タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(有明りな視点、葉良邸別邸、金曜日夜)
背中に乗せられた熱いティーセットを、侍女に扮した有明りなはどうにか耐えた。
途中からカエル男が「ぼくも、りなちゃんの背中で飲みたいんだね!」と加わってきたのは想定外だった。
(カエル男は一人では度胸がなくほぼ無害だが、焚きつけられたり集団になったりすると便乗して悪さをするタイプかも、と彼女は思った。)
狭くなだらかな彼女の背中には、2人分のカップ、そしてティーポット。
(カエル男はソーサーを使ってくれた。若社長は、底の平らなコーヒーカップ直置きだ。)
熱いティーポットが、背中の下部、細いウエストのあたりに置かれて彼女の肌をじりじりと焼く。
若社長のコーヒーカップなど、素肌がむき出しになっている肩甲骨の間に置かれた。
どちらも安定のよい、底の部分が広いタイプだったのは不幸中のの幸いだ。
これが不安定な形状だったら、熱湯が彼女の背中にぶちまけられ、床にもろもろが落下していたはず。高価な茶器であれば、恰好の折檻の口実を与えてしまう。
ただし、他方で肌を焼く面積は広くなるのだが。
ちなみにカエル男のティーカップは若社長のカップとティーポットの真ん中あたり。若干安定が悪いが、ソーサーのおかげでなんとかなっている。
若社長は、まぎれもなくいじめっ子だ。それに彼女のあらゆる行動に難癖をつけダメ出しをして苛む、たぐいまれな才能を持っている。
そういうのって会社の社長さんだからなのかな、と彼女はぼんやり考える。たぶん違う。この調子だと、部下がやる気なくすんじゃないかな。
「次は、りなちゃんは何をされるのかねえ、楽しみなんだね!」
「はは、メイドは主人にその体で奉仕するのだ。決まっているだろう。」
わざと普通のティーカップを使わず、ときおり有明りなの背中の素肌の露出した部分(フレンチメイドだけあって、肩甲骨の間から背骨に沿って、広いV字型のスリットが空いているのだ)に熱いお茶を数滴こぼして、茶器の震えやカチャカチャとしたぶつかりあいに表れる、彼女の苦悶を楽しむカマキリ男は。
カエル男のわくわくといった様子での問いに、悠然とした風にそう応えるが、その声には隠せぬ喜悦がある。
(──もう!早く、これ終わらせてよ!もう十分火傷してるから、いいでしょ!)
お灸のように、しかしはるかに広範囲に痛みを与える茶器に耐え、不自然な体勢で背中を平行に保たねばならない彼女は。
プロ根性で笑顔を保ちつつも、肌が焼かれる痛みに、全身での嫌な発汗と微細な震えを覚えていた。
幸いにもフレンチメイド系のメイド服の胴回り部分には彼女の細い胴を締め上げる編み上げ式の薄い黒革のコルセットが付く仕立てとなっており。
そのコルセットの黒革部分に乗っているティーポット(最も熱く危険)に限っては、熱の伝導速度が遅い。
だからなんとか、彼女はここまで耐えられたのだが。
でも、長くは持たない。
「さて、これはこのくらいにするか。
有明りな、流しに皿を下げろ。もちろん、そのままの姿勢で運んでいくのだ。」
「──はい、ご主人さま。」
(もう、何なのよ!できるわけ、ないでしょ!)
内心切れ散らかしながらも、彼女はそろそろと四つん這いの状態で背中の茶器に最大限の注意を払いながら、ミニキッチンに向かう。
その彼女の姿を、若社長のビデオカメラが追う。
ちなみに若社長は彼女の名前をフルネームで呼ぶことが多い。なぜだろう、と彼女はぼんやり思う。
役者として鍛えられ、正確な動きが可能な彼女であっても、茶器たちを落とさずに持っていくことは至難の業。集中力が、極限まで試される。
そのとき、彼女はふと奇妙な感覚を覚えた。
(見える、──見えてる。
私の姿、──まるで空中から見てるみたいに。)
ソファの形状に戻されたソファベッドに座り、みじめに手と膝をついて床を這う彼女のお尻付近を下品な笑みを浮かべてみつめている、若社長とカエル男の様子。
その前に離れて置かれた、上質そうなコーヒーテーブル*1。
そして黒の基調、パフスリーブやヘッドドレス、いかにもなフリルに飾られたフレンチメイド服の有明りな自身が、そろそろと床を這って進む様子。
この屈辱的な姿勢を第三者視点、それも後方から見ると、短いスカート、白いストッキングやガーターベルトはこうも痴女っぽく見えるのか、と彼女は理解する。
それはともかく。
この奇妙な感覚、空中からの第三者の俯瞰視点の助けを得て、彼女は這い進む自分の背中の茶器の傾き具合をチェックし。
どうしても避けられない背筋のうねりのせいで若社長のカップが傾いて危ない局面もあったものの、最終的にしずくひとつこぼさずに流しのあるミニキッチンに到達することができた。
(この視点、すっごい使える!
もしかして私、──名女優になれたりするんじゃない!?)
一瞬だけ、心が浮き立つ。
自分がどうカメラに捉えられているか、把握することができれば。
そのメリットは、役者にとって計り知れない。
演技は、各段に向上するはずだ。
──あー、でも私。あれだけやらかした後じゃ、もうダメよね。
なに未練たらしいこと考えてるんだか。だいたい、もう
それにこの能力、まぐれっていうか一時的なものかもしれないし。なんか条件があるかも。
そう思い、有明りなは苦い思いに奥歯をかみしめ、人知れず渋面を浮かべる。
ミニキッチンに到達すると、そこからがもう一つの難関。
普通の人間は、背中に目などないし、背中にものを載せるようなこともしない。
背中の茶器を見ようとすれば、ほぼ確実に背を傾け、茶器を落としてしまう。かといって見ずに手を伸ばせば、形状が把握できず茶器を倒したり取り落としたりする。
しかも背中側で、背中に垂直に器を支えて移動させたりすることなど普通はしない。そんな平衡感覚もないし、だいたい肩関節の可動域からしてもまず常人には不可能。
しかし。
「──ほう。」
「すごいんだね、りなちゃんはね!」
不思議な俯瞰能力を(一時的に?)備えた有明りなは。
彼らの視線の先で、左手と両膝を床につけたまま、片手でティーポットの取手をまるで見えているかのように(実際、俯瞰で見えている)、危なげもなくつかむ。
もちろん一度持ち替えないと、そのまま上の方にある流し台への移し替えは無理。
しかし軽く膝を前後に崩し、(訓練で体幹を鍛えたおかげだろう)背中を床にあくまでも平行に保ったままで。
彼女は柔軟な体を活かし、奇跡のようにティーポットを左手で持ち換え、向きを変えた右手にまた持ち直し。
そして無理な姿勢ながら、肩関節の可動域いっぱいに背中側に腕を伸ばし、ステンレスの流しの台の部分のふちに、難物である熱いティーポットを載せた。
(こぼれることを期待して、意地悪くも)アツアツのお湯が9分目まで湛えられた若社長のティーカップも、同様。
残りの茶器の移し替えは、比較的容易。
精密機械のように正確に、彼女は任務を遂行し終えた。
立ち上がると、カエル男がすごいすごいりなちゃん、と呑気にはしゃいでいる。
緊張と興奮からのアドレナリンで、一時的に意識外にあった背中の火傷の痛みが復活し。また無理な力をいれたせいか、背中や脚の筋肉がぶるぶるして、あとで軽く攣りそうな感覚。
でもカエル男の賞賛の言葉に、少しだけ気分がいい。すごいでしょ。
「洗っておきます。」
「ふん、そうしろ。」
大して汚れていない茶器を流しで洗い、食器かごにおく。
そして綺麗そうなふきんを一つさりげなく取り、冷水で湿し、焼かれた背中の特に痛い部分にさりげなく当てて冷やす。
見咎められないような、自然な動きで。
(このふきん、とっておこう)
彼女はそう思い、パニエでふくらんだスカートの実用性の薄いポケットにそれをしまい込んだ。
──────
有明りなのメイドとしての能力は、ある程度高いのだろう。
それから命じられたいくつかの家事家政に関する注文は、基本的に役者として演じてきた経験や、所属組織で習い覚えた技術でやりこなせた。
ただし、それで見逃してくれるカマキリ男ではない。
有明りなが失敗しないからか、カマキリ男は少しずつイラついた様子を見せはじめる。
きっと、別の角度から難癖をつけてくるだろう、と有明りなは思う。
「りなちゃん、それ終わったらぼくにキスしてほしいんだね!ぐふふ」「アリア、俺の足の裏を舐めろ」
そのきっかけは、命令が重なったことだった。
にま、とカマキリ男の頬にサディスティックな笑みが浮かぶのをみて、有明りなは悪い予感がした。
「──俺とガマガとで、どちらの命令を優先する。」
う○こ味のカレーとカレー味のう○こか、と有明りなは思い。
ためらったその一瞬に、カマキリ男は付け入る隙を見出したようだ。
「どちらも私には大切な人です、だから、──あんっ」
振るうチャンスをうかがっていたのだろう、手にいつのまにか持っていた鞭が振るわれる。
身をすくめた、その胸先を鞭がかすめた。
強い痛みとともに、なぜか彼女は不思議な快感を覚える。
「ほう、どちらも大事だから選べない、と?」
「はい、だってお兄ちゃんも、ご主人さまも、ぐうっ!」
今度は、はっきりと鞭が盛り上がった胸に当てられ。服の上からでも、灼けるような痛みが走った。
「身内と、主人とは同じだと論じるのか。」
あー、こうきたか。でも、どちらかを選べばきっと難癖がつきそうだ。
試しに、彼の主張に従ってみよう。
「私は間違いました。──ご主人さまです。大切なご主人さまを、先に──」
「長い間面倒をみてくれた肉親をないがしろにし、人の道を無視するのだな、お前は?
自分だけの力で、育ったつもりか?
その思い上がりに、罰を与えてやろう。」
やっぱり。でも一応は最後の選択肢を試してみよう。
「お許しください。では、肉親であるお兄ちゃんを、うあっ!」
火のような痛みが、反対側の乳房の外側へ振り下ろされた鞭先から走った。
「主体性というものがお前にはないのか。へらへらと言われたままに態度を変えるとは。
それに、兄に対するよこしまな思いを優先し、主人への忠誠をないがしろにしたのだぞ。近親相姦と裏切りには、さらに厳しい罰で報いねばなるまい。
返事は?」
「──はい、ご主人さま。」
「いいね!りなちゃんが悩んで、苦しむ姿をみるとぐっとくるんだね!」
予想していた帰結だとはいえ。有明りなは、自分がはてしない灰の荒野に1人立ち尽くしている錯覚を覚え、唇をかむ。
核戦争後のようにあらゆるものが灰色で、暗い空のはるか遠くに、わずかに夕日の濁った赤が見えた。
──私は宝石じゃなかった。ただの燃え滓だったんだ。
悪い夢の中のように、異形の蛙人と蟷螂人の耳障りな笑い声が耳を聾する。
やはり彼女の進む道は、地獄への一本道であるらしかった。
──────
不埒なメイドに罰を与えよう、ということになり。
メイドへの責めに用いる道具や設備の準備や設営の時間をとるため、彼女は一瞬の休憩を許された。
電話を借りたい、
彼女は若社長の変態ビルのプライベート領域(?)である、今までのプレイで使っていた部屋に隣接する別室に子機がある電話の利用を認められた。
(なお
そしてなぜか、第三者視点での俯瞰能力がまだ続いている彼女は。
自分自身が別室にいる様子とともに、隣室で道具を組み立てながら彼女には聞かれていないつもりで話しあう、カエル男とカマキリ男の様子の俯瞰映像を、まるで本当に天井付近から見ているように脳内に再現することができた。
この感覚を鍛えれば、任意の地点に視点を移動させることもできるだろう(もちろん、音や空気の流れとかからの情報の再構成なのだとしたら、距離的な制限があるだろうが)。
そして彼女は、幸か不幸かその隣室から聞こえる意味をなさない断片的な音の端々を正しく言葉や設営の音として再構成し、その言葉の意味や行われている作業を不完全ながらに把握してしまう。
その彼らの、「週明けから、先生直々に」「蔵で、朝晩ぶっつづけ」「屈服するまでやる、壊してでも」「壊れる前に楽しまんとな」「もしまだ生きてたら、ぼくがもらって飼うんだね!」(最後の発言は少し大声で、普通にドア越しに聞こえた)などの言葉に。
彼女はここから先の過酷な運命を半ば悟ってしまう。──そして彼女にはそれを避ける有効な選択肢がないことも。
逃げる者を、リトルウィッチは許さない。
捕えられた脱走者のおぞましい処刑ビデオを彼女たちは教育の一環として見せられ、その恐ろしさを刷り込まれていた。
処刑ビデオの中で、四肢をウィンチで四方に引き裂かれて絶命するときの少年の絶叫が、遠くから響いてきた気がして、彼女は思わず耳を押さえてうずくまる。
数十人に代わる代わる強姦され、手足を斬られたあとに雑に止血され、生きたまま生コンに首から下を固められて投棄される少女の泣き顔が、彼女の瞼に揺らめく。
時間は、ほとんどない。気力をふるいおこし、彼女は大急ぎで、まだ内心では諦めきれていない二間多マネージャーに、救いを求めて懇願のメッセージを送る。
そして思い立って、
彼の声、彼女のことを本当に思って言ってくれる苦言が、壊れかけの胸のひび割れに沁みるように快い。
カエル男たちが話していたろくでもない「何か」をされる前に、彼と会いたい。「何か」が始まってしまうと、たぶんもう会えなくなる。
そう思って、彼女は電話をかけ、彼に伝えた。
さて、電話が終わり。
彼女は、責め道具が準備できて、心を躍らせているらしいカエル男とカマキリ男の前に戻ってきたというわけだった。
──────
「準備、予習というものは、大事なものでな。」
とりすました様子で、若社長が述べる。
(彼女の目には、さっきから彼の姿はカマキリ人間と言うべき、異形の怪物に見えていた。
もちろんガマガは、異様に腹がふくらみ、手に水かきのあるカエル人間に見えている。)
若社長のメタルフレームの眼鏡が、キラッと輝く。
彼女には、彼がうきうきしているような気がしてならない。
「近いうち、親父もお前を味わうことになるが。
それまでは、お前を自由に楽しんでよいと言われていて、な。」
「はい。」
「まあ、なんだ。どうせ味わうことになるが。
そのいくつかの、予習をさせてやろうというのだ。」
恩着せがましく、若社長は彼女にそういうのだが。
有明りなとしては、気になるところがある。
「はい。でもご主人さま、──」
組織からの説明では、この仕事では本番なしという条件だった。
有明りなは、そのことを若社長にも念押しするが。
しかし自分でも自分の声に力がないな、と思う。
半分、投げやりになっているのを自覚する。──このままでは、そもそも
それでも、彼女は主張する。
「ほうほう。もっともな話だ。処女はわたさない、ということだな?
ただそれは、お前が承諾さえすればいい話だ、と親父から聞いた。」
そう、葉良先生からも聞いた。しかし彼女にはそんな話はなかった。──組織が、私を売ったのだろうか。
彼女は、思いを寄せる二間多マネジャーの顔を思い浮かべようとするが、なぜか脳裏に像を結ばない。
ようやく思い出せた彼の顔は、なぜか彼女を嘲弄するような笑みを浮かべていた。
そういえば。ずいぶん長く、彼が普通に笑った顔をみてない気がする──。
「まあ、承諾するまでは処女気分でいるがいい。
だがな、お前、本当に処女なのか?週刊誌を読んだぞ。」
「──はい。」
そのはずだ。
でも彼女は、自分の声に確信がこもっていないのを感じる。
彼女は自分が汚れている気がしている。本番抜きの枕営業が問題とされるより、もっと前から。
意地が悪いが頭は良いらしい若社長も、彼女の確信を欠いた様子に気づいたようだ。
「後で確認して、偽物だったら報いをくれてやろう。
今は、そういうことにしてやろう。
まあ、責めは自由だ、命にも特にこだわらない、と親父は言われたそうでな。
ずいぶん、ものわかりのいいマネージャーだな。」
「──そうですか。」
「自分から身を差し出すということなら、許してやらんでもないが。
だがそれより、罰を望むのだな?」
「──はい。」
別に操を守りたい、というわけではない。どこかの街角で、そっと捨ててきてもよかった。
だがこいつらに奪わせて喜ばせるのだけは、なぜか絶対に嫌だった。
半ば捨鉢な、意固地な思いで、彼女は若社長の要求を拒絶する。
自分が幸せになることなどない、と彼女は確信している。
ただ「幸せ」という言葉を思い浮かべたとき、彼女の脳裏に、なぜかあの地味で誠実そうな田舎青年のはにかんだような笑顔が浮かんだ。
明日。明日の夜。来てくれるだろうか。
彼が来てくれたら、少しだけ幸せになるのかもしれない。
ごはんの最後に残しておく好物や、フルーツのデザートのように、彼女はその機会のことを思う。
「望み通りにしてやる。ガマガ、そいつを見せろ。」
「りなちゃんは、まず、これなんだね!」
高い、絞首台の木の枠のような刑具。
昨日も彼女が吊るされた、高さ2メートル半ほどの、「冂」という字のような構造物が、中央に据えられている。
よく磨き上げた木肌は、おそらく特注品。
単なる木の枠ではなく、枠の柱の内側や外側には上下方向に、また枠の上の横棒にも頑丈なスライドレールがつけてあり、フックや何らかの機械装置や各種のギミックも取り付けて使えるようになっているようだ。
現在は、木枠の下に、シーツをかぶせた何か大きな装置が据えられている。
顔を興奮に紅潮させたカエル男が、ぱんぱかぱーん、といいながらそのシーツを取り払う。
きっと除幕式のつもりなんだ、と有明りなは人ごとのように思った。
「木馬──?」
「そうなんだね、りなちゃんのために作ったんだね!」
木馬の木肌の色は、木枠のものと同じ。まだ新しいのだろう、爽やかな、清涼感ある香り。
おそらくはヒノキかヒバだろうな、と有明りなは呆れて半眼になるのを自覚しながら思う。
ポニーより、少し大きい程度の大きさだ。
もし志野がこの場にいたら、この木馬をみて。
夢の中で葉古屋ナギが責められていたそれと同型のものだと気づいたかもしれない。
「──ずいぶん、立派なんですね。」
「こいつは高かった。その価値はある。
いろいろと手の込んだ仕掛けが、あるのだよ。」
今度は若社長が、有明りなの横に並んでそう解説する。
木馬の横腹にある細い鍵穴のようなところに鉄の棒を入れてひねると、ぱか、と木馬の背中部分の一部が浮く。
木馬の背中部分は、取りはずして代わりのユニットをはめ込むことができるようになっているようだ*2。
「この部位は、各種の機能のユニットと交換できる。
剣山のような釘植ユニット、張型固定ユニット、ミニ囲炉裏である
若社長の手が、すっと有明りなの背中を這う。上から下へ。
彼女はかろうじて身震いを堪え、「そうですか。すごいですね」と答えたが。
生理的な嫌悪のあまり、つくり笑いをしながらも思わず眉が寄ってしまうのを感じた。
「もちろんぜんぶ、りなちゃんで試しつくすんだね!」
「ああ、もちろんだ。ただ、もったいないから少しずつだな。
今日は、──そうだな。籤でも引いてもらうか。」
「ルーレットか、ダーツだね!面白いんだね!」
カエル男が、いつになくハイだ。
いつもぐぶぐぶとおつゆが多いな、と思っていたが、今はしゃべるたびに唾が飛んでいて、口の傍に涎が光る。
顔が興奮で赤らんでいて、目も血走っている。
紅茶に入れて飲んだ何らかの粉。あれはあぶない薬なんじゃないかな、と彼女はあやぶんだ。
「ガマガ、それはいいアイデアだ。
──ちょっと待て、その装置もあるのだ。用意をする。ガマガ、お前も来るんだ。」
若社長とカエル男は、この部屋に隣接する倉庫らしい部屋に行き。
そしてカマキリ男は、木製の柱のようなものを運んできて。
カエル男は、かなり大型の車輪のようなユニットを転がしながら現れた。
「しゅごいんだね!ぐるぐるユニットなんだね!」
彼女は、それぞれのパーツを凝視する。
木製の柱の長さは、「冂」字の木枠のような刑具の内側の幅と、ほぼ同じ。両端や中央部などに金属パーツや金属環がつけられている。
水車の車輪も、木製。随所が金属で補強されており、これまた種々の仕掛けがあるみたいだ。
木馬はいったん横によけられ、彼らはこの木製の柱と車輪を木枠に組み付ける。
まず彼女の予想どおり、木枠の内側に、木製の柱のようなパーツが横向きに取り付けられる。一緒に注文した、木枠の付属品なのだろう。
木製の柱は、床に近いところで、木枠のスライドレールに取り付けられた。
そしてかちかちかちかち、と音を立てて上に持ち上げられ、地上1メートル付近のところに上がったところで固定される。
匠の技。細かいところまで考えて設計して作り込んでるんだな、と有明りなは感心する。
その横に取り付けられた木柱の真ん中に、転がしてきた巨大な木製の車輪が取り付けられる。
車輪は総木製ではなく、輪やスポーク部分は木製だが金属の補強もあるし、ハブの軸受け部分などは金属でできている。
カチャ、という音で固定される。
「さて。こうすると、高さを変えられる。」
スライドレールに、地上1メートルくらいの高さにいったん固定された横柱だが。
若社長がテコに似た金属の工具で何やらすると、さらにかち、かち、と上に上がっていく。もちろん、車輪も。
5cmくらい上げて、車輪がかろうじて床から離れて回転できるくらいのスペースが空く。
若社長は、満足げにこの巨大な車輪を指で軽く回してみせる。
ブレも異音もなく、滑らかに回転する車輪。軽い力でも回転できるくらい、工作精度が高いのだ。
車輪は、直径2メートルくらい?もっと大きいかもしれない。近くで見るとかなりの大きさだ。
有明りなはどこかぼうっと、これらの装置が準備される様子をみていたが。
若社長は車輪の下に、車輪固定機能を備えた、これまた特注らしい幅広めの台を置き。
有明りなに、そこに上がるように促した。
台の上に立たされた彼女は、さらに両手を上げて両足を広げることを命令される。
まだなかば茫然としたままで、有明りなは従う。
頭上に上げた彼女の細い両手首が、若社長によって車輪の上部に固定された。手首に黒革のベルトが食い込み、新しい革の香りがふわっと香った。
彼女の両脚も、荒い息をつきながら足元にしゃがみこんだカエル男によって、片足ずつ車輪に黒革のベルトでぎゅっと固定された。
いったん片足でつま先立ちすることを強制され、浮いた片足を広げた位置で固定。ぎゅっと足首にベルトが締まる。
次いで、つまさき立ちだった足も、対称となるように広げた位置で固定。
「見事だな。」
「しゅごいんだね!」
踏み台が取り外されると、車輪が動くようになり、ふよふよと揺れる。
若社長は、さっきのテコに似た金属のツールを使い、さらに横柱の高さを上げた。
彼がスポークに指をあてて軽く回すと、からから、と軽快な回転音とともに車輪が回り。
彼女の視界がぐるぐると回転し、彼女は思わず、「わあっ」と小さく悲鳴を上げた。
「ひっかかるところはないな。成功だ。」
「かんぺきなんだね!」
顔を見合わせてにまにまと笑う、カマキリ男とカエル男。
黒ベースに白エプロン、ショート丈の扇情的なフレンチメイド服を着せられ、車輪に縛りつけられて悲鳴を上げながら回転している自分。
彼女はいつしか、カマキリ男とカエル男の登場する、歪められた悪夢のようなおとぎ話の中にいるような錯覚を覚え始めた。
「いったん止めるぞ。──さて。」
ちょうど頭が上になったところで車輪を止めると、車輪が空中にあるせいでだいたい彼女と同じ高さになった長身の若社長は、彼女の目を覗き込みながら言った。
「的の役割を、果たしてもらうぞ」
鋭い先を持つダーツを若社長が持ってきたのを見て、彼女は危機に気付く。
「ご主人さま。もしかして的というのは──?」
「そうだ、お前だ。お前以外に、誰がいる?
目をつぶることは許さん。
目をつぶれば。──そうだな、小指の爪でも剥ぐか。」
「!」
「そしてな、ガマガは、ダーツだけはなかなかのものなのだ。」
「試しに、投げてみるんだね!」
すっと若社長が逃げ。カエル男が大型ダーツを投げる。
彼女は身をすくませるが、ひゅん、かつっ、と顔の横のスポークにダーツが突き立った。
おそるおそる横目で見ると、無垢の木に1センチ以上も突き立って震えているダーツが見えた。
「それでは、決めよう。顔なら、1番。胸なら、2番。腹なら、3番、──」
ユニットを、体の各部分に割り振る。その部分に当たれば、そのユニットを使う、ということなのだろう。
「それでは回すぞ。──これだけで失神されても困る、ゆっくり回してやる。」
「ふひひ、コントロールは自信がないんだね!どこにあたるのかわからないんだね!」
くるくると回転しはじめる世界。彼女は、ガマガの手のダーツを見つめる。
1投目。
ダーツは勢いよく飛び。1本目は、彼女の頬をかすめ、スポークの間を抜けた。
「惜しいんだね!」
「当たったら、剣山だったのにな。」
ガマガが耳障りな笑い声をあげ、若社長が手を打つ。
頬が、ひりっとする。切れて血が出てるだろうか。
2投目。
ダーツを投げたのは、今度は若社長だ。当てる気満々で、回転の中心で避けようもないお腹に向かって投げてきた。
必死の努力で体をくねらせる。腰の黒革のコルセットのおかげで、刺さらずに落ちる。
「当たったのだがな。刺さらなかったか。」
「あー、もっと強く投げるんだね!当たったら、尖った三角形だったんだね!
りなちゃんのアソコに、食い込むはずだったんだね!」
彼女は、ぐるぐるという回転で気分が悪くなり、軽い吐き気を覚えはじめ。
どうでもいいや、という自暴自棄な気持ちになってきていた。
3投目。
ガマガの投げたダーツは、彼女の太腿にぱつっ、と突き立つ。衝撃と痛みで、口からかすかに悲鳴が漏れた。
たら、と血が流れる。
「当たったんだね!当たったんだね!」
「ほう、これは、──おお、ガマガよ。7番だな?
我らの『
今度は、我々が
若社長の、愉悦の声。
しかし彼女はすでに車酔いのような気分で、その言葉がどのような運命を彼女にもたらすか、理解ができず。
車輪の回転を止めてもらい、動かない床におろしてもらっても、しばらくは痛めつけられた三半規管のためまともに立つことも、いやしゃがんでいることすらできず、ぐらぐらとした頭を床につけてまだ回転しているような錯覚のある世界の重力と戦っていたのだった。