※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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第三者(有明りな他)視点です。長くなってしまいました。

※精神的に不快な描写があります(全く性的ではなく不快なだけ)。


296 異形たちの茶会(19)(有)

(有明りな視点、地下クラブ「Zanzibar」控室、土曜日の夜から)

 

 体への衝撃。

 足で、腹を蹴られている。痛い。

 腹を蹴破られるほど強くではないが、かといって無視していられるほど軽くは決してない。

 

 有明りなは震えながら、目を開ける。

 ださい太目のスラックスと、金具のついた甲の革にシワがある靴の足が目に入った。

 たしかギョウザ靴って、言ってたかしら、おじさんがよく履いてるこれ──。

 

 今まで、なにかとても悪い夢をみていた。

 あの頃の夢だ。親戚をたらいまわしにされ、ちくちくと嫌味を言われ。居場所がない、だれも自分を見てくれなかったあの頃。

 あの心が静かに死んでいく無視より、痛いのはまだマシ。愛の反対は、無関心だ。

 

「おらぁ、起きんかい」

 

 つい、追憶に浸ってしまっていた。

 ギョウザ靴が再度、容赦なく彼女に蹴り込まれる。腹筋を抜ける衝撃。

 苦痛のあまり、うっ、と声をもらしながら、「く」の字に彼女はその体を折った。喉元にえずきがこみあげる。

 

 塩辛声は、運転手兼ボディガードの砂土原のもの。蹴っていたのは、彼だ。

 彼女はなんとか起き上がろうとして、ぐらっと揺れて手をついた。

 その手を蹴り払われて、無様に彼女は床に崩れた。再度別の手をついて身を起こそうとすると、その手も蹴り飛ばされた。周囲から、くすくすという忍び笑い。屈辱感を感じながら、蹴られぬよう背中に手を突いて身を起こす。

 

「ごめんなさ、じゃなかった、──申し訳ありません」

 

「おうよ。(けぇ)るぞ」

 

 周りを見回す。どうやら、楽屋裏というか控室らしい。

 あたりには、まだ出演者が残っている。あまり時間は経過してないみたいだ。

 こっちを見てる人もいるが、砂土原の有明りなに対する程度の暴力はごく当たり前のようで、そのことを問題視している人はいない。

 彼女に向けられる視線は、好色そうな、あるいは嗜虐的・嘲笑的なものが半分(堅気でなさそうな男主人たちや、その情婦っぽいケバい女たちだ)。同情や怯え混じりのものが、その残り(有明りなと同じ立場の、出演者の女たちが多い)。

 

 ──なぜ私は、寝てたんだろう。

 

 そう思うが、自分が着せられている衣装(コス)をみて思い出す。

 怪しい演し物に出されることになって。大勢の観客の前で、セ○ラーナイテスの演技をしてみせて。

 久しぶりのスポットライトと観衆の視線が、しびれるほどに楽しかったのだ。自分の演技は向上していたし、アクション能力なんてもう、スタント役以上。隔絶した域に達してた。

 観衆たちの、驚愕と称賛の視線。私はやっぱり役者なんだ、とあふれる脳内麻薬の中で実感した。

 

 ただ、──その寸劇のなりゆきとして。

 あの2人に捕えられ、ぶざまに台に拘束されて。

 そして砂袋を高いところから体に落とされ、痛めつけられて。

 なすすべもなく彼女が虫のように悶えて失神するさままで、来ていたお客さんたち全員に克明に観られたんだ、──。

 

 カッと身を焼く、羞恥の念。

 でもそうした強烈な屈辱の体験にすら、なぜか快感が伴っていたことを彼女は今は考えないようにした。

 

「はい。あの、若社長たちおふたりは」

 

「まだ少し、この催しの続きを楽しんでいくんだとよ。

 お前は今は使い物にならんけぇ、はよ戻せ。後で帰ってから使うかもしれん、言われたんや」

 

「はい」

 

 この地獄からは、一時的に解放してもらえるようだ。体に鞭打って、立ち上がる。腿の打撲がじわっと痛んだ。

 華麗な衣装をそのまま着てるのは場違いかもしれない、着替えたいと思ったが、着替えは許されない。

 まあ、裸や裸同然の女の人も多いから、今さらか、と彼女は思う。

 

 彼女は、そのままの姿で。

 時折砂土原の膝蹴りを喰らいながら、待合室から怪しげな煙の臭いがする廊下へ、廊下から出口へと急き立てられる。

 

 クラブを出るとき、あのすごく体の大きいボディガードの安さんがいた。

 ペコッと頭を下げると、いかつい顔をわずかに崩して頷いてくれた。

 

「──あの男、知っとるんか?」

 

 クラブを出てエレベータに乗ると、砂土原がそう訊いてきた。

 

「あの大きい、ボディガードさんですか?」

 

「ああ。ありゃあ、怖い男よ。おっそろしく強え。

 今は出払っとるアキの野郎を除けば、多賀島一かもしれん」

 

「そうなんですか」

 

 いい人そうに、彼女には思えた。

 ただ、彼はやはり闇の世界の人間ではあるのだろう。

 砂土原がぽつぽつと語る彼の血なまぐさい武勇伝の一部を聞いて、彼女はそう思う。

 

 路上には、夜になったので少し涼しい風。

 人通りは多くないが、それでも通行人や裏町にたむろするろくでなしたちから、扇情的に太腿を見せる衣装を着た彼女への好奇の視線が投げかけられる。

 それに気づいた砂土原は舌打ちをして、彼女を急き立てた。

 

 駐車場に停めて置いた自動車に乗り、十数分走って砦山の裏の葉良邸に戻る。

 チヤキさんが用意してくれたと思われる食事がお盆に乗って蠅帖(はえちょう)が掛けられていた。

 それを見て、彼女は強い空腹感を覚える。考えてみると、朝に参田カンの用意してくれていた食事を摂って以来、何も食べていないのだ。

 

「それ食う前に、まず俺のを抜けや。」

 

「今ですか?だって私、朝から「つべこべ言うんじゃねえ!」」

 

 ガチャン、と激しい音。目の前で、お盆が床にひっくり返された。

 皿の割れる音。飛び散る煮物の汁。床に落ちたお茶碗。

 

「ひどい、どうして──」

 

「聞こえんのかぁ、おどれの耳ぁ!」

 

 耳を狙って殴られ、床に倒れる。腹に蹴りが入る。しまった、つい口答えしてしまった。

 ごめんなさいごめんなさい、と必死に声を上げる。

 

「意地きたねえ犬みてえだな、お前は。

 そんなに食いたいなら、──そうだ、お前は犬だったな。床のそれ、舐めとれ。そうだ。今、俺の前で」

 

 彼女に、選択肢はない。

 心を凍りつかせ、古いプリント合板の床に彼女は手とひざをつく。

 いかにも卑屈な姿勢で床に舌を這わせた状態で、上目遣いに砂土原をみあげる。

 

「それでええんや」

 

 彼女はもう一度、額を床に擦りつけて謝罪を述べ。

 彼の要望に応えたい、抜かせてくださいと告げる。

 

「ああ、俺のを抜かせてやる。ほらよ。

 そこは、片しとけ。ちょっとしたら葉良先生のところ行くからな。ええな?」

 

 彼女は従順に頷き、太めのスラックスからひどく不細工に変形された棒を出した彼の前に跪いた。

 

 ──────

 

 頭を押さえ込まれ、喉元まで無理やりに突きこまれる砂土原の異形をなんとか満足させ。

 そして砂土原が、葉良先生のところに行って準備してくる、と言い捨てていなくなると。

 彼女は砂土原の乱行の後始末をする合間に、食べ物を求めて黄ばんだ冷蔵庫の扉を開ける。──野菜、卵、椎茸の戻し汁、漬物や生魚や瓶ビールなどが冷やしてある程度で、すぐに食べられそうなものはない。

 あらためて床に膝をつき、床に散らばった食べ物を拾い集めた。空腹で、きりきりと胃が痛む。

 参田カンが手入れをしている台所は、古びてはいるがきれいにかたづいている。

 それでも床に落ちたものを口にすることに、彼女は抵抗感を覚える。

 

 ──でも、仕方がない。

 

 落ちてるごはんのかたまり、煮物のゴボウや大根の切れはしなどを割れてない茶碗に戻す。

 そそくさと流しに立ったまま、手づかみで口にあわただしく押し込んだ。惨めだった。

 舞台での興奮状態がさめた今、体の節々が痛む。全身に撃ち込まれた打撲傷が、鈍痛を伝える。

 その痛みに耐えながらも、彼女は自分の行く末を考えた。

 

 これからどれだけ、こんな思いをしなきゃいけないんだろう。

 味の浸みたこんにゃくを口に入れる手が、震えた。これが、最後の晩餐だったら。まだ大丈夫と思ってたけど、もしかすると──。

 ふと涙がこみあげ。声をおさえて彼女はしゃくりあげるように泣いた。

 

 ──────

 

 そうは言っても、見世物は続けられねばならない(The show must go on)

 彼女を買った者たちは、彼女に対する温情など持ってはいない。彼女の組織も、また。

 

 顔を軽く整え、使った皿を流しに置き、割れた皿をまとめ、床を拭き。

 片付けを終えるか終えないかのうちに、砂土原の足音が戻ってきてしまった。

 なにかの作業をしたらしく汗ばんでいる砂土原に伴われて、連行される。

 

「今日は、こっちなんですか?」

 

「ああ」

 

 よく奉仕させられるお風呂場ではなく、また一度だけ使った葉良先生の書斎でもないようだ。

 彼女は、玄関で外履きの下駄を履かされ、敷地の中を砂土原に先導されるが。

 慣れない庭下駄と暗く凹凸のある地面にてこずる彼女を置いて、砂土原はずんずんと進んでしまう。

 

「?」

 

 ふと、家の明かりの及ぶか及ばないか、という闇の中で気配が動き。

 彼女は、ぞわっとしつつ透かしみる。

 少し色の薄い目。タスケさんだ。タスケさんの目が、ぎらっと光った。

 

「──」

 

 風雪を耐えた古仏のような顔に、明確な感情は読み取れない。

 ただ何かもどかしいような、物がいいたいような表情に思えた。

 

「何ですか?」

 

「──Tash-khul-rahl-nahee」

 

 タスケさんはそう言い、目を伏せた。

 先行して、10メートルほど離れてしまった砂土原は、タスケに気づいていないようだ。

 しかし、彼女が遅れていることには気づいているらしく、振り向いて声を荒げた。

 

「おらっ、ぐずぐずすんなっ!」

 

「ごめんなさい、下駄が脱げてしまいました」

 

 砂土原に言い訳をして、再度振り向いたときには。

 タスケの姿は闇に溶けて、彼女の視界から消えてしまっていた。

 

 ──────

 

 有明りなが導かれたのは、敷地外れの蔵だった。

 今日は明かりが付けられ、わずかな1つだけの窓から光が出ている。

 

「遅い!呼んだらなあ、すぐーにこんといかん、走って。あぁ?」

 

 葉良先生は、先に到着して待っていた。好色な視線が、衣装を着たままの彼女を舐める。

 今日の葉良先生は、洗いざらした紺の和服を、着流しで着ている。

 この数日間で、はじめて有明りなが彼に会った時より、はるかに脂ぎって若返ったようにみえる。

 

「ごめんなさい」

 

 有明りなは、とりあえず謝罪して頭を下げ。

 そして、そっと裸電球で照らされている蔵の中を観察した。

 

 多くは木製の、いろいろな道具がある。古道具屋の店先のようでもある。

 車輪のような、大道具。

 大きな浴槽のようなもの。人を一人二人、沈められそう。

 大小の鎖、手枷、足枷、首枷。

 丸い穴が3つ開いた、木の厚板。

 七輪。

 巨大な、鉄のやっとこ。

 段々のついた湾曲した板と、それとセットの、鉄のボルトみたいなもので絞め合わせることができる板。

 笞と鞭。

 天井の巨大な鉤、滑車。

 トーテムポールのような、幅が1メートルほどの双子の巨大な杭。

 そして蔵の片隅にある、太い木の格子の嵌った土牢。

 

 あきらかに、ここは葉良家の暗部。拷問部屋に類するものであるようだった。

 

 ──────

 

 顔を上げると、妙に慈愛のこもった表情をつくっている葉良先生の顔が目に映じた。

 

「ほうら。都会ん娘は、こんなもんも知らんかねェ。

 田舎じゃあ、女中が悪いことす()と、こういうもので責めんが(るのだ)よ」

 

 葉良先生はそう言って、感慨深げに頷いてみせた。

 おそろしく芝居臭い。こんなときでなければ笑ったかもしれない。

 だが、葉良先生の目の中の何か。妙な高揚の気配が、彼女を怯えさせた。

 

「今日は、どうしましょうか。とりあえず、口で抜きましょうか?」

 

 そう、乾いた口から声を出す。

 自分でも、恐怖に上ずっているのがわかった。

 

「いやあー、都会ん子は察しが悪かねえ。

 ほら、お前さんは俺らを楽しませるために来とるとじゃろが。

 ヤらせんば、帰さんよ?」

 

「ですからそれは、契約外だって」

 

「ほぉん?」

 

 葉良先生が、不興げに唸り。

 砂土原がわざとらしくぽきぽき、と指の関節を鳴らしたので、彼女は身がすくむのを感じた。

 

「よぉく考ぇえ?

 お前さんのおソソは、確かに契約に入ってねえ。そりゃそうかもしれん。

 だがな、それ以外は全部、好きにやってええ。そう言われとるんよ。殺してもいいち。

 ──確かめっか?」

 

 有明りなは、口を開けたが声が出ず、頷く。

 

「おい、砂土原。電話、つなげ。

 あっちのマネージャーには、電話掛けるち、言うてあんな?」

 

「はい」

 

 黒いプラスチックの、ド○モの携帯電話。

 懐から取り出したその携帯電話のアンテナを伸ばし*1、砂土原が電話をダイアルする。

 ここってあまり家がないけど、ちゃんと携帯電話入るんだ。厚い壁の蔵の中なのに、と有明りなはぼんやり思う。

 

「多賀島の砂土原だ。二間多(ふたまた)マネージャーか?

 葉良先生から話がある。そっちから買った女のことだ。

 ──つながりました」

 

「おう、音量、最大にあげえ。よこせ」

 

 葉良先生が、電話を代わる。

 

「なあ、フタマタくんか。元気か?」

 

 葉良先生!はい、元気です、とくぐもった音声が3人の耳に入る。

 

「あの、買うた娘な。あの──「『有明りな』です、先生」──そうそう、有明りなのことや!」

 

 ちらっ、と喜悦を含んだ葉良先生の目が、有明りなに向けられる。

 

「べっぴんさんやし、使い勝手も悪うないんけどな?なかなか、強情なん。ヤらせんのや。

 なあ、フタマタ君からも、言うてやってや。大きな声でいうてや、ここにおるけぇ」

 

「はい、葉良先生。──りな?」

 

「うん、私!カケル君、カケル君の声が聞けてうれしい!」

 

 胸を、万感の思いが去来する。

 なんで電話に出てくれないの、とか。

 なんで朝昼晩、必ず1日30通は送ってるメッセージに返事してくれないの、とか。

 いろんな思いがあふれそうになる。

 

「そうか。俺ぁ、うれしくねぇ。

 お前さあ。自分の立場、わかってんの?」

 

 冷たい声。

 心臓に、まるで氷水が注入されたように感じる。

 きっと、聞き間違い。カケル君が、こんなこと言うはずない。

 

「お前、勘違いすんな。パンパ○、バ○タ、肉でできたオ○ホの分際で。

 体以外に価値ないクソ女、ってこと。わかってんのか、あぁ?」

 

 固まってしまった彼女は、呆然としてただその愛しい声がイラついたような口調で流れるのを聞く。

 

「付き人のとき、さんっざん、俺のこと馬鹿にしてたよな?

 アホバカゴミサル呼ばわりだったよな?」

 

 そうだ。たしかに、そう言ってたこともある。

 だけど。それって親しい間柄だから許される、馴れ合いの憎まれ口みたいなつもりで。

 彼も、最初はピキッとする気配があったけど。そのうち慣れて、言われてヘラヘラするようになって。

 ときどき謝っても、いや俺そういうのが好きなんすよ、ご褒美なんす、なんて──

 

「殴ったり蹴ったりも。まあ、痛くもなんともなかったけどよ!」

 

 これも。叩いたって言っても、本気では叩いたことはなくて。

 親愛の情をこめてのこと。蹴るのも、靴先でちょこんと蹴ったりしかしてなくて。

 これも彼、きゃあきゃあ言いながらわざとらしく効いたふりしてて、ノッてくれてるのかと思ってた。

 もしかすると彼、嫌だった?ほんとは、本当の心では、──

 容赦なく、電話の声は流れる。

 

「なあお前、知ってた?

 そのドブカスみたいな性格のせいで、落ちぶれたって、そう思ってるだろ」

 

 そうじゃないの?

 私、確かに性格が悪かった。一般社会じゃ、それじゃだめなんだって分かって、一生懸命直して、──

 

「そうじゃねえんだな、これが!

 まああのクソ親がうるさいし、落ち目ではあったけど!

 でも演技はすげえから使いたいってとこ、まだまだあったんだよ」

 

 どきん、と胸が痛いほどに鳴る。悪い予感。聞かないほうがいい。

 でも、無情に電話の声は続く。

 

「俺、断りまくったり、怒らせるよう仕組んだりしたんだよね!

 お前がいろいろ言ったり、したりしたことにして。」

 

 聞きたくない。

 しかし耳をふさごうとしたら、いつのまにか後ろに来ていた砂土原に羽交い絞めにされた。

 

「教えてやろうか?

 ペドのディレクターのおっさんが、お前の体に目を付けてるの知っててさ。

 ほら、泥利田(どろりだ)のおっさんだよ」

 

「ドロさんが?私に?」

 

 泥利田(どろりだ)イスキ。敏腕のディレクター。

 才覚と愛嬌があって、「ドロにお任せあれ!」っていうのが口癖で。

 彼女を評価してくれて、最後まで彼女の味方。親身になって、仕事もくれた。

 仕事をくれたお礼に、カケル君の言うとおり、体を触らせたりして枕営業もどきをした。

 彼はいい人で、なかなか、お礼を受け取ってくれなくて。

 土下座して頼み込み、触らせて、手コキしてあげた。

 だがそれが破滅の決定打。彼女を評価してた監督に見られてしまった。

 嘘だ、あのドロさんが──。

 

「ドロさん、ほんまはド変態。お前、知らんかったやろ?

 なんにドケチでな。マニア向け激安ツアーに良く参加してたんよ。俺も一回一緒に行った。

 ○○○の○○○○○とかに行って、まだ毛も生えてねえ子を買ってみんなでマワすんよ。」

 

 過呼吸気味に、息が早まる。そんなはずはない。

 だって、そうだとしたら、──。

 

「それでな。

 俺がお前をヤらしたるって持ちかけたら、もう夢中になってな。ドケチの癖に金積んでな。

 お前の仕事、はいらんようなったんは、俺とドロさんの作戦よ」

 

 彼女が干され始めたのは、彼らの計略だった。

 彼女を甘やかして高慢な態度を続けさせ、仕事を断り、悪い噂を流し、芸能界にいられなくして。

 そして味方の助け船のふりをする泥利田に、枕営業をかけさせる。

 今ならわかる。ピースが、埋まっていく。

 まんまと嵌められた、有明りなの絵のパズルのピースが。

 

「そ・れ・で!

 ドロさんのをテコキしたろ、あのときそりゃもうドロさん大興奮だったんよ。

 なにしろ、あの有明りなを好きに触って、しかも恩を着せて抜かせるわけやからなー。」

 

 彼女は絶句する。そういえば、不自然なところもあったんだ。

 いや、悪いからいいよ!そんなつもり、ないから!なんて言いながら。

 彼女の体をガン見して、そして結局はあちこち触って、指も入れてきて──

 

 そしてドロさんに奉仕してたときに来客がきて、露見してしまった。

 あれは偶然と思ってたけど。ドロさんたちの、仕込み。あそこで監督がくるように──

 

「あれは、小手調べ。それにあの監督、自分の目で見ねえと信じない人だったからなー。

 あの次の回で、ドロさんと変態仲間たちにハメ撮りさして、週刊誌に写真流すはずだったのになー。残念!

 ドロさん、スポンサーの一人の囲ってるオナホ◯学生に手ぇだしたんがバレて、地方局に飛ばされることになったんよ」

 

 信じていたすべてが、崩れていく。

 音質の悪い携帯電話の音が、心を不快に削っていく。

 

「──ただほとぼり冷めたら、すぐ復活。よくあるハナシや。

 ただまあ、お前のことはちゃあんと最後までカタに嵌めてやらんとなと思ってな。リトルウィッチに嵌めたんよ。ほら、責任感強いからなー、俺!

 それで俺も、すごいバック貰えたし。本格的にリトルウィッチのため、動くことにしたんよ。あれから8人、嵌めたけどなー、お前くらい笑えるケース、なかったわー。

 おー、もしもしー。ちゃあんと聞こえてるかー?」

 

 聞こえてる。悪い夢のように、残酷なことばが耳を流れすぎていく。

 ぺらぺらと、自分の悪意にみちた計略を自慢するカケル。

 足から力が抜けるが、彼女を羽交い絞めしている砂土原が膝蹴りを喰らわせてきたので、よろけながらも立つ。

 

「だけどなー、嵌めたら嵌めたで、面倒くせえなお前!いらんポケベルばっか。

 全部、ハナクソほじりながら無視したけどよ」

 

 彼の彼女に対する憎しみ、悪意が耳元で滔々と語られる。

 叫びだしそうになったとき、葉良先生が咳払いして言葉の奔流をさえぎった。

 

「それで、フタマタ君よ。

 儂らが金を出したんよな、そろそろヤってもいいかな?」

 

「いいとも!」

 

 馬鹿笑い。

 彼女はがっくりと頭をうなだれる。どこか、笑えてきた。

 無価値なのは、この世界じゃない。どうしようもなく無価値な灰なのは、この自分自身なのだ。

 彼女は結局、全部間違えていた。生きる価値のない肉の塊だ。

 そう、彼女は今度こそ深く確信した。

 

「──って言ったんすけど、葉良先生。

 正確には、マ○コでヤるのは、やっぱタテマエではダメなんすよ。

 ただ『マ○コでヤらない』以外、シバリないっす。

 だからヤるんじゃなけりゃ、マ○コにビール瓶突っ込んで蹴り込んでもいい。

 腹とかケツとかにナイフで切れ目入れて、そこでヤってくれてもいい。」

 

 ──いくらでもぶん殴っていいんで。10日から夏休みなんで、まだそいつ生きてるなら、俺も行きます!

 だって、殴りたいし!そいつのケツに爆竹突っ込んで、ひいひい泣くの見たいんで!

 壊れたり死んだりしたら?ええ、前説明したとおり補償金は貰いますが、そんな高くないっす。

 普通はせいぜい○百万。あーでもそいつはちょいと高かったかも。でも、払えますよね?

 それに本人OKってゲンチ取れれば、ヤってもいい。

 あと、そいつの同意なくヤっても、ぶっちゃけバレなきゃしょうがないっす。

 あー、でもバレたらマジヤバいんで。ええ、「ウィッチ」に口ふさぎされます。マジで。だから今の、ナシで。

 

 そんな言葉をぺらぺらとまくしたてている。

 

「繰り返すが。

 ヤらんければ殺してもいい。本人の同意書あればヤってもいいってことだな?」

 

「はい。同意書に拇印とかじゃダメですんで。

 いいです、って言ってるビデオ撮っといてください」

 

「おし。ありがとさん、じゃあな!」

 

「はいっ、またごひいきに!」

 

 ぷち、と切れる。

 

「バッテリー、熱いな」

 

 有明りなは、羽交い絞めを解かれてしゃがみ込む。

 その首筋に、熱いものが押し当てられて、体をくねらせた。十数分会話した、携帯電話だ。

 立て、と言われてよろめきながら立つ。

 

 カケルの裏切りを知ってから、胸が砕け散るように痛かった。

 でもなぜか今では、心が水のように凪いでいた。馬鹿な自分を笑いたかった。

 自分は馬鹿で、そのせいで虫のようにひねり潰されるのだ。それで仕方ない、と思えた。

 

「お前さんも、しっかり聞いただろう。

 じゃあ、ヤるか」

 

「嫌です」

 

 ただ、それだけは嫌だった。

 

「ヤらないなら、殺さんならんぞ?」

 

「はい。でも嫌です」

 

 彼女は、葉良先生をまっすぐ見返してそう言い切った。意図せず、頬に笑みが浮かんだ。

 馬鹿な自分への自嘲の笑いだろうか、それとも相手の言いなりにならない自分が誇らしかったのか。自分でも、よくわからなかった。

 葉良先生は、気に入らなそうに鼻を鳴らした。

 

「強情な娘だな。だが、それがいい。

 おい砂土原、覚えちょるか!あの銀行の部長とその娘ば攫って、部長の前で娘の爪剥いでマワしたろ、──」

 

「はい。でもあれ、今やりますか?

 ただ、若のアレまでは、生かさんならんでしょ」

 

「ふん。ほだら、そのうちだな。

 今日は、ヤるって言わせて証拠とるか。ビューカム、持ってきてセットしとけ」

 

「はい。こいつは?」

 

「そこ、腕を縛れ」

 

 砂土原は、無抵抗の有明りなの両手首と両足首を手際よく縛り。

 トーテムポールのような2本の太い柱の間に立たせ、手首を縛った縄を上のフックに掛ける形で縛りつけて、ビューカムを取りに母屋に戻っていった。

 後に、葉良先生と有明りなだけが残された。

 

 ─────

 

「なあ、よう考ぇえや」

 

 葉良先生が、腕を吊るされた有明りなの前に立つ。

 有明りなは、葉良先生を見上げる。心は、驚くほど平静だった。

 

「おう、めんこいのう。──ほら、見よや」

 

 藍染めの着流しの着物の裾から、葉良先生が自分のモノをまろびださせた。

 老人とは思えないほどに大きく、赤黒くてらてらと光っている。

 ただし股間の毛には、白いものが多かった。

 

「もうよ、あのトシマには勃たんのよ」

 

「チヤキさん?」

 

 チヤキさんは、いかにも色っぽいし、それなりに葉良先生ともヤってるとか言っていたが。

 

「マムシ酒飲んで、ようやっと勃たせてんのや。

 でもな、お前さんにはな、なあんもせんでもこんなになるんよ?」

 

 屹立したそれを、彼は有明りなの剥き出しの腿にぺちぺちと当てた。

 

「あんババアとやるときは、マムシ酒にスッポン錠とヒロポ○入れるんよ」

 

 ──そうすればな、なんとか勃つ。でもな、出してもあまり気持ちようない。

 でもな、お前さんなら、そんなもんいらんし。口で抜いてもびりびり来るんや。

 

 葉良先生は、そう言いながら、彼女の胸の先を摘まんだ。

 

「なあ、先行き短い老人の頼みじゃあ。ヤらせてくれんか?

 そしたら、あんババアは首じゃけ。あんさんの身受けしたる、ここで勤めりゃええ!」

 

「見受け、って。抜けられるんですか?リトルウィッチから?」

 

「おおう、足抜けさせちゃる」

 

 それは、魅力的だ。()()()()()()()()()()()

 ただ、あの洩らせない秘密をしこたま抱えている組織が、そんなことは許さない。

 彼女は短い期間ながら、そのことを繰り返し叩き込まれていた。

 

「それは、本当ですが?どうしたら抜けられるんですか?」

 

「まあ、金で済む話じゃろ?ほだら、なんとかしちゃるわ」

 

 違う。彼女の知る限り、リトルウィッチは金如きで足抜けを許さない。

 この老人は、確かにリトルウィッチの恐ろしさを知ってはいるようだ。しかし、本当に恐ろしい暗部を、知らないのではないだろうか。

 だからホイホイ情報を口外したりして、組織の調査対象となった?

 それとも知っていて、足抜け云々は、ただ有明りなを騙すだけの嘘?

 

「それに、チヤキさんはどうなるんですか?」

 

 気になるところは、もう一つある。

 チヤキさんの今後。もし身請けしてもらえるとしても、──。

 

「ははは、気になるんか。引退じゃあ。

 あ奴も長い、いろいろ知っとるけえの。この世からも引退やの!」

 

 葉良先生は、赤ら顔をほころばせながらそういう。

 

「消えても、騒ぐ身よりのないような者を、選んでおるでの。

 それ、この斜面の、くだったとこの塚。あの下にはな、今までの──」

 

「先生」

 

 いつのまにか戻ってきた砂土原が、葉良先生の言葉を遮った。

 

「これまでの女も金ぇ渡して辞めさせとる。

 チヤキもそうじゃ、余計なことを考えんな」

 

 砂土原は、そう有明りなを叱り。

 持ってきたハンディカム(小型の最新式のやつで、片手でも操れるものだ)を、有明りなを撮影できる、手ごろなところに固定した。

 

「先生。まず、鞭ですか。それとも水や車輪や蝋燭で」

 

「肌ば痛めっと、若が怒るかのー。いまさらかのー。

 んー、今日は、久しぶりにあれ使ってみるか」

 

 葉良先生は、そういうと。

 黒光りするほどに使い込まれている道具群の中の一つを、指さしたのだった。

 

 ──────

 ──────

 

(第三者視点、砦山の葉良邸、土曜日の夜)

 

 彼は、自分が誰であるかも知らない。

 気がつくと、全くの異邦人としてこの見知らぬ地に放りだされていた。

 この地は、彼の知らぬことばかりだった。全く見知らぬ魔法、全く見知らぬ食べ物、全く見知らぬ人種。

 当時はこの地を彷徨う物乞いや浮浪人も多く、彼の存在は官憲の目に留まらなかった。

 

 彼には、明確な記憶がない。何か、あるいは誰かによって、ひどく損なわれてしまったのだ。

 額と後頭部には、頭蓋骨を穿つ穴が開いている。そのせいだろう。

 一度見咎められて、「Khijuh Sohshaqua?」と聞かれたが、よくわからなかった。

 彼にそう聞いたのは、彼同様、残飯あさりと駄賃稼ぎで生計を立てる片腕のない男だった。

 祭りの場などには大事に保存している服を着て出ていき、端座して施しを受け。

 稼ぎが出ると仲間たちに振舞ってくれる、親切な男だった。

 ただその男も、寒い朝に目を覚まさなかった。遺物を仲間たちが取りあい、あの服が引きちぎれてしまったのを彼は心を無にしてみていた。

 

 彷徨う日々は、とあるとき終わりを告げた。

 とあるとき、その当時はまだ体も丈夫だった彼が追剥ぎにその荷を奪われようとしていた年若い農婦を守り、駄賃目的に、そのままその重い荷を担って山の上の自宅に送り届け。

 その折に彼に怪力があることが農婦の家族の目に止まり、農繁期だったその家にそのまま雇われた。

 風の吹き込む離れを与えられたが、ひどいとは思わなかった。

 今までの、橋の下や野山で寝たりする生活よりずっとましだったし、農婦たち自身の住む家もほとんど似たようなものだったから。

 

 その後、彼は彼女たちを手伝ううちに、農夫や庭師としての仕事が高度にできることが判明し(これは、彼自身にもひどく意外だった。以前はそういう仕事をしていたのだろう)。

 そのうち農婦たちの地主で、農婦自身も家政婦として勤めている近所の旧家を紹介され、そこで彼は下男として使われるようになった。

 彼自身も浮浪生活の中で気づいたことだが、彼の体には護身の技術が備わっており。

 彼は庭師兼、守衛のような役割で働くことになった。

 

 同じような、しかし平穏な日々。

 彼も年老いていったが、その速度は周りの者よりわずかに遅いようだった。

 

 彼は、ときおり夢のなかで、「自分が、もといた場所」を思い出すことがある。

 まとまった記憶ではない。ここの地とは異なる、彼自身のような人々。なじみ深い言葉。この地のものより美味くはないが、懐かしい食べ物。この地ほど便利なものがない、貧しい素朴な暮らし。

 時には、心をかき乱す記憶。敵に潜入してかく乱し、あるときは石を投げ、槍を手に戦ったこと。敗北したこと。捕えられ、多くの仲間がむごく処刑されたこと。彼自身も、何かをされたこと。いちかばちかでの脱出途中、なにか触れてはならないものに触れたこと、──そこでたいてい、汗みずくでその悪夢から目覚める。

 そんなとき、いつも頭の傷口がひどく痛んでいる。

 

 彼の主は彼に関心はなかったが、庭を手入れしている限りは暮らすのに困ることはなかった。

 彼自身も欲がなく、最低限度の衣食住があればそれでよかった。

 彼の思考にはいつも霞がかかっていて、まとまった思考ができなかった。この地の言葉も、いっこうに覚えることができなかった。

 ただ身に染みついた庭師や番人としての技術には、衰えはなかった。

 

 彼の主が代替わりした。代替わりした息子は、善人ではなかった。

 ときに気慰みに女中や買ってきた娘を痛めつけ、嬲り殺しにすることもあった。妾も、飽きると始末された。

 彼のもといた世界ではよくあったことではあるが、決して称揚される行為ではない。彼は、彼の主だけでなく、それに対し何もできない自分を憎むようになった。

 午前中だけ勤めに来る、かつての農婦の娘──今は老婆となってしまったが──は、主が悪人であることは知っていても、人殺しであることまでは知らない。

 彼も、恩義のあるこの農婦には告げなかった。ひとえに、彼女を守るため。知れば、口塞ぎされると知ったから。

 

 この地の法も知らず、素朴な善悪観念しか持たない彼は、亡くなった者の死体の始末を指示され。

 哀れな娘たちの亡骸を彼なりに手厚く葬り、農婦がかつて彼女の家族の墓でそうしていたように、花を供え、手を合わせた。

 

 時は流れ、老境に入ったと彼は自覚するようになっていた。もう自分は、長くはない。

 数十年の奉公で恩は返した、もう十分だろう。彼は死ぬことを考えるようになっていた。

 ここを出て、ひたすら道をまっすぐに歩いてみようか。

 それで「もといた場所」に戻れたら、それでいい。行き倒れて死んだら、それでもいい。

 

 そんなあるとき、まだ子供のように見える娘を彼の主が買った。

 娘はこれまでの女たちと比べても、ひときわ幼く美しくそして親切だった。

 この地の言葉をほとんど話せない彼にも、礼儀正しく話しかけてくれる。

 この娘を、主人やその馬鹿息子たちはまた犯し、弄んで苛み、そして殺すのであろう。

 彼は娘が身を売った事情を知らない以上、口を出すべきではないが。

 ただ、とても彼女のことを哀れに思った。

 

 娘はおそらく逃げるにも、逃げられないのだろう。

 主たちに陰湿に責められ、嬲られても逃げる様子はなく。

 下の街に降りて、そして自分の意志で戻ってきた。

 目に見えない鎖が、彼女の首に巻かれているのだろう。

 

 そして、その夜。

 彼はその娘が、主人の護衛によって蔵に連れていかれるのを目撃した。

 これまでいつも、女たちを責め殺すのに使っていた、あの蔵だ。

 もちろん、今夜すぐに殺すことはないかもしれない。彼の主人はこの娘を気に入っていたから、じっくり嬲るだろう。

 それでも月の1回の満ち欠けまでは、持たないだろう。

 あの蔵の秘密を知った者が、生きてこの荘園を出ることはない。

 娘にぼんやりと好意を持つ彼は、彼女が救われてくれればいいのに、と思う。

 

 彼自身には、無理だ。

 この地の言葉もしゃべれず、数分以上の思考すらできない彼自身には。

 そしてかつての力も、衰えてしまっている。今はもう、あの見掛け倒しの護衛にすら勝てるか怪しい。

 ましてあの男が持つ、手を構えて相手に穴を開ける魔法の武具には、確実に勝てまい。

 しかし。

 

 ──彼のもといた地で焚火を囲んで聞いた、吟遊詩人の語る物語の中の英雄のように。

 誰かが、あの娘を救い出してくれたらいいのに。

 

 その夜、夜闇を突いて侵入してきた者の足音が聞こえてきたとき。

 彼が意思や考えがまとまらない、損なわれたその頭に浮かべていたのは、そんな漠然とした思いだった。

*1
この当時の携帯電話は、黒や灰色のプラスチック製で、アンテナを伸ばすことができるような仕様になっていました。

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