タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
現在進行中の、志野=調布=国領組とは別場面です。御前様の山荘の吉祥寺美鷹=篠崎瑞組の話になるので、後で場所を動かして見やすくまとめるかもしれません。内容も追って若干だけ、修正したいと思います。
(篠崎瑞視点、「御前様」の山荘の牢、土曜日夕方)
「おい、夕食だとよ。
そうだ、お前ら二人ともだ。立て。」
近知郎と呼ばれる屈強そうな中年男が、そう胴間声で牢の中の2人に呼びかける。
傍らには、白面の美青年の姿。
この2人の男たちが、彼女たち、つまり篠崎瑞と吉祥寺美鷹の牢を訪れたのは、長い夏の日も沈みきった時間帯のことだった。
「はい。このままの服装でよろしいでしょうか。お見苦しいかと存じますが。」
「ああ、いいんじゃねえか?
剥きやすいしな、それ。喰うのにも便利そうだし、な?
こんどは俺にも喰わせてもらおうか。お前のアワビとかよ。
生でも、焼いた後でも、よぉ。きひひっ」
「そうですか。それでは、この服装のままで伺いましょう」
とりすました(と篠崎瑞には思える)声で、まるで上流階級の社交場のように。
うっすら微笑みまで浮かべて答える牢仲間の吉祥寺美鷹を。
篠崎瑞はようやるわこのスカシ女、と半目で流し見た。
作務衣に似た上衣と、腰の前と後だけしか覆わない腰布のような粗末な囚人服をまとい。
いかにも殺風景な牢獄の中にあっても、輝きを失わないこの美少女は。
ギラギラした嗜虐の光を目に浮かべている近知郎という護衛に、落ち着き払って相対している。
あからさまに性的な視線、嘲弄的な発言にも臆する様子はなく、まともに相手にせず受け流す。
その度胸に、彼女は改めて畏怖の念ににた思いを感じるとともに。
そのこと自体に、自分の臆病さが痛感されて、気に食わないと感じた。
「喰わせろよ、なあ。
──しかたねえな。そっちのマズ硬そうな女のでも頼んでみるかっ、けへっ」
近知郎は、好色そうというより、何も深く考えていないようなガラス玉のような目を瑞に転じ。
彼女は、嫌悪感でぶるっと寒気がおきるのを感じた。
こいつはやりかねないし、御前様も認めかねない。
「近知郎さん。余計なことは言わないでください。
さあ、連れて行きましょう。」
「けっ。──おら、立て。」
青年の言葉に、近知郎は不快そうに舌打ちした。
青年もどこか、近知郎の舐めくさった横柄な態度には辟易しているようにみえる。
この2人は、必ずしも相性がいいとはいえないようだ。
育ちの悪い近知郎に対し、美青年はいいところの家庭の出なんだろうな、と篠崎瑞は想像する。
ただ残念ながら、篠崎瑞の育ちは近知郎の側に近い。
男たちは彼女たちに、廊下側の鉄格子に手首から先を出すように命じる。
そしてその手首に手錠をかけて、鉄格子からは離れられないようにした後で牢に入り。
足の鎖を鉄格子につなぎかえ、そして手首の手錠を外して背中側でまた拘束し。
そして足の鎖をはずして、自らの足で歩かせた。
吉祥寺美鷹が先に、手首を拘束する鎖を持った美青年に導かれて進む。
その後を、近知郎に鎖を持たれた篠崎瑞が歩く。
美青年が先頭、次に青年に鎖を引かれる吉祥寺美鷹、その次に篠崎瑞、次に瑞の鎖を持つ近知郎という順番だ。
絶世の美少女である吉祥寺美鷹を、白面の美青年が鎖で引き立てていくさまは。
悲劇的な結末を予告するように、不穏ながらも美しい。
それはまるで、名画の1シーンのようにみえる。
──それに比べて。私とこのクソ男の組み合わせって、──
ちらっと背後をみると、近知郎の目が彼女自身の短い腰布の裾に据えられていた。
近知郎は彼女の視線に気づき、考えていることを読み取ったのか、下品な笑い声をもらした。
「けへっ、──おいおいおい、お前にゃあ、こんなにお呼びはかからなかったのになあ?
これまで、何か月ひとりっきり、あそこでとじこめられてたんよ?」
近知郎が、そう背後からささやいてきた。
「それにくらべて、よ?
あんだけのかわい子ちゃんだと、来たとたんにひっぱりだこなんよなー。
誰にも見向きもされんかった、ブス子ちゃんも、どっかおるみたいやなー。
なあ?どういう気持ちや?」
「うるせえっ、──くっ」
篠崎瑞は反射的に言い返したが、近知郎はすかさず彼女の背中に蹴りをくれ。
武術を学び、体幹の強い彼女ではあるが、思わずよろめいてしまう。
それに対し近知郎が彼女の背中で両手首を縛っている鎖をぐいっと上に引き上げて支えたので。
転ぶことはなんとか押しとどめられたが、代償として肩関節に、痛みが走るのを覚えた。
もちろん、この一連の行為は、近知郎の陰湿な嫌がらせだ。
彼女はあきらめて口をつぐみ、近知郎の言葉を思い返す。
近知郎の言うことには、一分の真実を感じないでもなかった。
彼女は、唇を噛む。近知郎に言われたように、瑞はかなり長い間、牢に閉じ込められてきた。
まるで誰も彼女には関心がないかのように。──そう、彼女をここに売った父親と、同様に。
それに比べて。
あの美少女には、皆が関心を持つ。特別扱いする。自分への雑な扱いとは、あまりに違う。
やっぱり自分が、可愛くないからだろうか。
ちくちく、と彼女の胸が痛み、心の中で美少女へのもやもや、嫉妬心が大きくなる。
「?」
にらみつけたその視線の先で、美少女がふと、誰かとぶつかるのを避けるように立ち止まりかけた。手に持つ鎖が引かれたのに気づいた青年が、振り向く。
「ほら、行きますよ。怖いんですか?」
何も異常を見つけられなかった美青年は、その端正な顔に暗い笑みを浮かべ、美少女の縛められた手首につながっている鎖を引く。
「あっ」
押さえた悲鳴をあげ、紳士的な言葉とは裏腹に手荒に引かれた鎖に、体勢を崩して。
美少女は、よろめきながら引きずられていく。
その視線が、再度確認するように、何もないはずの空中に一瞬向けられたのを瑞はみた。
──いったい、何だ? あの、気に入らねえ気取り女は、何を見たんだ?
後に続く瑞も、美少女がみつめていたと思しきあたりを見てみるが。
薄暗い廊下の、のっぺりとした壁が続いているだけだ。特に興味を惹くものはない。
しいていえば、あたりの空気が湿っぽくひやっとしてるな、という程度。
美少女も、今は何もなかったように、うなだれて従順に美青年の看守に引かれて歩いている。
──わかんねえな。虫でも飛んでたのか?
あの見かけとは裏腹にずぶとい女が、驚いたものってなんだ?
そう思いながらも、いつしか瑞樹はそのことを忘れてしまっていた。
──────
囚人たちは塔の階段を降り、渡り廊下をわたり、本館へ導かれる。
赤いじゅうたんをひいた廊下をひたすら歩き、そして歩きついたのは。
荘重なシャンデリア、重厚な絨毯のある、豪壮な晩餐室だった。
ホストの席には、顔を隠した大柄な男。
今回も、貴人のようなベールで顔を隠している。照明が暗く、ベールのうちは窺いしれない。
しかし服装はシャツとスラックスといった、ずっとシンプルな服装だった。
その横には、実直そうな執事、施場側用人。こちらは、堅苦しくスーツをまとっている。
「仰せのように、連れてまいりました。」
「おお、ご苦労」
ゆったりと頷き、美青年たちを男がねぎらった。
声には、やっぱりどこか不自然な響きがある。しかし、変声器のようなものは見えるところには見当たらない。
「お食事にお招きくださり、ありがとうございます。
ただ、私たちとしては美味しいお食事よりも、ここから解放していただく方が有難いのですが。」
美少女は丁寧に礼をした後、何ごともないような涼しげな顔で要求する。
大男は、笑ったらしく肩を揺らした。
「ほう。考えておこう。」
「はい。ときには実行にも、移してくださいませ」
二人がまた、微笑みあう気配。
こんどは、大男はきしんだ声をたてて笑った。上機嫌なようだ。
「さて、食事か。生がいいかな、焼いて食べるのがいいかな?」
「食材によるのではないでしょうか。」
「そうだな、食材によるな。
食材を、みせるとするか。席についてもらおう。」
側用人が立ち上がり、部屋を出ていく。
美鷹は、大男の正面の席に座らされる。
拘束用の、陰惨な椅子。そこに彼女の両足首、膝、そして腿の付け根が革ベルトで固定される。
しかし前回と異なり、上半身は固定されなかった。
篠崎瑞は、その横の椅子。美鷹と同じように固定される。配席されたのは、側用人の正面だ。
ほとんど待たず、カタカタと音をたてながら側用人が台車で何かを運んできた。
台車には、白い布がかけられている。白い布は、数十センチほどの高さに盛り上がっていて、かすかに震えていた。
「──どうだ、『食材』は?」
スーツの男が白い布をあける。美青年が手伝うために傍に歩み寄り、白布を受け取って手早くたたむ。
近知郎も近寄り、2人は協力して、軽々とその重たい肉塊を持ちあげる。
肉塊が縛りつけられた鉄板を彼らはテーブルの上に持ち上げる(このためであろうか、滑り止めキャスターを付けた板がもともと置かれていた)。
鉄板上の肉塊は、よく見えるようにとテーブル中央に移動させられた。
「活きが、いいんですね。」
「ああ。気に入ってくれたかな?」
鉄板の上には、手足をがんじがらめに縛られた女が置かれていた。
女の手首は背中側で縛られ、ぎちぎちに体中を縛る縄は、鉄板の四隅に空けられた輪に固定されている。
正座を押し潰したような、ひどく窮屈に折りたたまれた姿勢だ。
もちろん女は生きていて必死で縄から逃れようともがいているが、縄は容赦なくその豊満な肌に食い込んでいて、女の肌はところどころはっきりと紫色に鬱血している。
「辛そうですね。縄を解いて差し上げてはいかがでしょうか。」
篠崎瑞は、この残酷な情景に衝撃を受けて固まってしまっていたが。
美鷹は、動じた様子もなく大男の目元に視線を投げ、そう発言した。
がちゃん、がちゃん、と解体用ののこぎりや包丁が卓上に置かれる。
「解くと、暴れるのでな。
今日は、腿肉のステーキあたりでどうだ?」
目隠しがされているが、食材とされる予定の女の口は閉ざされていないし、耳もふさがれていない。
大男の言葉を聞いた女の息が、ふああっ、ふああっと一層荒くなったが、声は発されない。
声帯を焼き切ったり、麻痺させたりするなど、何らかの措置がされているのであろうか。
「声がしないのは、どうしてですか?」
「喉に、声帯を押さえる器具を入れているのだ。取り外せば鳴き声を楽しめる。
肉を切り取るときには、外すがな。聞いてみたかったらもう外してしまってもいい。
最近発明された製品で、なかなか重宝している。」
大男が興に乗ったように立ち上がり、腕を伸ばして女の顔を美鷹と瑞の方にむけさせる。
なるほど、口にも口枷のようなものがはめられており、何かの器具が押し込まれている。
男は口枷の革ベルトを外し、なにか操作をした後、口から長い管としぼんだ袋のようなものを引き出した。
また、眼帯もとりはずしてみせる。そこそこの器量だがどこか目に険がある女の、おびえて血走った目が露になる。
女は口をぱくぱくさせ、かすれた声で何か言っているが。
声はひどく弱弱しく、彼女たちには聞き取ることもできなかった。
「すごい工夫なんですね。
口のそれを外したのにまだ声が出ないのは、どうしてですか?」
「声帯を圧迫するとな、しばらくは声がでない。そのうち、出るようになるだろう。」
女の視線は、群を抜いて美しい
命乞いの相手はこちらではないと判断したらしく、大男たちの方に向き。
その目が信じられないものを見たように見開かれたのを、瑞は目にとめた。
(この一瞬、角度的にも彼女の視線を追えたのは、女の頭に近い場所にいた瑞だけだったのではないだろうか。
側用人は関心がないように黙然と下をむいていて、覆面の大男は会話相手である美鷹の方をむいていた。)
「この方は、どうしてこちらに?」
「合法であれ違法であれ、価値のあるものは値段がつく。
そういう、市場があるのだ。」
「そうですか。
──私たちも、そのうちこの方のように売られるのですか?」
緊張して、瑞は男の返答を待つ。
少し声がでるようになったのだろう、捕虜の女の哀願が弱弱しく部屋に響く。
瑞が、ごくっと飲んだつばの音の方が大きい気がした。
「ああ。心配しているのかな、お嬢さんは?
この女はそこまで手をかけない。ただの肉取り用の食材だからな。
5、6日分は生かしたままで食べられるそうだ。ただ脳や臓器は、屠殺した後。
君たちは、売らない。もっとゆっくりと手をかけて、おもてなししようと思っている。」
──そういう趣向が、いろいろあるそうだよ。
早くこの女みたいに食べられて終わりにしてほしい、とうらやむことになるくらいだそうだ。
そう言って、男はきしむような笑い声をあげる。
「それは、辞退させていただきたいです。」
「なあに、大丈夫だ。
クルスィファによれば、それを君たちが楽しめるようになる秘薬もあるんだそうだ。
ただ、使うと肉の味も落ちるし、本来の目的が、──ん?どうした?」
ぱたぱた、と足音が近づいていて。
ひどく急いだ、息せき切った様子で、侍女服をまとった胸の大きい女が駆けこんできた。
篠崎瑞にとっては、よく知る人物だ。
「なんだ、まいら。今日食べる分を切り取って持っていくまで待機しておけと言っていたはずだ。
重ね重ねの不調法、──」
「申し訳ございません!
外から至急の連絡とのことで、江戸門さんと相談してお邪魔しました。」
「──言ってみろ。」
「おそばに寄らせていただきます。」
侍女は大男と側用人である施場の傍により、片膝をついて、二人に何かをささやく。
篠崎瑞はかろうじて、「りゅうじん」「まちがい」「賠償」などの言葉を聞き取る。
「──そうは言ってもな。」
「──もう、顔を見られたのです。
生かしておくわけにはいかないでしょう。」
大男は難色を示し、側用人も、眼帯のはずされている女の顔を指さしてそう指摘する。
女は頭は悪くないのだろう、すぐに目を閉じ、何もみていません、と蚊の鳴くような声で主張している。
「──もっと良い代物を、用意するとのことでした。」
「だがな、──んんっ?」
突然、男は押し黙る。
十数秒後、口を開いた男の声は、どこかまだ言葉を発するのに慣れないようにたどたどしく、きしむような響きがあった。
「──ゼバ、グルズィヴァに、じんじゅづをがげざぜろ。をんなのぎおぐをなぐぜ。
がわりをだざぜろ。
「かしこまりました。」
側用人は何事もなかったようにその命を首肯し、そしてまた男は押し黙った。
数十秒後に再度、側用人に問いかけた男の声は。
ややかすれ気味だが、さっきまでの普通のしゃべり方であった。
「──俺は、何を言っていた?」
「はい。クルスィファに記憶を封じさせたうえで、この女をマスヨ様に返します。
──まいら、クルスィファに依頼してきなさい。今は塔の地下にいます。
心術に、記憶封じというものがあったはずです。それを掛けさせなさい。
約束どおり、代物は最上級のものをよこしてくれ、そして貸し1だ、とマスヨ様には伝えなさい。
クルスィファから術の対価を求められたら、あなたが求めに応じなさい。あなたが応じられないものなら、またこちらに連絡しなさい。」
「──はい。」
侍女はその場で頭を深く下げ、立ち上がってからも一礼して、そして急ぎ足で出て行った。
青ざめた顔だったが、ほっとした風情。
おそらく見かけの蓮っ葉さとは裏腹にそれなりに善良なこの侍女は、この『食材』を見殺しにしたくなかったのだろう、と瑞は思った。
「──メインディッシュが取り上げられるとは、興がそがれたな。
そうだ、記憶を封じるのだな。それを、お嬢さんたちにも見学してもらおうか、この食事会の後ででも。
一度は、面通ししておいた方がいいのだろう?」
「はい、神官様も楽しみにしておられました。
『下ごしらえ』も、しておきたいと仰っておられましたな。」
「では、そのようにしよう。
俺自身も、一応立ち会うか。あそこにはあまり行きたくないのだがな。」
「はい。」
「裏切り女だが情もある。シャバに戻してやるか、──」
おそらくは独り言だったのだろう、口の中で大男がごく小さくつぶやいた言葉を捉えて、瑞は不審に思った。
「裏切り」とか「情もある」という言葉、このボンレスハムみたいに縛り上げられた女の人のことなのだろうが、この大男がもともと知ってる人なのか?
「その女のことなのだが。
──返すのは先でいいのだろう?それまで牢に入れることになるか。
せっかくなら、食卓を明るくしてもらおう、そのくらいの義理はあるだろう。
ほら、予定どおり『あかり』を持ってこい。そう、女の体につけるのだ。」
指示を受けて、美青年が漆塗りの道具箱を運んでくる。
中から取り出されたのは、有刺鉄線のような棘がところどころについている革ベルトだった。
ところどころに縦が短いT字型(あるいは、「工」の字型というべきか。「工」の下の横棒は、革ベルトの中に固定されている)の金属の短い台がついている。
金属の台、縦棒の部分は3~4cmといったところ。
その「T」の形の台の、上の横棒の部分には何かを固定するためのクリップに似た金具がそれぞれ両端についている。
美青年は、その革ベルトを、正座から前傾して押し潰されたような恰好で縛られている女の随所に付けて締め上げた。頭、上腕の付け根、肘近く、手首、首、腿、背中、胴体などなど。
美青年がかなりの力を入れて革ベルトを肉に食い込ませて締め上げると、棘が植わっている部分からは、わずかに血がにじみ出た。
そして含み笑いをしている近知郎が持ってきた箱を受け取った美青年は、太めのろうそくを取り出し、この「T」あるいは「工」の形の上の横棒の両端のクリップに、それを固定していく。
クリップの角度は調整できるようだ。ろうそくの、火を点ける頭の方を下向きに下げて固定することもできるし、上向きに固定することもできる。
火がともされ、薄暗い部屋に明かりが加わった。
明かりはしばらくすると、ぶるぶる、と揺れるようになる。
土台となった女が、痛みに震えているのだ。
蚊の鳴くような、奇妙に細い苦痛の声が漏れはじめる。
「人間燭台、──というには貧相だな。
どうかな、お楽しみいただけているかな?」
「ろうそくとは、ロマンチックですね。でも私は、普通の燭台の方が好みですが。
──熱いんでしょうか?」
「ああ、生ぬるい低温ろうそくではないからな。
大丈夫だ、どんなに熱くて暴れても身動きできないようにきっちり縄をかけている。」
──もっと融点の高い、要するに熱いセレシン蝋やイボタ蝋もある。
よかったらそっちを使ってもいいんだ。関心があるなら、君にも使ってあげようか。
そう、大男はいうが。
美鷹は微笑みながら、どちらもやんわりと、しかし明確に拒んだ。
蝋燭のなかには、おそらくは故意に、肌近くに炎の来るように固定されたものもあるし。
そうでないものも、もれなく溶けた蝋(燭涙)が、肌にしたたり落ちるように設置されている。
それらの蝋燭の炎が食材の女の肌をあぶり、また燭涙が怪奇な蝋溜りを残していく。
「さて。メインディッシュは取り上げられてしまったが。
代わりのものを、よこしてもらおう。」
「ハバトさん、
「はい、すぐに。」
美青年が側用人の命を承り、すっと部屋を出ていく。
瑞は、思わず息を深くつく。姿勢を変えようとして、下半身が固定されていることに気づく。
隣に座る美少女は、背をまっすぐ伸ばした姿勢を保っている。また瑞は、胸が嫉妬に痛んだ。
ろうそくの炎は、苛まれている「土台」の揺らめきを伝えながら。
ちりちりと揺らめく光で、部屋をぼんやりと照らし出していた。
──────
さほど待たないうちに、前菜が運ばれてきた。
新鮮な野菜と白身魚のマリネ、美味しそうな冷製スープ、パン。
瑞は警戒したが、素性のおかしなものはないようだ。
少なくとも牢仲間の美少女は、普通に食べている。
ただ、瑞はどうにも美味しそうな食事の味もわからず、あまり食がすすまなかった。
大男も、ベールをすこし巻き上げ、食事に加わっている。
中年男性のようだ。目もとから上は隠されているが、かなり男前に思える。
もちろん、身長が篠崎瑞自身とさほどかわらない御前様とは、別人だ。
この間、吉祥寺美鷹は平然と大男との会話を続けている。
瑞にはよくわからない話も多い。それなりに教養というのだろうか、知識が求められるようなやりとりもあった。
美鷹の受け答えはなかなかに面白いらしく、大男もくつくつと喉の奥で笑ったりしている(ちなみに、側用人は脇役に徹するつもりか、無表情で特段の反応を示さない)。
大男とのやりとりを対等にこなす美鷹に対するうとましさが、瑞の心に広がっていく。
「さて、君。
君自身には、これまで好ましく思って交際した男性が、いたりしたのかな?」
「いいえ。残念ながら。
こういうことになるんだったら、男の子たちともっと仲良くして、遊びまくっておけばよかった、と思っています。」
「ほう。そうすれば狙われることもなかったのにな?」
「まったくです。今からでも、遅くないでしょうか?」
「ほう。それは、──今からならハバト君かな、近知郎かな?あるいは、江戸門か。」
「みなさん素敵な殿方たちとは思いますが、私の好みではありません。謹んで辞退させていただきます。」
「はっはっはっ、そう言うな。
君も大舞台で役割を果たすまで、退屈だろうし。
もちろん、命には支障がない程度に、君たちと交流を深めてもらうつもりだ。」
「そうですか。それも辞退したいのですが、無理なのでしょうね。
でも、あまり殿方が張り切って、私たちが本来の目的を果たせなくなるとお困りになるんじゃないでしょうか?」
「おお、よくわかったな。そうだ、そのとおりだ。
しかし、従業員への福利厚生というのも無視できないことなのでな。」
「そうですね、福利厚生といえば、──」
自分たちへの危害をほのめかして脅してくる大男に対し、平然と牢の環境改善に話を繋げる美鷹に内心、感心と辟易とを同時に感じながらも。
篠崎瑞は、不気味な視線がその場に待機している美青年や近知郎から自分たちに注がれるのを感じ、覚えず、ぶるっと体を震わせてしまうのだった。
──────
「ところで、2度もお目にかかりましたのに、お名前をまだお伺いしていませんでした。
どう、お呼びすればよろしいでしょうか。」
完璧なマナーでカトラリーを優美に操り食事を取りながら、美鷹が大男に問いかける。
(瑞はナイフとフォークの使い方もあまり心得がない。かろうじてナイフが右手でフォークが左手だと知っているが、とてもみられた作法でないのは自覚している。)
「名乗れるような名前はない。好きに呼べばいい。
ただ、そうだな。呼びたいのなら、──そうだな、馬だな。
『
「
ライスシ○ワー*1は、残念でしたね。
もしかすると、『馬主様』がいらっしゃるのでしょうか。」
「──知る必要はないっ」
珍しく荒だった、男の声には不快そうな、もっと言えば恐れを覚えているかのような響きがあった。
──────
「おら、こっちだ。けひひひ。
──あのお方のところに、連れていかれて。
お嬢ちゃんは、何をされてしまうんだろうなあ?」
「近知郎、余計なことを言ってはいけません。
お嬢様方、これから神官様のところにご案内します。」
食事が終わると、彼女たちは近知郎の手により護送されて塔に戻される。
ところが今回は、大男と側用人も同行することになった。
ボンレスハムのように縄で巻かれて人間燭台にされていた女も、近知郎の押す台車に載せられて運ばれている。
「クルスィファさんとは、どのような人なのですか?」
今回は美鷹と瑞を数珠つなぎにして、美青年が1人で連行する。
美鷹は、美青年にそう尋ねた。
美青年の、答えてよいものか、という戸惑いを感じたのか、その前を歩く大男が答える。
「ああ、恐るべき男だ。人間とは、言えぬかもしれない。──俺もそうだが」
「
「そうだな、まだ人間なんだろうな。喰われつくしてしまうまでは。」
「それ以上は、お控えください。」
先頭を歩く側用人がこのやりとりを耳にはさみ、釘をさす。
大男に対して仕える姿勢をとる側用人だが、どうもある部分では側用人の方が発言権が大きいようにも思える。
「わかっている。ロボと耳、──」
口の中でつぶやいた最後の言葉は、瑞には完全には聞き取れなかったが。
何か魚の食べ物のことを言っているように思えた。冷酷な男の、人間らしい一面。
美鷹が何か言うかな、と思ったが、瑞より男に近く、その言葉を聞き取れたかもしれない美鷹は何か考え込んでいるようだった。
やがて一行は塔に到着し。塔の地下に進んでいく。
厳重な密閉型の鋼鉄のゲートを複数、通過する。まるで宇宙船の設備のような、厳重なゲートだ。
煩わしいであろうのに、その複数のゲートを念入りに側用人は施錠した。
ゲートを通過するたびに、奇妙な底冷えが強まってきた。
牢獄のある塔の地下は、非常に広大なようだった。上にある建築物よりも、確実に広い面積を使っている。
そして遠くから喧噪のようなものが聞こえはじめた。他の囚人が、地下部分にもいるのだろうか。いや、獣の吼え声のような音も。
かつ、かつという足音が近づいてきた。複数。
「どうやら、お迎えのようだな。
──お嬢さん方。ここからはちょっと気を確かに持つことだな。」
大男は、そう瑞たちにいう。
いったい、何が来るというのだろうか。
瑞は高まる心拍を覚えながらも、その足音が角を曲がってくるのを待ち受けた。