※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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第三者(有川りな)視点→第三者視点です。
時点は、少し戻ります(前話(水曜日)の、前夜(火曜日、夜))。
リトルウィッチのマネージャーの名前を微修正しています(通算241話『二間(ふたま) 多幸也(たこうや)』→『二間多(ふたまた) 架毛琉(かける)』)
わずかですが不快描写がありますので、ご注意ください。


245 少し汚れて、でも染まらないまま(11)(有)?

(第三者(有明りな)視点、火曜日の深夜、葉良邸)

 

「おう、起きろ。」

 

 怒鳴り声。乱暴に横腹を蹴とばされる。

 ──まだ寝ていたいのに。砂土原さん、か。本気の蹴りじゃないだろうけど、痛い。

 

「早うせいっ」

 

「仕事、ですか?」

 

 手首からはずして枕もとに置いてあった、腕時計を見る。

 ──日付は変わってないけど、真夜中じゃん。

 リトルウィッチから派遣され、多賀島で道に迷って。

 その日の夜に奉仕を求められ、神経もすり減らして。

 ようやく眠りにつけたのに。あんまりだ。

 

「ああ。おらぁっ、5分で準備せいっ」

 

 ──人使いが荒いなっ!

 しかし売れっ子だったときには、こういう理不尽はよくあった。徹夜でロケした後に、すぐ別の番組収録に出たり、って。

 なんなら徹夜明け収録に続けての別件での日中の仕事の後に、酒癖の悪い監督に、飲み会のマスコットとして呼び出されたりとか。「ほら、有明りなも俺が呼べば来るんだよ」とか、得意顔してんの。やってらんない。

 あれに比べれば、これは仕事。まだマシだ。

 

 有明りなはそう考え、ぐっと不満を飲み込んで、プロらしくてきぱきと準備にとりかかる。

 パジャマを脱ぐが、レディが着替えようというのに、砂土原に部屋を出ていく気配はない。

 この屋根裏部屋の、唯一の出入口。1階からこの部屋に上がってくる階段に、腰掛けて煙草をふかしている。──この女には気を使う価値ないって思われてるのかな。部屋も煙くなるじゃん。

 

「ガマガの坊ちゃんが、お前を使いたいんだとよ」

 

 腹立ちを押えながらも何が起きているか聞いてみると、そんなつっけんどんな答えが返ってきた。

 昼間にホテルでいやらしいことしてきた、ロリコン中年男だ。

 出先のバーで、泥酔して気が大きくなり「あいつを呼べ」と電話してきたということらしい。

 

 ──ただ、彼は葉良先生の、有力な後援者だと聞いたな。その要望を無視はできない。

 私を「買った」資金源も、もとをたどればこのロリコンおっさんの献金らしいし。

 顧客の要望には、最大限応えるしかない。

 

 わがままな性格を自覚した反動で、変に反省と自己否定を重ねてしまい。

 「断れない女」になってしまっている彼女は、そう思う。

 裾や袖口、襟口に濃紺の縁取りのある、裾の短い清楚な白のワンピースを選ぶ。冷房の効いた部屋のことを考えて、ショールを荷物から取り出す。靴は、足首にストラップを巻くタイプの、黒いエナメルのヒールの高いミュールかな。

 手鏡をみてアホ毛をなでつける。勝ち気そうなはっきりした眉は、あえて描き足さなくてもいい。口紅は車内で引こう。

 顔は良いと言われてた。メイクさんに「作ること、あんまりないわね。楽だわあ」と言われたこともある。しいて言えば目元にくまが出やすい、でも今はまだ薄いほうだ。

 

 文字どおり5分で一応の準備を済ませ、玄関に出る。外車が横付けになってる。

 またトランクに入りますか、と先手を打って聞く。「真夜中じゃけ、そこまでせんでええやろ」と言われ、助手席にあごをしゃくられて乗り込む。

 アルコールを飲んで抜けてないのか単に不機嫌なのか、砂土原の乱暴な発進に、思わずダッシュボードに手をつく。

 

「見せびらかしたいのよ、要は、な。あのカエル野郎」

 

 夜の山道をくだりながら、そう砂土原が愚痴る。

 葉良先生は、スキャンダルで一度引退を余儀なくされ。

 そのときに、多くの支持者に見放された。

 しかしガマガ氏は、逆境にも関わらず支援を続けてくれている。砂土原も表立って文句は言えないようだ。

 

「お前はな、あのカエルへの『お供えもん』みたいなもんじゃけえな。

 何言われても、決して断るな。──ええな?」

 

「だって私、本番はダメなのに、──」

 

「知らんわ」

 

 黙り込む。

 まあ、迫られたときにうまくかわすのもいい女のたしなみだ、って大先輩の有名女優から聞いたこともある。彼女(有明りな)に実践できるかどうかは、別として。

 

 到着したのは、今日、ホテルに来るときに通ったような気もするすすけた下町。

 近くのパーキングに車を入れた砂土原は、有明を小突きながら、慣れた様子でしょぼい雑居ビルのエレベータに入らせ、磁気カードのようなものをエレベータ内に増設したカードリーダーに通す。

 

「カードか暗唱番号がなけりゃ、地下に入れんのよ」

 

 ガードが堅いらしい。彼女は、悪い予感がした。

 

「砂土原さん、ついていてくれるんですか。私、一人じゃ帰れません。」

 

「──めんどいな。チケットばやるけ、タクシーを呼んでもらえ」

 

「明るくなってたら、呼んでもいいですか。

 記者さんの張り込みとか取材とか、気になります。」

 

「──好きにせい。」

 

 夜が明けてたら呼んでいいということだろう。そう、彼女は解釈した。

 

 ウィークデイの夜、人通りもあまりない下町だったはずなのに。

 このビルの地下は、さびれた地上部分とは別世界のように人々がごったがえしていた。

 地方都市ではあるが、隣接自治体を合わせた人口はかなり大きい。享楽を求める人も、多いのだろうか。

 強面の黒服のチェックを受けて入った、分厚い扉の内側。冷房は入れてあるが、熱気と化粧やクスリや草や汗の匂いが、顔を打つ。

 ぎりぎりまで暗くした照明に、人々がうごめく。台の上で腰をうねらせて踊る外国人のポールダンサーにはスポットライトが当てられていて、刺青のある白い肌に汗がにじむ。──客にも、外国人がそこそこ多いな。

 煙草ではない、何かを焦がした甘い匂いがどこからか漂う。

 クスリか葉っぱね、と彼女は冷静に判断する。

 

「お前、わかっとろうな?

 飲めぇ言われても、しゃぶれぇ言われても、断んなよ。」

 

「──はい」

 

 アルコールはまだ違法な年齢だが、少しは飲める。(クスリ)は、──嫌だな。

 抜くのはしかたない。でもヤらせろって言われたら、かわすしかない。

 ちらっ、と、彼女の信頼する、リトルウィッチのマネージャーの顔が浮かぶ。

 ──カケル君のために、私ここまでやるんだよ、と心の中でつぶやく。

 

「──あそこや。

 じゃあな、俺は(ねみ)ぃし帰る。チケット、これな。」

 

「家の鍵、開けてありますか?」

 

「あー、正面玄関な、夜は閉めとる。

 台所側に回ると、勝手口があろう?ナンバー錠で、番号は、──」

 

 彼も寝起きだったのだろう。蛙男に遠間から挨拶しただけで、帰ってしまうようだ。

 タクシーチケットを押し付けられ、背中を押され。彼女は一人で、蛙男のもとに進む。

 タク券の使い方は、多賀島でも東京でもおなじだろう。

 周囲からの視線が、寝起きのすっぴんでも目を惹く美貌の彼女に集中する。 

 

「おー、よおく来たんだねえ!」

 

 昼間見た、蛙に似た顔のすこし太った中年男。べっとりした粘着質の話し方。

 赤く染まった顔は、アルコールを摂取したせいだろう。

 部屋のかたすみ、ボックス的にならべたソファの一辺の中央に腰かけ、両横にやせて貧相な女の子を二人侍らせて肩に手を置いてる。

 左右の女の子は、見かけは幼げ。だがもう成人しているだろう、と彼女は見切った。

 彼女が現れると、羨望と嫉妬の色が彼女らの顔によぎった。

 

 ──ごめんね、まあ私の方が若いし美人だし。

 

 私って性格悪いな、と思いながらも、彼女はその優越感を心の底に沈めて、表に出さないようにして。

 親しみをこめて、先客の二人に微笑みかけた。しかし彼女らの尖った視線は変わらない。

 

「ほら、ぜんぜん違うんだねえ!

 この子、東京から来た子!ぼくが、彼女を買ったんだねえ!」

 

 ──恥ずかしいし反感買うから、あまり余計なこと言わないでよ。

 

 と、彼女は思うが、もう周りの注意を惹いてしまっている、いまさらだ。

 もうこうなったら、そういう脚本だと思って演じるしかない。

 彼女はあえて、顔に心からうれしそうな笑みを浮かべる。周りの視線が、おや、という雰囲気に変化する。

 注目を浴びてるのを意識して、丁寧に腰を折って礼をする。裾の長さは計算してる、ぎりぎりで他の低いソファ席に座ってる客たちにも、下着は見えない。

 

得男(えるお)お兄さま、ご機嫌いかがでしょうか。」

 

 ガマガ氏の下の名前、たしかそうだったはずだ。

 えるおじゃない、えろだろう、と腹のなかでは思いながら。下の名前を呼ばれて驚いたらしい、濁った小さい彼の目を、彼女はのぞき込む。

 

「こんなに、すごくきれいな方たちとご一緒なんですもの。ご機嫌、悪いわけないですよね!」

 

 先に彼に付いている、とうの立ったロリ女たちを持ち上げてみるが。

 女たちの渋面を押し殺した笑顔には、あまり変化がない。

 

「あ、うー、うん。りなちゃんは、心まできれいな、天使さんなんだねえ。

 あー、きみ。ちょっと、彼女に席をあけるんだねえ」

 

 貧相女の片方が、席をはずされようとしている。こちらに殺気まじりの視線を向けてきた。

 どう、立ち回ろうか。

 

「やだぁ、得男(えるお)お兄さま。私、お姉さまたちとも話したいです。」

 

 そう言ってみる。貸し一つ。

 蛙男は気前は悪くないらしく、お札が彼女たちのキャミドレスの胸の縁にねじ込んである。

 このロリ女たちは蛙男をキモがりながらも、美味しい客を奪われたくないと思ってる。

 上半身を蛙から遠ざけながらも、離れたがらない彼女たちの行動から、有明りなはそう推測した。

 

「じゃあねえ、どうすればいいのかねえ」

 

得男(えるお)お兄さまの、対面の席ではダメですか」

 

 ボックスになっていて、向かいのソファは空いてるのだ。

 

「そこだと、遠いんだねえ。

 もっと近くで、りなちゃんのこと、じっくり、みてみたいんだねえ。」

 

「お兄さま、私は逃げたりしませんよ。

 ──じゃあ私、ここにほら、こうしましょうか?」

 

 幸いにも蛙男たちの前にあるのは、小さいローテーブルが2個。

 ローテーブルをお姉さま方の前にすこしずらし、蛙男の前の空間を開けることはたやすい。

 彼女はそして蛙男の正面に開いた空間の床にしゃがみこみ、片膝を軽く床について、ひざまずい(kneel downし)てみせた。

 なんなら三つ指土下座してみせようか、と思ったが、そこまではやりすぎだろう。

 

「!それはよくないんだね。りなちゃんが汚れるんだねえ」

 

 そうは言いながらも、片膝だけを床につき、もう片膝を立てた結果、乱れた短いワンピースのスカートの裾に、蛙の視線がへばりつく。

 

「はい、それではスツールか何かを持ってきてもらいましょうか?」

 

「うー、それでもいいかなー、でも汚れちゃうんだねえ。

 ぼくのハンカチで、拭くんだねえ。」

 

 くしゃくしゃのハンカチを渡され、床についた膝を拭く。正確には、拭く振りをする。

 思いついたように、蛙男に提案する。

 

「あとは、お兄さまのお膝くらいしか空いていませんね。

 スツールが来るまで、お邪魔してもいいですか?」

 

「──!

 りなちゃんは、きれいなだけじゃなくて、かしこくて、やさしいんだねえ!」

 

 感激した様子の蛙男に、表向きはやわらかな笑みを向けながら冷静に有明りなは観察する。

 裏はなさそうだ。どちらかというと単純な、欲望に忠実なだけの男?

 大金持ちと聞いたが、自分で稼げるほど才覚があるようには思えない。家が金持ちなのだろうか。

 

 この蛙男が、葉良先生の資金源。

 ただ金を出してるだけなのか、リトルウィッチのことまで知られているのか、確認しないといけない。

 葉良先生は顧客リストに入っていたが、蛙男のガマガさんは入っていないはずだ。

 もしガマガさんがリトルウィッチのことを知っていたら。そう、葉良先生が組織(リトルウィッチ)の承諾なく教えたのなら、葉良先生の規約違反だ。

 さっきの口ぶりだと、彼女が「買われて」来たことまでは知っているようだ。

 ちょっと気はすすまないが、任務は任務。どのみち、この蛙男には接近しないといけない。

 

 蛙男の膝に、直接乗るわけではない。

 恥ずかしいです、と猫をかぶりながら、おっぴろげた彼の膝の間にちょこんと軽く腰を落とす。

 ちゃんと座れるだけのスペースはないので、半分、空気イスだ。でもそう見えないよう、リラックスした風をつくって。

 からだをねじって対話しようと思っていたのだが、背後から、蛙男の腕が巻き付いてきて、引き寄せられ。

 背中一面に、蛙男のぽよぽよした腹を感じる。

 

 こちらを見る両脇の女たちが、驚愕と畏怖を込めた目つきになってる。

 「そこまでやるか!」ってとこかな? ちょっと気分がいい。女は度胸、やるしかないでしょ。

 彼女の胸に、大きいヤツデのような蛙男の手がぴたっとあてがわれる。意外に優しく圧力がかかる。もよもよ、むよむよ。

 

「ふしぎだねえ、りなちゃんのからだは、こんなにほそいのに、おっぱいは大きいんだねえ!」

 

 よく言われる。ちょっと面はゆい。

 言葉がぷつぷつ切れるのは、運動不足のせいで心肺機能が落ちているのか。

 

「なんか、変な気持ちになってしまいます。」

 

 胸をむよむよとおさえてくる彼の手の上に手を添えて、そう訴える。

 暗にやめて、と伝えたつもりだが、かえって蛙男の興奮をそそってしまったらしい。

 

「ああ、ああ、りなちゃん、りなちゃん!」

 

 むよむよ、と触っていた手の片方が、こんどはぎゅむ、と胸をわしづかみにしてきた。 

 もう片手が、ワンピースの裾から入ってくる。慌てて笑顔をくずさないで、慣れてます風に防ぐが、──まずい。

 

「お・に・い・さ・ま、ちょっと急ぎすぎですよ?

 もっとゆっくり、楽しみませんか?」

 

 自分でもちょっと気持ち悪いな、と思うくらいにあまい口ぶりで。

 首をねじって、下から蛙男の耳にささやきかける。

 だが、蛙男のふごふごと荒い鼻息も、胸をつかむ指の力もおさまらない。

 

「りなちゃん、ちょっと、ちょっとだけ!」

 

「だめでーす。ほら、飲みもの取ってきますね?お姉さまたちの分も」

 

 ローテーブルに置いてあった、彼や両側の女たちのグラスが空いていたのを口実に彼の抱擁から逃れ。

 彼女は、バーテンダーのいるカウンターに向かう。

 

「ごめんなさい。たぶん水割りだと思うんですけど、あの席のお代わりお願いします。

 それとソフトドリンクで、オレンジジュース3人分お願いします。お勘定は、今?」

 

「おうっす。あの席、飲み放なんで、お気になさらず。」

 

 痩せた黒服のバーテンダーが、的確な手つきで代えのドリンクを用意してくれる間、彼女はカウンターに軽く寄りかかって休息をとる。

 深夜になるにつれ、すこしずつ無軌道さが増している空間。下品な笑みを浮かべた重役風の男が、チップを渡しながらポールダンサーの胸をいじる。

 ほうっ、と息を吐く。そのとき、背後から声がかけられた。

 

「──姉ちゃん、ようやんなー。

 じぶん、ミテコ(未成年)やろ?(つろ)うない?」

 

「はいっ?」

 

 振り向くと、大きな影が体を折り曲げるようにして、彼女に顔を寄せていた。彼女は思わず、のけぞりそうになる。

 発達した筋肉、剃り上げた頭には、龍の刺青。

 全身から発されている、暴力的な気配。あきらかに、堅気ではない。

 この地下バーの、ケツモチか用心棒の元締めだろう。

 

「はい、未成年です。えーと、まだこのくらいなら?」

 

「そうなん?──まあ、見てのとおり、ここはそういうところじゃけぇ」

 

 あごをしゃくった方向をみると、別の一画でとろんとした目のモデル風の女が二枚目の背の高いグラサン男の膝の上に乗せられ、体をくねらせているのが見えた。おそらくは、背後から貫かれている。

 

 そのすぐ隣では、上半身裸になった男が床に正座して平伏した状態となって、その頭にピンヒールの女が片脚をかけて痛みを与えていて、周りでやんやとはやし立てている。男の背中にはすでに煙草を押し当てた痕が十数か所。

 テーブルには、トランプの札。何かの賭け事をしていて、敗けた罰のように思えるが、──。

 

 そのまた隣では、テーブルに出した中年女の手の甲に、乱雑に刺青らしきものが彫られている。

 中年女は痛みをかみ殺しているが、ちゃんとした刺青になるのだろうか。彫っている側も酔っているみたいだが、──。

 

「──裏の方に回っと、まだまだすっごいもんがみられるんよ。

 まあウチは、これでもまだ良心的なんよ。でもほんまのとこ、お姉ちゃんには、さすがに(はえ)えと思うよ。

 せやけどな。じぶんも、しゃあないんやろ?

 でもほんまに嫌なんに無理矢理されそうなったら、それとなく言うてな?

 それと。長っ(ちり)にならんよう、眠うなるクスリ、あん馬鹿蛙のグラスに入れたるけぇな」

 

 心配せんでええ、体に悪い、変なもんじゃのうてソフトなもんや。と言う彼。

 目くばせを受けて、何かを水割りに垂らすバーテンダー。

 

 強面に似合わず、意外と優しい人なのかもしれない。親切の方向性はともかく。

 有明りなは内心怖いと思ったけど、この強面の用心棒の目をみて、自分の名を名乗って頭を下げてお礼を言った。

(ひとえに今日、昼間に道案内してくれた朴訥な男の子の言葉を彼女が覚えていたからだ。)

 強面の用心棒は、照れくさそうにつるっとした頭を掻いて横を向いた。

 

「俺のことは、『(アン)』って呼んでくれたらええ。

 あんし(あいつ)は調子乗りすぎなんよ。あん親御さんはええ人でな、世話なったんやけどなあ。

 トビが蛙、産みおったんや。あん親御さんも、墓の下で泣いとろうな。

 ──おう、ヤス。姫さんたちの飲みもんは、ワレもってけ」

 

 再度彼女はお礼を言って、彼の厚意に甘えて席に戻った。

 

 ──────

 

「それでねえ。りなちゃん。ぼく、りなちゃんのこと、大好きなんだよねえ」

 

 飲み物といっしょにウェイターの黒服がスツールも出してくれたが、有明りなは着席を許されず。

 こんどは、蛙男の膝の間どころではなく。彼の膝の上に、乗せられてしまっていた。

 その状態で彼女が脚を開かされているのは、下の彼が脚をがばっとみっともなく開いているから、だけではない。

 彼女の不在の間、どういう話合いが持たれたのか。

 左右の年増ロリ女たちは一転して、蛙に協力的であり。

 彼女たちが左右から、蛙の膝上に乗せられた有明りなの両手首、両膝を押え。彼女(りな)が抵抗できないように、押さえつけているのだ。

 さほど強い力ではないが、彼女としてはあまり場を荒立てたくなくて、振りほどくことができない。

 

 ──こいつら、私を売ったのね?

 

 彼女たちのキャミドレスの縁に差し込まれたおひねりが1個増えているのは、そういうことなのだろうか。

 有明りなの抗議の視線に対して返される、意地悪そうな彼女たちの笑み。

 

「これじゃ私、飲み物がのめません。」

 

 そう、解放してくれと主張するが。

 

「ぼくが飲ませてあげるんだねえ。ほら、口うつしで。うひひひひっ」

 

 断りもなく彼女のグラスからオレンジジュースを吸った、鼻息の荒い彼の口が。

 彼に両肩をつかまれて体をねじらされた彼女の口に、覆いかぶさってくる。──畜生。

 彼女は呪いながら、目を閉じ、彼のぶよぶよした唇を受け入れる。口中に入ってくる液体を、飲みくだす。

 

「──お兄さま。お尻が痛いです。」

 

「大丈夫なんだねえ。ちょっとりなちゃんに、入れてみたいんだねえ。」

 

 蛙の膝に乗った彼女の股間の敏感な部分に、下から押し当てられている、熱い棒。

 それが何かわからないほど、有明りなはお子様ではない。

 軽いとはいえ彼女の全体重をかけたら蛙のソレが潰れるとわかっているので、彼の腿に座らされ、大股びらきにされている自分の両腿に力をいれて、腰を軽く浮かしてあげている。

 蛙の手が、黒い縁取りのワンピースの裾を引き上げる。まだ少し未成熟の腿が、肢の付け根まで露出する。体をひねって隠そうとすると、なだめるように彼女の胸元にもおひねりが数個、差し込まれる。

 断るな、という砂土原の言葉が頭をよぎる。でもこのままだと、背後からなしくずしに貫かれそうだ。

 彼女の痴態を期待する、人々の視線を感じる。彼女の美貌は、この爛れた地下酒場でも目立ってしまっているのだ。

 蛙男は、自分の飲み物にはまだ口をつけていない。黒服が仕込んでくれたであろう眠り薬(?)が、このままでは無駄になる、──。

 

「お兄さま、おいたは駄目ですよ?」

 

 かろうじて女の油断を見すまして、護身術で習った要領で右腕の拘束をはずした彼女は。

 今度は自分の意志で体をやわらかくねじり、蛙男の顔を下から見上げるようにして、自由になった右手をそっと蛙男の左頬にあてた。

 予想どおり、脂っぽい。でも顔に不快感はあらわさず、ほほ笑みかける。

 いっそう、股間に当たっているものが固くなる気配。笑顔笑顔。

 

「さっきお兄さまが奪った、私の、この唇。」

 

 すこし伸びをして、そして蛙男の顔をその右頬に当てた手でひきよせて。

 斜め下から、蛙男のあぶらぎった頬に唇を押し当てた。やわらかい唇の感触が、伝わってるはずだ。

 蛙男が、がちがちに硬直するのがわかる。

 

「──お兄さまのソレでも、試してみたくないですか?」

 

 表情をみるために体を離して笑いかけると、おそるおそるという風情で蛙男が頷く。

 蛙男の血走った小さな目に、期待と不安がないまぜになっている。激しく、葛藤している。

 左右のロリ女に視線を送ると、不承不承、彼女らによる手首と両膝の拘束が解ける。この場の主導権を、彼女がつかんだことをロリ女たちも認めたのだ。

 さっきのまま、なし崩しにヤられてしまうより、一度、口で抜いてあげたほうがいい。

 この蛙にはまだ聞くことがあるし、関係を良好に保つ必要がある、と彼女は判断した。

 

「ほら、さっきの、お返しですよ?」

 

 ようやく、彼の腿上からすべりおりることができた彼女は、そう発言し。

 ローテーブルの上の彼のグラスの水割りを、思い切って多めに、口いっぱいに含み。

 蛙男のもとに戻って腰をかがめ、硬直が続いている彼のぼってりした唇に、自分の唇を押し当て。

 水割りを、口移しで注ぎ込む。

 彼女自身は、できるだけ飲まないように気をつける。でも、多少は口の粘膜から吸収してしまったり、喉奥にはいってしまったりして、彼女にも作用するだろう。だから時間は、あまりない。

 この蛙男から一発抜いて、疲れて眠ってしまったと思わせないといけない。

 

「ちょっとお兄さまのそれ、みせてください。

 大きいんですよね、痛かったんです。」

 

 彼女は床に両膝をついた姿勢をとり、彼の股間ににじり寄る。

 

「りなちゃん、ぼくは、ぼくは、──」

 

 ぱんぱんのスラックスの、前のジッパーをあける。

 むわっと熱くムレた空気。チーズに似た、不快な臭い。

 肩を叩かれて振り向くと、おしぼりを数枚、黒服のウェイターが渡してくれる。耳に、ごく小さい声でささやかれる。

 

「イソジン溶かしてます。(あん)さんからっす、無理せんように、って」

 

「ありがとう」

 

 みると、遠くであの巨体の用心棒がこちらをみているのに気付いた。大丈夫、というように頷いて微笑み返す。 

 どういうわけかわからないが、あの大きな男は彼女に好意を持って、心配してくれてるようだ。

 通じたかどうかわからないが、今の彼女の戦場はこちらだ。蛙男に戻ろう。

 

 彼のそれを、白いブリーフから引き出す。

(ぱんぱんに張っていて、うまく取り出すのにはちょっと苦労した。)

 あまり長くはないが、太い。ドリルに似た醜悪な形で、ところどころに見覚えのあるこぶがある。

 砂土原と同じだ、何かを埋め込んでるんだ。──色はきれいだ。真珠か。

 

「お兄さまのここ。真珠入り、なんですね?」

 

「──うん、真珠、真珠、りなちゃんのため、──」

 

 消毒薬の香りがかすかにするおしぼりを使って、彼のソレをぬぐい。

 蛙男の、キモく興奮している顔に笑いかけて、心を決めて口に含む。

 顔に落ちかかってきた髪を耳にかけ、彼女は最初はやわらかく舌と頬で刺激する。

 ただ抜くだけならもっと強く刺激すればいいが、完璧主義者の彼女としては、彼に快感を覚えてほしかった。

 

 奉仕中に、ふわ、と風を背中に感じ。中断して後ろをみると。

 跪いた彼女のワンピースのスカートを、蛙男がまくりあげている。

 鼻息が、いっそう荒い。

 

「もう、恥ずかしいです!」

 

 ここまできたら、演技に徹する。ロリコン野郎の理想の女を演じてやりたい。

 頬を染めて、すこし膨れてみせて。でもいいです、と言って奉仕に戻る。

 

 ──寝起きのままだし、下着はろくに注意してないんだけどな。でも、見られて恥ずかしいものは付けていない、はずだ。

(いや正確には、見られて恥ずかしいけど、萎えられてしまうようなものではない。)

 

 調子に乗った蛙男によって、ワンピースがおそらくお腹のあたりまでまくり上げられた。

 蛙の手のひらが、最初はおずおずと、次にはもっと大胆に、服を剥かれた彼女の背中からお尻を撫でる。指が、ショーツ越しに割れ目の上を撫でる。

 彼の不格好なソレが、一層固くなる。

 

()ごいで()。お兄()ま」

 

 軽く眠気を覚え始めた彼女は、少し本格モードで。

 彼のソレを唇と頬でしごき、舌で先端を刺激してやる。

 数分で、あっけなく彼は射精した。

 

 ──────

 

 抜いてやった後、汗だくで眠り込んでしまった彼を黒服の助けでタクシーに押し込む。

 こういうことも、よくあるらしい。送り届け先を、黒服は熟知していた。

 

 もう2時。まだクラブには人が残っているが、少しずつ減り始めている。

 私も帰ります、と彼女は告げて黒服に送られて、エレベータで地上に上がる。

 

「タクシー、ここん(ここの)会社は口が堅いっす。」

 

 そう黒服の店員が言って、呼んでくれたタクシーに乗り込む。

 真面目そうな運転手さんに、「葉良先生の、砦山裏の自宅に」と告げる。

(正確な住所を彼女は知らなかったが、幸いにも運転手さんは知っていた。)

 

 ──まずいな、安さんが蛙男に仕込んだ薬が、効いてきてしまったかもしれない。ふらふらする。

 ああ、売れっ子のころみたいだ。

 夜遅くまで仕事で、そして帰って寝てたお母さんにハグしてもらって、そしてお風呂、──

 

 そう考えながら、彼女はタクシーの後部座席で、うとうとする。

 夢うつつの状態。その微妙なトランス状態で、彼女は何か、奇妙な夢をかいまみる。

 

 ──ファンタジーにでてくるみたいな服装の若い女の人と、戦士みたいな人。

 そして、昼間に道案内してくれた背の高い素朴な男の子だ。

 えっと、これは誰だろう、女の子。みたことない、きれいな子。

 何者かと、戦ってるみたいだけど、──

 

 葉良元議員の邸についたときには、彼女は半分その夢を忘れてしまっていて。

 チケットを渡して清算後、教えられたように勝手口から家に入り、かろうじてはみがきをして、寝てしまった。

 彼女が砂土原に伝えていた、深夜とはいえ何者かが館の出入りを観察していないか?という懸念は、帰路で眠り込んでしまった彼女の頭からは消えてしまっていた。

 

 ──────

 ──────

 

(第三者視点)

 

「安さん、さっきそこに入っとった、有明いう子。芸能人ですやん、たしかテレビとか出とった?

 あ、誰にも言いません。あのコーナー、気づかれんようにすこしずつ照明落として他を明るくしましたし。

 最近は出とらんし、気づいてるんはまだ俺たちだけやと思います。」

 

「──ああ、せやな。ただなあ、──」

 

 朝まで乱痴気騒ぎをする連中も多い、この地下クラブ。

 特に最近、クルーズ船で来た外国人たちは無尽蔵の体力があるのか、朝まで飲んだくれて乱行をつくしている。

 それでも夜が更けて、多少は人が少なくなったフロアで、黒服の一人は強面の用心棒とぽつぽつ会話する。

 この強面の男は、おそろしく強く残酷にもなれるが、普段は意外に温和なのだ。

 

「──あんな子が体売るって、ほんま間違(まちご)うとるんよ」

 

 強面の用心棒は、そう面白くなさそうに言う。

 黒服も、ふんふんと頷く。この用心棒の、ちょっとした人間味(弱点)のひとつなのだ。

 

「まさか、情が移ったってわけじゃないよね?安さん。」

 

 そこに背後から、別の若い男の声。

 

「リハンさん?」

 

 へらへらした笑みを浮かべた、若い男。御子須(みこす)リハン。

 凄腕の縄師にして調教師だと知らなければ、よくいる軽めの青年にしか見えない。

 今日は横に、別の大学生くらいにみえる、軽薄そうな青年を伴っている。

 御子須リハンは、今日はとある獲物の調教を行っていたはずだが、──

 

「あっちの方は、済んだんね?」

 

「しっかり、鼻っ柱を折ってやったっすよ。

 もう少しかかりますけど、良い感じに仕込めるっすよ。

 それにしても、さっきの、あのタマ。あれは、すごいっすね、よかったら、──」

 

「──リハやん。でも、あれで足りる、言うてたやろ」

 

 ちょっと不快そうに、大柄な用心棒は御子須リハンの言葉を遮る。

 リハンは、肩をすくめる。

 

「まぁた安さん、ちっちゃい子には、すぐ入れ込んじゃうんだから。

 でもあの顔だし、度胸も根性もありそうだし。

 あれを折っていくのは、すっごくいい見世物、芸術になると思うんだけどなあ。

 ──そんな怖い顔、せんといてよ。全部冗談、冗談」

 

「リハやんのは、冗談で済まんのよ。」

 

 御子須リハンと呼ばれる調教師と青年は、酒場を去っていく。

 見送る刺青の用心棒は、少し引っかかる様子だったが。

 

 ──どのみち、なるようにしかならんやろ。

 

 そう考えて彼は部下たちと、気を切り替えて仕事に戻ったのだった。

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