※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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○志野視点、第三者(有明りな)視点です。


300 異形たちの茶会(23)(志/有)

(志野視点、土曜日の真夜中、調布智美を送った後)

 

 時間は、もう真夜中12時すぎ。

 家を訪ねてくれ。家の主人の黙認すらも得なくていい。盗人のようにこっそりと、なんて。

 もう、正気の沙汰ではないって思うよね。僕も冷静に考えるとそう思う。お行儀、なっちゃいない。

 

 言い訳をさせてもらうと、さ。

 そうしてくれっていうあの子。有明りなって子はさ、そういう子なんだ。

 外見はいいし頭も悪くない、でも常識がない。すぐ鬼電してくる。はた迷惑にも、真夜中でも。

 人の話も、半分くらいしか聞いてなさそう。

 家主の迷惑も僕の都合も考えず、対応に困る要望ばかりしてくる。

 ──でも、なんか突きはなせない。

 

 僕のこれまでの2回にわたる人生では、(幸いにも)あんまり深く関りあいになったことのないタイプだ。

 悪いやつじゃない。でもちょっと自我が肥大してるっていうか、僕の嫌いな高慢女タイプの片鱗を見せることもある。まあそのタイプ、むこうも僕を嫌いなことが多くてお互い様なんだけど。

 ほら、さ。ちょっぴり外見がいいからってチヤホヤされてスポイルされて、ブランド物好きで、金と外見のいい男が好きで、テレビでインタビューされると調子に乗って収入◯千万未満なんて考えられないなんて放言しそうな、自分の思いどおりにならないとすぐ不機嫌になるタカビー女。

 ──たしかめた訳じゃないけど、そんな感じなんじゃないかな、と僕は勝手に決めつけ、ため息をついた。

 

 ただ、仮にそうだとして。

 でも、あいつ(有明りな)があんなひどい目に遭わされていいわけじゃない。

 しかも本戦に出るなら、あれよりもっとひどい目にあわされることだってありうる。

 

 有明が自分の意思で出場に承諾してるなら、たぶん金に目が眩んだんじゃないかな。出演したら◯百万やろう、とかって言われて。あいつ金に困ってるみたいだったし。

 生きて帰れて金が本当に払われるなら、(僕は反対だが)むりやり止めたりはしない。余計なお世話だ。

 でもマジ、命なくすかもって知ってるのかよ。

 

 ただ僕も、自分が夢でかいま見ただけのことでは説得材料になんてならないってわかる。

 信じてくれるのは、せいぜい紫藤と調布くらいだろう。

 

 ともかく、あの子には関わり合いにならない方がいい、って頭ではわかってる。

 でもなんか、放っておこう、と思うと心が痛い。

 なぜだろう。──あんなにあからさまに、好意を向けられちゃったからだろうか。

 

 ──────

 

 僕は「1回目」では、あまり異性に関わらない生き方をしてきた。流行りの非モテのインセルだね。

 結果的にそうなってしまっただけだ。別になりたくてそうなったわけじゃない。

 普通なら誰でもやれるようになる、人との深い関わりあいがうまくいかなかったからだと思う。恋愛とか。

 

 ともかく。

 だから僕は異性からの好意も悪意も苦手だ。異性は怖い。

 人の悪意がイヤなのは誰だってそうだと思うけれど、好意も。どこで裏切られてひっくり返るか、わからない。だからいらない、──いや、嘘だ。

 本当は好意が欲しい。要る。怖いけど、欲しいんだ。

 認めよう、すごく欲しかった。僕のことを認めて、肯定して、好きだと言ってくれる異性。

 そして地味で平凡な僕の人生でも、そういう瞬間がなかったわけじゃない。

 

 夕陽の教室で、はじめて僕を好きだと言ってくれた女の子が、紫藤みなり。

 そのとき以来、僕の心にはずっと、あの夕焼けの彼女が焼きついてしまってる。

 そう、いまでも。長い時間が経っても、他の女の子が上書きできないくらいに深く。

 

 「一度目」では、その紫藤の失踪や大学時代の唯一の苦い交際経験の失敗とかがあって。

 やがて僕は、諦めるようになった。

 紫藤の失踪は紫藤のせいじゃない。今ではそう分かってるし、大学時代の恋人の方も、──これは誰が悪いわけでもないけど。

 

 本当は、欲しかった。

 諦めていたけど、未練たらしく望んでた。

 なにも能動的な行動でリスクを取りもしなかったくせに、無駄に待ちわびてた。

 

 異性からの好意に対して、僕はイヤと言わなかった。きっぱり断ったりもしなかった。

 勘違いで好意らしきものを向けられてると分かってても、拒否しなかった。

(あ、だけど交際には至らなかったよ、結局。)

 

 簡単に言えば「押しに弱い」「受け身」と言ってもいいのかな。

 自分と絶対合わない、って分かってても、相手が好意を示してくるとつい流されてしまう。

(美人局になんて、あっさり騙されるだろうな、僕。遭ったことないけど。)

 ただその後、話したりしてて、僕が空っぽな人間だってわかった向こうは、やがて失望して去る。

 

 この有明りなとの変てこな関係も、まさにこれ。同じように終わるのは目にみえてる。

 しばらくは、彼女は何か僕にあれこれ求めてくるだろう。

 でもいつか、彼女は欲しいものが僕からは手に入らない、って分かって。

 そして別れを告げるだろう。それでいい。

 

 だって今ならわかる。僕が本当に好きで、本当に欲しくて、本当に待ちわびてた誰か。それは紫藤だったんだ、って(あー、わかってる。調布も好きになっちゃったんだ。二股なんだよ。どうしよう?)。

 

 とにかく、だ。

 有明りなが僕に求める何か、──彼女に対する注目だか好意だか愛だか、それが何であれ僕にはおそらく与えられないもの。

 僕は紫藤のことだけが大事。他のことなんて、全部二の次なのだから。

 

 ただ、有明りなとの約束(一方的に言われただけ、だけどさ)を何も言わずに流すことは、僕にはできなかった。

 

 彼女がちょっとヤバい事態に巻き込まれてるみたいだから、様子を見に行きたい?

 ──それだって、実は自分への言い訳、口実。

 

 断れないのは、僕の八方美人メンタルのせい。ええかっこしい。あさましい好意乞食。

 ──そのとおりだ。

 そう分かってて、でもやっぱり僕には流せない。

 

 そう、ぐるぐる考えて自己嫌悪して、自分に言い訳して。

 だけど、放っておけない、喉に刺さった魚の骨みたいな違和感は本当で。

 

 だから結局、僕はまさしく不審者よろしく。

 真っ暗な夜の慕国神社の境内から山道をたどり、崖を登って、葉良邸の敷地に忍び込んだのだった。

 

 ──────

 

 ──見られている。

 

 僕が夜の道を歩いていて感じたのは、その誰かの視線だった。

 ただ、その誰かの視線に、僕は敵意を感じなかった。

 むしろ感じたのは、なにがしかの期待。

 

 居心地の悪さを感じながらも、僕は超感覚を起動させ。視線の主をみつけた。

 石灯籠のよこに、月光を浴びて自分も石像のように立っている小柄な人影。

 相手も、逃げ隠れする気はないようだ。

 

「こんばんは。──夜分、すいません。」

 

「ほう、ほうよ」

 

 月明かりのもと。園丁という風情のおじいさんが頭をさげている。

 何を言っていいかわからず、とりあえずあいさつしてみると、何やら肯定的な返答が返ってきた。

 

「Ahrha-gh。Haja、Taschugh」

 

「はい?」

 

 だめだ、何を言っているかわからない。訛りがきつすぎ。

 ただ悪意はないらしく、ほほ笑みすら浮かべてる気がする。真夜中に。しわが深くて、よく分からないけれど。

 

「ありゃぐ、暑ぃ」

 

 指さす方向。旧家の母屋。

 もちろん明かりは消されまっくらだが、裏手(山の斜面側)の台所と2階には、オレンジ色の常夜灯がついている。

 

 彼の言葉は、あいかわらず意味不明。

 でも僕は、ははん、とわかった気がした。

 このおじいさん、たぶん有明りなから事情を聞いてるんだ、僕が来るって。

 たぶん家の主の承諾は得ていないだろう、でもまあ下働き仲間は根回ししたんだ。

 これで不法侵入になる確率、下がったんじゃないかな。

 僕のなかでの有明りな株のポートフォリオの評価額が、微増した。

 

「ありがとうございます」

 

 頭をさげるとまた、「ほう、ほうよ」と返事。

 月明かりの下、しわぶかい岩石のような顔が今度はあきらかに笑んだ。

 額の両側に、古傷の痕のようなものがある。母屋を指さしたときも、後頭部に傷があるのがみえた。外国人かもしれない、高い鷲鼻。

 もしかすると少し、頭がおかしい、ボ◯かけてる人なのかもしれない、という考えも頭をよぎった。

 

「いってきます」「ほうよ、グァン-ファール」

 

 なんと言えばいいかわからないが、別れを告げると。

 どこかはげますような調子で、返事をしてくれて。

 そして彼も、夜の闇の中に溶けるように姿を消した。

 

 ──────

 

 遠慮がちに台所の勝手口をノックする。

 さっきから発動してる超感覚で、有明りなのものらしい気配が2階にいることは、わかってる。

 

「(有明?)」

 

 ひそめた声で、呼びかけてみる。寝てるのかな、寝てたら帰ろう。

 どすん、と2階で物音。階段のわずかなきしみ、そして最後にだだだん、と階段をふみはずしたような音がした。おいおい。

 床を布で掃くような音が近づく。

 

「(しーくん?)」「(僕だ)」

 

 かちゃ、と勝手口の扉のカギが開く。洗い髪の匂い。驚いたように見開いた視線。

 乾かさずに寝たのか、肩に届かないくらいの前下がりボブにした赤い髪は、乱れてる。

 

「(しーくん、こっちこっち)」

 

 僕の手を強く引く彼女。僕はかろうじて扉のカギをかけ、追随する。

 華奢な、後ろ姿。体に巻きつけたタオル地の肌掛け以外、何か着ている気配がない。裸の肩が片方、露出してる。そして僕はその白い背中から首のまわりに、赤く擦れた数条の線痕を見つける──縄の痕? 有明、あのとき首も縛られてたっけ?

 

 有明は、僕を強引に卓に座らせると。

 お茶でも淹れようと思ったのだろう、空のやかんを手に取って流しに立ち、──よろめいた。

 超感覚さんで、気になってた。

 彼女の体幹がふらついてること。

 まるで息をするだけで痛いように、呼吸が浅くて不規則なこと。

 軽く痛めたように、片足に体重を掛けてないことも。

 

「(有明、大丈夫か?2階行くか?)」

 

「(だい、ごふっ)」

 

 大丈夫、と有明は言おうとしたんだろうが、喉を詰まらせてしゃがみこんだ。外れてしまったやかんの蓋が、床に転がって金属音を響かせた。

 

「(無理するな。──2階行くぞ?)」

 

 有明は小柄で体重もさほどない。やかんを手放させ、彼女の腋下と膝に腕を入れて抱き上げる。

 彼女は、どこか熱があるようなうるんだ目で見上げ、ありがとう、と言って目を閉じ。

 僕の腕になじませるように、その柔らかく華奢な体をすこし動かした。

 うっすらと漂う、洗い髪の甘い匂いが僕を混乱させた。

 

 あまり耐荷重があるとは言えない、手すりもない階段のきしみと勃ちあがりはじめたアレを気にしながら。

 僕は、有明の居室へと上がっていった。

 

 ──────

 

 やはりオレンジ色の常夜灯だけが点いてる、相変わらず殺風景な2階の四畳半。

 乱れたふとんに彼女を置いたが、彼女が腕を回してきて僕を放してくれない。

 

「(しーくん。やっぱり、しーくんなんだ!)」

 

 突き放せなくて、前かがみの中途半端な姿勢。正直、腰が疲れる。

 

「(有明、調子悪そうだぞ。寝てていい)」

 

 ぐっと、放すどころか彼女の腕に力がはいった。ごくわずかな甘い匂い。

 

「(大丈夫。しーくんが来てくれた。それだけで、りなは元気百倍)」

 

 そうは言いつつしばらくすると腕の力を緩めてくれたので、僕はようやく離れられた。

 彼女がにこにこと口の端を上げて、あざとく上機嫌な笑みをつくってみせる。

 ロリっぽいけど、たとえば現役女優やアイドルに比べても、文句なく可愛いと評されるだろう印象的な容貌。

 ──ただ僕は、彼女の目の下に浮いた()()やこの前会ったときより少し細くなったあごに、ますます懸念を強めた。

 

「(なあ有明、──怪我とかしてないか?)」

 

「(ケガ?ううん、何にも、うぷっ)」

 

 嘘だ。

 有明は、かなりのダメージを受けてるはず。

 それも当然だ。あれだけ、あの地下バーの会場で重い砂袋を所かまわず落とされたんだ。失神するほど。

 いかにも余裕ありげに振る舞ってみせてるけど、今、せき込んだときも演技が崩れた。

  

「(そうだ、──ちょっと僕、運動で筋肉痛があってさ。

 湿布とか、あったりする?)」

 

「(1階に、あったかも?みてこようか)」

 

「(いいんだ。勝手に漁って、持ってきてもいいかな。

 あとさ、──)」

 

 僕は有明りなにいくつかのことをことわって、下の台所に降りた。

 

 ──────

 ──────

(第三者(有明りな)視点)

 

 階下で、耳をすませてようやく聞こえるくらいのひそやかな音がする。

 彼女は枕元に彼が置いてくれた氷水でめぼしい打撲をアイシングし、湿布を貼りながら。

 彼がいてくれることの喜び、幸福感をかみしめる。

 

 あの約束ともいえない約束を守り、律儀にも真夜中に訪れてきてくれた彼の平凡な顔が。

 彼女の目には、まぶしく後光がさしているかにすら思えた。

 彼は約束をまもってくれる。不可能に思える約束でも。

 約束を反故にされ続けてきた彼女には、彼の誠実さ、真摯さがたまらなくうれしい。

 

 しかも彼は不思議な洞察力を発揮し、彼女に打ち身か筋肉痛があるんじゃないか、と推察してくれて。

 台所からてぎわよく、打撲傷の治療のための氷水や湿布、包帯などを見つけて運び込んできてくれた。

 見抜かれてしまったのは恥ずかしいが、もとより不調は隠せない。

 スタント的な演技の練習で打ち身を作っちゃったということにすると、あっさり彼は納得してくれた。

 雑な嘘で彼をだましたことに、ちょっぴり良心が痛む。

 

 ──しーくん、こんなウブだったら。

 私みたいな悪い女にだまされちゃうじゃない、心配よね。

 

 そんなことを、彼女は思う。

 

 そして彼女の幸せは、まだ続く。

 階下から漂ってくる、美味しそうな匂い。

(音を恐れて、換気扇は回していないようだ。)

 たぶんたまごと葱のお粥だろう。お米、どこにみつけたのかな?と彼女は思う。

 

 夜食が食べたいから作ってもいいかな、などと言い出した彼にお相伴に誘われ。

 もちろん、彼女はOKした。

 正直体へのダメージで食欲がなくなってしまっているが、食べておいた方がいい。

 それにしても。

 

 ──もう、しーくんは私にとって神様だよ、神様。

 

 ただでさえ、特殊な環境育ちの彼女は。

 純朴な彼のまっすぐな好意に、心を打ちぬかれてしまっている。 

 

「(有明、これるか?)」

 

 かすかなきしみ音が階段を上がってきて、ひそめた低い声が彼女に呼びかける。

 自分の名を呼ぶその声に、彼女は陶酔感を覚えた。

 

 広い背中にらくらくとおぶわれて、彼女は階段を降りた。

 お腹中に感じる温かく広い背中。腿を抱えてくれる、たくましい腕との接触は、彼女をほとんど恍惚とさせた。

 この瞬間が、ずっと続けばいいのに。

 そう、彼女は思った。

 

 ──────

 

 階下で、常夜灯だけに照らされて。

 台所の長卓をはさんで、二人で粥を啜った。

 彼はあまり食べず、彼女に多くをよそってくれる。

 彼女は、食べ始めるとお腹がすいていたことがわかる。はしたなくもお腹も鳴る。

 彼が勧めてくれて、お代わりにもありつく。

 幸福感にひたされながら薄い塩の効いたタマゴを味わっていると、彼が問いかけてきた。

 

「(なあ、その、有明って。

 ここには、居たくているのか?そうじゃないんだよな?)」

 

「(ええ、まあ居たくはないわね。でも話したでしょ?私のこと)」

 

 彼は頷くが、何か考えている。

 

「(なあ、その名前を貸してくれたとかいう遠縁の伯母さん。

 その人にお世話になったり、とかはダメなのか?)」

 

「(無理ね。できるならそうしてる)」

 

 軽い認知症の始まっているらしい、遠縁の親戚には紆余曲折を経て書類にサインをもらったが。

 どうも、その遠縁の伯母にはその書類の意味もあまり分かってなさそうだった。

 近所の人が見かねて定期的に様子をみてくれてるらしいが、有明りなというお荷物を抱え込む余力なんて、全くないだろう。

 何よりリトルウィッチ関連のことに、巻き込みたくもない。

 

「(わかった。ただその人の連絡先、良かったらあとで教えてくれ。

  それと。本当にここが嫌だったら、だけど。

  しばらく有明がいられる、場所の当てを探してみる)」

 

「(大丈夫。ほら私、女優としての演技の幅を広げたいの)」

 

 疑わしそうな顔。彼女は、言葉を重ねる。

 

「(ここなら、チャンスがある。私まだ、あきらめてないの。

  英語だって、勉強してるのよ?)」

 

 嘘を言っているうちに、自分でも信じたくなる。

 それに完全な嘘じゃない。もともと演技は卓越してた、だけどあの「第三の視点」に開眼してから、段違いに力が伸びたって思える。

 英語力だって発音はまあまあいい方。彼女は今日も台詞で使った英語の構文を使ってみせる。

 大検対策で英語は勉強してきた。でも今日は時間がなかったな、と彼女は思い出す。

 ただもう彼女は、自分が生きて東京に帰れる気がしていない。勉強する意味も、もうないかもしれない。

 

 まだあんまり信じてない風な彼に勧められて、食後に鎮痛剤を飲むと。

 全身の痛みが、ふわっと和らいだ。

 打たれた腹が痛くて軽く「く」の字に曲げ気味にしてた姿勢も、まっすぐにできる。

(ただ、打撲してた部分などはまだ痛いままだ。完全に痛みを取り去るわけではない。)

 歯みがきをして、過保護な彼におぶわれて、また2階に上げてもらう。

 

 きしむ階段のことを、彼は気にしているようだ。

 少し建付けが悪く、よくぴしぱし言うのだ。

 最初は彼女も気になったが、家鳴りの一種みたいなもので、今は全く気にしていない。

 

 それに、彼の心配は杞憂だ。葉良先生のいる別棟や葉良桐雄のいる変態ビルの防音はいいので、おそらくこの母屋で多少物音がしても聞こえない。

 彼女は、また彼の体温と肌への接触を楽しむ。

 

 そして彼女は彼のぬくもりを感じながら、決心する。

 これから彼女を待ち受ける幾多の責め苦で、彼女は命を散らすこともありうる。

 少なくとも、今以上にボロボロにされてしまうのは確実。

 

 彼女は、彼の記憶の中で「憧れのお姉さん」でありたい。

 彼にひと夏の思い出をあげて、そして消えてしまったミステリアスなお姉さんだ。

 彼の記憶の中の自分を損なわないために、もう彼には会わない方がいい。

 これ以上、ズタボロになっていく自分を見られたくない。

 だから今夜、今しかないだろう。彼に恩返ししてあげられる機会は。

 

 彼だって、なんの気もない女にここまで労力なんて割かない。

 彼の好意は、あきらかだ。両想いなのだ。

 そして、今日の彼。目に迷いがある。帰るそぶりをまだ見せない。そわそわしてる。

 真夜中、彼の好みの体の女(有明りな)がふたりきりですぐそばにいる。

 単純な童貞(おそらく)男子高校生である彼の思考なんて、読み取るのはたやすい。

 

 ──私のこと、押し倒して襲ってくれたらいいのに。

 そしたら。私は最初は嫌がるように軽く抵抗する演技をする。そして彼の欲望を刺激して、引き込んでみせる。

 そして好き放題に、彼に私を征服する喜びを最大限に感じさせる。

 泣きながら、でも最後は彼を許してあげる。わずかな罪悪感は、快感のスパイス。

 もちろん最後は彼を優しく慰めて、気を楽にしてあげる。手を振って、見送る。

 そして私はいなくなる。あれから気になって捜したけれど、行方は知れない。

 そんな筋かな。

 

 ──でも、やっぱり彼はためらってる。彼は誠実な男の子だから。

 私を傷つけたらいけないって、そう、私のことを気づかってくれて。

 そして衝動と戦ってくれてるんだ──そんなところが、たまらなく好き。

 

 でもね、もともと私、しーくんの感情には応えられない。

 私は、黒い組織の女。関わると、ロクなことにならない。

 だから。私は彼の行きずりの女になる。それがいい。

 

 ──その彼は、さきほどから何かが気になっているみたいだ。

 1階に降りる階段の方を、気にしている。

 あー、音のこと気にしているんだな。

 大丈夫、音なんか出さないで満足させてあげる。

 経験豊富な(笑)、この私。

 ミステリアスなお姉さんが君にひと夏の思い出をあげよう。

 

「(ねえ、しーくん。──私の体、興味ある?)」

 

 彼女は、すこし蠱惑的な悪女をイメージしながら。

 そう、また階段の方を気にしている彼に問いかけた。

 

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