タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
主人公は紫藤生存計画を進める原資を得るため、未来知識を利用しようと思い立ち競馬場を訪れる。競馬場で、主人公はかつて「1回目の世界」の最後で主人公のボディガードになってくれた男(秋月)と巡り合う。
紫藤みなりは、義父にその処女を売られてカエルに似た男(ガマガ)に手籠めにされそうになるが、たまたま介入できた主人公に救われる。主人公は紫藤みなりの家庭の状況の一端を知り、紫藤にアルバイト名目でお金を渡すことにする。
アルバイトの一環として、主人公は紫藤に耳かきをしてもらい童貞らしくキモく興奮し、彼女とファーストキスを交わす。しかしその場に(学校の一部屋)に、彼らの知る先生(浦和美鈴)とその同級生らが突然やってきたため主人公たちはやむなく戸袋に姿を隠し、彼らの話を漏れ聞くことになる。
別の日、主人公と紫藤みなりは学校の「開かずの間」を訪れ、主人公は学校の七不思議のいくつかを発見する。その後、帰宅した紫藤みなりは、義父と、義父の愛人と思われる胸の大きな女に性的虐待を受ける。
その翌日の休日、紫藤みなりは啓発活動のアルバイトに出かける。アルバイトからの帰りに、彼女は同じくアルバイトに参加していた男子大学生2人に脅されて裏町に引き込まれそうになり、彼女をストーキングしていた主人公に救われる。
31 山の天気は変わりやすい(1)(志)(前章あらすじ付き)
同級生の、紫藤さんという子から電話がかかってきたよ。
かわいい声の子だね。
そういわれて、顔を赤らめながら、居間の電話に向かう高校生男子(中身は30over)。
生暖かい目で、ごゆっくりどうぞ、と、その中身と近い年齢の母と父が見守っている。
うん、これまでにない羞恥プレイだ。あたらしい自分に目覚めそう(再)。
同級生の女の子からの電話。1回目だと、中学校のクラス連絡網で1度あったかなかったかの話だな。
今日を思い返しながら、そう考えていた。
ーーーーー
朝起きたとき、ぽっかりとした喪失感があった。
今日は紫藤と会えない。
僕の知らないところで、何をしているんだろうか。
困ってないだろうか。いや、誰かに言い寄られてその気になってないだろうか。
そして、多分、恋人のひいき目なんだとは思うが。
最近、紫藤がかわいい。いやかわいいのは前からそうだけど、本当に輝いて、美しく見えるんだ。
内側から光を発しているように。透明で、決然として。
僕以外にも、そう見えたら?
僕より好条件の男(たくさんいるだろう)に目を付けられたら。
僕をあっさり離れてしまうのではないか。
耐えられない。
それくらいなら、この手で紫藤を壊して、そして僕も壊れてしまいたい。
僕の心は醜い。暗く、粘性の嫉妬を燃やす。
まあそんなことはしないだろう。
でももしそんなことが起きたら?
立ち直れないような気がする。
ーーーーー
その日は家族サービスというのだろうか。父母と僕の三人で、ドライブに行くことにした。
市内から1時間くらい、高速道路に乗る。この当時はまだETCはないんだな。小銭をやり取りしてる。
行先は海辺。潮風を吸い、海沿いの遊歩道を歩く。
フナムシを追い立てながら、テトラポッドを伝い歩く。
浜辺で、波に揉まれて不思議に角が取れた、不思議な感じの流木を拾う。
謎のアルファベット(今では、それがキリル文字だとかハングルだとかだということがわかるようになった)の瓶を眺める。
意外にも楽しい。母親は途中でリタイアして、潮風に吹かれながら、東屋から海を見ている。
父親は、喜々として、海に石を投げてみたり、カニを求めて砂浜を掘っていたりする。
いろいろと釣りに関する豆知識を教えてくれようとしたり。
やっぱり息子と何かするのは、楽しいのかな。反抗期でしばらく口をきいてなかったりした反動だろう。
「なあ、進路はどう考えてるんだ?」
父親が沖を見ながら聞いてきた。
足元から平らな石を拾っている。
「うん、できれば大学に行きたいけど。」
「そりゃ行くだろう、行くといい、出世が違うから。」
父は高卒で働いていたが、途中で一念発起して通信制で大学を卒業した。だから大学に憧れがあるのかもな。
父の手が動いて、波間を石が跳ねていく。
「そうじゃなくて、大学行くなら行くで、どこの大学か、とか。」
「日本国内なら、東京に行きたい。あと、情報関係の学部かな。」
「情報?マスコミか?」
「違う、データベースとかプログラミングとか。コンピュータ関係の仕事がしてみたい、文系でも数学ができればいけると思う。それがだめなら実務系の法律か経済。」
僕は事務屋としてはそこそこ中堅、普通程度。コンピュータの適性は、わからない。
でもこれから、情報産業が大きな隆盛を迎えることを知っている。
マスコミ、金融関係などが今は花形で、まあそれらは十数年後も一応の人気の職業ではある。
だが、そんなものを蹴散らす勢いでICTは発展する。
バブル期には30社以上の日本企業がランクインした世界の時価総額ベスト50企業のリスト。そこからわずか二十余年後には日本の企業が一社を除き姿を消してしまうことも、僕は知ってる。
人口減少社会の中、今までのやり方に固執し、そうでなくても自力では変えることができず、地域だけでなく日本自体が衰退していくことも。
「そうか、ーーそれもいいかもな。」
父としては、娘も東京に行ってしまったので、息子の僕は地元に残ってて欲しいのかもしれない。
地元の国立大学は、たとえば県庁、市役所とかなら東京の一流私立大学より学閥の力も強い。まして地元の旧帝大は、その地方の王様という感じだ。
本当は、そんな安定した進路を望んでるのかもしれないけど、あまり進路に口を出さない。自制してるんだろう。
僕は地元に残ろうとは思っていないので、親の寛容さはありがたい。
「まあ、できたら国公立でな。」
「げ、ハードル高い。」
笑いながら、僕も砂浜から石を拾う。
東京の国公立大学か。どこも難関だ。
東京都内じゃないけど、T波もいいな。
僕も石を波間に投げる。
父親よりしょぼい、でも2、3回は石を跳ねさせることができた。
親の期待は高すぎるんだけどな。あなたの息子でしょう、そんなに優秀じゃないよ。
1回目はたまたま結構な高偏差値の大学に入れた。
奨学金も取ったので、そんなに負担はかけなかったと思う。
あまりそのメリットをフルに活用できなかったけど、いい大学だった。
でも、2回目は違う大学もいいかな。
紫藤はどうするんだろうか。2年生段階では、僕よりずっと成績は良かったはずだ。
学年トップ10には入れてないが、クラスで3、4番目じゃなかったかな。学年でも30番くらい。
多賀島中央(僕たちの高校)は、偏差値的には県立のトップクラスだ。
もしちゃんと卒業できてたら、かなりいい大学に行ってただろう。
それとも、親に負担をかけたくなくて、地元の国立大学か短大に行ってただろうか。
語学が得意だったはずだ。フルスカラシップをとって、留学とかもありうるかもしれない。
そしたら、僕には到底ついていけないだろうな。
暗色の粘液のような嫉妬と執着とが、僕の中にはある。
しかし紫藤にはやっぱり、幸せになってほしい、それは変わらない。
日が高くじりじりと照りつけている。いい天気だ。
ここはいい、紫藤とまた遊びに来たい。でもバイクがないと自分で来るのは無理だろう。
バイクの件、母親も少し軟化してる。実は、父親の知り合いから中古のバイクを安く譲り受ける話もある(これにはびっくりした。嘘から出た真、というやつかも)。
ただ、詳しくはわからないが、郵政バイクみたいな業務用のやつらしい。いいんだ、行動ができれば。お願いします。
ーーーーー
昼食をめぐっていろいろ悩んだものの、結構美味しいドライブインのラーメン屋さんを見つける。
母はあまり麺類が好きでないが、選んだ蕎麦が本格的で美味しかったらしく、機嫌が良い。外見はあか抜けてなかったのに、意外な穴場だと嬉しそうだ。
まだ時間はあるが、道路が混まないうちに、軽く流して早めに帰ろうか、ということになる。
父は、帰りがけに職場に寄りたい意向。僕に仕事を手伝ってほしいらしい。
父はPCはあまり得意でないが、予算の立案とかで使わざるを得ないとか。午後ちょっとだけ手伝おう、ということになった。母は多賀島のデパートで買い物したいらしいし、ちょうどいい。
帰りに比企頃市を通っているとき。桜とつつじの名所として名高い大明神公園をとおりかかる。
つつじがきれいね、と母親が嘆声を漏らす。一瞬だけ寄ってみよう、ということになった。
公園の駐車場に車を入れる。人出が、それなりに多い。
そしてその駐車場の一角で。僕は子供たちに風船を一生懸命に配っている小柄な人影を見かける。
グレーの上品なワンピース。ブルーのラインの入ったベレー帽。
紫藤だ。
ああ、啓発は市内とは限らないって言ってたな。こんなところまで来たのか。
くるくると嬉しそうに立ち働いている。
係の人がボンベで膨らませた、宙に浮く風船を、子供にしゃがんで手渡してる。列が出来てるな。
あ、ちょっとその片膝をつく感じ、しゃがみ方が深いから。
その、ひざの少し上の丈、短めのフレアのワンピースの裾から見えそうだぞ。
かろうじて見えてないけど、そっちの方が男子どもを直撃するんだ。
子供と手をつないでるお父さんたちがうれしそうじゃないか。
同じバイトに従事しているんだろう、茶髪の格好いい大学生が、寄ってきて、親しげに肩をぐいっと寄せて何か言ってる。
紫藤はにこにこと笑顔で応じて、風船役を交替して、この啓発で使ってるバンに走っていく。
キラキラしてるな。
ほかに数人いる女の子たちもかわいいように思える。でも圧倒的に人目を惹く輝きが、紫藤にある。
あら、かわいい子ね、と母親が目を細めて言う。同級生だとは気づいていないようだ。
ここらへんの子だろうけど、あかぬけてるね、と父親も目を止めて言う。
紫藤は、ちょうど別の大学生っぽいクールなイケメン君から、チラシと啓発物品のようなものを受け取っているところだ。輝くような笑顔を浮かべて礼を言い、いそいそと受け持ちの配布スポットらしい場所に走っていく。周りの人がはっと目を止めるくらいに、生命の奔流の煌きを見せて。
あーあ、勘違いさせてないかな。イケメン鬼畜眼鏡の目がじいっと紫藤を追ってるじゃないか。
ーーそうだね、と言って、父母に先を促す。
なんだか、取り残された気分。
粘質の嫉妬が、心の隙間から這い出す。
笑顔を作って父母に付き合いながら、醜い心の僕は、なぜか紫藤への怒りを覚えていた。
全く紫藤に落ち度はない、理不尽なものと分かっている。
思うと、何も考えず声をかけておけば良かったのだろう。
でも、何かがそれを妨げた。変なプライドか、茶髪や眼鏡の兄ちゃんと比べられることへの恐れ、怯えか。
心に鬱屈を抱えたまま、でもそれを毛ほども出さないように注意しながら、父母とお花見をした。
満開のツツジが美しい。咲き乱れる花で、丘が燃えているようだ。
ただ、紫藤ほどじゃないけど。
帰りには、もう紫藤たちはいなくなっていた。
次のスポットに向かったのだろうか。
知りたい、彼らの間でどんな会話が交わされているか、どう思ってるのか。
僕と一緒にいるときも、紫藤はあんなきれいに笑ってるのだろうか。僕は紫藤を幸せにできているのだろうか。
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お花見を少しして、多賀島市内に戻る。
父の勤務先に立ち寄る。父は公務員、ただいわゆる上級職ではなく、長い下積みを経て、ようやく係長職まで来た。おそらく、仕事はできる方なのだが、いわゆるPC作業は苦手らしい。
これからどんどん使うことになる。10年後には、PCが使えないと役所でも置物状態だろう。
母を町の百貨店付近で降ろし、父の職場に向かう。連休真っただ中とあって、ほとんど人はいない(それでも出勤している人がわずかにいるらしい。びっくりだ)。
父にPCを起動して見せ、基礎的なところから叩き込む。Win95機、この時期としては最新鋭だ。マックも1台あるらしい。多くはWin3.1機、Lotus123&一太郎だな。役所は一太郎が多い。
父のインストラクターを続ける。いかん、ウィンドウやフォルダの概念すら分かっていない。でも根気強く教えていくうちに、なんとか概念を理解するようになった。
ときどきパシャっとOSが落ちてしまう。Win2KまでのOSはかなり脆弱だ。そのことについても教え、上書き保存のショートカットキーを刷り込む。
2、3時間程度すると、ある程度形になった。まだ40代、なんとか、まだ新しいことを学べる世代。これで部下がやってくれるからとさぼると、ますますついていけなくなるからな。できれば安物でいいから家にPCを置くべきだな。Win95機がいいが、無理ならWin3.1でも、なんならLinuxでもいい。
ひととおり教え込んだ後、とある目的で役所の文書を検索してみる。うん、わかってる。犯罪だ、扱いとしてはカエルと同様の犯罪者なんだろう。でも必要だ。
いくつかの情報を入手。迷惑をかけないよう、メモはしない。足は残さない。頭に叩き込む。
さらに文書もそれとなく見る。断って、とある税に関する台帳を見る。
なるほど。
ちょっと寄りたい先があるから、街に寄って帰るよ。また何かあったら言ってね、と言って、僕は先に出ることにした。父は母と待ち合わせしている時刻まで仕事をしてから、母を拾って帰るらしい。僕のことも気にしていたが、運動もしたいし、歩きかバスで帰るから大丈夫、と言って迎えを固辞する。
こっそり、紫藤の様子を見に行きたい。
うん、ストーカーだ。会えなくても構わない。もしあの茶髪男とか眼鏡男といちゃついてたら。
そんな子じゃない。だけど、もし。いちゃついて楽しそうだったら、どうしようか。
きっとそのまま会わずに帰るだろうか。それとも、楽しそうなところに割っていって邪魔をする?
みっともないよな。でも。
心が決まらないうちに、県庁のそばまで歩いてきた。
紫藤からは集合解散の時間と場所を聞いている。解散時間は、業務の性質上、ずれたりもするだろう。でも、あのとき紫藤をみかけたのは、かなり遠い比企頃市。
予定の解散時間を超えることはあっても、早く解散することはないだろう。
すでにいくつかの同様の業務についていた人たちが戻ってきている模様。一斉に集合・解散ではなく、流れ解散だな。
間に合わなかっただろうか。
見ていると、いくつかのグループが仲良さげにつるんで帰っている。もともと、友達同士で申し込んだっぽい感じだな、会話内容から。
あと初対面だったが、一日一緒に仕事をして意気投合したらしい男女カップルの姿も。その行動力というかコミュ力がうらやましいよ。
人の流れが途絶え、祭りの後かなと思い始めたころ、一台のハイエースが戻ってきた。
そして、僕の目は、後部の窓に紫藤の姿を捉える。一瞬だけしか見えなかったが、隣と話しこんでいたようにも見える。茶髪男か?
ハイエースから人が出てきて、僕はなぜか身を隠した。紫藤たち一行が、県庁に入っていく。人を下したハイエースは、そのまま地下駐車場に向かう様子だ。
僕はどうしたいんだ。このままじゃ本当にただのストーカーだ。
着替えた紫藤たちが出てくる。紫藤は、僕と一緒に買った、あの白のブラウスと黒いキュロットスカートを着ている。かわいい、一番目立って、可愛く思える。やっぱり当たりだよ、あの服。
茶髪の子が、別の待っていたと思しき茶髪グループと落ち合って、ちょっと高い声で健闘を称えあっている(?)。そのまま、街のマックかどっかに行って駄弁る感じだな、あれは。
少し背の高い落ち着いた感じの女の子、雰囲気からすれば大学生か、が紫藤になにか耳打ちしている。紫藤は真剣な顔で聞き、その子の顔を見上げて、コクンと頷いている。かわいい。
紫藤はバッグをがっちりと前に抱えて、一目散という感じで歩き始める。お金について注意されたかどうかかな。
背の高い女の子は、もう一人の同じ大学生と思われる中肉中背の女の子と一緒に、心配そうにそれを見送った後、別の方向に向かって歩き始めた。
いまだったら、紫藤と話せるな。そう思って、歩き出した紫藤を追おうとしたとき。
多分大学生と思われる茶髪男と眼鏡男が、紫藤を追いかけて歩きだしているのが見えた。あれは、追いつくつもりだな。一緒にどっかお茶しない、って感じだろうか。紫藤は応じるだろうか。応じて、まんざらでもなさそうだったりしたら?
なんだか心が砕けそうだ。
3人を追う。
紫藤も周りをちらちら見ながら、警戒しながら進んでいる感じだが、どういうわけか後から追ってくる男にはあまり関心が行っていないようだ。いつもは小動物みたいにアンテナは敏感なはずなのにな。
町に向かうコース。大通りではない。大通りから一本外れてるけど、紫藤は気づいていないのか?
茶髪たちもすぐには追いつかない。どうしてだろうか。
人通りはある方だが、若干途切れるところもある。区画整理がまだ進んでいない私道だからだろうか、表通りから2,3段下がっていて自動車が通れない小道。細い通りに小料理屋とかが並ぶ。
連休中で多くの店のシャッターが閉じている。
その並びにはちょっとうらぶれたスナック、ちょっといかがわしい感じの店も、奥にラブホテルも。
大通りからすぐだが、多分権利関係とか再建築関係で建て替えができず、古びた建物が並んでいる、そんな一角。
茶髪が周りをパッと見まわして人目を確認。僕はちょうど角を曲がったところで、見られなかったようだ。
茶髪が紫藤に追いついて、何か話しかけながら、肩で小道の方に紫藤を押しやる。
紫藤がよろける。かっと頭に血が上って、僕は走り始めた。
何かもう一人の鬼畜眼鏡が紫藤の腕をつかんでしゃべっている。指で、紫藤の手首をさあっと撫でる。なんだか、変な言い方だが慣れた感じで。
「ーーーをさせて、ボーイフレンドを楽しませたのかなー?」
「俺たちにも教えてくれるよねー。学校にチクられたく、ないよねー?」
なんだ、何を言っているんだ。
紫藤が、学校に連絡されて困るような事情。そんなものがあったか?
なぜ紫藤は声を上げたりして、助けを求めない?何か、弱みをつかまれた?
紫藤が立ちすくんで、固まっている。そして、一歩、二歩と無理やり押され、そして手首を引かれて引きずられていこうとするところに、間に合った。
「ええ、僕たち二人で楽しんだんですよ。だからそこまでにしてくれませんかね。」
文脈はわからないけど、「楽しませた」って、キスのことだろうな。唇とかでキスをしたかどうかわかったりするのかな。見るだけでわかるなんて、先輩たち経験パねえ、流石っす。
でも、その子は僕のですんで。紫藤も嫌がってる。
だったら、クソお節介とはいえない。割って入るまでだ。
あっけにとられている茶髪たちを置き去りにして、するっと飛び出してきた紫藤を抱き寄せる。
紫藤が泣きそうな顔でひしと抱き着いてくる、ぎゅっと一度抱き返してから、紫藤を促して立ち去る。
長居は無用。
この子僕んですんで、と誇示するように、手を紫藤の腰に当てる。見せつけるだけのつもりだったのに、手に当たった感触に頭が沸騰しそうになった。
紫藤のくびれた腰から、意外に肉付きのいいお尻の遷移部分に手が吸い付いて。
よし!今日は思い残すことないぞ。
本当は後ろの2人が何か賢くない行動に出るかもしれず、警戒しておくべきだったかもしれない。
だけど手を当てたとたんに注意力リソースの9割以上がそっちに吹っ飛んで行ってしまった。ポンコツだ。
そのまま紫藤の腰に注意力9割の状態で並んで歩く。
うん、はたから見たらカップルそのものだろう。なんか優越感がある。
道行く人も紫藤に注目してる、気がする。
僕はどんな服だったっけ。すごくいい加減な服だった気がする。ううむ、釣り合わない。
紫藤が僕を見上げる。なんでここにいたかって?
うん、嫉妬に駆られて落ち着かず、出張ってきたんだ。
それをソフトに伝えると、でも紫藤の顔がぱあっと明るくなる。
それを見て、僕の心の中のぬちゃぬちゃ、ぐちゃぐちゃしたわだかまりが、すうっと溶けて流れていく。
ごめんね紫藤。僕は本当はストーカーしてただけだったんだよ。
紫藤がほかの男といちゃいちゃしてないかって勝手に馬鹿な心配して。
頭じゃ、そんな子じゃないってわかってるのにさ。
心で謝りながら、紫藤の一日の成果を聞く。
あのとき紫藤になにか言ってた女子大生みたいな子たち、はやはり多賀島大の大学生らしい。
理学部?そういえば、谷津崎勇三氏は、地元の大学に多額の寄付をしていたような気がするな。
話が聞きたい。どんな研究をしていたんだろうか。
この時期は、もう、あの奇妙な冠を手に入れていたのだとすれば、研究支援を続けるメリットはなさそうだが、そのまま続けていたのには何の意味があったのか。
カモフラージュか、惰性か、それとも計算づくか。
ああ、あと一つ、聞いておかないといけないことが。
紫藤の心が変わってないってわかって、もう聞かなくてもいいんだけど。
やっぱり気になる。何を脅されていた?
「それでさ、聞いてしまったんだが、ーーその、さっきのやつらが言ってた、ーー」
探りを入れる自分の心の醜さが嫌で、ちょっと重い口ぶりになってしまう。
「ああ、それは」
紫藤の顔が、赤くなってる。
なんでも、紫藤の父は機嫌が悪かったりすると、紫藤に折檻をすることがあるらしい。試験の点数が悪かったり、その他小さなことでも。
そしてたまたま昨日、折檻されたとき、手首に縄を巻かれたとか。
いや、問題だろ。
紫藤はあまり問題視してない感じだけど、やっぱり継父の虐待は多いと聞いたことがある。
それは紫藤父の体罰だ、行き過ぎじゃないか?
そう言うと、紫藤はそうなんだけどね、と言いながら頭をかしげた。
しばらく並んで歩く。
考え込んでいた紫藤が、何か思いついたようだ。顔が明るくなっている。
何だろう。
「志野くん、ごめんね。わたしもわかってるんだよ。男の人というのは、自分が一番でありたいんだよね。」
「え?」
いきなりで、何を言いたいのか全くわからない。
しかし、紫藤は訳知り顔で続ける。かわいいけど、うん?
「ーーー、いいよ、こんどわたしを縛ってね。」
突然、18禁ゲームの様な台詞を投げ込まれて固まる僕。
発言してから、意図せざる意味に気づいたような顔をして顔を朱く染める紫藤。
僕も多分、似たような顔で。
その後、うわの空で会話を続けた。
何か明日のことについて話してた気がするが、全く覚えていない。
うん、妄想が暴走してしまったんだ。
今、目の前で何か身振り手振りを加えて力説してる、誰がどうみても可愛いこの子を。
縛っていい、って言われたら、たとえそれが何かの言い間違いだとわかってても、準童貞の僕はバグってしまう。
多分、僕が予定もなく紫藤を見に県庁にやってきたり、後を断りもなくつけてたことについて考えていて、それに関連しての発言だったんだろう。
僕が嫉妬していることに気づいたんだな。
父親も門限とかの束縛強めだし、僕も束縛強めでも大丈夫、って気を使って言ってくれたんだろう。
それをその前のやりとりがあるとはいえ、物理的に縛っていいって受け取るなんて。
僕の心は汚れすぎてる。
うん、すぐわかったんだよ、本当は、違う意味だって。
でもあの発言の字面、
なんとか理性を保って、バス停まで導く。
バスが来てしまってるな。乗せないと。
でも我慢できない。
そっと周りを見回して、自販機の陰で紫藤にキスをした。
紫藤も背伸びをして、目を閉じてキスを受け入れる。柔らかい唇。
ごく微かに、あの一緒に買ったリップクリームの匂い。
ぎゅっと抱きしめると、柔らかく体を委ねてくれる。
時間を惜しみながら、紫藤をバスに送って。
僕は股間のものを持て余しながら、紫藤を見送った。
ーーーーー
家に帰って、夕食、勉強、そして電話が来たよと親から呼び出し。
そして今に至る。
たまたま紫藤父がいないから電話ができたらしい。いつもは無理ってことだな。
何々、明日の持ってくもの、話したはずだけど忘れちゃった?
紫藤は優秀だよ、少なくとも話したことが明日の持ち物だってことは覚えてたんだから。
僕、何一つ覚えてないな。でもまあ、紫藤には最低限でいい、いつも通りって伝えよう。
建前上は、紫藤は明日もアルバイトに行くだけなんだから。ただ、帰りは少し遅めってことにしてる。
ただ服装は上下とも、肌が出ない方がいいかもね。でも、適当な服がなければ、別にあのキュロットでも構わない。せいぜい、遊歩道を歩くだけだろうし、虫よけも持っていく。
親の耳を気にしながら、そう伝える。
思わず長電話になりかけたけど、紫藤も疲れてるだろう。お互いにおやすみを言い合い、どっちが切るかで譲りあってひと悶着した後で、電話を切る。
振り向く。親が僕のデート計画を察知したらしい、にこにこしてる。
うん、二人で行きたいんだ。車なんて出さなくていいの!
追及を交わし、入浴して寝る。
やっぱり紫藤の一言があって、妄想爆発でお風呂で抜いてしまった。
純真な紫藤の目を思い出して果てしなく落ち込む。ごめん、僕は心が汚れてるよ。