タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(国領ハルカ視点、木曜日放課後、アステロイドプラザ近くの裏街)
「んもー!置いてかないでよ!」
広めの夏制服の背中を追いかける。
前を走っていた調布智美が足を緩め、ようやく追いつくことができた。
「ごめんごめん。
ん。たしかこのあたりなのよねー」
下町の賑やかなあたりを離れた、街はずれ。
さっきみたいな色街ってわけじゃなくて、むしろやや殺風景な感じの一角。
その一角で、調布智美はあたりに視線を走らせる。
容姿端麗な彼女だが、スカーフを取り、ちょっと着くずすと違和感なくこの荒れた雰囲気に溶け込む。
しっかり地図も覚え込んできたのだろう、ほとんどここまで来るのも迷いがない。
冒険家であるとはいえ、すこし方向音痴ぎみの国領ハルカはこの友人のことをうらやましく感じる。
「えーと。その。探し人のいるところかな?」
「正確には、いる可能性のあるところ。──あのビルね。」
──たしか、さとみんはさらわれたかどうかした女の子を探してるんだよね。
お巡りさんに通報、ってのじゃだめなのかな。可能性くらいじゃ、ダメなのか。
さっきは立ち話だったから、もう少し詳しいことを知りたい。
国領ハルカは、そう思いながら友人の指すビルをみる。
繁華街の外れで、ちらほらとバーや何かのテナントの入った雑居ビルもある。駐車場とかも多い。
調布智美のいうビルは、何の変哲もないそんな多数ある古いビルの1つにしかみえない。
友人の横顔を窺うと、彼女は別の方向をみている。大きな目が、鋭く細められた。
「どうしたの?」
「ねえ、ハルカ。
あなたって目がいい?」
「うーん。ちょっと自信ないけど」
一時期受験とかで勉強しまくってたときは、視力が落ちて落ちて。
伯母さんたちに言いたくなくて、気合で見えるふりしてたけれど。──あれ?
一時期より目が良くなったのかな。最近は、黒板がみえにくいって思ったことがないな。
「あの女の子。その白いライトバンから降りてきたわよね。」
近くの路上に止まった、白いライトバン。
その近くに、粗末な服装の外国人の女の子。
ちょっと怖そうな男2人に挟まれ、うなだれながら歩いてる。
歩みが遅かったのか、後ろの男に小突かれていたのがみえた。
3人は調布智美が言及していた、さびれたビルに入っていった。
「あの子が、もしかすると、──?」
「ええ、ターゲットに似てる。」
「追いかける?それか、警察?
あそこに誘拐されてる人がいますよ、って言ったら?現行犯なら、」
「それができれば、──。今は、通報できない。」
この友人自身も、どこかその結論に納得がいっていない様子。
──被害届がない?それとも、法的には違法と言われないようにガチガチに固めてある?
あるいは警察に内通者がいるってこと?通報者の情報が洩れて報復されてしまうかも、ってこと?
あるいは、人質がいるのかな?
聡明な国領ハルカは、唇をかむ友人の様子から何らかの事情があると推察する。
「ねえ、ごめん、ハルカ。
これ持って、待っててもらえる?」
「え?何?うそっ、マジっ?無理無理っ!?」
鞄を彼女に押し付けて、大型のネコ科の肉食獣のように柔らかく敏捷に、調布智美が走り出す。
いったい、何ごと?と思った国領ハルカは、すぐに理解した。
友人のターゲットは、女の子ではなく(女の子たちはもうビルに入ってしまっている)、女の子を連れてきた白いライトバン。
女の子たちを降ろした後、しばし停まっていたが。
護送の男たち2人のうち、1人だけが戻ってくると動き出した。角を曲がり、さらにその角をもと来た方向に曲がった?
あれを無謀にも徒歩で、追おうというのか。
はっとすると、友人の後ろ姿が角をまがったところだった。
追跡を悟られないように、背の高い友人は一つ手前の筋に走り込んだみたいだ。
一瞬、あまりのことに思考が停止した国領ハルカだが。
自分がこの荒れた裏町に一人残されることを理解して、あわててその後姿を追う。
「待ってよ!」
──1度ならず2度までも、おいてけぼりを食らうなんて!
両腕に鞄の重みを感じながら、国領ハルカは必死に人間離れした速度でひた走る友人を追った。
──────
数分後。
「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅー、はぁ、
もー!さとみん、は!ひどい、よ!」
全身から噴き出る汗。木陰にへたりこんで、国領ハルカは文句を言う。
その前で、調布智美も荒い息を押さえながら腰を折り、ひざに手を付いている。
「ふー。暑いわねー。
ええ、ごめんなさい。ハルカ。
でも、待っててよかったのに。」
「待てる、わけ、ないじゃん!」
幸いにして下町の道は狭く、駐停車してる車両も多く、車がスピードを出せるところではない。
二人は追跡をさとられないように、また車両に対抗するために、別筋や車両が入りにくい裏通りの近道を、ときには道端に転がる空き缶を蹴とばしながらも疾走した。
それでも下町を抜けた後、最終的には引き離されてしまったものの。
狙った車がたどった道を、この背の高い親友は確認することができたらしい。
疲れた様子ながらも、見通しのよい坂道を登ったその車両が入っていったあたりを彼女の目はじっと見つめ続けている。
得心がいったように頷いた顎から、汗が滴った。
遅れて追いついた国領ハルカは、もはや気息奄々だ。
「ごめん、ハルカ。荷物まで持ってもらって。
後で、何か奢るわ。」
「ボク、を、こんな、風に、使って!もー!高くつくよ!
マ○クシェイクでないと、許さないから!」
「何それ安すぎ。ハルカ、自分の体を安く売りすぎ。」
「もー、人聞きわるいなー!
じゃあパフェ、パフェ!1000円くらいしそうな、たっかい喫茶店のフルーツパフェかかき氷!」
じゃれあいながら、二人は息を整える。
彼女らが下町を抜け、走ってきたのは。
アステロイドプラザ裏の下町からみて北東方向に数百メートル、そこに
これは名前のとおり谷間になった地形で、そこを砦山の東側を北に抜ける旧街道が走ってる。
古くからある街道で、道幅は1車線。市街地からあまり遠いわけではないが、道も悪く地盤がよくないのもあって過疎気味。
古い家が街道沿いのところどころにあるが空き家が多く、葛に呑まれかけてるのもある。数十メートルおきにガードレールに括りつけられてる、今は廃業した地元酒造のさび付いた看板がもの悲しい。
この谷筋の向こう側の山の斜面は住宅地の開発もされてて、ひな壇状に造成された斜面には多少ましな家がならんでいる。ただ、やはり交通の便がよくないせいでさほど人気はない。
その住宅地の家々を縫って走る道に、ターゲットの車両は折れて走っていったようだ。
さすがに車の速度には勝てず置いていかれたとはいえ、沈着冷静な背の高い友人はその行き先を鋭い目で確認した模様。
「ハルカのおかげで、あの子のいる拠点を突き止められるかも。」
「あー、うまくいったならよかったよ。
でも、はい!カバン!こんどは、さとみんがボクの分も持ってね!
だってボクがここまでふたりぶん、持ってきたんだよ!」
「んっ、仕方ないわね。」
行きは調布智美が車に追いつくことを優先し、国領ハルカがふたりぶんの荷物を持ってきていた。
あのケープを占い師に返したので劇的に荷物は小さく軽くなったが、それでもそれなりに重い。
苦笑いしながら、調布智美はふたりぶんの荷物を引き受ける。幸いにも、国領ハルカの分は補助バッグだけだ。
「ただね、ハルカ。もう少しだけあたし行きたい。つきあって?」
「アジトの確認だね?いいさ、ここまできたら一蓮托生だよ。」
ちょっと帰り道に自信のない国領ハルカとしては、異存はない。
囚われのお姫様を救い出すミッションだ、もともと冒険好きの血は騒いでる。
二人は横断歩道をわたり、坂道を登ってさきほど車が消えたと思しき地点に向かう。
かなりの急傾斜の坂道。頭上から降り注ぐ蝉の鳴き声。
二人は汗だくになりながら、道をたどった。
──────
うんざりする南向きの斜面の坂をのぼり。ライトバンが入ったと思われる横筋をたどり。
さすがに体力のある彼女たちも、足が重くなってきている。
「──たしか、この筋。ナンバープレートは覚えてる。」
ひな壇状の住宅地の道、頂上に近いとある筋へ折れる。
しかしその段の道をたどると意外なことに行き止まりでなく、そのまま横道が伸びていた。
計算違いね、と調布智美は落胆したようにつぶやく。
この筋のどこかの家が、アジトだと思っていたらしい。
「山道に抜けちゃうみたいだ。」
「ごめん。無駄足になるかも。」
「いや、さとみん。ボクは大丈夫だからさ。
もうちょっと行ってみていいよ。」
住宅地を抜け、林に入る。
セミの鳴き声は、いよいようるさい。しかし木陰は多少増え、草いきれを含んだぬるい風がふたりの汗を乾かす。
「そうね、わざわざこの道から入ったってことは、そこまで遠くないのかも。」
口数少なく、二人は十数分歩き。
そして何かの施設の裏口とおぼしいところにたどりついた。
目立った破損があるわけではないが、あまり手入れされていないであろう何かの大きな施設の裏口だ。
その1階にある駐車場に、廃車と並んであのライトバンが停められているのをふたりは認めた。
「これって、──」
「ちょっと、一周してみる?」
ふたりはそのまま道を行く。そして、この施設の
「ボク知ってる!これ、あれだよ、『ウリーンランド』だよ!」
「そうね、あたしもずいぶん昔、来たことあると思う。ほとんど覚えてないけど。
──こうなってたのね。」
ふたりが子供のころは、まだ名前は聞いたことがあったし。
なんなら調布智美は、幼少時に来たこともあるらしい。
閉園した、遊園地だ。
今は一台も止まっていない広大な来客用駐車場、バスのターミナル。
天を摩すジェットコースター、動かない回転木馬、水が濁ってしまっている屋外プール。
風が吹いているせいか、まださびついた観覧車がゆるやかに回転している。
二人は息をのんで、そのものさびしい、だが心惹かれる情景に、しばし眺めいった。
「どうする、さとみん?不法侵入?」
「しないわよ!
──今は、ね。」
調布智美の切れ長な目が、管理棟のあたりに視線を投げる。
監視の目がないのかどうかを測っているんだろうな、と国領ハルカは思う。
「──でも、そのうち。
悪いけど、ちょっとハルカと、そしてあいつの手も借りたいかも。
今日は準備不足。撤退しましょう。」
「おっけー!いつでも呼んでよ。
生徒会もだいたい済んだし、これからしばらく部活もないし。
それでさ、さとみん。どうやって帰ろう?」
二人は、顔を見合わせる。お互い、眉がやや下がり気味。
これまでは獲物を追い詰める興奮にまかせて走り、そして山を登ってきたが。
これから戻らねばならないはるかな道のりを思うと、気が遠くなる。
「やっぱり、来た道を戻るほかないんじゃない?」
「ねえ、さとみん。こういうことわざって知ってるかな。
『毒食らわば、皿まで』!」
「もしかすると、このまま突き進むつもり?」
「さとみん。ボクがここに来たのはボクが望んでのことじゃない。さとみんにつきあったんだよね。
こんどは、さとみんがボクにつきあう番だよ。」
国領ハルカとて、もう歩くのはいいや、と思ってる。
ただ、せっかくここまで来てただ引き返すのに冒険好きの血が承服しかねる。
それに今まで来た道。あの炎天下の道より、この木陰の道の方がまだましな気がする。
「はいはい。30分、歩きましょう。それでバス停なければ、引き返す。」
そして、そういうことになった。
──────
「はぁ、はぁ、──疲れたんじゃないのよ、暑いだけ。
ハルカ。こんど、バスがきたら、──」
「さとみん、時刻表みたよね。あと30分は来ないよ。」
ふたりはそのまま、来た道を戻るのでなく、突き進むことを選んだ。
もはやどこに向かっているのか、全くわからない。
砦山の東を北西に向かって走る蛇抜街道に沿った山腹を歩いているのは確かだ。
民家もところどころにしかなかったが、頂上の尾根沿いを走る広めの道に合流すると、ようやくバス路線の存在を示唆するバスの停留所を見つけることができた。
もっともさっきふたりがみたバス停の時刻表は、この時間帯だと極度に便が少ないことを告げていた。
(もっともかなり昔の時刻表のままだった。廃線になっているおそれもなしとしない。)
「この坂、下って蛇抜街道に下りない?
そっちの方が、まだバスがありそうじゃない?」
「そーだねー、どーしよーかなー!
まあ、妥協してあげよう!」
ありがたいわね、と言った友人と苦笑いを交わす。友人のほてった頬。きっと自分も同じだろう。
背の高い友人の体力は、同年代女子とは一線を画する。
実のところ、トップアスリートに近いのではないか、と国領ハルカは思っている。
(100メートル走のタイムが、学校の陸上部の女子部員より早いと誰かが言っていたのを聞いたこともある。)
ただ、この大柄な友人の体力はもっぱら短距離向き。
体格からして、長距離走が得意なタイプではない。
(短距離では負けたけれど、長距離では自分にも勝ち目があるかもしれない、と国領ハルカは踏んでいる。)
全力疾走で車を相当の距離追跡した後、急な坂を上り下りした彼女は、いかにも消耗している。
ほてった顔に浮く汗、いかにも暑そうにブラウスの胸元をひっぱり、風を入れようとするしぐさ。
坂道をおりたら、自販機で飲み物でも買おうか。おごらせて、それでチャラにしてあげよう。パフェはさすがにかわそうだし。──と、国領ハルカは思った。
──────
「ねえ、ハルカ。
街を経由する線だと、30分後になっちゃうみたいなの。
でも、こっちの線。山越えルートだと、もうすぐ来るはず。」
時刻表を検分していた調布智美は、そう国領ハルカに告げる。
「山越えルート?あ、砦山展望台を通っていくんだね?
いいよ、ボクは。こうなったら、とことん付き合うよ。
お金も、そんなに変わらないんでしょ?」
ふたりは坂道をくだり(さすがに、登りより楽だ)、蛇抜街道に出た。
自販機とバス停をみつけ、一番安くて500mlに増量されてる麦茶をふたりで回し飲みして。
(飲んだとたんに、また汗がじわっと噴き出るような暑さだ。
国領ハルカはもう少しだけ飲みたかったけど、がまんした。調布智美も、おそらくそうだ。)
そして帰路を検討する。さすがに二人とも、歩くのはもう嫌だった。
さっきの尾根沿いの道よりは、さすがにバスの便は多い。
冒険が重なったのでずいぶん時間がたったように錯覚していたが、まださほどの時間ではない。陽も高い。
「料金は、──たぶん同じ。街中を通らないで駅に行くから、速いかも?」
「いいよ、だったら。そっち行こうよ。」
やがてやってきた、少し古いフォルムのバス。座席は半分も埋まってない。
二人は乗り込んで、いちばん後ろの席が空いていたのでそこに座った。
「ボク、子どものころはバスの後ろに座らなかったんだ。
車酔い、しやすかったんだよね。」
「あー、そうなの。あたしも学級委員長なんか押し付けられやすくて、一番前の席に座らせられてたわ。」
そんな話をしながら、バスは曲がりくねった道を砦山の裏手から登っていく。
──────
降りて眺めてみようか、と思わないでもなかったが、二人は結局そのまま中央駅までバスに乗ることにした。
砦山頂上付近、展望台付近を過ぎて、バスが下りに入る。道はあまり広くなく、すれ違うためにカーブで待機することもある。
そんな離合のおりに。
「わあ」
ぼんやりと外を見ていた国領ハルカは、とある屋敷に目を止めた。
立派な門構え、高めの塀にまもられた広い敷地、豪壮な日本家屋。たぶん、お金持ちの家だ。
「何かあった、──って。んー、いい家ね。お金持ちそう。」
「いつか革命が起きたら、焼き討ちしようよ。」
「なに馬鹿いってんの。
──あれ?あの人、見覚えが。」
バスの高い座席からは、塀の向こうもわずかに見えた。
運送トラックから、なにか家具か何かが配達されているようだ。
受け渡し側の運転手と配送員、そしておそらくは屋敷側の小柄な老人が、「冂」状の巨大なぶらさがり健康器みたいなものを運んでいる。
それを偉そうに頷きながら監督している男。カマキリに似た、鋭角的な印象。
どこかで見たな、と調布智美は思う。
彼女がいつぞや、紫藤みなりの継父に罠を仕掛けられ、麻薬(と彼女は考えている)を吸わされた日。
レストランから出てきた彼女に絡んできた2人組のうち片方であることを彼女が思い出したのは、その豪邸が視界から消えてしまってからであった。