タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
すごく長くなってしまっていますが、お付き合いいただきありがとうございます。
ついつい話が本道から余計な脇道に逸れまくりなのですが、なんとか完走したいなー、と思っています。
また、誤字のご指摘もいただきました。ありがとうございました!
志野視点、続きです。
(志野視点、金曜日午後、多賀島中央高校から市街地への道)
「それで。
吉祥寺先輩が家出してる、ってさっき言ってたよね?」
僕と彼女、中河原桜さんは、並んで駅方向への道を歩いている。
今日の僕のクラスの打ち上げのある二木馬場は、その駅のさらに向こう。登良川を渡った、向こう側だ。
彼女の家はそちら方向でこそないが、二木馬場近辺からもバスで帰りやすいとのこと。だから途中まで一緒に行ってお話を聞く、ということにした。
同じ道には、ちらほらと同じ制服。僕たちの話を聞かれたら不味いかな、と思ったけど、誰も僕たちの話を聞いてる気配はない。
「はい。昨日から、家出して戻ってないそうです。
そのうち戻ってくる、と書置きには書いてはあったらしいんですが──。」
少々まとまらない、彼女の話を辛抱強く聞く。
この娘は、あの元部長の吉祥寺先輩とは血縁もあり、かなり親しい間柄。
本当は又従姉妹くらいの関係なのかな。でも生活では家族ぐるみでお付き合いがあるそうだ。
本人も、部長さんと幼いころから姉妹か幼馴染みたいに一緒に育ってきた、って言ってる。
よくお互いの家に泊まりにいくくらいだという。相当のものだ。
(ちなみに泊りに行くとかの話に、覚えがある。この娘、先輩から聞いた記憶力がすごい子だと思う。
先輩があまり覚えてなかった、奨学生の関係の話とかも聞けるかも。)
ともかく。
先輩(元、部長さん)が書置きを残して家出し。
書置きには、東京の友人のところに滞在する、またほどなく戻るから警察には言うなと書いてあったそうだ。
彼女の両親は、それはそれは心配している。特に母親が半狂乱。
まあ、わかる気がする。
内面はともかく、先輩の外見はすごく綺麗だし育ちもいい。
会ったこともない都会の友人に誘いだされた、って。そりゃ、不吉な予想しか立たないよな。
まだ、警察には届け出てない。でもしばらく待って連絡がなければ、やっぱり警察に頼らざるをえないと考えてるみたい。
中河原さんの家にも「なにか事情を知らないか」と、相談が入ったみたいだ。
ちょっと前から、先輩とそのご両親の間柄はやや険悪だったらしい。
最近になって態度が軟化してきたものの、ご両親はそれも気になっていた。
そして月曜日に帰宅してきてからは、平常を装ってはいても明らかに不自然な様子がみられたという。
その翌日(火曜日)に先輩は学校から帰ると、以降は補習にも行かずに家で閉じこもっていた。
両親は彼女がどこにいるのか突き止めたい。そのため、何が起きていたのか把握したい。
その一環として中河原さんに相談が行き、そして最近会った人にも話を聞いてほしい、と涙ながらに頼まれて、中河原さんが僕に話を聞きに来たということらしい。
先輩とご両親との関係について聞くと、中河原さんはためらいがちではあったが話してくれた。
先輩の家、財閥(吉祥グループ)の一族の一翼だけあって、先輩にも政略結婚が予定されて、婚約相手が内定していたみたいなんだ。
(月曜日に先輩に絶交宣言されたとき、婚約者がいる云々って話を先輩がしてたのを思い出した。同時にあのときの空気を思い出して、僕は一瞬、頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚を覚えた。)
ともかくその婚約を、先輩はとても嫌がってたらしい。その婚約相手(候補)が嫌だ、って。
それで、親とも衝突していて、特に母親とはときどき喧嘩もしていた。
いい大学に行けばその間、結婚を遅らせることができるということになり、すごく勉強に打ち込みはじめていたという。
最近は彼女の態度も和らいできたと思っていたが、押しつけて無理させていたのではないか、やっぱり私たちが悪かったんだ、──と両親は自分たちをひどく責めているとか。
ただ、この今回の先輩の「家出」。
そしてその直前の態度の変化の背景について、中河原さんは別の意見を持っているようだ。
先輩がひどく婚約相手を嫌がっていたのは事実。中河原さん自身も、家出したら?と言おうかと思ったこともあったらしい。
だから家出は婚約への抗議だと仮定すれば、すんなり動機は説明できそうではあるのだが。
──でも中河原さんによれば、違和感があるという。
先輩の最も近い友人を自認している、彼女によると。
先輩は婚約を嫌がってはいたが、すぐに家出しそうな風情ではなかった。
そして先輩は今週の土曜日に全国統一模試を受ける予定だったみたいなんだけど、「終わったら一緒に買い物に行こう」と中河原さんと約束してた。
それ以来、婚約については何か動きがあったわけでもない。
確かに婚約は嫌だっただろうけど、大学に行けばその間、延期はできる。
婚約関係については、親友の中河原さんとの約束を破って家出するほどの事情の変化はない。
だから先輩の失踪は別の事情によるものだろう、──といったことを中河原さんはもごもごと言う。
「志野さん。
志野さんは、みーちゃんの『能力』、知ってますか。」
「えっ?能力?」
いや、先輩はすごい人ではあった。
頭も良くて、リーダーシップもあって、でも人間的にも円満と言っていい(最後の点は、僕は異議があるが)。
何よりすごい美貌、あふれるカリスマ。その割に、目立とうとしないで僕みたいな地味な後輩も可愛がってくれてた。過去形だけど。はあ。
「──あ、そこは知らないんですね。」
中河原さんが
中河原さんは僕の不快感には気づかずに、続ける。
「みーちゃん、ほとんど超能力的に勘が働くんです。」
「ふーん?」
ちょっと早口で言いつのる、中河原さんによれば。
吉祥寺先輩はすごく危険の察知能力に優れているという。
先輩は幼い時から美少女で、とても目立っていたらしい。
だから、──変な話だが。
変態男とかに目を付けられ、事件に巻き込まれそうになることも多々あったそうだ。
だけどその先輩の勘で、ことごとく危険を切り抜けてきたという。
もちろん妹分の中河原さんも、先輩に守ってもらってきた。
ついでにいえば先輩を中河原さんが守ったことも、ある(これを言う少し得意げな彼女の様子に、再び僕は軽くイラッとした)。
先輩が婚約者を嫌ってたのも、その『勘』によるものだという。
馬鹿っぽい言い草にも思えるが、僕はあながち中河原さんの主張を嘘だとは思えなかった。
そういえば吉祥寺先輩と月曜日にデート(?)したときも、先輩はなんとなく怪しい男が小学生の女の子を連れ去るのを阻止していたな、──と僕も思い出す。これは、思い出しても胸は痛くならない記憶だ。
それはともかく。
そんなに勘の鋭い、また特に異性関係には慎重な先輩が。
顔を知らない、会ったこともない人を軽々しく信じて単身で上京するなんてことは考えにくい。
両親が考えてるみたいに、都会の正体不明の男(?性別は不明)に先輩が騙されて家出した、という話ではない。
そもそも先輩を騙せる人はいない、とまで彼女(中河原さん)は断言する。
中河原さんの先輩に対する盲信の当否は、さておき。
先輩が家出する理由。婚約への不満だけじゃないんじゃないか、というのは、僕もそう思うんだ。
たとえば月曜日時点。僕が絶縁されたときにも、先輩は婚約に従って結婚するような言葉を発していた。
(ただ、今にして思うと妙な留保がついてた。『なれたら』とか。
──聞き流してたけど、あれには意味があったのだろうか?)
それにその時点で、謎の友達がいたような風情もなかった。まあこれは、わからないけどね。
僕は心を落ち着けて、思い出すと頭をかきむしりたくなるあの日のことを思い出そうとする。
先輩の態度が急変したのは、──あの女占い師に占ってもらったときからだ。
それまでは、僕への好感度、これでいいの?って思うほど高かった(あるいは、高く見せてた)。
先輩は占い師にみてもらって、なにかを決心したんだ。
ただ、そうして中河原さんと話をしているうちに、僕は彼女の態度にわずかな不審を抱いた。
先輩ほどは勘の良くない僕だけど。
彼女の言動には、なんらかの罪悪感、後ろめたさが見え隠れする。
そして婚約(だけ)が先輩の出奔理由じゃない、もっと別の人物が関わってる、って確信してる様子。
彼女も、なにかを知ってる?ここでまだ話されていない、なにかを。
「──中河原さん。もしかすると。
中河原さんも、先輩のご両親とか、あるいは僕にまだ言ってないことがあるんじゃない?」
僕は、カマをかけてみた。
びくっ、と彼女の肩が揺れる。
「中河原さんも、最近の先輩のことで知ってることを教えてよ。
中河原さんが嫌だったら、誰にも言わない。約束する。
その代わり僕も、月曜日に吉祥寺先輩と一緒に、えーと、会ったときのことを話す。」
──信じてもらえないかもしれないけれど。
確かに、月曜日に僕が先輩と会ったときに不思議なことがあったのは事実。
それにお互い正直にならないと、本当に先輩が助けが必要なのに見殺しにしてしまうことになるかも、と伝える。
黒縁の眼鏡の奥で、吉祥寺先輩に似てる中河原さんのアーモンド形の目が揺れている。
そして、彼女は決断した。
「──はい。
私の方こそ、絶対信じてもらえない話なんです。
だけど志野さん、いいですか。時間。」
「あー、あと3、40分くらいなら。」
歩いて行く人がほとんどだということもあって、開始時刻は少し遅めだ。
腕時計をみる。開始時間まではまだ間がある。
走れば10分で二木馬場に行けるだろうし。
家の近い連中は、制服を着替えて行くって言ってたっけ(本当は校則違反だ。でも僕たちはほら、中央生*1』だからさ)。
僕の仲間連中は、早く着いたら併設のゲーセンで時間をつぶすって言ってたな。
高木が物理部(ほぼほぼプログラミング部)の福島君とストⅡで頂上対決するって息巻いてた。
「ええと。歩きながらじゃなんだし、そこの川べりですこし。」
学校から駅をすぎて、二木馬場に行くまでには登良川を越えることになる。
その川べりで話そう、ということになった。
──────
登良川沿いの緑地。入道雲で陰りかけている。夏休みの少年たちが遊んでる。
先輩ともこの上流の方を歩いたな、とまた思い出す。
僕と彼女は、木陰にあるたまたま空いてたベンチに腰掛けた。
「私が最後にみーちゃんを見たのは、火曜日のことなんです。
志野さん、月曜日のことを先に聞いてもいいですか。」
促されて、僕は話す。
吉祥グループのことを知りたいって言ったら、距離感バグってる先輩にデートと称して連れ出されたこと。
途中で、誘拐されそうになってた(?わからないけどね)女の子をよくわからん男から救ったこと。
占い師のところに行ったこと。
僕に対しては、意味のある占いはしてもらえなかったこと。気になる言葉をいくつかもらったこと。
先輩は、水晶球を占い師と一緒に触って、水晶球が光っている間に、何かを見ていたらしいこと。何を見たかわからないけど、先輩が泣いてたこと。
そこから、態度が急に変わったこと。
──そして公開処刑で絶縁されたこと。
コンパクトに話そうとしたが、十数分くらいはかかってしまった。
ともかくも、語り終えて。
僕は時計を見て、まだ大丈夫か確かめる。大丈夫大丈夫。
「そうですか。
その、小学生の女の子を連れ去ろうとしてた若い男の人。たぶん、本当に悪い人ですね。
きっとみーちゃん、気づいたんだと思います。そういうのすごく鋭いから。」
どこかほろ苦そうに、中河原さんは笑った。
「それと。
えーと。みーちゃん、はっきり言って志野さんに夢中でした。
だから、本当は志野さんは、嫌われたんじゃないと思います。」
中河原さんは、そう言ってくれる。
クソの役にも立たない慰めコメントであるとわかっていても、僕は少しだけ胸の痛みが和らぐのを感じた。
それに恥ずかしくて腹立たしい、思い出すと胸が痛くて頭が熱くなるこの記憶を、話すことによって客観的に味わい直しながら。
僕はいくつかの、それまで気づいていなかった不審なポイントに気づいた。
先輩は、確かに水晶球をみた後に態度が変わった。
それを、デート(?)の間に先輩が僕の嫌なところや情けないところを見たりして嫌いになったんだろう、って僕は思ってたけど。
そんなに単純な話ではないのかもしれない。
たとえば、最後に先輩は僕のことを嫌ってるっていうか、疎んじて突き放す態度をみせたけれど。
その直前には、わざわざ靴紐まで結び直してくれていた。──今から捨てる相手に、ああいう態度をする意味はあるのか?
まあ、人のこころなんてわからない。それに先輩みたいなカーストのアッパークラスの人が何考えてるか、僕みたいな凡人にはわからないや。
先輩があの水晶球で、何を見たんだろうか。──それがわかれば、手掛かりになるかもしれない。
「それじゃ、私の話ですね。
たぶん、頭おかしいと思われるかもしれません。」
そうして彼女も、自分のみたこと、経験したことを語り始めた。
──────
「私は、みーちゃんが大きな猿に攫われたんじゃないか、って思っています。」
「──は?」
「猿です。こんなに大きな、猿。」
──だめだこりゃ。
僕の顔は、ありていに言えばそういう感じだったかもしれない。
いや、不思議ちゃんだとは思ってたけどさ。これはひどい。
だが、対人能力における僕の好敵手は、僕の反応に気づいたらしい。
彼女、中河原桜は、ぐぐっと顔を寄せてきて。
その形はいいがちょっと乾燥してみえる唇を舐めて、言葉をつづけた。
「信じられない、って思いますよね。
でも、私はみたんです。
あの、砦山で。」
彼女は砦山を指さす。僕も、それにつられてその方向をみた。
この登良川の川辺からも、ひしめくビル群を見下ろすその山影が見える。
多賀島市の中心街を見守るようにせり出して陽光を浴びている、砦山。
「みーちゃんは、なにかすごく悩んでました。
もちろん、婚約者のこともそうなんですが。
でもそれは背景の一つでしかない。家出の決定的な理由なんかじゃない。
月曜日から火曜日にあったことが、原因だと思います。
火曜日にみーちゃんが美術室に来た時、──いつもそうなんですが、いつもに増して私にべたべたしてきて。
そのとき『まるで最後の別れみたい』って思ったんです。
だから気になって、その後、こっそりみーちゃんを
彼女は、思い出しながら語ってくれる。
その日の帰路の先輩は、誰かに呼ばれてるみたいだったという。
いつもなら、どんなに足音を隠しても、すぐ気づかれてしまうほど勘が鋭いらしいのだが。
その日は、すごく不用心だった。他のことに、気を取られているみたいに、と彼女はいう。
いつしか僕は、彼女の話に没入し、耳を傾けていた。
──────
──────
吉祥寺先輩は、砦山、しかも遊歩道から外れた傾斜面に分け入っていった。
中河原さんも、それをかなりの距離を置いて追跡した。
そして。
「猿がいました。チンパンジーみたいな、でもチンパンジーより大きい感じの猿が。」
その猿は先輩を押し倒し、頭を踏みつけ、──。
「そして、その。えーと。
スカートとかめくらせて。お尻を叩いたんです。」
「はあっ?」
「はい。岩につかまらせて、こう、腰をつき出させてスカートを上げて。
そして下着を降ろして、脚を片方上げさせて。そしてお尻を叩いて、──」
──いや、詳しく話せって意味じゃないぞ。これ、なんのエ○小説なんだ。
そう思った僕は、ひそかに彼女、中河原桜の精神面を疑い始めるが。
だが、彼女から漂う決死の雰囲気が、彼女の話を妨げることを僕に許さなかった。
少なくとも彼女は、実際にそれをみたつもりでいるのだ。
彼女は言う。
「あの猿は、まるで人間みたいでした。
何かを、しゃべっているように見えました。みーちゃんも、それに答えていたようにみえました。」
ひとしきり猿は先輩を折檻し、罰を与えたという。
そして彼女を、放免した。
「志野さん、笑いますか。私、頭おかしいって思いますか。
私も言ってて、馬鹿みたいだって思います。でも、本当にあったんです。
私は、あの猿の存在こそがおかしいって思います。」
「人間みたいに、しゃべったりする猿。
──それは着ぐるみじゃ、なくて?」
「はい、動きや体型は、猿そのもので自然に思えました。」
チンパンジーとやや似た体型。だが、かなり巨大。黒っぽい毛。
直立できる能力。遠目からは、会話をしているように見えたという。
そして、頭には不思議な冠毛みたいな突起。──突起?
「それ、詳しく。
突き出てた?」
「はい。」
彼女は一瞬目を閉じて、なにかを思い出すようなそぶりを見せた。
「片側に、4本。」
確信をもって、彼女は言う。
「もう片側に、4本。」
もっと短いものが、額の方にある、と確信をもって彼女は答える。
そうだ、この子。サヴァン的な記憶力があるんだったな。
その猿についてもっと詳しいことを知りたくて、僕は彼女に質問しようとしたのだが。
「志野さん。もう時間ですよね。
後で、お電話か何かできますか。」
反射的に時計を見る。
「あー、ごめんね。そうだ、時間だ。
今日の夜、いい?」
「はい。電話番号、これです。渡してくれって、みーちゃんのママから。
私の家の電話番号も、書いときますね。」
先輩の家と中河原さんの家の電話番号などを書いた、メモの切れをもらう。
僕も念のため、自宅の電話番号を伝えた。
再度、腕時計をみる。もう、走ってぎりぎり間に合うか間に合わないか、って時間だ。
「ありがとう。また後で、またね。
それと、その角の生えた猿。昔話で、『角猿』って言うらしいんだ。じゃあね。」
それだけ告げて、僕は彼女と別れた。
──────
──────
(中河原桜視点)
急いで歩み去る彼の後ろ姿を、彼女は見送った。
彼は、途中までは彼女の体験を信じていなかった。まあ、信じろという方が無理だろう。
だけど、猿に角が生えていたことを告げた後、明らかに態度が変わった。彼女の話に、強い関心を持っていた。
そしてあれは、なにかあの猿について知っている口ぶりだった。
話を聞いた木陰のベンチに座ったまま、彼から聞いた話を思い返していると。
ごろごろ、と不穏な音。積乱雲が立ち上がっている。
──そろそろ、帰った方がいいかな。夕立が来そうだ。
それとも、図書館で、「つのざる」について調べようか。
そう思っていたとき。
「ねえ、じみっ子ちゃん。茶でもしばかへん?」
「おい、無視すんなや、おらっ」
「まあまあ、ねとっち。
ねー、ジミーちゃん。聞こえてるー?おーい。」
そんな声が、聞こえて。──自分にかけられた声だと、気づくのが遅れた。
みーちゃんと二人でいるときには、みーちゃんが巧妙に間を取って回避してくれたり、声を掛けられたりしてもうまく切り抜けたりしてくれる。
でも自分一人のときは、こういう風に捕まってしまう。
いきなり親し気に隣に、さっきまで話してた彼が座っていた、同じところに股を開いて座り込み、肩になれなれしく腕をまわしてくる制服姿。整髪料か何かの匂いが、つんと漂う。
びくっと体が固まり、彼女はとっさに動くことができない。
こわごわ、横目でみると。ニキビの浮いた、にやけた顔が至近距離にあった。
これは1年のころ同じクラスだった、
「お前の
「ねとっち、いきなりはダメだよー。」
もう一人は、彼女の座ったベンチの前に彼女の退路を塞ぐように立っていた。
その彼の、腕が伸びてきて。
いきなり胸をつつかれて、中河原桜は奇声を発してしまった。
こわごわと見上げると、日に焼けた短髪の猿顔がある。
うわっ。
やっぱり1年生のころは、同じクラスだった。
今は隣のクラス。女子体操の国領さんにご執心だって、聞いたことがあった気がしたけど、──。
「ねー、暇なんでしょー?良かったらさー、ちょっと遊びいかないー?」
「π乙揉ませてくれたらよ、奢ってやるぜ。」
中河原桜は、こういう状況が苦手なのだ。
知らない人、しかも男、しかも妙な下心を持ってる男にかこまれて、退路を断たれてる。
絶体絶命の、窮地に陥りながら。
こういうとき、みーちゃんならどうするだろう、と彼女は切り抜けるすべを必死で考えていた。