※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

268 / 321
有明りな視点→中河原桜視点です。


268 少し汚れて、でも染まらないまま(34)(有・中)

(有明りな視点、金曜日朝、葉良邸)

 

 子役スタートで芸歴は長い有明りなは、これまでずいぶんハードな現場もかいくぐってきた。

 どう考えても子供を夜遅くまで、というより朝早くまで働かせるのは間違っていると思うのだが、そんな撮影現場もこなしてきて。

 そのことに、少々歪んだ誇りさえ抱いている。

 

 また、彼女自身の承認欲求の高さもあって。

 無理難題を要求されると、口ではぶーぶーと文句をいいつつも。

 頼み込まれ、りなちゃんしかいないんだ、とおだてられると。

 あーもういいわよ、貸しひとつね、と結局はやってしまうところがある。

 (それを見抜かれて結構ひどい仕事もやらされてきたし、貸しも回収されないままに終わっている。)

 

 そのうえ芸能界から放逐されて地方の親戚のもとをたらいまわしにされていた間。

 かなりの冷遇を受けて、彼女は泥水をすするような思いもしてきた。

 そんな彼女の理不尽耐性は、相当に高い。

 

 ただし、その忍耐強い彼女をもってしても。

 葉良先生と砂土原に水責めにされたり、カマキリとカエルのコンビに散々に痛めつけられた翌朝は。

 体のあちこちに鈍い痛みが残っており。それを顔には出さないようにと努め。

 今日も今日とて葉良議員の頬に、うへえ、と思いながら口づけをして送り出したものの。

 さすがに寝不足もあって、体調がすぐれないのは隠しきれず。

 年の功か彼女の不調を見抜いた朝番の賄い婦である参田カンによって、早々に寝床に強制送還されてしまった。

 

 二度寝をして、起きると。

 痛めつけられた打撲傷や無理に緊張させた筋肉がまだ痛むものの、睡眠を得た彼女の若い肉体は7割くらいには復調していた。

 私みたいな新参者をよく一人で放置できるわね、と思いながらもふとんの中で伸びをして節々の痛みに渋面になった後。

 彼女は気を取り直して本格的に起き出し、階下に降りる。

 参田カンは台所のテーブルに蠅帳を置き、お弁当と労りの言葉のあるメモを残していなくなってしまっていた。

 二間多マネージャーに、電話とポケベル。万が一メッセージが返ってこないかな、と思うが返事は返ってこない。

 彼女はまた、果実の芯にいる虫のように、孤独が胸のなかを食い荒らすのを感じる。

 鋭い剃刀の清冽な水のような痛みを感じたい彼女だが、指の爪と肉の間に、別の爪を食い込ませて痛みを発生させてなんとか耐える。

 

 落ち着くと、基本的に勤勉な彼女は、また例によって家のあちこちをチェックする。

 そろそろ、あのカマキリ若社長(葉良 桐男)の建物もチェックしたいわね、と彼女は思う。

 

「ん?──これ、昨日はなかった。」

 

 葉良先生の書斎をチェックしていて、彼女は妙な英文のレターを発見する。

 これも何か重要な書類なのだろうか。英語は多少話せるが難しい言い回しや用語は分からない彼女は、頭の良さそうな彼に手伝ってもらおうか、と軽い気持ちで写真を撮る。

 それに加えていくつか新しい書類がある。だが、読みふける時間はない。

 タスケさん以外には、おそらくここにいないはずだが。

 勤め人ではない葉良先生や若社長は、いつ帰ってくるかわからない。気になるものを写真に収めて、彼女は注意を払って原状回復し、その場を後にした。

 

 ──────

 

 若社長がいつ出勤し、いつ戻ってきているのか彼女には正確なことはわからない。

 特に今日は、昨日痛めつけられたダメージのため二度寝までしてしまっている。もし若社長がまだ在宅なら、そこに踏み込んでしまってはまずい。

 それでは、それ以外の部分の探検をすすめるのもいいか。

 若社長は基本、自分の領域から出てこない。そう、夜番の賄い婦兼愛人の焼藻千夜喜さんからヒアリングずみだ。

 しかしこの広い邸宅には、彼女がまだ前回は踏み込めていないポイントもある。それを確認してみよう。

 

 しばらく自室に戻って大検の教科書を広げた彼女は、勉強にひと段落つけて。

 軽く身支度を整えてから、再度の屋敷の探検に乗り出す。

 これまでしたことないこともしてみよう、と彼女は決心し、そして実行する。

 たとえば。

 

「タスケさん。こんにちは」

 

「──っ!、おお、おう、おう」

 

 農作業に取り組んでいたらしい、つばの長い麦わら帽子に頬かむりをした、粗末な作務衣のような服を着たタスケさんは。

 有明りなが寄っていってあいさつすると、みるからにうろたえた様子を示した。

 むわっ、とした体臭。東京で見たことのあるホームレスの人ほどじゃないが、わずかに饐えた臭い。

 こういう場合に、間を詰めすぎてもいけないだろうか。迷いながらも彼女は少しだけ距離をあけた。

 

「いい天気ですね。暑いですけど。」

 

「ほう、ほうよ、あつい、あつい。」

 

 タスケさんは、もごもごと同意する。

 視線は有明りなからそらされ、明後日の方向を見ている。

 

「ちょっとだけ、外から見えない範囲でいいですから。

 このあたり、散歩しても構いませんか?」

 

「ほう、ほう?」

 

「すみません。お邪魔はしませんから。」

 

「き、きー。つける。ま、マムシ。」

 

 おそらく軽い脳卒中か何かをしたことがあるのかもしれない。

 滑舌のすぐれないながらも、タスケさんは彼女に、蛇に気を付けろと言ってくれているようだ。これは、前回も言われた。

 彼女は素直に、気づかいに感謝する。

 タスケさんはどこか彼女にひどく遠慮してるが敵対的ではない。

 焼藻さんは、タスケさんがしゃべってるところはほとんど見たことがない、なんて言っていたけれど──。

 

「若社長、いるんですか?」

 

 ダメ元で聞いてみよう。

 

「ない。くるま、ない。わかすぃあついお、おすおい、いつも。きょう、わかならい」

 

 若社長も出かけたのか。でも、戻ってくるのはいつもはおそいってことね。なるほど、金曜日だからか。

 でも、きょうは分からないってのは、──早くなるかも、ってことね。理由もわかる気がする。

 若社長の住む建物の調査は、やっぱり今日は無理だな、と彼女は思う。

 

「あの、あの。く、クラ。」

 

「蔵、ですか。」

 

 彼女の寝泊まりする古い母屋、葉良先生の新しめの家、そして若社長の鉄筋3階建てのビル以外にも、大小の建物が散在している。

 薪小屋や農機具置き場と思われるものもあれば、今、彼が指さしてくれた昔の蔵のようなものも。

 

「ほう、ほうよ。

 お、おいあかたすあま。おんにや、すえめる。」

 

「?」

 

「おんすぃ。おんすぃ、も?

 いく、ない、いく、いい、ない」

 

 さっきまでの、目すらも合わせない気弱な様子は改まり。

 いまや、じいっとこちらを見据える彼の口ぶりからは、さっきまでのたどたどしさも薄れている。

 彼から、なにか彼女を責める、──とまでは言わないが。

 どこか心配そうな、もの言いたげな気配を感じて。

 彼女は、先生や監督に失敗した演技を注意されてるような感覚を覚える。なにかを、タスケさんは彼女にしてもらいたい(あるいは、してもらいたくない)らしいが、──。

 

「ほうよ。

 かえる、かえる。かえらん、かえらん。

 かえらん、うめる。ほる、あな。うめる。」

 

 曲がっていた背中も、わずかに伸び、彼女を正視するのを避けていた目は、彼女の目をのぞきこんでいる。

 彼は何かを彼女に伝えたいのだ。きっと、強く。

 彼の言葉の意味はわからないが、有明りなはそう直感する。

 

「うめる。つむ、はな。──Ohmn」

 

 そう言って、彼はもどかしいように粗末な麦藁帽子を取り、胸の前で帽子を抱えながら指を組んで手を合わせ、そして瞑目して顔を空に向けてみせる。まるでキリスト教の人が、祈るような感じ。

 年老いて皺のきざまれた顔は、日本人にしては彫りが深い鉤鼻。

 たしかにこの地方の人たちは東京や大阪あたりの人たちより顔が濃いけれど、それとも少し違う。気のせいか、わずかに目の色は薄い。

 そこでようやく彼女は、思いあたる。

 

 ──そうか!

 タスケさんの言葉がたどたどしいのは、後遺症だとかいうわけじゃなく。

 このひとの母語が日本語じゃないからじゃないかしら。

 

 そう、彼女は気づく。外国の人だった?

 

「はい、花を摘みます。祈るんですね?」

 

 そういうと。

 日に焼けた鷲鼻の顔は頷き、わずかに微笑むようにその口元が上がった。

 丸い頭には、額には2つの穴のような傷の跡。たしか後頭部、髪の生え際にも傷があったわね、と彼女はぼんやり思い出した。

 

 ──────

 

 結局のところ、若社長の住居の探索はリスクが大きすぎる。

 そこで彼女は、タスケさんに言われたように、蛇に気をつけながら邸内をみてまわる。

 

 農具や各種の園芸道具が置かれた物置ものぞいてみる。

 薄暗がりに浮かぶ、人の手足など簡単に斬り落とせそうなくらいの大型ののこぎりやまさかり。

 専門の業者に頼むのでなく、タスケさんが大木を自分で切ったりするから揃えたのだろうか。

 どの農具もよく手入れされていて、質が良いように思える。タスケさんはあのぼろぼろの服装からみてあまりお金はもらってなさそうだが、葉良先生は道具にはお金を惜しまないのかもしれない。

 

 タスケさんが言ってた蔵は、母屋から少し離れたところにある。

 江戸時代までさかのぼるような古い蔵ではないのか、あるいは改築したのか、電線が入っている。

 ただ。それを除けば四方に窓は1つしかない。その窓もガラス窓とかじゃなくて、トタンを張った防火扉みたいなやつだ。

 蔵の扉は、両開きでやはり鉄板が張られたもの。取っ手には鎖が巻かれて南京錠で閉ざされている。

 だが組織で訓練を受けた今の有明りなには、南京錠くらい開けることは可能だ。

 道具を用意して、いつか覗いてみよう。そう、彼女は決心する。

 

 邸宅内には、古井戸もある。

 まだ使っているのだろうか、しつらえは非常に古いがまわりの設備は、メンテしてありそうだ。

 木のふたがしてあって、それに耳をあてるとかすかな水の流れが聞こえる気がした。

 

 敷地は広く、起伏に富む。例の街に下りるルートの途中の(彼女が恐怖を感じる)防空壕跡のある崖の上も、おそらくこの家の敷地だ。がけの上に登ると頂上付近に大きめの岩があり、そこから四方を気持ちよく見渡せる。彼女はふかぶかと深呼吸してみる。

 タスケさんが敷地の遠くの方の畑で、黙々と草を取っているのがみえる。あの畑のあたりもみてみたいけど、お仕事の邪魔になるかな。

 

 前回も歩き回ったが、まだまだこの敷地には調べきれていないところもある。

 でも、ほどよい運動で空腹をおぼえた彼女はいったん母屋に戻り。

 参田カンの用意してくれた素朴だが美味しいお弁当を、食べることにしたのだった。

  

 ──────

 

 若社長がいつ戻るかわからない、というが、いくらなんでも午後すぐということはないだろう。

 昼食をとると彼女は身支度をととのえ、ふたたび山を下りて、街に行ってみることにする。

 彼女はキュロットスカートに膝までの白靴下をあわせ、洗ったスニーカーを履き、虫よけを入念に肌に擦り込んで山道を降りる。地面は乾いていて、慣れてきた今回は足をすべらせて泥だらけになることもない。

 

 また猿が出てこないか?と怖くはあったが、真昼の日光で照らされると自分が恐怖で大きく見積もりすぎていた気もする。

 あの崖のはしごをこわごわと降り。降りた下の迷路じみた山道を、前回つけた目印を手がかりにたどり、大幅に時間短縮ができた。

 下の街に出ると、彼女は少し足を伸ばしてみよう、と思う。靴も、スニーカーでなく軽登山靴が欲しい。

 

 川下側の方が多賀島市街だ、というのは方向音痴気味の彼女にもわかる。

 登良川という二級河川に出て、彼女は河川敷をくだっていく。きらきらと夏の陽を反射した川面が目に眩しい。掬い網を持った小学生の男の子たちが、おそらく魚かザリガニかを捕まえようとしている。

 

 川の両岸の建物が高くなってきたあたりで、彼女は河川敷から上がり、街に出る。

 彼女が期待するような大型店舗はないが、それなりに百貨店はセンスがいいし、ウィンドウショッピングが楽しい。

 100円ショップを見つけた彼女は、安物だがないと困る日用雑貨を多少買う。靴屋でも、悩んだあげくトレッキングシューズを贖う。

 春海堂という書店をみつけて入る。5階建てくらいのビル。新しいインクの匂いが彼女は好きだ。意味もなく一番上から下まで見て回る。

 芸能コーナーをチェックしてしまうのは、やはり役者に未練があるからだろう。共演したことのある、まあまあ人間性がマシで関係も悪くなかった男の子がそれなりに成り上がってるのを知って、うれしいような悲しいような気持ちになる。

 

 お昼すこしすぎで、街には料理の匂いも漂う。

 多賀島の味付けは甘めで濃いがとても美味しそうな匂い。お昼ごはんをすませた彼女も心が動く。

 ちょっとおしゃれなお店や、お世辞にもおしゃれとはいえないが古めかしく老舗っぽい味のある構えの店もある。できればしーくんに連れてきてほしいな、と、学園物などで演技はさんざんしたが、実際のデートなどしたこともない彼女は思う。

 

 歩き回って、ふと時計を見るとなかなかきわどい時間だ。いわゆるおやつの時間をすぎてしまっている。

 東京より日が長いから、油断してしまっていた。

 まっすぐ帰れば早いのだろうが、彼女は自分の方向感覚を信用していない。三角形の2辺を行くことになるが、いったん川沿いに戻るか。

 

 小走りに道を行き、登良川の土手にでる。来て川から出たところより下流なのか、すこし見覚えがないが、河の流れが逆になることはない。大丈夫だろう。

 歩き出してほどなく、とある橋の近くで男の子2人がベンチに座って俯く女の子を囲んでいる姿をみかける。

 

 彼女が、ちょっと気になったのは。

 女の子がいかにも内気そうな、おさげ髪に眼鏡の文学少女タイプなのに対し。

 男の子二人がちょっと自分に自信ありげな、オラついた感じでギャップがあったからだ。

 それとなくルートを変え、彼らを観察できる程度の距離に近づく。

 

「ほらよ。はよせいや」

 

 日に焼けた、甲子園球児っぽい感じの髪の短い男の子(インタビューの仕事をしたことがあるから彼女は知っているが、球児にも品行方正な人格者もいれば、練習が終わったとたんに煙草を一服する連中もいる。普通の人と同じように千差万別だ)が、爽やかな見かけを裏切るドスの効いた声で女の子を急かしている。

 

 もう一人の男の子は、髪の毛を伸ばし目にした軟派っぽい子。こちらは、何も言わずにやけた笑みを浮かべている。

 雰囲気はカッコよさげだが、顔は平凡以下。ただ、どこか油断できないものを、有明りなはこの軟派ボーイから感じた。

 彼らの間のやりとりは、続いている。

 

「ちょっと行くだけやけえ。歩いて行けっからよ。」

 

「──────いや、です」

 

「じゃあよ、呼ぶぞ?ゴウジさんを、よ。」

 

「ジミ子ちゃーん、わかってんのー?

 今ならお金もアリ。後なら、お金はナシ」

 

「怒らせたらゴウジさん、コワいで?

 アソコに熱いアイロン、───」

 

 いい寄られている文学少女の返しは聞こえないが、嫌がっているのは確かだ。そして、男二人が何か脅しているらしいことも。

 

「ほらよ、味見したるわ。

 かーっ、なかなか。絶妙なもみごたえやぜ。

 ジミブスなんに、なんでこんなんデカいんや!」

 

 ほんま豚に真珠やないか!と好き勝手なことをほざきながら。

 短髪球児風の方が文学少女の胸に手を当て、──いや、なれなれしくベンチの横に座り、ブラウスのすきまから手を差し入れて。

 ブラウスを持ちあげている大きめの胸をナマでなぶっているのを、有明りなは目撃する。

 文学少女は嫌がっているが、自分の体を好き放題に嬲る男にろくな抵抗もできていない。

 

 ぷちっ、と音がする錯覚。

 有明りなは簡単にいえば、キレてしまった。

 もちろん役者暮らしで上下関係も叩き込まれ、その後の泥を啜るような屈辱的な生活も経て、自制は効くようになった彼女だが。

 もともとの性格はわがままで直情径行。そして今は、規則違反のあらさがしをして懲罰と称して彼女たち(witches)を痛めつける、組織(リトルウィッチ)のお目付け役もいない。

 背景事情はわからないが、すくなくとも文学少女がああいうことをされて嫌がってるのはたしかだ。やったれ。

 彼女は、息を吸い込んだ。

 

「ねえ、あんたたち!なにやってるのよ!」

 

「はあっ?」

 

 彼女の声に、彼らは驚いて振り向く。

 ただ、どちらかというと小柄で童顔の彼女に、警戒感は薄れるが、別の点で彼らの関心を惹いてしまったらしい。

 

「関係ねーやろ。って、──ほう?

 おいおい、マーシー。これよくね?」

 

「マブいねー! 名前、きいてもいいー?」

 

 ちっ、標的をこっちに変えやがった。

 男2人は文学少女にはもう目もくれず、さりげなくはさみうちするように迫ってくる。

 ただ、有明りなはこの内気そうな少女とは違う。息を吸い込んで、役者仕込みの大声を出す。

 

「あめんぼあかいな、あいうえおー!」

 

 あたりに人影はまばら。

 通行人もいなかったわけではないが、彼らが文学少女に好き放題してたのを、眉をひそめつつも見て見ぬふりをしていた。

 それでも、大声で助けを求めればきてくれるだろうが。

 だけど助けを呼んでしまって時間を取ったりするのは、彼女としては避けたい。彼女自身も早く葉良先生の屋敷に戻らねばならないし、女の子とこの少年たちとの関係も、わかってるわけじゃない。

 だから大声を出してみて、注目を集めてみる。狙うのは、彼らの焦り。

 だが彼らは、有明りなの思惑と異なり、手っ取り早く彼女の口塞ぎを選ぼうとした。焦らせすぎたかもしれない。

 

「ねえねえ、大声やめて仲良くしようよー」

 

「馬鹿女、黙れやこらっ」

 

 左正面の長髪が、フレンドリーな口調で話しかけながらも。

 ナイフでも取り出すような所作をして近寄ってきたのに目を取られていたすきに。

 機敏な身のこなしの猿顔の日焼け球児モドキに、背後に回られてしまったようだ。

 右手首を背後から掴まれて、はっとする。もう片手が、喉を押えるように巻きつく。

 こういうときの対応法は、組織で習った。

 

 肘を曲げ、捕まれた右腕を上げながら右にまわり、つかまれた腕を外す。

 そのまま逃げるのが普通なのだろうが、相手との距離に既視感。彼女自身の中で、何かのスイッチが入る。

 半ば自分でも理解しないままに、反射的に彼女の体は動く。言うべき台詞が頭に浮かぶ。

 

「『三下風情が私に触れるな!』」

 

 その台詞を自然に、無意識に発する。「セ○ラーナイテス」のどれかの話で、絡んできた下っ端の悪人たちを蹴散らすスコルピアの台詞だ、と言ってから気づく。

 そしてまさしくその場面の、スコルピアと同様。

 かなり至近距離。普通なら足の間合いではないが、やわらかく上半身をのけぞらせながら足を跳ね上げ。

 優雅でさえある挙措で、その足先を当て。

 華奢な彼女に反撃されるなど夢にも考えておらずがら空きだった、猿顔球児のあご先が打ち抜かれる。

 本能的に手加減を加え、軽く柔らかく蹴っただけなのだが。

 

「ぐっ!?とわっ、とっ!?」

 

 意識を飛ばすほどではないが、絶妙に脳を揺らされて平衡感覚を失い、よろめきしゃがみこむ球児モドキ。

 背中を向けてしまったが、すぐ近くにいるはずのもう一人の軟派青年を想定して回転しながら様子をうかがう。

 軟派長髪青年は賢くも、自分から距離をとっていた。乱闘ではつかまれると不利な彼の長髪からして、もともとこちらは武闘派じゃないのだろう。

 潜在的な危険は感じるが、さしあたっては長髪青年に対しては何もしなくて大丈夫、と彼女は見切る。

 長髪青年は彼女に近づかず、じりじりと距離を維持したまましゃがみ込む猿顔に向かう。円を描いて入れ替わるように、彼女もぽかんとなりゆきをみている、ベンチにすわったままの文学少女に向かう。

 

「ほら、あなた。ぼやぼやしないで、いくわよ?」

 

 事態の急展開についていけていない、内気そうな文学少女の手を引き。

 文学少女のものらしい、大きくて黒い学生鞄を拾い上げ。

 さっきあげた大声で人が集まったりお巡りさんが来たりする前に、彼女たちはその場を脱出した。

 

 ──────

 

「それで。

 よかったら、ここがどこで、どうやったら慕国神社に戻れるか、教えてくれないかしら。」

 

 土手を上がり、ちょっと走って裏路地にいったん隠れ。

 息を整えた後、有明りなは文学少女に尋ねる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、──住所はわかりませんが、三軒町のどこかです。

 慕国神社でしたら、ここから国道214号線をずっと北にいったところです。」

 

 なんかずれてるなこの子、と有明りなは思うが、別に不快感は抱かない。

 芸術家タイプっていうのか、ときどき撮影現場でも遭遇するタイプだ。

 そのタイプの役者は人付き合いはいまいちだが、嵌り役だと神がかった演技をすることもある。

 そうだとすれば、彼女もその手の子の扱いは良く知ってる。合理的に余計な枕詞抜きで、してもらいたいことだけを明確に伝える。

 

「ねえ、良かったら、連れて行ってくれない?」

 

「はい、もちろんです。私の家もその方向です。

 あ、それと。すみません。助けてくださって、ありがとうございました。」

 

「いいってことよ。余計なお世話じゃなかったかしら。

 どうしてああなってたのか、よかったら教えてくれない?」

 

「はい、えーと、──」

 

 歩きながら、彼女の話を聞く。

 文学少女に絡んでた連中は、彼女の顔見知りらしい。

 彼らは、彼女と同じ進学校の生徒。表面上は取り繕っているが、ちょっと素行が悪いというか、裏で芳しからぬ連中と付き合いがあるようだ。

 彼女が今日捕まってたのは、全くの不運。学校で会ってもこんな絡まれたりはしない。

 自分がはっきり断れたりしないのがよくないから、ちゃんと直す。

 

 そんなことを、ぼそぼそと話す。

 あー、こりゃたしかにいじめられやすいわー。と。

 自分自身もわりと目を付けられやすいのを棚にあげ、有明りなは、ふんふんと話を聞く。

 

「じゃあ、本当に大丈夫なのね?警察とか、先生とかに言っといた方がいいと思うけど。」

 

「はい、いいです。後が怖いし、──」

 

「後が怖い、って。だから、ちゃんと言っておくって考えもあるわよ。」

 

「はい。でも、みーちゃん、あ、私の姉みたいな人が戻ってきたら。大丈夫だと思います。」

 

「あ、そう。じゃあ、それでいいんじゃないかしら。

 私はいつまでここにいるかわからないから、あなたのこと責任もてないし。」

 

 旅行、ってわけじゃないけど仕事ですこしいるだけなのよね、と彼女は付け加えてしまうが。

 

「あの、仕事って撮影ですか。」

 

「へ?」

 

「──間違ってたら、すみません。

 『昨日の国から』の人ですよね。えーと、あのときのテロップのお名前は、赤坂──」

 

「うぐっ」

 

 油断していた有明りなは、顔をのけぞらせる。

 まさかここで正体バレするとは。

 

「大丈夫です。私、見たものを記憶して思い出せるんです。完全記憶じゃないんですけど。

 赤坂さんのこと、普通の人は気づかないですよ。あの作品のときからは、感じも変わってますし。

 私、多少顔立ちが変わってもわかるんです。」

 

「あー、そうなの!すごいわね。

 はははっ、──はぁ。」

 

「わからない方が、よかったですか?」

 

 文学少女が、困ったように尋ねる。

 ちょっと浮世離れしたところがあるが、でも人としてのやさしさはあるみたいだ。

 

「いえ、まあ、うれしいけど。

 でもさ、私もぶっちゃけ、──落ちぶれちゃってんの。恥ずかしいのよね。」

 

「このまえ、週刊誌の見出しにありましたよ。赤坂さんの昔の写真つきで。

 『消えた天才子役を追え』って。」

 

「マジ!?困ったわね。記事は読んだ?──あ、そう、そうよね。

 私、ほんと終わってるし。憐れむふりしてあざ笑うのにいい素材なんでしょ。」

 

 売れてたときもマスコミ受けもあまりよくはなかったしな。

 取材の質問にも「だから?」「別に?」とか塩対応したこともあったし、と彼女は遠い目をする。

 ──でも、あたしのこと探っていいこと何一つないのにね。命知らずだわ、その記者。

 現にリトルウィッチを探って嬲り殺しにされた記者がいることを、彼女は知っている。

 

「まあ、ともかく。私のことは、今は『有明りな』って呼んで?

 あなたは?」

 

「はい、私は中河原桜っていいます。

 有明りなさん、こっちに道を曲がります。」

 

 彼女の案内のもと、ふたりは慕国神社とよばれる、葉良邸から下りた地点の神社に向かう。

 話下手な中河原桜であるが、有明りなは相当程度、表面的なコミュ力は高い。学校に通わず偏っているが。

 お互いにタイプは違うが、はぐれ者だという点で共通していることもあり。

 二人は短い時間ながら、それなりに親交を深める。

 

「あー、ここよ。ありがとう。

 私、いつまでいるかわからないけど。

 また、会えたりするかしら。よかったら、ポケベルか電番って教えてくれる?」

 

「はい。ポケベルはないんですが、──」

 

 有明りなは、志野青年に続く2人目の友人候補を獲得した。

 志野青年は忙しそうだし、できればコイバナとかできる同性の友人も欲しい。

 もっとも、この文学少女はちょっと変人すぎて、それは難しいかもしれないが。

 

「じゃあね。ありがとう。

 また会いましょう。それじゃ」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 手を振って山道に消えていく有明りなの後ろ姿を、中河原桜は見送った。

 

 ──────

 ──────

(中河原 桜視点)

 

 有明りなと名乗る元天才子役の後ろ姿を見送った中河原桜は、踵を返す。

 週刊誌じゃズタボロに叩かれてたけど、そんなに悪い人じゃなかったな。

(有明りなには気を使って『タイトル程度しか読んでません』と言ったけれど。

 個人的な興味関心から、記事を結構しっかり読んでしまっていた。)

 さすがは芸能人って感じで整った顔立ち。自分じゃ気づいてないみたいだけど、目を惹く華もある。

 あまりに自分と違いすぎるキラキラ感。

 でもみーちゃんの方がすごいんだからね。と負け惜しみのように桜は思う。

 

 ──名前とか電話番号も聞かれたけれど、きっと私、すぐ忘れられちゃうだろうな。メモも取ってなかったし。

 

 そのことには、別に腹も立たない。仕事で来てるって言ってたし、落ちぶれてもそれなりに忙しいのだろう。

 むしろゆきずりの芋娘の名前とかわざわざ聞いてくれるなんて気を使ってくれてるんだろう。

 まあ、それはともかく。──彼女には気がかりがある。

 

 人通りの多い方向に向かう。さっきまで感じていた妙な違和感は、だんだん薄れてくる。

 優秀な従姉ほどは感覚が鋭くないので、気のせいなのかもしれないのだが。

 神社についたあたりから、中河原桜は、妙な違和感と緊迫感を感じていた。

 神社奥の山道の入り口で有明りなの背中を見送ったときあたりまで。有明りなが去るとともに、その気配は消えた。

 

 有明りなは、気づいていなかったようだ。警告した方が、よかっただろうか?

 ただ、その場でいうことははばかられた。何かおそろしいものが、じっと彼女たちの言動を見守っている気がして。

 どういうわけかこの気配、彼女は一度感じたことがあるような気もする。

  

 彼女は目を軽くつぶり、頭の中の映像を再確認する。彼女たちを追跡している、何かの姿を求めて。

 しかしおそらくは巧妙に身を隠していたのだろう、今チェックした限り、視覚的には不審な姿は確認できない。

 ただ、高精細モードで記憶を検分すると妙なものに記憶の再処理で警戒色がつく。

 

 ──玉砂利のへこみや、植栽そばの地面?折れた枝?なぜだろう。

 

 高精度での記憶の再処理には、それなりに集中力も必要だ。

 軽い頭痛を感じて顔をしかめた彼女は、家に帰ってからまたやろう、と思う。

 それくらいの恩義は、返す必要がある。

 

 なにしろ。

 突然乱入してきてくれた有明りなが追い散らしてくれたから、よかったものの。

 桜は、猿顔球児モドキと軟派ロン毛に、いいように嬲られるところだったのだ。

 遠慮会釈なく掴まれた胸が、不思議にもわもわとうずくのを感じ、彼女は変にもどかしい思いで顔を伏せる。

 

 彼ら、猿顔とロン毛たちはどこで聞きつけたのか、美鷹が失踪したことを知っていて。

(情報源が気になるが、おそらく心配した美鷹の母があちこちに尋ねまくって漏れたのだと思う。

 美鷹に気があるらしいタカムラ先輩と彼らは同じ部活だったというしな、と彼女は思い出す。)

 そして桜に、美鷹の家出先を知ってる先輩のところへ行こう、としつこく誘ってきたのだ。

 

 だが、それはおそらくはただの口実。桜は美鷹が失踪したのは家出じゃないと推測している。

 しかし彼らは、しつこく桜を誘い、桜がなびかないと知ると、脅し始めたのだ。

 俺たちってすげえ怖い不良と裏でつながってるんだぜ、とか。

 その気になれば、お前のこれからの学校生活、地獄にしてやれるんだぜ、とか言って。

 

 こういう男の子からの粉かけや脅しに、彼女は慣れていない。

 いつもは、頼れる親友である美鷹が追い散らしてくれるのだ。

 もちろん、美鷹は全能じゃないし、いつもいてくれるわけでもない。

 だから、せめてもの自衛として精一杯ダサい格好で目立たないようにしている彼女だが。

 ときどき、こんな窮地に陥ってしまう。

 

(男の人なんて。だいたいみんな、──)

 

 まあ、それはともかく。

 あの謎の気配のことは、気がかりだ。もう一回、家に帰ってゆっくり記憶を検分しよう。

 何かわかったら。そして有明りなから電話がかかってきたら、教えてあげなきゃ。

 でもとりあえず今はみーちゃんが優先だよ、と彼女は思う。

 

 風が吹いて、校則ぎりぎり長めの彼女のスカートを揺らす。

 雨が近い。お母さんは今日も遅いのかな、雨の降りだす前に洗濯物もとりこんどかなきゃ。

 彼女はそう思いながら、自宅に向かう足取りを早めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。