はい。」
基本、この強面の男には逆らわないようにしている彼女は、従順にうなずく。
まずは顔みせだ、と言われ、彼女は汗みずくの服を整える間もなく、連行されていく。
──────
邸宅は、和洋折衷的なつくりになっている。
もと子爵邸だったという旧家が拡張、改築されていき、近代的な設備も設けられたものらしい。
この邸宅は平地に立っているが、起伏の激しい傾斜地に取り囲まれていて、近くには人家はない。
当然、公衆電話のようなものもあたりにはないようだ。彼女は意気消沈した。
彼女は、昔の下女部屋に置かれることとなる。台所など水回りのある部分から2階に上がる階段の先に、4畳半の部屋がある。屋根裏がなく、屋根の斜面が部屋の内部から観察できる。かろうじて旧式のクーラーがあり、彼女はほっとした。
トランクをその部屋に置き、部屋をひととおり案内される。彼女も、配置を頭に叩き込む。
大きな立派な玄関は、政治家として来客も多いためだろう。この玄関のすぐ横に下男部屋があり(今でもいるんだ、と彼女は感銘を受けた)、5、60くらいの痩せた壮年の男が住んでいる。4畳半くらいの畳敷きの部屋と、土間があるが、土間と部屋とは薄い障子で仕切られているだけなので、冬は寒そうだな、と彼女は思った。
男は、タスケと呼ばれている(苗字か名前かはっきりしない)。園丁を兼ねている。挨拶しても茫洋としていてあまり反応がない。
家政婦あるいは女中の女の人が、食事の用意や掃除のため詰めている。朝から昼過ぎまでは60過ぎの女性が、午後から夜は別の女性が担当するらしい。
午後と夜の当番の女性しか現在はいなかった。少し色っぽい感じの40台くらいの胸の大きめな女性で、おそらくはあの政治家のお爺さんのお手付きなのではないか、と彼女は想像した(なお、彼女を紹介されると、敵意のこもった視線がこちらに向かってきた。怖い)。
政治家の老人(葉良先生と呼べ、と言われた)の本妻は、現在は別居中らしい。
葉良先生には、男性の秘書がいる。この秘書さんもこの家に部屋があるが、泊まることは少ない。
年のころは40歳手前くらいだろうか。小芽津(こめつ)さんという名前だ。街中に事務所があり、昼はそちらで仕事をしている。運転手を兼ねていて、今日、運転してつれてきてくれたのはこの人だ。
挨拶すると、ゴルフ焼けした好色そうな顔で男性経験を聞かれ、脇を突っつかれた。
サングラスの男は、砂土原(さどはら)という。下の名前は教えてくれなかった。
第2秘書という建前だ。デスクワークはあまりせず、主な役割はボディガード兼運転手らしい。暴力的な雰囲気、あまり堅気そうな感じではない。
彼女は警戒対象らしく、好意は持たれていないし、軽蔑しているのかぞんざいにあしらわれることが多い。
だが、特別につらく当たるというほどではない。それくらいなら耐えられる。
「葉良先生は、新聞に狙われているんでな。
だから、座らせるわけにいかんかった。」
汗みずくの彼女を見かねてか、車のトランクに入らされたわけをそう教えられた。
政治家の葉良先生は、とある悪辣な新聞社に不祥事をすっぱ抜かれた。このうえ、失点を重ねるのはまずい。
要は、彼女がここに入る車に座っているところを撮られたら、買春の事実がバレてまずい、ということらしい。
「みんな、そのくらいはやってるだろう、ち思っとんのよ。
だから見えないところでやってるぶんには、掘り返して文句言う奴ゃ、おらん。
だがな、新聞やらなにやらでみせつけられると。そりゃあ、あかんいうことになるからな。」
不祥事って、なんだろう、と彼女は思った。
そんな疑問を見透かすように、砂土原は声を低めていう。
「──そのへまをやった、若社長が今はこの家に戻ってきとる。
お前のことを気に入って呼んだんは、あのカエルと若社長や。」
──ということは、クビにならないためには、その二人に気に入られないといけない。
ただ、ミッションのためには老人との接触の方が重要だ。
なかなか前途多難だ、と彼女は思った。
──────
「どうだ、部屋は気に入ったか。」
「はい、良くしていただきありがとうございます。」
一通り案内され、「若社長」以外の人には面通しさせられた彼女は、葉良先生の書斎に呼ばれていた。
よく磨かれた黒檀の机。土木関係の図面が散らばっていたりする。仕事の関係だろうか。
ただ、本棚には回春関係の書籍が並んでいたりするのを彼女は目の隅で確認した。
「側仕え、昔で言えば腰元ということになるがな。
話は聞いているか?」
「はい、身の回りのお世話と、芸で皆様を楽しませること、と聞きました。」
「ああ。それとシモの世話もな。
シモの世話といっても、おむつやないぞ?」
これは冗談らしい。彼女は失礼にならない程度に笑った。
葉良先生も、ウケたと知って満足そうだ。
「もう一人、別の候補もおったがな。
竜神村に、取られてしもうた。」
私はこの老人の趣味じゃない、ってことね、と彼女は再確認する。
ミッションのためには老人に近づかないといけないので、微妙なところだ。
竜神村というのはよくわからないが、きっとこの葉良先生のような有力者がいるのだろう。
「だがな。貧相な体と思うておったが。
なかなか、いいものを持っとるやないか。──ほれ、来い。」
また、胸を服の上から触られる。笑顔、笑顔。
だが、首元から手を入れられると、思わず表情と体が固くなって。
「大きさは足りんが、味付け次第で楽しめそうだな?」
あからさまな性欲にはちょっと引いてしまいそうになるが、ミッション達成のためには悪くない。
彼女は「どうぞまた、お試しください」と明るい声で言ったが、首元から侵入した老人の指が乳首をはさむと、体が硬直して、鳥肌が立つのを覚えた。
しかし、そんな彼女の反応を。
「お前の上とは話がついてる。お前がいいといえば、いいそうだ。」
彼女は、絶対いいなんて言うもんか、と思ったが。
顔ではにっこり笑って「そうですか」と返した。
──────
「24時間だ」
葉良先生との疲れる会話を終えると、砂土原が女中部屋に案内してくれた。
彼女がどの時間帯に詰めていないといけないのかと聞くと、砂土原はそう答えた。
それは困る。電話とかはどうすればいいのだろうか?
「そうだな。
葉良先生は、午前中から午後早くは、外に出ていらっしゃることが多い。」
彼女が側に仕えるため派遣されたといっても、それは建前。
実際のところは、葉良先生やその周囲の人々の性的欲望を満たす玩具である。
だから、夕方から夜の時間帯はお呼びがかかるだろう。
他方、それ以外の時間帯は、たいした仕事はないはずである。
議員を辞職して時間ができた今の葉良先生は、自分がオーナーである会社に行ったり、支持者のもとを回ったりしていることが多い。その時間帯は、ほぼ確実に自由時間となるだろう。
「ここから最寄りのコンビニまででも、歩くと小一時間かかる。
だいたい、お前を記者に撮られたら困るから、出すわけにいかん。必要なものがあれば買って来ちゃる。」
「電話は、使ってもいいんですか?」
「2回線あるが、公用の電話は使うな。台所にある御用聞き用の電話は使ってもいい。長電話はするな。」
ただ、やはり全く家から出られないのは困る。
そう言うと、砂土原は苦り切った顔で言った。
「──俺が言ったと、絶対言うなよ。
この家の裏手をくだると、そのまま公園の崖地につながってる。
細い山道がある、それを伝えば下の町にいける。
ただな、女の足で行けるかわからん。タスケが、ちゃんと道を手入れしているかどうかもわからん。
表庭は、道路から見えるかもしれん。できるだけ出るな。
何か問題があったら、お前のせいだ。そのツケ、体で払わすからな。」
彼女は、もちろん問題は起こしません、と言った。
──────
タスケの年齢は不詳で、話をしてもあまり意味のある返事は返ってこなかった。
もごもごと、裏道はある、マムシに気をつけぇ、と言ってくれたので、使ってもいいということだろう、と彼女は解釈した。
ただし土の傾斜路だとヒールはもちろん、ローファーでも無理だ。しっかりとした靴が必要だろう。
荷物に入れてきたスニーカーで、大丈夫だろうか。
部屋に戻って荷物を開いて、どんぐり(ぶたのぬいぐるみ)を抱きしめてエネルギーをチャージし。
派遣期間(1か月くらいではないか、と組織のマネージャーから言われていた)の間、生活するために配置していると、階段を上ってくる音がした。どんどん、と叩かれたので、はい、と答える。
「あんたね、あいさつ遅いんじゃないかしら。」
険しい視線。午後を担当するという、家政婦の女の人だ。
「やっぱり、男に尻をふるしか能がないから?」
「はい、申し訳ありません」
お腹にぐっと熱い怒りがこみ上げかけたが、ここは引くべきだと彼女は判断した。
色仕掛けが効く男性と異なり、女性との間にわだかまりがあると禍根が残りそうだ。
素直に謝り、たまたま座り込んでいたので正座をして、なんなら掌を畳について頭を下げる。
すこしたじろいだ気配があった。
「ああ。いやね、これから一緒に暮らすんだし。
ちゃんと言ってくれなきゃと思っただけよ。」
「ごめんなさい、
名前は、さっき引き合わされたときに聞いて覚え込んでいる。
「お聞きのとおりで、あまりまともなお仕事ができる力がないのですが。
お手伝いなども、あったらおっしゃってください。」
それとなく、相手の領分を侵犯するつもりはないことも申し添える。
「あ、あはは、いや、それは大丈夫よ。
ただね、」
40台にみえる彼女は、寡婦である。
(年齢は言わなかったが、40くらいでしょうか、というと喜んでいたのでそれより上だろう。)
はっきりは言わなかったが、やはり葉良先生のお手付きのようだ。
胸が大きいので、まあ、そういうことなのだろう。
「ちょっと嫌な言い方でごめんなさいね。
次に来る子が、ちょっと性格がどうだって話があって。」
ほうほう。
ただ、それは先ほど葉良老人が言っていた、他にとられたとかいう人ではないのか。
「そうなのよ。その人はなくなったって聞いて、でも、次の子ももしかしたら、と思ったのよ。
でも上手くやっていけそうで、よかったわ」
どうやら、敵認定は避けられたらしい。
こんなとき、以前だったら思わず突っかかって敵を作ってしまっただろうな、と彼女は思う。
午前に来る女の人はかなりの年増らしく、話も合わない。
中年の女の人にもれず、かなりのおしゃべり好きだと判明したチヤキさんから、有明りなは多くのことを学ぶ。
(ちなみにチヤキさんの上の名前は、
「それでね。
あの葉良先生は、まあその、『ばいん』とした、おっぱい大きい子が好きなのよ」
チヤキさんみたいに、ですか?と聞くと、嫌ね、と言いながら喜んでいる。
それなりに葉良先生との関係は悪くはないらしい。ただ、愛情みたいなのは全くないようで、冷めたところもある。
「葉良先生もね、しつこくて!──歳だからもう1回しか出せないけど、ずうっとしつこく焦らそうとして。つきあってあげるのも、大変。
まあ、それはいいのよ。
ただね。あのお坊ちゃん」
「若社長、ですか?」
この家にいるというが、まだ姿を見ていない。
「そう。馬鹿坊ちゃん。本宅じゃなくて、ほら、あっちの増築した方に、いつもはいるの。
──あれは、まぎれもない変態よ?」
声を低めて(日本家屋は、音が漏れやすいのだという)、チヤキさんは力説する。それによると。
──坊ちゃんは、頭は悪くない。ただ、嫌味っぽい話し方をする。
でも会社を潰してしまいそうになっている。新聞で書かれて、すごい問題になった。
東京じゃあまり話題になっていないのなら、まだ見込みがあるのかもしれないけど、そこが潰れたらこの家も潰れるかもしれない。
そしたら転職しないといけない。小金を貯めたので一杯飲み屋でも開こうかと思っている。
その話はともかく、坊ちゃんは本当の変態であり、同じく少女好きの気持ちわるい変態仲間とつるんでいる。
「アタシ、あんまり変なこと言いたくないけどね。
ちょっとアナタ、あんまり
そこで、下から声がかかった。
「おい、いるか?」
どうやら、呼ばれているらしい。
この階段の上に呼びかけているので、有明りなに対してだろう。
「はーい、サドさん、りなちゃんはいるわよ。
ちょっと待ってー」
代わりに、チヤキさんが答えてくれて、二人で階段を降りる。
下には砂土原が待っていて、「若社長にあいさつだ」と告げる。
ほら、大役ね。今日はちょっと夕ごはん豪華にしとくから、と言ってくれたチヤキさんに礼を言い、彼女は砂土原に伴われて、縁側の廊下を歩く。
「何か、聞いたのか?」
砂土原が問いかけてくる。
「はい、いろいろと勉強になりました。
若社長は、若い方が好みとか。」
「ハハハッ、物は言いようだな」
砂土原が失笑した。この人は怖いが、木石ではないようだ。
母屋の濡れ縁の廊下を進み、より新しい離れへの渡り廊下につながっている。
渡しの廊下には、屋根はあるが壁がない。夕方で、出てきた風にそよそよと竹林がそよいでいる。
「『お若い』じゃねえんだ。
若社長のな、部屋にはな。
最近、東京の方でつかまった連続少女強姦殺人事件の犯人みてえな、変態的なビデオが山ほどある。」
そんなぞっとしない話を彼は低い声で彼女の耳にささやく。
「それでよ。試したいんだとよ、それと同じことをよ。
──ほらよ、こっからはおしゃべりはナシだ」
そんな気になる一言を最後に、彼女は引き渡された。
──────
離れの1階にある応接室は、きちんと丁寧に掃除されている。
そのソファセットの向かい側に座る、カマキリに少し似た神経質そうな容貌の男。
年齢は40くらいか、確かに頭はよさそうだ。ぴったりと神経質に撫でつけられたオールバックの髪。
やせた顔立ちと体型だが、腹だけ出ている。
「これは面接だ。
志望動機と、自分のセールスポイントを述べるんだ。」
丁寧にあいさつした彼女に向かって、彼は名乗らず、そう言い放った。
まだ座れ、と言われていないので、彼女は立たされたままである。
もっと近寄れ、と言われて、落ちつかない思いをしながらも、彼の前、1メートル弱くらいの距離に立つ。
そして自分の一般的に知られた名前(有明りな)を述べ。
得意なこと、たとえば演技や演奏できる楽器、歌やダンス、話せる外国語などについて述べる。
「ノン、ノン。足りないな、足・り・な・い。
君がここに来たいと願った、その志望動機を述べるんだ。」
彼が前かがみになり、膝にひじをつき、顎を支える姿勢をとる。眼鏡に光が反射し、目元を隠す。
彼女との距離が縮まり、彼女は一層プレッシャーを感じた。
志望動機って? 組織に命じられてここにきた。それがすべてなんだけど、と彼女は困惑する。
「正しい答えなら、ご褒美を与えよう。
誤った答えなら、罰をあたえよう。」
彼が補足する。
「正しい答え」か。まずは、真実のことをオブラートに包んでみよう。
「私は、いろいろな方に恩があります。
その恩を返、──痛っ、」
学校の教師が持つような、竹の
隠し持っていたそれを、彼はためらいもなく立ったままの彼女の太腿あたりに振りぬいた。
ぴしり、と音がするくらいに強く。
「よくない答えだ。
もっとよく考えて、具体的に答えることだ。」
そう言われましても。
ひりひりとした外腿の痛みを感じながら、彼女はさらに思考をめぐらせる。
もっと具体的に、って。具体名を挙げよということだろうか。
「私は、私を救ってくれたマネージャー、──くっ」
ぴしり。
逆の足の外側を打ちすえられる。さっきより強く。
カマキリ男が腕を伸ばした。思わず彼女は、身をすくめる。
「ほら、ここに脳みそがあるだろう。
キミみたいな下賤な女でも、一応は」
伸ばした腕に持った棒で、側頭部をつつかれる。
「そしてここに、ハートがある。」
棒で、胸をつつかれる。執拗に。先端部を狙ってる、と彼女は感じ、近くに当たった時に、わざとびくっとして息を飲んでみせた。
彼は、満足そうにうなずいた。ちょろい。
「ほら。冷たい脳みそと熱いハートで、続けるんだ。」
彼女は、理解した。
これは、本当の意味で志望動機を聞きたくて聞いているのではない。
彼が望む答えを言えない彼女を、彼が罰し、いたぶるというゲームなのだ。
彼が望む答えを、考える。
それは、恥ずかしいことを彼女に言わせたい、ということではないだろうか。それならば。
「──お客様にお仕えしたいです。そして、満足してほしいです。」
思い切って、そう言ってみる。
「ほう。良くなった。でも足りない」
今度は、打たれるのではなく、ニーハイの靴下をはいたふくらはぎの外側を棒が撫でた。
打たれるときの痛みを思って、体がびくっとしてしまう。
「──お客様にお仕えしたいです。そして、気持ちよくなってほしいです。」
「いいじゃないか。もっと具体的に」
こんどは、棒が脇腹のあたりにさしこまれ、撫でられる。彼女はびくっとする。
しかし、思い切ってまるで詩を暗唱するときのように、腕を後ろに回して胸を張ってみせる。
まだ小さいが、形はよいと思っている胸を、強調するように。
「お客様にお仕えしたいです。私のサービスで、気持ちよくなってほしいです。」
「いいね。キミのセールスポイントとの関係は?」
眼鏡が光る。
「お客様にお仕えしたいです。私の歌や踊り、そして私のサービスで、気持ちよくなってほしいです。──あっ」
軽く、ぴしりと腰の外側を打たれた。
そして、ワンピースの裾に棒が差し込まれ、ずりずり、と引き上げられ。
太腿の内側、付け根のあたりに、棒が差し込まれる。ぐりぐり、と擦られ、彼女は顔が熱くなるのを覚えた。
「もう少しで正解だ。でも、ほら、何のサービスのためにキミはここに送られたのかな?そして、私は誰だ?」
彼女はヒントを受け、考えをまとめ、そして答えた。
「私は若社長様にお仕えして、私の歌や踊りを、みていただきたいです。
そして私の体を使って、気持ちよくなってほしいです。」
こわごわ、と彼を見る。
「及第点だな。足りないところもあるが、まあいいだろう。」
若社長は、満足げにうなずいた。
下司野郎め、と彼女は思った。
──────
若社長は、続いて、彼女の体をべたべたと触り。
胸に手を当てたり、コンパスのような道具で胸のカップの大きさを測定したり。
彼女にワンピースのスカート部分をめくりあげさせ、太腿の付け根の太さを巻き尺で測ったり。
妙なポーズを、取らせてみたりと。
彼女に意味不明で屈辱的なことをして、一応、満足したようだった。
彼女はようやく、ソファに座ることを許してもらえた。
「キミはもう、会ったと思うが。」
彼は、ソファに座った彼女の脚の間、短めのワンピースのスカートの裾の奥に視線を注ぎながら言う。
「僕の刎頸の友に、ガマガという漢がいる。
彼もまた、僕の同好の士でね。
キミは僕と彼の玩具だ。そう思って、せいぜい心を込めて仕えるんだ。
さっそくだが、今日もサービスをさせてやる。夕食後に、また来い。」
彼女は職業的な責任感から笑顔をつくり、心からお仕えしたします。伺います、と答えた。