※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 志野視点です。


243 少し汚れて、でも染まらないまま(9)(志)

(志野視点)

 

 家に帰って、親と食事の席についている。

 干物とごはんとみそ汁と青菜の浅漬け、足りなきゃ各自で納豆を混ぜるか冷ややっこを食べる、みたいなもの。

 他の家のことはわからないけど、僕の少年時代は、実家での夜ごはんってこういう程度。

 向かいの父親が、晩酌をしながら勤め先でのことを何か母親に言っている。ハハハ、と明るい調子。

 1回目だと転勤の話が出てきてた頃だが、2回目はどうなるのかな。

 話が尽きたころに切り出さなきゃな、と僕はもやしのみそ汁をすすりながら考える。

 気が重い。

 

 ひところは僕も反抗期だったからなー、中学3年生前後からだっただろうか。

 いや、親が嫌いだったわけじゃないんだ。感謝はしてた。

 ただ、なんかイヤだった。恥ずかしいっていうのかな。

 外で話しかけてほしくないっていうのは、小学校からだったんだけど。

 あのころの僕は親の能天気さとか、世間体を気にするところとかがすごく癇にさわったりしてた気がする。

 

 今の僕?いや、今でも必要以上にはべたべたはしないよ。普通。

(若い体に引っ張られるからでもあるんだろうけど。

 ささいなことでかっとなったり、後で思い出して恥ずかしくなるようなことを口走ったりするしね。)

 ただ、「1回目」よりは関係良好。なにしろ、1回目では反抗期を引きずってあまり口きかないまま東京に進学して、その後は親とちゃんと話すこともなく死んだ(多分)からね。

 とはいえ、今みたいに親に頼みごとをするのは、やっぱり嫌なんだ。

 

「それでさ、僕。中免、取れたんだけど」

 

 ぴきっ、と空気が凍る。

 うん、親父はいいんだ、自分でもバイクに乗ってたから。よかったなー、なんて言ってる。

 だけど母はしかめっ面。内心では反対なんだな、この話。最初にバイク欲しいって言ったときも、原付免許取ったときも、いい顔しなかった。

 母の気持ちも、分からなくはない。僕の県では、バイク≒ヤンキーだからね。

 高校生にバイク禁止すると、乗るのはヤンキーばっかりになる(それが希少価値っていうか、逆にプレミアつけることになっちゃうんだけどなー)。

 だから息子がバイク乗りたい、なんて言うのはヤンキー化への一歩として警戒されてしまうわけだ。

 

 また母親が、がみがみと。

 大学になってからでいいはずよ、今は勉強でしょう!とか言いはじめてる。

 いや、それだと遅いんだ。

 ──でもそれでは遅い理由を、馬鹿正直に言う訳もいかない。

 

 「いったん、男が約束したことだしな。」

 

 そういう父の加勢を得て、なんとか母をいなす。

 幸いにも僕の成績が向上したので、母も不満というか心配そうながらも口を閉じる。

 父はお金も出すつもりもあるようだが、さすがにそこまで甘えるわけにはいかない。

 

「それとさ、夏休み。

 合宿って言うか、──」

 

 ──友人たちと、ちょっと泊まり込みでキャンプに行きたい。

 うん、分かってる。ちゃんと場所とかは教えるし、なんなら、だれと行くかも。

 

 また母の怒りゲージがレッドゾーンへ。でもこれも引くわけにいかない。

 竜神の送還予定日のあたりを、候補日として告げておく。天候次第だけど一晩は確実にかかる。余裕をみて、そして僕の下心も込みで、長めに。

 

 ここでも元ヤンキーで若者の多少の跳ね返りには寛容な父は、僕の味方をしてくれる。

 父と母は職場結婚。今の父の職場にも、共通の知り合いがいたりする。

 そこらへんから父はなんとか、母をまるめこもうとしてくれてる。

 

「金ちゃん、バイク好きだったろ?

 話したら、喜んじゃってなー」

 

 父が自分の職場のバイク好きの同僚に、僕が原付免許をとったりしたことを話したら、いろいろ世話を焼いてくれようとしてくれてたらしい。

 そう、バイク好きは同好の士と仲がいいんだ。

 のめり込み具合は人それぞれなのだが、バイク好きは結構いい奴が多いと思う。

 

 そんな同僚の話を、父親がして。

 その同僚に在職中はかわいがってもらってたらしい母親も、ぐじゅぐじゅ言いながらも強くは反対しなくなり。

 僕は夏休みに向けてのバイク取得と、泊まりありの旅行の可能性を勝ち取った。

 あ、バイクは絶対に安全なもの(?)を!って、母親に命じられたよ。

 いや、構造上、二輪車が四輪車より危険なのは仕方ないんだ。

 それに安全なものって、どういうことだろう。

 取り回しは小さい方が楽だけど、ある程度排気量がないとかえって危険な気もするんだが、──。

 

 ただ、そういうことを言うと藪蛇なんだろう。

 安全なバイクの定義について母を問いただそうとした僕に、父親が目配せする。空気を読める僕は、口をつぐみ。

 しおらしく感謝の言葉を述べて、承諾を受けたという既成事実をなんとか自分のものとして、自室に戻った。

 

 予習復習や、竜神関係の準備のあいまに。

 こっそり、古書店で買っておいた新しめのバイクカタログを眺める。

 予算はあるんだ。だけどあまり高価なバイクを買うと怪しまれる。20年後は生産終了になってる名機も、まだ新品で買える。

 個人的に好きなのは、ツアラー。やっぱり北海道とか東北とかへの長距離ツーリングってのはバイク乗りの夢、はずせない。ひところ、中古のゼ○ビス買いたいと思ってたけど、結局決心つかなかった。

 あと、スーパー◯ブみたいなビジバイ(ビジネスバイク)も好き。質実剛健、実用一点張りなのがたまらないよね。

 スクーターは楽なんだけど、さ。なんかニーグリップ効かない感じが怖い。

 機種は、中古が豊富で安く手に入る方がいいかな。後、オフロードを多少は走ったりするかな。どれだけ走るか、──。

 ふとんの中でも。あれこれと楽しく思い悩み。

 いつのまにか1時をすぎてた時計に気付いて、あわてて照明を消して寝た。

 

 ──────

 

 翌日、元気に自転車で登校する。

 猛烈なスピードで坂道を下る。ふくらむシャツに入り込む風が最高に気持ちいい。

 

 高校の近くで高木に出くわし、自転車を下りて押してしゃべりながら歩く。

 ちょっと上の空の会話、だけど高木はこっちに関心がないわけじゃない。

 話がとぎれたときの、迷っているようなものいいたげな物腰からみて。

 なんか言いたいことがあるのかな。面と向かっては言いにくい、苦言か忠告かもしれない。

 まあ、身に覚えはある。

 おそらく僕、評判悪い。

 男子の下馬評では『性格最悪だけど顔と体は最高』の調布と、『体はロリだけどかわいい顔で性格最高』の紫藤を篭絡し二股膏薬中という、身の程知らずの大悪人になってるはずなんだ。

 まあ、うちのクラスでは僕に好意的な神奈川たちがいるから、僕の耳には何も入ってこないだけで。

 一度、余人を交えず高木に助言を求めてみるべきだろうな、と僕は思う。それに、高木の手を借りたいことがあるし。

(このときはそう思っただけで、人の耳もあったので何も切り出せなかった。)

 

 教室へ向かう、朝の廊下。

 友人に取り囲まれて笑いさざめきながら歩いてきた調布と、その友人たち。

 調布が僕に気づき、じっと見据える。その友人たちは、その様子にしゃべるのをやめる。怖い。

 

「ねえ、志野。悪いけど昼休み。いい?

 みなりとハルカも、来るから。」

 

 調布がそう、言い捨てて行く。彼女と、彼女の取り巻く友人たちとの会話が再開。なんかウケるようなことを言ったのか、笑いが漏れる。

 しかしすれちがうときに僕になげかけられた、憐れむような彼女の友人たちの視線が痛い。

 あれっ。僕、なんかまずいことが調布にバレたかな?

 なんとなく、あの東京から来た暴言女(有明りな)の顔がちらつく。僕は急に妙な罪悪感に鼓動を高める。

 昨日サボったから、事情がよくわからない。さっき高木は、昨日はなんもなかった、って言ってたのに。

 

 その後に出会った紫藤は、──いつもどおり。うん、天使。

 国領ハルカも、遠目にはそれほどいつもと変わらないようにみえる。

 だからおそらく、大丈夫だろう。きっと。たぶん。

 

 ──────

 

 お昼休みに、僕たちは仮部室に顔をそろえる。

 各自でお昼は用意してきてる。僕が免許を取ったってことを言うと、あー良かったね、という感じ。

 世間話が一区切りして。調布と国領と紫藤が、目でなにか会話してる。

 誰から先に?と切り出し役を譲ってる感じ。

 

 僕は外面は平静を保ちつつ、心臓の鼓動が高まるのを感じる。

 まずいな、有明のことがバレたか?

 いや、バレてもいいんだ、何も悪いことはしてない、まだ。

 昨日、イラつき解消を兼ねて彼女で抜いた以外は、──。

 

 やがて、紫藤がおずおずと、ちょっといいかな、と言って、切り出す。

 

「志野くん、今度だけどさ。

 お母さんの入院してる病院に、つきあってほしいんだ。」

 

「病院?」

 

「うん、あの病院。時間がまとまって取れるとき。半日くらい、さ。」

 

 言い出しにくそうで、細かいことを言わない紫藤の様子。

 ──延命措置を止める、って話がまた出てきたのか?

 それなら反対。と、僕が口を開こうとした表情をみた調布が介入する。

 

「いえ、そんな悪いことが起きてるわけじゃないんだけど。

 正直、実際に体験しないと信じられないようなことがあったの。」

 

 ──はて。

 あ!もしかすると「夢」のことか?

 国領のオカルト能力で、ほかの人の夢の中に入りこめるとかいう、──?

 

「そう。

 端的に言うとね。あたしたち3人は、夢の共有を果たした。──と思ってる。」

 

 ようやく話が、流れ出す(さっきまでの沈黙、あまりに非現実的なことで、誰が言い出すか譲り合ってたってことらしい)。

 3人は、きのう病院を訪れ、紫藤母の横で転寝したそうなのだが。

 3人が3人とも、共通する夢をみた。

 

 事後に簡単に夢の記憶を検証した限り、3人の記憶には齟齬がない。

 3人がみたのはおそらく、同じ夢。

 夢は異様に明晰で、彼女たち3人にはまったくなじみのない風景、人物が登場。

 夢にはたいてい、同じ日に体験したことが何らかのかたちでまざりこんでくるというが。

 その夢には、そのような要素はなかったという。

 可能性として。──紫藤母がみている夢を共有したのではないか?

 この3人は、そう思っている。おそらくは僕以上に理知的な、調布ですら。

 

 ただ、夢は夢でしかなく、現実への影響は確認されていない。もちろん紫藤母も、まだ寝込んだまま。

 今はまだ、同じか似た夢を3人が3人とも、見ただけにすぎない。

 だが、髪の毛一筋ほどの望みがある。

 そして紫藤たちは、次回、僕にも参加してほしいと考えてる、──。

 

「夢に入り込むことは、危険かもしれない。

 これはもともと、みなりの話ではあるけれど。

 参加してくれたら、あたしは対価を払う用意がある。」

 

 わざとらしく組んでみせた腕で強調された、小気味よく突き出た形のいい胸。

 僕の目は、否応なく夏服のブラウスを押し上げているその隆起に吸い寄せられる。

 僕の視線を確認した調布の口元に、勝ち誇ったように薄く笑みが浮かび。横の紫藤に、流し目をくれる。

 

「も、もちろん!わたしだって!」

 

 その視線を受けた、おそらくは最大の利害関係人である紫藤が焦った声で追随し。

 せめて色っぽく、と思ったんだろう。スカートをかるく左手で掴んで脚の付け根あたりをその手で隠し。

 右腕で意味なく(ってわけでもない。最近すこし膨らんでる)胸を隠して、頭を流し、なんか斜めにジョジョ立ちになってみせる。

 ああ、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」か?

 僕の視線は、乱れた紫藤のスカートの裾から大きく露出した、はっとするほど白い腿に釘付けにされ。

 それを察知した紫藤が、ほっとしたような笑みを浮かべる。

 僕はズボンの前が猛烈に持ち上がるのを感じて、あわてて視線を紫藤の腿からひっぺがす。そして視線をそらした先には。

 

「えっ!なに?なんかしないといけないの、この流れ!?」

 

 僕(と、そして僕につられた調布と紫藤)の視線は。

 残る一人、国領ハルカに据えられる。

 あたふたした国領ハルカは。低俗バラエティ番組でゲストに迫られた飯◯愛のごとく、ただでさえ短めのスカートをちらちら引き上げようとしたところに。

 

「ハルカ」「ハルカちゃん」

 

 調布と紫藤、ふたりの尖った声がかかり。

 ぐわしっ、と調布の片手が後ろから国領の首にかかった。

 

 ──────

 

「ねえ、志野。

 竜神の話。今、どんな感じなの?」

 

「あー、」

 

 ひととおりお調子者(国領ハルカ)が、調布と紫藤のふたりにうりうりうりといじられた後。

 病院に行く話がまとまり、キーパーソンの国領の予定優先で調整することになった。

 (4人全員が揃えばいいんだけど、どうしてもムリなら国領プラス僕ら1人だけでも、夢にもぐって実証実験することも選択肢にしてる。ただ、国領は補習が終わるまでは異常に忙しいみたいなんだ。)

 

 それと別件。竜神娘関係の話だな。

 僕も、何も考えてないわけじゃない。(重複もあるけど)現段階での状況を3人とあらためて共有する。

 あの竜神の娘のいる村には、大八車がある。

 当初はこれを改造し、竜神をよっこらせと運ぼうと考えていた。

 大八車はかなり大型で、要所に金具を打った頑丈そうなものだ。昔は普請の木材や土石、狩った鹿や猪を運んでいたこともあったという。

 ただ、それでも耐荷重に若干の不安がある。

 

 僕が竜神を見たのは2回。どちらも、じっくり見たわけでもない。

 触手部分が多いから大きく見えたのもあるが、本体部分も相当の巨体だった。

 前回、村を訪れたときはイケるかも、と思っていたんだけど。

 もしかすると、あの大八車じゃ無理かもしれない?竜神様の体、キリンの胴体より大きい気がする。

 竜神の娘がやっててくれてたらいいけど(必要性はこの前、説いた)。

 こんど時間ができたら、改めての計測と検討、打ち合わせが必要だと思っている。

 

 そこまで調布たちは、ふんふんと聞いていたが。

 

「間に合うのかな?もし本格的にやるなら、かなりの加工が必要になりそうな気もするけど」

 

 国領がもっともな疑問を、投げかけてくる。

 頬がバラ色なのは、さっき調布に拘束され、紫藤に制裁として腋をこちょこちょされて身悶えしてたからだが。

 こうして実務的な視点で問題点が指摘できるところは、流石に優秀だ。

(それはそうとして、さっきの姿と今のすました姿とのギャップに、僕はむくむくと欲望が頭をもたげるのを感じた。)

 

「それなんだよなあ。」

 

 大八車で無理なら、平台車を改造してもいいと僕は考えていた。

 平台車なら、耐荷重は2トン以上あるものもある。

 ただこれもすぐ入手できるかもわからないし、加工の時間も必要だ。

 

「平台車、ねえ。しかも、手作りで大きくする?

 扱いにくいし、へたにヤワくて壊れると、命にかかわらない?」

 

 僕の考えを聞いて考えこんでいた調布は、そういって。

 車両用トレーラー、あるいはコンバイン用のトレーラーを使うことを提案してきた。

 

「耐荷重は4、5トンある。大きさも相当、いける」

 

 コンバイントレーラーなら、農機具の運搬用だしかなりの悪路もいけるという。

 僕は全く考えてなかったが、話を聞いて心が動いた。

 

「入手できるか?」

 

「多賀島大の農学部の付属農場で使ってる。母親のコネで借りられるかも。」

 

 それに買うとしても中古なら、それほど高いものではない。

 状態にもよるが、安いものなら10万円くらいで買えるかも、という。

 

「それって、免許はいらないのかな?」

 

 聞いていた紫藤が、疑問を呈する。

 

「自動車で牽引するなら、もちろん必要だな。──牽引免許か」

 

 竜神の娘が押して、あるいは曳いていくなら免許はいらない。

 ただ問題は、沢上村(竜神の娘の村ね)までの運搬。そして実際に使う場合の、坂道対策だ。

 前者、現地までの運搬については、まあどうにかなると思う。最悪、雇えばいいだけだし、コネがあるなら無理を言って運んでもらってもいい。犯罪に使うわけじゃないから秘匿する必要はない。

 問題は後者、坂道などで使う場合のことだ。竜神に重さがあると、どんなに竜神の娘に力があっても滑っていってしまう(竜神の娘は、普通の体重だし)。

 下手に勢いがついて止まれなくなって激突したり、止めようとして轢かれたりすると死にかねない。

 

「バイクで牽くのは無理?」

 

「坂のないところで牽引するだけなら、できるかもしれない。ただ、さっきと同じ理由で坂道は無理」

 

「あのさ。やっぱり、竜神さまの重さとか大きさ、動ける能力がどれだけあるか見極めるのが先だよ。

 そして、道の詳細な確認とか、さ」

 

 それに、竜神はあの村の窪地は問題なくヌルヌル動きまわってる。

 相当の高低差のある、竜神窟の底にも往還してる(あー、これはもしかすると、竜神の娘が、例の人力エレベータでどうにかしてるのかも?)。

 だから、トレーラーも車椅子同様、軽い移動の補助手段くらいに考えていいかも。要は、牽引までは要らないかも。

 

 調布にトレーラーが手配できそうか、調布母への確認を頼む。

 幸いにも僕が2輪免許を取った。まだ1年未満だから厳密に言えば違反だが、2人乗り✕2でなら4人全員で竜神の娘の村に行ける。

 あとは補習の終わったあと、週末あたりに竜神の娘に会いに行こうか、と約束して、それでその話を切り上げた。

 

 ──────

 

 ──志野。今日の予定、大丈夫?

 

 授業時間の合間に、調布がそう聞いてきた。

 もちろん、覚えてるよ。今日は、調布と調布の元カレとの会合に立ち会うことになってる。

 久しぶりに部活に行ってみる。卓球部の練習日は週2でただでさえ少ないし(もちろん、大会前とかだと臨時で入れてもらってるよ)、しかも僕は休みがち。

 久々に先輩と打ち合って、待ち合わせの仮部室で待つ。

 美術部に行っても、いいんだけどなー。文化部でも、なぜかそこそこ仕事(?)があるらしいんだ。

 ほら、新学期に3校対抗戦があってさ。もちろん主役は運動部だけど、美術部とかも合同展覧会とかするらしくて、──。

 

 暇になった僕は、うとうとしながらよからぬことを考え始めていた。

(いや、言い訳になるけど昨日は夜の1時過ぎに寝たからさ。ちょっと睡眠不足だったんだ。)

 たとえば、さ。

 例の、開かずの間。

 あれをもっと、活用すべきではないだろうか。

 ほら、今みたいなすきま時間でも、紫藤と、──

 

 ──────

 

「──というわけで、あなたがた人間が違和感を感じる原因のひとつが、匂いの欠如だって気づいてからは。

 それはもう、すごく頑張ったのですよ。」

 

 あー、ちょっとうとうとしてしまったのか。

 調布、遅いなー。これは罰。厳罰に値するね。

 そう、今度はギリギリ、調布の体力を削ってから、──

 

「聞くところによると。

 女の子とデートで会話しているときに、他の女の子のことを考えるのは重大な礼儀作法違反だそうですよ。」

 

 あれっ。

 いつのまにか僕はひざまくらされていて。

 髪の毛をさわさわと撫でつけられているようだ。

 だけど僕が調布のことをかんがえたとたん、耳をピッとつままれた。目が覚めるほどじゃないけど痛い。

 

「ごめん、ごめん。

 でも、そうなんだ。頑張ったんだね。」

 

「そうですよ、それはもうがんばったのですよ。」

 

 僕がよくわからないながらに褒めると、ふふん、と言いたげに、この誰かは胸を張った模様。

 

「でも、どうやって?」

 

「そうですね、たゆみない探究と研鑽ですね。

 それはもう突き止めるのに苦労しました。」

 

 ──ほら、あなた方もたとえば、「光覚」や「時覚」、それに「軌覚」は、ないわけでしょう?

 あ、「光覚」は、ごく限られた形であるんでしたね。「時覚」も。

 でも、要は全くあなたがたにはない感覚。それを直接に知覚することはできない。

 もちろん、間接的に覚ることはできますよ?でも、嗅覚のように、複合的な感覚をシミュレートすることは、相当の苦労なのですよ。

 それを膨大なサンプリングデータから集めて、──。

 

 またこの子の悪い癖だ。僕がふんふんと聞いて、ときおり賞賛のことばを混ぜるだけで嬉しそうに滔々とわけのわからない知識をひけらかしてくる。きっと顔はドヤ顔だろう。

 

「ありがとう。よくわからないけど、わかったよ。

 嗅覚が、一つの鍵になんだね?」

 

「そうですね。この前は、間に合いませんでしたが。

 あなたの依頼した───には、ばっちり登載予定です。

 それに、将来、それが一つの局面打開の鍵になるかもしれませんよ?

 データ不足で断定はできませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あなたは、手に入れたか触れたかしたけれど、忘れてるんじゃないでしょうか。

 私たちの観測機器では、その痕跡がポケットのあたりに──」

 

「え!何、それ!?もしかすると、──」

 

「あ、それとですね。

 あの『鍵』も、ちゃんと()()しておきましたよ? 近く、使うんですよね?

 こんなことまでしてあげる───は、私くらいのものでしょうね。

 もちろん、この対価は、──」

 

「うん、もちろん感謝してる」

 

 ──だから対価は払うよ。先払いしたつもりだけど、もちろん追加で払ってもいい。

 

 そう言おうと思ったんだけど、ふと僕は疑問を覚えた。

 あれ、何を払うんだっけ。対価になるってことは、それなりに大事なものなんだよな。

 でも、わからない。まずいな、何を払うことにしてたのか、あるいは何を先払いしたのか覚えてない。

 

「そうですね、忘れないでいてくれてよかったです。

 もちろん、あなたと、あと彼女さんが○○してくれたおかげで、かなり余裕はあるのですが。」

 

 「○○」って、何か概念外のことを言われた。「かき混ぜる」に近い概念だったけど、もっと系統的、統合的な意味らしい。「耕す」みたいな?

 ただ、それより確認しておかないとマズいことがある!

 

「あー、対価って?」

 

「ぶぶー。時間切れです!」

 

 絶対、人の悪い笑みを浮かべてそう。

 いい子のはずなんだけどなー、なんか含むところがあるのか?

 

「彼女さん、来たみたいですよ?

 そうそう、豆情報ですが。

 私の計測によれば、彼女さんは子宮内膜剥離がはじまって、まだ3日目。

 残念ですが、今は性行為、特に『本番』は無理でしょうね。彼女さんには負担が大きいでしょう。

 まあ、彼女さんは比較的『軽い』みたいですし、あなたの要望に、どんな変態的なものでも最大限応えるつもりらしいですし、過去には無理矢理されるのも興奮するとおっしゃってたサンプルも少数ありましたし、まあいいんですけどね。

 多数派のデータからは、負担をかけない明後日以降。余裕をみて土曜日以降が無難でしょう!」

 

「待って待って、対価って何なの?それに『変態的』って、調布は、──」

 

「言い忘れてましたが。

 ──を──しておいたほうが、いいでしょうね」

 

 これも、ちゃんと脳が理解する前に。

 僕の頭はソファに丁重に戻され。

 衣ずれの音が、足早に遠ざかっていく。開く扉、閉まる音、そしてようやく覚醒する頭。

 僕が起き上がり、追おうとするとき。

 カラカラ、と音がして、入り口のドアが開き。

 

「お待たせ。──志野、何かあったの?」

 

 調布が、不審そうな顔で戸口から寝ぼけ眼の僕をのぞきこんでいた。

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