タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(第三者(調布智美)視点、自宅、土曜日の夜)
ふー、と息を吐く。
夏とはいえ、お風呂は気持ちがいい。
疲労しきった体が溶けていきそうなほど。くらっ、と頭が白くなる瞬間すらある。
危ない危ない。もう本当なら、出ないといけない。
ただ、今は出てはいけない。夏なのにちょっと珍しく長風呂気味になってるのは、もちろん理由があって、──
「さとみー、今日も遅うまで遊びほうけて!
──休みだからって。宿題もあるんでしょ?」
「わかってるから。明日からやるって」
すりガラスの向こうで、母の気配。はみがきが終わったみたいだ。
用心深く、入浴剤で濁らせた浴槽に身を沈め直す。踏み込まれて気づかれたら面倒だ。
あ、こっちには、──来ないな。よしっ。
「じゃー、早う寝るんよー。
お風呂、フタ閉めて、最後に壁拭いて窓開けといて。
──じゃあ、おやすみー」
「はーい、やっとくー。おやすみー」
脱衣所スペースを兼ねてる洗面化粧台で、就寝前の身づくろいをしていた母は。
ようやく、居間への扉を通って去っていった。ばたん、と扉が閉まる音。
もしかすると、私と話したかったのかもな。でもちょっと今日はダメだ。
もうすぐ、日付が変わるころ。
家にたどりついたのは、夜の11時過ぎ。
我ながら悪い娘だと思うが、磨き鍛えた隠蔽力で親をやりすごし、お風呂に入って今に至る。
(夏はシャワーが多いのだけれど、今日はお風呂を沸かしていたようだった。ラッキーだ。)
夜は遅い母だが、いつもはさすがにもう少し早く眠る。
今日は夜遊びしてる娘を待っててくれてたようだ。
食事も要らないって言ってあったのに、食べられるように八宝菜とごはんとスープがよそった状態で残されていた。
(とはいえ食事があったこと自体は、マックのバーガーしか食べてなかった私には好都合だった)
それをなにくわぬ顔をして食べて、何やら台所仕事をしている母に受け答えして。
すばやく、隙をみすましてお風呂に逃げこんで、今に至る。
遅くなる、とは言ってあったのだが、母はやはり気になるようだ。
私にあれこれ構ってくるのはありがた迷惑だけど、母の心配も分かる。──一人娘が夜遊びしてたのは事実だし。
一時期は母とはかなり険悪だったから、その反動もあるんだろうな。
親の信頼を裏切ってることに、ちょっぴり良心が疼くが。
(でもなー、知られたら修羅場だし)
男と遊んできたこと(しかもそこまで!?というくらい変態的なことをしてきたこと)、悪いとは思ってる。
まあでも、──いまさらかな。松浦さんに、引っかかっちゃった時点で。
でも。親には後ろめたく申し訳ないけど、──楽しかった!
口を浴槽のお湯の水面下に下げて呼気を吐くと、ぶくぶく、と水が泡立つ。
長風呂になったけど、そろそろ上がらなきゃ。
父はもう寝てしまってるけど、母親がまた戻ってきたりするかも。
すばやく脱衣所で体を拭いて、服を着なければ。
手首を見る。──拘束されていた革ベルトの痕は、さすがにもう消えている。
胸や首の縄痕は、──まだ少し残ってる。
お風呂で少し赤くなったから、かえって浮き立ってしまってるかもしれない。
これを、親に見られるわけにはいかないのだ。
彼、志野と一日中遊び、ホテルにも入り。
今日という今日は、と思い何度もシミュレーションして臨んだように。
この身に、彼を受け入れることができた。──うれしかった。
超絶、想像を超えた快楽。あのとき、体の芯が溶けたかと思った。
その後も、体力を使い果たしてふらふらで。
雲を踏んで歩いているみたいで。
足取りも、実は意識しないとかなり怪しかった。
彼に気取られぬように振舞うのに、結構苦労した。
そして、その超絶ハイ状態のせいで。
ついうまうまと、あいつの思い付きに乗ってしまった。
我ながら、思い返すと自分で自分を助走つけて殴りたくなるくらいに考えなし。
──ただ、あのときはそりゃもうすごく楽しかった。脳に快楽物質がどぱどぱあふれたのが、わかった。
しびれるくらいに刺激的。認めるのは恥ずかしいけど、──気持ちよかった。
またあいつに誘われたら?──ヤりたい。考えるまでもない。
でもなんだかあいつには、ちょっとサービスしすぎたような気もする。
ちょっとこの貸しは、返してもらおうかな。ふふ。
私は思わず頬に浮かんでしまった笑いを自覚しながら、そっとお風呂の引き戸を開け、あたりをうかがい、素早く洗濯かごに出してあったバスタオルを奪い。
風呂場に戻って、体を拭く。
胸の先にあたったタオル地の感触。ぴん、と体の芯に快感が響く。
体を拭き、言われたとおり簡単に風呂の掃除をすませ。
お肌のお手入れをして、自分もはみがきして部屋に戻る。
ベッドに横たわってくまたろう(大型のくまのぬいぐるみ)に抱きつくと、まぶたが急激に重くなってきた。
(明日もいろいろ予定考えてたけど。大丈夫かな。
ほんと、1日が24時間って、短すぎ!
まあいい、ハルカ、私が追いついたって知ったらどんな顔、するかしら?
今度会うのが楽しみ。きっとハルカのことだから、──)
そんなことを思いながら、枕に頭を落として数分もしないうちに私は眠りについた。
──────
──────
(国領ハルカ視点、布田家(国領ハルカの住む家、土曜日夜))
「それでね、これが今月分の残りと、来月分の先払い2万円。
授業始まったらあまりバイトできないから、さ。いいよね?」
「おう、頑張ったな。──でもよ、じゃあ今日は見せてくれねえのか」
「うん、わかってるよ。ちょっとだけならいいよ。でもその分、来月から引いてね」
「ああ、いいぜ。来月分もう1万、先払いってことにしよう」
夜、布田家の(国領ハルカからみた)伯父さんと伯母さんが寝静まったころ。
居間では、ひそやかに布田茂良男と国領ハルカの従兄妹の会合が行われていた。
国領ハルカは、またレモン色のレオタードに着替えている。
しなやかな手足は、前回よりいっそうみずみずしさを増した気がして、茂良男は正視すると勃起するのを覚えていた。
「じゃあ、するよ」
そのパフォーマンスも、あきらかに技術が向上し、妖艶さも増している。
音が響かないように、飛んだり跳ねたりは今回は控えめだが。
手足の長さを活かしての側転や倒立などを主体に組み立てた彼女の演技は、圧巻であり。
特に彼女の白い肢に、彼の目は吸い寄せられ。
一層強く、この女を自分のものにするぞ、と決心する。
「うふっ、いつもながら、恥ずかしいな」
そしてまた彼女に強要して、膝に乗せた後で(これも先払いに回した)。
珍しく、話があるんだ、と国領ハルカの方から切り出してきた。
「ボクさ、ちょっと、──たぶん1週間くらいかな、旅行に行きたいんだ」
「はあ?そんな金、どこにあんだよ」
馬鹿な従妹は、困ったように眉を寄せる。
「お金は、大丈夫なんだ。
たださ、ほら、ボクが一人で旅行するってこと、たぶん駄目って言われるよね」
伯父伯母とも、国領ハルカにはどちらかというと甘い方だ。
茂良男が、この従妹の方が贔屓されてる、と勘違いしてぐれてしまうくらいには。
自由も認めてくれて、連絡さえ入れれば、突然の外泊だって寛大に認めてくれる。
しかしさすがに、この時代の風潮からいって。
高校生の女の子が一週間以上も行先を告げず1人旅、などということは、あり得ないことだった。
ゆるされるとしたら、田舎への帰省くらいだろうか?
「でもさ、どうしても行かなきゃいけなくて。
しかも行けば、もしかするとお金が手に入るかもしれないんだ」
「おい、分かってるんだろうな」
「分かってるよ、それで手に入ったお金から、ちゃんと払う。
これからの分、高○卒業までの120万円ちょっとでいい?
その分も、払えるかもしれないんだ」
「はあ?──まあいいぜ。
でも、それで?俺は何すりゃいいんだ?」
「──だからさ。その。ボクが行けるように、協力してくれないかな、って。
協力してくれたら、ノルマ以上にお金も払うからさ」
「──協力って、どうすりゃいいんだよ」
「その。できれば、一緒に行くことにして名前を貸してくれるとか」
確かに、大学生の茂良男が付けば認めてくれるだろう。
しかし、その間の茂良男の行動も制限されることになる。
「だいたいよ、何しにいくんだ?
それを知らねえと、名前も貸せねえ」
「うーん、ごめん。それ、言っちゃダメ、ってなってて──」
しかしそこで、ぴぴぴ、と新しく契約した彼のPHSが鳴り出す。
こんな夜中にいったい誰だ、と一瞬不快に思うが。
ディスプレイの番号をみて、ちょっと待ってな、と国領ハルカに告げ、廊下で声を潜めて出る。
『リハンです。モラちゃん?今、いい?』
「(はいっ、大丈夫っす)」
掛けてきたのは、あの御子須リハン。
茂良男は姿勢を正し、小声で答える。
密談ができるように、洗面台の方、伯父伯母の寝室や、国領ハルカのいる居間とは離れた場所に移る。
『あのさー、この前、話あったじゃん。モラちゃんの従妹、コマしたいって』
「(はい、そうっす)」
どうやらリハンさんは覚えてくれてたんだ、と彼は感激を新たにする。
『それ、思ったより早くできそう。
ほら、ラピエスタって知ってる?』
聞いたことはある。
数年に一度行われる、闇の興行だと聞いたが──
『僕も今回、運営に噛むんだけどさ。あの予選会が、今日あって。
なんとね、君の従妹ちゃんかな、国領ハルカちゃんって子。
たまたま見つけて、押しこんじゃったんだよねー』
「うわっ、すげえっす!」
『いやいやー、照れるね』
「さすがっす!さすが、リハンさんっす!」
『ともかくさ、それでその娘。ハルカちゃんね。
素直でいい子だね。すっかり僕の言うこと、信じ込んでるよ。
術師に誓約もかけさせたから、まず間違いなく出場する。
それでさ。
それ、君も出る?それでさ、舞台の上でさ、──そう!そうしてさ、──』
話が進むと、茂良男の顔に耳元まで裂けるような、黒い笑みが浮かんだ。
おそらく受話器の向こうの、御子須リハンの顔にも。
詳細はまた詰めることとしつつ大筋を合意して。
茂良男とリハンの、短時間だが実り多い夜の通話は終わった。
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「おう、待たせて悪かったな。──着替えたのか」
「うん、だってさ、──」
御子須リハンとの通話を終え、居間に戻ると、従妹はすでにレオタードから普段着に着替えていた。
咎められて、しゅんとしてみせる従妹。ただ、彼はそこまでそれを責めるつもりはなかった。
大事の前の小事、ってやつだ。それに、彼は近くこの従妹にそれ以上のことができる。
考えただけで、脳にドーパミンがあふれてくる。
「その旅行、手伝ってやるよ!
ただな、完全に俺が噛むってのは、やっぱり難しいからな、──」
馬鹿な従妹に、一見、彼女に協力するようでありつつ。
その実、彼女を地獄に突き落とすための策に基づいて、行動を吹き込む。
頷く彼女は、どうやら彼を信じているようだった。
──────
談合が終わると、国領ハルカは自室に戻る。
もう日付は変わっている。たくさんのことがあった1日だし、彼女も、さすがに疲れてはいる。
しかし彼女はせっかちでもあり。できることは、済ませておきたい主義だった。
「『〇〇伯父様、△△伯母様。これまで、長く大事に育ててくれて、ありがとうございました、──』」
ぶつぶつと口の中でつぶやきながら、彼女はちょっとファンシーな便せんに書置きをしたためる。
茂良男が、彼女に献策したとおりに。
”お前の言うように、俺とお前が旅行に行くってちょっと不自然だと思わねえか?
それにお前が何に行くのか俺は知らないのに、どんなことになっても、全部俺の責任になっちまうだろ?
だからよ、家出することにしておけよ、1週間くらい。
それで戻ったら、俺が半分責任もってやる。俺も知ってた、共犯だ、って。”
彼女には、それはいいアイデアに思えた。
そして従兄に言われたとおり、国領ハルカは家出のための書置きを用意していた。
「『家が嫌なわけじゃありません。伯父様、伯母様、茂良男兄さんのことが、大好きです。戻ったら、叱ってくださって結構です。』
『でも、広い世界をちょっとだけ見てみたいんです、──』」
書き終わり、茂良男と合意したとおり、彼女はそれを机の上に置く。
まだ日付は入れなくて大丈夫だよね、少し先だし、と彼女は思い、あくびをして布団に入る。
──今日は、得られたことが多かった。
しのりんとは仲直りできたし。みんなと遊べて、楽しかった!
特にしのりん方面、こんなにうまくいくなんて。さとみんには頭が上がらないよ。
しのりん、やっぱりボクのことが気になってるし、憎からず思ってる!
ボクのお尻を叩いたときのしのりんのアレの反応、すごかったし。
こんどは、もっと。うん、できれば、この前みたいに、──
そんなことを考え。
国領ハルカはふにゃっ、と顔を充実感と喜びにくずし。
彼女の好敵手と同様、夢のない眠りに落ちていった。
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(紫藤みなり視点、樋木崎山中の谷津崎邸、日曜日朝)
「はい、そうですね。それでいいです。よくできました」
日曜日の朝。空は青く、白い雲が流れる。
わたしは、この御前様の館でひそかに秘密通路を行き来して、囚人のラプンツェルさんたちに投げ文をして。
謎の生き物が秘密通路を往来した形跡をみつけて、恐怖におののきながらも就寝し。
今日から、いよいよ御前様に新米侍女としてお仕えするための心得などを教えてもらっていた。
わたしのスリーサイズ等は健康診断で測られていたらしく。
まいらさんとおそろいの、濃紺のエプロンドレスが支給された。
まいらさんが着用すると、胸もぱつぱつで妖艶なんだけどなー。わたしは、そこまでない。
ただ、それでも単体としてみるとわれながら結構かわいいと思うんだ。
頭にはヘッドドレスもちょこんとつける。本格的だね。
そして側用人様に、いろいろと本格的にこの館でお仕えするときの心得などを教えてもらう。
今日はとりあえずまいらさんがやっている、仕事の手順を教えてもらうことになる。側用人様も付いてる。
館の人々。入っていい場所、いけない場所。下屋敷とのやりとり。来客が来たときのふるまい。
そんなところだ。
幸いにも特殊な礼儀作法などはなく、側用人様はわたしを及第点だと思ってくれてるみたいで。
まいらさんをまねてしてみせると、褒めてくれる。うれしい。
ちなみに月曜日にさっそく1日、オフを取ることも言ってみると。
「本当なら、8月はまだ学校でしょうからね」と言って、認めてくれた。
ただ、その前に「つめのどうか、しんしょくも、もう十分進んでいるでしょうし」とつぶやいていたのが、気になった。
「ほら、みなりちゃん。次は、お給仕ね。
午餐室に行こう」
まいらさんと側用人様に付き添われ、わたしはワゴンを押し、午餐室に入る。
これまでもお食事のサーブについたことはあるが、補助だけ。今日からが、実質本番だ。
上座に御前様。横に側用人様の席がある(ただ、今はわたしの挙措動作をチェックしてるので座っていない)。
そして反対側の横に、ちょっとかっこいい、志野くんにとても似てる彼。手戸万出さんがいる。
(いや、わたしは浮気なんかしないよ。もう志野くんのものだし。でも、鑑賞するのはいいよね。)
「紫藤みなりです。今日からよろしくお願いします!」
笑顔を意識してあいさつだ。
最初はカーテシーってのか、スカートを軽く摘まんで身を沈める礼をする。
「ほう、今日からは
わしんが、谷津崎勇三よ。よろしくね」
御前様が、好々爺の笑みで頷いて歓迎してくれた。
でもなんだか、今日の御前様は前みたときより目が虚ろな気がする。
そして、──気のせいか。
わたしのことを覚えてない、まるで初めてみたような言葉。
「ミナリさん。あらためて、ヨウコソ、です!」
そして、手戸さん。あいかわらず、キラキラした好青年ぶり。
爽やかな笑顔に、いけないと思いながらも心拍数が増えるのを感じる。
わたしへの、手戸さんの熱い視線(気のせいだよね)。背後のまいらさんからの圧力がわずかに増す。
まいらさんと張り合う気はない。あとでフォローしなきゃ。
つつましく身を沈めて一礼して(腰を折るやつじゃない。この館ではこうするんだ)、引き下がるのだが、──。
「?」
一歩下がった位置。まいらさんの方を見やった手戸さんの姿が一瞬ぶれた気がして、わたしは目をこすった。
「マイラさん、今日も、キレイ、ですね」
一礼するまいらさんは、頬を染めてて嬉しそう。わたしへのわだかまりは雲散霧消したように思える。
むろんのこと、まいらさんも、まわりの誰も、手戸さんの「ぶれ」に気づいた気配はない。
ただ、──わたしの目には、手戸さんの姿がぶれたときに一瞬。
2mくらいもあるだろう巨大な体格の、筋骨隆々のお坊さんの姿が重なってみえたんだ。
褐色のつややかな肌。吹きつけるような強烈な精気が、一瞬届いた気がした。
きっと、気のせいだろう。
気をとりなおしたわたしは次に、恭しく(ふたりへの、わたしの礼や給仕のチェックを終えて)席についた側用人様のお食事を卓にのせた。
これも配膳して、一歩下がり、古風な一礼。
食べようかの、と御前様が言い、みなで食べ始めている。
わたしは側用人様の斜め後ろの壁際に控えるが、ふと、側用人様のきっちりと整えられた髪の生え際、具体的にはうなじのところに。
なぜか大きな、幅3cmもありそうな傷テープが貼ってあるのに、気がついた。
なんだろう。怪我したのかな。
あれ、そういえば、わたしも──
「ミナリさん。おみず、ください」
ただ手戸さんに呼ばれ、グラスに水を注ぎたしたため、わたしの頭からは。
そのときに感じかけていた違和感は、一時、消え去ってしまったのだった。