タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
遅くなりました。紫藤みなり視点です。
(紫藤みなり視点、樋木崎山中の御前様の山荘、日曜日の朝)
りんりん、とこかでベルが鳴る。
わたしはうーん、とベッドでこぶしをつきあげて伸びをする。
ベルの音は遠い。うるさいなー、と思う程度。
それにしてもこのベッドのマットレス、とっても気持ちがいいんだ。
昨日一日、本格的な侍女見習いとしての修業でがんばったからね、つかれはてて熟睡してしまってた。
りんりんりん、とまたベルが鳴り。
わたしは、はっとしてベッドからとびあがった。
呼出し用の、呼び鈴が鳴ってる!
たしか、用があるときなどに侍女を呼び出すことがある、と説明を受けた。
そして気が付くと、たしかにもう朝のさわやかな光が差し込んでいる。
時計を見る。──どうしよう寝坊したっ、──ってわけじゃないな?
まだ6時前じゃないか。勤務時間前だ。
見習いとして、わたしが御前様の館で働く勤務時間は。
学校の授業や行事のある日は、午後7時あるいは帰宅時のうち遅い方の時点から午後9時まで。朝のお仕事は、免除。
授業や行事のない日は、午前6時45分から午後9時15分まで(休憩時間は、ちゃんとあるよ)。めざましは、6時15分にかけてた。
お休みは、週に1回とることができる。月曜日をお休みにしたので、日曜日の今日は働く日になってるんだけど。
でも普通なら、朝6時45分開始でいいはずじゃなかったのかな?
ただ、用事があるというならやぶさかではない。
そのために過分なお給料だけじゃなく、学費もお母さんの病院代も出してもらってるんだ。
まいらさんが起きだしてくる気配はない。
とりあえずは、わたしが呼び鈴に応えないといけないよね。
わたしはあたふたとパジャマのまま部屋を走り出て、侍女部屋区域の鉄格子の仕切りの部分にむかう。
そこに、この館の随所につながるインターホンがあるんだ。
インターホンの受話器を取り上げると、デフォルトで本部に連絡がいくようになってる(側用人様の執務室だね)。
むこうで、りんりん、と呼び出し音が鳴る気配。すぐに受話器が取られた。
「おはようございます。侍女見習いの紫藤です。お呼びでしょうか」
プロっぽく、きりっ、とした口調を心がけてみる。
「ああ、おはようございます。
紫藤さん、本部の執務室まで来れますか。ちょっとお仕事をお願いしたいのですよ」
受話器の向こうからは、側用人様の声。
いつもと同じ、穏やかで平坦な声で、鉄格子の仕切りの扉は解錠したと言っている。
「お急ぎでしょうか。起きたばかりなのですが、着替えてからでもかまいませんか?」
「身支度してからで構いません。そうですね、ちょっと力仕事になるかもしれません」
「はい。10分後に参ります。──まいらさんも、起こしますか」
まいらさんの部屋の扉に目をやる。
「いえ。まいらは動かせません」
「わかりました。すぐいきます」
──まいらさんは、もしかすると残業で遅かったのかな?
たしかにわたしが昨晩寝たときには、まだ帰ってきてなかったな。
わたしはすばやく侍女服に着替え、顔を超特急で洗い、頭の跳ねた毛をなでつけ。
5分としないうちに身支度をととのえて自室にカギをかけ、本部区域へと向かったのだった。
─────
「おはようございます」
「ああ、紫藤みなりさん。おはようございます」
朝の光が射しそめる執務室にノックして入ると、側用人様はいつものように顔の皮一枚の笑みを浮かべて、執務室の机で書類をみていた。
「早くにお呼びだてして申し訳ありませんね。
朝からで恐縮ですが、
「はい。もちろんです」
御前様の介護だな。
まだ60代と言われても違和感ないくらい若々しく元気そうにみえたけど、やっぱり介護が必要なんだ。
全く問題ないよ、もともと介護要員だと思っていたからね。
行きましょうか、と言われ。
バケツと清拭用のタオル類を持って、側用人様の後をついていく。
まだ来たことのない部屋の前に側用人様はきて、とんとん、とノックをした。
部屋の中では、何か動きがある。
「御前様、よろしいでしょうか」
「オサムか?早いな、もう来たか」
わたしは、ぞくっと背筋が寒くなる思いがした。
これ、絶対に御前様の声じゃないし、しゃべり方も違う。
何かの機械で音声を変換しているみたいだ、でも話し方からして御前様ではない。もちろん剣波さんや近知郎さんでもない。
「9時半に女を引き取りたい、と要望をいただいています。清拭して、身なりを整えさせます。
──あの後、またお使いになられたのですから。
再度の処置も、必要でしょう」
「そうだったな。せっかく記憶を消してもらったのにな、クルスィファには悪いことをした」
ドア越しの、くぐもった声が近づいてくる。
わたしはこの相手の声というか話し方に、なじみがある気がしている。
それが誰なのかすぐには思い出せないが、わたしの好きじゃない先生かだれかだろうか。
わたしは、恐怖と嫌悪の感覚に身がすくむのを感じた。
がちゃ、と扉が軽く細く開いた。
「一度はこちらが正当に買ったんだ。そして引き取りは先方の都合なのだろう?
この女、偶然だがなじみもあってな。
記憶が消えているか責め問いで確かめてみていて、つい興が乗って使ってしまった。
だが汚れてはいるが死んではいない。体も無事だ。そのまま送り返せばよいのではないか?」
「ごもっともながら、厄介な相手が噛んでいるので一刻も早く無事に引き渡してほしい、とマスヨさまがおっしゃっていました。
知り合いなのでしたらなおさら。念のため、僧正殿に再度、処置を頼みましょう」
側用人様が、開いた扉で相手と話を続けている。
わたしのいる位置からは扉が邪魔で、誰が話しているかわからない。相手も、わたしに気づいていないだろう。
だからわたしは気づかれたくなくて、息を殺してじっとしていた。
「──しかしな、まいらは使えんぞ。爺いの相手をさせたからな。
そうそう最近、盛っているみたいでな。
午前中は、まず無理だろう」
「はい、知っております。そちらもこの後で引き取ります」
「この女だが。オサムだけで処置できるのか?
手が足りないのではないか?近知郎らには無理だぞ」
「いえいえ。侍女見習いに清拭させて、食事を取らせます」
「──侍女見習い?」
「はい。つい最近、特別奨学生として入れました」
「ああ、そうか。だが、漏れないのか?」
「まだ見せておりませんし。ただ、もうそろそろ見せても大丈夫かと。
──御前様がその娘にはすでに詰め終ぅえて、しまいましたので」
がたん、と部屋の中で音がして、側用人様の答えに被ってしまって聞き取りにくいところもあったが。
どうやら、わたしのことを話してる?
いろいろ漏れや手落ちがある、って部屋の中の人が心配してて。
それに対して側用人様が、御前様が侍女教育を詰め込んだから大丈夫、ってことを言ってるみたいだ。
いつも言葉のはっきりした側用人様にはめずらしけど、「詰め終ぅえて」は「詰め終えて」かな。たぶんまちがいない。
でもわたし、本格的な引き継ぎは昨日が実質はじめて。詰め込み終ったなんて、とても言えない。まだまだ、知らないことだらけなんだけど、──
それに、わたしにいろいろ教えてくれてるのは側用人様とまいらさんだ。御前様じゃない。
それに側用人様は、この今話してる相手の人を「御前様」と呼びかけてたけど、やっぱり言い間違い?
それとも側用人様は、この相手以外に御前様がいると思ってる?
いろいろ、わからない。
「それならいい。女は持っていけ。クルスィファにも二度手間をかけさせるが、よしなに。
俺は風呂に入って、そうだな──猿にでも移って遊びにいくかな。面白そうな玩具をみつけたのでな」
「承知しました」
「使える女が足りん。俺はあの爺いなどより、現役だからな──マスヨには代わりの女を2人寄越してもらうことになっていたな、急いでもらおう。
儀式までのつなぎで他の贄の乙女を使うのは、駄目だったな。僧正や近知郎に狩らせてもいいのではないか。どうせ使い道はあるのだろう?」
「絞鳥様には引き渡しのときに、代わりを急ぎで、と要望をお伝えしましょう。
贄の乙女は、儀式までは純潔な処女でなければなりません。ただ責めるのはかまいません。
うち1人は僧正殿も替えてもよいとお思いのようでしたな、そやつは、代わりの当てがみつかれば使ってもよいかと。
近知郎たちに、狩りを命じましょう」
「頼んだ。
──あと、この女はかなり念を入れて責めた。しばらくは、ろくに歩けまい。台車か何かが要るだろう。
悪いが俺は、風呂に行っておく」
「承知しました」
いったん、扉が閉じた。側用人様が、わたしに振りむいた。
「すみませんが、
用品室にある、医療用のものです。わかりますか?」
「はい!」
きのう、まいらさんが罰を受けていた部屋。いろいろな余った調度なんかが置いてあった。
あの部屋に、たしかにそういうものがあった。
わたしは、急いで
あの相手の男の人は誰なんだろう、──という疑念が、廊下を急ぐ間も頭から離れなかった。
──────
私が台車みたいに車輪のついた
側用人様の姿は廊下になく、部屋の扉は換気のためか大きく開かれていた。
「紫藤さん。中に入ってください」
側用人様の声が中から掛けられたので、おそるおそる、部屋に入った。あの謎の男の人と顔をおわせるのが、怖い。
入ってまず感じたのは、むせかえるような、青臭いような、しかし甘いような匂い。
中は、客用寝室だった。わたしやまいらさんの住む侍女部屋より、2倍以上は広い。
だけど生活に必要なはずの備品はほとんどない。本もテレビもなく、やや空虚な印象。
部屋のすみに、亀を飼ってるみたいな半水半陸の、丈は低いがかなり広めのアクアリウムがあるのが場違いで目を惹く。
部屋の中の大きなベッドの上には裸の女の人が転がっていて、それを側用人様が介抱していた。
あの謎の声の男の人は、もういない。お風呂に行ってしまったのだろう。
「側用人様。
「紫藤さん、この方を清拭してください。片付けも必要ですが、──」
言われて近寄ったわたしは、思わず、はっ、と息をのんだ。眉が嫌悪で下がってしまうのを感じた。
うつぶせで顔はみえないが、女の人の体はかなり豊満で魅力的。
ただ、いたるところに火傷したように赤くなったところや、打ち身、何かで挟んだような傷、針で刺したような傷があり。
蛇の這いまわったような痕が、手足や脂の乗った胴体のいたるところについている。
──縄目の痕だ、と、自分も縛られたことがあるわたしは気づいた。
今になって、ベッドの脇の床に縄が落ちているのに気づく。そしてベッド横にある、女の人を責めるのに使ったらしいツールが満載されたワゴンにも。
そしてこの女の人の体、いたるところに白濁した液が生乾きでこびりついている。シーツにも、滴り落ちてべったり着いてる!
この部屋にいた謎の男の人は、この女の人を責めさいなみ、
わたしは、正視できず目をそらした。頬にあかあかと血がのぼるのを感じた。
「側用人様。お医者様などは呼ばなくて大丈夫でしょうか」
ごまかすために、そんなことを提案してみる。
「はい、大丈夫です。小さな傷は後で手当てしましょう。先方に医師の診療を受けさせるよう伝えますが、疲労で気を失ってるだけでしょう」
大丈夫なんだろうか、とわたしは思った。法律的な意味でも。どうみても女の人は無事とは言いがたいけど、犯罪じゃないのかな。
だがさしあたりは、きれいにしてあげるしかない。
それより。
「シーツも、汚れていますし。
このままだと、きれいに拭けない気がします」
防水加工のシーツらしく、マットレスまでは被害が及んでいないようだが。
ただこの◯液まみれのシーツの上で拭いても、なかなかきれいにはならないだろう。
「そうですね。どうしたものか」
「側用人様。もしこの方が大丈夫でしたら、一度、浴室に運んで軽く流しましょうか?
──お時間があれば、ですが」
さすがにべたべたしたのが付いたままお迎えの人に引き渡すのは駄目じゃないかな、とわたしは思い。
そう、提案してみた。傷もあるが、洗った方が良いとも聞くし。
「迎えは、9時過ぎに来ます」
側用人様の声に、時計を見る。
6時半前。髪にも液が付いてるから洗わないといけないかな。それを含めてもゆっくり浴槽に浸かるのでなければ、1時間もかかったりはしないだろう。30分は、厳しいかな。
だとしたら朝食準備に重なってしまう。時間はあるが人手がない。こちらを優先させるのだろうな。
「では、紫藤さん。お願いできますか?
私も運んだり、体位の交換などはお手伝いしましょう」
「それは、──はい、お願いします」
側用人様の手を煩わせるのは、いかにも気が引けるし。
この女の人も、今は意識がないとはいえ男の人にみられたり触られたりしたら嫌だろう。
本当は、まいらさんとわたしがすべきだ。
ただ、まいらさんがいないし、非力なわたし一人では無理。
側用人様は真面目でいやらしい目でみたりはしないだろうし、最低限のことだけ、やってもらおう。
そう思ったわたしは、側用人様の提案を受け入れ。
とりあえずは、ぐにゃぐにゃする女の人を担架に乗せようとしたが。
「あっ!」
「どうしました?」
女の人を仰向けにしたときに、もつれる髪越しながら顔がみえて。
わたしは驚愕のあまり、声をあげてしまった。
「いえ。顔にぶつけた後があるし、大丈夫かな、と思いまして」
とっさに、ごまかす。
「大丈夫です。命に別状はありません」
顔には殴られて黒くなった目元、鼻血の痕。鼻筋も軽く曲がってる気もするし、頬にも痣ができてるが。
わたしは、この女の人を知っている。しかも最近、あの竜神の娘さんのところでもこの人の顔写真入りの書類をみた。
女は、わたしの義理のお父さん、紫藤勇の愛人。
わたしをさんざんいたぶった、あの脂肪女だったのだ。
──────
特に不審に思わなかったらしい、側用人様とふたりで脂肪女を乗せて浴室に向かう。
だがわたしの心の中には、嵐のようにさまざまな思いがみだれ飛んでいた。
──この女は、なぜこんなところに来たのだろう。
ぐったりとしている脂肪女は、かなりやつれてみえた。
さっきの謎の男の人に暴力を振るわれただけではなさそうだ。もう少し古い(といっても治りきってない、あたらしめの)傷もある。
迎えに来る、と側用人様は言っていたが、誰が迎えに来るのだろう?
「側用人様」
勇気をふるって、側用人様に声をかけてみる。
「はい、何でしょう」
「この女の人は、どうしてここに来たのですか。そして、どなたが引き取りにくるのですか」
言った後で、どきどきした。
さすがに、差し出がましかっただろうか。
「人手不足だったのでよこしてもらったのです。ただ、どうやら人違い、手違いがあったようで。
売主の方が、引き取りに来られるのですよ。
また、代わりの方を何人かみつくろいます」
側用人様は、そう淡々と答えてくれた。
もっとも、固有名詞は何一つ出てこないのであまり参考にならない。
竜神様のところのサクヤさんに、もう少し事情を聞いてみよう。さとみんにも伝えなきゃ、とわたしは思う。
脂肪女をはこびこんだこの区画の浴室は、侍女区画のものより豪華。さまざまな設備がある。
奇妙な形状の椅子とか、マットレスとか、使い方のわからない器具だとか。
介護のためだろう、浴室の天井に頑丈なレールがあり、どうやらおじいさんを機械で運搬してお湯に漬けられるようになってるみたいだ。
わたしと側用人様は、脂肪女を浴室のマットレスに乗せ。
ちょっと恥ずかしかったけど側用人様に頼んで一度浴室を出てもらい、エプロンドレスを脱ぎ、脂肪女にシャワーを当てて洗い流し始めた。
肌に着いた男の人の液体は、生乾きのものも、こびりついて固まっているものもある。かなりの長時間、プレイしてたってことか。
そして体のあちこちに拷問された跡がある。
ただのそういうプレイじゃ、なかったんじゃないか?とわたしは思う。
途中、息が苦しそうになり。脂肪女が、一度目を開けた。
体を起こそうとして、──そしてわたしを見た。
わたしは、ぎくっとした。この脂肪女は苦手だ。
脂肪女は、何かを言おうとして、──わたしの顔を認識した。
わたしは、仕方なく脂肪女の目を見返した。
おそらくは、渋面とまではいわないが、かなりきつい目で。
「どうか、どうか助けてっ」
恐怖に震える声を、喉の奥であげる。
声は、ひどくかすれてガラガラだった。無理に叫んだあとみたいに。
「──大丈夫ですか」
この脂肪女とは口をきくのも嫌だけど、しかたなく聞いてみた。
「逃げ、逃げないと、」
「なにが、あったんですか」
「あの人、あの人はもう、アレが、頭がアレに、──ひうっ」
脂肪女の目が裏返り。
上半身を起こしかけていた脂肪女は、ばたっ、とまた倒れこんでしまった。軽くゆすったが、また失神してしまったみたいだ。
「──どうしましたか、紫藤さん」
扉の外から、側用人様が気づいたのか声をかけてきた。
「目を覚ましかけたのですが、また倒れてしまいました」
「構いません。五体満足で返しさえすればいい、と言われていますので」
ひどく、気にはなったのだけれど。
できることも思いつかなかったわたしは、とりあえずシャワーで洗う作業を続行した。
脂肪女は、けっきょくそれから目をさまさなかった。