タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
朝早く目が覚めた。
寝ているのにも飽きて、起きだす。
椅子に座って机に脚を乗せた姿勢で、目の前の、昨日姉から届いたレポート用紙と資料のコピーを見返す。
この当時、PCはまだ大学生レベルには普及していない。ワープロ打ちのレジュメは、最先端なのだ。たいていは手書きである。
姉のレポートも手書きであり、少し大きめの読みやすい文字で箇条書きに資料の概要といくつかの要点が述べられていた。インターネットのない時代としてはなかなかの結果だと思う。
頭に鉄輪、いまでいう五徳、を載せて人を呪う風習。いわゆる丑の刻参りで頭に五徳を載せることが有名だが、この五徳、を頭に載せて呪いや凶行を行うことは、極めて古い起源を持つ。平安時代に記録を遡ることができるもののようだ。資料もたくさん添付してあった。
この五徳を頭に逆さにかぶる行為は、おそらくは凶行を夜間に一人で行う関係で、両手を自由にしつつ、松明や蝋燭のような明かりを確保する必要に迫られてのことかもしれない。ヘッドランプの昔バージョンだな。最近でもないが、戦前の津山三十人殺しで、犯人が頭に懐中電灯を括りつけていた。
ただ姉の調査の限りでは、五徳自体が力を与えるとかいう記述は特に見つけられなかったようだ。五徳をひっくり返すわけだから、悪徳が備わる、という示唆くらいか?それとも、五徳自体というより、五徳をひっくり返して被って行う呪いによる力という意味なのではないか、と姉は書いていた。
冠に関しては、まだ調査が不十分だと書いていた。キリストのいばらの冠が有名だが、王冠様の拷問器具が用いられたことはあるらしい、熱したり内側に棘をつけていたり締め上げたり、まだ調査は進んでいないといいながら限られたサンプル数の中にあってもバリエーションは豊かだ。この手のことにはすごい創意工夫を凝らすんだよな、中世の人々。
また、呪われた冠に関する記述も多いが、あまり良い資料が手に入っていない、と姉は書いていた。
添付された資料を流し読みする。あの有名な「金枝篇」の森の王の習俗もそうだが、結構血なまぐさい話も多い。
そして最後に「骨だけになったすげ笠」。江戸時代の人が頭に被っていたすげ笠、あれが骨だけになったようなもの。この切り口での成果はあまり上がっていない。
その中にある、柳田国男の「遠野物語拾遺」の162話。子供が、骨だけになった笠をかぶった男とすれ違ったが、親は全く気づいていなかったという話は、少し気になる。ただこれは子供にしか見えない死者なのだろうな。暴力的とも思えないし、おそらくは僕の捜しているものとは違うのだろうがーー。
僕はあの、谷津崎老人(と仮定するが)の頭の形が気になっていた。
モザイク越しには、不思議な形の王冠に見えた。
ただ、その形はちょっと普通の冠と違っていて、奇妙な棒が横に突き出ているように見えたのだ。
そういうことがもしあるとすればだが、棒が頭を貫通して両側に飛び出している、という感じに、放射的に。3本か4本が貫通している感じ(6~8本の棒が頭から飛び出ているかのようなモザイクのかかり方だった)に見えた。
棒も正確に言えば直線ではなく、微妙に曲がっているように思われるものもあった。
パラボラアンテナに近いが、やはり違うか。
その棒は全方位でなく、頭の側方部に集中していたように思う。
僕も一瞬、見ただけなので、はっきりとは言えないが。
何らかの道具、呪いの道具?なのだろうか。
僕はその手の呪いや超自然的なものを信じていない。だが、あの老人の精悍な肉体、怪力、そしておそらくは生命の限界を超えそうなほどの長命、を思うと、奇妙な、超自然的な力の存在を信じたくなるのだ。
しかし、そうだとして、どんなふうにそれに対抗すればいいのか?それとも対抗せず、この地方を脱出させることが正解なのか?だが僕の推論が正しいとして、羽立毛市や多賀島市の犠牲者の発生、第二、第三の紫藤の発生をそのままにしていいのか?だが、そもそも僕の手には紫藤ひとりを救うだけでも精一杯に思える。みんなを救おうとして、たとえば谷津崎老人と対決しようとしても、それは牛車に向かう蟷螂の斧、風車に突撃するドン・キホーテだろう。
答えは出ない。
ため息をついて、僕はレポートを封筒に戻し、丁寧に机の引き出しにしまった。
ーーーーー
連休二日目。僕と紫藤は再び学校で待ち合わせた。
今日も短時間だけ卓球の朝練に顔を出す。僕は、反復練習の効力を信じる。毎日少しずつでもやっていると、やはりボールに対する慣れというのだろうか、感覚が育つ気がするのだ。
昔はただ当ててたラケットが、今では不完全ながら自分の指先のように感じる。ボールの撫で方で、ドライブのかかり具合が調節できる、もちろん、もっと上手い先輩方は僕よりよくこの感覚を知っているだろうけど。
だから僕は一応、家に帰宅後も、朝夕ごく短時間でも、ぽんぽんとラケットでボールを跳ねさせて手を慣らす習慣にしている。
僕はやらない、やりたくないが、長時間練習もスポーツの種目によっては効果はあるんだろう。
ふらふらになってもやり抜く精神力とか、持久力とか、とくにコンタクトスポーツ系はそこらへんの要素が大事なのだろう。
ただ、卓球はそういう要素が濃いスポーツではない、そういう要素がまったくないとまでは言わないが。
だから僕は、できるだけ卓球の練習には短時間でもいいから数多く顔をだすことにしている。
もっとも、ほかにやるべきことも多い。今日は所用があるんで、と言って申し訳なさそうな顔をしながら(ぬるい部活であるとはいえ、会社員生活で学んだ、人間関係のポイントみたいなのを押さえるのは必要だと思っている)、途中で抜けた。
ーーーーー
今日も先に求学館に顔を出す。そちらに紫藤がいたのでちょっとびっくりした。紫藤は僕をみるとうれしそうにぱあっと花の咲くような笑みを浮かべた。うん、もう客観的にすごくかわいい。
ちなみに隅で自習してた多分上級生の男の先輩も、紫藤に見とれてるな。すんません先輩、それ僕のですんで。
紫藤が自習用具を片付けようか?と尋ねるそぶりを見せたので、軽く押しとどめるそぶりを見せて、僕も紫藤の横の席に勉強道具を広げる。
少しは勉強しておかないとね、学生の本分は勉強だ。秋月さんもそう言ってたし。
紫藤を見ていた先輩が、茫然自失から覚めたように咳払いして自分の勉強に戻っていた。さて、僕も頑張らないとな。
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午前中は勉強を進めた。
横に紫藤がいたら集中できないかな、と思ったが、そんなことはなかった。横目で何度か紫藤を見たが、紫藤は真剣な顔で勉強していた。
僕は紫藤のちょっとおっちょこちょいなところも、小動物なところもいろいろ見てきたと思うけど、学内試験のたびに名前が出される、成績上位者リストの常連さんである優等生なんだよな。全国模試でも科目別優秀者としては名前が載ることもある。
どう考えても不快な人物であるだろう継父など、いろいろ家庭の事情もあって大変そうなのに、頑張ってるんだな。そのあり方、自分のやるべきことに真剣に向き合うあり方は、尊敬に値する。
1回目の僕がついに中途半端にしか身に付けられなかった姿勢だ。
僕も見習うべく、心を引き締める。
昨日みたいな、甘々な展開が恋しくはあるが。
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正午を回るころになり、自習室に来ていた人もちらほらと荷物をたたんで出て行ったり、席にノート等を置いたままで昼食に出る人が増え始めた。
紫藤に目で問いかける、紫藤がほわんと笑みを浮かべて頷く。
少し迷ったが、荷物はすべてまとめて撤収することにして、昨日のように文芸部を目指した。
文芸部は今日も無人。またあの日の入る窓側にある、古い机でお弁当を広げる。
心持ち昨日よりびっしりと詰められたお弁当。聞けば、紫藤母は明日、完全オフにする予定らしい。でもまさにその日に紫藤は啓発関係のアルバイトを入れている。街角で花のタネとセットにしたチラシを配るバイトらしい。場所はそれとなく聞き出した。時間があったら覗いてみよう。
「それでさ、」
話が少し途切れたとき。紫藤が切り出した。
「学校の七不思議って、知ってる?」
都市伝説か。
「いくつかは聞いたことがある。まず、音楽室のピアノ。」
自動演奏でもないのに、ときどきひとりでに鳴り出すといううわさがある。まあこれは全国共通かもな。動くベートーヴェンの肖像画の方がポピュラーだろうが。
「交互に言っていこうよ。わたしの番だね。2つ目で、旧校舎西階段の鏡。」
今度は紫藤が挙げた。旧校舎、美術室とかがあり、3年生が入る棟でもある。合わせ鏡になっていて、夜のある時間帯に入ると現実世界の裏側の世界への通路になるとか。
「裏側世界への扉ってやつだな。行った人は聞いたことがないけど。」
「わたしは好きだな。行ってみたいよ。」
「文化祭のときに泊まり込めば実験できるかもな。次、第一理科室の頭蓋骨。」
骨格標本がポピュラーなんだろうけど、この学校では頭蓋骨の標本だ。どうみても本物の人間の頭蓋骨に見えるといわれている。
小人の頭蓋骨もあったといわれている。もしあったら、それは子供のものか、あるいはフローレス原人のものか。後者ならロマンがある気がするが、前者だとぞっとしない話だ。別に僕は子供好きではないけれど、子供や若者が死ぬ映画とかは見てられない。
「頭蓋骨は今もあるよね。もし本物だったら警察とかが来てるんじゃないかなあ。」
「だからまあ、精巧にできた偽物なのかな。」
そんなところか。
「次だね。4つ目かな。図書館にある呪いの本。」
「それは聞いたことがないな。」
「ごく普通の本だって言われてる。でも、あの、図書館の本って、裏表紙のブックポケットに貸し出しカードがあるよね?名前と貸出日、返却日を入れるやつ。」
「うん。あれに名前を書いて、カウンターに出す、もし窓口に人がいなければ、ポストに入れてもいいらしいけど、やったことはない。」
「事故があるから、ポスト入れはしないでほしいって言われてたかな。わたし1年生のころ、図書委員だからそう案内してたよ。それでね、」
図書館の数万冊の所蔵書の中の一冊。別に特別なものではなく、ごく普通の本らしい。
この時代、貸出時には貸出カードに名前を書いて出すのだが、その貸出カードの名前が死人らしい。
高校生の死亡率は低いだろうが、不慮の事故で在学中に死亡することもある。
そこに並んだ名前は、すべて在学中に死亡した学生たちの名前だったらしい。
名前に既視感を覚えた司書さんが発見したとか。
不吉だ、ということでカードを切り替えたらしい。
「これは本当かもしれない、って言われてる。でも、今では存在していないかもね。」
「気になる話だな。名前を書くと呪われるのか、あるいは自殺を考えるような人が読むような内容の本なのか。」
顔を見合わせる。ただ、普通の本だというから、前者が危惧されて都市伝説化したのだろうか。
「それじゃ、次、志野くん。」
「僕はもうそのくらいしか知らないよ。美術室とかに何かあった気がするけど。」
「わたし、その話知ってるよ。さっきの図書館の本と同じような話なんだけど、」
やはり見ると不思議なことが起こる絵があるらしい。
かなり前の部員だった卒業生の絵らしい。これも、絵自体はそれほど奇異なものではなく、窓際で物憂げに外をみる女子学生が描かれているとのことだ。ただ、絵は現在紛失しているそうだ。
「不思議なことが起こる、ってのは?」
「これが、良くわからないみたいなんだよ。いいことも悪いことも起きた、って聞いたよ。」
この学校ではところどころに卒業生の絵が展示されているのだが、三者面談時に絵を見た母親の早期のガンが見つかって命が助かった、という、ちょっと因果関係がわかりにくいものから、絵を見てなぜか探し物の場所がわかった、という超自然的な話もあったらしい。悪いことってなんだろう、と聞くと、そこは良く知らないとか。雲をつかむような話だ。
「不思議ではあるが、所在が分からないんだね。」
「そうだね、新しい話にそのうち切り替わるかも。」
「次、わたしだね。6番目なんだけど、不思議な用務員さんかな。」
「不思議な用務員さん?」
「同じ人が、同時に2か所にいたりとか、数十年前の卒業生が、同じ顔、背格好の用務員さんを目撃したりとか。」
正門で閉門作業をしていた用務員さんに挨拶して、そこで忘れ物を思い出して教室にとって返した生徒が、その自分が正門で挨拶したまさにその用務員さんが教室の蛍光灯を換えているところに遭遇したとか。
昭和30年代の卒業生が、大成して講演で訪れた母校で全く年取った気配のない、同じ用務員さんを目撃したりとか。
「さすがに人事記録は残ってるだろうし、ーー」
「だよね、気のせいかもしれないね。あの制服だっけ、あれ着てると全員同じに見えるよ。」
あはは、と笑う。
「7番目なんだけど、ーーー」
「ごめん、僕、ギブ。」
わかんないや、という。
紫藤はあはは、そうだよねと笑って、言った。
「わたしも知らない、っていうか七不思議の七番目はそれ自体の存在が七不思議になってるって、聞いたことがあるよ。」
候補はいくつかあるらしいが。庭の銅像とか、プールの更衣室とか。でも候補止まりらしい。
「あるっちゃあるパターンだな。」
でもね、と紫藤は顔をあらためた。
「昨日さ、その、そこの五階の和室で、」ーーこれを言いながら、紫藤は顔を赤らめた、ーー「聞いた話。」
紫藤は一度言葉を切って、視線を外に投げた。
「七番目って、あの、開かずの間になってる五階の部屋じゃないかな。」
窓の外のある方向に目をやりながら、紫藤は言った。
僕も釣られて体の向きを変えて、そちらを見やる。
僕たちの視線の先には、この部屋の位置から、直接の視認は難しいが、この建物4つの尖塔部分の部屋のうち、使われていないと思われる部屋、ーー昨日、和室から外を見たとき、ひとつだけその窓が鎧戸で閉ざされていた塔の部屋、があった。