※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 第三者視点(前半:紫藤マコト、後半:篠崎瑞)です。
 微量の暴力的な描写があります。


242 少し汚れて、でも染まらないまま(8)(マ、篠)?

(第三者(紫藤マコト)視点)

 

「もう、後は健康相談と生活習慣指導だけでしたっけ?」

 

「そうですね。そう言われました。」

 

 ここは少し都会の喧騒を離れた、とある総合病院。

 頼りなさそうな外見の、娘のボーイフレンドに根回しされて。

 彼ら3人(マコトと葉古屋(なぎ)・たく)は、このちょっと豪華な人間ドックに連れてこられていた。

 もちろん検査漬けなのだが、顧客サービスもなかなかしっかりしたところであり。

 検査の合間に、まるでリゾートホテルのようなきれいな景色を眺められる喫茶コーナーでデカフェのコーヒーを啜ったり。

 高原の森に囲まれた広大な敷地に点在する芝生や遊歩道を、あるいてみたり。

 小さい子供を、保護者の検査のあいだ保育士つきのキッズコーナーで預かってもらったりは、もちろん。

 それ以外の時間も、屋外の遊具で遊ばせたり、シネマコーナーでア◯パンマンやドラえも◯の映画を見させたりすることができたりする。

 検査のあいまに、(ナギ)・たく母子とともに涼しい風に吹かれながら休憩するのは、彼にとって心和むひとときであった。

 

「なにか、ありました?」

 

 ちょっと心配そうに、向かいのテーブルに座った彼女、(ナギ)が身を乗り出して聞いてくる。

 しっとりとした肌、わずかに揺れる胸の果実に、彼は少しくらっとなった。

 しかし、みっともないところを見せてはいかん。彼は心を引き締めて、視線を無理矢理、病院をとりまく緑の木々にねじまげながら答える。

 

「やっぱり、少しだけ血圧が上がってました。

 正常値少し超えてて、健康診断で注意されそうです。

 あとは、特には。まあ、検査結果が全部出てからですね。」

 

 肉体労働しているとどうしても汗をかくので、しょっぱいものを食べてしまう。

 体重自体は転落前よりも減っていたが、血圧のようにわかりやすく値が上がっていたものもある。

 飯場を抜けてから生活はずいぶん改善されているが、まだ気をつけて節制を続けないといけないようだ。

 しかし、あのストレスまみれの飯場から出られただけで、相当良くなってると思う。

 それ以外は、視力も眼底も聴覚も胃カメラでチェックできた消化器系も正常。血液検査や大小の便は、検査中。

 

「歯科も見てもらえたんですよね。どうでした?」

 

 非常に珍しいと思うのだが、娘のボーイフレンド君は歯科の検診も組み込んだコースを予約してくれていた。

 これは、できるだけいろいろ出歩かなくてすむようにして身元バレする危険性を減らすためだと思われるが、保険対象外のはずだから割高になるし、捜すのにかなり苦労したのではないだろうか。

 このホテルみたいな病院の立地といい、直接聞いてはいないが、かなりお高い検査コースなんじゃないかな、と貧乏性のマコトは気に病んでいる。

 

「あー、少し虫歯もできてました。それは、治さないといけないんですが。

 ただ、保険証使っても大丈夫かな、──って。」

 

 飯場では、歯ブラシですら1本が1000円を超えていたな、と彼は思い出す。

 

「そう、そうなんですよね。」

 

 憂いを帯びた声で、凪も頷き。

 ふたりは、とほほ、と眉の下がった顔を見合わせた。

 

 マコトが働いていた飯場は、ありていに言えば劣悪なタコ部屋であり。

 仕事で怪我や病気をしても、労災は使わせない。そもそも、多少の怪我や病気では飯場の外に出してもらえない。

 少し統制の緩い飯場なら、休みの日に近くの医院に行くことくらいはできるかもしれない。

 マコトのいた黒めの飯場ではそれもなく、目の玉が飛び出るような値段で市販薬を売りつけられるだけ。

(痛みをまぎらわすため、黒くなった虫歯の穴に正露丸を詰めていた同部屋の労務者のことをマコトは覚えている。)

 気に入られた労務者だったら、監視役つきで、うるさく詮索しない病院に行かせてもらえるくらいか。

 保険関係がどうなっているか、マコトにはよくわからないが。

 保険証を使ったら、借金取りや飯場にバレるのではないだろうか、それに未納でたくさんお金を払わないといけないんじゃないだろうか、というのを彼は恐れている。

 

 そしてそれは、ナギも同じようであり。

 

 彼女はもう少し外との出入りはあったみたいだが、基本はマコトたちと同じ。

 期限の切れた保険証は手元にあるが、これを使っていいのかわからない。

 自由診療でなら高いけど受けられるのだろう。ただ、自分の自由になるお金は、二人ともあまりない。

 娘のボーイフレンドから生活費名目でもらっているお金はあるが、潤沢なわけではない。

 やっぱり締まり屋のナギとの暗黙の了解で、大事に食費の残りを貯めてある。

 

 ──自分でも、ちゃんと稼がねばなるまい。

 健康診断が終わったらアルバイトも考えようという話になっていたな。

 

 そう、マコトは思う。 

 

「働きたいです。」

 

 ナギも、そう思ったのかため息まじりにそういった。

 

「──あ。もちろん、前みたいなのじゃなくて」

 

「あー、それは嫌です。」

 

 苦笑を交わす、二人。

 マコトの前職は、殴られながらのタコ部屋での肉体労働。もちろん向いていなかった。

 そしてナギの場合、(細かい詮索はしていないが)飯場の粗野な男たちに身を売っていたわけだ。もちろん、向いているはずもない。

 

 マコトはかつて客として、身を売らされていた彼女を抱いたこともある。

 だが彼としては、彼女にそんな(おそらく忘れたいであろう)過去のことを思い出させたくはない。

 だから彼と彼女との間の現在の関係は、もともとは生真面目な彼にとって、現在でも気を使うものである。

 彼女は、マコトに対してはなにか被害者めいた言動をしたりはせず、何もなかったように接してくれる。

 あまり社交的なわけでもない二人は、現在まで、お互いに手探りでおっかなびっくり毎日を過ごしているというのが真相である。

(見合いで結婚した若夫婦みたいだなとマコトは思ったりするが、もちろん彼女に手を出す勇気はない。)

 ただ、彼らはこのしばらくの共同生活を通じて、少しずつ接近しており。

 最近はそうした、ちょっと言いにくいことにもときどき話が及ぶようになってきていた。

 

「まま!ぼーる!」

 

 ボールがコロコロと転がってきて(今、彼らは喫茶ルームの軒先のテラスで、デカフェの飲み物をたしなんでいた)、その後を小さな男の子が追いかけてきて、ボールを押さえようとして勢い余ってよろけ、ぼよんと弾む大きなふわふわしたボールに頭をうずめた。

 

 席を立ち、きゃはきゃはと喜ぶ男の子を助け起こし。

 ここは建物に近いから少しそっちの方でね、と言い聞かせて、ナギが戻ってきた。

 古着屋で600円で買ったロングスカートから見える足が、彼にはまぶしく感じられる。

 たおやかに、彼の向かいの席につき、子供の方を見やって斜めに体を流す彼女は。

 まるでオシャレ婦人誌のグラビアに出てきそうな、美しさと気品があるように彼には思える。

 気のせいか、ここ最近ますます、だ。

 記憶の中では、あばら骨が薄く浮いていた彼女の体は、現在では(服の上からわかる限りだが)しっとりと自然ななめらかな曲線をとりもどし。

 気のせいかもしれないが、胸や腰も少し大きくなっている?

 ──いかんなあ、溜まってるな、と彼は頭を振りながら反省する。

 

「その、歯のことなんですけど。」

 

 ナギが話を引き戻した。

 

「歯、あー、歯ですね。

 ハコヤさんも、歯医者さんに行かないといけない感じですか?」

 

 そういう話を、していたのだった。

 

「いえ、そこは大丈夫だったんですが。

 歯が、ちょっとおかしいんです。」

 

「?」

 

 

「私はもうかなり長い間、歯医者さんに行ってませんが、──」

 

 彼女には、虫歯が見つからなかった。

 あまり体のメンテがしっかりできる環境ではなかったが、甘いものをほとんど食べられなかったからかもしれない。

 まあ、それはいい。

 しかし、あきらかな異常があったという。

 

「歯が生えてきてたんです。」

 

「親知らずですか?」

 

 ハコヤさんは、どちらかというとほっそりした体つき、顔立ちをしている。

 親知らずが生えない人や遅く生える人も多いというし、ハコヤさんもそうじゃないかとマコトは思って聞いたのだが。

 

「いえ、違うんです。」

 

 話を聞くと。

 彼女は、仕事で歯を折ったことがあるという。

(殴られたのだろう、と記憶の中の彼女のあざが痛々しかった裸体を思い出したマコトは考えた。)

 流血もあったが、ろくな手当てもできず。

 結局、それらの歯は抜けたままになってしまっていた。

 それが。

 

「お医者様から言われたんです。歯、全部揃ってますね。ちゃんとこれからも大事にしてください、って」

 

 歯科医の言葉に違和感を持った彼女は、確認してみた。

 まず、彼女の折れて抜けた歯に代わって、新しい歯が生えているようだ。

 歯みがきはしていたが、足ぬけする直前は失神したりフラフラな状態で朦朧としていたりしていてそれもできなかった日もあった。だから、いつ生えてきたのか全くわからない。

 新しい歯は、歯医者さんからみて全く違和感なく、失ったはずの歯の位置に生えている。

 折れた前の歯は、虫歯の処置を昔したいわゆる銀歯だった。新しい歯は、もちろんまっさらな歯である。

 

「歯医者さんに聞いても、いわゆる永久歯はなくしたら生えてこないっていうんです。

 抜けたことがある、と言ったんですが。

 お医者様は、乳歯が残っていたのかも、と。」

 

 ただ、彼女の記憶では確かに乳歯はすべて生え変わって永久歯になっているはずなのだ。

 そうだとすれば、たまたま「過剰歯」が歯茎に隠れていたのかも、と先生は考えているようだ。

 

「まあ、でもよかったじゃないですか。」

 

 不思議な話だが、マコトはありうる範囲のことだという気がした。

 先生の見立てどおり、過剰歯がかくれていたのかもしれないし。

 だいたい動物では、歯が何回も生え変わる生き物はいる。哺乳類でも。ネズミとか。

 そして人間でも、動物の痕跡を残した人もいる。しっぽがついて生まれてきた人とか。

 

 そういう話をすると、ハコヤさんはちょっと気が休まったのか、私ってネズミと一緒なんですかね、と笑った。

 

「そう、よかったんです。

 ただ、もしかするとこれで身元もわからなくなったりしないか、って。」

 

「あー」

 

 歯の治療痕から、死体の身元を突き止めるということがあったりする。

 その逆で、「自分が葉古屋ナギである」ということに疑義がでたりしないか?別人と疑われないか?

 そう、心配しているようだ。

 

「心配のしすぎですよ。そうならなきゃ、良いんですよ。

 あ、そろそろ時間かもしれませんね。」

 

 ぴぴ、と腕に着けているデジタル式の腕時計のアラームが鳴った。

 次は、健康指導だ。ハコヤさんも、たく君を呼んでいる。

 心なしか、心配を吐き出せてすっきりしたみたいだな、とその彼女の姿をみて、マコトは思った。

 

 ──────

 

(第三者(篠崎瑞)視点・御前様と呼ばれる老人邸の地下牢にて)

 

 

「──くっ、」 

 

「おや。

 まだすこし、背伸びしただけなのだがな?」

 

 ここは谷津崎老人の山荘に付設された、地下施設の一室。

 コンクリート打ちっぱなしの壁には、さまざまな創意が凝らされた拷問用具。

 中学校の教室くらいの、その部屋の一角。

 寝台(bed)のようにもみえる台に、彼女、吉祥寺美鷹は横たえられていた。

 

 濡れそぼった服装を替えることは、認められなかった。

 まだ濡れている制服は、ぴたっと肌にへばりつき、白い肌が透いてみえる。

 だが、その美しく秀麗な額にわずかに浮いた小さな水滴は、あの水槽に由来するものばかりではない。

 

(クソ野郎どもめ!まったく、──)

 

 そう、篠﨑 瑞は心のなかで毒づく。

 美少女が寝かされている、クッションも何もない木製の「寝台」の横には。

 鉄のフレームの武骨な拘束用のひじ掛け椅子に座らされ、手首足首と腰の周りをベルトでがっちり拘束された、篠崎 瑞の姿があった。

 彼女はいわば、囚われの観客。

 この悪趣味な拷問ショーを、むりやり見せつけられる立場におかれている。

 

 つい、さきほどまで。

 吉祥寺美鷹と篠崎瑞は、巨大な水槽に拘束され、水責めにあっていた。

 見かねた侍女が、水槽への注水を自己判断で止めたようなのだが。

 命令に逆らったその侍女を咎め、なんらかの罰を与えようとしていた貴人に対し。

 吉祥寺美鷹と名乗るこの美少女は、大胆にも公然と侍女をかばってみせた。

 

 貴人は、怒りだしたりはしなかった。しかし、許そうともしなかった。

 では罰を代わりに受けてもらおう、と貴人は言い。

 今ここに、美少女に対する罰が執行され始めているのだ。

 

 「寝台」の上の美少女の手足には、革ベルトが嵌められている。

 逃れられないようにきっちりと、肌に軽く食い込むほどに。

 

 足首につけられた革ベルトと鎖は、美少女の脚を軽く広げた状態で、寝台のそれぞれの隅に引っ張るように固定している。

 両手首につけられた革ベルトと鎖は、滑車につながっており。

 頭上に揃え、まとめられた状態で拘束された彼女の両手首を、頭の側で牽引している。

 両手首の鎖を巻き取る滑車には、歯車がいくつか組み合わさった装置が組み込まれ。

 とても軽い力で、鎖を巻き取っていき、哀れな囚人を引き伸ばすことができるようにされており。

 いましもその滑車が、ゆっくりとしかし確実に、手足を伸ばした彼女の体を苛んでいた。

 そう、これは「エクセター公の娘」とも呼ばれる、伸張拷問台なのだ。

 かちり、──かちり。

 

「んっ、──っ」

 

 歯車が、回る。

 歯車には自転車のハブと同様、ラチェット機構が組み込んであるらしく。

 人体を伸ばす方向には回るが、ハンドルを回す手を放しても逆回転して戻ることがないようになっている。

 

「まだほとんど伸ばしていない。どうした、さっきの勢いは。

 そこな侍女の不始末を、お前が償うのではなかったのか?」

 

 横に佇む貴人は、顔を巧妙に隠すベール越しに。

 苦痛にさらされている彼女の姿を見下ろし、愉悦をふくんだ声をかけた。

 

「──はい、」

 

「ほれ、まいら。

 お前の咎を、そのお嬢さんに償わせるのだ。

 回せ。そうだ、30秒に1回転くらい」

 

 貴人の声に応じて、美鷹の手足を引き伸ばす滑車を動かす装置の手回しハンドルを回すのは、日土里まいらという名の、これまたやや派手目だが整った容貌の侍女。

 この侍女が、さきほど注水命令に逆らい、いわばこの一幕の原因になった者である。

 

 おそらくは、そのことの自覚があるのだろう。

 暗い、罪悪感を湛えた目で、見るのが怖いように。

 それでも貴人の命令に従って拷問を受ける美少女をみつめながら、彼女を苛むギアを回転させるハンドルを回す。

 ギア比のため、侍女がハンドルを5回転ほどしてやっと1cmほど鎖が巻き取られる程度。

 それでも着実に鎖は、彼女の体を引き伸ばしていく。

 

 今はまだ、美鷹は一生懸命伸びをした+α、という程度。

 それでも、ちりちりとした痛みが、随所の関節に走っているはずだ。

 こうして鎖を巻き取っていけば、やがて最もはずれやすい肩関節をはじめとして、それぞれの関節は脱臼し。

 そのまま引き伸ばせば、腱も引き伸ばされて破壊され。

 外れにくい関節にも切れ目を入れるなど工夫すれば、人間とは思えないほどにその四肢をひき伸ばし、ひいては引きちぎることも可能だろう。

 恐怖のためか苦痛のためか、美少女の呼吸が早くなっているのに、傍でみていた瑞は気づく。

 

(このスカシ女も、超人なんかじゃない。)

 

 さっきの水槽での水責めでは、超然としてまるで恐怖を感じていないかのような挙動を示した美鷹だが。

 もちろん、瑞自身とさほど年齢の変わらない、一介の女の子にすぎない。

 そう、だから。きっと今にも取り乱して、命乞いをするだろう。

 それでいい。でないと、──。

 

「──身長が、まだ伸ばせそうですね」

 

「!?」

 

 外見はまったく、変わらないのに。

 美少女から受ける「感じ」がどこか変わったように、瑞は思った。

 まだ、少し呼吸は浅く早いものの。

 美鷹と名乗った娘は、なすすべもなく拷問を受けながらも、わずかに笑みさえ含んだ声で、貴人に答えを返した。

 

(馬鹿!泣いて命乞いしろよ!本当に伸ばされちまうぞ!)

 

 そういう篠崎瑞の、内心の叫びをよそに。

 

「──ほう。伸びた方がいいのか?」

 

「いいえ、もう伸ばしたくありません。

 背の高い殿方には、つり合いがとれるようになるかもしれませんが」

 

「──まいら。伸ばせ。

 お嬢様に、減らず口の報いを受けさせろ。」

 

 かちゃかちゃ、きりきりと音がして、滑車に鎖が巻き取られ。

 美少女の眉間が、しかめられたのを。

 囲んでいる3人(貴人と瑞とまいら)は認めた。

 おそらく、壁際に控え、こちらの様子を見守っている2人の護衛たちも。

(どうでもいいことだが、チカチロウの目つきがいっそう怪しくなり、その股間が盛り上がっていることを、瑞は認めた。

 剣波は、今のところ超然としていて目だった変化はない。)

 

「どうだ。何か言うことはないのか」

 

「──なかなか、の、趣向ですね。どこまで、伸ばすの、ですか?」

 

 美少女の声は、何かを堪えているように切れ切れに発された。

 

「どこまでだと、思うかな?お嬢さんは。」

 

 美少女の顎に力が入り、奥歯がかみしめられる様子を3人は見守った。

 おそらく、彼女の関節に耐え難い痛みが走り始めているはず。

 そのまま回せば、おそらくはこの肩あたりが、──。

 

「まいら。一度止めよ」

 

 侍女は、表面上は何も感情を示さずに、手を止める。

 しかしもっとも近い位置にいる瑞は、侍女の目にわずかな安堵と不安とを認めた。

 

 拷問台の美少女の鎖は、まだ緩められたわけではない。

 肩が外れかける痛みを与える状態で、引きとどめられているだけだ。

 美少女の、平常より浅く早い呼吸にあわせて、濡れた制服の腹と、盛り上がった胸が動く。

 

「そうだな。──まいら。

 そこにある、そう、それだ。

 その鞭を振るってやれ」

 

「!、──はい」

 

 貴人が指差した、壁に吊られた数種の鞭のうち一つを侍女は手に取った。

 何かを問うように、貴人の顔をみる。

 

「そうだな、まず、腿。その次に胸だ。

 まくって打て」

 

 侍女は、指示されたように、美少女のスカートを引き上げる。

 みずみずしく白く、水滴を残す腿が露わにされる。

 貴人が促し、侍女は鞭を頭上にまで振りかぶり、振りおろした。

 鞭は革の、細めの一本鞭だ。

 

 ぴしりっ、と音がして、美少女のしっとりとした腿に赤い帯が刻まれる。

 侍女は、貴人の顔をみる。

 

「どうした。打て。続けろ。」

 

 侍女は、形のよい唇をかみしめて、また腕を振りかぶった。

 2本、3本、──。

 赤い鞭筋が、増えていく。

 牽引されている美少女は、身を縮めることもできずその身に鞭を受け入れる。

 

「よし。今度は、胸だ。

 服の前を開けろ。」

 

 中央高の、夏服のセーラー服。

 フロントは、スナップボタンで留めるようになっている。

 侍女はそれを開け、美少女が下に着ていた肌着を腋下までまくりあげた。

 そして現れた大き目の清楚な白いフロントフックブラも、侍女の手でぱかっと開けられる。

 はっとするほど白く無垢な、体のわりにやや大きめの胸がこぼれた。

 

「打て」

 

 鞭が、ふたたび振るわれた。

 白い胸にも、赤い筋が刻まれていく。

 限界まで引き伸ばされて、身じろぎもできない美少女の口から、呻きが漏れた。

 1回、2回と鞭が振りおろされ、胸が揺れる。

 わずかに桜色に色づく胸の先端部にも、容赦なく鞭は当てられ。

 んんっ、と声にならない苦痛の吐息が美少女の口から漏れた。

 

「よし。止めよ」

 

 貴人は、腰をかがめて、自分の顔を美少女の胸に近づけた。

 無惨に赤い線が走る、白く丸く盛り上がった胸の先端を、口に含む。

 じゅちゅ、じゅちゅ、といやらしい音が、ひびいた。

 口元にベールのすきまができて、瑞には貴人の顎が見えた。青い髭の剃り跡。中年の、かなり大柄な男だ。あの御前様のような普通の体格の老人ではない。

 

 美少女は、胸を嬲られながら、唯一自由になる頭を揺らした。いやいやをするように。

 貴人は満足するまで胸を舐ると、体を起こし、横を向いた美少女のあごを片手でつかみ、自分に顔を向けさせた。

 ベールの奥の貴人の目は、美少女のアーモンド形の美しい瞳を覗き込む。

 

「しばらくは、じゃじゃ馬馴らしをしてやるか。

 まいら。手当をして、牢に戻せ。服を替えておけ。」

 

 貴人はそう言い捨て、部屋を出て行った。 

 

 ──────

 

 侍女はちょっと苦労しながら、拷問台の装置をいじり、美少女の手首の鎖を緩め、次いで手足を縛めていた革ベルトを外す。

 そして美少女は拷問台から解放され、侍女に軟膏を塗られた。

 手足をまた拘束されなおして、彼女たちは護衛たちに護送され、牢にもどされた。

 一度その場を辞し、すぐに戻ってきた侍女により、美少女の濡れた制服は、瑞が現在着ているのと同じ簡素な女囚服に替えられた。

 侍女は、立ち聞きを恐れるようにいたわりの言葉を美少女に小さくささやいて、いなくなる。

 

 そして。

 

「お前、馬鹿なんじゃねえのか。」

 

 ころあいをみて、尖った声で、瑞は美少女に問いかけた。

 美少女は、──おそらくは鞭うたれた腿と胸が痛いのだろう、自分の粗末な寝台に横向きに横たわり、目を閉じていたが。

 瑞の問いかけに直接には答えなかったものの、目を開けて彼女を見返した。

 長めの睫毛に縁どられた、色素が少し薄いその目に向かい。

 

「逆らうと、ああなるって分からねえのか、馬鹿。」

 

 そう言いながらも、彼女、篠崎瑞には。

 どこか、この美少女に一目置く気持ちが生じていた。

 

 ひとえには、この美少女の豪胆さに毒気を抜かれたからである。

 ヤンキー的世界に染まって育ってきた瑞にとって、度胸と行動力は称揚されるべきものである。

 この顔と体だけいいクソ女は、瑞がパニックになりかけた水責めに、時間稼ぎとはいえ対応してみせ。

 あの妙なベール男におそらくはひどい罰をうけそうになった、命の恩人でもある侍女をかばってみせた。

 認めたくないが、この女には度胸がある。

 

「ええ、分かってはいました。

 ただ、あの場合はそうすべきだと思いました」

 

 瑞も、できればそうしてやりたいと思っていた。ただ、やっぱりできなかった。

 それを、この美少女はやってのけた。

 

「どういう事情なのかはわかりませんが。

 あの人たちは、しばらくは。

 私たちを殺したり、治療できないほど大きく害することはできないようです。」

 

 この美少女が言うように、彼らには彼女たちをまだ殺したりできない理由があるようだ。

 彼らの仕打ちは、残酷なものであるとはいえ。

 不可逆的な損傷を与えないような折檻に、とどまっている。

 美少女へのあの牽引機での拷問も、肩の脱臼にいたるぎりぎりで止められている。

 その理由が何かまではわからないが、この美少女には何か推測があるようだ。

 頭のよくない瑞はそれを知りたいと思ったが、業腹なので聞かなかった。

 

「ふん。何かあったら言えよ。けが人はせいぜい休んどけ。

 足、引っぱらねえように早く治しな」

 

 その、瑞なりのいたわりを込めた言葉に対する、美少女の感謝の言葉(『ご心配してくださってるんですね、ありがとうございます』)を聞きながら。

 むずかゆさを覚えてそっぽをむいて壁を見つめる、瑞は。

 しらずしらず、この美少女に反発しつつもどこか惹かれるものを感じはじめていた。

 

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