タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(志野視点、地下クラブ「ザンジバル」、土曜夜)
僕は調布と「ラピエスタ」と呼ばれる謎の興行の予選が行われている地下クラブを探索していた。
僕たちの目的は、「グレース」という名のハーフの子を見つけること。
要は、あの鬼畜眼鏡先輩のやらかした後始末だ。
グレースは人身売買され、この地下クラブの運営主体に囚われているという情報がある。
その彼女がこの「ラピエスタ」に出される可能性が高い、と調布は言い。
彼女の言葉に従い、僕と調布はこの「ラピエスタ」に参加することにしてエントリーし。
そして僕たちが演じた後の自由時間で、他の会場を手分けしてめぐっていた。
調布と分担し、僕が入ったこの会場はもうすぐ数組目。アナウンスが英語で、僕にはおおまかにしか進行状況がわからないけど、まだまだありそう。
この会場が僕たちのC会場と違うのは、出演者が多い点。外国人の割合もやや高め。
そのためか出演者は観客席に座っているわけではなく、その都度数組ずつ呼び込みで入ってくる。だから気が抜けない。
小一時間がすぎ、だがそろそろ終盤というアナウンス。最後の数組が、呼びこまれて入っている。ざっと確認する。やはり、グレースはいないようだ。すでに終わっているか、あるいは調布の担当したA会場なのか、──。
そこで僕は、とある組に目を惹かれる。
太めで丸っこい体格の男、背の高いひょろっとした男。そして、レオタード風のコスプレをした小柄な女の子。
男2人はどちらも中世の戦士みたいな、グロテスクなマスクをつけている。女の子は、マスク・オブ・ゾロみたいな目元だけを隠すぴっちりした伸縮性生地のマスクをつけている。
その小柄な娘には、どこか見覚えがある。目元だけを隠す仮面のせいで、上手く特定できない。
身長は紫藤よりはやや高いか。だが、まだいかにも幼げでロリめいた体格は似ている。
僕が入った会場では、ちょうどこの新しい組の演技(?)が始まるところだった。
まばらな拍手。「商品」は結構目を惹く華があり悪くないと思うのだが、マスター側(2人いる)がちょっとキモい感じなのがよくないのかもしれない。
あるいは単にもう終わり近くて、観客が多少ともダレてるってだけかも。
司会によって紹介がなされる。ほう、「お題」はそんなのもあるのか、──?
「──
澄んだ、良くとおる声が発され。目が覚めたように観客たちが座り直す気配。
あれ、この声って聞いたことがあるぞ、と思い、僕も座り直す。つい最近、聞いた声だ。
僕がもし、間違ってなかったら、これは、この娘は、──。
簡単な寸劇が冒頭に演じられる。
どうやら怪物や怪人と戦う魔法少女(?)の一場面というシチュエーションらしい。
英語の台詞と、それに近い日本語の台詞で演じられる(日本語の台詞は、単なる英語の和訳ではなく、微妙に似ているが別の台詞。ただ、一方だけでも筋が追える)。
僕の日本人耳には、どちらの言葉もナチュラルな発音に聞こえる。
正直、そこまで僕は期待しておらず。周りの観客も同様で、最初はざわついてたんだけど。
(だってこの組以外に、そんなものをやった例は多分ない。)
この魔法少女役が、上手いのだ。
まもなく観客席は静まりきり、彼女の演技に視線が集中するようになった。
ト書きも、背景もないのに。
夕暮れの廃ビルで、怪人と戦う様子がリアルに浮かんでくる。
魔法少女役さんの身体能力もなかなか特筆すべきものがあり、バク転や腕を床に付けない側転宙返りまでこなす。
ちなみに、2人のグロテスクマスクの男は怪人役。
こっちは大根役者で、最小限の演技。ほぼほぼ、魔法少女さんが独力で舞台を回してる。
たとえば怪人がぎこちなく腕を振ると、ソニックブーンか何かの衝撃波が生じたかのように、女の子が吹っ飛んだりね。
チープに思えるよね。でもその飛ばされる様子が、すごくリアル。自分で蹴って飛んでるとは気づかない。
そして強く地面にたたきつけられる様子とか、ろくに受け身していないようなまさに体当たりの演技。
正直、こんな場で見られるようなものではない。
「──
そして最後に、魔法少女さんが「とりもち」のようなものにからめとられる描写。
壁(と仮定したただの空間)に「とりもち」がつけてある(という描写)で、彼女は空中に腕を取られ、身動きできなくなる。
その無防備なお腹に、カマキリ型ののっぽの怪人が拳を叩きこむ。
彼女は「とりもち」でつけられたという設定の腕を動かさずに体をのたうたせ、ダメージを受けた痛みを巧みに演技してみせる。
ただ。僕の超感覚さんを発動した目には、あの拳はマジで打ち抜いてるとわかる。あれ演技というより、根性で腕を動かさなかっただけに近い。
その次にぐったりとした魔法少女さんは、怪人たちによって頑丈そうな木の台(これは、共通備品)の上にあおむけに据えられた。
すばやく怪人二人は、黒い革紐で彼女の手足をぐるぐると巻いて、台に固定する。
手首、足首にきつく巻かれた革紐は、台の脚に固定された。台はかなり大きく(卓球台以上の大きさ)、女の子は小柄なので、十分に磔が可能。
女の子の様子を観客に示すため、係員によって背面に大きな鏡が移動されてきた。
鏡は斜めに角度がつけてあり、台の上を上からみたように映すことができる。
──これ、あの竜神窟に入った後の発熱時の悪夢で見たな。腕を切り落とすやつで使ってた。やっぱり、この興行はあの悪夢とつながってる。
この魔法少女役の女の子の衣装は、白いレオタードがベース。
セーラー服めいた襟が首元に、そして腰にミニスカートみたいなパレオがついている。
脚は綺麗。僕の中の脚評論家もA評価を付けていいと考える美脚だ。紫藤とも少しテイストが違うが、これはこれですばらしい。
一部の観客が拘束された彼女の足の方に回って、ジロジロと股間のあたりを覗き込んでみてる。
「
意識を取り戻した、という体裁の魔法少女に対する責めのシーンが始まる。
ちなみに選ばれたお題は「米袋」。
そう、米袋。あの丈夫な、紙の茶色の袋だ。
ただし、中には米でなく「砂」を入れる、とアナウンスがなされた。
背の高い怪人が、縛られた魔法少女の顔に砂粒をかける。──これもありなのか?
目や口にも当然入る。彼女が嫌がって横を向こうとすると、髪を掴んで固定し、なおもかけ続ける。のけぞった魔法少女の体に力がはいり、悶えるが、髪を掴んだ手は緩まない。
その間に、バレーボールの審判台にも似た脚立が係員の手で運び込まれ、魔法少女の横に設置されている。
高さは調節できるみたいで、かなりの高さに設置。
太めの蛙めいた男が、砂を詰めた米袋を上に持って上がる。観客も、何が起きるか予測する。
男が、短いが太めの腕を突き出し。その手につかんでいた砂入り米袋を、離す。──彼女の胴体の上で。
「がふっ」
一つ目の米袋が彼女のお腹のあたりに落下する。
この初発は小さめの米袋。たぶん3キロくらいの規格の奴。
ただ、全く彼女が予測できていなかったからか、かなりのダメージを受けている様子。
「
今度は5kg。太腿のあたりに落とされた。
カマキリ男が、いつのまにか顔への嫌がらせを止め。
下から米袋を持ち上げて脚立の上の蛙に渡す係になっている。落ちた米袋は係員が回収している。
上から次から次へと、米袋が落とされている。絶え間なく殴られ続けているようなものだ。
それに。
袋の中には米粒ではなく、砂が入れてある。
砂の比重は米粒の約2倍。つまり、3kgの米袋はおそらく6kgの重さ。
5kgに至っては、10kgの重さ。おおよそ、2倍の重さと考えていい。
気が付くと、女の子の顔(目の周り)を覆うマスクがずらされ。
砂袋が落ちる位置を視認できないように、目を隠す位置にされていた。
僕はそこにならんだ米袋を眺め、不吉な予感を覚える。
今、落とされてるのは小さめの3kgくらいの袋。つまり内容は6kg。
これを2メートルの高低差で自由落下させると、そのエネルギーは(空気抵抗を度外視すると)約120
小さく思えるが、かなりの重傷を与えられる力だ。蹴りの強さに近い。
僕の記憶が間違っていなければ、人間の頭蓋骨は1100Jくらいで骨折すると言われる*1。
そしてブラックジャックと呼ばれる砂やコインを詰めた棍棒と同じく、砂袋は衝撃を人体内部に伝えやすい。その衝撃は相当なものだろう。
そして米袋には5kg、10kg、20kg、そして30kgの規格の袋があり、──。
「はぁっ、はぁっ、ぐむっ!」
砂袋が、胸に落とされ。
息が詰まったのか、女の子が咳きこむ。
僕は魅入られたように、その様子をみていた。
「ああいうのはなー。ほんま、むごいことしよんなぁー」
ふとそう、ぼそっと声がして、僕は横をみた。
みると、スキンヘッドに僕よりはるかにどでかい体格、イレズミだらけの超強面の用心棒らしい男が眉をしかめて舞台を見ていた。
僕が(後から入ったので)入り口から遠い端っこの席にいて。
この男は、その横の壁際の通路に来て立ち見していた。
ちなみに観客は一人客もいるがグループ客が多く、隣同士で話してたりするので(外国人は、特にそうだ)、彼が声を上げてもおかしな感じではない。
さて。無視してもいいのだが、僕も実は同感だった。
「──女の子、可哀想ですもんね」
彼は返事があるとは思ってなかったみたいだが、我が意を得たりと頷く。
「せやせや。それにな、あの子ええコなんよ?
礼儀ただしゅうてな、ワイらにも、ちゃあんとお礼言うてくれて、な?
あのクソ蛙がなー。出すんや、言うて」
どうやらあの女の子は、外見に似ずなかなか温厚な彼の、贔屓の子らしい。
そして似てるなーとは思ってたが、確信がとれた。
あのグロテスクなマスクをかぶってる1人は、あの紫藤の処女を買った蛙男だ。
そして、この魔法少女さんの正体も推測がつく。つい最近、蛙男にセクハラされてた女の子を僕は知ってる。
「もしかすると、間違ってたらなんですが。
あの子、昔の有名子役の──?」
「あー、兄ちゃんも知っとったん。言わんといてぇな?」
やはり。
どこかで聞いた声だなと思っていたが、やっぱりだ。
あの台の上で砂入り袋を落とされて苦しめられているのは、有明りなだ。
──────
有明りなには3kg袋、5kg袋のあと、10kgの袋も叩きつけられた。
(落とされる場所は、さすがに胴体でなく手足が多くなった。)
30kg袋はさすがに使われず、でも20kg袋を頭上に差し上げて叩きつけるパフォーマンスで終わった。
細めの体が、砂袋の圧倒的な質量にたたき潰される音、ぐぼっ、というような苦痛の声。恐怖のざわめきが、客席からも上がる。
台から解放されても、有明りなは立ち上がれず。係員2人が、手足を掴んで連れ出していく。
なかなかの高得点がついた。性行為なしでこれは相当にすごい。もちろん予選突破。
「あーあ。生きのびられりゃあええんやけどな。命あっての物種なんに」
どでかい用心棒は、それを見届けてため息をつき。
兄ちゃん、邪魔して悪かったのう、と言って去っていった。
どうも彼、仕事を抜け出してこのひいきにしてる子のことだけ、見に来てたみたいだ。
──────
ラストの組にもグレースはいなかった。C会場の廊下に戻る。
まもなく調布も急ぎ足でやってきた。
「(どうだった?)」
「(OKOK。詳しくはあとで)」
「(そうか。取りあえず出よう)」
調布は首尾よく、グレースさんをみつけたみたいだ。
目的を果たした彼女と僕は、そこでこの会場から退出することにした。
同じように出ていく人も多い。だから僕たちが出ても何も咎められることはなかった。
だから僕たちが思いもつかぬ人がこの会場に混ざりこんでいることを、そのときの僕たちは知る由もなかったのだった。
──────
出てしばらく、夜の街を歩く。
「どっかで話しましょうよ。話す以外も」
「ああ」
調布が話しかけてきた。まだサングラスは標準装備。
舞台で彼女にやったことを思い出し、気恥ずかしくなりながら僕もぶっきらぼうに応える。
「喫茶店なんかじゃ、話せないわよね。他の人が、いない場所でないと」
「そうだな」
「カラオケボックスもいいけど、あなた歌いたいわけじゃないでしょう」
「ああ」
中学校までの音楽の評価、ほとんどが5段階評価の2だ。たまに3があった。
「外か中か。──公園でもいいけれど、」
「蚊が多いし、人に聞かれる可能性もあるよな」
「そうよね。でも、自転車を回収することを考えると」
「公園の近くがいいよな」
「公園の近くで、利用できる建物。そう、一見不適切ではあるけれど。
ただ、今の私たちをみて○校生だって思う人も多分いない」
「だな」
「あの公園のそばのホテル。このまえ行った、ホテル・ミニマス。──いいかしら?」
「合点」
そして、そういうことになったのだった。
──────
──────
(国領ハルカ視点)
実のところ、国領ハルカは調布智美と志野との待ち合わせには、間に合わなかった。
だが時間はごくわずか遅れただけ。──いけるはず、と街角を走り。2人の背中を発見する。
しかし彼女の目の前で、無情にも長身の2人はエレベータに入り、降りていってしまう。
「うわーっ、どうしよ!」
激しく息を弾ませながら、膝に手をつく。
今日もパフォーマンスは上々、お客さんの拍手もたくさんもらえて、それは良かったんだけど。あんまりだよ、と彼女は思う。
「ねえ君。もしかすると、今降りて行った子たちの仲間?一緒に入るはずだった?」
突然声をかけられて、彼女は振り向く。
なかなかの男前。軽そうだけど、でもどこか迫力がある。顔は十人並みちょっと上、程度だけれども。
数人の黒服がついているが、この人を立ててる気配。もしかすると、その店の人、それも少し偉い人かもしれない。
「はい。待ち合わせしてて。エントリーはしてあるんです。『ザンジバル』の方なんですか?」
「まあ、そういうところだね。──ねえ君、特別に入れてあげよっか?」
彼はやはり、店の人らしい。
「たださあ。本当はダメなんだよ。
だからさ、ちょっと約束してよ。僕と一緒に、パフォーマンス、出てくれない?どう?」
「あー、お願いします!」
国領ハルカはもちろん、どんなパフォーマンスでも志野とならやろうと思っていた。
だから、そのときは「渡りに舟」のように思えて。
ついついパフォーマンスの中身も聞かずに、そう言ってしまったのだ。
「じゃあ、一緒行こうよ。僕の名前も教えとくね。
僕の名前は、『御子須リハン』。
リハンって呼んでくれたらいいよ」
「よろしくお願いします、リハンさん。
国領ハルカです」
本名をうっかり教えてしまったのも、まずかったかもしれない。
「ふうん?国領ハルカさんかー。『ハルカちゃん』で、いい?」
「はい」
──本当は、しのりんにそう呼ばれたいのにな。
でもこのお兄さんもなんだかすごい、カッコいいなー。
でももちろん、ボクはほら、しのりんでいいけどね。
しのりんには、貸しも残ってるし。取り立てないと。
ほら、ボクのメンタルをケアしてくれないといけないよね、しのりんは。今日も、もっと進展するはずだったのにさ、さとみんが提案したとおり、海で勇気出して抜いてあげとくんだったかなー、──
そんなことを彼女は思いながら、そう返事をしたのだった。
──────
その後彼女は御子須リハンに伴われ、なにやら作務衣を着たかっこよさげな小父さんのいる部屋を訪れる。
「ほう?──それでは、いくつかの約束をしてくれ。まず、この像に手を当てて」
像は、おそらく粘土像だと思われるが、手を当てるとなぜか冷たかった像が熱を帯びてきた。
「さて、次のことを誓ってくれ、──」
こんなの意味あるのかなー、などと思いながら。
彼女は小父さんに指示されたとおりの内容を、異教の神像に誓ってしまう。
誓った瞬間に、何かが彼女の心に拘束をかける。
彼女はそれと認識していないのだが、この道士、沈国斎の術により、彼女の心を縛る
──────
さらに、その後。
彼女は、彼女のことを気に入ったらしい御子須リハンに接待を受け、話しこみ。
そして彼の申し出に従い。
御子須リハンが鞭を振るう中、華麗に体操の技を駆使して鞭先を避けつつ舞ってみせるというパフォーマンスに成功する。
御子須リハンの計略により、他の凄惨な演し物を見せられなかったこともあって。
彼女はそれが異常なこととも思わず、観客の視線を快く感じながら、拍手喝采の出来で演じてしまう。
彼女はラピエスタへの出場を確約し、その実現についての誓約をかけられたまま、会場を後にした。
それがどんなに危険なことかを、認識しないままに。
──その誓約がその危険性を発揮し始める日は、近い。
ただ。
彼女はこの時点では、自分はなんて幸運なんだろう、などと考えていた。
しのりんと仲直りできた、一日遊んで面白かった、バイトはバイトで調子がいい、しかもかっこいいお兄さんに気に入られてラピエスタとかいう催しに参加できる(びっくりさせたいから秘密にしよう、などと彼女は考えている)、──しかも、最後に。
自転車を取ろう、と走って公園に向かっている途中、いかにもあやしげに寄り添いながら歩く背の高い2人組。
つまり調布智美としのりんが、ホテルにしけこもうとするところを押えることができたのだから。
──そしてホテルの建物前の路上での、しばしの痴話喧嘩の後。
彼らはそろって仲良く、ホテルに吸い込まれていったのだった。