タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(志野視点、多賀島中央高校、日曜日の午後)
「それで、どうしよっか」
「どうしましょうか」
待ち合わせの時間より15分早く落ち合った僕と彼女は、顔を向けあって悩みこむ。
空は青空、──はいいんだけど、蒸し暑い。いいお天気。
待ち合わせに来た僕は、学校ジャージ姿の彼女を二度見した後。
(いや僕だってさ、彼女、中川原桜さんが変わった子だってことくらい知ってる。
ちょっと個性的な服装してくるかもなー、とは思ってた。でもどっちかというとフリフリの甘ロリ系とかかな、って。願望こみで。それが、ジャージかよ、って。
もっともこの時代、ガチ系の体育会系中高生のジャージ通学はめずらしくない。すぐ慣れた。いや、慣らした。)
僕は具体的な調査プランを彼女と相談していた。
手を借りたいと行ってたから行く場所が決まってるものと思ったよ。
「いや、あるんです。行きたい場所。
ひとつはその、志野さんがみーちゃんと行った、っていう占い屋さん」
確かに、彼女としては確認したいのだろうな。
僕も、先輩がそこで何を見たかは知らない。ただ、女占い師も直接は先輩の運命を調べられない、とか言ってた風だったが──。
「それと、大きな猿。つのざる、って言いましたっけ。
その猿の跡、追ってみたいかな、って」
「ほうほう。──中河原さんって、そういう猟師みたいなこと、できるの?」
「猟師なんて、できませんが──」
彼女曰く、彼女は記憶力がいい。ほとんど写真みたいに記憶をとどめておける。
だから、彼女が友達と別れた場所が気になって、思い返してみると猿がいた跡とそっくりな跡があり。
彼女の記憶力でとらえたその形跡と同じ形跡なら、追っていくことができる、という。すごい。
「そうだね、──跡がなくなる前に追う?それとも時間かかるから、町のほうに最初に行く?」
「町のほうでお願いします」
だろうなー、行きにくいからな、あの裏町に女の子一人で、って。
僕だって一人では、勇気がなくてなかなか訪問できない。彼女もそうだろう。
顔をみあわせ、お互い苦笑いが出る。そうしよう、と僕たちはうなずきあった。
そういうわけで、僕たちの最初の目的地は女占い師のいる下町ということになったのだった。
──────
「志野さん。お昼、食べましたか」
「まだです。中河原さんは?」
それから炎天下を黙々と歩く、僕と彼女(ちなみに僕は自転車を押してる)。
彼女は、自分の名前と学校名が刺繍されてる学校ジャージ姿。なんならゼッケンを取った跡もある。
僕は、一見すると制服風だけど制服じゃない、でも制服と言い張れないこともないカッターシャツ(これは制服)と黒のスラックス(これは私服)。ほら、休みとはいえ学校だからうるさい先生に遭遇したらやだな、って思って。
どうみても、陰キャ丸出しな僕たち二人の間に会話が弾むわけもなく。
「まだです。じゃあ、どっかで食べましょうか」
「そうだね。食べられそうな店があったら、相談して決めよう」
「はい」
また時間が空く。あー、ちょっと苦痛だ。
仕方ないので、僕はこの時間になにがしかの喜びを見出そうとしはじめる。
横目で、中河原さんを観察する。
これは、僕が前世で得たスキルの一つだ。顔は別方向を向きながら、それとなく違うところを観察する高等技術。2回目の人生でも、女の子のスカートの裾から見える脚を視線を向けず観察して、このスキルを鍛えてる。
中河原さんは、女の子としてはやや身長高め、黙っていると物静かで聡明そうな外見。
三つ編みにした長めの髪。顔を覆う、セルの黒縁眼鏡。地味だ。しかし鼻筋の通った顔立ちはすっきりしてて、個人的には美人だと思う。
僕の視線というか関心は、顔から下に移動する。
特筆すべき特徴、──胸のあたりの布地を持ち上げてる、果実。
調布の胸も大きめで盛り上がりがすごいけど、容積はこの彼女ほどはない。
この中河原さんは、体積がすごい。重たげなスイカ。そしてスポブラでびしっと固定してる調布と違って、わずかに揺れる。触ったら、きっと柔らかい──と思う。たぶん。
彼女には大きめサイズであるにもかかわらず、ジャージの胸のあたりはぴんと張ってる。
そしてさらに僕のみえざる視線は、下に向かう。
これはみんなうっかり、みすごしてしまいそうだけど。
中河原さんの細い腰から大きめのお尻あたりも、なかなかなのだ。
実は中河原さん、胸の印象で惑わされやすいけど、身体は細め。枝ぶりは細いけど、実が大きいっていうか。お尻が強調される感じに、反り気味な腰つきもいい。
そして、脚。今はダサジャージに隠されているのが残念だけど、学校ではときどき観察させてもらった。
中河原さんの脚、とくにふくらはぎがいい。うっすら静脈が浮いてみえるくらいに色白で、国領よりボリューム感があって、でもしっとりした肌理の細かい肌で、──
「──興味、あります?」
「え」
不意にぼそぼそと中河原さんが顔を向けて問いかけてきたので、僕はどきりとした。
「えーと。その、終わったらいいです。──触っても」
「ふぼっ」
思わずせき込んで、けほけほとしてしまう。
なんとかおさめて彼女をみるが、彼女は顔になにも分かっていないきょとんとした様子で、大丈夫ですか志野さん?とか言ってる。だめだこりゃ。
彼女のコミュ力は、そんなことがありうるとすれば僕より低い。
顔はいいんだ。眼鏡のせいで隠されてるけど、ハーフさんみたいな白皙の顔だちは、個人的にはかなりの美人さんだと思う。
髪型とか変えてイメチェンしたら、すごい化けると思うんだが、しかし中身がこれか──。
「ちゃんと、新しい下着に変えてきました」
「こふっ。──その、中河原さん」
「はい」
律儀に返事をする彼女に急激に高まる頭痛を感じながら、僕はつとめて穏やかに諭す。
「人があんまりいない場所で、後で話そうよ。──ほら、ね?」
「!?あっ!──はい、──すみません」
はっと何かに気づいたように目をみはった彼女の頬が、ゆっくり赤らんでくる。
黒縁眼鏡の奥の大きな目が、うろたえたようにさまよい。
そして僕の方を、上目遣いにうかがう。わずかに身を固くして、怒られるのを恐れる小さな子どものように。
ジャージの襟口から見える胸元の、(ジャージを押し上げるふくらみに続く)日焼けと無縁そうな白い肌も、含羞にほのかに色づく。
その様子が、僕の脳のどこかろくでもない機能をつかさどる部分をピクピクと刺激し、活性化させた。そして僕は微妙にスラックスに歩きにくさを感じ始めた。
あたりに人がいないか、僕も視線を飛ばす。何人か通行人はいたけれど、いまのやりとりを聞いてた人はいなさそうだ。
気をつけてね?と僕は表面上は再度穏やかに言って、考えをめぐらす。
──どっかで彼女に説教したい。世の道理を説きたい。
すごく、ねちっこく、彼女が涙ぐむくらいに。それが将来の彼女のためでもある。
そう考える僕の頬には、しらずしらずのうちに、黒い笑みが浮びはじめていた。
──────
実のところこの時代の多賀島の下町は物騒なので、僕はあまり知らない。彼女もそうだ。
一時を過ぎ、ランチタイムの終わりも近づいてきたのだが、優柔不断な僕たちはまだ店を決めかねていた。
話、聞いちゃおうか。そういうことになって、僕たちはあの女占い師の部屋に行く。
2階にあがる入り口には鎖がかけてあって、今日は営業していないといった風情。
僕たちがうろたえて鎖のところで止められていると、2階で扉が開く音がして、あのボディガードみたいな異様に筋骨たくましい外国人の男が降りてきた。
正直、逃げようかとすら思って、2、3歩下がりかけた。だってこの人、すごい迫力あるし。
彼はぎこちない笑みを浮かべ、両腕を広げてみせた。敵意はない、といいたいらしい。
だが鋭い目や、お洒落な口髭のせいもあって、外人マフィアの戦闘員みたいな雰囲気があり。
僕たちはさらに、間を開けようとし。ざりっ、とスニーカーの下で砂利が音を立て。
彼の顔が心配そうというか、眉を寄せた、いかにも困った表情を浮かべる。
「スギル、──あなた!あなた!待って!」
ふたたび扉が開き。こんどはあの女占い師の人が出てきた。僕らの姿をみると、血相を変えて呼びかけてる。
僕と中河原さんは、顔を見合わせた。走って逃げたい。でも。
「志野さん。話がしたいみたいですし」
「そうだね、せっかくここまで来たんだしね、いざというとき、叫べるようにしてね」
「はい」
僕と彼女が、踏みとどまると。
スギルとか呼ばれてた男の人は、あきらかに安堵の表情を浮かべた。
そして同じく安堵の表情を浮かべた占い師さんに導かれ、僕たちは階段を上り。
謎のお香の匂いの漂う、うすぐらい部屋に踏み込んだのだった。
──────
「勇ましい人。
「?はい。ありがとうございます?」
「あなたは思う、あなたは行う。あなたの心、あなたは行う」
「──はあ」
前みた時より、痩せて頬が細くなって、ただ切れ長の目だけが異様に強い光をたたえる占い師さん。
ちょっと輪郭がとがった感じだが、エキゾチックな美少女(この前先輩と来たときは20代半ばくらいかと思ってたんだけど、こうして再度近くでみてみると、僕たちと変わらない年齢だと思う)である彼女は。
膝を接するくらいの至近距離に胡坐をかいて座り(僕たちも座らされ)。
そこから僕の目をのぞき込み、よくわからないことを力説してくる。
──どうしよう、相手をするのが苦痛だ。
横をみるが、中河原さんが全く役に立たない。ほけー、とこのやりとりを聞いている。
「
「はぁ、──何を、ですか」
しまった。外国の人だしね、うっかり相槌のつもりで「はい」なんて言ったら、「約束した」なんて言われかねない。
「あなたは、行く。あなたは、取り戻す。あなたの、愛」
「僕の、愛?」
まっさきに、ほこほこと笑う紫藤の顔が、そして軽く口の端を吊り上げて勝気に笑って見せる調布の顔が、僕の頭に浮かんだ。
そしてあの洞窟で肩を抱いたときの、国領の横顔。頬にほのかに熱を帯びて見上げてる、ナギさんの目。
いつもきりっとしてるパワハラ竜神娘の、ときにみせる無防備な笑み、──そして、最後に。
この占い師に占ってもらった後、公園で別れたときの吉祥寺先輩。
鼠をいたぶる猫のように嗜虐的な、だけど今にして思うと場違いに悲愴な決意を秘めていたように思える表情。
──胸が、じくっと痛んだ。
「──それって、みーちゃん、吉祥寺美鷹のことですか?
あー、このまえ、この人とここに来た女の子のことです」
ここにきて、ようやく横から中河原さんが介入してきてくれた。
「そう、あの娘も。──この前、きた。美しい、美しい、美しい娘」
占い師はしかし、中河原さんの言葉に、真剣に頷いてみせた。
僕は心臓が、どきんと拍動するのを感じた。
「わたしは、見る、できない。あなたの
この前も似たようなことを言っていた。僕の占いはできないらしいが、──
「──あなたたち、見る。わたし、見たもの。──すぎる?」
女占い師が呼びかけると、「すぎる」さんというらしい護衛が、恭しく布袋を彼女に渡した。
布袋の中から、彼女は水晶球を取り出す。
「手を。あなたも」
彼女は中河原さんと僕を促し、水晶球に手を重ねさせた。レディファーストかなー、なんて思った僕は中河原さんに先に手を乗せさせ、その上から自分の手を重ねた。やわらかくてひんやりした中河原さんの手に自分の熱いだろう手を重ねると、中河原さんがぴくっと身を震わせた。
その上から、彼女は両手を重ねた。
「あなたたち、みる、──たま。わたし、見たもの」
彼女は、目を閉じた。
不思議なことに、熱のようなものが彼女の手から伝わってきた。人間の体温には高すぎる熱。いや、熱じゃない。熱いように感じるけど、物理的な熱じゃない。
はっ、と僕の横の中河原さんが息をのんだ。僕も、声には出さないけどすごい驚愕を覚えた。現実世界が、遠ざかった。
僕は、何かを見ていた。炎が燃えていた。遠くで、叫び声。
何かの戦いなのだろう、怒鳴り声、悲痛な絶叫、肉を切るような音、金属の響き。
僕は何かを見上げた。泥のしたたりを重ねたような、巨大な黒光りする神像が目に入った。
この巨大なホール──礼拝堂か何かなのかもしれない──の背面の壁に一体化して、邪神の像がある。
それがとある神を模したものだと、僕は知っている──いや、正確には僕じゃない、僕が視線を借りているだれかが知っている。
目の前に、男がいた。
ついにこの暗黒神の間にまで、この男を追い詰めたのだ。
男に打ちかかった者たちは、吹き飛ばされてしまっている。今は一対一。
しかし男も、無傷でない。上半身裸の、その体のあちこちに傷を負っている。
炎がこの部屋の壁のタペストリに燃え移った。
薄暗い部屋が、明るく照らし出される。もう、時間がない。
燃え上がった炎の光で、僕はその男の姿を明確に視認した。
僕が視覚を借りてる誰かの、2倍近くもあるようにすら思える雄渾な体格。
毛をのこらずそり落した(?あるいはもともと無毛。剃り跡すらない)頭。つややかに油を塗った褐色の肌。
腰布一つの体には、隆々とした筋肉。ボディビルダーとは違って、自然に脂肪も備えた、柔軟そうな肉付きだ。
──男は、あの筋肉男だった。僕の憎んでやまない、紫藤を殺したあいつだ。
僕の胸に、激情がこみあげる──いや、この激情は僕のものじゃない。この体を借りている、誰かのものだ。この体の持ち主は、僕に劣らず、いやもしかすると僕以上にこの筋肉男を憎んでいる。
僕が視線を借りている誰かが男をにらみ。そして男も、僕を見返した。
ハンサムというわけではないが、容貌魁偉で目を惹くおおぶりな筋肉男の顔が、僕が視線を借りているこの「誰か」の顔を認めてゆがんだ。
「──*******、*****」
──****の、聖女か。
僕には彼の発した言語は理解できなかったが、彼が言った意味は分かった。
彼が、気力を奮い起こして僕をにらむ。僕は睨み返し、──彼は、ぐらっと首が折れるほどに頭をのけぞらせた。いや事実、折りかけたのだ。望まず、自分の力を利用されて。しかし彼は膝を折りかけ、かろうじて踏みとどまった。
「****!************、***!」
──白蛆め!わが心力、使い果たしてさえいなければ!──と彼が叫んだのだと、僕は理解した。
続いて、自分の指が自分の太い首に巻きつき締め上げようとしたのを、彼はかろうじて押しとどめた。
「クルスィファ。******、*****。***、**、***」
──クルスィファ。借りたものを返せ。命には、命で。
そう言い放ったそのときの僕が視線を借りている誰かの頬には、氷のような。
そう、おそらくはこんな年頃の女の子(この僕が憑依した体の持ち主が、おそらくはさっきの女占い師だと思う)が、浮かべてはいけないような、冷酷な嘲笑が浮かんでいたのだと思う。
しかしそのとき、巨大な破壊音が響いた。僕の視線が、一瞬ぶれる。寺院全体が、揺れたのだ。
黒い巨大なてらてらした姿が、部屋の右奥の壁をつきやぶって表れていた。小山のような大きさ。
──まずい、黒竜だ。早く封じなければ、兵士たちで生き残れるものなどいなくなる、──
しかし僕の視線は、ふたたび前を向いた。筋肉男が、背中をみせて逃げ去ろうとしている!
僕(が視線を借りている女占い師)も後を追う。しかし、地面が揺れている。彼も思うように走れないようだが、追う彼女も。
上から、寺院の木造部の破片やレンガが落ちてくる。この地下寺院自体が、崩壊しようとしている。
暗黒神の神像の前の祭壇には、乙女が3人横たわっている。顔は白く、もはや生きていない。
一瞬早く祭壇に到達し、額づいた筋肉男の姿が周りの地面ごとぶれて、消えた。
彼のいた周辺の地面が円形状に、場違いにも森の腐葉土の地面に変わった。しまった、転移だ。これは、きっと****の地──。
それまではこの破壊的な振動の中でも確固、端然と動かなかった暗黒神の像が、突然ゆらぎ、崩壊し始めた。
数百年にわたりささげられてきた贄により像に蓄えられてきた力が、転移術に使われつくしてしまったのだろう。
聖女様、と呼ばわる声。暗転する視界。
──それを最後に、僕の幻視は終わった。
気がつくと、異国のお香が漂う、カーテンを閉めた占い師の部屋。
風を通している部屋は暑いとはいえそこまででもないのに、僕は汗みずくになっていた。
僕に上から重ねられていた手が外れた。
力を使い果たした女占い師の頬を、汗が伝い落ちた。
護衛が、うやうやしく竹の筒のような風雅な容器を捧げ、女占い師はそれを受け取って飲みほした。
僕は横をみた。横からも、視線が返ってくる。
中河原さんの、恐慌一歩手前のぐるぐるした目の視線に、僕はかえって冷静になった。
手の平の汗ばみを覚えて、僕は手をのけた。彼女も水晶玉から手をはずし、それを自分の胸に押し当てた。
「ありがとうございます。なんだか、少しわかりました」
僕はそう言った。自分の声が自分でないような、変な感じだった。
水を飲み、少し落ち着いた風情の女占い師が、僕にすがるような視線を向けた。
「あの男は、僕の
僕は一言一言ゆっくりと、彼女たちにわかるようにそう言った。