タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(誤字のご指摘、ありがとうございました!)
251 少し汚れて、でも染まらないまま(17)(志)
(志野視点、木曜日昼、学校にて)
「ねえ、志野くん。今日か明日、ちょっとだけ時間、いいかな?」
紫藤がそうおずおずと、しかし強固な意志を感じさせる様子で僕にそう言ってきたのは、2時間目の休み時間のことだった。
その日僕は、ひどく眠かった。──まあ、当然だよね。
前夜に、非常識な時間に電話をかけてきた情緒不安定な高飛車ロリ女に呼び出され。
ほいほいと出歩いて深夜に帰宅して。なんか腹立ちというかムラムラがおさまらず。
帰宅後、その高飛車ロリ女を貫いてアヘ顔にしてやる想像で抜いたこともあって。
だから、この日はあんまり調子よくなかった。
予習はしてたから授業にはついていけたけど、くらっ、と意識が飛ぶ感じもあって。
昼休みは仮部室で昼寝しようかな、なんて思ってたんだ。
そこを、トイレ前にある水道で眠気
だけどさ、紫藤だし。
基本、紫藤はひかえめで引っ込み思案。誰かさんと違って、僕に無理難題を要求したりってことはない。
まさに、天使といえよう。
その紫藤が僕に要望してくるなんて、貴重な機会なんだ。
僕としては、紫藤の要望にはできるだけ応えてあげたい。
睡眠不足とは言っても、授業もあと1日だし、今日の授業もあと4つだけ。
家に帰って眠るまで、持てばいい。なんとか残りの授業は乗り切れるだろう。
紫藤とのひとときを心のささえに、僕は午前中の残りの授業をのりきった。
待望の昼休み。紫藤と時間差をつけて仮部室にきてみると。
紫藤はこちらに背中を向けて、ちょこんと大きな机に向かい。
大学ノートとおぼしきものに、なにやら熱心に書き込みを加えていた。
「あ、志野くん!」
振り向いた紫藤のうれしそうな顔に。
僕は、胸がすこし締め付けられるような感覚を覚える。
学校で僕と紫藤が2人だけで話したりする時間は、実は少ない。
ほら、クラスだと男同士のつきあいもあるし。
僕と紫藤の机は、通常授業だと前・後ろなんだけど。
夏休みの補習期間の場合、習熟度別編成で授業するので席が離れてしまうんだ(A組、B組、C組それぞれの応用、実践、基礎でそれぞれクラスを作りなおす、みたいな感じね)。
クラスごとにメンバー違うからなんともいえないけど、たとえば英語だと、僕が座席でクラスの一番後ろになって、紫藤が次の列の一番前になったりする。
それも悪くはないんだけどね。後ろから、真剣に先生の説明に耳を傾けてるポニーテールの紫藤の後ろ姿とか、目のすみから舐めるようにみつめられるし。)
だから補習中は、紫藤とそんなに話したりできなかったりする。そう、紫藤分を十分、補給できなかったりするんだ。
「遅くなってごめんね。」
僕は、ちょっと迷ってから、紫藤のすぐ横の席の椅子を引いて座った。
すぐ隣に紫藤がいることに、僕は胸をどきつかせる。
一応、僕らがつきあってることは、今でこそクラス内では公然の秘密だけど。
僕と紫藤は、みんなの前でべたべたしたりはしないようにしてる。
つまり、ごく普通の、席の近い級友として会話はしたりするけど。
休み時間にくっついたりしないし、帰宅時も、正門を出て少し行くまで、つまり先生の目があるところまでは、手をつないだりもしない。
だから、ほんのちょっと前までは、僕たちがつきあってるってことはあまり知られてなかったと思う。
だからさ、クラスのほかの男子が空気読まず紫藤と話をしにきたり(最近は少ない)、ほかのクラスの男子が紫藤と接触しようとこころみたり(これは少し前まで結構多かった)するんだ。そんなとき、すごく僕は嫉妬を感じてしまう。
今はどちらも落ち着いたけど、学校では紫藤をひとりじめできるわけじゃない。
だからね、やっぱりこうして、紫藤を独占できるとすごく安心できるんだ。
「ううん。ごはん、食べよう?」
「うん」
紫藤はなぜか恥ずかしいものであるかのように、ノートを閉じ。
たずさえてきた、お弁当を開ける。僕も。
調布たちを待たなくていいのかな、って思ったけど。
紫藤曰く、この時間は調布と国領には話を通して予約済みらしい。
「みなり、何か話があるって?」
食べながら、僕は促す。紫藤がくれたお弁当のオムライス、中々美味しい。
僕も当然、代わりに鮭フライの一片を献じている。
「うん。──ちょっと内密の相談なんだ。」
──さとみんにも、伝えた方がいいかもしれないけどね。
ほら、志野くんはわたしと、──その、ね?
いろいろすることに、なるんだよね。
僕は、顔が赤面するのを感じる。紫藤もそうらしくて、ほんのり赤らめた顔を下に向けてる。
これは、あの先週の未遂のことを言っているんだな。ほら、紫藤に
とすると、紫藤の話ってのは避妊とかのことかな。
──それとも、しばらくあんなことはするな、って?
「ちがうよ!でもね、」
PDCAサイクル。そう、
大学ノートが、広げられて僕に提示される。
すこしマンガチックなタッチで棒人間がさまざまなポーズをとっているのが、克明に描かれている。
紫藤の丁寧な、補足メモ書きめいたものが寄せられている。
「まず、志野くんの方かな。」
なぜか腰のあたりから横に巨大な棒が出ている棒人間の絵。
その、腰から横に出ている棒が、さまざまな手段で攻撃されている。
小さな手で、ぴしゃぴしゃと叩かれている絵の横には、「第1段階?」と書かれている。
次に、温泉マークみたいな湯気が出てる水に、漬けられている様子。
そうやって温めた後に、氷のうかぶ冷水に漬けられている様子。
そして、こんどはハンマーのようなもので叩かれている様子。
そして、砂をいっぱいに詰め込んだ箱に、腕立て伏せのような姿勢をした棒人間が腰を振って棒を突き込む様子。
腰のあたりには、シュバッと動きを示す線が書き込まれている。
──これは?
「ほら。
志野くん本体の、強度を増すんだ。」
──授業で、先生が言ってたよね。
日本刀は、鋳造でなくて鍛造。
刀を鍛えるには、こう、熱してハンマーでたたきまくって、固く強くするんだ。
そして、熱した後につめたい水に入れてさまして、「焼き入れ」をするんだ。
僕は、不吉な予感を覚えた。
しかし、紫藤は続ける。上気した頬、きらきらした目が、かわいらしいのだが、──。
──あとね。千里がみてた、空手マンガ。
あれに、あったんだ。主人公が、海岸の砂に、こう、まっすぐにして揃えた指を突き込むところ。
鋼鉄のような強度に鍛え上げられた
「ねえ、紫藤。それってさ、もしかすると僕のアレを、──」
「そうだよ。わかってくれたかな。
この前は、強度不足もあったかもしれない。
だからさ、」
──志野くんの志野くんを、鍛えるんだ。鍛えまくるんだ。
そうすれば、きっとやすやすとわたしを貫くことが、──
「ストップ!みなり、あれは強度の問題というより、」
いや、だからってハンマーで僕のアレを叩いたら、潰れてしまうよ!
ましてや砂に突き込むって。指の爪が剥がれるような修行じゃん!
そう、抗議しようと口を開けた僕に対し。
──わかってるよ?
志野くんは、やさしいからね。だからわたしを傷つけまいとしたんだって。
乗り越えるべき問題は、
紫藤は、そんなことわかってるよ、と言わんばかりに。
絶句した僕に、ドヤ顔を向けながら続ける。
「ほら、このページだね。」
紫藤が示してくれた、大学ノートのまた別のページを覗き込む。
そこには、怖い吊り目が書き込まれた顔の大きめの棒人間(たぶん、僕のつもりだろう)が。
もう一人、目が×になってる小さめの棒人間(たぶん紫藤)の頭を拳で挟んでいる様子が描かれている。
──あー、「ウメボシ」だな。こめかみをぐりぐりするやつ。
「ほら、たとえばこんな風にして、さ。
わたしへ痛みをあたえることへの、気兼ねを少なくしていくんだよ。」
つまり、紫藤によれば。
僕は紫藤への気兼ねで、痛みや苦しみを与えてしまうことを忌避している。
それはとても紫藤にとってうれしいことらしい。愛されてる、という実感がある。
ただヤる以上は、はじめてに痛みがあるのは当然だ。それを紫藤は覚悟している。
他方、僕は紫藤に痛みを与えることに慣れなければならない。
紫藤も痛みを味わうことに慣れることができ、一石二鳥だ。
──そういうことらしい。
口をはさめず、話を聞いていた僕は額を汗がつうっと一筋、流れるのを感じた。
単に暑いせいだけじゃ、ない。
うーん。紫藤は基本、真面目な性格だけど。
ときどき、こういう変な方向に暴走するところがあるんだよなー。
「あとさ。
ほら、志野くんはわたしから目をそらすことがあるよね。」
大学ノートの、別のページ。
棒人間(小さめ)が、頭と腰に手をあててちょっとくねっとした恰好をしている。
その棒人間を前にした、別の棒人間(大きめ)が、顔部分からしずく型のものを噴き出している。
「鼻血とか、さ。すこしずつ慣れていかないと、本番のとき困ると思わない?」
あー。これは、自覚ある。
紫藤の脚とか太腿とかはいける。でも、あそこはダメっていう確信がある。
「それとね。それと手段を同じくするんだけど、大事な、別の目的もあるんだ。」
痛みやくすぐったさ。そして、快感。
そういうものの
そちらの方が、実は優先課題なのかもしれない。
おそらくはそういうものの限界付近で、彼女は僕に正直になる。
「『正直になる』?」
紫藤が困った顔でこっちをみている。何か、言いたくても言えない、という表情だ。
紫藤が口をつぐんだので、僕は考えをめぐらす。
あれかな?「げへへ、体は正直だな!」ってやつ?
──いや、違うな。
紫藤がそんな下品なことを考えるわけがないし、痛みやくすぐったさを紫藤が敢えて好むはずがない。
もしかすると。──僕には、思い当たることがあった。
「紫藤。わかったかも。
この前も、あのとき、言ってくれてたよね。」
あの日蔭谷の家。夕暮れの、西向きの部屋。
僕と紫藤がイチャコラした後、何か紫藤が言ってた。「今なら言える」って。
そして、大事なことを何か言ってくれてた。紫藤のホストファミリーの女中さんの胸が、大きいとかなんとか。
きっと。
普段は、紫藤の強い自制心か羞恥心か、そういったもののせいで、言えないことがある。
でもああいう場面では、その
そういうことなのだろう。
たぶん正解だ。紫藤が嬉しそうに、うん、うんと頷いてる。
いや、本当なら、さ。
普通の、普段の状態でも、僕になんでも正直に言ってくれたらいい。
不満でも、文句でも(僕の至らざるところ、きっとあるんだろうし)。
でもさ、まだ僕と紫藤は駆け出しの恋人。
言いたくても言えないことくらい、あるだろう。
きっと、すごく恥ずかしいこととか。素面じゃ言えないようなこととか。
社会人でも、素直にものを言うのは難しい。お酒の力で、ようやく話せるようなことだってある。
きっと不満とかだろうけど、それだけじゃなくて。
──もしかすると彼女がすごく好きな、快感を覚えるスポットの話とか。
(耳とかは気持ちいい、って以前聞いたけど、さ。そうじゃなくて、本当に恥ずかしい部位のこととか。)
きっと、そういったことも含まれるに違いない。
それを僕は、紫藤をこちょこちょしたりして聞き出せるわけだ。
これは、僕には損はない。得しかない!
たとえ聞き出せるのが紫藤の僕に対する「不満」だとしても、それは業務改善のヒント。1回目のときの僕の上司も言ってた。
「みなり、ありがとう。わかった。
みなりには、普段は言えないことがある。
でも、僕たちがそうすることで、僕はそれを知ることができる。──そうだね?」
紫藤が、強く頷いてる。ちょっと、涙目になってる。
これは、彼女にはとても大事なことだったみたいだ。
悩んでたのかもしれない、僕が鈍感で、しかも言いたいことを気軽に言える関係を作れてなかったせいで。
──そんなこと、簡単なことだ。もちろん大丈夫だよ。
僕はおずおずと手を伸ばして、紫藤の肩を軽く叩いた。
紫藤が、ちょっと涙に潤んだ目で、僕に笑いかけてきた。
──────
ごはんをたべながら、あれこれと意見を交換する。
紫藤はどうもこうした強化ノートっていうか、強化プログラムを起草中らしい。
まあ、内容はそのまま受け取るのはどうかと思う(さすがにハンマーでたたかれるのは、遠慮したい)。
「志野くん。だから、さ。
場所は、──わたしのざくろが丘の家でも、この上の、あの部屋でも」
さすがにこの仮部室だと、調布や国領が入ってきたときに説明困難。
それに先生たちも、ごくときたまだけど荷物置き場で使ったりする。
暑いかもしれないけれど、たしかに学校なら例の開かずの間がいいだろう。
ただ、僕の邪悪な頭脳には、別の候補も思いうかぶ。
この前、ほら、紫藤を連れ込もうとしたけど待合室が一杯だったあのホテルとか。
あるいは、調布を一度つれこんだことのある、あの裏町のホテル・ミニマスとか。
(あわよくば、またワンチャンあるかもって。いやー、下劣で申し訳ないっす。)
ただ、僕はそれを心の中にしまいこみ。
紫藤と、笑い合って。
僕たちは、もっと健全な普通の話題に移ったのだった。
──────
うん、現金なものだよね。
午後の授業は、僕には楽勝だった。ぎんぎん。
いや、アレの話じゃないよ。目の話。目がさえてきたってこと。
(そりゃもちろん、アレもぎんぎんだったけどさ。
休み時間に連れション行った高木に、隠すのに苦労したよ。)
授業中、そっと視線を向ける。
教師が黒板に白墨で書く途中式を、真剣な顔で写す紫藤の後ろ姿。
今日は2つ結びにしてる髪は1回目の記憶よりも長く、肩にもう少しでとどくくらい。
僕の、意図せず発動した超感覚さんで敏感になった視線は、椅子の下にみえる彼女の脚に吸いよせられる。
今日は、ふくらはぎ半ばくらいの長さの何の変哲もない白い靴下だ。
あ、紫藤の後ろの席の子が僕の視線に気づいたな。もうやめとこう。冤罪はごめんだ。
僕は紫藤への視線を、しぶしぶ窓の外に向ける。
今日は晴れてる。快晴。
あー、でもな。来週末、ちょうど満月。
多賀島には、台風が来るかもしれないんだ。
台風の2、3日前から、雷雨も降り始める。
竜神の送還に向けた準備、思ったより時間がないかもな。
────
待ちに待った放課後。
正直、あまり授業は耳に入ってなかった。
たださ、それはみんなも同じようなもの。浮足立ってる。
明日で夏季の補習も終わり、夏休みだ、って思うと。そりゃ、ね?
調布と国領には、すでに紫藤が話を通していたらしい。
国領は、今日は部活の練習日ではなくフリーのはずだけど、調布と二人で示し合わせている気配。
紫藤に目を走らせる。目が合う。軽くうなずいて、僕は教室を出ていく。
今回も時間差をつけるけど、僕が先に行くことになる。
仮部室で紫藤がくるまでのすこしの間、待機。紫藤、遅いな。
床に積んである、昔の新聞や雑誌を眺める。これ、整理しないと部屋が広く使えないな。
この新聞や雑誌類は、うちの高校や高校のOBOGの活躍した記事の掲載されたものらしい。
ただ、これらの新聞類を整理することについては、調布が先生に許可を取った。
先生たちも、増殖する一方の新聞雑誌のかたまりに困ってたみたいだ。
古い方の新聞の束を取って、広げてみる。
かなり前の新聞だな。あー、30年近く前。野球部が、県内予選の決勝までいったときのやつみたいだな。
なにしろ県の旧ナンバースクール。OBOGが多いから、この記事だけとは限らない。
社会面とか地方面とかも、丁寧に見ていく。
そのうち、とある記事に僕は目をとめた。
「?」
各県の郷土誌についてのシリーズ記事。気になるくだりがある。
「○○島には、有角の猿についての伝承がある?」
普通だったら、読み飛ばしてたと思う。
ただ、僕はつい昨夜、あの
あいつも、猿に角があったって言ってたな。
記事を読んでみる。
なんでも、有角の猿は賢く強く邪悪になり、猿の頭領となり、悪逆のかぎりをつくし。
人間を生きたままなぶり殺し、食い殺すほどになって恐れられたという。
あの鎮西八郎為朝によって、右目を射抜かれて征伐されたという落ちになっているが、──。
僕はどうにも気になるその記事を、とっておくことにした。
──────
紫藤が来るまでには、思ったより時間がかかった。30分くらいは、すぎていただろうか。
それまでに、僕は新聞と雑誌のスクラップ処理の方針を立てて進めていた。
面倒だけどさ、部室を使わせてもらう対価みたいなものだよ。
「志野くん、ごめんね。ちょっと手続きのことで先生に呼ばれてて。」
きっと転校のことだな、と僕は思った。
僕の気持ちが沈んだことが分かったのだろう。紫藤は、明るく笑った。
「大丈夫だよ、志野くん。心配ない。
まだ、大丈夫。」
──それより、行こうよ。お待たせ。
紫藤はそう言って、目の前でじゃらじゃらとカギの束を振って見せる。
例の、文芸部の秘密の鍵束だ。
僕と紫藤は、そうしてあたりを覗い、人がいないのをみすまして。
ふたりで、開かずの間への階段を上った。
開かずの間への昇り降りについて、僕と紫藤の間には、ある種の密約ができている。
昇るときは、紫藤が先。降りるときは、僕が先。
学校での日常生活では、もちろんべったりと前を歩く女子の脚に視線を固定したりはしない。
(いや、してる奴もいるけどね。さすがに僕はできない。せいぜい、みてないふりをして目のすみでみるだけ。)
だけども、この一瞬だけは。
僕は、紫藤が気づいてないのをいいことに、じっくり観察できるんだ。
僕を魅惑してやまない、白い靴下に半ばつつまれたふくらはぎと、膝の裏の窪みを。
油を差して開閉のきしみ音がしなくなった扉を抜けるまで、二人とも足を忍ばせ、完全に無言で行動する。
1つ目の扉を抜けると、すこしひんやり。
2つ目の扉、部屋のへの扉を開けると、少しこもった熱い空気。
まず、窓を開けて空気を入れ換える。
古い扇風機を開かずの間の隅っこに見つけ出して中央に持ち出し、スイッチを入れる。
ぶうん、と動いて風が起きる。
「ふうー、落ち着くね。志野くん」
扇風機にあおられて額から髪を吹き払われた紫藤が、気持ちよさそうに言う。
暑いは暑いけど、まだ耐えられる暑さだ。20年後は、もっと暑くなる。
「今日は、どうしようか?」
「どうしようか、志野くん。」
並んでソファに座ったまま、お互いの顔をうかがいみる。
扇風機の風で髪がそよぐ、血がわずかにピンクに透ける白い頬。
にこっと微笑まれる、──この笑顔に、僕は弱い。
──紫藤の手で、アレをぺしぺし叩かれるくらいは覚悟しようかな。
全然、科学的合理性のない修行に思えるけど。
そう、僕は思いはじめていた。