タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
遅くなりました。紫藤みなり視点です。
(紫藤みなり視点、樋木崎山中の御前様の山荘、日曜日朝、つづき)
浴室用のマット(?)に乗せた脂肪女の肌にこびりついたあれこれを、適温のシャワーで洗い流し。
そのまま、乾いたタオルで脂肪女を丁寧に拭き、随所の小さな傷を消毒し、ガーゼを貼った。
青黒く腫れた指、爪を剥がされた指も素人ながら包帯で処置をする。お医者様にあとでみてもらわないと。
そして苦労して病院の患者衣みたいなガウンを着せ、そこで側用人様にお願いして、ふたりで
側用人様は、脂肪女の手足と首とか腰を
転がり落ちたりしたら危ないからだと思う。肌に食い入るベルトは不思議に淫靡な印象。
気が付くと、もう7時すぎ。朝食の準備、本当ならとりかかってなきゃいけない。
いつもみんなが食事をとる時間は、7時半くらいらしい(わたしの感覚だと、すこし遅めだ)。
「紫藤さん。ここからは私がやっておきます。処置も必要なので。
きょうはまいらがいませんので、朝食の手配に取り掛かってください。
これを運んだら、私もすぐ御前様をお迎えして合流します」
「はい。みなさまの分、準備しておきます!」
昨日やったとおりだからね、きっと大丈夫。
ワンオペになってしまったわたしは、わずかな不安を抱きながらも。
昨日、まいらさんと一緒に行ったことを思いだしながら、一人で炊事室に向かった。
──────
朝食は、いつも通り。
いつもさわやかなテドさんが一番乗り。おはよう、今日もミナリさん、かわいいです!と声をかけてくれる。
ラテン的な乗りだなー。やっぱりテドさんは、本当に理想的だ。思わずにこにこしてしまう。
志野くんを体育会系っぽくシフトさせた感じのテドさんだが。
最近は、志野くんにいっそう似てきた気がするなー、とわたしは思う。
(あ、志野くんも一応卓球部だから体育会系のはしくれなんだよ。
でも最近、練習さぼってるみたいだからちゃんと行くようにって言わなきゃなー。)
すこし時間に遅れて、御前様が側用人様と剣波さんにつきそわれてやってくる。
こっちの御前様は、いつものおじいさん。外見はまだ60代くらいに若々しく見えるけど、たしかもう80歳すぎのおじいさんのはずの*1、御前様だ。
「まっこち、かわいらしかねー」
御前様も、そう声をかけてくれる。
(お世辞だとは思うけど、いつも御前様はわたしをみるとかわいいかわいいと言ってくれる。たぶん、服のおかげ。わたしの着ているこの紺の侍女服、たしかにかわいいんだ。)
「うちんとこにも、めんこか曾孫がおったとよ。
そうよ、おごんさぁと、おんなじくらいの歳の──」
御前様の声が、かすれた。袖を目に押し当ててる。
「なしてか、急に涙の出ぇきらしたばい。
さいきん、ちいともあわんとなぁ──」
御前様にも、なぜ涙が出てしまったのかわからないらしい。
頭をふりながら、そういって、笑いかけてくれた。
わたしはどう反応していいかわからないまま、顔にあいまいな笑みをうかべ、頭をさげた。
食事は、その後は無事になごやかに進む。
くるくると働くのは、意外に楽しい。みんなへのサーブも、慣れてきた。
温かい朝食(今日はたまごやき、焼いたベーコン、サラダ、パンといったホテルの朝ごはんみたいな感じだった)を供する。
御前様のありがとうね、という声には腰を沈めるような礼で、答礼する。
ひととおりお食事を出すと、わたしはお盆をもって控えて。
ときどき飲み物をサーブしたり、テドさんにおかわりを供したりする。
(ちなみにテドさんは、すごい食欲。最初から多めの盛り付けでだすけど、たくさんおかわりする。)
「それでは、処置をお願いします」
「もちろん」
食事がおわったころあいで、テドさんに、側用人様が声をかける。
あ、あの脂肪女をテドさんが診てくれるのかな?とわたしは気づく。
テドさんは、お医者さんの心得があるのかもしれない。知的な感じもあるし。
「わたしも、ついていった方がいいですか?」
「今は、大丈夫です。ただ、そうですね、髪を整えたりする必要がありますね。
1時間後に、玄関横の応接室に来てください」
はい、と返事をして、わたしは膳を下げた。
午餐室のすぐ横の準備スペースで、わたしはまかないの食事をとる。御前様たちと基本、同じメニューの簡易版みたいな感じだ。とっても美味しい。
そしてあとかたづけ。皿を下げ、台を拭き、リネンを変えていそがしく立ち働いていると、時間の経過を忘れる。
誰かが来たけど、たぶん振津さん(ちょっと太った料理長さん)じゃないかな、と思ってた。
ときどき、上にあがってきてまいらさんから御前様たちの感想を聞いたり、ついでに食器のワゴンを持って行ったりしてくれる。
気にせず落ちている紙片に気づいて拾おうとしゃがみこんだときに、つきだした恰好になったお尻に手を感じた。
「はうっ」
「──かわいい声、あげんじゃねえか」
振り向くと、近知郎さんがいた。にたにた、笑ってる。
わたしは、眉間がよってしまうのを感じる。
「ご用事ですか」
「なに、用事ってわけでもねえけどな。──おまい、いつからならいいんだよ?」
「はい?」
「だからよ。あのナマイキ女、そろそろ喰いてえんだよ。
だってあいつがいなくても、おめーがサービスしてくれりゃいいんだろ?」
「──」
わたしは身の危険を感じて、一歩下がる。
ニタニタしながら、近知郎さんが詰めてくる。
また下がると、背中に壁を感じた。まずい。
近知郎さんが言おうとしていることは、わたしにはなんとなくわかった。
たぶん。
たぶんだけど、近知郎さんとまいらさんには関係がある。
恋人とかじゃないし仲も悪いけど、体の関係がある。まいらさんは嫌がってたけど。
それだけじゃない。
まいらさんは、御前様に抱かれてるし(これは本人、大丈夫そうだった)。
このまえ地下でみたように、鬼畜モードの御前様にはけっこうひどいこともされてた。
わたしも、それと同じように体でお仕えしろ、──ってことだろう。
今のところは御前様もテドさんも、そして側用人様もすごく紳士的で優しい。
だからいままで考えてなかった、いや考えないようにしてたけど。
わたしって、結局まいらさんみたいにしなきゃいけないんだろうか。
やっぱりこの館はどこか変だ。歪んでる、すごく不健全なものがある。
なんだかそれが当たり前みたいに最近思ってしまってたけど。
一昨日とかその前の日とか、志野くんにすごく恥ずかしい、頭がゆだるようなことされたら、感覚がまともに戻って──
「いいこと、教えてやんよ。
なんかこの夏な、近々、デカいことあるんだと。
そしたらもうあのナマイキ女、バラして喰っちまってかまわないんじゃねえか、ってよ」
「バラす、って。どうするんですか」
「どうすると、思う?」
手首をつかまれた。そのまま、壁の上の方に押しつけられる。
いともたやすく、大きな手がわたしの両手首をたばねてしまう。
しまった。一生懸命、手首を抜いたり降ろしたりしようとするけど、鉄のような手はぜんぜん動かない。
それどころか力がはいってきて、手首をぎりぎりと締めつけた。
空いた片手が、わたしの顎を持ちあげた。
嗜虐的な、にごって血走った目がわたしの目を覗き込む。
わたしは、恐怖とともに。
しかし、猛烈に頭が熱くなってくるのを感じていた。
そんなことしていいのは、志野くんだけなんだよ!
そう、怒りがこみあげたのだけれども。ふと。
──いや、まてよ?
志野くんに、こうしてほしいな。結構、いいかも!
そんな考えが、頭をよぎる。
頭の中で、目の前の下品なおじさんを志野くんにおきかえてみる。
わたしの両手首をたやすくひとまとめににぎり、迫る志野くん。すてきだ。
わたしの憤りは、しゅるしゅるとしぼんだ。
明日、志野くんと会えるんだ。じゃあ、これをリクエストしてみよう、──
でも近知郎さんは、ダメだ。
「おうっ?」
そのときのわたしは自分でもふしぎなくらい、おちついていた。
一度力をぬき、そしてすっとからだをねじりながら片腕を引くと、ずるっ、と近知郎さんの手がすべってその片手が運よく拘束を抜け出した。
その片手で、わたしに10cmくらいにまで近づけてニヤついてた血走った目の近知郎さんの顔をおしやる。
「近知郎さん、やめてください」
「なんだぁ、お前、その力?──怖くねえのかよ、つまんねぇ。
まあよ、要はよ。さんざ刺しながらマワした後でよ、ずったずたに──」
「チカチロウ、何、してる!」
背後からの呼びかけに、文字どおり近知郎さんは飛びあがった。
もちろんわたしの手も放して、向き直る。
「
「ミナリに、手、出さない!」
テドさんだっ!
テドさんは怒りに燃えた風。近知郎さんは完全に委縮している。
ばっ、と飛び退って、近知郎さんは床に両手と額をつけて土下座した。
「つい、魔がさしちまって!」
「謝る、ミナリに!」
「すいませんでしたっ!」
わたしのほうに向きなおって、あらためて額を床にすりつけている。
「これ、許します?ミナリさん」
床にすりつけた近知郎さんの頭の上に、足を置き、テドさんがたずねる。
近知郎さんの首筋から血の気が引くのがわかった。
「は、はい。大丈夫です」
ちょっと怖かったけど、まあいい。わたしは頷いた。
もとより、近知郎さんがいやらしい下品な人だってのは知ってたし。
人の気配に気づいたのになにもしなかった、わたしの油断、気のゆるみのせいでもある。
「近知郎。行く」
「へえっ、マジすみませんでした、クルスィファの旦那、──」
「行く!」
こんどこそ、足に羽が生えたような勢いで近知郎さんは逃げていった。
「さあ、ミナリ。怖かった?」
「大丈夫です。ありがとうございます!」
わたしは感謝の念を伝える。テドさん、ほんとにかっこいい。志野くんの次くらい。
休みますかミナリさん、とテドさんはわたしの肩を抱きよせようとした。
あー、いいな。志野くんだったら、──
そこでわたしは、はっ、とあることに気がつき、あわてて身を離し。
ありがとうございます、でも仕事があるので、と断った。
テドさんはそれほど深追いせず、じゃあまた、がんばてね!とまだすこし固い日本語で言って、白い歯をみせ、踵を返して去っていく。
その、後ろ姿をみながら。さっきの一瞬。
つまりテドさんに抱きよせられそうになって、これが志野くんだったら、そのままむふふ、──という幻想を抱いたときのことを思い出す。
その一瞬、目の前のテドさんが変わったんだ。変わったような気がしたんだ。
匂いや、身長や、肌の色や服装や、──すべてが。志野くんとは、まるで似ても似つかないように。
こっそり廊下に軽く頭を出して、テドさんの後ろ姿をみる。
テドさんは、気が付いた気配はない。志野くんと見間違えそうな後ろ姿。
その後ろ姿を、視野におさめたまま。
わたしは深呼吸して、──志野くんとの恥ずかしいあれこれを思い出してみる。
──きりきりと縛られてテーブルの上に置かれ、笞で追いつめられたときのこと。
──お尻に指が、入ってきたときのこと。水まで入れられたんだよ。志野くん、乙女の尊厳を冒したことはまだ許してないよ?
──そして後ろ手に縛られて、散歩させられたときのこと。ノーパンで風も吹いて犬にも寄られて、顔が燃えるかと思ったよ。
思い出すと、どれもこれも頭の芯が熱くなって、──でもどこかぽかぽかするような、幸せな感覚を覚える。
その状態を維持したまま、テドさんの後ろ姿をあらためてみつめる。
背の高い(180cmくらい)のすらっとした好青年だったテドさんの姿は、そこにはない。
急に変わったわけじゃない。いままでもそうだったのに、志野くんとはぜんぜん違ったのに。
なのにわたしは志野くんとそっくりだ、なんて思いこんでたんだ。
今、わたしの目に映るのは、巨大な、本当に巨大な肉体の、男の人。
2メートルくらいある、高い身長。
1メートルを超すだろう胸囲の、アメフト選手みたいなぶあつい胸板。
剥き出しの肩、腕に浮き出る、見るからに力強い松の根のような筋肉。
髪一つない、スキンヘッドの頭。
そして古代ローマ人みたいな、布を巻いた姿。
その印象的な、後ろ姿。
昨日も、この姿を一瞬だけみた。
そのときはほんとに一瞬だったからわからなかったけど、──わたしはこの人を、一度みたことがある。
志野くんといっしょに、みた。志野くんは、わたしをこの人の目から隠してくれた*2。
志野くんは、この人が危険な人だって知ってた。
志野くんに、言わなきゃ。
わたしの集中力(?)が切れると、お坊さんはいままでの、好青年のテドさんに戻ってしまう。
でもこの姿は、幻なんだ。いままで幻をずっと見させられてたんだ、とわたしは直感で悟る。
テドさんの本当のすがたは、筋肉むきむきの巨大なお坊さんだったのだ。
推定お坊さんのテドさんは、角を曲がって姿を消す。
わたしはしばし呆然と、誰もいない廊下を見つめ続けていたのだった。