※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

297 / 321
 第三者(篠崎瑞)視点です。

【要注意】(全く、一片もエ○くない)ただ残酷でグロい描写(人体改造系)があるので、苦手な方は飛ばしてください。次話であらすじを付けておきます。
 


297 異形たちの茶会(20)(篠)?

(篠崎瑞視点、「御前様」の山荘地下、夜)

 

 かつかつ、と足音を響かせてきたもの。

 最初、篠崎瑞はそれがなんだかわからなかった。

 2人の人が手と膝をついて、四つん這いになって這ってきているように思えたが、──

 

「うげっ、──」

 

 理解するにつれ、喉元にえずきがこみあげるのを瑞は感じた。

 

 数メートルおきについている薄暗い照明の下でみると。

 うねうねと人が2人、連なってる、いや、単に接近しているというのではない。これは、──。

 

 1人目は、普通にみえた。

 やや荒れた、堅気でなさそうな獰猛そうな顔。

 やせこけた全裸の体。手足で這っているが、足は膝から先が斬り落とされていた。

 駅前の粒子の荒い指名手配ポスターで見た顔かもしれない、と篠崎瑞は思う。

 しかしポスターでは野犬のような精力を漂わせていたその顔は、どこか痴愚的な表情になってしまっている。

 

 2人目は、その1人目の尻に顔をめり込ませている。これも、新聞かなにかで見た気がする。詐欺師かなにかだったか。

 照明の下で見たとき、瑞はその「2人目」の口が、1人目の肛門に縫い付けられ、癒合していることに気がつく。

(もし志野であれば、十数年後の一部で有名なホラー映画*1のような状況が現出されているとわかっただろう。)

 

 おそらく1人目の排泄物が、2人目の餌になっている。

 そんなものではおそらく栄養が足りないのだろう。2人目の顔色はどす黒く、肉も落ちていて肌には吹き出物がたくさん出ている。

 足取りも1人目のそれはしっかりしているが、2人目のそれは酔っぱらったようにふらふらしている。

 他方、1人目の間延びした顔には、もはや理性がほとんど残っていない。

 それに対し2人目の目には悲哀があり、顔にはざらざらした白っぽい粉が浮いている。──涙の痕だと瑞は気づいた。

 まだ知性があり。自分の悲惨な状況を理解している様子がかえって残酷だった。口を開けて縫い付けられているせいではっきりはわからないが、その顔も未解決事件の重要参考人としてポスターが貼られていたのをみた覚えがある。

 

「ご苦労。取り次いでもらえますかね?」

 

 にごった目をまばたかせ、1人目の頭が頷き、回廊の奥に方向転換をした。悪臭がふわっ、と漂った。

 転回していくときに、おそらく足並みをそろえやすいようにだろう、1人目の足(膝で断ち切られている)と、2人目の腕が雑に癒合させられていることに、篠崎瑞は気づいた。

 

 思ったより軽快な速さで、かつかつかつかつっ、と「犬」あるいは「ムカデ」が走っていく。切られた手足の切り口は、痛くないのだろうか。

 

「ゲロゲロだろ?ありゃ、まだマシな方だぜ」

 

 近知郎が言った。

 

「マジ、ここ来るとなー、俺でもびっくりするようなもん見せられるんよ。

 あ、でも愉快なもんもあるぜ。機会があったら、『盆栽』見せてもらえよ。すげえぞ、だってな、」

 

「近知郎。無駄口はおやめなさい」

 

 側用人にたしなめられて、近知郎は口を閉じた。

 その額に、わずかに汗が浮いているのに瑞は気づいた。

 この残虐な近知郎にして、嫌なものがあるらしい。

 

 かっかっかっ、と再び音が戻ってきて、「犬」が側用人に頷いてみせて、前足を奥に向けてみせた。

 

「そうですか。では、案内を」

 

 側用人は穏やかに言い、「犬」を追って歩き始めた。近知郎たちも、その後に続いた。

 

「──どうして、こんなことできるの」

 

 口の中が乾いていて、言葉が喉にからんだ。

 瑞は、一度、御前様たちが殺人を犯す場面をかいまみたことがあり。

 それで御前様たちの秘密を掴んだ、その悪行を知った、と思い込んでいた。

 ただ、それは彼らの深い闇の、ごく一角にすぎないということを痛感するに至っていた。

 

「知らねえよ。旦那は、──クルスィファの旦那は、この世界の人間じゃねえんだ」

 

 クズの近知郎のことを、瑞はある程度知っている。

 残虐な殺人犯、シリアルキラー。警察が踏み込んだ彼の住居には、死体が数体、そしてその人肉を調理・加工して食べていた形跡があったという。

 平成最悪の殺人鬼、とも呼ばれる彼だが、───

 

「おっかねえよなー。どうやってやるのか知らねえけどよ。

 奥の方には、まだまだすげえ奴もあるんだぜ。」

 

 いつもガラス玉のような目に薄ら笑いの彼も、クルスィファの所業には引いているようである。

 しかし瑞に投げた視線には、相変わらず好色で残虐な色があった。

 

「──お前も、加工してもらおうか。俺から、言ってやってもいいぜ。

 胴体と顔だけにされた奴、見たことがあるぜ。

 それもな、胴体はまたえらく小さく可愛らしく縮められちまっててな。それをサッカーボール代わりに──」

 

「近知郎」

 

 また側用人に無駄口を咎められ、近知郎は口を閉ざした。

 篠崎瑞は、どうしようもない、まっすぐ立っていられないくらいの目眩と不安感を覚え。

 このやりとりを聞いている牢仲間。いつもクソ度胸で何事にもほとんど動じない美少女、吉祥寺美鷹をみやったのだが。

 珍しく、彼女は眉を顰めており。

 その顔には、まぎれもなく嫌悪の情が浮いていた。

 

 ──────

 

 途中で「犬」は、案内を引き継いだ。

 引き継いだのは、一見するとごく普通の人間にみえる。身長は平均より少し高い程度だが、がっちりとした筋肉質の手足。肌はやや黄色みを帯びている。

 顔はまるごと革のマスクに覆われている。そのマスクの目の部分には小さな穴があり、口の部分は、映画「羊たちの沈黙」でレクター博士が被っているマスクのような、格子が付けられていた。

 それ以外は、最小限の革装具を着ただけの裸。それがどこか、古代ギリシャの戦士を思わせる。

 髪はなく、革マスクで覆われきれていない後頭部には何かが溶けて癒着したような痕が見えた。

 

「(この人たち、何者?)」 

 

「(こいつらが何なのか、どこから来たのか俺は知らねえ。

 蟻人兵(ミュルミドン)、と側用人の旦那が呼んでたかな。

 顔は見せねえ。ただ一度だけあのマスクが外れたのをみたな。そいつ、『俺が絞め殺したはずの奴』だった。

 でもよ、体格がなんか違ってて、デカくなってて。それにまともにしゃべれねえみてえだったな。)」

 

 思わず疑問をつぶやいた彼女に、いつになく多弁な近知郎がささやいてくる。

 シリアルキラーであり半ば人間としての枠を踏みはずしている近知郎だが。

 彼も彼女と同じくこの悪夢におびえる仲間であるかのような感覚を彼女は覚える。──彼がどう思っているかはわからないが。

 

 蟻人兵は、彼らを案内して、いくつかの部屋を通りすぎる。

 このあたりは部屋ごとにカギがかかっていて、そのたびに一行は止まって解錠、施錠を待つことになる。

 

 最初はせいぜい、生きた人間がそのまま机や椅子やソファに加工されていたり、皮を剥がされてなめし革にされたと思われる人間の表皮一式が干し台に干してあったり。

(この干し台も、よく見ると震えている。『生きている干し台』のようだ。)

 丁寧に塗料で赤く塗られた頭蓋骨が積み上げられていたり。

 人骨をくみあわせて作った、巨大な鳥かコウモリの骨格標本のようなものが展示されていたりした程度だったが。

 奥に入っていくにつれ、だんだんとこの世に在りうべからざる、おぞましいものを彼らは見ることになる。

 

 とある部屋では、巨大な肉色の仙人掌(サボテン)のようなものが屹立していた。巨大な柱状の茎、分岐する茎、うちわ状の葉状茎。ある種の植物なのかもしれない。

 しかし、それはいわば肉の仙人掌(サボテン)だった。

 その肉の柱(茎)のところどころに、男たちの顔が付いていた。うちわ状の、葉状茎にあたる部分にも。

 顔は目を閉じているものもあれば、目を開けて意識がありそうなものもある。

 目を開けて意識のある顔は、彼らをみて目を剥き、口を開けてなにかを叫ぶような形になったり、話しかけるかのようにぱくぱくしたりする。

 しかし、その口からは何の音も漏れることはなかった。

 

「(これって、──)」

 

「(知らん。──いなくなった奴の顔がついてる。

 こいつとか、お前も知ってるんじゃねえか?ほら)」

 

 葉にあたるところについた顔の一つは、彼女がまだ館の暗部を知る前に知っていたボディガードの一人だった。

 

「(あの後、ヘマを打ちやがってな。気づいたらここについてたってわけや)」

 

 何らかの形で、この異様なものに取り込まれたのだろう。

 そう、瑞は思った。かちかちと音がしていたが、気づくと自分のあごだった。体も、震えていた。

 

「(あの根っこのこぶに顔があろう?あれが『もと』なんやろな)」

 

 その根っこのこぶの顔だけは他に比べてやや巨大で、今は眠っているように目を閉じていた。

 人間の顔のように目と鼻があるが、人間のものではないと篠崎瑞は感じた。

 こぶは穏やかに膨らんだりしぼんだりしていて、どうやら肺にあたる臓器がそこにあるらしかった。

 口の傍には、子供の大きさほどの腕が1対ついていた。

 酸っぱいえずきがまた喉に上がってくるのを覚えながら。篠崎瑞はその部屋を後にした。

 

 別の部屋。

 小型犬ほどの大きさの動物が動き回っている。

 いや、動物ではない。人間の頭だ。

 すこし水膨れしたように大きい、人間の頭。

 人間の頭は、ごく小さな肉塊につながっている。その肉塊から、直接足が生えている。腕はない。いわば、頭からすぐ足が生えている、頭足人。

 どの頭も口をいっぱいに開け、せわしなく息をしている。肺があるとしても、小さいから一生懸命呼吸しないといけないのだろう。

 食道と胃袋などの臓器も、あるのだろうか?だが、維持できるほどの大きさには思えない。

 事実、隅には行き倒れた頭足人が折り重なっていたりもする。

 その行きだおれた頭足人を必死に共食いしようとしている者もいる。

 

「(──『グリロス』って呼んでる連中や。素材を採った、残りカスなんかもしれん。

 気がおかしくなってるんがほとんどや。でも自分がどうなっとるか、分かっとるのもいる。むっごいのう)」

 

 近知郎が、そうささやいた。瑞も同感だった。

 グリロスにされた連中の中には、助けを求めるようにこちらに寄って来ようとする者もいたが、蟻人兵は平然と彼らをかなりの勢いで蹴飛ばし、数匹が壁にぶち当たり動かなくなった。残りの者は、よたよたと逃げ散った。

 

 別の部屋。

 植木鉢のようなものが整然と並べられ。そこに頭や腕や手が植わっていた。

 これらのパーツは、刺激を感じ取れるらしい。彼らが近づいたのを察知したらしい頭の目が見開かれ、口が開けられた。腕を近知郎がつついてみせるとがくがくと動き、何かを掴むように指が曲げられた。

 でも、それだけだった。頭は叫ぶことなく、腕は何も掴むことはなかった。

 

 別の部屋。

 腕を無数に移植された元人間らしいものが檻の中にいた。

 もちろん骨格として成り立っているわけもなく、多くの腕はただぶら下がっているだけで、化膿して膿んでいるものもあった。

 この人の顔、殺人犯か何かとして報道されていたのを見たことがあるかもな、と篠崎瑞は思った。ただ、もう顔色はどす黒く、死期が迫っているようだった。

 蟻人兵たちは臭いが気にならないのだろうか。篠崎瑞はその悪臭に、早く部屋を出たいと思った。

 

 また別の部屋。

 ねじり曲げられた人間の肉体のオブジェ。

 人間の四肢の骨を軽く潰し、四肢を紐に見立て、乱暴に強引に結び合わせて結び目をつくって癒着させれば、こうもなるだろうか。

 その正視に耐えない肉の塊は、まだ生きていた。

 丹念に縫い合わされた目のある顔はその中心部あたりにあり、声帯をえぐられたと思われる口から声なき絶叫を上げていた。

 

 ──そんな部屋を、彼女たちはとおりすぎていった。

 やがて、そのような人間の尊厳を冒涜しつくすようなものはみられなくなり。

 静謐な、神々しいとすらいえる気配が一画にただよう。

 そして、両側に列柱のならぶ、広い部屋に入った。

 

 おそらくは人のものであるだろっ骨を組み合わせ、人皮と髪で縛り合わせたもので飾られた、巨石の祭壇が目を惹く。

 どうやって運び込んだのか、あるいはこれが先にあって、あとから地下牢獄を造ったのか。

 

 巨石の祭壇には、巨大な顔の意匠が浮き彫りされている。

 両手を顔の横に並べ、曲げた指の爪をみせ、威嚇するように歯をむき出した(あるいは唇を切り取られた)顔だ。

 おそらくはこの祭壇が捧げられた先である、邪神を象ったものであろう。

 松明の炎のゆらめきで、邪神の表情が変わるように見えた。あるときは怒れるように、あるときは嘲笑するように。

 

 そしてその邪神の祭壇の前に、身長2メートル近い巨大な体格の筋肉質の男が座っていた。

 端然と、胡坐をかくように足の裏同士を付け、膝を床に付ける姿勢。

 髪をそり上げているのであろう、頭髪は一本もなかった。

 眉は黒々としていて、その下の眼は大ぶりで鋭い。男前ではないが、精力に満ちた横幅の広い顔つき。

 

 祭壇が発する、悪魔的だが神聖な雰囲気。

 ここは何らかの聖所であり。

 この座っている男は邪神に仕える僧あるいは神官なのだろう。

 

「クルスィファ殿」

 

「ようこそ、側用人殿。お連れの、方々。」

 

 側用人が挨拶すると、尋常にクルスィファと呼ばれた男が返答する。

 クルスィファは、日本語をかなり流暢に話す。

 濃い眉の下の目が、彼女たち一人一人を舐める。その視線を受けて、篠崎瑞は体が震えだすのを感じた。

 篠崎瑞は、捕らえられる前にこの神官を一度だけみたことがあった。

 この人は、いや、人であるかも疑わしい、この存在は──。

 

「神官殿。一つ、御前様からのご依頼があります。この女のここでの記憶を、消していただきたい。

 また、燔祭に供される贄たちの、顔みせもしたいと思っております。

 ──これらの娘たち、いかがでしょうか?」

 

「おお、良いです。

 こちらは、替えるもいい。──けれど」

 

 ちらっと、吉祥寺美鷹の姿に目を瞠った後。

 篠崎瑞を見下ろす視線には、どこか嗜虐的な光。

 もし、要らないとされればどうなるのだろう?

 篠崎瑞は、どこか笑みを浮かべた彼の視線に、手足から力が抜けるような思いを味わう。

 次に、神官は吉祥寺美鷹の前に歩みを進め。そして、そこではじめて何かに気がついたように息をのんだ。

 

「こちらは、──おお、おお、あなたは、あなた様は、Xhal-ha-qhi'l, quiarshloa, ──」

 

 彼は、美鷹の前に恭しく片膝をついた。

 自分の顔を近づけ、その顔を確かめようと彼女の顎を手であげさせようとして、──何かに気がついたように、その肌に障る寸前、あやうく手を引っ込める。

 その手が、わずかに震えているのを瑞は認めた。

 吉祥寺美鷹は、静かに神官の猛禽のような目を見返す。

 やがて恍惚としたように、クルスィファは何かをしゃべりはじめた。彼の母語であると思われる言語で。

 

「クルスィファ殿。いかがされたか」

 

「おお、側用人殿。感謝を。

 ──側用人様。我が大望の叶う日は近い。」

 

 クルスィファは我に返ったように、立ち上がったが。

 その視線は、じっと彼女に据えられたまま。

 彼女の何かが、彼の心をつかんだのだろう。

 

「クルスィファ様、とおっしゃるのでしょうか。

 私の中に、何を見たのですか?」

 

 ほとんど物理的なまでの、クルスィファの持つ異様な圧力に。

 瑞は、今にも膝を折ってしまいそうな感覚を覚えている。

 隣の近知郎も呼吸が早くなっている。このプレッシャーを受けているようだ。

 しかし吉祥寺美鷹は、このおぞましい所業を行っているであろう存在に、まるで普通に教室で先生に質問するような調子で問いかける。

 

 瑞はその呆れるほどの強心臓に、もはや嫉妬や焦燥などでなく諦念を感じた。

 

「──鍵。

 私は、鍵を見つけた。あなたの中に。

 それを、取り出す。私が、取り出す。私のものにする。」

 

 クルスィファと呼ばれる神官は、奇妙に真摯な歓喜の表情でそう答えた。

 

 ──────

 

 神官クルスィファはしばし感動に浸っていたようだったが、やがて側用人からの依頼内容を細かく確認し。

 目的である、縛られていた豊満な女への記憶封じの処置を始めた。

 

 クルスィファはおびえる女の目を覗き込み、その頭に手を当てた。

 特に力を入れていた気配もなく、しかし女が激痛を感じているかのように叫び始める。白目を剥き、縛られた体をよじらせ、頭を振って逃れようとするが、片手で彼女の頭をつかむ神官の鉄のごとき腕は、こゆるぎもしない。

 そんなむごたらしい状態が、続いた。

 

 神官は、女の狂態を楽しんでいた気配もあったが。

 やがて女の目がとろんと濁り体から力が抜けると、残念そうに手を放して立ち上がった。

 女は、目を開けたまま失神していた。

 

「これでよい。女の記憶は、ない。」

 

 クルスィファは、うっすらと汗をかいていた。

 この術は、体力を使うものであるようだ。

 

「御坊の貢献、感謝する」

 

「側用人殿、これは当然のこと。

 心力を補いたい。使ってよいか、マイラを?」

 

 クルスィファは、日土里まいらの豊満な体を舐めるように見た。目に嗜虐的な色が揺れている。

 紺の女給服に身を包む女使用人は、軽く頭を下げた状態で静止した。わずかに固まった肩が、震えている。

 大きな恐怖を、覚えているようだった。

 

「神官殿。今日は、残念ながら御前様がまいらをお使いになります」

 

「御前様のものは、御前様に。

 ──近いうち、久しぶりの『狩り』は?」

 

「みつからぬように、さわぎにならぬように。

 警備が最近は強化されております。人前で殺すと、大騒ぎになりましょう。

 贄とは別に、神官様のお使いになる用途に捕えてくるのもいいのではないでしょうか。

 明日明後日でも、構いませぬか?──近知郎、神官様の求めがあれば、応じなさい。」

 

「へい、クルスィファの旦那。

 いつもどおりに、夕方から、下町で?」

 

 近知郎は、こわばった笑みを浮かべた。

 彼らは、どうやら「狩」なるものを数度、ともにしたことがあるらしい。

 

「明日以降、よい。時間、場所、任せる。そなたは、良い鼻の狩人。

 では、また。」

 

 それだけで、話はまとまったようだ。近知郎は、頷いた。

 そして側用人は、神官に感謝と別れを告げ。

 往路と同様、おぞましい人体の破壊博覧会のような部屋を経由し、帰途についた。

 

 ─────

 

 地上に戻り、篠崎瑞は美鷹とともに牢に戻された。

 手足に鎖をつけられ、無情に鉄格子がとざされる。

 しかしその粗末な牢は、瑞にはあの地下牢獄に比べるとはるかに安全な、心安らぐ場所にすら思えた。

 戻ると、瑞は作り付けのトイレにかがみ込む。胃の中がむかむかする。

 あの、体を好き放題に弄られて変形されて、なお生きていた人々。見開いた目に宿る焦燥、──。

 ごぷっ、と彼女はこみ上げてくるものを吐いた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 背中に手を感じる。美鷹だ。

 美鷹の温かい手(盛夏だが、高原であるせいか、心が冷え切ったせいか瑞は体の芯まで凍えるような寒気を感じていた)に、たとえようもない安堵を感じた瑞だったが。

 

「余計なお世話だろっ」

 

 一瞬後、彼女は美鷹の手を振り払った。

 この牢仲間がいてくれることに、ほっとした思いがある。 

 この場で彼女一人だと、心を壊してしまっていたことだろう。

 しかし意地っ張りな瑞は、素直になれない。この何かと依怙贔屓される出来すぎ女に対する反発もあって、つい、そんな言動をとってしまう。

 

「そうですか。差し出がましい真似、申し訳ありません。」

 

 残念そうに美鷹はそう言って、自らは備品の柄が極端に短い歯ブラシ(これを武器にできるかもしれない、と瑞は考えたことがあったが、長さも強度も不足していてあきらめた)で丁寧に歯磨きをし、水差しで口をゆすぎ。

 用足しまでして、それではおやすみなさい、と言ってふとんにもぐりこんだ。

 

(ああ、嫌になる。私が悪いのにな。)

 

 瑞は膝をかかえてベッドに座り、美鷹の横たわるふとんを見つめる。

 シーツに流れる艶のある濃い栗色の髪は絹のようにさらさらで、ウェーブまでかかっている。

 ただでさえ関心もなく、まして囚われてから髪のお手入れなど全くできていないせいでぼさぼさ気味の髪の瑞は、面白くない格差を感じていらだった。

 

 しばらくの、沈黙。

 廊下からさしこむ明かりは、夜になると自動的に消灯する。囚人の意思では任意に付け消しできない。

 だが、まだ消灯時刻ではない。廊下の明かりはまだ煌々と無遠慮に射しこんでいる。

  

 ちょっと考えてから(気に食わない牢仲間のすまし女のまねをするようで、不快だったが)、ここしばらくサボっていた歯磨きをして口をゆすぎ、瑞もふとんにもぐりこんだ。

 しかし、眠れない。腹が減ってきていた。さっき吐いてしまったからでもあるだろう。

 

(それにしても、あれ。いったいなんなんだ!)

 

 彼女はあの神官の地下牢獄でみたものを思い出しそうになり、あわてて頭を振った。

 彼女がここに閉じ込められるに至ったのは、クルスィファと近知郎たちの悪行をかいまみたからなのだが。

 あんな人知を超えるような冒涜的行為がなされているなどとは、知らなかった。

 せいぜい、誘拐や人殺しくらいだと思っていたのだ(それでも、彼女には十分に恐ろしいものだったが)。

 

 ──寝よっかな。くそっ、悪い夢を見てしまいそうじゃん。

 

 そう、羊を500まで数えても眠れず、目を開けて天井に視線を投げて瑞は思った。

 夏だというように、妙に肌寒い。瑞は、ぶるぶるっ、と身を震わせた。鳥肌が立っている。

 そのとき。ふわっ、と何の予告もなしに寝ていると思っていた牢仲間の美少女が上半身を起き上がらせたので、瑞はあやうく叫びそうになった。

 この、クソ女め!──そう文句を言おうと、瑞が息を吸いこんだとき。

 

「しっ」

 

 唇に指をあてた無駄に美形な顔を向けられ、制止された。むかつく!

 美鷹の目は、廊下側の鉄格子にしばらく注がれた。思わず瑞もその視線を追ったが、誰の姿もない。

 いよいよ罵言を投げてやろう、と美少女に向きなおると、美少女は今度は天井を見上げる。なんなんだ?

 

 ほとんど音もさせず、この美少女の相方は薄手の毛布をとりのけた。視線は、天井の通風孔のあたりをじっとみつめ続けている。

 そこから、ほつん、と礫のようなものが落とされた。紙に包まれた、何かだ。

 瑞が反応できないくらいのなめらかさで、ごくわずかな鎖の音をさせながら美少女が動き。

 その包みが、床に落ちて物音を立てる前に空中でつかんだ。

 そしてなぜか、また毛布をかぶった。なんなんだ?

 

「ミズキさん。眠れないですか。

 今日は、いろいろ大変でしたからねー」

 

 しかも美少女がなぜか全く脈略もないことを口にしはじめたので、瑞は混乱した。

 

「あ?何いってるんだ、てめえ、──」

 

「ええ、わかります。大変じゃすまないくらい、怖かったですよね。

 《この塔の地下に、あんなに怖い場所があるなんて》。

 あのお坊様、『《クルスィファ》』さんが、人をさらったり、殺したりしているんでしょうか」

 

 頭は悪くないがあまり融通の利かない瑞にも、のみこめた。

 その紙を投げ込んだのは、以前瑞が返事を書いた、あの謎の手紙の送信者なのだろう。

 たぶん、彼女たちを助けたいと思ってくれている人だ。

 美鷹は監視や盗聴、あるいは見回りの者の耳を警戒しつつ、それとなくこの手紙をくれた者に情報を渡そうとしているのだろう。

 

「おう、そうだろうな。ありゃ、大変なんてもんじゃないぞ。

 生きたまま、人間を改造してたよな!イスとか、植木とか!」

 

 瑞は業腹ではあったが、美鷹に合わせて芝居での会話をすることにした。

 今、仲たがいしてる場合じゃない。

 

「捕まった私たちも、ああなってしまうんでしょうか。

 あのお坊様には、この世界のものでない、不思議な力があるように思えます」

 

 それにしても、自分で自分の演技力のなさがわかる。

 もし盗聴されてれば、演技だとバレるかもしれねえな、と瑞は思った。

 

「よほど高度な医療でも、人間を頭と足だけに縮めたり。

 輸血装置もなく、体の一部分だけ植木のように活かしたりはできません。

 あのお坊様、クルスィファ様の力なのでしょうね」

 

 考え深げに、美鷹が言う。

 普通なら取り乱すような惨状なのに、動じない様子。

 私と違う意味で却って不自然じゃねえか!と、瑞は心中でツッコミをいれる。

 

「あの坊主、妙な力があるんだろうな。

 妙な力はねえが、護衛たちも要注意だ。

 あの指名手配のクズ男、按堂近知郎や、ノッポのロリコン野郎、江戸門剣波も凄腕だ。

 おそらく、最近入ったあの拳法使いの色男も。

 あの映画俳優みたいないい男の手戸万出(テド マンデ)は、わかんね。あんまり見ねえ。

 あと、妙な大男がいたな。あれは護衛じゃねえ。御前様の家族か?

 さっきの4人以外の護衛8人は、下屋敷組。金で雇われてるだけだ。

 下品な奴はいるが、ここであんなやべーこと起きてるなんて、知らねえんじゃね?」

 

「そうですね。

 あとテドさんは知りませんが、それ以外の護衛は私たちが戦って勝てる相手ではありません。

 メイドの方は、おそらく悪い方ではありませんが、私たちを救える力はありません。

 ちらっとお見かけした、料理長様。それと捕まってからお目にかかってはいませんが、御前様も、とてもたくさんの人を殺しているようです。

 騒ぎになっていないのは、殺されているのが身寄りのない方たちとか犯罪者の方たちとかだからでしょうか」

 

「なんで分かるんだよ。──でもまあそうなんだろうな。

 私は近知郎の野郎が人を殺すのを見た。あのじいさんが、命じたんだ。

 それ見たのを気づかれて、ここに放り込まれちまったんだ」

 

 そう言いながら、ふと瑞は疑問を覚えた。

 

「あのジジイがそうなら、あのハゲ坊主はもっとたくさん殺してるのか?」

 

「正直、見当もつきません。あの方が人間なのかすら、私にはわかりません」

 

 珍しく、美鷹は嫌悪感をにじませながら、そう答えた。

 

 ──────

 

 囚人たちを見回りに来るのは、たいてい近知郎か江戸門剣波だ。

 時間はだいたい決まっているので、おおよその目安だけ、瑞は前の手紙で「謎の訪問者」に教えていた。

 時計もない彼女たちには正確には測れないが、謎の訪問者は分かっているのだろう。

 やがて訪問者から別の紙が投げ込まれ、それを再び取った美鷹は瑞に頷いてみせ、美鷹と瑞の奇妙な対話も終わった。

 今まで、訪問者に聞かせるためだけのちょっと作為的な会話をしていた二人の間に、ぎこちない沈黙がおりる。

 

「おい、」

 

「ちょっと、失礼」

 

 美鷹が自分のベッドから降りて、瑞のベッドに乗り込んできたので、瑞は思わず身構えた。

 左足に付けられた鎖の制約のため、彼女は器用に左足を自分のベッド側に垂直に突き出したまま、体を瑞のベッドに入れてきた。

 

「毛布を。(──ミズキさん、これを)」

 

 大胆にも瑞の毛布に入ってきた美鷹は、瑞に片腕で抱き着くようにして、耳にささやきながら、そっと2枚の紙をよこしてきた。

 筆跡が分からないように工夫したのだろう、定規でカクカクと書かれたカタカナ書きの手紙。

 1つ目に投げ込まれたものと思しき紙片は、”ニゲル タスケル ジョウホウホシイ”

 2つ目に、別れを告げた紙片は、”マタクル”

 とだけ、記されている。

 

 なるほど、と瑞は納得する。これに沿って美鷹が情報提供していたわけだ。

 次に美鷹は、1枚目の紙にくるまれていたものを瑞に見せる。

 極小タイプのペンライト型キーホルダーとヘアピン数個、人差し指ほどの長さもない(やすり)

 

「(──お前、マジ信じるんか?)」

 

「(さあ。でも、信じるしかありません)」

 

 美鷹は苦笑してみせる。鎖のせいで片足を伸ばした姿勢がつらいのか、彼女は同じ毛布をかぶって横たわっている瑞の胴にその腕を回している。そのことをあらためて意識して、瑞は体をこわばらせた。

 ふわっ、と、わずかな爽やかに甘い匂いが鼻腔に届いた。

 

「(まずは、これをどうにかしないといけないですね。

 ──ミズキさん、ひょっとして開ける心得などお持ちでないでしょうか?)」

 

「(んー、遊びなら。こんな本格的なもんはやったことねえ)」

 

 美鷹が自分の両手首をつなぎ合わせている鎖を示しながら聞いてきたので、答える。

 南京錠や一般的なシリンダー錠などの錠前破りは、まだ小中学生のときに練習したことがある。

 彼女への罰として、父親が彼女を倉庫に閉じ込めたりすることもあったからだ。だから厳密には「遊び」じゃない。

 

「(そうですか。心強いです。

 ただ今日は遅いですし、明日にしましょう。これは分けて持ちましょう。後は、私がお預かりします。

 ──おやすみなさい)」

 

 鍵開け用のヘアピンを多めに瑞に分け、それ以外の道具は美鷹が預かることになった。

 美鷹が瑞のベッドを出て自分のベッドに戻ると、瑞はほっとするのと同時に。

 美鷹の体温が抜けたベッドが急に寒々しく思えてしまう。

 高原の山林だからか、夏でも朝夕はそれなりに涼しいな、と瑞は思う。

 

 やがて廊下の明かりが消えて、牢獄は暗闇に閉ざされる。おそらく午後10時あたりだと瑞は見当を付けている。

 そしてそろそろ、懐中電灯を持った見回りが来る。いつもは側用人、ときどき剣波。

 

 寝息のような規則正しい呼吸が、背中を向けて寝ている相方のベッドから聞こえてくる。

 瑞は、ふとんにもぐったまま闇の中で目を開き、ぼんやりと天井をみていた。興奮していて、眠れない。

 果たして、彼女たちはここを抜け出せるのだろうか。

 近知郎たちの一人にすら、瑞は勝てない。それにあの神官は、バケモノだ。

 そして今日、夕食を共にした謎の覆面男も恵まれた体格で、おそらくは強い。

 ただ、それに対するこの相方の美少女にも、どこか底知れないものがある。

 

 ──まず、普通なら無理だろうけどな。

 こいつ、このすました女。気に食わねえが、キモはクッソ据わってやがる。

 あとは天井裏の、忍者みてえな奴。この私が、気配一つ感じなかった。

 そいつが、どれくらい頼りになるかだな。

 

 そう思いながら、しばしして。

 幸運にも見回りが来る前に、彼女の意識は闇に溶けていったのだった。

 

*1
日本では2009年に公開された、ムカデ状に人間を歪めることがテーマの狂気の映画。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。