タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
「来たか。そこへ座るんだな」
「はい」
夕食前、ちょっと気持ち悪い面接を受けた離れの応接ルーム。
有明りなは入浴後、「若社長」と呼ばれている葉良先生の息子に呼び出されてここに来ていた。
念を入れて顔を洗い、髪も2回洗い直したが、まだ汚れが残っている気がしてならない。
(ちなみに水も飲んで、喉に指をつっこんで吐いてもみた。
気のせいレベルなのだろうが、半ば消化された食事の残りとともに悪臭を放つわずかな白濁液を出して、少しすっきりした。)
部屋着としている、ごく質素な開襟のパジャマシャツと、膝上のゆったりしたショートパンツ。
そこから出ている彼女の脚を、じっとりとカマキリの視線が舐める。
居心地が悪い。腿の間が見えているのではないかと疑い、彼女は揃えた膝の向きを変え、それまでと逆方向に脚を流しなおす。
若社長が、ちょっとイラついた表情を浮かべる。
「そんなに、俺に見られるのがイヤなのか?
お前も、俺みたいなヒョロガリ男なんて男に思えない口だな?」
「いえ、そんなことないです。
若社長さんも、かっこいいと思います。」
注目を浴びることは、好きだ。みんなに自分の演技を見てもらいたい。かわいい、と言ってほしい。
ただ、この若社長には、危険性を感じる。
彼女の手足の付け根あたりを見る視線にときおり混じる、嗜虐的な色にぞくっとする。
それは別として、若社長はカマキリに印象が似ているが、特に不細工ではない。
彼女の好みではないが、苦み走った、と表現する人もいるだろう、鋭角的な顔つき。
ただ、イライラしていることを隠さない癇性の性格や、被害者意識というのだろうか、自分が悪い目をみていると思って攻撃的になっていることがうかがわれる言動が多く、彼女はこの若社長に好感を抱けなかった。
変態的かどうか、という点は、そこまで気にならない。優れた作品を撮って名監督と言われている人にも、かなりの変態がいた。
「ふん。口では女はどうとでも言う。
──こっちへ来るんだな」
馬鹿にするように、鼻を鳴らした彼により。
彼女は、別室に招じ入れられた。
──────
「──わあ、」
彼女は息をのんで、その20畳近くありそうな部屋を見回す。
部屋をまるごと1つ、クローゼットというかスタジオめいたものにしているのだ。
部屋の2面は、すべてシェルフに改造してあり、さまざまな衣装がかかっている。
ナース服、修道服、セーラー服、ブレザー、さまざまなデザインの女子制服、からだの線がぴっちり浮き出そうな近未来SFの宇宙服もどき、縄文風の蛮族衣装、メイド服、巫女風の袴、アラビアンダンサー風の美しい衣装などなど。
数は少ないが男性ものの服もあり、多くは軍服風のものだった。
この人はある種の「おたく」なのだろう、と彼女は思う。
無数の衣装の中でも、セーラー服のスカートをとても短くして改造したようなものが一着、全体像を見れるようにこちらに対して平置きになるよう掛けてあり。
それは、彼女の知識にもあるものだった。
「どうした。言いたいことがあるなら、何か言うんだな。」
「──セ○ラーナイテス、ですか?」
「知っているのか?」
「イベントで、一度出してもらったんです。」
セーラ○ナイテスは、簡単に言えばセーラーム○ンに触発された戦う美少女系のコミックであり。
学園を舞台とした恋愛ものと異世界からの侵略者との戦いを絡めたようなストーリーである。
日頃は普通の女の子たちとして市井にまぎれて生活している、女の子たちが。
実は黄道12宮の星座を象徴する12人の美少女騎士(なぜか『女騎士』と位置付けられているらしい)であり。
魔法の力で変身して、(あくまでデザインが)クトゥルフ的な気持ちの悪い侵略者のモンスターと戦う、というストーリーラインだった。
美少女騎士たちは必ずしも一枚岩ではなく、最初は敵役として出てくる子や洗脳された子もいて、内紛もある。
その中をひたむきでけなげな主人公が12人をまとめ、敵と戦い、さいごに命をかけて敵の湧出してくる異界との間のトンネルに結界を張り、封じ込めるのだ。
主人公は、射手座に位置付けられる女の子。髪と脚が長くて、ちょっとおっちょこちょい、弓道部のおてんば娘。
恋仲になる男の子は俺様系の不良少年やスポーツマン系の爽やか短髪男子や文学系の眼鏡先生など。セーラーム○ンとは違って超常の力もない、あくまで普通の何も知らない男の子たちという位置づけ。
アニメ化や実写化の話があり。
彼女も、その出演候補の一人として事務所が押してくれて。
わがままで勝気で最初は敵役で紆余曲折の後に主人公に恭順する「さそり座」の女の子の役でオーディションを受けたが。
結局その後に映像化の話が壊れて、実現することはかなわなかった。
彼女が干されかけていた時期のことで、企画が壊れた理由はよく覚えていない。原作者が不祥事に巻き込まれたとか、原作の描写がPTAあたりから問題視されるのを恐れたとか、聞いたような気もする。
(あの企画が実現していたら、すこしは運命も変わっていたかしら。)
映像化が進んでいた段階で、観測気球みたいに小出しに様子をみるのだが。
イメージぴったりと言われて、悪役に近いキャラクターではあるが気に入られた彼女は、広報というか番宣の一環としてのショーイベントで出してもらった記憶がある。
まだ仕事はあった。だから傲慢な態度をとってたかもしれない。
その時代のことを思い出して、彼女は遠い目をする。
「話が早い。着てみるんだな」
無造作に手前に掛けてあったそれは、主人公のそれ。
ちょっと躊躇して、副社長の顔をみる。
「おい、聞けないのか?
もしお前が、そういうつもりなら──」
いらいらとした声、こめかみに浮かぶ血管。
やはり、彼女が推測したとおり怒りっぽい人物だ。
「いえ、これ、主人公の。サジタリウスですよね。
私の髪色的に合わないんです。『スコルピア』があれば、それでもいいですか。」
「──探して、着てみろ。」
近くをさぐると、目当てのものがみつかった。
懐かしい、黒とえんじ色のイメージカラー。一見、悪役っぽいダークな配色。
身につけたそれはほとんどぴったりだ。スカートが短くて太腿の半ばくらいまでしかないのは仕様だ。
イベントではレギンスを付けていたが、今は生足。
それでも、身につけて鏡をみると。
配役の話があった中学生のころより、かえって「きまってる」気がする。
軽く横に出した腰に左手を当て、右手で片目に横向きにあてるVサインをしてみる。
「!
──台詞は、言えたりするのか?」
「『
逃げるあなたも、地獄行き!』」
半身になり、後ろに引いた片手は指2本を出した状態で、後頭部に当てるように上げ。
(この振り付けは、蠍の毒のあるしっぽを表現しているとか聞いた)。
もう片手では、相手を挑発的に指さすポーズをとって、とあるシーンの台詞を言ってみせる。
イベントのときに練習させられたので、体が覚えている。
「──ほう」
視線のねばつきが、強くなったのを彼女は感じた。
うっかりやってしまったが、これは失敗しただろうか。
「いろいろと、演ってもらおうか。
写真も、VTRも撮ることになるだろう」
ちゃんと芸を期待されている!と、すこしだけ心が浮き立ち。
それはいいですね、と言いかけ、──ふと何か見落としていたことがあったような気がして口を閉ざす。
たしか、この映像化の話。
壊れた理由の一つが、主人公以外の女の子たちの扱いにもあった気が、──?
──あ、やば。
思い出してしまい、顔に縦線が入ってしまうのを感じる。
この物語、かなりアダルト気味に寄せてあって。それが映像化に待ったがかかった理由だったかも。
ストーリーに出てくる異界獣たちは、タコを思わせる触手や吸盤があったり、巨大な棘をもっていたりして。
当然、それらと対峙する十二星座の騎士である女の子たちは、それらの触手に手足を拘束されたり、棘で貫かれたり、もっとグロいことをされたりしていた。
特に、スコルピア役って、──!
「スコルピア役とは、思わぬ逸材だな。
もちろん、他の役もやってもらうが、──まずは」
若社長の視線に、嗜虐的な色がますます濃くなっているのを彼女は感じた。
「さて、そこで両手を床につけろ。そうだ。
お前は犬だ。メス犬として雇われたんだろう?
足置きとしてぐらい、役に立て。」
彼女には、断る選択肢はない。
怯えた風を装いながら、両手を床につけ、犬のように這いつくばり。
広大なウォークインクローゼットの中央に置かれたパイプ椅子にふんぞり返って座った彼の足を、背中と頭に感じながら。
彼女の心の中には、欲望のままに彼女を好き勝手に嬲ろうとする彼らへの怒りと嫌悪がふくらんでいった。
──────
それからしばらく、足置きのオットマンとして使われ。
その後、犬のように跪いた姿勢で、命じられるままに口や手で奉仕して彼の欲望を抜いた後。
近いうちにガマガを呼ぶ。楽しみにしておくんだな、と言われ。
彼女は、自室へと帰された。
(ちなみに性欲を満たすと、ぽいっ、とでも表現したいような酷薄さで追い払われ。
彼女はここでも、自尊心をごりごりと削られる思いを味わった。)
「あー、疲れるぅ。」
もう家政婦の
電気のスイッチが、どこかわからない。ちょっと探せばわかるだろうが、面倒に思った彼女は。
とりあえず、汚された口をゆすぎ。
持参した歯ブラシと練り歯磨き粉で念入りに歯をみがき、顔を洗い、なけなしのフェイスクリームを塗る。手鏡で肌の調子を確認する、うん、大丈夫そうだけどちょっとくまができそうだな。
トイレの場所は教えてもらっている。数か所あって、幸いにも水場関係だからか台所にも近い。
暗い廊下をおっかなびっくり歩き、タイル張りのトイレで用を足し、台所に戻る。
疲れた。ふとんに入りたい。しかし、彼女には確かめたいことがある。
──────
使っていいと言われた電話機は、台所の横にある。
しかし電話機を確認した彼女は、顔をひきつらせた。
(な、なにこれ。いまどき、黒電話?)
ご丁寧にも小さなざぶとんのようなクッションの上に置かれた、電話機は。
0から9までの数字がついている丸い穴に指を入れ、ぐるぐる回してダイアルするようになっている黒電話だ。
もちろん、そのままではポケベルは使えない。
(でも大丈夫。この機能、使うのは久しぶりだけどあってよかった!)
彼女は東京テレメ○セージの端末を取り出し。
トーンダイアラー機能で、マネージャーにメッセージを送る。
受話器にポケベルを向けて電気音声を発信していると、なんだか映画の中の産業スパイの気分。
ツイタサミシイタ”イスキリナ
──通ったかな?とどきどきしながら、待ち受ける。
数分後、返信が来る。
リナチヤンオツカレマネ
続いて、また着信。
オハナシマタアシタシヨネマネ
(これだけ?なんだか寂しいな。)
電話をしたい。甘えたい。
しかし、彼女のマネージャー役である彼は、ときどき理不尽に切れる。特に、こういうとき。
夜でも、彼は多忙だという。
なのであまりしつこくすると、ひどく怒られたりする。
その一方で、彼が暇なときなのだろうときには、しつこく電話が来たりもするのだが。
たぶん今は、かけちゃいけないときなんだろう。
──でも、もう1回だけ。メッセージだけならいいよね。
そう思いながらも、彼にもう一度だけメッセージを送る。
アスアサTELオヤスミリナ
5分待ったが、彼からは、返事がなかった。
もういい時間だし、明日は早い。
彼女は心残りに思いながら、きしむ階段に気を使いながら2階に昇る。
冷房はないが、森の中だからだろうか、そこまで暑くない。扇風機を弱風、首振りにしておけば十分だろう。
出してくれていた布団をそっと繰り延べ、タオルケットをかぶる。
今日一日のことを、思い出す。
東京駅で、サラリーマンたちに伍して自由席に乗り込み、電車で爆睡し。
新大
そしてあの間違った駅で降りてしまい、心臓をどきつかせながら電話をかけて、──
──あ、あの男の子。あの子にも電話したかったな。
でも、今日はいいよね、今日は。もう十分働いた。
疲れていた彼女は、枕に頭を埋めて数秒後には意識がぼんやりしはじめていた。
明日は早く起きて、午前中の番の人にもあいさつしないと。
そう思ったのを最後に、彼女の意識は泥のような疲労に飲まれていた。
──────
ぷるぷるぷる、とポケベルが鳴る。
女の益体もない話を興味深げに聞いているふりをしていた彼は舌打ちして、その文字を確認した。
あー、あいつか。萎えるわ、と彼は思った。
「大丈夫?お仕事?」
もう深夜といっていい時間帯の、赤坂のカフェ。
席の向かいに座った、芽もまるでないのにモデル見習のつもりでいる女が、気にして声をかけてくれる。
頭は悪いが、性格はそこまで悪くないのだ。
「ああ、大丈夫。気の利かない奴からだ。
ちょっとだけ、ごめんな。」
「えー、そんなこと言って。
彼女さんとかじゃ、ないんですかー?」
この目の前のモデル見習は、彼が次にターゲットに狙っている女だ。
見てくれはそこそこだが、だらしない性格。
そのままだと、ふらふらと流されるままに夢破れて人生終わるだろう。
だったら俺が、リトルウィッチに売り飛ばしても同じだ。
それで、ノルマが達成できるんだ。
「
言葉に、まんざら偽りでもない嫌悪感がこもる。
「えー、フタマくんが、そんなにいうなんてー。よっぽどなんだねー」
「おおよ。ありゃあ、──意地悪な魔女ってとこだな。
モロミちゃんなんか、白雪姫だぜ。」
「女の子なの?」
「ああ、性別はな。
だが仕事でなけりゃ、洟も引っ掛けねえ、関わりたくもねえ。
──そっちに電話、あったな。ちょっとごめんな。」
彼は席を立ち、空いていた灰色の公衆電話の受話器を取り上げ。
慣れきった手つきで、番号とメッセージを打ち込む。
相手は、仕事でちょっと優しくしてやっただけで、チョロく引っかかった元子役の馬鹿女。
自分の席を遠くからみる。口をぽかんと開けて、たぶんデザートのメニューでも眺めてるんだな、ありゃ。
この、今狙ってる相手は顔はそこそこだが頭が悪い。話が進まず、いらいらする。
その点、このポケベルのメッセージを送ってきた相手は、確かに頭も見てくれもよかった。
台詞も一発で覚えてくるし、演技は凄い。幼くみえる容姿、小さく整った顔。
だが、性格はクズ。
甘やかされた彼女の性格はひどくわがままで、彼のような、当時、下の立場の者には口も態度も悪かった。
彼、
ギャンブルでできた借金をきっかけに、裏社会のとある組織との接点を持ってしまった彼は。
彼女と接することが多く、その御し方を学んでいたことから、お守り担当の役割をおおせつかり。
恨みを忘れない彼は、組織の入れ知恵を受けて、このわがまま女への膺懲と復讐という実益を兼ねた甘美な仕事に励んだ。
彼女の言動についてのゴシップを流し、人気がまだまだあった彼女と、彼女の価値を認める人たちとの仲を裂き。
落ち目になってきた彼女に、あえてその幼い体を使った汚れ仕事を押しつけ、露見するように仕向け。
さらに、遅刻などいくつかの、彼女の足をいっそう引っ張る罠をはりめぐらし。
彼女を業界にいられなくしたうえで、自分に依存させ。
そして、
そして彼女は今、ミッションを命じられており。
性格が悪いが顔は良い元子役から、売春婦兼犯罪者(あるいはその死体)にランクアップ予定。
失敗して命を失うことになるかもしれないな、と彼はメッセージを送り終わり、愉悦を覚えながら考える。
顔だけはそこそこだったしな、ヤろうと思えばヤれたかもな。
まあ生きて戻ってきたら、処分される前にヤってやるか。心ゆくまで殴って、嬲ってやって。
そして全部ぶちまけて教えてやって、ネタばらししてやるか。──どんな顔をして泣くだろうな?
いや、殴りまくって表情も分からないくらいに。ぐじゃぐじゃになってるかもな。
愉悦に、前が持ち上がるのを彼は感じる。
ぶるぶる、と返事らしいメッセージも来たが、もう見ない。
文句言われたら、抜けられない仕事だったってことにすりゃいい。なんならしばらく無視して泣かしてやる。
「お待たー!そんでもって、お股!」
「あはは、んもう、フタマくんって!」
馬鹿な女が、爆笑してくれる。
このモデル気取りの女は、これはこれで使い道がある。
この業界でまともな仕事に就けるほどの美貌も頭もないのに、分かってない。
でも、一瞬だけグラビア載せてやって、元グラビア嬢って箔つけたら多少高くで売れるだろう、風俗かエ○ビデオかに。
口塞ぎが必要なら、リトルウィッチで食用の「羊」として引き取ってもらってもいいか。
──とりあえずこの女に、ハメさせてもらって抜くか?
今さら家に帰るのはダルいし。部屋、麻布のベータ・インなら、まだあんだろ。
金は、ウィッチからの臨時収入も見込めるしな。
そう、水割りで少し気が大きくなった彼は思ったのだった。