タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
長いわりに話はあまり進んでいません。後ですこし修正するかもしれません。
(紫藤みなり視点、金曜日朝、樋木崎山中の山荘)
「おはようございます、まいらさん」
「あらみなりちゃん、おはよー」
洗面所に向かうと、先客であるまいらさんが身支度をととのえていた。
洗面所は広い(一度に、5人が使えるくらい)。わたしもまいらさんの使ってる1つ横の洗面台に付いて、顔を洗う。
お互いに、昨晩のことについては触れない。
丹念に顔を整えるまいらさんに、お先に失礼します、と声をかけて先に出る。はいよー、またねー、というまいらさんの声。
私は自分のお部屋に戻り、制服に着替えながら。
チェストの扉につけてある全身鏡で、自分の姿を確認する。
(ちなみに授業期間のうちは、(まいらさんの着てるような)お仕着せのエプロンドレスでなくていい、と言われてる。
逆にいえば、授業期間がおわって夏休みになったら、わたしも基本はそのお仕着せだね。結構かっこいいんだよ。)
身長は、──うーん。今のところは、あんまり伸びてないけど。
でもほら、この胸は、だね。すこしずつだけど、着実に大きくなってると思うんだ。
(毎朝、牛乳を一杯飲むことにしてる。この牛乳がまた、搾りたてなのかな。とっても美味しい。)
いつもさとみんの胸ばっかり凝視してる志野くんを、がっかりさせるわけにはいかないからね。
それにきっと、身長もそのうち伸びるよ。
それ以外は、というと。
体重も、すこしだけ増えた。──そう、増えてしまったんだ!(憂)
原因は、あきらかだ。
主に、志野くんがわたしを甘やかしてくれたせい。そして最近はこの館で美味しいごはんが出てくるせいでもある。
でも志野くんにそう言うと、前がやせすぎだったんだ今のほうがいいよ、って言ってくれる。
たしかに志野くんからお金をもらってちゃんと食べられるようになって、肌がすべすべしてきた。前は食費を節約しすぎて偏ってたんだろうな。
以前は手とか踵とかにも、カサカサがあったりしたけど。
今はなくなり、しっとりなめらか。志野くんもわたしの手足を縛るとき、順調にあそこをふくらませてくれてた。
でもちょっぴりだけ、足が太くなってるんじゃないかな?心配だ。
逆に顔は、──すこし細くなった、のかな???
わたしはほっぺたをつまんで、ひっぱってみる。ふみょん。
女の子たち(かなりたくさん)から、大人っぽくなった!とかいわれるけど、よくわからない。
たしかに、わたしと志野くんのことが噂になった4月とかと違って。
最近、まったくわたしを知らないはずの、道で行き交う男の人とかからもしげしげと眺められることがある。
どっかで悪目立ちしてるのかな。でも自分ではどこが変わったか、わからない。
髪はすこし長くしてる。これはつやつやになったと思うけど、──。顔。顔かー。今までの見なれたわたしでしかないけど。
「まぶたが軽くすっきりしてきた」とか言われたけど、どっか変わったのかな?
眉を寄せると、鏡の中のわたしも困ったように八の字に眉をよせた。
──まあいいや。さあ行こうか。今日も、志野くんに会えるんだ!
軽く頬をはたいて、気合をいれて。
私は足取り軽く、爽やかな朝日が射しこみ、鳥の鳴き交わす声がガラス窓越しに聞こえる廊下に歩み出た。
──────
御前様と側用人様、そして男前のテドさんに食事をサーブし、私たちも賄いのごはんを食べた。
まいらさんは、いつもより口数が少ない。
すこしけだるげたけど、それもまたよい(黙ってるとまいらさんには神秘的な美しさがある。しゃべると、──ちょっと育ちの過酷さがわかる感じ?)。
長めのぱっちりとカールさせた睫毛(そこまでお手入れしてるんだ。すごい)の下の目が、わたしにためらいがちに向く。
目が合うと、わずかににこっとされて首を振られた。なんでもない、って言うように。
わたしも笑い返して、──極上の味のクリームスープを味わいながら、ずっと心の底に沈んでいるそのことを考える。
この館の、異常。
わたしが感じていたのと同じことを、まいらさんも感じてた。
──いや、「知っていた」。おそらくは、わたしよりもずっとよく、そして早くから。
そう、昨夜のこと。
まいらさんに、話がある、ってわたしは言われて。
わたしとまいらさんは、わたしの部屋でベッドに入り、ねむくなるまであれこれと話をした。
そしてわたしがすぐにねむくなると、まいらさんがわたしにこの館の危険性を伝えてきた。
わたしがすでに知っていたことも、含まれていたけれど。
この館、特に御前様がおかしい、って確信を裏づける言葉を重ねて。
たとえばあの、シノザキミズキさん。
わたしが手紙を交わしたあのラプンツェルさんが、塔に閉じ込められてるってことを、まいらさんもおしえてくれた。
これはわたしの持つ情報に、一致する。つまりまいらさんの言葉は、これ以外についても信用できる可能性が高い。
わたしは窓ごしに、──シノザキさんのいるはずの中庭の塔に視線を向ける。
まいらさんによると、また別の女の子も捕まえてあの塔にとじこめるつもりらしい。
まいらさんを拷問し、手配書つきの悪人と戦わせる御前様たちが、そうして女の子を集めてる、って。
──あぶない感じがする、ってわたしも思う。
ほら、とじこめて乱暴したり、いやらしいことをしたりとか、さ。
わたしもその一人にするつもりなんじゃないか、ってまいらさんは心配してる。
そして、わたしに逃げてもいいって言ってくれた。
危険な男の人のことも、まいらさんは教えてくれた。
「頭に毛のない、大きな男の人」。その人に気を付けろ、って。
記憶をよみとる、おそろしい術を使える人なんだって。額を合わせちゃいけない、って。
(これは、シノザキミズキさんの手紙にも呼応する内容があったな。催眠術を使えるみたいだ、って。)
まいらさんは、──はっきりは言わなかったけれど、この男の人をとても嫌悪し、恐れていた。
あのまいらさんを拷問していた御前様よりも。きっと、ろくでもないことを見聞きしたにちがいない。
幸いにも、わたしはこの人には一度もあったことがない。すごく大男らしいけど。
額をあわせたりするな、って言われたな。
館の人と額を合わせたことは、ある。あの美男子のテドさんとならさっきの朝食の席でサーブしてたときによびよせられて、無理やり額を合わせられちゃった。
だけど、テドさんは長身だけど大男ってほどじゃないし髪はフサフサだ。だからいいんだ。ただ、恥ずかしいんだけどな、──
──あれ?
何か頭をよぎる、違和感。
それをわたしは思い出しそうになって、──でも思い出せなかった。
まあいいや。
折よく食べ終わったわたしに、まいらさんはひらひらと手を振って。
あとかたづけはしとくから、いいわよ、すぐ学校いくんでしょ?と言ってくれる。
悪いなあ、と思ったけど。
その言葉に甘えて自分の食べた食器を片付けのワゴンに乗せるだけはやって、お礼を言って先に自室に戻り、鞄を持って玄関に向かう。
おそらくまいらさんが内線で連絡してくれたのだろう。ほとんど待たないうちに陽光を跳ね返しながら、クマモトさんの運転する黒塗りの高級車が、玄関前のロータリーに横付けにされた。
わたしは少し急ぎ足で、車に向かう。いつもと同様に無口なクマモトさんに挨拶して、乗り込む。
学校まで、30~40分くらいかかる。
クッションのよく効いたシートは、起伏があっても柔らかくほよんほよんと受け流してくれて、すごく快適だ。
わたしは軽く目を閉じて、思いに耽る。
そう、問題は。
わたしがどうすればいいのか、ってことだ。
まいらさんは、今日、このままあのお屋敷に戻らないというのも一つの手だ、って言ってくれた。
それも選択肢のひとつ。だからわたしの鞄の中には、最低限のお泊りセットが入れてある。
──だけど。
そうだとして、どうすればシノザキミズキさんたちを救える?
わたしだけ逃げてハイおしまい、ってことにはならないよ。きっと。
警察に影響力を持つような組織なら、きっと逃げても口封じに追いかけて来るだろう。
だいたい、だね。
わたしが逃げたら。
まいらさんがわたしに言ったことが、バレたら。
言ったことがバレなくても、まいらさんがわたしの部屋に来たこと自体はバレる。
そうしたら。
きっと、まいらさんもきっとひどい罰を受ける。
そう思うと、なぜか頭のどこかでわずかな期待と快感が生じるのを覚える。
(最近、こういうことが頻繁に起きてる、とわたしはぼんやり思う。
惨劇や残酷なことへの衝動、っていうのかな?)
でも、今、わたしがここで感じた快感は、ここしばらくの間、わたしが感じてたものよりも弱いもので。
わたしは、いままであまり考えなかった、いや、もしかすると無意識に考えるのを避けてたこの現象を。
ちゃんと正面から考えて対策を講じなければ、という気持ちになってきていた。
そう。
ここしばらく知らないうちに、わたしが変な、わたしじゃないみたいな感覚を持つことがあったってこと。
でも今日は、いつもより思考がクリアだ。おかしな考えにしらずしらずに誘導されてたみたいな、あの感じがしない。
いままで、おかしな考えに頭が支配されてたことが異常なことだ、って今ははっきりわかる。
頭が痛むことも、少ない(まったくないわけじゃないよ)。
それはさておき。
わたしにこの館の危険性を教えることは、まいらさんにとっても危険だったと思う。
それを押して教えてくれたことは、すごくありがたいことだ。
ただまいらさんが言ってくれたように、今、逃げるのがいいとは思わない。
だってさ。
それで、わたしは助かるかもしれない。
でも、わたしが逃げた、って分かったら。
まいらさんやシノザキミズキさんは、きっと無事にはすまない。
たとえわたしがどこかに通報して、そして御前様たちがつかまるとしても、必ず時間差がある。
(それに、御前様関係になると警察がどうもおかしい、頼りにならない、ってまいらさんが言ってたよね。)
だからまいらさんたちを救える、もっといい選択肢を考えなきゃ。
わたしは、ちっぽけな小娘にすぎない。
だけどわたしには、頼りになる人たちがいる。
たとえば、さ。
まず絶対にさとみんは、こんなことを座視するようなタマじゃない。
わたしの知るさとみんなら、ね。
あらゆる手段を講じて、シノザキさんたちを救おうとするはずだ。
それに。
わたしは前みたいに、ひとりぼっちじゃない。
わたしには、志野くんがいる。
志野くんは、女の子、とくに美人の女の子が相手だとわかりやすく挙動不審になるけど。
でもいざというときには沈着冷静、不言実行なんだ。
わたしのお父さんをあの飯場から救い出してくれたのも、志野くんだ。
わたしは直接にはしらないけど、ハルカちゃんを死の運命から救い出してくれたのも。
それにわたしの本能が、告げてるんだ。志野くんは、何かのカギを握ってる。
この、頼れるふたりに加えて。
わたしには、ほかにも頼りになる人が、──うーん。
ハルカちゃんも、計算に入れていいんだよね?
ハルカちゃんは、わたしとさとみんの親友だ。
頭も切れるし、外見も妖精さんみたいに可憐だし、──そう、親友であり好敵手なんだ。
本人にその気があれば、わたしたちの姉妹にしていいとわたしは思ってる。たぶん、さとみんも。
でもなー。ハルカちゃんはなー。
ときどき、すごい大失敗をするんだ。
ほら、竜神様に囚われの身になったのもそうだし。
この前から、志野くんはハルカちゃんに含むところがあるみたいなんだ。
志野くんが病気から治って学校にきたら、大はしゃぎしてすごくいじりたおして。
志野くんはそれでハルカちゃんのことをすこし嫌になったのかな、敬遠してる。
(志野くんはそんなところがある。基本は謙虚なんだけど、プライドっていうか『自分が誇りにしてること』を馬鹿にされたら、その人をなかなか許さない。)
それでハルカちゃんがすごくしょんぼりしてるってこと、わたしは知ってる。
ほんとはハルカちゃん、志野くんのことが好きなんだよ。だからついつい、悪ノリしちゃったんだ。
でも志野くんは、そういう人の心情の機微まではわからないひとだからなー。
でもやっぱり、ハルカちゃんはすごい女の子だし、わたしたちの親友だ。
あの夢の世界に行けるのは、ハルカちゃんの能力をおいてほかにない。
今回、まいらさんたちのことを教えたら。
きっと、ノリノリで助けようとしてくれる。──でもそれがこわいんだけどね。
自信満々で失敗したりしないかな。そこが心配。
まあいい。
まずは、志野くん、そしてさとみんだ。
この館のことを、わたしはこの頭の痛みや妙な思考の偏りみたいなのに妨げられて、なかなか伝えられずにいた。
でも志野くんに対してなら、わたしは伝えるルートを開発したんだ。
きっかけは、あのハコヤさんとお父さんの住む、日蔭谷の家でのできごと。
そして確信を深めたのは、昨日の「開かずの間」での志野くんとの鍛錬。
わたしが、頭の中が白くなるくらい追い詰められると、私を制約してる何かのトリガーがはずれる。
1回目はごくわずかな間だけだった。2回目も、おしっこがもれそうで途中までに終わった。
でも、こんどこそ3回目の正直。
じっくりと長時間、志野くんがわたしに尋問できる「機会」をつくればいいんだ。ふふふ。
──あれ。
赤信号でとまって、バックミラー越しにわたしを見たクマモトさんの顔。
気のせいか、軽くひきつってる。
わたしは自覚なく、人に恐怖をあたえる笑みを浮かべていたみたいだ。
むにむにもにもに、とわたしはやわらかくすべすべもっちりした感触のほっぺたをもんでみる。
クマモトさんも、わたしが視線を投げかけるとびくっとしてまた運転に集中しようとしてる。
それをよいことに。
わたしは次回の「機会」について、また考えをめぐらせる。
わたしも、志野くんも。
えーと、その。「あのとき」の予行演習をするんだ。
「あのとき」は1回きりだからね。じっくりと、味わい尽くしてもらいたい。
そのためにはわたしも、その場にのぞんで痛いってだけじゃ、こまる。
クラスに1、2人しかいない、経験者の女の子たちにいわせるとだね。
あれは痛い、早く終わってほしいっていうけれど、さ?
わたしは、そうじゃない。
志野くんとのその機会を、楽しみたいんだ。
だからその苦痛を、わたしは快楽として昇華させなければならない。
ほら、火だって涼しくなる、みたいなことを昔の偉いお坊さんも言ってたじゃないか。
だから。
可及的すみやかに、わたしと志野くんはその機会を持つ必要がある。
ただ、さ。
志野くんは、忙しそうなんだよね。
まじかに迫った竜神様のことも、あるだろうし。
そのほかにも、いろいろある。私のお母さんのこととかね。
(まあこうしたことは、わたしもさとみんもハルカちゃんも協力するよ、もちろん。)
それにさとみんたちとの、デートもあるんだよね。明日。大変だ。
ああ、さとみんたちのデートに思うところはないか、って?
まあ、じぶんがそこにいないのはさみしいけれど、さ。
さとみんはわたしの大親友。ハルカちゃんだって。
それにふたりとも、わたしにない性的魅力がある。
志野くんも、わたしからは得られない栄養素をさとみんたちから摂取する必要があるよね。
精神的に、バランスのとれた心の栄養は大事だって、わかってるよ。
それに、さ。
これは志野くんを知る、貴重な機会のひとつ。
さとみんとは、もちろんデートに関する全情報を相互に開示する密約を結んでいる。ぬかりはない。
何に志野くんが、興奮したか。
何に志野くんが、喜んだか。
──そういう、志野くんの性癖のすべてを究明する必要がある。
カスタマーのニーズ。そう、カスタマーの意識していない潜在的なニーズの把握こそ大事だってさとみんも言った。
そうすることで、わたしたちは。
そう、性的魅力向上委員会は、志野くんの性的興奮をこれ以上ないくらい高め、めくるめく高みに押し上げ。
そのことによって、志野くんを魅惑し、がっちりと囲い込まなければならない。
ぽっと出の女の子に志野くんの心をかっさらわれて、逃げられないように、ね?
わたしは山荘に閉じ込められるし、さとみんも多忙。
だから、さ。短い時間、小さな時間を有意義に使わないといけない。
そのことによって、わたしも志野くんも、──
そう考えをめぐらせているうちに、いつしか車はいつもの学校の裏手に到着し。
わたしは、どういうわけかさっきから目にわずかな怯えがみえるクマモトさんに、首をかしげながらお礼を言って降りた。
──────
お昼やすみは、志野くんは男の子同士で体育館へ行ってしまった。
わたしはさとみんグループの子たちと教室でお弁当を一緒にたべた後。
さとみんに、ちょっといいかしら、と言われて連れ出され、仮部室でお話することになった。
「ねえ、みなり。あれこれ、やらないといけないけど。
あいつの予定、明日はあたしとハルカでいいのよね?」
「うん、いいよ。──でもさ、」
「わかってるわかってる。まかせときなさい?」
さとみんは、どん、と胸を叩いてみせる。
ぐん、と高く持ち上がった胸が揺れて、わたしは少しだけ面白くない気持ちになる。
自分のそれを見下ろす。いや、すこし膨らんできてる。大丈夫大丈夫。
「それで。
あなた、明日からは学校にこないのよね?」
「そうだけど。」
すごく熱心な吹奏楽部、合宿のある野球部とかラグビー部とかの一部をのぞき、明日からは原則部活動もない。
あー、だからか。
「あたしたち、あなたと連絡とれないじゃない。
あなたのステイ先のお宅の電話番号とか。──使えないのよね、たしか?」
「ごめんね、さとみん。ダメって言われてる。」
「あなたからあたしたちには、連絡できる?」
「うーん。それもダメだと思う。」
御前様の安全のため、外部との通信は制限されるって言われたのを私は思いだす。
だけど、いま思うと。通信遮断の、その本当の理由は、──?
「あー、だからあなた、一度来てくれって言ったのね。そういうことね。」
さとみんは何か腑に落ちたのか、ふんふんと頷いてる。
何が分かったのかな、とわたしはいぶかしく思う。
頭のいい人たちって、話が早いけどときどきなんか深読みして勘違いしてることってあるよね。
「それ、今週、──は、無理よね。
できれば竜神様の前には入れたくないけど。でも、来週に入れた方がよさそうかしら。」
「あー、聞いてみるよ。」
ただ、心配がある。
なんかわたしの頭を痛くする「何か」。
その「何か」は、さとみんたちを館に呼ぶことに肯定的。
それは「女の子たちを集める」という御前様のもくろみに沿っているような気がして、──。
「そんな心配そうな顔、しないの。
大丈夫よ、あたしもハルカも行けたらいく、ってだけだし。
でも、困ったわね。その、連絡手段がないってこと。」
「あー、でも。
部活がある、って言って出てくるよ。」
そこはまだ、詰めてないけど。
今学期中まで。つまり、9月まではわたしはこっちの学校に通うってことになってた。その後、転校だけど。
──あれ?
引っ越しとかで忙しくて、あまり考えてなかったけど。
仮に新学期から転校するとしたら、どの学校に、いつ転校するんだろう。
具体的な話、そろそろしないといけないはずじゃないかな。でもそんな話、まだ来てない。
だからってわけじゃないけど、わたしも周りの友達に転校のことは何一つ言ってないや。下手をすると、もう会えなくなるかもしれないのに。困ったぞ。
考えがまとまらないわたしに気づかず、さとみんは話を続ける。
「そうね。じゃあ、──とりあえずは来週の月・火のどっちかとか、どうかしら?
こっちに出てきたら、電話もかけられるのよね?
だったら、あたしの家の留守電に入れてくれたらいい。外からも録音が聴けるの。
それはともかく、いったいどこになるのかしら。あなたの、新しい家。」
さとみんが、市販のポケット版の道路地図を持ってきてくれてる。
正直、道はよく覚えていない。
でも高速道路でどのインターから乗って、どのインターで降りる、という程度はわかる。
「これね?
それで、──そこからは?」
わたしとさとみんは、額を寄せ合って地図をながめる。
わたしは、正直そこまで方向感覚がいい方じゃない。いろいろすごいさとみんも、そこは人並み。
でも、わたしは一度志野くんと樋木崎渓谷にいったときに*1、駅に乗り過ごしてしまい。
その目的の駅、
その途中。山をひとつかふたつ超えたあたりで、御前様の山荘に向かう道を横切った。
「あ、これかしら。
わたしたちはそれらしき駅をみつけ、地図をたどる。
御前様の山荘に行く道は一部私道なのか、点線でしか示唆されていない。
「このあたりかしら。」
それと思われるあたりに、さとみんは鉛筆でマークをつける。
「近くに町があったりする?」
「いや、町なんて、──いや、あるよ。」
町ってほどじゃない。でも、昔の村があって、そこにも人が住んでる。
いわゆる「下屋敷組」や、特別奨学生ではない、ふつうの奨学生の寮があるって聞いたな。
さとみんは、そのあたりを今度志野くんと訪れてみるつもりらしい。
特別奨学生は、御前様の側仕え。セキュリティの問題から外との連絡が制限される、ってことは一応言っておいた。
もっとも、はたして来れるかどうかわからない。なにしろ。
「あたしたちは、その前に一度は竜神関係の調査もしとこうかしら。あたし、まだ行ったことがないし。
それにね、──」
そう、さとみんもいろいろ抱えてる。志野くんと同じくらい忙しい。
まあ、期待せずに待っておこう。
──────
放課後。
今日は補習が終わって、真の夏休みの開始ってことで、また打ち上げをしようということになった。
わたしはさとみんたちと同行して、多賀島の市街中心の近くにあるボウリング場を訪れる。
歩いて、30分くらいの道のりだ。
いままでのどのクラスより、わたしは今のクラスが気に入ってる。
さとみんが同じクラスだからね、いろいろな点で守ってくれるってのもあるけど。
男子も、比較的温厚な人がおおくて、変にからんでくる人はいない。
わたしと志野くんがつきあってる、っていうのはみんな分かってると思うけど。
だからといって変に遠ざけたりはしない。まともなんだ。
わたしはもちろん、志野くんと一緒に行って、同じチームになるものと思ってた。
でも出発のとき。志野くんは、隣のクラスの女子になんか絡まれてるみたいだった。
おとなしそうな感じの、長い三つ編みおさげの女の子。
さとみんも気になってたみたいだったけど、まあ大丈夫でしょう、と言って先に来てしまった。
「あの子、ちょっと間が悪いのよ。
ただ、悪い子じゃないし。それにたぶん、志野とどうこう、ってないわよ。」
そうかなー?
志野くんと、こうして交際するようになって気づいた事実の一つ。
志野くんの視線は、さ。
ときどき、磁石にひきつけられる鉄片のように、吸いつけられてしまうんだよ。
それはスカートの短い女の子のひざのうらだったり、前をあるく同級生の白いブラウスに透ける線だったり。
まあそれは、いいんだけどさ(よくないけど)。
だけど志野くんの視線が、一度。
あの隣のクラスの女の子の胸に吸いつけられてたのを、わたしは見のがさなかった。
(そう、あの子のはさとみんなみに高いし、体積ではさとみんより巨大かもしれないんだ。なんていうか、──メロン?)
まあいい。もしそういうことがあったら(?)。
さとみんとわたしとで、罰だね、罰。
もう、こりごりだっていうくらいにさ。
志野くんが姿を現したのは、結局グループわけが終わって、一部の気の早いグループが開始しはじめた後のこと。
わたしはすでに、さとみんグループの仲のいいメンバーのグループに入ることになってた。それはそれで、楽しいんだけどね。
志野くんは、あきらかに走ってきたみたい。肩で息をしてる。
そして、やっぱり志野くんと同様、遅れてきた人たちのグループに入れられてる。
そこに中村さんの姿を認めて、わたしは少し不吉な予感を覚えた。
中村さんっていうのは、さ。
なんていうか。
こう、いかにも外見がよくて、ちょっと間違うとイヤなタイプの女の子。
自分でも外見がいいって自覚してて、地味な子たちより自分たちが偉いって考えてるっていうか、あんまり相手にしないっていうか。
(このタイプの子、いるよね。ただ、さすがにわたしの出身中学校のヤンキー女子みたいに、地味タイプを馬鹿にして笑いものにしたりはしない。)。
そして、かっこよさげな男子にちやほやされるのが好きで、彼女のいる男の子にもそれはかわらない。
たぶん中学校までだったら、中村さんを中心にクラスが回るところだろうけど、さ。
ただ、このクラスにはカリスマもあって頭もいい、さとみんや烏丸さんがいるからね。
それでもクラスの一軍女子って感じなんだけど、そこまで傍若無人にふるまったりできない。
志野くんは志野くんで、──まあわたしと同じで、地味なんだけど。
最近はわたしとつきあったってこともあって、女子たちの格好の「話題の人」なんだ。
(まあ、女の子が近づこうとしようもんならさとみんが蹴散らすからね、そこは大丈夫。)
案の定、その中村さんが興味津々といった風情で、志野くんに近づき。
べたべたと話しかけてるのをみて、わたしは心中、穏やかならぬ思いをしたのだった。
──このゲームが終わったら。
二次会にはいかないことにして、ちょっと志野くんに埋め合わせをしてもらおう。
夏休みの予定のこともはなさないといけないし、あのおさげの子と何を話してたのかもキリキリ白状させないとね。
二次会にいくつもりだったから、クマモトさんには遅めの時間を告げてある。
その時間を、有効活用しよう。
そうわたしが考えたのは、ごく当然のことだと思うんだ。
どのチームもゲームが終わり、神奈川くんたちの幹事グループがハイスコアの発表をしているのを聞きながら、神奈川くんの横にいるさとみんと視線を交わす。──OKだよね?OKみたいだ。
優秀者賞の発表が終わり、二次会のアナウンスがなされる。
わたしは二次会への参加をめぐって相談しあってるまわりの友達に、ちょっと今日は参加できないんだよ、といかにも残念そうに言い、バイバイ、またね、と手を振って別れを惜しみながら。
さとみんに先に帰るよと視線で伝え。
続いてレーンから外へと歩き出しながら、志野くんに強めの視線を送ってみる。
志野くんも、気づいたみたいだ。出ていくわたしに頷き返し、荷物を手早くまとめてる。
そうしてわたしは、年季の入ったボウリング場の階段を先に下り。
階下のあたりで、志野くんを待ち受けることにしたのだった。