タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(国領ハルカ、土曜日昼すぎ、
「もうどこも同じみたいね。じゃあ、そこらへんで、──
──あれ、空いてるじゃない。ここなんて、どうかしら?」
「あー、僕は別にいいんだが。大丈夫か?
国領も、ここでいいのか、──?」
「ボクは、いいよ。──でもさ、値段とかわからないけど。高くない?」
「大丈夫大丈夫、この手の店は安いはず。
それに今日は、お金も持ってきたから。ほらっ、行くわよ」
そんな会話を交わしながら、彼女たち、つまり国領ハルカと調布智美、そして志野の3人は店に踏み込む。
体を包む、爽やかな冷気。それはいいのだが。
──あまりくつろげる空間じゃないなー。食べたら、すぐ出よう。
さとみん、ちょっとお店選びをしくったんじゃないかな?
そう、彼女、国領ハルカは思う。
彼女たちが踏み込んだ、カジュアルな外見のお店。
1階は、機能的な椅子とテーブル。数人の若者、カップル。奥のカウンターで食事を受け取り、セルフサービスで食べる形式のようだ。
──あれっ、みんなビールみたいなの頼んでる。場所が場所だし、ここ、お酒がメインなんじゃないの?
バーテンダーさんもちょっと顔顰めてないかな。どうしよう?
そう思うのだが、彼女の親友はここで何か注文するつもりみたいだ。
志野も、そのつもりなのだろうか?無表情なまま、ずんずんと進む親友にぴったりとくっついてガードしている。
恐れげもなく、2人はカウンターへ向かっていくのだが。
──わー、大丈夫かな?
ガキは出て行けって言われないかな。そこの横に座ってる、外国人のお客さんたちも怖い感じだし、──。
ちょっと気圧されながらも。しかたなく、国領ハルカは親友たちの背中を追った。
──────
わずかに時間をさかのぼり、国領ハルカがお店に入ったあたりまでを追いかけてみよう。
ひととおり、蛇落浜《じゃらくはま》の海辺で遊び、きりあげた後。
水着をよく拭き、その上に服をそのまま着てお昼ごはんを食べられる場所を求めて近場を探した。
もともとは国領ハルカの友人である調布智美は、自分で昼食を準備して来るつもりだったらしい。
しかしこの親友いわく、クラス会の後で急に「野暮用」が入って遅くなってしまい。
朝寝坊してしまって、作る時間が取れなかったのだという。
それはしょうがないよね、と国領ハルカは思う。
水着を着たままなのがちょっと気持ち悪いのは、事実。特に、女の子である2人にとっては。
しかし志野が沖合いでぷかぷかと浮きながら、ほとぼりをさます時間の間に。
国領ハルカと調布智美の二人は水を拭き、水着も乾いて、──ちょっと落ち着かないけど、その後のことも考えて、まあいいかという気分になっていた。
近場で食事がとれる場所があれば、そこで軽く食べて海に戻ってもいいし。
海に戻らないとしても、
そういうときに、水着が役立つだろう。──水に入るにしても、志野を誘惑(?)するにしても。
そうなのだ。この親友は、どうもまだなにかよからぬことを企てている気配がある。 さっき、志野がいないときに。
志野と彼女をくっつけようとすることの真意を問いただしたときの、親友の意味深な笑顔を国領ハルカは、思い出す。
──
国領ハルカ自身は、──志野ともっといちゃつきたい、気もするが。
実のところ、仲直りできたので目標の8割は達成。海で水遊びもできたし、もう結構満足だ。
でも、この親友はまだまだ彼に求めるところがあるんだろうな、と国領ハルカは思う。
ともあれ。
客観的な事実として、彼女たちはお昼ごはん難民になりかけていた。
最初は、軽く蛇落浜のあたりでお昼ごはんの食べられそうな、よさげなお店を探そうと思ったのだ。
しかしこの場所は街はずれで、選択肢がとても少なく。
そしてわずかにあるお店も、どこも混んでいたり、地元の常連客だけ相手にしてるような店だったりで敷居が高く。
10分もしないうちに、あきらめて川をわたり、市街地側に近い剥皮浜の方に向かうことになったのだ。
しかし剥皮浜もお昼どきで、お店は混んでいる。
ちょっと待つのが嫌な3人は、じゃあ次の目的地に行くまでの間にみつけよう、ということにして。
縊死裂川沿いの旧街道をさかのぼり始め。
途中、下町のはずれのあたりで一度自転車を停め、お店を探してみたのだが。
こちらは思った以上にさびれている。お店の多くは、昼間は閉まっているみたいだ。治安も悪そう。
そこで一行の目にたまたま目についたのが、新しくできたばかりのようなカジュアルなレストラン。
小さいファストフード店を居抜きでイタリアンカフェに改造したような、そのお店だったのだ。
行列はない。それはいいが、人気もなさそうだ。ガラス張りの入口から見える中に客は少ない。
地元の人々からは、敬遠されているように思えるのだが。
だけど、店主が常連客の相手ばかりして相手にしてくれないような店や、いかにもな怖いお兄さんが集うお店より、却って彼女たちにとってはいいかもしれない。
何より、あまり時間をとりたくない。時間は貴重だ。
かくして、シーンは冒頭に戻る。
一行はこのお店を選び、踏み込んだわけなのだが。
──でもさ、この店。──お酒とか出す、大人の店じゃないかな。
それに、外国のお客さん、ちょっと強面だし──。
そういう、国領ハルカの懸念はおそらく当たっている。
多賀島は田舎なのであまり外国の人はいないのだが(キリスト教系の新興宗教団体のアメリカ人青年たちが、ヘルメットをかぶって自転車で走って伝道しているのをみかけると、小学生たちが囃し立てるくらい)。
この店は、もしかするとその数少ない多賀島在住・観光の外国人向けのお店なのかもしれない。
そうだとすると、この客足の少なさも説明がつく。
1階のテーブルにも、ちょっと不良っぽい感じの外国人の男3人組が、男1人女2人のこちらを興味深げに見ている。
そのほかに日本人カップルが1組座っているが、ちょっと居心地悪そう。そろそろ帰りたさそうな雰囲気。
そしてこれらのお客さんたちの手にはほぼ例外なく、ビールやワインのグラスがある。
そしてお酒を頼む店だ、というのもおそらくは当たっているのではないか。
カウンターの向こうのバーテンダー風の店員は、近づく彼女たちをうさんくさげにみている。
ちなみにこのバーテンダーも、日本人ではない。太い、もじゃもじゃに毛の生えた腕には刺青、厚い胸板。陰鬱そうな薄い色の目は、あまり善人そうに見えない。ワイルドな髭も生えている。
もう帰ろうよ、と国領ハルカは言いたくてたまらない気持ちなのだが。
「こんにちは、──Hi, good day!」
「Hi」
調布智美の問いかけにも、バーテンダーは無愛想だ。グラスを磨く手を休めもせずに、何用だ、と言わんばかりの最小限の返し。
あー、なんか歓迎されてないよ、ボクたち。
国領ハルカはもう、戦意喪失状態なのだが。
「
「No.」
「
「
取り付くしまもない、そっけない対応。親友も、むっと鼻白む様子。
そこで空気になっていた志野が、何かを言った。ぼそっと、半ば独り言のように。
半歩ひいてた国領ハルカには、聞き取れなかったのだが。
「Well, ...」
──あれ。なんか様子が変わったぞ?
バーテンダーが食いつき、何か言い。
それに対してすかさず調布智美が、何か言う。おそらくはちょっと気の利いたことを。
するとバーテンダーは、大うけしたように手を打って笑った。
バーテンダーが何か謝りながらベルを鳴らすと、別のスタッフが階段の下から来た(やっぱりバーらしく、地下に階があるみたいだ)。
これも外国人だが、細めの体つき、夏だというのに白いシャツに黒いスラックス。
きちんとした服装をしていて、こちらはいかにも品のあるウェイターという感じ。強面で太め、ガムを噛みながら野球の中継を聞いていそうなバーテンダーとは違う。
この優男のウェイターは丁寧な手つきで彼女たちを差し招き。
彼女たちは、階段を下りた地下の階に招じ入れられてしまった。
大丈夫かよ、と思ったのは彼女だけではないみたいだ。
調布智美も、階段を降りながら咎めるように志野に耳打ちする。
志野の平然とした顔からは、感情が読みとりにくい。
でも、「せっかくだから、──」なんて、言い返してる様子。
──もー、しのりんたち、何言ってるのかなー?
彼女、国領ハルカは大いに不安になりながらも。
流されやすい日本人の性として、彼らの背を追うことになってしまったのだった。
──────
(志野視点)
いや国領、僕をそんなににらまないでよ。
僕としては、さ。
そこまでして、ここでお昼ごはんが食べたかったわけじゃないんだ。むしろ反対派。国領こそ、「ここでいい」って調布に言ってたじゃん。
蛇落浜のお店が当てがはずれ、剥皮浜の人の多さにめげてしまい。
僕たちは縊死裂川をさかのぼり、下町のはずれのあたりでお店を探した。
しかし思ったより街に活気がない。シャッター通りばっかりで、開いてるお店がないんだ。
ようやく見つけたのが、この、金なしカップルの下心ありのデートにいいかな、って感じのカジュアルなカフェバー風のお店。
(つまり、さ。近くには怪しげなパブとかスナックみたいなお店にまじり、そういった、えーと、愛をはぐくむ目的のホテルっていうか連れ込み宿とかもあったりするんだ。
さびれてはいるけど、中心街から意外に近いし夜向けのお店が多いんだと思う。
中心部で映画とかみて、昼は閉まってる(夜に開く)お店でごはんを食べて、ホテルにしけこむコースとかに最適なのかもしれない。)
そして僕たちが入った、このお店。
パッと見、僕も学生時代によく使った「プロント」とかの感じに近い店に思えたんだよ。
ファストフード店みたいな感じで、ウェイターも最低限。
アルコールも出すけど、簡単なパスタとか軽食が出せる、って感じの。それなら、いいと思ったんだ。
でもさ、入ってみると。
思った以上に、塩対応。客層や貼ってある注意書きとかからみて、たぶんここ、外国人向けのお店なんだ。
ほら、1階で入り口近くの席でビールを飲んでた大学生っぽいカップルも、おそらくは初見のお客さんだったんだろうな。なんかこの空気に委縮してて、僕たちが入った入れ替わりで出ようとしてる。
今にして思うと、ちょっと不吉な前兆はあったんだ。
店は新しくて、ガラスもきれい。でも、お昼どきなのにお客さんは少なそう。
奥の3人組のお客さんの方はよく見えなくて、でもテーブルの上にトレーとパスタらしい皿が乗ってるのは見えた。 それで日本人らしいお客さんも1組いるし。あー、だったら大丈夫そうだな、って思うよね。
でも中に入ると、すごい場違い感。うさんくさげにこちらを見るバーテンダー。
さっきの別のお店の、長い行列に並んだ方がまだましだったかなー。
でも調布はもうここでいいと思ったらしく、ずんずんとカウンターに進んじゃって。
その調布の体を、じろじろみてる3人組の、フーリガンっていうかチャヴっぽい若者3人組に、僕の警戒アンテナが反応。
だってやつら、特にその、調布の盛り上がった胸とか、腰とかをじろじろみてて、あのプ○シーがどうのこうの、って言ってるんだ。
──あー、まずいな。調布がなんかいちゃもんつけられるかも。
そう思って、しょうがないので調布をガードするべく追ったよ。
そしてその僕たちの後についてくる、おっかなびっくりの国領。
カウンターに立つバーテンダーは、あきらかにやる気なさげ。英語でしか返答しない。
それにあわせて切りかえた調布の英語は、なかなかだったが。
バーテンダーの塩対応は、変わらない。彼のぶしつけな視線は、調布と国領に向かっている。僕のことは、マル無視。
若すぎるから酒は出せない、じゃあ客じゃない、って思ってるのかもしれない。
まあなー、日本人はただでさえ外見が幼く見えがちだ。調布と僕もやっぱり学生っぽいし、国領も。
ここはやっぱり、お酒を出す店なんだろう。看板には出てなかったが、成人だけしかダメなのかもな。
僕としては泳ぎ疲れたあとの一杯、きっとビールが美味しいとは思うけど、さすがに常識くらいわきまえてる。ここは引こう。
たださ、バーテンダーのそっけない塩対応に、ちょっとだけ反発心みたいなのがあって。
(この粗野な男が調布の胸とかをじろじろ見てる目も気に食わなかったし、さ。)
余計な口出しをしてしまった。それがいけなかった。
飲める年になってから来い、みたいなことを言われたのにカチッときて、一言口を挟んでしまったんだ。
「Well,
店員に、っていうより、調布に向かって言ったつもりだった。
よく知られた、レイモンド・チャ○ドラーの小説の台詞。まあ文脈は全然違うんだけどね。
ところが、本など読むタイプにみえない、多分知りもしないだろう(偏見)と思ったこのバーテンダーが、それを聞いてにわかに態度を改めたんだ。
「
ここで僕が焦って「|いや、──」ととっさに日本語で否定したのが、多分彼には「
後から思うに、おそらくこのバーテンダーもそれほど事情通じゃなさそうで。
窓口役に雇われてただけのおっさんで、「合言葉を言った客をとにかく通してもてなせ」ぐらいしか言われてなかったんじゃないかな。
「
べらべらと、まくしたてられて。
なんか勘違いしてるな、ここで誤解を解こう、と僕は思ったんだが。
しかしここで、調布が余計なことを言いやがったんだ。ちょっとした意趣返しに。
「
「HAHAHAHA!
彼は、ちん、とベルを鳴らす。階下から、すっと小柄な細いウェイターが上がってきた。
「──
あれっ。なんかそういう話になってるぞ。
調布は調布で、大丈夫かしら、地下だけど?と反射的に招じられたとおり階段を降りていこうとする僕の耳元にささやく。僕は、せっかくだから食べていこうよ、とささやき返す。
まあ、大丈夫だと思うんだ。さっきまでは、僕もちょっとやめとこうかと思ってたけど。
ごくごく微弱に活性化した超感覚さんによれば、この店員たちは、少なくとも今は、僕たちに敵意を持ってるわけじゃなさそうだし。
それに、──もしかすると1杯飲めたりする?
そういうわけで僕と調布とおっかなびっくりの国領は、地下の階に招じ入れられたわけだ。
──────
イタリアか南仏か、そっち系と思われる小柄なウェイターが、僕たちの希望を聞き取り、すぐに調理室に伝える気配。
お飲み物、最初の1杯はお店で持ちますよ。と言われて(このウェイターさんは、日本語もいけた)、──僕は、思わずジントニックを所望してしまったんだ。
いや、暑くて喉が渇いてて。酒が水分補給にならないってのは知ってるけど、さ。思わず。
国領の咎める目、軽く蹴られる僕の足。しかし。
「あら、いいじゃない。あたしも、それで。」
「ええっ?あっ、えーっ、──じゃあ、同じで。」
──国領、そういうとこやぞ。
意外にも日本人の習性を発揮してしまった国領が、目をぐるぐるさせかけている。
調布は落ち着き払っているが、──ふとその目が一瞬、細まった。
「どうした?」
「なんでもない。後で、ね?」
地上階の閑散ぶりに比べて、混んでるほどじゃないがそれなりにお客さんのいる地下。
カトラリーの響き。楽しげな、だがちょっと下品な笑い声。
その客たちの中に、調布にとって気になる人がいたらしい。
僕も振り向こうとしたが、止められた。
仕方がないので、僕は僕の視野に入るお客さんたちをさりげなく観察する。
外国人比率が高いが、それなりに日本人もいる。
外国人たちの客層は、ばらけてみえた。壮年のまさに紳士淑女と言えそうなカップルもいるし、砕けた服装の男女もいる。
ただ共通して、男たちはどれもお金持ちっぽい。まあ、バカンスを日本で楽しめるから、それなりの余裕のある階級なのだろう。もっといえばスケベそうっていうかギラついた「牡」って感じの奴らが多いのが気になった。
女は逆だな。若くて体がいい、でも頭はちょっと軽そうって感じか?
日本人客もそれに近いな。金持ちの中小企業の社長と若い愛人って感じに、僕の目には見える。
「それより、ほら。来たわよ。──Thank you.」
恭しく飲み物を運んできたウェイターは、僕たちの前にグラスを置く。
コースは肉と魚があったが、今は魚しか出せない。ラザニアとパスタが選べる、みなさんどちらにしますか、と言われ、僕はラザニアを、調布と国領はパスタを選んだ。
かち、っとグラスを触れ合わせて乾杯した後、僕はくいっとグラスを傾ける。
美味しい。ライムはおそらく生の絞ったやつだ、よく効いててアルコール度数が高め。僕の好みだ。
「美味しいわね。──あら、もうサラダが来たわよ」
「さとみん、──」
「わかってるわかってる。一口だけ啜ってみてダメそうなら、後は志野に飲ませなさい?」
調布自身は、──大丈夫みたいだ。慣れた風で口をつける様子が、様になってる。この不良娘め。
国領も、おそるおそる口を付けた。少しだけ、舐めるように。
「あれ。美味しいね。」
ごくっと一口、──そしてさらに飲もうとしたところで、僕は一度手を伸ばして、止めた。
アルコールは正直、人それぞれなんだ。一口でひっくり返る人もいるくらい。
そして細めの国領みたいなタイプ、あまり強い感じはしない。僕の勝手な印象だけど、調布は蟒蛇だな。紫藤なんかも、実はそこそこいけそうだと思う。
「わー、ずるいよしのりん!」
「あたしも、ハルカは一度そこで止めて様子みた方がいいと思う。」
意外にも調布が加勢してくれて、国領はぶつくさ言いながら水に戻った。
僕はごきゅごきゅと飲んで、──気がつくと1杯がほとんど空になっている。
「呆れた。貴方、相当家で飲んでるわね。」
「まさか。──はじめてだよ。」
この「2回目」の世界では、ジントニックははじめてだ。ワインならこの前、アキさんたちと少しだけ飲んだけど。
「まあ、それだけにしておきましょうか。危ないし。」
危ないよな。よく考えると、僕たちは自転車だった。
白状すると、馬鹿な僕は1回目の大学生時代に自転車の飲酒運転を何回かやってしまったことがある(さすがに自動車やバイクはないよ)。でも、これは本当に危ないんだ。
運ばれてきたサラダを食べ、ラザニア(調布たちはボンゴレのパスタだった)を食する。自慢するだけあって、味はいい。
国領のジントニックをもらった僕の脳は、アルコールの快感にほんわかと浸る。
パスタのオリーブオイルで濡れた調布の唇が、僕の性欲を刺激する。国領の、白い首元も。
すごく、彼女たちが欲しい。調布の、あの盛り上がった胸をわしづかみにしたい。国領の脚を舐めたい。
パスタが思いのほか本格的で美味しく、デザートでティラミスが付いてきたことで、調布たちのテンションは上がっている。
(ちなみに国領のほとんど手つかずのジントニックと、調布が半分しか飲まなかった分の残りは僕がもらった。それと引き換えに、僕のティラミスは彼女たちに奪われた。──なんか釈然としない。)
調布たちがちょっと服装を直しに出たすきに、僕は代金を払う。
代金はこんなんでいいの、と思うくらい安めだ。僕でも払える。というか払う。
(ここらへんは、時代的なところもあると思ってほしい。僕の時代、初デートで女の子には払わせないものだった。)
あの優男然としたウェイターが、おつりをもらう僕にささやく。
「お客さん。'the Trial'、受けるでしょうか?」
「ええ。受けます。」
上のバーテンダー、なんか僕たちがそれ受けるって勘違いして入れてくれたんだよな。
正直皆目わからないが、受けると言っておこう。受けないって言ったら、話が違うって怒られそう。
「場所、わかりますか?
'the Zanzibar'のカード、ありますか?」
僕はこのウェイターさんと話すときは、無意識に多賀島弁でなくて標準語で受け答えしてたみたいで。
それも彼の勘違いに、一役買ってたのかもしれない、と僕は気づく。そのトライアルなんちゃらに参加するために、多賀島に来たのだ、って。
「Zanzibar」というのは、──もしかすると?
「カードはあるよ。でも来たばっかりで、場所がわからない。」
自分ではまったく素面のつもりだったが、そうじゃなかったのかもしれない。
僕は酔っ払いの直感で、僕と調布がついこの前訪れた劇場で、符丁を言ってそこの黒服にもらったカードを取り出し、軽く手のひらに隠してほかに見えないように彼に示した。
彼は、うなずく。
「カード、OK。場所は、この近く。
それと、もういきましたか?Trialのため、本部、行く。本部、川、上る。坂、上がる。」
彼は紙ナプキンに、ささっと地図を書いてくれる。
Trialのエントリーのために(?)、本部とやらに行かなくてはならない。
川沿いに行って対岸を上がった場所みたいだ。まあ、行く気はないが。
「the Trial、今夜7時から。Last Chance. 貴方はthe Cardも、かわいいgirl friendsも持ってる。きっと大丈夫。Good luck.」
「ありがとう」
僕は紙ナプキンの地図を受け取り礼を言いながらも、頭の中は「?」で埋め尽くされていた。
Trialって、なんだろう?
──────
調布たちが戻り、ウェイターに手をあげて僕たちは帰ることにする。
(ここは日本だし無用かとも思ったけど、チップもテーブルに置いておいた。)
階上に上がると、忙しげに働いているバーテンダーが片目をつぶってひゅうっと口笛を吹いて手を上げてくれた。
さっきまでいた外国人の客たちはいなくなっていて、かわりにちょっと耽溺的な重ための雰囲気の外国人の男女が数人、タバコをふかしていた。バーテンダーは彼らに体に悪そうな派手な色のカクテルを作っているみたいだ。
こっちも、バーテンダーに手を振って店を出る。
暑いしめった空気。蝉の鳴き声。アスファルトの灼ける臭い。
「あーあ、でも美味しかったねー!」
「そうね。ありがとう、志野。ご馳走さま。」
あとでちょっと相談したい、と歩き出した僕に調布が耳打ちする。
またコソコソ話ぃー?と、国領が拗ねてみせるが、あまり本気じゃない。
調布がこの子は秘密を知りたいのね、ホレホレーと腋をくすぐって構うときゃあきゃあ言ってて、まあ平和な感じだ。
僕たちは炎天下の中、自転車を停めていた街道沿いの木陰に戻る。
さて、次はどうするんだっけ。涼しいところに行きたいな。プールとか、渓流とか、──と僕は思った。