タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
時点は、補習最終週の水曜日木曜日の放課後にさかのぼります。
※20250330)1日間違えていました。誤)「水曜日」→正)「木曜日」
(第三者(国領ハルカ)視点、水曜日木曜日 午後3時)
志野くんをちょっと借りるね、ふたりで話したいことがあるんだよ、と。
彼女の小さい親友が、彼女が気になってしかたないその男、志野を昼休みも放課後も押さえてしまったので。
一日の授業を終えた国領ハルカは、なんか今日もしのりんと話せなかったなー、と気落ちしていた。
──生徒会でちょっとだけ残務整理をしなきゃ。頼まれてたあれとか。
それが終わったら、あまり遅くならないうちに下町に行って「アッサンブレ」のチップをお金にしなきゃ。
それと、あの外国の女の人に、ケープも返さないと。もう習い事も休みだし、今日は部活もないし。
でも、一人で行くとまたあいつらに会ったりしないかな?ちょっと怖いなー。
と、そんなことを思いながら廊下を歩いていた。
昨日の夜、国領ハルカは。
いけすかないとそれまで思っていた(だが、今は見直しつつある)従兄に紹介された「アッサンブレ」というナイトクラブで。
比較的健全な前座(?)に出る練習生にまじって観衆の前で踊ることができ、拍手喝采を浴び。
それはもう、すごい充実感があった。
もちろん、次も是非!と従兄にはお願いして。色よい返事も、あり。
ただ、──ちょっと気掛かりなこともある。
盛夏の、放課後の廊下。もう補習も、あと1日を残すだけという解放感。
通り過ぎるどの教室も、夏の長い午後の日射しがカーテンを白くまぶしく染める。
ともするとちょっとうるさい女子生徒たちのさざめく、気安げな黄色い声。
男子生徒たちの「おいっ、止めろよ」なんて言ってじゃれ合ってる、野太い声。
それらの少年少女(?)たちの喧騒も、ポエマー気質の彼女には。
どこか儚くうつろいやすいもののように思えて、ちょっと感傷的な気分に浸っていて。
少し警戒が、緩んでいたのかもしれない。
しかし、脅威はすぐそこに忍び寄っていたのだ。
ぐわしっ。
廊下をすこし放心状態で歩いていた彼女は。
とつぜん、背後に忍び寄ってきた何者かに首根っこを軽くつかまれ。
びくっとして瞬時、そのすらりとした細い体を固くした。
しかし背後の襲撃者からかすかに香る、心当たりのある爽やかな匂いに気づき、体の緊張を解く。
少なくとも対外的には頭が良くて気障で恰好いい王子様キャラの彼女を、こんな風に。
まるで仔猫みたいに気安く扱ってくる度胸のある子は、そもそも限られる。
そう、たとえばこの
「わー、さとみん!びっくりしたじゃないか!」
「あら、ハルカ。どこへ行こうとしてたのかしら。
──今日は貴女、オフなのよね?」
「うん、今日は練習日じゃないよ?」
振り向くと、彼女の親友である、いたずら成功ににまにましてる大柄な美女、調布智美。
ふりむいて抗議の手を羽ばたかせながらも、国領ハルカは説明する。
「ふーん。生徒会、ね。
あたしも、行っていい?
そういえば後継の生徒会長さん、あたしたちの学年のはずよね。誰か当てがあるのかしら?」
「もちろんさ、一緒行こうよ。
生徒会長はね、難航中なんだ。一応、現執行部はボクの友達を口説き落とそうとしてるみたいなんだけど、──」
ふたりは並んで、生徒会室のある旧本部棟へ渡る廊下を歩く。
国領ハルカは、横を歩く友人に生徒会長選挙に向けた状況を説明しながら。
できれば放課後の用事にさとみんを誘いたいな、でも悪いかな、などと頭を悩ませはじめた。
その悩みは、あっさり相手側からの提案で解消された。
「ねえ、ハルカ。
よかったら、ちょっと街にいってみない?」
「いいね!
あー、その、さ」
彼女は、悩んでいたことを思い切って提案してみることにした。
──ちょっとボクたちの帰る方向とは違うけど、さ。
ボク、下町のさ。アステロイドプラザのあたりに行く用事があって。
そっち方面でも、いい?
さとみんも、もし良ければ、だけど、さ。
そう、大柄な親友に切り出す。
親友は、鷹揚に承諾する。
「もちろんよ。あたしも実はそっち方面、行きたいなって思ってたの。」
今日でなくてもいいと思ってたけどね、と言いつつも、二つ返事。
国領ハルカは、胸をなでおろす。
「やったー!正直、一人は怖かったんだよね。」
「なに?物騒なところに行くのかしら?
「えー、さとみんこそ!」
そんなたわいもない会話を交わしながら、二人は生徒会室に入って行った。
──────
現・生徒会長が、並みならぬオーラを持つ調布智美に興味を示し。
彼女を生徒会にスカウトしようとして拒否られる、という面白い一幕もあったが。
国領ハルカは、この友人の助力(読み合わせチェックで、二人いると能率も正確性も段違いだ)も得て、1時間もしないうちに生徒会での用事をすませ。
今は、歩いて下町に向かっている。
二人とも、気の置けない親友ではあるのだが。
実のところお互いに話を切り出しそこねていて、沈黙が続く。
「ねえ、ハルカ。何か言いたいことがあるんじゃない?」
「さとみんだって。──さとみんは、何しに行くの?」
「乙女の秘密。まあ、下見ってとこかしら。」
「下見?乙女!?さとみんが?」
「何よ、文句ある?」
「いや、ないけどさ、──」
カラカラと笑う調布智美だが、肝心の用事のことははぐらかしている。
どうも、国領ハルカには言いたくないことがあるみたいだ。
週末の、しのりん搾○会の下見だろうな。あそこらへん、いかがわしいホテル街とかあるし。
あー、でも、どうしよう。予定、被っちゃうかもしれないこと、言わないといけないかな。
そう、彼女は彼女の一つの問題について頭を悩ませ始める。
従兄の茂良男から、次回もおそらく入れられるだろうと聞いていた。
アッサンブレの前座への出演、ただしエントリーできる日時がまだわからない。
もしかするとそれが土曜日、つまり調布智美と彼女としのりんとのデートに重なるかもしれないのだ。
お客さんの前で最高の演技をして、それが評価されて満座の拍手を得るという、得難い経験。
早々に断ってしまうと、後の仕事のオファーに影響もあるかも。
他方で、さとみんとしのりんとのダブルデート(っていうのかな)は、絶対行きたい。しのりんとは、ちゃんと仲直りもしたいし。
悶々としながら、歩く彼女はいつになく無口になっていた。
その彼女を、生暖かい目で彼女の友人は見守りながら、口をひらく。
「──ねえ、ハルカ。しゃべりたくなかったら、それでもいい。
「?」
「貴女が行こうと思ってる、そこ。
普通なら、高校生が行っていいような場所じゃないんじゃない?」
「うぐっ!?」
そうだ。
店は、──思ったより立派にショーをしてたけど、本来は純然たる大人向けの店だ。
もちろん国領ハルカが出たのは、本番の妖艶なショー(R18)じゃなくて、その前座の健全な発表会(R15)みたいなものの方だし。
茂良男からの話では、定時制高校の生徒も出演してるという話だ。実際、彼女も話した親切な子は、普通の大学生だったし。
でもそうした子たちは成人だったり*1、仕事にも就いてて大人扱いだったりするはず。全日制の高校生の国領ハルカとは違う。
少なくとも、進学校の制服を着て堂々と入るのは、少々はばかられる。
すっかり、そのことを忘れてた。
「その、ぱんぱんになった補助バッグの中身。
それに関係あるのかしら?」
鋭い。当たらずといえど遠からず。
「まさか、まさかまさかまさか。
もしかして、
ハルカがこっそり、ショーに出てたりとか。
そんなことは、ないわよね、──?」
もはや、ネズミをいたぶるネコのノリ。
優しそうな声ながらも追い詰めてくる調布智美に、彼女は白旗を上げ。
あらいざらい、白状せざるを得なかったのだった。
──────
「そうそう、そうやって素直に言ってくれればいいのに。
よかったわね。楽しかったんでしょう?
でも確かに、学校の他の子たちには、言わない方がいいかも。」
国領ハルカが事情を白状すると、満足げに調布智美はうなずいた。
そんなわかりやすくバレそうなふるまいはしてなかったはずなのに、さとみんは千里眼だなー、と、国領ハルカは畏怖の念をいだく。
(ちなみに過大評価された調布智美は国領ハルカをショーで見て気づいていたが、それを自分の心ひとつに収め、誰にも言っていなかった)。
同時に、この友人は、そういう大人向けの店でも健全なショーにとどまる限りは彼女が出ることに反対ではなさそうだ、と知り、国領ハルカは安心する。
秘密を共有できる友人がいると、心強さも2倍だ。
「うん、楽しいんだ!
でもさ、もしかすると。その、──次の回が、土曜日に被っちゃうかもしれなくて。」
「あら。そうなの?」
──ただまあ、運命の女神は前髪を掴めっていうし。いいわよ、そっち
でも開演、夕方でしょう?昼間なら大丈夫なんじゃない?それに被ると決まったわけでもないし。
そう、調布智美が言ってくれて。
国領ハルカは、そういえばそうだと思って、そこでも気が楽になった。
調布智美の方も、彼女は彼女で何かあるらしい。国領ハルカは、やっぱり気になって聞いてみることにした。自分だけ秘密を知られるって、不公平だよ。
「ねえ、ボクはちゃんとさとみんに言ったよね。
さとみんが
「そうね、──ハルカだったら、いいか。」
調布智美は、ちょっとためらったが結局国領ハルカに伝える。
簡単にいえば、とある女の子に接触をつけたい。かなり、いかがわしい連中に捕まっているおそれがある。
その連中と接触することができる場所が、あの下町にある。
そういう話を聞いて、国領ハルカも興味を持つ。彼女は、冒険好きなのだ。
「それ、さ。ボクにも何かできることがあったら、言ってよ!」
調布智美ほどじゃないけど、彼女も身体能力が上がってる気がするし。
そういう、お姫様の救出作戦。燃えるものがある。
「頼むことになるかもしれないわ。そのときは、お願いね。」
この、ちょっとあぶなっかしい友人の勢いに苦笑しながらも。
調布智美も、さっき国領ハルカが感じていたのと似た心強さを感じていた。
──────
アステロイドプラザ近辺に着き、彼女たちはまず「アッサンブレ」に向かう。
昼間でも、あまり治安のいい感じはしない。野球帽をかぶり街角で煙草を吸いながらしゃがみ込んで話し込んでいた男たちが会話を止め、場違いな彼女らに視線を送る。
さすがに調布智美は制服姿なので、入れない。辻に佇んで、国領ハルカを待つ。
例の怪しげなケープを再度取り出して羽織り制服を覆った国領ハルカは、アッサンブレの黒服さんに聞いてチップの換金方法を聞く。ほうほう、噂に聞くパチンコ屋さんと似てるんだね。
教えてもらった、ほど近い裏道にある換金所に行く。手元しか見えない無口な女の人が慣れた手つきでお金を数え、裸銭でくれる。
(よよよ4万7千円?)
4千7百円じゃないんだ!
こんな大金、お年玉でももらったことない。
諭吉と稲造と漱石の顔と枚数を確認し、声が震えないようにと願いながらお礼を言う。
左右をみて、誰もみていないのを確かめ。
街角に佇んで待っててくれてる友人のもとに、走り寄る。
煙草を吸う男たちの視線が、またふたりの体にまとわりつく。調布智美はどこ吹く風という感じだが、国領ハルカは気が気でない。
「うまくいったみたいね。──あれ、どうかした?」
「あとでいうよ、だから行こうよ!」
はー、心臓に悪かった!
いぶかる調布智美の背を押し。彼女たちはその場を離れる。
例の異邦人の家に赴く途中で自分が貰えたチップの額を伝えると、調布智美もびっくりしたようだった。
──────
「ねえハルカ。これって。
うちの子たちから聞いたことがある。すごくよく当たる。外人の占い師の話。」
それじゃないかしら。アステロイドプラザの裏だって聞いてたけど、と。
古びた建物、喫茶店の2階の、異邦人の部屋にあがる階段を見上げながら調布智美は言う。
ただ、現在は営業をしていないのか、階段には鎖が張ってある。
「きょうは、お休みかなー。行ったら、迷惑?」
逃げ腰の(結構ビビリなのだ)国領ハルカだが。
「占いはしていなくても、服は返さないといけないんじゃないかしら。」
そう調布智美に言われ。彼女らは鎖を超えて階段に進む。
──でもなー、鎖を張ってあったりって。
来るなよ来るなよ、って感じじゃない?
そう思って、腰が引けてしまう国領ハルカだが。
気の強い友人にはそんな気おくれはないのか、ずかずかと先に立って階段を昇る。
音符マークのある、小さなドアベルらしいボタンを押すと。
中で、人の動く様子。やがてドアが細めに開いた。
「イマ、ダメ「Sugir, ──」」
ちょっと強面の外国人の男の人が、ドアのすきまから顔を出しざまに駄目だ、とかなり強い口調で言った。切迫した表情。
しかしその背後から、女の人の声がかかり。
強面の男の人は驚いて背後を振り返り、そして場所を譲られた女の人が、代わりに扉口に顔を出した。
「何?」
「あー、お取込み中、ごめんなさい!」
この女の人がまた、焦燥した様子。
昨日、ケープを貸してくれたその女の人に、国領ハルカはとっさに謝る。
頭に布を巻いても隠しきれない、豊かなブルネットの髪に黒い宝石のような目、長い睫毛の異国的な美女だ。
シェヘラザードって感じかしら、と国領ハルカの背後からちょっとだけ彼女の横顔をかいまみた調布智美は思った。
ドアのある踊り場は狭いし、服を返すだけだし顔を合わせる必要もないか、と思い。
調布智美が、入り口からは見えにくい角度(ドアの裏)に引っ込んだ位置にいることもあり。
占い師たちの側は、調布智美にはまだ気づいていないように思える。
ただすかしみたシェヘラザード(仮)の目元には、深いくま。
泣いていたようにも思える、潤んだ目。
──別れ話とかだな。間違いない、と調布智美は義憤をおぼえ。
背後の男の顔の脳内イメージを悪役顔に訂正する。
「これ、お返ししようと思って。本当に、ありがとうございました。」
国領ハルカの口調に、遠慮というか罪悪感がにじむ。
彼女は彼女で、別の方向に想像力をたくましくしている。
何かに彼らは没頭していたのは、たしかだ。
──押し殺してるけど息が荒い。うるんだ目。もしかすると、
せっかく、仕事も休んだ。みつめあう目と目。異国の地でお互いの肌で慰めあう、貴重なひととき。
それを、ふたりは服を返すという用事で中断させてしまったのではないか。
冷淡なしのりんをめぐる悩みで、脳内が自覚なしに薄ピンク色に染まっている国領ハルカはそう考える。
それに加えて。
服を返すにしても、せめてきれいにクリーニングして返せたらよかったのだが。
改めて眺めてみたら、特殊な繊維が使ってあるようでもあり。
水洗いしていいのか不安になり、丁寧にブラシをかけてきれいにはしたのだが。
さっきは、あのナイトクラブに行くのに被ってもう一度使ってしまったし。
そんなこんなで心理的に負い目を覚えている国領ハルカは、ぺこぺこと頭を下げながら借りたケープを差し出す。
「あなた、無事。よかった!」
焦燥した顔にかろうじて浮いた笑顔は、この異国美女も嬉しかったからか。
「あなた、生きる。きっと、生きる。
しかし。
あなた、あなたの親、あなたの一族、あなたの友人、この地離れる。すぐに。
これから、運命の風、この地に吹く。巻き込む、すべてのもの。吹き払う、すべてのもの、──残るもの、ない」
部屋のうすくらがりに目が慣れると。
この謎めいた美女が、今にも崩れ折れそうなくらいに疲弊していることに、あらためて国領ハルカは気づく。
どうした?なんだか、──大変なことが起きる、みたいなことを言っているけれど。
──
この多賀島で敵国のミサイルが大爆発。
あるいは、人工的に作られた強毒ウィルス大散布。
この人たちは某国の諜報員で、それを知って絶望してた?
いや、ただちょっと精神的におかしいだけかもしれないけれど、──。
「ねえ、ハルカ。放ってて大丈夫、これ?」
国領ハルカの後ろから、調布智美が小さく声をかける。
これまで死角にいたけれど、どうやら別れ話ではなさそうだし。
女占い師の疲弊しきった状態に、見かねてしまったのだ。
──あー、さとみんの心配してることは、わかる。
もしかすると「うつ状態」か何かなんじゃないだろうか、この女の人。
日本とは全然ちがう国から来たみたいだし。社会になじめたりしてないのかも。
ちょっと話して落ち着かせて、お医者さんか市役所のソーシャルワーカーとかを紹介しようかな。
さとみんも、そしてボクだって、だいたい女の子相手なら仲良くなりやすいし。
そう、国領ハルカは思う。
ただ、何ができるだろうか。市役所につなぐ?でも、不法就労とかだったら、──
「私、大丈夫。ない、心配。あなた帰る、私今、あなた見る、できないから注意する「ごめんください、─?」。あなたも、──っ?」
女占い師は、国領ハルカに別れの言葉を言いかけていたのだが。
そこににゅっと親友の肩越しに背後から声をかけてきた、調布智美の印象的な容姿に気づいた。
女占い師は調布智美にも声をかけ、同じようにあいさつをしようとしたようなのだが。
なにかよく見えないものを見ようとするように、軽く目を
そして次の瞬間、信じられないものを発見したように、息をのんだ。
半ばこおりつき。ぽかんと口をあけて驚愕したように調布智美の顔をまじまじとみつめる。
そして改めて国領ハルカに視線を転じた女占い師は、別の驚きに打たれたようだった。
まるでいままで気づいていなかったことに、そのときはじめて気づいたように。
「───、────?」
彼女の異常を察知した女占い師の夫(あるいは兄?ヒモ?)が、女占い師に気づかいの情のこもった、異国の言葉を投げ。
そして彼女の後ろから顔を出して何か言おうとした。おそらく、客人らを謝絶しようとして。
しかしそのとき、女占い師は自分の目が信じられないかのように。
ふたたび、彼女たちふたりを軽く目を細めるようにして見つめ。
そのことで何か負担がかかってしまったかのだろうか、ふら、とその体から力が抜ける。
「どうしたの?あたしの顔に何かついてた?
──って、あぶないじゃない!肩を貸しましょう。上がるわよ。
ハルカ、悪いけど私のスカートの右ポケット。ミサがくれた飴玉あるはずだから、とって剥いてくれない?」
会話に割りこんだとき国領ハルカが一歩詰めてくれたので、前に出て国領ハルカと並んで女占い師に相対していた調布智美は。
崩れ折れかけた女占い師の女性の腕を、とっさに右腕を伸ばして支えた。
女占い師の背後にいたその夫(仮)も、あわてて妻(仮)を支える。
調布智美はそのまま女占い師に肩を貸し。国領ハルカにドアを引き開けさせ、彼女を促して堂々と上がり込む。
ええー!まじ!?と思いながら、国領ハルカも指示されたように飴玉をとりつつ、おっかなびっくりで続き。
ばたん、と扉が彼女たちの背後で閉まった。
──────
異国の香の匂いが、漂う室内。
カーテンを閉めて薄暗くされた室内は、きれいに掃除されて余計な物は置かれていない。いくつか机などがあるが、片隅に寄せてある。
異教的な文様が刺繍された、やや古びてはいるが上質そうな布が絨毯のように中央に敷かれており。
その中央に、両手を合わせてもつつみこめないくらいの巨大な水晶の珠があった。
マンガに出てきそうな、完全に透明な、真球状の水晶球。
光を反射するはずの、その透明な水晶の珠の中心部には、──どういう仕掛けによるものだろうか、不自然に闇がわだかまっていた。
──なにこれ。「
びくびくしていた国領ハルカは、思わずそれに気をとられ。テンションが地から天へと振り切れる。
だってその水晶球、まさしく彼女の好きなファンタジー小説に出てきそうなものだったのだ。
「これで見てたの?──あのおそるべき、魔王を?
気をつけよっ。『深淵を覗く者を、深淵もまた見返す』っ!」
「!──なぜ、それを!」
調子にのって、思わず最近読んだ不死身ファ〇タジア文庫の一冊から、中二病な人としてキめたい警句の一つを引用して口走ってしまった。
国領ハルカの言葉を聞いて、シェヘラザード(仮)は、びくっと電撃に打たれたような反応。
「大丈夫、大丈夫よ。よかったら、話を聞かせて?」
国領ハルカに、たしなめるような視線を送り。
女の子には甘い調布智美が、母性(?)たっぷりに語りかけ。
わっと泣き出したシェヘラザード(仮)の背中を、優しく撫でる。
国領ハルカから受け取った、包装を剥かれた飴玉がさりげなくシェヘラザード(仮)の口に押しこまれる。
(うわあっ、──)
これがタラシの本性か。磨き抜かれた技じゃないか、と国領ハルカは戦慄しながらも。
自分が蒔いた種でもあるので、調布智美に加わってシェヘラザード(仮)をなだめることにする。
魔王うんぬんは自分が言い出したことだから、自分で不安を消してあげなきゃ。
「大丈夫だよ、魔王だってなんだって、ボクたちがやっつけてあげるよ!」
すすり泣く彼女の背中は、思ったより頼りなさげだ。
昨日は威厳たっぷりだったからわからなかったけど、彼女の年齢は自分たちとそう変わらない。
いや、もしかすると年下だってことすらありえそう?
そりゃあ、心細いだろう。
そう、国領ハルカは考える。
飴玉効果かな、占い師さんが泣き止んだみたいだ。
なになに、お願いがある、と。ほうほう、──
ふたりは、この女占い師から悩みと要望を聴取する。
国領ハルカは渋って辞退したけど、調布智美はそんなことなら、と快諾。
そしてふたりはシェヘラザードあらため「アルタミシェ」と名乗る彼女にその求めるものを渡し。
元気になった彼女に、手を振って別れる。
もちろん気にはなるけど、彼女は元気になってまだ福祉に連絡しなくて済みそうだし、ふたりにはまだ用事があるのだ。
この、一部始終。
乱入してきた少女ふたりが、流れるような連係プレイにより聖女様をなだめ。
(本当は食べるべきでない、常世の食べ物ではあるが)おそろしく高価なはずの砂糖を用いた菓子を、聖女様に摂取させ。
結果として破滅の未来を予見して絶望していた聖女に力をとりもどさせ、立ち直らせていく経過を。
10倍を超える数の『剣の僧正』の手の残虐な僧兵たちの襲撃を退けた
「黒の聖地」でけしかけられた怒れる竜に対してすら背中を見せず戦い抜き、勝利を得。
万夫不当の勇者と呼ばれるまでになった、誇り高き戦士の中の戦士である彼は。
数歩下がった位置で、どうしていいかわからずに。
内心おろおろと、見守っていたのだった。
──────
「本当は病院にでも行った方がいいんでしょうけど。
でも、話を聞いてもらうだけで悩みは整理されるっていうし。」
「そうだね。でも、占い師さんってやっぱりそういう空想、好きなんだねー。ちょっと面白かった」
占い師をなだめすかして、その要望を聞き入れ。
絶望の淵にあった彼女を救い出した(?)彼女たち二人は、次の目的地をめざして歩き出す。
占い師は、自分の窮状を「たとえ話」で語ってくれた。
彼女自身は、──世界を救うためにこの異世界に派遣された聖女。
そばに控える彼は、聖女を守るために付された、忠実なる戦士。
彼女のたとえ話の世界では、たとえばそういう設定。
「ハルカだって、そういう小説好きでしょう?
あの子の国でもそういうお話があるのよ、きっと。」
「んまー、まあね。
でもさ、それはフィクションとして好きなんであって」
ともかく、そのたとえ話の中では。
予見の力を持つ聖女(彼女)は、魔王と対決しなければならない。
しかし運命の岐路でどの選択肢を取ろうと、破滅の未来が訪れる。
それを予見した彼女は絶望のまま、せめて戦士をもとの世界に送り返し。
自らは、魔王にその身を贄として差し出そうと考えていた。
それが、この世界の破滅をわずかに遅らせるだけの効果しかないとしても。
「あら、あの子もフィクションだって言ってたじゃない。『これ、たとえ。ない、本当』って。最後に。我に返って慌てていて、かわいかったわねー?
要は、夢を抱いて来日した出稼ぎの若夫婦が、ままならぬ現実に押しつぶされそうになってる、ってことでしょ。
あの子たち。イラ○とかかしら、中央アジアあたりかしら?──まあ、それはいいのよ。
とにかく彼らは親元の苦境を救うために、バブルははじけたけどまだ金のつくれる日本に出稼ぎにきた。
でも敵、──入管かしら──に目をつけられて、このままだと不法滞在で捕まってしまう。
せめて彼だけでも見逃してもらい、代わりに自分は入管?に出頭して慈悲を乞おうとしている。
って、そんな感じのことなんでしょう?」
「あはは、そうかもしれないねー、──」
だが、その壮大な妄想は国領ハルカの心を揺さぶった。
それに、そういう内的世界、空想の世界を持ってる人の方が孤独と逆境に耐えられるのかもしれない。
強制収容所を経験した精神科のお医者様の書いた本に、そういう豊かな内的世界の効用が書いてあった気がするし。
──それにしても、あの水晶球。まるで本物のパランテ○アみたいだった。
あの、闇のわだかまる水晶球。覗き込むと、闇の中に体格のいい禿げたおじさんが浮かんで嗤いかけてきた。
「何、のぞき見?」って言ってみたら、闇もおじさんもぱしゃっと消えたけど。あの消え際のおじさんの驚愕の表情、まるでボクの声が聞こえたみたいにリアルだった!
あんな映像(ホログラフィ?)が出る仕掛けが透明な水晶球のどこについてるのか、全然わからなかった。はじめてみたけど、あれ欲しい!
──彼女の想像に乗って要望に応えてあげたのも、彼女が落ち着いてくれた一因かな?
それにしても、ボクたちの血がほしい、なんてすごいベタだよね。
ただボクは、血はちょっとなー!
「ない」と思ってるけど、でもほら、怖いじゃん。
呪いとかに使われたり、とか。いや、だから呪いなんて信じてないけど。それにきっと痛いし。
だけど、さ。「血?それくらいいいわよ。すぐ治るし。」なんて言い放てるさとみんは、すごい。
まあ、さとみんは唯物論者だからだろうな。でもさ、あの夢の世界は、──
そんなふうに思い返し、あの二人の住んでいるだろう部屋のある建物を国領ハルカはふりかえる。
聖女様(仮)に乞われて手首を浅く切って血を提供した彼女の大柄な親友は、元気いっぱいで先に立ち、大股に歩きだしてる。
ほらほら次行くわよ次。こんどはあたしのに付き合ってよ、置いてくわよ、と遅れた国領ハルカに振り向いて呼びかけ。
国領ハルカは、待ってよー、と、親友の大柄な、凛とした後姿を追う。
それを確認した調布智美の足は早まり、軽く走り出す。振り向いた顔に、ニヤッ、とちょっと悪そうな笑み。
それをみて、笑いながら追いかける国領ハルカ。
一人だと怖い、この荒れた下町を。
二人はおそれげもなく、駆け抜けていく。