タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(第三者(日土里まいら)視点、樋木崎渓谷の山荘、木曜日午後11時すぎ)
侍女は妹のように思える、小柄な後輩がベッドですうすうと寝付いたのを見定めると。
起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
彼女には、まだやらねばならないことがある。
女忍びのように無駄のない、しかし音を立てない足取りで彼女は部屋をするりと抜け出す。
もちろんその前に、この同僚、紫藤みなりの学生鞄に用意していた10万円の入った封筒をそっと忍ばせるのも忘れない。この侍女にとってそれは罪ほろぼしのようなもので、本人に言ったとおり返してもらう気はなかった。
小さい後輩の部屋を出て赤じゅうたんをひいた廊下を歩きながら、彼女は思いをめぐらす。
神官のおそるべき魔術のため、彼女はこうして苦心しながら小さい同僚に自分の言いたいことを伝えたが。
正直、小さい同僚が覚えていてくれるかは心もとない。また、言えなかったこともたくさんある。
ひとつには、はっきりした言葉では記憶を読み取られやすくなるから。もうひとつには、彼女自身が神官の術で言うことを禁じられた言葉があるから。
いずれにせよ、侍女自身が記憶を読み取られてしまうと、芋づる式にこのかわいい後輩までも危険にさらしてしまうことになる。
──明日、このかわいい後輩は、決心を固めて逃げられるだろうか。
たぶん無理じゃないかな、と現実的な彼女は思う。
じゃあ、ミズキちゃんとあの新入りのミタカちゃんといっしょに逃がすことになりそう?
アタシも逃げないといけないけど、どうするかよね。
目的地に向かって歩きながら。
侍女は昨日、彼女が脱走を決意したときのことを、思い返す。
──────
(回想、昨日(水曜日)昼)
「おい、剣波からの連絡だ。御前様にお客だとよ。」
「承知しました。」
「ケッ、何が『承知しました』だ、鳥肌立つぜ淫売女郎が。」
「──うるさいわね。」
「ほー?お前。
今夜どう泣かしたろうかなァ。あん?」
「──勝手にすれば。」
侍女と近知郎の関係は、なかなかに微妙だ。
侍女自身は、女の身としては腕力も、戦闘センスもそれなりにある方ではあるが。
今は病み上がりの身。体力はようやく平常時の6、7分といったところ。
しかも近知郎は屈強な男であり、経験も豊富。
侍女が万全の体調でも、戦闘力は近知郎の方が相当に上だろう。
それに侍女は、この館で働く男たちの性処理をその任務として買われた身であり。
近知郎が望めば、嫌とは言えずその身をさしださねばならない役回りである。
ただし上屋敷組の中では、彼女を抱くのはこの近知郎とクルスィファだけ。剣波は成人女性には関心がないし、彼女の好みのテド氏はほとんど館に姿を見せない。
なお下屋敷組のうち、やや品行や下劣な性格が上屋敷組に近い連中が、ときに褒美として、たまった性欲のはけ口に彼女の利用を認められることがある。
ただ、その頻度は高くない。せいぜい、2、3カ月に1回。
ひとえに、彼女の上司である側用人様が統制をきかせているためだ。
もっともそれが入ると数人を一度に相手しなければならないため、それなりに負担が大きいのは事実だが。
クルスィファはそこまで女を抱く回数が多いわけではない。
また女を抱くのを楽しむというより、責め苛まれた女が苦しむ様子を愛でることが多く、射精に至るようなプレイをすること自体、まれである。
だから侍女がもっとも肌を重ねている相手は、この近知郎であるといえよう。
ただしだからといって、その関係は温かいものとは到底いえず。
微妙に緊張感のある、もっと言えば敵対的なものとなっているのであった。
近知郎と彼女とは、その生育環境もどこか似たところがあり。
クズながら生き抜いてきた嗅覚が、お互いに似たもの同士のろくでなしだと認識している。
ただ、この侍女は子供や可愛い生きものを好むことにも表れているように、どこか善性を残しており。
他方で近知郎はそうしたものをこそ責め苛み、殺すことで全能感を感じる、残忍な性格だ。
その近知郎の邪悪さを、侍女は嫌悪していた。
ある意味同類の近知郎も、彼女の嫌悪感を敏感に感じ取り。
性的奉仕を職務とする彼女が、序列的にはこの館のほぼ最下位に位置することもあり。
彼女の彼に対する嫌厭を珍味として、閨では陰湿にねちねちと時間をかけてこの美貌の侍女を責め、ねじ伏せる征服感を味わうのを好んでいた。
「それより、近知郎。お客様をご案内して。荷物とかは、クロークに。
アタシ、側用人様に連絡してお茶を淹れる。」
「おうよ。」
かといって二人とも、お互いへの隔意で表向きの仕事を破綻させるようなことはしない。
放埒な近知郎も、ひとえにクルスィファという絶対的な上位者がいるからでもあるが。
この館の護衛役兼下男という役割を、基本的には忠実に遂行している。
その近知郎は、来客の車の誘導と迎えに出て。
侍女は内線電話で側用人様に連絡するとともに、厨房にお茶の準備を促し、お出迎えする準備にとりかかった。
──────
その日来訪した客は6人。
うち3人が要人。のこり3人がボディガードあるいは秘書(通訳を兼ねる)であった。
要人の一人は、がっしりした白髪交じりの短髪の男。彼女はたまたま、その顔と名前を知っていた。
県警の部長まで出世した男だ。なかなかの辣腕を振るい、知られていたらしい。
「平成の鬼刑事」などと呼ばれ、その知名度を活かし、その後この男は政治に転出していたが。
──絵にかいたような、クソ野郎。
こいつ本当なら「捕まえられる」側のはずよね。
侍女はこの男、倍土久太郎に悪印象を抱いていた。
彼女が働いていた業界で知られた、みかじめ料代わりに女を要求していた男であるし、その性的嗜好もねじくれたものであったと聞く。
うしろぐらい組織ともつながりを持ち、その権力をその組織の対立団体を潰すために用いたり。
彼女の知り人が関与した刑事事件では、倍土がその組織を動かしてえげつない手法で犯人の共犯者の弱みを握り、脅しすかして口を割らせたことを知っている。
その口を割らせた手法も、話半分にしても胸糞が悪いもの。その共犯者の係累を対立組織に捕らえさせ、取引と見せて口を割らせ、しかし約束は守らず共犯者の係累は失踪。共犯者は釈放後自殺したという。──伝聞で事実誤認もあるかもしれないが。
ちなみに近知郎を認めて、倍土は眉を顰めていた。もと司法機関所属ということで、彼を知っているのだろう。しかし、彼についてとやかく言うことはなく。口をつぐんでいる。
こいつは汚い手を使う変態野郎だ、というのが彼女の評価。
2人目の要人に、目を転じる。
丸っぽい体型、ツーブロックの頭に、不釣り合いに繊細な二重まぶたの男だ。
美男子とはいいがたい。しかし、かなりの大物だと侍女は知っている。
──トラコの旦那!?
まさか、アタシを覚えてないわよね。
しかしその実、合理的なビジネスセンスと仮借なき暴力を背景にしたグレーな手法でクスリ密売組織や売春産業などを支配・運営し、急速に成り上がった男であることを、彼女は知っていた。
侍女がかつて町で身を売っていたころ、声をひそめてささやかれるこの男の悪評をよく聞いたものだし。
彼がまだ彼のコンツェルンを築いている途上に、その接待の席に駆り出されたこともある。
チップの払いは悪くなかったが、彼女は本能的にこの暴力的な雰囲気を漂わす男が危険だと感じ、できるだけその視線を避けるようした。事実、機嫌よく話している一瞬後には酒瓶で同行者の脳天を割るような行動。
そのとき彼に気に入られた彼女の当時の仕事仲間の一人は、身受けはされたが、その後の消息を全く聞かない。
接待の席で彼女たちを見る、にこにこした表情でありながら、無機質で冷えきった目を思い出す。
このトラコが、その仕事仲間の失踪に関与しているのではないか。もっといえば、殺してしまったのではないか。──と、侍女は怪しんでいる。
もっとも侍女自身も今はその失踪した仕事仲間と似たような境遇。この侍女も御前様の性玩具として購入されたわけだし、今でもクルスィファや御前様に責め殺される可能性もあるわけで、彼女が憐れむ、その失踪した仕事仲間と変わるところはない。
それなのに、悲惨すぎた育ちのせいもあってその自分の過酷な運命をとりたてて恨みもせず流されている。それがまさしく侍女の不幸なのかもしれない。
ともかく、トラコは危ない野郎、何をするかわからないというのが侍女の評価。
来客たちの3人目は、外国人。
どこか神経質そうな、芸術家っぽい顔立ち。細長く痩せた体型。陽に当たると赤く剥けそうな、青白い肌。
いつもはつけていないのであろうサングラスを外すと、酷薄な薄いブルーの目。その目に、どこかものぐるおしい濁った熱がある。
──あの目、
でも、なんだか旺次郎先生とちがって、怖い。近知郎とかの人殺しに近い目だ。
まさか見立てが当たってるとは知らず、彼女はそういう感想を抱く。
彼女自身、とある映画監督の目にとまり、映画にちょい役で出たこともあるが。
その監督に似た芸術家風の、しかしその監督よりはるかに巨大な妄執をその目に感じる。
この「監督」の目は、彼女に止まり。じっと無遠慮に、彼女の豊かな体を確かめるように動く。
彼女はその視線に、衣服を剥がされて舌で舐め回されるようなぞわっとした不快感を感じた。
死体をいじくりまわしたりして喜びそうな変態監督、というのが彼女の印象。
「──かねがね、側用人さまを通じてお世話になっておりますな、──」
倍土と御前様は、知った仲らしい。
慇懃に、倍土が御前様に挨拶を述べている。
恰幅もよく押し出しもいいが、目の下にたまった脂肪がひくついている。額をすうっと汗が流れた。軽く前かがみになった姿勢。
確かに盛夏。そして倍土はかたくるしく背広にネクタイをしているが、冷房は入れてある。そこまで暑いということはないはず。
おそらく倍土は、御前様に恐怖を抱いている。
頭にかぶりものをしている御前様は、彼のその様子に気付いた風もなく、如才なく挨拶を返す。
続いてトラコが、名前を述べ、よろしく願いあげます、と述べて深々と礼をする。
下げた頭を数秒間も保つ。そして頭を上げ、にらみつけるような視線を御前様に据える。御前様は、この凝視にも特に思うことがないように、鷹揚に返礼を返す。
御前様は、気づいただろうか?
そのななめ後ろに控えていた侍女には、トラコが御前様と視線をあわせたとき、ぶるっと武者震いしたように思えた。
最後の外国人の映画監督は、ごく薄いブルーの目を御前様に止めたとき、一瞬息をのんだ気配があったが。
つっかえながら、英語であいさつの言葉を発し。
通訳が、汗をふきながら日本語に直してそれを御前様に伝えた。
御前様が、これまた穏やかに、常識人風に返答を返す。
「さて、前々から話は伺っておるが、──」
御前様に、この来客たちは何らかの企画を売り込んでいたようだ。
来客たちが行ってきたそのイベントに、御前様も一枚噛む、といったものか?と侍女は想像した。
ある程度、事前交渉は行われていたらしい。今回、彼らが訪れたのは、運営の柱として正式に協力を取り付けて調印する、という流れのようだが、──。
「今までは、公海の船上で行ったりと苦心しておりましたが。
今回は、───で行える見通しがつきました。」
主な説明を担当していた倍土がそういって、侍女の知らない地名を挙げる。
治安の悪さで知られるそこは、日本からもそこまで遠くない。
「ほう。
この体が、知っている場所だな。」
「御前様は、戦争に従軍されておられましたとか。」
「左様。そのようだ。
──そこならば、邪魔は入らないのだな?」
「そうでございます」
その後、人員のことを何か言っていた。
御前様が、相当の人員を動員できると発言している。
そして、その「企画」について、プレゼンが進み。
「かならずやご満足いただけることでしょう。──
通訳を通じてやりとりを聞くばかりで、ほとんど発言がなかった「監督」が、倍土に振られて身を乗り出す。
「
そう言いながら、ビデオテープを鞄の中から取り出し、応接室の大型テレビを示して見せる、「監督」。
監督からビデをテープを受け取った側用人が、かいがいしく準備をする。
電源が入り。再生表示が出て、ぱつ、という音とともに画像が浮かんだ。
かなり暗い画面。良い器材を使っているのだろう、しかし被写体ははっきり映し出されていた。
興味深げに、眺めやる御前様とその側用人。
テレビのブラウン管には、映画館のような、多数の客席のあるホールが映しだされていた。
(侍女の乏しい知識で近いものとしては学校の体育館や映画館ということになるが、要は階段状に座席がつくられた興行用ステージだ。)
壇上では、道化師に扮した痩せた外国人の男(この『監督』自身だ)が、司会として何かをしゃべっている。
あたりからのしわぶき、ひそひそとしたしゃべり声は、新たな登場人物が引き出されたことで静まる。
舞台に、古代ローマの兵士のような時代劇じみた衣装の屈強な男が少女を連れて上がってくる。画像がズームイン。
少女は外国人。侍女の知識不足でどこの人ともわからないが、血の気のない白い顔は整っている。
丈の短い質素なワンピースをまとい、首に黒革の首輪。その首輪につながれた鎖を兵士が乱暴に引っ張って引き立ててくる。転びそうな彼女に、観客の笑い声。
そして、舞台の中央に据えられた鉄の枠の武骨な寝台のようなもの。ただし、寝るべき台の部分は、冷たい鋼鉄。何かの
兵士はおびえる少女に、寝台に横たわるように命令する。おずおずと腰を下ろしたが、寝ることを嫌がる少女の頬を兵士は張りとばす。司会の「監督」が何かのコメントを挟むと、残酷な観客がどっと受ける。
抵抗もむなしく、四肢を鉄の寝台に固定される少女。
手足を拘束された彼女の様子が観客にもよく見えるように、大きな鏡が運び込まれてくる。
少女の背後に角度を付けて置かれた鏡は、観客にもわかるように彼女の白い体をむこう斜め上から見下ろすように映し出している。
そしてやはり古代ローマ風兵士の紛争をしたスタッフにより、可搬式の火床が運び込まれる。
そして火床の横には、さまざまな、どのような用途かわからない器具が取り揃えられている。
それはたとえば、ものをはさむやっとこ。
奇妙にも男根にも似た意匠の鋼鉄製の管。
細く長く尖った、鉄の串あるいは釘。
鳥のくちばしにも似た、なにかの管を押しひろげるためのように思える器具。
のこぎり。
鉄の棘のついた、ローラー。
「
──ここにね、そう、美味しそうな肉がありますね?これを、料理する。
もちろん、いろいろな趣向があります。締めても、伸ばしても、叩いても、切っても。
簡単に終わってしまっては困りますが、かといって麻酔を使うと食べられなくなってしまうし、楽しい鳴き声も楽しめない!
そこで、今回は最初に催眠術を使ってみましょうか、──
幸いにも、クリップは15分間ほど。その限られた時間で、しかし侍女は嘔吐をやっとの思いで押さえることになった。
すぐ一息で殺してあげた方が、ずっとまし。と侍女は思う。
これでも前半部分の、ごく一部の編集だという。おそらく死なせてもらうまでには、数時間以上はかかったのだろうか。
肘から先の腕は、もはや炭になるまで焼かれていた。
股を押しひろげられ、股間に中空の巨大な鋳鉄のデ〇ルドを挿し入れられて、その焼き皿に石炭を継ぎ足されてじわじわと内側から焼き焦がされていく彼女の悲痛な叫びが、耳から離れなかった。
──────
御前様も、この一幕の映像サンプルを楽しんでいたようだった。
見事なものだ、と御前様が感想を述べると、商談がまとまりそうという感触を得て、空気が明るくなった。
やがて基本契約書に調印がなされ。一人ずつ、御前様が握手をする。
握手をされた客は、3人が3人とも電気に撃たれたようにびくっとするのを侍女は認めた。
やがて帰っていく来客たちを、侍女は見送る。
振りむいた「監督」の視線が、名残惜しげに彼女の体にふたたび貼りつく。
倍土が、なにかを「監督」にささやくと、「監督」は破顔一笑した。彼女は、背筋が寒くなるのを覚える。
彼らを見送った後、戻ろうとする侍女に近知郎が声をかけた。
「よかったな。お前を女優にしたいみたいだぞ、あのガイジン」
「──そう。」
足取りを乱さないように気をつける。動揺は見透かされていないはず。
ただ、学はないがそれなりに頭は回る彼女は悟った。
このクソ男の言っていることは、残念ながら正しいかもしれない。彼女は、目をつけられた。
そして、考える。
囚われている、シノザキミズキ。彼女はとても危ない。あのクソみたいな見世物に出されるかもしれない。
そして、小さな妹のようにかわいい新入りの少女。彼女も。
そしてもちろん意に沿わない汚れ仕事もあるものの、それなりに居心地のいい職場をみつけた侍女自身も。
あの、残酷な目的地へのベルトコンベアにのせられている可能性が高い──。
──────
その夜、侍女は近知郎に抱きつぶされることを覚悟していたが。
意外にも、彼女は御前様に要望され、添寝役として呼ばれたのだった。
御前様は、頭のかぶりものを取ったモード。
かぶりもののないときの御前様は人が違ったように穏やかで、無害な老人だ。
たいていお風呂を共にして、そして何らかの睡眠薬を飲まされて老人と添い寝するだけ。
体を求められたことは、これまではなかった。
しかし、この老人はこの日に限って、彼女の体を求めた。
「もう、あまり
頭も、今は比較的はっきりしているようだ。
そしてこの老人が、死ぬほどおびえていることが彼女にはわかった。
しかし彼女のほうは、飲まされた睡眠薬でもはや意識がとびかかっている。
その彼女の豊かな胸を摩り、ときどき唇で吸いながら、老人は耳元でささやく。
「儂は、もうだめじゃ。もう、いなくなるんじゃ。」
「?」
夢うつつに、彼女は疑問を抱く。
もう7、80くらいの老人であるはずの御前様の体は、非常に逞しい。
もちろん若く見えるといっても、若者ではない。5、60台くらい。
ただ、筋肉が浮き出すその体躯は、あきらかに常人のものではない。
すぐに死にそうには、見えないのだが。
ぽつり、ぽつりと老人は話す。半睡状態で、彼女はそのいくつかを記憶にとめる。
「儂は、大うつけよ。あんなものに、手を出しっしもうた。」
「おごんさあ、逃げるんじゃあ。命あってのものだねじゃもの。後のことはいいから、逃げるんじゃあ。」
「儂の体は、まだまだ持つ。すぐにはほかされんじゃろうけぇ。こん体がねぇと、会社が動かせんけぇの。」
「じゃけえ儂は。今こうして話してる儂は、もう喰われっしもうんじゃ。」
「喰われて、──明日か、明後日か。その後の儂は、儂じゃねえ。
カニじゃ。カニは人間じゃねえもの、どんなむごいことでもやるっちゃ。」
「ほんとなら死にてぇ、殺してもらいてぇ。でも儂は自分では死ねんちゃ。生き返らさるっと。
おごんさあが、儂を殺してくれたら。でもほうしたらおごんさあが、死ぬる方がよっぽどマシな目にあわされっとよ。」
「おごんさあに、儂は申し訳なかとよ。あの小さな娘っ子たちにも。儂が悪かと、でももう止められん。」
「クルスィファは、カニより悪か。絶対に、絶対にあいつだけは殺さんならん。追い返さんならん。」
「すまんなあ、すまんなあ、──」
御前様は詫びながら腰を動かし。侍女は薄れゆく意識の中で、御前様が射精したのを感じた。
──────
その翌日(今日)。
彼女は、いつになく厳格にクルスィファから記憶のチェックを受けた。
外部の人間と接触した後は、このようにしてクルスィファからのチェックが入ることが多い。
昨日の来客とのやりとりや、近知郎とのやりとりは、すべてクルスィファの知るところになってしまったようだ。
しかし、どうも昨夜の御前様とのやりとりは、気づかれていないようだ。
以前も、似たようなことがあった。──朦朧としているときの彼女の記憶は、人知を超えた術をあやつるクルスィファをもってしても読み取れない。
彼女はそれを、深く心に刻み付けた。
その後、彼女は命じられて美少女の誘拐に駆り出され。
あまつさえ、そのさらってきた、吉祥寺美鷹という美少女と篠崎瑞への水責めや、拷問台での美鷹への牽引拷問を手伝わされる羽目になる。
前の日にやってきた来客たちとの会談、そして彼らの提供したおぞましいスナッフビデオ。
夜の穏やかな御前様の、なにか恐ろしいことが起きるという予告。
そして、美少女の誘拐。
かわいい後輩を、囲い込む指示。
それらは、侍女に一つの決心をさせるに十分だった。
──こいつらは、女の子たちを集めてひどいことをしようとしている。あのビデオみたいに。
その前に、あの子たちを逃がしてやらないと。
それが、大きい子の役目だ。
彼女はそう決心し。
入眠時の意識が朦朧としている彼女の後輩に、こっそりと指示を伝えたのだった──。
──────
(樋木崎渓谷の山荘、木曜日午後11時すぎ)
赤じゅうたんをたどり、まもなく指示された部屋にたどりつく。
今日は、何があるのだろうか。御前様か、クルスィファか、それとも昼間篠崎瑞たちを拷問していた、謎の男か。それとも、単に側用人様が何かの用事があって呼んだだけか。
彼女はおそれとかすかな期待を抱きつつも、ドアをノックした。