※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

298 / 321
○ご感想をいただきました(134話)。ありがとうございました!
 国領ハルカさんは、まあそういう人で、──。ちょっとリスク意識が壊れているんです。
 いままで無事だったのも、生存者バイアスってやつなんでしょうね。

○紫藤みなり視点です。
 今回はあまり進んでいませんが、そろそろ進行を早めて結末に収束させていきたいと思います。

(20260201)
 タグに失敗していたようです。意味不明に中間が飛んでいたので、修正しました。


298 異形たちの茶会(21)(紫)

(紫藤みなり視点、金曜日夕方の志野との散歩後、登良川の河畔)

 

 夕闇が落ちかけて、風が吹いてきている。

 わたしは、志野くんとのひとときのデートを終え。

 迎えにきてくれたクマモトさんの黒塗りの車に乗り込んだ。

 背後をふりむいたり、手を振ったりはしない。志野くんも、隠れていてくれるはずだ。

 ごろごろごろ、と遠くで雷が鳴る音がした。

 

「雨、降りますね」

 

 ぽつ、とガラスに雨粒が落ちてきた。志野くんは大丈夫かな、とわたしは心配になる。

 

「──あ。そうっすね」

 

 クマモトさんは口が重いし、ぶっきらぼうだ。

 たとえば挨拶とかはしない。志野くんほど背は高くないけどがっしりした感じで横幅もあって、短髪で銀縁眼鏡の奥の目は鋭い。笑ったところをみたこともない。ちょっと怖い感じ。

 ただ、頼むとやってくれるし、わかりにくい気づかいをしてくれたりする。

 どちらかというと人と接するのが苦手なだけじゃないかな。

 あの近知郎さんなんかとは違う、まともな人なんだ。

 

「クマモトさん。ちょっと途中、お店か何かに寄っていいですか。友達に、伝え忘れたことがあって。

 電話を掛けたいんです。この後、夏休みになってしまうので。それと」

 

「それと?」

 

「──お店、できればホームセンターみたいなところがいいです。身の回りのものとか、まだ足りないものを買いたくて。

 もう高速乗るルートですよね。だから、高速を降りたところででも」

 

 半分は口実ではあるけれど、本当のことでもある。

 家からあの館に持ってきたものは、あまり多くない。揃えたい雑貨類は、市街地だと高い。

 クマモトさんも事情はわかっているようだ。うっそりと頷いてそのまま高速道路に乗り込んだ。

 

 ──────

 

 高速道路を降り、途中でホームセンターの「マフコ」に寄る。

(マフコというのは、農業資材とか、いろいろ置いてある大型ホームセンターなんだ。)

 わたしはまず、さとみんの家に電話を掛ける。

 幸いにもさとみんはちょうど二次会から戻ってきてたところ。楽しかったって言ってる。

 わたしは時間を気にしながら、さとみんと簡単に情報交換する。ほら、今日、志野くんがお散歩でわたしにしたこととかね。

 思わず、声に優越感が乗ってしまうのも、さとみんからぐぬぬという気配が漂ってくるのも仕方ない。ずっとさとみんが先行してたけど、今回、わたしはさとみんの経験してないことを経験したんだ。追いつくどころか、追い抜いちゃった。

 とはいえ、すでにハルカちゃんははるか遠く(ふふっ)を走ってる。だからわたしなんかはまだまだだ。

 

 電話を終えると、わたしはあの山荘で足りなくて欲しいと思ってた、ブックエンドとか衣装ケースとかの小物、そして()()()()()()()を買い求め。

 そして苗とか園芸用品とかの売り場を眺めていたクマモトさんにお待たせしたお礼を言って、車に戻ったのだった。

 

 ──────

 

 そんな寄り道をしたせいで、山荘についたのは日がしずんでしまってからだった。

 クマモトさんがインターホンを鳴らすと、まいらさんが来て、迎え入れてくれる。

 まいらさんとクマモトさんは、ごく普通の関係。ただ、クマモトさんはまいらさんに敬意を持っているっていうか、──まいらさんみたいな胸の大きい女の人が好きなのかもしれない、って思う。

 

 クマモトさんはまいらさんにも、やっぱり口数はすごく少ないんだけど。

 まいらさんの前ではクマモトさんはぴしっとしてるっていうか、返事も早いしきびきび動く気がする。先輩に対する態度、みたいな感じ?

 特定の人にだけええかっこして、っていえばそうなのかもしれないけれどさ。

 まあ仕方ないよね、わたしも志野くんの前とほかの人の前とではたぶん態度がちがう。

 まいらさんも、クマモトさんタイプの人は慣れてるみたいだ。いろいろ足りないクマモトさんの言葉も、特に気にしてない。

 

「みなりちゃん、今、大事なお客様が来ててね。

 お部屋に戻ってて。ごはんは持ってきてあげるから、こっちには出てこないようにね」

 

「はい、まいらさん」

 

「鍵、かけとけって言われててさ。ごめんね」

 

 この館、前にも言ったようにいくつかの区画ごとに鉄格子で仕切られてて、行き来を止めることができる。

 そしてわたしとまいらさんの住む区画は、うずまき型のこの館の一番奥。

 つまり、閉じ込められてしまうと脱出はすごく困難なんだ。

 そのことにわたしはあらためて気づき、ひやっとする。

 本当は、異常だよね。出てくるな、ってだけじゃなくて館の奥にカギまでかけて閉じ込めるなんて。

 

 わたしはいつのまにか、この館の異常さに慣れてきてしまってる。

 人をさらったり、閉じ込めたり、苦しめたりするのが、当たり前のように錯覚してしまったり。

 そのことを誰かに言おうとしても、頭が痛くなったりして言えなくて。

 思考が誘導されたみたいに、まいらさんとかに苦しみを与える妄想をしてみたり。

 

 でも今は、そのおかしな発言ブロックや妄想、錯覚がなくなっている。

 思考が、すごくクリアだ。

 これまでの経験、特に昨日と今日の実験を通じて、その要因をわたしは確信するにいたっている。

 

 そう、志野くんと、えーと、その、──いろいろするとだね。

 このおかしな、思考誘導や発言ブロックみたいなものが止まるんだ。

 最初に気づいたのは、あの日蔭谷の家で志野くんといちゃついたときのことだ。

 志野くんにいろいろ気持ちのいいことをしてもらって、頭の中が白くなったとき。

 「館のことをしゃべらないように」という制約が、とろっと溶けるようになくなったんだ*1

 

 頭がはっきりしているわたしは、さらに思考をめぐらせる。

 発言ブロックみたいなのがはじまったのは、──あの日曜日の、すぐ前かな。

 志野くんに館のことを相談しよう、って思ったときに頭がいたくなったのを覚えてる*2。それからあとも、ときどき。

 そして発言ブロックよりさらに強い、思考誘導もどきの存在に気づいたのはそれよりすこし後。

 はっきり自覚したのは、つい最近だ。木曜日の志野くんとの訓練の前、水曜日の夜*3だ。

 

 この発言ブロックや思考誘導を止めるのに必要なのは、頭の中が白くなるような快感や痛み。あるいはそれらの両方。

 

 この、快感や痛み。

 志野くん以外の経路はどうなのかな、って思うよね。

 わたしは志野くんとの訓練の直前に、試してみたんだ。

 ほら、自分でぎゅっと柔らかいところつまんでみたり。

 軽く指をドアとか引き出しのすきまにはさんでぎゅっとしめつけてみたり、とかさ?

 

 それだけでも、ごくわずかに効果はある気はした。

 でもその効果は、はかばかしくないんだ。

 思考誘導は「それをやってる間はとまる」気がする。ただ、痛みのあまり他のことが考えられないから、ほんとに思考誘導が止まってるのかどうか実はわからない。

 そして発言ブロックは、あんまり止まらない?腿の肉をこっそりつまみながら志野くんに館のことを言おうとしたけど、言えなかった。ただこれは痛みが足りなかったかな。

 まあとにかく、効果はあるけど、微量なんだ。

 

 でもね。志野くんに頭の中を白くしてもらうと、だね。

 確実に「良くなる」「進行を巻き戻せる」んだ!

 思考誘導なんて、まる1日くらい止まる。木曜日にやった効果なんて、今日までのこってた。

 そして今日、金曜日、追加でわたしが下着を剥ぎ取られて散歩して恥辱にまみれて頭を白くしたせいで、さらに押し戻せた感じがする!

 だから、志野くんにはがんばってもらわなきゃいけないな。もちろん、わたしも。

 

 ──────

 

 さて、まいらさんが来てくれるまでは、わたしは籠の鳥だ。

 学校から出た夏休み中の課題を進めながら、わたしは、さとみんとの電話で話したことを思い出す。月曜日のことだ。

 

 まず、月曜日に集まること。

 ハルカちゃんには、もう声を掛けてあるらしい。志野くんとわたしは、もともと会う約束がある。

 ただ大丈夫かどうか、側用人さんか誰かにお願いして根回ししておかないと。

 

 次に、お母さんの病院に行かないといけない。

 それと、あの竜神さんのいる村のサクヤさん関係。志野くんが進めてくれてるみたいだけど。

 サクヤさんには、おもしろい本を持って行ってあげよう。

 時間があったら、日蔭谷のお父さんのところにも立ち寄って様子をみないと。

 

 そして月曜日は、少し早く会ってさとみんと話すことにしたい。

 ハルカちゃんがいてもいいけど、できればわたしとさとみん、サシで。

 なぜって、ハルカちゃん対策だよ。ほら、ハルカちゃんは友達だけど、仮想敵でもあるから、さ?

 どれだけ明日(土曜日、志野くんさとみんとハルカちゃんでデートするんだ)、さとみんたちが進んだかも確認しなきゃ。

 そのヒアリング結果を踏まえて、性的魅力向上委員会での活動方針を打ち合わせしよう。

 

 あと、わたしとさとみんとの通信手段の確立についても相談したいな。

 ほら、この家からは電話がかけられない。だからさ、外に出ないと本当に何も連絡ができないんだ。

 学校を口実にできなくなったら、どうしようかな。

 まいらさんは定期的に買い出しに行ってるみたいだから、わたしもそういうときに同行させてもらえるなら電話したり、お手紙出したりできるかもしれない。

 一度、この点はまいらさんにさりげなく聞いてみよう。

 

 わたしがそんな雑念にときどき思考をさまよわせながらも、学校の宿題をしていると。

 とんとん、とドアにノックの音がして、「みなりちゃん、アタシアタシ」という声。

 まいらさんだ!

 

「みなりちゃん、ごめんねおそくなっちゃって。

 一緒に、ごはん食べよ?」

 

「ありがとうございます。いただきます!」

 

 そういえば、かなり遅い時間になってしまってた。外は、もうまっくらだ。

 まかないの美味しそうな匂いが、わずかに漂う。

 わたしはまいらさんといっしょに、わたしとまいらさんの部屋のある女中居住区画の、共用リビングルームに向かう。

 すでに、お盆に乗せた美味しそうなみそ汁、ごはん茶碗、サラダやおひたしが用意されてる。

 小さな電気コンロの上の魚焼き器からは、魚(たぶん、塩さば)が焼ける美味しそうな匂い。ぷすぷすっ、と魚の脂が熱い鉄板にはじける音。

 そういえば、お腹が空いてた。

 

「魚、もうそろそろいいくらいかな?

 ごはんとおみそ汁はおかわりもできるから、たくさん食べてね」

 

 ワゴンにあるごはんのおひつをテーブルに乗せて、まいらさんがそう言う。

 今日のまいらさんも、ちょっと忙しかったんだろうな、食欲があまりなさそうだ。やっぱり、妊娠?

 ごはんを讃え、美味しい魚とかの世間話をしたあと、わたしは切りだしてみる。

 

「まいらさん。買い出し、ってときどき行きますか?」

 

「ええ、行ってるわよ。みなりちゃんも、行く?」

 

 行けるみたいだ。よしよし。

 

「はい、いろいろ買わないといけなかったりして」

 

「そうね、こんど行きましょうか。近知郎か剣波、それか側用人様が付くけど」

 

 がーん。近知郎さんが付くのか。

 

 そう思ったわたしの気落ちぶりが顔に出たらしい。まいらさんが笑ってくれた。

 

「まあ、仕方ないのよね。

 アタシがさ、ほら、逃げたり。あー、逃げるってのは、お金を持ち逃げしたりって意味だけど。ほらアタシ、育ちわるいからさ。

 そんなことがあったら困る、ってこともあるのよ、きっと」

 

 まいらさんは、頭がすごくいいってわけじゃないけど、悪くはない。

 今のは、おそらく「その機会には逃げ出せない」ってそれとなく教えてくれたんだと思う。

 まいらさんは記憶を読み取られたりするらしいから、口に出す言葉や、目でみるものには用心してるんだ。

 だからわたしも、なにも気がつかなかったように自然に話を続ける。

 

「そうなんですか。じゃあ、こんど一緒についていかせてください!

 それと。歯医者さんとかにかかるときって、どうすればいいですか?」

 

「そうね、お医者様に行くんだったら、側用人様に相談かしら。

 アタシも、まだ病み上がりだから病院に通ってるし。」

 

 そうだったな、とわたしは思い出す。

 まいらさんの、お仕着せのエプロンドレスをこれでもかと押し上げる胸や。

 スカートからみえる、肉感的な柔らかい曲線を描くふくらはぎを見ていると忘れてしまうけれど。

 まいらさんは、これでもまだ体力が戻り切ってないって言ってたっけ。

 

「側用人さまとお話しする機会って、ありますか?」

 

「アタシなんか、毎日よ。ほら、仕事で朝から晩まで。

 あー、そういやみなりちゃんの仕事、どうなるのかしらね。今度、きいてみなきゃ」

 

 そんな情報交換をして、わたしたちは食事を終えて。

 アタシ、今日は御前様と「お勤め」みたいなの。えへへ、と笑ってワゴンに食器などを乗せて去っていくまいらさんを見送り、わたしも自室に戻った。

 

 ──まいらさんは、御前様とその、これからいろいろするのか。   

 知ってはいたけど、なんか急にドキドキしてきた。

 さて、わたしはわたしで、これからスニーキングミッションだ。

 

 わたしは慎重に動きやすくて汚れていい服を選び、部屋を暗くして、ベッドにふくらみを作り、寝てる人がそこにいるように装う。

(お風呂を先に入ろうかと思ったけど、シャンプーとかの匂いが残ったらまずいよね。)

 そして自分の部屋の書棚を操作して、ひみつの通路に入る。

 

 ──────

 

 くらい通路を通り、細心の注意を払って囚人の収容されている牢の天井にしのびこむ。

 なんとなく、寒い。冷たい空気が、牢からふきあがってくる。

 ふたりの女の子が、ベッドに寝てるな、と思ったとき。

 

 ふわっ、とそのうち一人が起き上がった。髪の長い、すごくきれいな女の子だ。

 これ、あの志野くんと文化祭で劇をしてた「ジュリエット」さんだ!

 なんで、こんなところに。

 わたしは驚愕のあまり、口をぱくぱくと酸欠の金魚のように開閉した。

 

 その女の子、たぶんわたしたちの1つ上のESSの先輩は、廊下をじっと見てるようだ。

 なんだろう、と思うと、急に「ジュリエットさん」がこっちを見あげた。

 わたしは思わず、のけぞるように視線をかわした。

 先輩からは、くらがりのわたしは見えないはずなんだけど。できるだけ音がしないようにしてたのに、──?

 

 でも、これは好機なんじゃないか?

 わたしは心を決め。懐から既に書いておいた手紙をまきつけた道具類を、そっと通風孔から落とす。

 先輩はまるで予知していたかのように滑らかに動き、落とした道具類を空中で危なげなく取った。

 見張りを警戒してるのかな、すっとそのまま毛布をかぶってしまうが。

 

「ミズキさん。眠れないですか。

 今日は、いろいろ大変でしたからねー」

 

 あ、このジュリエット先輩。すごい勘がいい!

 読むや否や、もう一人のシノザキミズキさんと、あきらかに情報共有を目的とした会話を始めてくれたんだ。

 わたしは一言もききもらすまい、と耳をすませた。

 

 ──────

 

 しばしふたりの会話に耳をかたむけ。あらためてこの館のひとたちのことを、胸にきざみこむ。

 そろそろ見張りがくる時間帯かもな、と思ったわたしは。

 別れの言葉を、あらかじめ用意しておいた紙をつかって投げ込み。

(この紙、お返事に使ってくればいいと思ったけど、かえって処分にこまったりするかな?)。

 しゅるしゅると、屋根裏を伝って撤退する。

 

 部屋に戻ってくる。ドアに貼りつけておいた髪の毛を確認。切れてない。

 誰も、入ってきてない。セーフ。

 

 胸が、あらためてどきどきしてきた。

 もしバレたら、わたしはどんな目にあわされるんだろう?とても、危険だ。

 だけど、わたしの血は熱く燃え立っていた。まだまだ、冒険したい。

 わたしは、ふたたび秘密の通路に出ることに決めた。

 今度は、あの塔のほうじゃない。本館の方の通路を確認しよう。

 

 わたしの部屋からのびる秘密通路は、あの塔にだけ伸びてるわけじゃなくて、本館側にも分岐してのびてるんだ。

(本館側に分岐して伸びてる、というより、わたしの部屋にちょこっとだけ分岐してる、っていうべきだろうか。)

 

 塔の側への通路は、途中から急に高さが変わってて、起伏もある。階段みたいに、上がって降りるところがある。

(たぶん、何かの壁内の構造体を乗り越えてるんだと思う。)

 それに対して、本館側への通路にはそんな起伏は少ない。

 ただ、だんだんと、天井がすごくひくくなってる。幅も狭い。

 わたしくらい小柄な人でないと、おそらくここは通れない。まいらさんとかはもちろん、側用人さんも、無理だ。

 ほとんどパイプスペースと変わらない。というか、パイプスペースだよこれ。水道とか通気用の配管とおぼしきものも、出入りしてる。

 

 途中、外に通じる通風孔もあるみたいだ。すこし涼しい新鮮な外の空気が、流れ込んでくる。

(もちろん金網とかでふさがれてるし、大きさも直径10cmくらいできゅっと曲がってる。だからこの通風孔からは、外には出られない。)

 わたしは、細心の注意を払い。

 音をたてないように、このダクトを這い進む。

 

 ところどころ、廊下や部屋の換気口につながってるみたいだ。

 女中部屋区画には、居住者はわたしとまいらさんしかいない。

 だから大丈夫だとは思うけれど、音は立てないように忍び足(忍び膝)。

 

 まいらさんは、御前様に呼ばれてるって言ってた。

 あの御前様が、まいらさんと、その、──するんだろうか。

 おじいさんにしてはすごい逞しいあの体格で、まいらさんを、──いろいろ。あんなことやこんなことや。

 わたしに対するみたいな、やさしい態度なんだろうか。それともこの前まいらさんを拷問してたみたいに、おそろしい、残酷なことをするんだろうか。

 想像をめぐらす中で、ふと、おじいさんを志野くんに、まいらさんをわたしに置き換えてみる。

 わたしは、急にどきどきしてきた。あー、顔がほてってきた。ぶんぶん、と頭を振って気持ちをひきしめる。

 

 志野くんとわたしがいちゃつく妄想にふけりながら進んでいたわたしは、ふと。

 太めの管が引き込まれている場所から、わずかに何かの音が伝わってきていることに気づいた。

 

 おそらくは下に部屋がある。ダクトがその部屋に引き込まれてる。太めのダクト。

 ダクトを部屋にとおしてる部分は、ポリウレタンの詰め物がしてすきまをふさいである。

 わたしは、既視感を覚えた。もしかすると、これ。

 

 そっと引っ張ってみる。下にだれかいたら大変だけど、すぐ下にはたぶんいないし、まだ女中部屋区画だ。

 すぽん、と抜ける。急に明るくなって、目がペンライトの明かりに慣れてたわたしは思わず目をほそめる。

 わずかに香る、香料の匂い、タイル張りの部屋。

 そしてこのわたしが覗いてる部屋を出たすりガラスのドアの向こうから、ちょっと昔の流行歌をハミングする、鼻にかかった声。まいらさんだ!

 これ、女中部屋スペースの共用のお風呂だよ。

 

 そういえば、きのうわたしがお風呂に入ってるとき、この詰め物が動くのをみたんだ*4

 あー、ここからお風呂、覗けちゃうんだ。へー。絶好の覗きスポット。

 

 ──いや、笑いごとじゃないよ。あのとき、だれかがいたんだ、この通路に!

 わたしは、真顔になる。

 でも。覗き魔は、だれだろう?

 認めるのはイヤだけど、きわだって小柄で起伏の小さいわたしだからこうやってもぐりこめたけど。

 こんな通路、どうやって行き来できる?

 まいらさんはもちろん違う。あの胸じゃここは通れない。

 近知郎さん、剣波さん、テドさんは無理。御前様も。側用人様は男の人としては小柄だけど、でも無理だと思う。

 これをひっぱって開けようとしたけどムリってことは、小さな動物かも。

 

 だとしたらやっぱり、ねずみとかだよね。

 わたしはねずみのうろちょろしてるところを、這い進んできたってこと?

 清潔に見えたんだけどな、ばっちかった?

 ぞわっとする。急に壁や床が、いとわしい気がしてくる。

 うわー、大丈夫かな。これからはできるだけ手足を突かないようにしよう。早くシャワー浴びたいよ。

 でも、そういえば引き返せるかな。後ろ向きにこの狭い通路を進める自信がない。

 

 そう思い当たって、わたしは愕然とする。

 うしろ向きで戻っていくと、行きの2倍以上の時間がかかってしまうかも。

 

 まてまて。落ち着いて考えよう。

 この館、区画ごとに仕切りがあり、共用スペースもある。

 さっきみたいに、おそらく区画を超えればすこし広いところがあるんじゃないかな?

 

 こころもとないけど、わたしはそのアイデアに賭けて突き進む。

(平常心で思い返すと、ぞっとする。

 きっとあの塔へ行った冒険の興奮が続いてたからそういう大胆な賭けに出られたんだ。)

 

 ただそこからさらにすすむと、わたしの願望どおり。

 通路が三叉路になっているところがあり、天井も高くなってるところがあるみたいだ。

 やっぱりそうだ。わたしの部屋のところと同様、女中スペース以外の区画についても、どれかの部屋に点検口というか秘密の通路の出口が作ってあるにちがいない。

 ただ、ここは建物の端っこではないからなのか、塔に進む方向にあるみたいな、階段状の起伏はない。

 多少の起伏はあるが、なめらかな傾斜になっている。

 

 わたしはほっとして、そこで方向を変えようと考え、──ふと、背筋がさかだつような錯覚を覚える。

 わたしが耳にはさんでたペンライトに照らされた床の様子。気がかりなことがある。

 

 この天井裏の秘密通路には、これまでもごくわずかにほこりがつもっていた。

 そして、わたしたちの住む女中区画より出入り口に近い、この本館の方の秘密通路は。

 女中区画より、もうすこし厚く「ほこり」がつもってる(たぶん人が使う部屋が多くて、ほこりとかが立ちやすいのかな)。

 

 いままでは、さして気にしてなかったけど。

 この秘密通路を、何かが行き来した跡がある!

 床のほこりに、なにかが這った跡のようなものが残ってるんだ。

 

 わたしは、ペンライトで自分のすぐ前の床を検分する。

 足跡は、ネズミのような感じじゃない。そこに、わたしは少し安心する。

 昆虫にしては、大きい(昆虫だったら、少しイヤだ。カマドウマとかは宇宙人みたいでこわい。でも違う)。

 わたしの手をふたつ横にならべたくらいの幅をあけて両側に、規則的な引っかき痕がある。

 その引っかき痕の真ん中、つまり通路の中央部は、何かを引きずったようにほこりがなくなってる。

 

 まだ、隠し通路の三叉路に到達する手前にいたわたしは、自分のそばの床をじっとみつめる。

 三叉路のこっちがわ、女中区画の方には、この跡は少ない(ただし、ほこり自体少ない。そして多少、わたしが荒らしてしまった)。

 しかし、三叉路のむこうには、比較的頻繁に行き来してる感じ。

 これが生き物だとして(生き物だとしたら、かなり大きな生き物だ)、その生き物は女中部屋方向にはあまり来ない、ということだろう。

 

 わたしの頭のなかで、危険を知らせるアラームが鳴り続けてる。

 この生き物(?)に、わたしがこの秘密通路をたどってきたと知られたくない。

 

 さいわいにも、三叉路までは、通路の片側にある頑丈な鉄のダクト(たぶん、水道関係か全館スチームの暖房用)に手足をのせていけば、かなり苦労はするけど床に手やひざをつけなくてもいける。

 そして三叉路からむこうは、この謎の生き物があししげく通っていたせいでほこりがない部分が多い。

 だからそこのほこりのない部分に手足をつけば、跡を乱さずぐるっと向きを変えられる。

 

 わたしはそうやって、三叉路まで到達する。

 ここらへんは天井が高くなっているので、足先だけゆかについて立ち上がれる。

 足跡をつぶさに調べ、頭にきざみこむ。後で、調べてみよう。

 そしてわたしは自分の女中部屋区画に頭をむけて、また這いもどる。

 

 帰り道は、この変な足跡のことを丹念にチェックする。

 あのわたしたちのお風呂場のところまでは、すこしだけ足跡がある。4、5回程度来た?

 でも、そこから先、わたしの部屋の方向にはほとんどついてない。1、2回程度?

 なにより、塔に行くには階段みたいな起伏を超えないといけないんだけど、その先には全くその跡はない。

 ただいっしょうけんめい、起伏を乗り越えようとした気配がある。階段の手前はほこりが乱れてる。でも、結局は無理だった気配。

 たぶん手がかりのない大きな段差は、乗り越えられないんだろう、とわたしは思った。

 

 問題は、──わたしの部屋の方の分岐。

 わたしはそこに、この特徴的な足跡を見つけた。

 わたしのつけた跡もあるせいで読み取りにくいけど、おそらくは1度だけ、往復した軌跡。

(時期はわからない。推測だけど、わたしが1回目(先週の土曜日の夜)につけた跡の後。2回目と3回目(今回)の跡より前だと思う。)

 

 そしてわたしの部屋の、ひみつの通路に入るための隠し扉。

 丹念にみると、このひみつの通路の隠し扉には、猫用の出入り口みたいなちいさな出入り口がある。暗いし足元だから、これにいままで気づいてなかった。

 この変な生き物は、一度、わたしの部屋をおとずれている?

 そう気づいたわたしは、背筋におそろしい寒気をおぼえる。

 

 ──この生き物は、わたしの部屋で何をしようとしたのだろう?

 

*1
210話(https://syosetu.org/novel/284176/210.html)。

*2
195話(https://syosetu.org/novel/284176/195.html)。

*3
250話(https://syosetu.org/novel/284176/250.html)。

*4
第259話(https://syosetu.org/novel/284176/259.html)。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。