タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
20260602 記述ミス、修整しました(中河原桜の前回の葉良邸侵入の経緯と齟齬あり、修整)。
(第三者(中河原 桜)視点、日曜日昼、多賀島市のアステロイドプラザ近くの路上)
女占い師の部屋への、訪問を終え。
彼女、中河原桜と志野氏は、護衛に見送られて部屋を出て階段を降り、熱風の吹く路上に戻ってきていた。
「──」
「それじゃ、次いこうか次」
あの女占い師の部屋であったことには触れずに、彼が言った。
はい、と彼女も頷いた。気持ちはわかる。
大作映画をみた後の感じに、近いのだろうか。
想像を超えるものをみせられ、目の前のこの日常に対して違和感が生じてしまっていて。
どこか、地に足がつかない気分。
「よかったら自転車、乗る?」
「志野さんが、歩くんですか?」
「あー。いや、二人乗りで、さ。違反だけど。
ほら、時間は貴重だし。思ったより、時間使っちゃったし」
彼の論理はもっともだ、と彼女も思ったので。
はい、お願いしますと彼に言うと、彼は頬を緩めた。
占い師の部屋から少し歩いたところの公園に、彼の自転車を止めてある。
公園では蝉の声の響く中、夏休みの子供たちが麦わら帽子をかぶり虫取り網を持って駆けまわってる。
誰かが大物を捕まえたのか。プラスチックの籠を3人くらいが覗き込んで、おー、とか言ってる。
「結局、なんだったんですか。あの世界って。地下の寺院か神殿、みたいな感じでしたよね」
彼に聞く。
彼と彼女は、あの女占い師に、奇妙な映像(幻覚)をみせられた。
あれは、女占い師の記憶の一部らしいのだが──
自分の目でみたとはいえ、彼女自身はまだ半信半疑だ。
仮に幻覚だとすれば、可能性としてはあのお香が怪しいと彼女は思っている。幻覚成分のあるお香だったのかもしれない。
ただ志野氏と彼女がぽつぽつ会話して確認してみた限り、彼らが同じ幻影をみていたのはたしかなようであり。
そうだとしたら──特定の幻覚を狙って見させることはできないだろうから──本当の、不思議パワーだということになる。
そんなものがあるなんて。
空想好きの彼女ではあるが、いざ自分の身に現実になってみるとにわかには受け入れがたい。
彼女の自認では、彼女はごく普通の一般人。
たとえばファンタジー大作映画に出されたら、多分すぐ怪獣にプチッと潰されて血の染みになるエキストラ役。
なのに。この彼女が生きてるこの世界が、あの幻覚でみたような謎怪獣が出てくる、非日常の舞台になってしまったら──。
非日常へのあこがれと、退屈だが安全な日常が崩れることへの恐怖が、彼女の心を複雑にかき乱す。
「僕にも、よくわからなかったけど。
ただ、あの筋肉野郎は。あいつだけは──ただじゃおかない」
つぶやく志野氏は、──非日常側の人だったんだ。横顔が格好いいけど、怖い。
自分と同じ一般人仲間と思っていたのが裏切られた気分だ。
幻覚が終わった後も、彼は血相を変え。
あの男を倒す、と宣言していた。いつもは穏やかな彼からは殺気が噴き出ていた。
消耗した女占い師は、彼の言葉を聞いて。
本当にほっとしたような表情を、その憔悴した顔に浮かべていた。
ちなみにその後、女占い師は感激のあまり(?)、彼に抱きつき。
彼の首筋に濃厚な、痕がべったりと残るほどのキスをして、目をのぞき込んで何かを語りかけていた。──そのストレートな感情の示し方も、また彼女には衝撃的だった。
この人たち(外国人?もしかするとファンタジー世界の人?)的には普通なのかもと思って護衛さんの方に目をやると、やっぱり目を剥いて驚いていて。
心細そうな護衛さんと目が合った彼女は、どこかで心が通じ合った気がした。
「あの強そうなお坊さん。志野さんの知ってる人なんですか?」
「ああ。──僕たち、同じものみたんだよね。
あの筋肉男は、本物の悪党だと思う。ほら、──」
すこし前の、多賀島の風俗店店員の連続殺人事件。
志野氏は、あの悪役プロレスラーみたいな人がそれと関係してると思ってるみたいだ。
彼女には、その真偽はよくわからないというか、急すぎて飲み込めない。
捜査のプロの警察の人たちだって調べてるはずだし、それで新聞報道も指名手配もされてないなら、違うんじゃないかな。
それより、女占い師さんから何をささやかれてたんだろう。あのお坊さんとかのことじゃなければ、愛の告白とか?
まあいい、それより。
「そうなんですか。あの占い師さん、すごかったと思います。
──でも、猿とは違いましたね」
「ごめん。猿とは別口だったみたいだ」
──吉祥寺美鷹の行方を知る手掛かりには、ならなかった。
女占い師は、猿のことは知らない様子で。
また何かの必要があって力を出せない事情があるらしく。
そのなかで彼らにあの幻影をみせたことで、消耗してしまい。
たとえば中河原桜の占いといったことも、できなかったのだ。
「猿、と言われて首をひねっていましたね」
「そうだね。空振りかな、そっちは」
ふう、と二人はため息をつき、公園をよこぎる。
公園の木陰では、高校生くらいの女の子の集団がたむろっておしゃべりしている。
彼らがその横を通り過ぎると、話し声がだんだんと弱まり、止んだ。
反比例して、視線を受けてる感覚が強まる。カップルと思われてるのかな、と頬が熱くなる感覚を覚えながら桜はおずおずと横目でそちらをみた。
やんちゃそうな、でもそこまで性格は悪くなさそうな子たちだ。
電池式のラジカセが置いてあるのは、おそらく音楽を聴いていたのかな。
──いや、ダンスの練習とかみたいだ。みんな少しスポーティな服装。
全員ではないが、数人がこちらをまじまじと見ている。目が飛び出さんばかりに、驚愕の表情を浮かべてる子まで。
どうしたんだろう。
──本人たち的には小さい声のつもりの女の子たちのささやき声での会話が再開し、桜の耳に届いた。
「ねえ、あれってさ」「あっ」「まぢぃ!?」「?カワイイじゃん」「ちがうよケイ!」「あの男の子、アタシたち昨日もみたの」「偶然っしょ、偶然」「毎回、女の子ちがうの!」「あたしとナオたち、近所の美人な子があの人振ってるのみた、その後その子、行方不明になったの!オカンが教えてくれた!」ざわっ!「もしかすると、連続婦女暴行犯」ざわざわ。「ねえナオ、ひゃくとーばん」「がってん承知」
志野氏はどうも考え込んでいて、彼女たちの不穏な会話に気づいてない気配。
でもこのままじゃ大変なことがおきそうだ、と桜は気づく。
志野氏はどうもはなはだしく社会常識に欠けるところがある。彼女が補ってあげなきゃいけない。
彼女だって、みーちゃんにいろいろ恩義を受けてきたのだ。
だからその恩は、どこか別の誰かを助けることで返してあげたい。そう、この彼とか。
「志野さん。急ぎましょう!」
「え!?うん、わかった」
よくわかっていないだろう彼の手をひっぱり(なぜか手をつなぐと頬の熱が上がった)、彼女は彼を促し。
自転車を出してもらって、自分も後ろの荷台に横座りして、そのお腹のあたりに腕をまわす。
「中河原さん、いい?大丈夫?
──じゃあ、いくよ!」
自転車が、走り出す。アスファルトの照り返しが熱い。
向かい風もぬるいが、ほてった頬には気持ちよかった。
ブルーの制服のおまわりさんが、道の向かい側を自転車で走っているのを目撃。彼女たちが、公園からきた道だ。
志野氏はぎくっとしていたが、おまわりさんはそのまま公園方向に急行。。志野氏は二人乗りを咎められずにすんで、ほっとしたようだ。
よかった、間に合った!と、影の英雄である彼女も。
つつましやかに、胸を張りたい気分になったのだった。
──────
「こことか、どうかな」
「はい、大丈夫です」
もう2時近い。さすがに、お腹がすいてきた。
二人は、袖振橋のたもとに近い定食屋さんに入ることにした。
○平食堂、という名前の定食屋さんは、志野氏が知っている店のようだ。
財布の中のことを考えてもじもじしていた桜だが、彼に押し切られて食欲に負け。
美味しそうな、生姜焼き定食を選んでしまった。
彼もお値段高めのフライ盛り合わせ定食を選んでいる。お金持ちなのだろう。
しかし、これを払ってしまったら彼女の財布は空になってしまうのだが──。
さくさくのフライを彼は提供してくれて、彼女も感謝のしるしに生姜焼きを一枚提供する。
なんだか恋人みたいだ、恋人。──と彼女は思い、白い頬を赤くする。
テレビでは、終戦関係の特集をやっていて、黒縁眼鏡の戦争経験者なのだろう店主のおじいさんが、じいっと食い入るようにブラウン管をみつめている。
言葉が途絶えたとき、彼女はさっき気になって、でも流れで聞けなかったことを思い出した。
「志野さん。あの占い師さんですけど。
なんかキスされたあと、すごい近くに顔を寄せられて話してましたよね。そのとき、あの世界やお坊さんのことについては何も言ってなかったんですか?」
「え?キス?へ?あー、されたっけ?
何か言われたかなー?よく覚えてなくて。
また来てほしい、とは言ってたけど。それ以外に?」
そっちは別れ際に聞いた言葉で、桜も聞いている。
でもその前、志野氏が悪役プロレスラー打倒宣言をした後、確かに女占い師はまるで恋人のように彼の首に腕をかけ、目をのぞき込み、何かを熱心につぶやきかけていた。
しかし志野氏はどうもそれを覚えていない、あるいは認識すらしていないようなのだ。
そんなのあったっけ、なんて言って首をひねっている姿は、嘘をついたりごまかそうとしたりしている様子にはみえない。
そういえば、気になることもある。
志野氏は表面上は冷静沈着にみえるけど、意外に初心なところがあって。
ときどき廊下でみかける彼は、女の子(調布さんとか)とかに接近されてへどもどしたりしてるのに。
でもあのときの志野氏は、熱烈に抱き着かれて愛をささやかれてる(?)わりには、妙に反応がなくて。
目が開いたまま視線が動かず、固まった感じになってて──。
まあ、気のせいだよね、と桜はそこで思考を放棄して、目の前のごはんに注意力を戻す。
意外にしっかりした定食を食べ終え、冷たい水をおかわりすると元気が出てきた。
ちょっと高いメニューを選んだことを、桜は後悔していたけれど。
桜の分の代金も志野氏がスマートに払ってくれて、桜はもじもじしながらお礼を口にした。──やっぱり志野氏は、いい人だ。
──────
お店を出ると、彼らは例の猿の痕跡のある神社に向かい、検証する。
この前たどった、猿の足跡を追ってみせていくと、彼の顔がだんだんこわばってきた。
「この道で、間違いない?中河原さん」
「はい。私はもっと上までたどりましたが、最後まではたどってません。その、この前たどらなかった方の跡を行ってみようと思います」
曲がりくねる道をたどると、やがてこの前も来た、コンクリートブロックで法面を覆った崖についた。
彼もどうやらここを、知っているらしい。崖の上に上がるはしごに、迷わず向かう。
彼に促され、崖を上がる。
落ちた時の対策だろうか。彼が下からついてきてくれてるけど。
お尻とか見上げられて、デカいなとか思われてたりしてたら恥ずかしさで死ねる。
少なくともスカートでなくてよかった、と彼女は心から思う。
崖を上がると、緩傾斜の土手の草原。
軽い踏み分け道のようなものがあり、そこに猿の痕跡を彼女はみとめた。
「斜面を上がる方向の道にも、わずかですが痕があります。あと、斜面の縁近くのこれ、右側から左側へ横切っていく獣道にも、痕があります。
この右から左に横切る獣道を、猿はよく使ってたんだと思います。上がる方向は1回か2回、横のほうは古いのも新しいのもあります」
自分が前来たときには、上に上がった。
ただ、あのよくわからないおじいさんに追い払われて(たぶん)、猿は家には行ってない。だからまあ関係ないかな、と思った彼女は、そのことは志野氏には言わなかった。
「じゃあ、そっち、よく使ってる道かな?
多分砦山と巣をつなぐ道だと思う。そっちを、巣の方向にたどってみようか」
「はい」
なぜか志野氏は、ほっとしたようだった。逆に怪しい。
この傾斜を上がったところには行かない、と決めた彼の表情は、罪悪感に近いものがあった。
有明りなの滞在している家は、この上にある。
そしてふと思い立ち、あらためて小さな有明りなの足跡に混じる、大きい足跡をチェックする──目の前にいる志野氏と同じ足跡だ。その足跡も、斜面を上がって降りた形跡がある。
まず確実に、志野氏は有明りなを知っている。
ふたりがどういう関係かは、わからないが。
確実に、会いにいったことがあるか、ストーカーしたことがあるのだろう。
こんど、休憩時間にでも聞いてみようか。
そう、性急に獣道をたどりはじめようとしている志野氏の背を追いながら彼女は思った。
──────
夏の午後の日差しの下、土手の斜面を彼らは歩き続けた。野球帽子を取り出して、頭にかぶる。
やがて土手は傾斜面の林、そして森になり、追いにくくなりはじめる。
しかしここで志野氏が、意外にも優れた注意力を発揮しはじめる。
彼女と違って記憶力は悪くないとはいえ普通程度のようだが、木の枝が折れてるとか、土や草の乱れた跡がある、といった「異常を発見する異能」を彼は持っていて、それと彼女の記憶力を参照して判定する機能をくみあわせることで、彼らは驚くほど迅速に正確に追跡することができた。
やがて彼らは、土手と森を抜けて道路にでくわす。
彼らがたどっていたのは、砦山とその北西にあたる第一層の丘陵地帯、珠割団地の南西側の斜面だ。追跡を始めて1時間くらいは経っている。
そして彼は、この道路を知っているようだった。
「あー、ここはあれですよ。あの、ざくろが丘に上がっていく南側の道だ」
「知ってるんですか。さすがです」
そして猿の痕跡は、このアスファルトの道路によって切れてしまっている。しかし。
「あそこに、猿の足跡が多いですね」
「──そして、この車のタイヤの跡。
この引っ込んでてすこし見えにくい路側帯。車の跡が前の雨の泥にはっきり残ってる。
そして、──これが猿の足跡なんだよね?すぐ横に、たくさんある」
「送迎してるんじゃないでしょうか、あの猿を」
「野生の猿じゃないってこと?飼い主がいる、と」
「はい、飼い主がいるんだと思います。
ふつうにそこらでみる日本猿じゃなくて、すごく大きかったですし。
しゃべってるように見えた、って私言いましたよね。みーちゃんのお尻をたたいてたとき」
「言葉も教えてる、と」
ふたりは、顔を見合わせた。
アスファルトのタイヤの跡は、さすがにこれ以上は追跡できない。
「ここを見張ってみる、ってのはありかもしれない」
「そうですね」
「ただ今日はその準備もしてないし、ここまでかな。──もう帰る?」
「そうですね、──はい」
「そうだ、喉渇いてない?僕が出すから、飲み物でもどう?」
自販機をみつけた志野氏にいざなわれ。
喉の渇いていた彼女は、すこし離れた別の路側帯にある自販機まで歩き、候補をにらみつけた。
倹約家の彼女には、飲み物を買う経験が少ない。うーん、と悩んでしまう。
彼は大きめの麦茶を選んだようだ。そんなのだったら家で飲めばいいのに、と彼女は思うが、甘ったるい飲み物よりそれがいい気もしてくる。
ふと肩に手を置かれ、彼女はぎくりとする。
軽く手を引かれ、彼女は自販機の側面に誘導された。真剣な表情。
「志野さん、──?」
「静かに。──ほら、見える?」
「あっ」
ワンボックスカーが一台、あの猿の足跡がたくさんあった(おそらくは飼い主が猿を放つ)場所に来ていた。
二人はかなり離れているし、二人の姿は自販機や森の木々にも隠されてみえにくいはずだ。ただ、彼らにも車は見えにくい。
がらがら、と扉がひらく音。
「志野さん。──知らない振りして、見ます。大丈夫」
彼女はちょっと勇気を出して表に出て、自販機の飲料を探すふりをしながら横目で視線を送る。
何か黒っぽい生き物がでてきて、流れるような速さで森に消えていくのがみえた。人間ではない。
後で記憶を照合すれば確実だが、おそらくあの猿だ。
ライトバンはすぐに発車した。道に戻って、去っていく。
車は彼らの横を通りすぎていった。彼らには気づかなかったか、あるいは特に彼らに見られていないと思っていたのか、ドライバーは特にこちらに視線を投げることもなく町の方向に向かっていく。
そのナンバーも、彼女は記憶した。
──────
いったん、二人は引き上げることにした。
道路をそのまま屠良川方向に歩き、そして国道沿いに自転車を停めてある神社に向かう。
神社に行く途中に、桜の家もある。
歩きながら、ふたりはぽつぽつと会話を交わす。
収穫は、多い。特に、あの猿。そして猿の飼い主の車。
ただ警察に対して、美鷹をさらった猿の飼い主を捜査して逮捕してほしい、──などとはこの段階では言えない。
「警戒を強めてしまうかもしれませんが。でも、何か別の理由をつけて捜査できないでしょうか」
「そうだね。──猿を野に放つのをどうにかしてくれ、とは言えるかな」
ちょっと考えてみる、と言って志野氏は黙り込んだ。
「志野さんは時間、大丈夫ですか」
「山道だから時間かかったけど、道を歩けばすぐだよ」
また無言で、二人は歩き続ける。日はまだ高いが、すこし涼しい風も吹いてきた。
結局決心がつかず、「まだ口つけてないから」と言われてもらってしまった麦茶のボトルがリュックに入っている。
なんだろう、なんだかやるべきことがあるのに忘れてる気がする。むずかゆい。
──あ、思い出した。
「志野さん。私、思い出しました」
「へ?手がかり?占い師のこと?」
彼女は、まわりをちらっと見まわす。誰もいない。彼女は間違いを繰り返さない。
「違います。あの約束のことです。
今日はつきあってくれたので──あ、つきあってくれたってのは、調査をってことですけど── だから、いいですよ。
──私の体、触ったりしますか。そこらへんで」
彼女は、緊張にちょっと口の中が乾いていて。
言葉が舌にねばりつくような感覚を覚えながらも、そう彼に言った。