タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(志野視点、金曜日の朝、自宅)
金曜日の朝。
昨日は紫藤といちゃいちゃして、興奮さめやらず家でも元気に日課(笑)をこなした僕は。
ぐっすり惰眠をむさぼり、充実感を感じながら目覚めた。
いよいよ補習も、今日で終わり。明日からは夏休みだ。
朝ごはんに母が用意してくれたたまご焼きとほうれん草のおひたしを食べながら、僕は夏休みの予定に思いをめぐらす。
──差し迫った課題は、来週末の竜神の帰還支援。
これは、今週末以降に竜神村に行って詰めよう。
やっぱり、バイクが欲しい。調布の友達経由でいいからバイク借りれないかな。自転車だとやっぱりあそこまで往復すると時間がかかる。
開かずの間に行って、あの小人類の頭骨も用意しないと。
竜神をうまく異世界に帰すことができれば、竜神の娘の手を借りられるだろう。
竜神の娘は、価値観が戦前のパワハラ女だ。
だけど銃器なしの条件なら、おそらく秋月さん以上の戦闘力を持つだろう。
ここしばらく海外に出てしまってるらしい秋月さんと連絡が取れないので困ってたけど、これで恩を売って竜神の娘の手を借りよう。
同性ってことで紫藤のボディガードには適任かもしれないし。何より性格ドブカスだって分かってるから、切り捨てても僕の良心は全く痛まないし(笑)。
第二に、最近上がってきた、調布に頼まれた案件。これも早めに手を打たないといけない。
ほら、人身売買か何かで身動き取れない女の子を救出するとかなんとか。
これ、なんとなく急がないと取り返しがつかない案件だと僕の第六感が告げている。
来週、竜神の案件と並行して進めて、竜神のカタがついたすぐあとくらいで、なんとかならないかな。
調布は、結構独断専行するからな。僕が忙しそうにしててあまり言い立てないと、勝手になんかやりかねない。
明日顔を貸せって言われてるから、そのときにちょっと話してみよう。
あと、気がかりなことが2つ3つ。
たとえば、あの地雷女の有明のこと。
これは、まあ急ぎじゃない。鷺沼さんから連絡があったらつなぎを入れよう。
ちょっとあいつには、ヤバいところがある。主に、精神的に。メンヘラっぽいっていうか。
外見はさすが元芸能人って感じだけど、かかわりあうとロクなことにならない。深入りは、絶対避ける。
だけどさ、放っておくと数少ない知り合いの僕に粘着しそうな気がするんだよな。
最初は多少は案内とかしてサポートするけど、ころあいをみて鷺沼さんにつないでフェイドアウト。完璧。
それより、僕と調布は明日デートするんだっけ。
例の裁判の結果でさ。時間とれって言われてホイホイ頷いちゃったけど。
なんか国領も参加するって言ってたけど、何考えてるのかな。
僕としては調布と2人だけの方が気楽なんだけどな、──。国領にはたぶん、疎まれてるし。
準備するものとか、あるかな。身だしなみくらい?
あれ?
誰か言ってたな。調布が生理中で、でも今週末くらいからならオーケー、って。
ん?待てよ。ひょっとして、スキ◯とか要る?
いや、当てが外れるかもしれないけどさ。スキ◯は、紳士のたしなみだよ。
財布にスペア込みで2つ、入れとくか。
いや、4つか?ワンチャン、国領の分も。
とにかく明日までに自販機を見つけて買うか、いつもは行かない、顔の割れない遠くのコンビニで買わなきゃ。
スキ◯を入れる財布もこの前もらった、マジックテープじゃない新しいのにしなきゃ。いや、機能的なんだけどさ、出すときベリベリッてしたらなんか気まずいよ。
あー、それと。
切迫した用件じゃないけど、ナギさんたちの健康診断の結果が2週間で出るんだっけ。お盆明けくらいか。
病気が見つかったら、治療の手配もしなきゃ。ふたりとも健康とは言い難い生活だったから、きっと1つか2つ、持病が見つかるだろう。
ほとぼりが冷めたら、違う町で健康保険とか住民票とか作って社会復帰してもらうことを考えよう。
せめてたっくんの小学校に上がるころまでには、パートの口でも見つけられたらいいけど。
でもあと数年で、就職氷河期に突入するんだよな。いや、今も前期氷河期なんだけど、この比じゃないくらいに。嚆矢は、北拓。大学1年の秋だったかな、そこから大学の先輩が内定取り消しになったりしてたっけ。
外で仕事みつけるより、僕と調布の投資ビジネス(笑)とかがうまくいったら、事務員さんとして働いてもらうのもアリか。
もし1回目と同じ経過をこの世界がたどるなら、まあ投資先を外すことはないだろう。
気がかりなことの、続き。
あの僕たちの仮部室でときどきまどろむときにみる、謎の存在とのやりとりの夢。
雲を掴むようなふわふわしたやりとりなんだけど、妙な一貫性があるような気もする。
これ、一度調布との会話の内容を詳しく確認して、次回にこの現象が起きたときに話す内容を固めておこうかな。有益な新知識とか、気になること(僕、何を約束したことになってるんだっけ)とか、さ。
ただ、僕の直感がどれもはぐらかされそう、って告げてる。
まあ、ただの夢の可能性が高いし。今のところは無害だし放置で。
それと似てるようで違う、開かずの間でみる、過去や未来の一場面をパラパラかいまみる夢。
これは、国領のときの実績があるからね。発生メカニズムはまるで分からないけど、僕は一定の信を置いてる。
昨日も紫藤といちゃついた後に、いくつかの世界線での未来を見た。あれを、思い出したい。
たしか紫藤が僕とは別の人とくっつく未来もあった?いやそんなの、全力回避だよ。
それはそうとして。僕が紫藤に注水して追いつめてたとき、彼女が口走ったことも気になる。
人のことを悪く言わない(なんなら、クズ義父のことも悪くは言わなかった)あの紫藤が、彼女のホストファミリーには「悪い人」がいる、と言っていた。
もし、本当なら。ホストファミリーの雇ってる人の中に、悪い奴が潜り込んでるってことか?紫藤が害を受けないように、またホストファミリーのほかの人のためにも、確認しなきゃ。
それに「普通のときはしゃべれない」って、結局どういうことだろう?(それを普通のときに聞いても、紫藤は困った顔をするだけなんだ。)
うーむ。困ったことだ。
いや、でも悪いことばかりではないんだ。
つまりだね。
僕は心ならずも、紫藤にさらにさまざまな働きかけをして、彼女が僕に告白しやすい状況を作らねばならない、ってことじゃないか。
それに紫藤に「国領に追いつく機会」を提供しないといけない、ってこともあるしなー。
うん、いろいろやってみないとね。彼女の頭がぼうっとするようなことを。ぐふふ。
つまり僕、やっぱり紫藤の開発を鋭意進めないといけないってことだね。
それに、だね。
その「まいら」とかいう紫藤の先輩のメイドさんも確認しなければならない。
別に、僕がその人に関心があるってわけじゃない。
でもさ、やっぱり登山に関心のない人でも富士山はみたいし、神仏を信じてなくても初詣には行くじゃないか。
それに「悪い人」から紫藤を守るためには、やっぱりホストファミリーのお宅訪問は必須だよ。
自覚はしていなかったけど、補習が終わるってことで僕も浮かれていたのだろう。
紫藤と進めたい計画のことなどを考えていて持ち上がってしまったズボンの前を直しながら、意気揚々と僕は学校に向かったのだった。
──────
登校して、恥ずかしそうに目を伏せる紫藤とお互いに赤くなりながら朝の挨拶を交わし(幸いにして誰にも気づかれなかった、と思う)。
もちろん昨日のことには触れず、補習最後の日の授業に取り組む。
昼休みは、最後だってこともあって、昼ごはんの後に男連中といっしょに体育館でバスケすることにした。
僕はたまたま背が高い方だから、この競技は好きだしそこそこ得意。でもシュートの成功率は普通。
神奈川なんかは、まさにリングにはまったく触れさせずにネットだけ揺らすようなきれいなスリーポイントを打てるけど、僕には無理。練習ですら3回投げて1つ入る程度。
ドリブルはあまり上手じゃないっていうかぶっちゃけ下手。ボールを2個同時に使ってみせる青山に煽られるレベル。
交代しながらまったり3on3をしているうちに予鈴が鳴り。ヤバっ、てことでボールをボール籠に放り込んで、戻り始める。
「なあ志野、夏休みどうしてる?帰省とかするのか?」
体育館の横の水道で先を争って水を飲んだ後、教室に体育館との渡り廊下を戻る途中、高木が声をかけてきた。
ちょっと最近元気がなくて、ときどきもの言いたげな顔をしていたので気になってた。
「あー、まあいろいろあるけど。お盆までは家かな。」
竜神関係があるからな、来週は多賀島にいるだろう。
「部活、ないんだよな?
ちょっと今度、いいか?」
「おうよ」
明日は調布に予約されてるし、暇じゃないけど。
遊びに行く時間くらいは、あるだろう。なんなら今日の放課後でもいい。
「ありがとな。
今日の打ち上げ、行く?」
「あー、ボウリングだけ行こうかな。駅前だっけ?」
「今日は二木馬場近くの
階段を昇ってる途中で、本鈴が鳴り出した。僕と高木は他の一味から少し遅れてて、慌てて走り出す。
幸いにしてどのクラスもちょっとたるみ気味。時間を過ぎてから滑り込んだけど先生には怒られなかった。
──────
僕たちのクラスはそこそこ雰囲気はいい。ひとえに男子の中心人物である神奈川の温和な性格のおかげだと思う。
(あと男子は体育会系の日比谷、女子は調布と烏丸さん(背は低いけどパワフルな女子だ)あたりかな。)
他のクラス、たとえば国領のクラスとかは結構雰囲気悪いって言ってたな。なんかトップ層の奴らが自分たちだけで閉じたグループを作りたがるんだとか。
それはともかく。
僕たちのクラスも打ち上げしようよ、って話になり。
もう既に帰省してたりする子もいるからちょっと前回より小規模になりそうだけど、クラスでボウリングに行くことになってた。
最終日もしっかり部活の練習がある人もいたり、部活の方で打ち上げがあったりする人もいる(部活の練習が終わってからこっちに途中参加する人もいる)から、参加率は半分くらいかな?
僕、こういう人の集まりが苦手。1回目のときから変わらない。
いや、そこまで嫌いってわけじゃない。苦手なんだ。
何話していいかわからないし、相手にされなくてボッチになるんじゃないか、とか思ってしまって。
だからもう、短い人生なのに気の合わない人とつるむの嫌だとか、会社の外まで付き合わされたくないとか正当化して(今でもすこし、そう思うけど)、不参加を決め込むことも多かった。
でもまあ、これはちょっと苦手な食べ物、子供にとってのピーマンみたいなものだよね。
2回目の僕は、どんなときでも紫藤を守れる、紫藤を幸せにできる男でありたい。そのためには最低限の社交性みたいなのも必要かもしれないし、誘ってくれた神奈川にも悪いよな。
それに調布も紫藤も行くんだし(最大の理由)、僕もびくびくしながらも参加することにしたんだ。
授業が終わる。
あちこちで、「終わったー!」とか、呻き声とかが交わされる。先生、苦笑いしてるな。
先生がいなくなると、みんなのわちゃわちゃという話し声が高まる。そしてみんながばらける前に、烏丸さんが教壇に立ち、打ち上げの時間と場所について要領よく説明。
帰っていく人や部活に行く人が、友達に手を振ったりして出ていく。神奈川が「飛び込みオーケー、志野もいくんだぜ!行こうよ行こうよ」となぜか僕をダシに態度保留の人たちを勧誘してる。
僕も紫藤とちょっと言葉を交わし、荷物を取りまとめ。
でも今日は高木と同道してさっきの話を聞こう、と思い、紫藤にそうひとこと断る。
(もともとクラスで行動するときには、僕と紫藤は恥ずかしいのもあってあまりくっつかないようにしてる。別にとやかく言う人、いないんだけどね。)
紫藤が、じゃあ向こうでまたね、志野くん!と言って、調布のもとに去り。
荷物をとりまとめている高木に、僕は声をかけようとした。
ところが。
「あ、志野君。誰かきてるよ」
「? あー、ありがとう。」
若原君というちょっとおとなしい同級生が、僕に来訪者を知らせてくれた。
教室の入り口をみると、隣のクラスの地味で大人しそうな黒縁眼鏡の文学少女の姿。
あ、あの子だ。名前なんだっけ。美術部で、なんか僕以上に失言癖のある子だ。
彼女も僕を見つけて、ほっとした表情をしてる。何の用事だろう?
「あ、志野さん、ごめんなさい。中河原です。
ちょっとだけ、いいですか。」
もじもじしながら、彼女はそう僕に切り出した。
この娘、ちょっとなんか僕の脳のどこかを刺激するんだよね。
調布ほどじゃないけど背も高め。胸も大きいのに、コンプレックスがあるのか少しだけ猫背ぎみで。
眼鏡で目立たないけど、すっきりした顔立ちで黙ってれば美人さん。
なのにちょっと引っ込み思案、おどおどした感じ。
──なんていうか。都会に住んでたら、電車で痴漢被害に遭いそうな子なんだ。あ、この子はパニックで抵抗しないな、とか思われて。
そこまで思ったとき。
何か、ひゅっと殺気が飛んできた気がして、僕はびくっとする。
おそるおそる、その方向を横目でみると。
調布が、別の誰かと話しながら僕の方に視線をくれていた。
僕が彼女の視線に気づいたのに気付くと、ちょっとこちらに形のよい片眉を顰めてみせる。
あー、調布も美術部だからな。この娘の困ったところとか、分かってるのかもな。
適当に切り上げよう。
「あ、中河原さん。
もちろん大丈夫だけど、何かあった?」
「はい。──志野さん、ESSでしたよね。
みーちゃんのこと、もちろん知ってますよね?」
──知らんがな。
誰やねんそれ。そう、反射的に思ったのだが。
そこで僕の胸のどこかがぴり、と痛みを伝えてきた。もしかすると。
「──前の、部長さんのこと?」
「そうそう。みーちゃん、吉祥寺美鷹のことです。」
反射的に顔を顰めそうになった。部長さんね。あー、はいはい、だから?って。
──いや、だってさ?
僕、つい先日、彼女に酷く振り回されて絶縁宣言されたわけじゃん。
(もっとも後から考えると、そこまで直截に酷いことを言われたわけじゃない。
でもそれもさ、きっと後でハラスメントとかで問題になっても言い抜けられるように、じゃないかな?)
なんでよりによってその彼女のこと、僕に聞いてくるのかな。
僕は「それで?」と彼女に促した。
取り繕う余裕がなくて声や態度が冷たかったかもしれないけれど、彼女は気づかなかったみたいだ。
「みーちゃん、志野さんのことをいっつもすごい褒めてて。
この前なんて、志野さんとデート行くんだ!って舞い上がってたんです。」
今度こそ、自分の顔が歪むのがはっきり分かった。胸が痛んだ。
反射的に「知るかよ」とか何か、目の前の彼女に乱暴なことを言ってしまいそうになり、──でも堪えた。
それはひとえに、この彼女は僕に対して何も悪意がないのが分かってしまったから。
でも、酷いよこの娘。絶対、いつか舌禍で問題起こす。一番いやなことを全く自覚なく言ってくる。
「月曜日でしたっけ?その、デートですけど。
そのときに何か変わったことって、ありました?」
「ねえ、それ今ここで聞く?」
思わず、言ってしまった。
目の端で、紫藤がちょっと心配そうな目でこっちを見てた。手を振って、先に行っといていいよと伝える。
ちょっと面白くなさそうな顔の調布とともに、紫藤たちは連れ立って教室を出ていく。
「あー、志野。俺も先、行っとくよ。絶対来いよ?」
「おう」
僕と同じ考えで、一緒に行く途中で話をしたかったらしく。
近くでそれとなく僕たちの話を聞いてた高木も、話が長くなりそうだと判断したのか。
打ち上げに参加する他の男子たちの一団とともに、教室を出ていく。
「あ、時間がないんですか?ごめんなさい!」
「っていうかさ。時間じゃなくてさ、──はぁ。」
当たり散らしたい衝動を、抑えた。
彼女は別に悪くない。間が悪かっただけだ。
でも、気持ちがぐちゃぐちゃしてきてる。頭が熱い。
「何が聞きたいの?あ、いや、今じゃなくて、さ。
ちょっとここじゃない場所で、聞いてもいい?」
「ごめんなさい。志野さんたち、どこか行くんですね?もしかすると、クラス会とか?」
「気にしなくていい。でも、もし駅方向で良かったら、歩きながら聞いてもいい?」
「はい。じゃあ、すぐ鞄取ってきます。」
彼女が、そそくさと自分のクラスに戻っていくのを見送り。
僕も、自分の荷物を手に取る。人はいつのまにかかなりいなくなってて、7、8人が残ってるだけ。
残ってて目があった人たちにバイバイ、と声をかけて、廊下に出た。
──クソっ。
彼女はどっか僕と似てて、要領と間が悪い。
だから、どこかで僕は彼女を同類と感じてしまい、冷たく当たったりしたくない。
とはいえ、なー。
昨日、紫藤といちゃついたからすっかり忘れかけてた胸の痛みが、ぶり返す。
最近でもっとも嫌な思いをした、あのトラウマをほじくり返そうってのかな、あの娘。
──────
「志野さん、ごめんなさい。」
「大丈夫だよ。──それで?」
二人で並んで歩く。傍から見たらどう見えるのかな、地味同士のカップルって感じかな?
これは、人次第かもしれないけど。
女の子と一緒に並んで歩くのって、もてない君である僕には、いつもならちょっとうれしい。たとえ、全然そんな関係でない子とでも、相手がそんな外見がいい子でなくても。
ただそのときの僕は、あまりそんな気分じゃなかった。
もう大丈夫だと思ってるけど、なんとなくあのとき感じた恥辱の思いや、裏切りへの怒りや怨恨が胸の中でぐちゃぐちゃになって、熱く煮えたぎりはじめてた。
でも。
「みーちゃん、昨日から家出しちゃってるんです。書置きを残して。
それで。
みーちゃんのママが、月曜日くらいから様子がずっと変だった、って──」
彼女から告げられた、その言葉は。
憤りに熱くなりはじめてた僕には、頭から浴びせかけられた冷水のように感じられたのだった。