タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(志野視点、縊死裂川支流「
緑のトンネルからふりかかる、蝉の声。
僕たちは、山の坂道を自転車で走っている。先頭に僕、そして国領、調布の順番。
「志野ー!やっぱり、さっきの道だったかも!
一度止まって、地図をみましょうよ!」
後ろから、調布の呼び声。──まあ、調布でも間違うことくらい、あるよな。
僕はカーブでふくらみのある部分に自転車を停めて、後続を待つ。
「もー、しのりん、飛ばしすぎ!
さとみんも、しっかりしてよねー!」
「仕方ないじゃない!前来た時は車だったし!」
別に水遊びにはこだわらないんだけどな、だから目的地は
ちょうどいいから休憩しようと思った僕は、ちょっと高台で木陰のあるカーブのふくらみに自転車を停めて。
ポケット版多賀島市市街地図(畳半分くらいの大きさのを、折りたたむ形式のやつだ)をひらいてみる。
携帯電話のないこの時代、自分がいる場所を突き止めるのが難しい。あたりをみまわして、ランドマークや道のカーブ具合と、地図とを突き合わせてみる。
「水、水飲もうよ水!」
「もうあんまりないな、補給しておけばよかったな」
蝉の声のシャワーを浴びながら、国領が水筒を逆さにして飲み干すが、足りなかったみたいだ。ちょっと赤くほてった顔。
僕の分も確認したが、一回前の休憩で飲みつくしてしまっていて、分けてあげたりはできない。
調布はまだ少し残してるのかな。僕と調布は視線を交わす。
──大丈夫か?
──あたしは、大丈夫。ハルカは、わかんない。あたしのあげてもいいけど、あまりない。
視線を国領に一瞬向けてちょっと肩をすくめてみせ、その後で水筒を軽くふってみせる調布。
「なに?二人で目配せしたりして。隠微!不潔!えっち!
ボク?大丈夫だよ、大丈夫!ちょっと喉、乾いただけ!」
国領にバレて怒られ、僕たちは肩をすくめて苦笑を交わした。
調布も、じゃああたしも飲むわよ、と水筒をくいっ、と呷る。
その白い喉に、僕は思わず視線を惹きつけられる。
気のせいか、国領がむうと膨れてる気がする。やっぱり水が欲しかったのかな。
僕たちは、縊死裂川の支流の一つである「
ああ、名前はすごいけど、そんな深山幽谷じゃないんだ。普通に浅瀬や淵が続く水遊びスポット。多賀島市内からも、距離的には近い。
ただ、自動車が通る道はあまり良くなく不便なこともあって、そこまで人気はない。
逆にいえばだからこそ僕たちは、そこを目的地に選んだのだが。
「細かい道までは書いてないんでしょう?その地図」
「そうだな。たぶん、でもこのあたりだと思うだけどな。
神社が近くにあるらしいんだが」
その傍であれば、渓谷に降りられそうだな、と僕は地図をみて見当をつける。
地図は、この山沿いに神社があり、ちょっと平らな土地にごく小さな集落があると主張している。この集落の下の細い水色の線として表記された川の横に「蛇煎峡」と書かれている。
また一台、軽トラックが走りすぎていく。
ところどころは2車線だけど、たいていは1車線。自転車でも対向車には気をつけないといけない。幸いにも、自動車はそこまで多くない。
アップダウンもあって、自転車にもつらい。住むにもあまり便利でないんだろう、家があったと思ってもなかば葛に呑まれた廃屋になってたりもする。
「あれ、神社よね?
売店でもあったら、飲み物を買うついでに聞いてみようかしら。」
遠くにその神社らしいものを調布がみつけて、自分たちの位置もおおよそ確認できた。
調布も最後の水筒の水を飲み干してしまってる。どっかで補給しなきゃ。
「そうと決まったら、行きましょうか。
ハルカ、いくわよ!最後のひとっぱしり!」
「がってん承知、アイアイサー!」
今度は調布と国領が先導するつもりみたいだな。
走り出した調布と国領を追い、僕も自転車のペダルを踏む足を強めた。
──────
どうやら地図に載っていた、
わずかに山から張りだした平地のある地形。神社前に、同名のごく小さな集落がある。
神社は山沿いの中腹にあり、見事な段になった石垣がある。かつては山城か何かがあったのかもしれない。
川に降りたあたりが、蛇煎峡。たしかに渓流遊びができそうな、きれいな水流だ。
門前村だったのだろうか、本道から分かれた神社への道の神社側にはトタン屋根の集落があり。
本道沿いの川の側には十数台くらい止められそうな、かなり広めの駐車場みたいなところがあって。
今も5、6台の自動車が止まっている。家族連れが浮き輪やちょっとしたキャンプ道具を持って歩いてるのもみえる。
かつてはこの神社もそれなりに人出があったのだろう、神社の参道にあたる部分には数軒の店がある。
ありがちな売店、パン屋さん、ねじり飴みたいなのがくるくる回る理髪店、ラーメンなどの軽食店など。
ただ、この当時としても、いかにもさびれた佇まい。店じまいしてしまっているところもある。
作ったときはハイカラだっただろう、ウィンドウそばに張られた宣伝ポスターも、日焼けしてすっかり褪色してしまっている。
僕たちはそのうちの神社寄りの1軒に立ち寄り、飲みものを求めた。
この時代、ただの水というのは実はあまり売っていない。
「デア・レーベンブロイ」の四方がガラスになってる業務用冷蔵庫の中には、ビールなどアルコール飲料のほか、ガラス瓶入りのスプラ○トとポカ・コーラ、三ツ矢サ○ダーとラムネ。あと、スチール缶のコーヒーとかが並んでいる。
ペットボトル飲料はあるけど、1
僕たちは、ちょっと迷ったが。
冷たい水、汲んであげっから割って水筒でつくりゃんせ、と店のおばあさんに勧められて。
ミケダヤという地元企業の製造してるカ○ピス類似の乳酸菌飲料の原液を買い、好意に甘えて水をもらって水筒で水で割って作ることにした。
(そんなんしていいのか?と思ったけど、僕たちのほかにも似たようなサービスをしてもらってる人たちがいる。そういう感じらしい。)
店の軒下のの青いプラスチックのベンチに腰掛け、おばあさんが満たしてくれた水筒を受け取る。
原液を入れて軽く振り、目を閉じてまずごくごくと飲みこむ。ヨーグルト飲料特有の、爽やかな甘みと香り。
あっというまに、僕の分はなくなってしまう。お代わりいるか、と話しかけられる。
「よかったら、またつくるばい。遊んだ帰りにも、寄らんねぇ?
作って出れば
厚かましいけど、言葉に甘えてお代わりをもらうことになる、かも。丁重に礼を言う。
「すみません、この神社を降りたあたり、川で遊んだりしても大丈夫ですか?」
調布が世間話ついでに聞いている。
「大丈夫よー、よくお客さんら来るとよ。今日もおっとよ。
今日は昨日の雨ですこうしだけ水が高うなっとるからね。でもあまり降らんかったし、大丈夫よ。
水は冷たかけんねー。気持ちよかよ。そこでスイカ買うて冷やしたりもできっと。
イワナも、大きいのがおっかもよ?つかまえたら、
ああ、でも蛇には気をつけなっせ?ここらはあまりおらんけど、──」
おばあさんは、話し好きなのに相手がいなくて暇にしてたのだろう。相好を崩している。
──どこから来たの。今高校ね、──なぁん中央高ね、かしこかねえ!
そこの3軒先のうちの子も中央高だったんよ、東京の大学さ行って、もう戻らんけど。
それでどっちが彼女さんね、ああどっちでもなかのね?ごめんねえ年寄りは遠慮なくて。
そんな感じに、絶好調。
目的の水も調達できたし、そろそろ切り上げるか、と思っていると、別の来客がある。
農作業用だろうくたびれた着物に、頬かむり。膝がちょっと曲がっているが、体こそ小さいが矍鑠とした農家風のおばあさんだ。
ここらの人だろうか、参拝にきたよその人だろうか?売店のおばあさんの反応からみると、後者だな。
「ごめんくだっせ。──今しがた
「ちょっと前、代替わりがあって。息子さんは、もともと街におって、戻ってこられんとよ。
でも奥さんは月1で来よるけん。電話すんね?お祓いね?」
「なぁん、お祓いはよか。お守りでも、と思うたち。社務所も閉まっとって。」
結構遠くからお参りに来たみたいだが、神主さんがいなくて困ってるみたいだ。
「お守りね。学業かなんかね?ならやっぱい天神様の方が
「なぁん。ほら、厄除けよ。
──知り合いが角猿を見たち、聞いてなぁ」
農家風のおばあさんが、深刻なことを言うように、声を低めてしゃべる。
売店のおばあさんも、びっくりしたようだ。
「へぇ、角猿!あれね、鎮西さんの昔話の、あれね?
──なんか見間違うたんじゃ、なかとね?」
ちょうど最後に水を汲んでもらった国領が目を閉じてごきゅごきゅと飲んでいるけれど。
長話が始まっても困るし、国領が飲み終わったらこの機に離脱しよう、と思ってた僕たち(僕と調布)だったのだが。
僕はその「角猿」という単語に、思わず耳をそばだててしまった。
「ちょおっと、
売店のおばあさんは、ここの神社の人ともつながりがあるみたいだ。
お守りとおみくじとかをどうやら神社から預かってたみたいで、出してきてくれる。
尋ねてきたおばあさんは、喜んでがま口をだして買おうとしている。
「あのう。角猿、って。角のある猿なんですか」
思い切って、尋ねてみる。
そろそろ切り上げようと思ってたらしい調布から、咎めるような視線が来たが。
先にいっててもいいよ、と手を振ると、僕が引っかかってるのに気付いたのだろう、残って話を聞くようだ。
国領は、好奇心をむき出しにして、あれこれとレトロな店の中を見て回ってる。
「そうね、まあ、迷信よ?
昔、島から渡ってきた悪い猿に角があったち、いうて──」
「そうそう、迷信よ。
二人が、かわるがわる教えてくれる。
僕は知らなかったが、この神社も竜神を祭っているようだ。
(このあたりの『竜神』は、悪神だとされてたはずだ。
あの(パワハラ女のいる近くの)竜神峡の竜神や、その近くの神社と関連性があるかどうか、わからなかった。)
ともかく昔の伝説で、
話を聞いて感謝し、僕も神社に参拝しにきた農家のおばあさんと同様、素朴なつくりの(たぶん、清めたお米か何かが入ってるのかな?)膨らんだ小さな袋の形をしたお守りを買うことにした。
調布は僕の行動に疑問を持っているようだが、特に質問したりはしない。
「ああ、これも、よかったら持って行かんね?
なぁん、神社の先代さんから預かったとよ。ちゃあんとお祓いやらしたもんじゃけ。
おまけでよかとよ。もう、売れんもん、──」
ついでに、神社から委託販売(?)してたという、売れ残りの手拭いも付けてくれる。農家風おばあちゃんも、恐縮しながらも押し頂き、にこにこと口をすぼめて上機嫌で礼を言って出ていった。
正直、お守りよりも高そうだし、タダでもらうのは悪いと思った僕は。
店番のおばあさんにそう伝えて、かろうじて夏目漱石を受け取ってもらう。その代わり、後で寄ってくれたらアイスをあげるよと言われる。
この手拭い、たしかに日焼けしてもいるし、売れないのだろうが。
お守りよりご利益あるかもしれんとよ、本当よ?とおばあさんはいう。
売れ残りということもあって、3つ渡してくれた。褪せた紺色の、大判の手拭い。元値でも損しないと思う。
貧乏性の僕にはうれしいが、調布と国領は苦笑してる。
でも、水遊びするならあってもいいと思うんだ。
──────
石段をひいこら登って神社に僕たちもお参りして(挨拶はしときなっせ、と売店のおばあさんが主張)、僕たちは河原に降りる。
ここらへんは、川の流れもやや緩やか。
僕たちと同じように、自動車で来たらしい小さい子のいる家庭もちょっと近くにいて、完全に僕たちだけでないのもいい。
「水に入るわよね。──ハルカ?」
「入るよ!でもボク、さ。さとみんとちがって、水着、こんなだしさ。
ちょっとこのままでもいいかなー、なんて。」
「そのためのラッシュガードでしょ?
ほらほら、この期に及んで往生際悪いわよ。脱いだ脱いだ」
調布は思い切りよく服を脱ぎすて、あの体操服なみの防御力の水着になってしまったが。
国領はけっこうエ○い水着だからか、ちょっと抵抗感があるみたいだ。その気持ちはわかる。
ただ、他のカップルとかで水着の人もいたので、最終的に国領もおどおどしながら水着になり。
ただ、用心深くパレオを付け、ラッシュガードを羽織ってる。
かくいう僕も海パンだけになることに抵抗が最初はあって。
下は海パンだが、上は濡れてもいいTシャツを着ておこうとしたが。
調布と国領という名前の悪い奴らが結託して水をかけてきて、濡れそぼってしまい。
羽織っても意味がなくなったTシャツを、脱がされる羽目になった。
にまにまと笑う2人を見ながら。
2人とも、特に首謀者の調布。あいつは後でこらしめる、絶対にだ、──と僕は思った。
──────
夏だというのに、支流の水は冷たい。足を浸しているだけで涼しくなれる。
おばあさんが言ったように、スイカを冷やしてる家族もいる。
僕と調布は、売店のおばあさんにそそのかされたように、魚を追いかけてみる。
もちろんちゃんとした網などもないし、半分冗談で追い込んでみたりするだけ。
僕の濡れたTシャツを網に見立てて、魚(イワナ?)を追い込もうとする。
「ほらそっち!志野、抑える!」
「わー、もう少しだったのに!」
ちっちゃな魚しか捕まえられなかったので、そのままリリース。
魚を追い込む役をしてた2人の白い肌に、水滴が弾けて流れる。
僕は木漏れ日の中、不思議なほど青く見える渓流で笑ってる2人を、記憶に焼きつけた。
──────
魚を追っかけてみたり、石をひっくり返して蟹を探したり、ちょっと深い淵におそるおそる冒険してみたりした後。
なんだか水の冷たさで体を冷やし、寒くなってきてしまった僕たちは。
水から平らな大岩の上に上がり、へりに腰かけて、鳥の鳴き声に耳を傾けていたりした。
あまり深くないところでは小学生も低学年っぽい子たちが遊んでる。
かなり深い淵では、小学生から大学生くらいまでの年代の男の子たちが、飛び込みをしてる。
大学生っぽい男たちは、結構日焼けした、いいガタイをしてる。肉体労働系の職人とかかもしれない。
国領が日焼け止めを塗り直したい、と言って、僕たちが荷物を置いている場所に戻るために離れたところで。
調布が僕に角猿のことについて切り出してきた。
「ねえ志野、あの『角猿』ってのが、気になってるの?」
「ああ、最近ちょっと気になることがあってな。
ほら、中河原さんって、美術部にいるよな、──」
僕はちょっと迷ったが、調布には話していいだろう、と思い。
例のスイカップの中河原さんから聞いた話、つまり部長さんの失踪の話を調布と共有することにする。
ちょっと馬鹿馬鹿しいと思われるのも承知で、不気味な猿、頭に角のある猿に攫われたんじゃないか、という中河原さんの考えも。
またそれと別口で、角のある猿に遭遇した、と主張する人がいたことも。
それが両方とも、砦山の近くだということも。
調布には鼻で笑われるかと思ったが、意外なことに。
彼女は秀麗な顔に真剣な表情を浮かべて、何やら考え込んでいる。
「さとみーん!どこー!?」
「リュックのサイドポケット!」
国領が大声で聞いてきたので、調布も叫び返す。
そして、ぽつん、と調布が言った。
「ねえ、そのいなくなってしまった子、って。
あなたと文化祭で『ロミオとジュリエット』を演じてた、あの『ジュリエット』よね。」
「ああ。──でも、」
あのとき紫藤と調布に、部長さんとの距離が近すぎるとか怒られたことを思い出し、ちょっと僕は緊張し。
──今では部も引退したし、僕とはもう関係ない、なんなら軽く喧嘩して絶交状態だからね、あの人。
と、予防線を張る。
しかし今は、調布はそこにはあまりこだわっていないようだ。
「あたしたち、──あたしとハルカね?
つい最近、あの人を見た。そう、ジュリエット。砦山で。
もしかすると、あの足跡って、──」
調布は、なおも考え込みながら、何かを言いかけたが。
国領が、さとみんも塗るよねー!と言って日焼け止めを投げてきたのをキャッチし。
彼女を叱りとばしながらも、自分も日焼け止めの塗り直し作業に入ったため、そのときはその話は流れてしまった。
──────
「海も楽しかったけど、こっちもよかったねー!
もっと遊びたいのにー!」
「行く途中で道に迷ったのが、痛かったわね。
今度は、みなりも誘って来ましょう」
2時間ほど遊んだだろうか、帰りの道のことも考えて僕たちは帰路につくことにした。
こんどは基本的には下り道だから、来る時より時間はかからないだろう。それでも自転車で1時間ちょっとくらいか。
それで5時半には到着できる、と読んでる。
出発前にまた売店にいってアイスをもらった。おばあさんも嬉しそうだ。
前の言葉どおり、飲み物のお代わり用の水も補充してくれる。
手拭いは1個だけ使ったけれど、これが結構しっかりしたつくりで。
使わなかった分は返そうかなとも思ったけど、持っていかれい、なんか役にたとうもん、と押し付けられる。
なんでも、これは神主一族の娘である巫女さんがお祓いして念を込めてくれたもので。
どうもその娘さんが、いろいろ不思議な力を持ってるというのだ。
「──今は街で普通に働きよる、って言うとったよ。」
話半分だが、失せ物探しとかでは千里眼みたいな逸話があったりするとか。
もらうのも悪いなーと思ったが、まあ邪魔になるわけでもないし、有難くいただくことにして。
時間がないのもあって、名残惜しげなおばあさんに謝意を示して、僕たちは帰路についたのだった。
──────
そこからはあまり特筆すべきことはない。
想定どおり5時すぎに到着すると、国領はスケジュール調整の相談もあるってことで、すぐバイト先に向かってしまった。服もそっちで着替えられるみたいだ。
(僕たち3人とも、水着を中に着たまま。ちょっと気持ち悪いから、僕と調布はその後でトイレで着替えた。
ちなみに3人とも、自転車はアステロイドプラザ近くの公園に停めた。)
調布と僕は7時開始のトライアル(オーディション?)まで、間がある。
だからそれに向けて、わずかながらも対策しようと考えた。
「ねえ、志野。素性を隠した方がいい、ってその人言ってたのよね?」
僕と彼女はアステロイドプラザで、いくつかお店を見回っている。
衣装とかも、考えた方がいいかしら?と調布が言ってお買い物に引きずり回されてるところだ。
彼女の示唆により、僕たちはサングラスを買うことになった。ほら、スキーとかでも着用するような、顔の横までぐるっと覆うゴーグルに近いタイプのやつ。間に合うか分からないけど、国領の分も。
調布がつけると、なんだか「マトリックス」(まだ製作前だけどさ)のトリニティを思わせる雰囲気。
むしろ目立たないかな、と僕は心配になるが、身元を隠す用途としては役に立つと思う。
僕は嫌だったけど説得されて、男性化粧品のコーナーで髪に整髪料を付けられ、ちょっとスカしたなんちゃってオールバック風に改造されてしまう。
調布は満足そうに頷いていたが、僕はすごく落ち着かない。絶対、似合ってないって。
服装についても考えたけど、もう小手先でごまかしても仕方ない、というのが調布の結論。
幸いにも僕の服装(青いシャツにスラックス)は、フォーマル風にみせられなくもない。
貧乏性の僕が100円均一ショップ(この当時は、なんというかバッタ屋さん風)で買ったリボンをリボンタイ風に結ぶと、それなりにビジネスカジュアル的に見える。
調布は何の飾りもない今の服のまま勝負するつもりらしいが、下着については購入してトイレで着替えていた。
(まあ気持ちは分かるが、僕を女性のお洒落下着コーナー近くに待たせるのはどうかと思う。ジロジロみられてクスクス笑われて、超恥ずかしいじゃないか。)
「なあ、調布。食事は?」
「──軽く食べておきましょうか」
かといって、本格的に食べると飛んだり跳ねたりできなくなるかも。
(いやこれ、創作ダンスとかできるわけないから、そうなったらどのみち僕は棄権するって言ったけど。
調布がそう主張したんだ、何がおきても対応できるようにしとかなきゃいけない、って。
いったい、何を想定してるんだ。)
そういう懸念から、僕と調布は貧乏カップルのように、期間限定で安くなってたチーズバーガーを半分ずつ齧ることになった。
調布は、妙な白いチョークみたいな固形物を取り出してパリポリ齧ってる。
それ何?って聞いたけど、「変態!」とか言われて怒られた。理不尽だ。
空き時間に公園で、役に立つかどうか分からないけどフォークダンスのステップを復習させられる。
うん、言いたいことは分かる。社交ダンスならまだしも、そんなん無駄やろ?って思うよね。僕もそう思った。
でも、なんか調布の手をつかんで、肩に手を置いて、──ってやってると、それはそれで楽しい。真面目にやれって調布に怒られながら、一応は通しでできるようにする。
なんだかちょっと離れたところでダンスを練習してた女子高生どもの視線が、僕たちに集まってる。ひそひそ、話してる気配だが知り合いでもない。
やっぱり調布は目を惹くんだろうな、それに比べて月にすっぽんでさえない僕がいるのが違和感あるのかも。
「──ハルカ、来ないわね」
「ああ」
そして、午後6時半。アステロイドプラザの約束した待ち合わせ場所でじりじりしながら待つが、国領は来ない。
時計を見る。──すでに数分、時間を超過してしまっている。移動時間も考えねばならないし、もう待てない。
「残念。だけど、これでいいのかも。
ちょっとハルカ、危なっかしいから。」
「そうだな」
僕と彼女は、視線を交わして頷きあい。
そして、決戦の場に赴くことにしたのだった。