タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
僕の葛藤に、思わぬところから横やりが入る。
近づいてくる足音。
僕と紫藤は、冷や水を浴びせかけられて顔を見合わせる。
紫藤は困ったような、すがるような目。
僕が紫藤と二人で、誰かと対峙する?
噂が広まるにしても、ちょっと早すぎる、急すぎる。
連休中に二人きりで部室に!なんて、噂のいいカモだ。
紫藤も、このことで目立ちたくないだろうし。
せいぜい帰りがときどき一緒の、微笑ましいカップルくらいから受け入れてもらうべきだろう。
いきなり18禁を想像されるような状況は、ハレーションを各方面に生じていらぬ攻撃を受けそうだし。
隠れようか。なんか隠れてばかりいるけど。
目と目を見かわす。紫藤も僕の考えを読み取ったのか、頷いた。
僕は鞄を目に付いたキャビネットの下の段に押し込み(幸いにもスペースがあった)、丈の長い窓際のカーテンに包まった。本棚との隙間のスペースに行けば、足元のあたりも隠せるだろう。そっと顔だけ出し、紫藤に視線を送る。
紫藤も意図を察したのだろう、力づよく頷き返して胸元をたたいて見せる。
僕が顔を引っ込める。がらっと、離れた扉が開いた音がした。
足音が近づく。紫藤が咳ばらいをした。コホン。
足音が止まって。また近づいてきた。
「こんにちは、ーーって、ハルカちゃん?」
「やっほー、みなりん!お勉強?」
ああ、これは国領ハルカという子だな。紫藤の文芸部における友人だと聞いた。
「うん、午前中勉強して、お昼ごはん食べててさ、」
あわあわと紫藤が言っているが、特に国領は疑問を抱かなかったようだ。
「そうなんだー。ボクも、生徒会でちょっとだけ来ただけ。結構暇だよね、連休。」
椅子に腰を下ろしたかな?まずいな、長くなる?
ーーーーー
国領ハルカという子を、僕はあまり知らない。
十数年後、巻き戻りの前に調布に話を聞いたとき、文芸部での友人だと聞いたことがある。
そしてこの子は、相当優秀だったはずだ。
また、カリスマもあったのかな。
生徒会に入っていたようだ、ここで本人が発言しているように。
会長・副会長だったという記憶はない。補佐役、たぶん書記か会計だろう。
乏しい記憶だが。
ちょっと癖のある、少し明るい色の髪で、かなり短めだったかな。紫藤より背は高い。中肉中背だが、すらっとした起伏に乏しい体つきだったと思う。
公式の場では猫を被ってしゃべっているのかもしれないが、少なくとも私的な会話ではボクっ娘なんだな。そんなところが紫藤と波長が合ったのか。
女子校に行けば、王子様役だっただろう。
頭の回転の速さ、人を引き付けてしまうカリスマ。
それは国領の、この部屋での爽やかな能弁ぶりからもうかがい知れる。
こうしている今も。
「ーーそうなんだ、ボクも同じだよ。」
何気ない話から始めて、あっという間に紫藤との距離を詰めて。
けらけらと笑って紫藤の背中を叩いている気配。
すこしもやもやする。
「ボクたちのクラスじゃ、あの先生はホルモンって呼ばれてるみたいだけどさ。ちょっと脂っぽいからね。でも、ボクは別に嫌いじゃないよ、好きなわけでもないけどさ。テストで手汗が滲んだようなのが帰ってくるから、ちょっとげっそりするんだよねー。」
肥った教員の話をしているようだ。
「ああ、ごめんよ。そろそろ行かなきゃ。そう、ここに忘れ物があったんだった。ーー」
まずい、近づいてくる。多分、紫藤も凍ってる。
しかし国領は特に何も気にすることもなさげに、僕の隠れている場所に近接した棚から何かを取り出し、バッグに入れているようだ。
「そうそう、みなりん。」
国領は何かまた軽いトークを爽やかに流しながら、言った。
「みなりん、何かあったのかな。」
「?」
「見ない間に、すごく綺麗になったよ。見違えたね。」
きゃっ、という紫藤の声。何をしたのかな。頭を撫でた?
いや、この紫藤の声の感じからすると、背中を指でなぞったか、脇に手を入れたか、あるいは胸を触った、という感じが濃厚だ。
くっそ、うらやましい。流れる水のように、同性の強みを活かしてナチュラルなセクハラ未満のセクハラしやがって。
僕は紫藤に触れるのにすごい勇気が必要で、しかもそのたび、心臓が飛び出すくらいばくばくするというのに。
「またそのうち、ゆっくり話を聞きたいな。じゃあね!お疲れさま!」
「うん、ハルカちゃんもお疲れさま、またね!」
去っていく足音、閉まる扉の音、そしてまた遠くに去っていく廊下の足音。
女の子同士の会話は無事、終わったのかな?
出ようとすると、すぐそばに紫藤が来ていた。顔が赤い。
がしっと抱き着かれた。ちょっと涙目。
「うう、怖かったよう!」
怖かった?
「もしかすると、気づかれたかもしれない!ハルカちゃんに!」
「気づかれたって、僕がここにいたこと?それとも?」
「わたしがその、好きな人ができたってのは気づかれたよ。たぶん、いや、確実に。」
そんなものか。口止め必要?
「口止めとかは大丈夫。そういうことを言いふらす人じゃないんだよ。」
でもね、と続ける。
「仲良しだし、それでどうこうはないんだけど、その、もしかすると、志野くんだってわかったら、当たりが強いかもーー。あと、」
きまり悪げに続ける。
「隠れてたこと、もしかするとバレたかも。ごめんね、わたしが変だって気づかれたからーー。」
ガーン、という感じの顔。
でも、まあ深刻なことにはならないよな?
「いい子なんでしょ?大丈夫だよ。」
「そうなんだけどさ、ときどき、怖いんだよ。ーー」
まあ、女の子同士にはいろいろあるのかな。
抜け駆けしやがって、って感じだろうか。
それとも、ちゃんと言ってくれないなんて、友達だと思ってたのに!というパターンか。
大丈夫大丈夫、何かあったら僕が謝るよ、と、ひーんと項垂れている紫藤を励ました。
ーーーーー
「それでさ、先のことなんだけど。」
僕は紫藤に提案した。
「明日はバイトだよね?」
「そう、ごめんね。最後の最後でやっと見つかったお仕事だし、これはやっておきたいよ。」
啓発関係のバイトだったか。
それはそれでいい、変なバイトでもなさそうだし。
「明後日、会えるかな?」
「もちろん、そのつもりでいたよ。志野くんは、予定入っちゃった?」
「いや、大丈夫。それでさ、行先なんだけど、」
ちょっと賭けになるが。
「羽立毛市の方とか行ってみない?時間があれば、アウトドア系で。」
「
「どっちでもいいけど、天気が良かったら樋木崎渓谷の山登りの遊歩道とか、どう?」
樋木崎渓谷。
多賀島と羽立毛の間、羽立毛側の山間地にある。経路上からは少しずれてはいるが、谷津崎老人の隠棲していると思われる別荘地がある。
危険だろうか。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言う。
紫藤を巻き込むべきでないから、突撃はしない。絶対にしない。
しかし、バイク入手がいつになるかわからない以上、ある程度の周辺の知識を得ておきたい。
仮に紫藤が巻き込まれた時にも、土地勘は有効だろうし。
あくまで周辺の観光名所のみ。それを超えては立ち入らない。
問題は、時間的に日帰りピクニックに収められるかどうかだな。
そこはちょっと時刻表とにらめっこして計画を練らないと。
この時代、インターネットでの乗り継ぎ検索ができないし。
「交通費とかの費用は一切、心配しなくていいよ。大丈夫、鉄道か路線バスの貧乏旅行だけど、僕に持たせてよ。」
だけど、一応、服装とかはアウトドアでも大丈夫な感じにしようよ、と伝える。
紫藤は費用負担については納得していないようだ。
わたしの中では、最終的に返す方につけておきたいんだよ、と言っていた。
でも今回は僕が立て替えることは了承した。要は、借金にカウントしたいらしい。
潔癖なんだな。僕に評されると心外だろうが、世渡りが上手くない。
「楽しみ!でも、もし雨だったら?」
「雨天順延。動物園か美術館でも見ようよ。」
それはそれで楽しみだね、わたし、カピバラさんとかも、不思議な絵も変な彫刻も好き、と喜んでいる。
そっちがメインでもいいかもな。
まあ最終日のプランが決まってない。その日に会えるかどうかはともかく、そこらへんでもいいかもしれない。
ーーーーー
またいちゃつきたくはあったが。
そのままいるとまた、国領ハルカとか、それに似たものがやってきそうで、僕たちは逃げることにした。
どこに逃避行しようか?
まだ日は高い。
予定どおり買い物しようか。できれば軽くお茶とかも?
そう誘うと、紫藤は少し首をかしげて考え込み。
ーーうん、よかったらお散歩しながら帰ろうよ。もしよかったら、靴がみたいかな。古くなっちゃってて不安なんだ。山歩きするかもしれないし。
そういうことになった。
ーーーーー
紫藤と僕はちょっとの時間差を置いて、学校を出た。
途中の公園で待ち合わせている。落ち合うと、僕は二人分の荷物を前かごに入れた自転車を押しながら、紫藤と並んで歩く。
昨日は無警戒だったが、僕と紫藤のことは、やっぱりちょっとしばらくは周囲に伏せておきたい気もする。
関係を進めたいのはやまやまだが、男子の間はまあいいとして、女子の間で紫藤が孤立したりというのは好ましくないかもしれない。杞憂だとは思うけど、女子の世界は良くわからない。
変なやっかみとかあるだろうか。まあ僕はあんまり人気ないだろうから、嫉妬というより、いい気になってんじゃないわよ、っていうマウンティングがあったりする程度かな。いやそれも避けたいが。
あとそっちにのめりこみすぎて、本来の目的を見失うのが怖いということもある。
すでに今、相当に恋愛脳になりつつある気がするんだ。
ほら、並んで歩きながら、こっちを見上げてにこにこしてる紫藤を見るだけで周りへの注意力がなくなってしまう。
僕の精神的リソースは有限だ。うまく配分していかねば。
紫藤と僕が選んだのは、川沿い、紫藤の団地に向かう国道と平行に続く道。
途中でバスに乗る場合、国道沿いのバス停から乗ることができる。始発でないが、連休中でバスは空いてる。
川沿いにずっと行って左手側に僕の住む鳥兜団地、もっと行って右手が紫藤の住むざくろが丘。
途中まで一緒に帰ろうよ、その途中で靴屋さんがあったら見たい、ということだ。
川面にきらきらと光が反射している。少年たちが、タモを持って川の中で騒いでいる。
コイかフナを捕まえているのだろうか。
ホームレスの人々は、まだこの時期、必ずしも多くないが、ところどころの橋の下に居を構えていたりする。
途中の国道沿いに靴の量販店とアウトドア用品専門店があるのを思い出し、紫藤に伝える。
紫藤は古くなってしまった通学用の靴の代えを買おうと思っていたらしい。ネコ科の猛獣の名前のついた学校推奨の運動靴、タイガーΛ(ラムダ)あたりだ。ただ、山歩きするならもう少し頑丈なものでもいいかも、と考えている気配。僕はちょっとアウトドア用品店で買いたいものもあったし、靴も見ておきたい。二人で川沿いを離れて国道沿いのロードサイド店の立ち並ぶ一角に向かう。
初めにアウトドア用品店。登山靴もみてみたが、まあここまで本格的でなくても、ということで二人とも見送った。丈夫で機能的な登山靴はロマンだが、渓谷沿いに登山道を歩くだけならオーバースペックか。ホーキ◯スのトレッキングシューズあたりでいいだろう。紫藤に勧めたが、固辞される。まあそんなにハードな道行きにしないつもりだ、学校の運動靴でもいいか。僕自身は適当なものが家にある。
あと店の人にも相談して、カラビナみたいな小物から登山ロープ、熊避け等を含め、いくつかの登山用品を選んだ。
紫藤は帽子に興味があるようだ。僕が店の人と選んでいる間、衣料コーナーにふらふらと吸い寄せられ、紫藤にはちょっと大きいテンガロンハットやサファリハットみたいなのをかぶり、鏡を覗きこんだりしている。
それを横目にみながら、僕は僕の買い物をすませた。登山用品というのは単価が結構高いので、結構な額になる。だが僕の考えが正しければ、必要となるものだ。
紫藤には、帽子を買ってみる?と聞いてみた。
興味はあるようだし、この時期はまだあまり恐ろしさを認識されていないが、熱射病とかを考えると買っておいても悪くない。
ただ、紫藤としてはそこまで真剣ではなかったらしく、すごい勢いで辞退される。だがやはり興味はありそうだ。そのうち、かな。
アウトドア用品店を出ると、靴の量販店に入る。
確かに安いけど、学校の購買とそんなに変わらないねーと言いながら紫藤が目当ての通学靴を選ぶ。
僕たちの高校の校則では、男子も女子も黒い革靴と白の運動靴のどちらかということになっている。男子も女子も運動靴が多い、ただ女子はローファーもおしゃれ女子を中心に3割ほど。男はほぼ全て運動靴。
紫藤はたいてい、例のラムダの白い運動靴ばかりだ。本人曰く、こっちの方が安いし楽なんだそうだ。そういうところが中学生っぽいのだが。
今回買うものも、結局いつものにしたらしい。
でも本人は購買よりわずかに安く買えたらしく、うれしそうだ。まあいいか。
紫藤はローファーも似合うと思うんだけどな。そのうち頼んでみよう。
ーーーーー
3、4キロくらい来ただろうか。僕らは少し道を逸れ、神社で一休みすることにした。
せっかくだからと駐輪場に自転車を止め、二人で参拝することにする。
あまり人影はない。
小銭を紫藤にも握らせ、二人で一緒に神社で鈴を鳴らし、目を閉じて手を合わせる。
あまり神頼みはしない。しなくていいように進めたい。でも、上手くいきますように。
僕が祈り終わって横を見ると、紫藤はまだ真剣な表情で祈っていた。
横顔がきれいだ、と思った。
神社の横の公園で一休みする。たまたま子供はいない、二人でブランコを揺らしてみる。
久しぶりに乗るが、座って乗っても相当に大きく漕ぐことができる。
紫藤も嬉しそうだが、前に揺れるときに、スカートがまくれてる。本人、まったく気にしていないが、ちょっと傍でやきもきしてしまう。
まあ周りにエロガキはいないからいいか。
だいたい、紫藤は臆病なくせに、こういうときは非常に無防備なんだ。
多分、弟がいるせいだろう。異性の兄弟がいると、そこまで意識しなくなるものかな。うちの姉もそうかもしれない。弟は意識してるんだよ、でも。
ブランコの揺れが二人ともそろって、ちょうど平行に同じ高さに動いている。紫藤がこっちを見て、僕も紫藤を見た。紫藤がふにゃっ、と笑った。
楽しい。
自転車を回収する。国道から離れて、交通量の少ない川沿いの道路に戻る。
押していくのにも疲れたので、ちょっと危険な冒険だが、気の進まなそうな紫藤を説得して二人乗りをしてみる。良い子は真似しちゃだめだよ。
この時代、カマキリのハンドルの荷台のないママチャリに、後輪ハブステップを付けて女の子を立たせて二人乗りする、いわゆる川崎乗りがヤンキー中心に流行っていた。
ただ、僕の学校はハブステップが禁止だったし、僕の自転車自体、それができる構造ではない。荷台がしっかりつけてある。
なので、足を揃えて横乗りで荷台に乗ってもらう。
紫藤は恥ずかしそうだったが、腕を片方、僕の胴体に回してつかんでいてもらうことにした。
走り出すと最初は少しバランスをとるのに苦労したが、コツをつかむと安定して走れる。
川沿いの道は川の向こう岸からも見えて少し目立つ、ということで、一本奥に入った国道と平行な道を走る。
しばらくして、紫藤が頭をこてん、と僕の背中につけてきた。
僕の背中、相当汗をかいてるんじゃないか?という心配と、紫藤の信頼(?)を得てのうれしさの狭間で、僕はとっさに何も言えず、紫藤も何も言わず、自転車は五月の風を受けながら走り続けた。
そうして結局。僕らは自転車でざくろが丘下まで来てしまった。坂道が眩しい。
紫藤に降りてもらい、僕は自転車を押す。
紫藤も押してくれようとするが、まったく役に立っていない。でもなんだかうれしそうなので、止めるに止められない。
坂道を上り終わると汗びっしょりになってしまった。
紫藤に誘われ、紫藤の家の近くの公園で水を飲む。
水を飲みながら、紫藤が顔をしかめる。
あのとき、変な薬を飲まされて吐かされたことを思い出したらしい。
心配になって、その後の紫藤父の動きを聞いてみる。
カエル事件のほうは、カエルがうまくごまかしたようで、何も言われていないらしい。
それ以外も、最近は比較的平穏だとか。
以前はカエル男をはじめとした紫藤父の悪友たちが、土日や祝日前はやって来てどんちゃん騒ぎをしていたらしいが、あれ以来、今のところは、まだ一度も来ていないらしい。
まだたいして時間がたっていないのでそのうちまた来るかもしれない。ただ、推測だが、紫藤目当てだった、金づるの(?)カエルが来なくなれば、他の者も来なくなるかもしれない。
どちらにせよ、紫藤父たちは、この一件より前から、かなり紫藤家族に迷惑をかけていたわけなんだな。
また紫藤父に対する悪印象を僕は強めた。
周りに誰もいないのを見澄まして。
僕と紫藤は、ごく短時間だけ、キスをした。
体を離した紫藤の目が、潤んでいる。
ーーまたね、明日、バイト頑張ってね。
ーーありがとう、頑張るよ!
言い交わして、別れた。
今度は、僕が紫藤を、その姿が家の門をくぐって見えなくなるまで見送った。