※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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志野視点→第三者(有明りな)視点→紫藤みなり視点です。


250 少し汚れて、でも染まらないまま(16)(志・有・紫)

(志野視点、水曜日夜、葉良邸)

 

「ねえ、しーくん。

 ほんとに、お金は要らない?」

 

 有明りなが、僕に問いかける。

 伸ばした彼女の手が僕の胸のあたりに添えられ。

 僕はなぜか性的(sexual)なものをその手に感じて、生唾を飲んだ。

 僕をみあげる彼女の目と、目が合う。

 彼女の大きな目は、夜のくらがりのなかで。

 未知の深い感情を秘めているようにみえて、僕は動揺を深めた。

 

 考えてみれば、深夜の家。僕と、この彼女とふたりきり。

 僕がけしからん考えを起こせば、無理矢理、組み敷いてしまえるような華奢な体。

 家は僕たち以外は無人。あたりには誰も、僕をみとがめるものはなく、──

 何を考えてるんだ。僕は頭を軽く振り、妙な考えをふりはらった。

 

「ああ。そんなものより。」

 

 そんなものより、と言ったが、そこで僕は言葉につまった。

 別に僕、欲しいものはない。いや、バイクとかは欲しいけど無理だよね。

 お金は、そりゃあればいいんだろうけどさ。

 えーと、だから「そんなもの」はちょっと言い過ぎ。言い直そう。

 

「──有明の、気持ちだよ」

 

 お礼をお金でもらうのは、なんか違う。

 彼女の気持ちだけで、十分だ。

 そう思った僕は、そう返したのだが。

 

「えっ?」

 

 彼女は聞きおとしたようで、急にあわてたように、聞き返される。

 あー、この子、ときどき話きいてないからな。

 有明の方が、お金が必要だ。彼女がお金に困ってるらしいってことを僕は知ってる。

 お金は、いくらあっても困るものでもないしな。

 お金は、僕にはそんなに必要ない。有明の方こそ、お金が必要なんだろう?と伝えよう。

 

「有明が、必要なんだ「あー、ええ、ありがとう!」ろう?」

 

 何がいいんだろうか、慌てたように僕の言葉の途中で言葉を割り込ませた有明は、一度顔を伏せ。

 そして、しばらく僕の顔を直視しないままに、僕の胸元(山道を行くと思ってなかったので、白いTシャツ一枚だけしか着てなかった)をぺたぺた触れた後、僕の肘や前腕にもさわってきた。

 汗が浮いてべたべたするかもしれないのにな。僕は居心地悪く身じろぎした。

 

「ねえ、しーくんさ。意外と、モテるんでしょう?」

 

 ようやく顔を上げた有明は、すこし赤い顔でそういう。

 はて、文脈が良くわからないが。

 僕がお金に関心ないのを「気風(きっぷ)がいい」とでも思ってくれたのだろう。江戸っ子気質というやつだな。

 

「いや、──モテないよ」

 

 しっかり、断言する。

 僕は1回目の人生ではあまりモテなかった。自信がある。

 2回目では、──モテるってのは違うよな。紫藤と調布から好かれてるだけで。

 国領とは微妙だし、ESSの先輩からは絶交されたし、クラスの女子たちからはなんか敬遠されてる、っていうか引かれてる。

(これは調布も悪いんだ。ごくときたま、なんか噂話を聞きつけた女の子たちが面白いおもちゃをみるような目でニヨニヨしながら僕に寄ってきてくれることがあるのに、ほらほら解散!って調布が蹴散らしてしまうんだよ。)

 

「ううん、きっとモテるよ。今はそうじゃなくても、すぐ、ね。東京来たら。

 ねえ、しーくん、高校2年ってさっき言ったよね。

 お姉さんが、いろいろ教えてあげよう!」

 

「?うん、是非お願いするよ。

 好きなスポットとか、教えてくれ。」

 

 僕だって東京に20年近く住んでたから、ある程度土地勘あるんだけどな。

 ただ、僕の学生時代の行動範囲は結構偏ってるし、社会人になってからは職場と家の往復。

 上京したら、彼女世代の女の子が好きな名所とかを案内してもらうのもいいかもしれない。ほら、万が一すべてがうまくいったら、紫藤とのデートに使えるかも。

 

 それにしても、「お姉さん」なんてマウントとってるけど。

 この子、僕と学年でいえば1つ上、生まれ年は一緒じゃないかな。

 だいたい長い前世(?)の人生経験とくらべたらだね、有明なんてほんの小娘だ。

 

 有明が僕のお腹のあたりに顔を埋めて、息を吸いこんだので。

 僕はまた汗とか臭いとかの恐怖を感じ、動揺して。

 そろそろ時間だからごめんな、と有明をそれとなく引きはがした。

 起き上がった彼女は、恨めしげな顔を向ける。

 

「もう、時間?」

 

「ああ、もう遅いしな。」

 

 腕時計をみる。そろそろ12時45分。

 それを見せると、有明はしょげた顔をした。

 

「しーくん。また、すぐ、会えるよね。」

 

「ああ。また今度、な。」

 

 僕、忙しいんだけどなー。

 有明がこっちにいる間、そう、夏休みの間かな。

 一度、多賀島の街を案内して名物でも食べさせてやるくらいは仕方ないだろう。

 

「私、しーくんを送っていきたい。」

 

「駄目だ、暗いと危ないしな。

 しっかり寝てくれ。」

 

 気のせいか、小顔に映える、彼女の大きい目の下にくまが浮いてる気がする。

 

「うん、わかった。今日はありがとう。しーくんも、気をつけてね。

 また、今度はポケベルにもお願い。──送らなかったら鬼電するから」

 

 うわっ、それは勘弁してくれ、と彼女と苦笑を交わしながら。

 僕は彼女と別れ、夜の道を帰路に着いた。

 

 ──────

 ──────

(有明りな視点、水曜日深夜、葉良邸)

 

 月明かりの中、闇の中に歩み去っていく大柄な彼の後ろ姿を。

 台所の裏口から一歩出て、彼女は見送る。

 途中で一度だけ、彼女が見ているのを分かっているように手を振ってくれて、彼女は自分の心臓が不規則にどきっと打つのを感じた。

 手を振り返しながらも、彼女は目に彼の姿を焼きつけようとする。

 

 白いシャツ、濃い濃紺のジーンズ。飾り気ひとつない、あまりにありふれた服装。

 彼の素朴な、誠実な人柄を示しているようだ。

 その彼のシャツに隠された胸や腕の筋肉をはしたなく手で触ったことを思い出し、彼女の胸はまた不規則に動悸を高める。

 彼の広い背中がやがて闇に消えた後も、彼女はしばらくそこに佇んでいた。

 

(こんな気持ち、初めてかも)

 

 いや、かっこいい男の子ってのは見慣れてた。

 ただ、外見はかっこよく見えても内面は別。ぶっちゃけクソガキも多かった。

 撮影の合間の待機時間に、すぐブスとか言ってきてスカートをめくってきて、つかみあいの喧嘩になったり。

 大人だってそう。撮影のときは、ブルーのシャツが似合う、いかにも知的で親切だったディレクターも。

 枕営業もどきで行かされると、彼女に口で抜かせただけでは飽き足らず、嬉々として中に指を入れ、彼女を喘がせようとしてきたものだ。

 彼はまあ、パッと見は地味。でも、あの人たちとは全然違う。

 そう、魂が惹かれるものを感じる。

 

(彼も、まんざらではなさそうだった!)

 

 「お金はいらない。有明の、気持ちが欲しい。有明が必要なんだ」と言い放った彼のことを思い出す。

 あの言葉に、打ちぬかれたこの心の震え。

 この人は彼女を必要としてる。そう知って、心にじわじわとしみだしてきた、長らく忘れていた温かいもの。

 

(本気には、ならない。なっちゃいけない。

 彼が本気でも、最後まではつきあえないし)

 

 まあ彼には、このひと夏、ささやかな手ほどきをして。そう、ひと夏の甘酸っぱい思い出を残してあげよう。

 もし望めば、──他の男の人にはさせなかったことだって。

 

(でも彼もけっこうああみえて、女の子の体にかなり興味があるのね)

 

 彼は彼女(有明りな)に、てらいもなく「好きなスポット」の質問をしてきた。

 Gスポ○トとか、そういう女性の性感帯について知りたいということだろう。

 思わず赤面してしまいそうな直截的な質問であるが、そこにも彼の朴訥な人柄が表れている。

 きっと、パートナーに気持ちよくなってほしい、という考えなのだろう。

 ますます彼女は、彼の誠実さに好意を深める。

 もちろん、──恥ずかしいけど、協力するつもりはある。

 あー、二間多マネージャーに恩義はあるが、彼には幸せになってほしいし。

 

 次回だな、次回。この家じゃなくて、外がいいかな。

 やっぱり、明日にでも下の街への道を確かめよう。あの絶壁も、どっか降りる道があるはず。

 台本の予習不足は絶対ダメだって知ってたはずなのに、準備不足で彼に迷惑をかけてしまったし。

 

 そう彼女は、思いをめぐらしながら。

 来るべき、彼との次回の密会について、もぐりこんだふとんで計画をたてはじめたのだった。

 

 ──────

 ──────

 

(紫藤みなり視点、水曜日夜、谷津崎老人の山荘)

 

 きょうは、御前様の館に戻ってきている。

 御前様が実は怖い人だってことがわかって、本当は戻るのがこわい。

 だけど、なぜか戻らないといけない、って気がする。

 

 もちろん、それは今、目の前でわたしのために賄いごはんを準備してる、まいらさんがいるためでもあるし。

 あの中庭に立つ、窓の少ない牢獄を兼ねてる塔に囚われの身の、篠崎瑞さんというラプンツェルのためでもある。

 でも、それらの事情がなくても、わたしはここに引き寄せられてしまっただろう、と思うんだ。

 

 ここは、うずまきみたいになってる館のいちばん奥の、わたしたち女性使用人(?)の居住区画のリビングルームにあたる部屋。

 わたしたち女性使用人の居住区画から食堂までは、遠い。

 だから、もちろん前もって厨房に要望を出しておけば、夕食を準備してもらえる。

 それ以外にわたしたちの居住区画にも、電気コンロとか冷蔵庫とか電子レンジとかの設置された、キッチンスペースがあるので。

 その、キッチンを使って賄いを作ってもいいことになってるらしい。

(プロパンガスではないので、火力はちょっと弱いし、本格的な料理は難しいのよ、って、まいらさんが少し得意げにいってた。絶対、お料理教室かなにかの受け売りだ。)

 

 このキッチンで、まいらさんが料理をつくってくれて、同室の共用ラウンジみたいなところでいただく。

(わたしたち2人しかいない居住区画だけど、収容定員は20名近くらしく、ラウンジもたっぷりスペースがある。設備も充実してる。テーブルが2つあるランチルームに、新聞とかメジャー雑誌の最新号が入ってる、ソファの設置された居心地のいい談話室とか。)

 ポテトフライを食べたから無理かも、と思ってたけど、意外にお腹が空いてて美味しく食べられた。

 

「美味しいです、まいらさん!」

 

「───そう?ありがとう!」

 

 おや?

 いつもは、おしゃべりでなにかにと話しかけてきてくれるまいらさんが、うわの空だ。

 ただ、何か私を軽視してるとか、意趣があるとかいうわけじゃなく。

 何か頭の中のことに、気を取られている。もっといえば、ひどく悩んでる?

 そっと、向かい側に座っているまいらさんの表情をうかがうと。

 その、外国の犬みたいに鼻筋のとおった派手な美人っぽい顔の眉間が、すこし寄ってる。

 だけどわたしの凝視に気付き、まいらさんは物思いからさめてにこっと微笑んでくれた。

 

「きょうも、ちょっち変な形になっちゃった。ごめんね。」

 

「そんなことないです。すごく美味しいです。」

 

 ほんとに美味しいんだ。材料がいいんだろうな。

 

「よかった!

 ──あの料理人(シェフ)も、イヤらしいけど腕は確かなのね。

 アタシがつくると、ブサイクになっちゃうのに、いつもきちっと作るのよ。

 でも、あいつが、──」

 

 まいらさんはそう言いかけて首をふり、ほうっとため息をつき、スープをすすった。

 ちょっと巻き巻きが甘いオムライスとサラダ、コンソメスープ。

 もちろん、素材は地鶏の卵とか使ってあって、すごくおいしい。

 そう言うと、まいらさんは喜んでいた。

(ちょっと気性が激しくて、おそらくは合う人合わない人があるまいらさんだけど。

 わたしは幸いにも、仲間枠に入れてもらってる。)

 

 まいらさんのいう、料理人(シェフ)さんというのは、下屋敷の料理人。

 マンガに出てくるみたいな、典型的な肥満体のコックさんなんだ。

 たしかに、ちょっと変かもしれない。笑えない下品な冗談をよく飛ばす。

 わたしにはあまり話さないしかかわりもないけど、調理補助をしているまいらさんは接触がある。

 ときどき、まいらさんの大きな胸とかをじいっと見つめてる

 わたしの、まったくもって変な言い方になってしまうんだけど。

 その視線は「えっちな関心がある」というより「美味しい食材をみている」という感じがして。

 わたしはこの料理人さんが、なんとなく苦手だった。

 そう、ありていにいえばちょっと怖いんだ。

 

「まいらさん、食欲がないんですか?」

 

 わたしは、順調に食べ進んでいるのだが。

 まいらさんの皿のオムライスが、まだ3/4くらいが残っているのに気がついた。

 サラダも、少しつついた程度。コンソメスープは、飲んでるみたいだけど、──。

 

「あー、大丈夫よ!

 お昼にね、ちょっとお客さんがきて、──うぐっ」

 

 突然、まいらさんが口を押さえて席を立ち、流しに向かった。

 肩を震わせて、──吐きもどしてる!

 私は、慌てて後を追い、流しにかがみこむまいらさんの背中をさすった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だいじょう、うぐぐっうろろっ」

 

 食べたばかりの消化されかけのオムライスと思しき薄茶色の半固体。わずかに散らばるサラダの緑色。

 でも、吐くものもあまりなさそうだ、辛そう。

 気道は確保できてるな、と内心恐慌をきたしながらも、私はひたすら、まいらさんの背中をさすった。

 

 ──────

 

「──さっきは、ありがとね。みなりちゃん。」

 

「いえ、たいしたことは。

 でも、まいらさん、大丈夫ですか?お医者さんとか、行きますか?」

 

 数分後。

 落ち着いたまいらさんだが、もう食べられない、と言って食事はラップをかけて冷蔵庫にしまってしまった。

 

 わたしは、まいらさんのことが心配になる。

 まいらさんは、病気にかかってたって聞いたことがある。

 みたところは、すっかり良くなった感じだけど。

 本当は、まだ治りきってないのかもしれない。

 ほら、抗がん剤とかは、吐き気が出るのもあるって聞く。

 

 それとも?

 わたしは、まいらさんのお腹を見るともなく見つめる。

 妊娠すると、体調の変化を起こすことがあるって聞く。

 ほら、食事の嗜好もかわっちゃったり、匂いに敏感になったり。

 そして、吐き気を催してしまったり。

 まいらさんは、御前様と、その、ヤるために雇われたんだーって、自分で言ってた。

 もしかすると、──?

 

「いや、原因は分かってるのよ。

 だから、お医者さまは大丈夫。」

 

 ──でもね、そうね、ちょっと相談してもいい?

 お部屋で、くつろぎながらとかとかでいい。

 ほら、この館、男の人ばっかりだし。

 たまには女同士でパジャマパーティーっていうの?あれ、いいじゃない。

 

 吐き気をおさめたけど、少し顔の白いまいらさんが、笑いながらそう言う。

 裏はなさそうだけどな。でももしかすると、「実は病気が再発して、──」とか、「実は、テドさんとの間に子供が、──」とか、爆弾発言があったりするかもしれない。

 でもな、後者だったらまだいいけど、前者だったら。

 どういう顔をしていいか、わからないよ。

 

「──はい。それは、今日?」

 

「あー、明日とか、明後日とかかな。

 今日は、ちょっと体調が悪いかも。自分から言い出しといて、ごめんね」

 

 わたしにはもちろん、断るオプションはない。

 承諾して、そしてそこで食事会はおひらきになった。

 

 ──────

 

 自室にもどり、はみがきや明日の準備をすませてベッドに入り。

 わたしは、思索をめぐらせていた。

 

 まいらさんの体調不良は、妊娠か、病気か、──あるいはまた、拷問されたのか。

 もちろん話をきいてからにはなるけど、どこかであの御前様と関係してる気がするんだ。

 とにかくこの異常な館のことを、志野くんかさとみんに伝えたい、相談したいのに。

 それなのに、わたしは何も言えてない。

 

 しかも、──なぜだろう。

 わたしには、頭痛以外に異常がある。

 なのにわたしは、その異常に気づいていなかった。

 いや、違和感を覚えたことは、あったんだ。へんだな、って。

 でも、すこしずつその違和感を異常と思わなくなってきてしまってるんだ。

 

 たとえば。

 なぜか、この館が、長く暮らして思い出のある自分の家より落ち着くことがある。

 なぜか、あの本当はおそろしい人である御前様のことが、慕わしく、その近くに戻りたい親のように感じることがある。

 なぜか、あの日のぞきみたまいらさんへの拷問のことが、楽しい記憶のように思い出されることがある。

 なぜか、あの囚われのラプンツェルさん、手紙の返信によれば、シノザキミズキさん。

 そのラプンツェルさんの顔なんてわたしはみたことがないのに、見たことがあるような偽の記憶がある。

 そして、その子をひどい目にあわせて、苦しめて、すごく残酷な殺し方をしてあげないといけない、──なんて考えが頭をよぎる。

 ──どれも、わたしの普通の感情、思考じゃない。

 

 まるで、自分じゃない誰かの考えを、自分の考えだと勘違いしているような、薄気味わるさ。

 わたしは、変だ。なにかがおかしい。

 そのことをどうにかして志野くんたちに伝えるか、気づいてもらわないといけない。

 

 そのためには、──あの趣味と実益を兼ねる試み。あれに、本腰をいれないといけない。

 恥ずかしかったけど、わたしも肚を据えるよ。

 

 そう、わたしはベッドのなかで決意をかためたのだった。

 

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