※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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(本日、2回投稿の2回目です。)
○志野視点です。


314 鍍金された愛(13)改造計画(志)

(志野視点、月曜日午前中)

 

 月曜日。僕はいそいそと準備をして家を出た。朝8時。

 今日は紫藤、調布、国領たちと会う約束をしてる。紫藤母のお見舞いにも行く予定が組んであった。昼前に集まって、ごはん食べてからお見舞い行こうよ、ってことにしてある。

 ただ僕、紫藤とはそれより早い時間に学校で待ち合わせしてる。こっちは正確な時間は決めなかったんだけど、紫藤には「早めに会って志野くんとゆっくりしたいな」なんて言われてる。やっぱり紫藤、マジ天使だよね。

 

 そしてちょっとどころでなく早く家を出たのが、今日の僕。──だって、待ちきれないじゃないか!

 分かってる、まあ紫藤はそんなに早く来れないだろう。ホストファミリーに車で送ってもらうわけだし、ホストファミリー側には都合もあるだろう。だから長い時間、待ちぼうけになるかもしれない。でも、いい。

 自転車で長い坂を駆け降りる。早くもぬるくなり始めた風がふきつける。

 

 学校について自転車置き場に自転車を停める。楠の並木からは、蝉の声。みんみんみんみん、と暑苦しく油蝉が鳴き始めてる。

 

 学生時代は気がつかなかったけど、先生たちの多くもお休みに入ってるんだろうな。

 学校ではメジャー系の部活すら、もうやってない。

 ただ本当の休校日というか、校内立ち入りもダメな日は8月10日あたりから終戦記念日の翌日か翌々日あたりまでだったと思う(あまり自信ない)。

 日曜日の早朝だし、今日は学校にほとんど全く人影を見かけない。

 それでも用務員のおじさんはいて(交替制でシフトを組んでるのだろう)、旧本部棟の1階正面のガラス扉を拭いていた。

 僕に目をやるとしわの深い顔でにやっと笑ってくれたので、おはようございます、と挨拶して通り過ぎる。

 

 僕はとりあえず、靴箱で室内履きに履き替えて仮部室に向かい、──はたと困った。

 あらゆるところに、鍵が閉まってる。

 仮部室のある旧本部棟への渡り廊下の扉にも、職員室に向かう渡り廊下の扉にも。

 一度1階に降りて探索し、かろうじて本部棟の裏口の扉が開いているのを発見したが、職員室もまだ開いてない。

 今日はさすがに、浦和先生すらも来ていないようだ。

 要は、この学校にいるのは今のところ僕とさっきの用務員のおじさんくらい。

 

 僕は旧本部棟に戻り、さっきのおじさんに。

 すみません部室の部屋の鍵がないんですが、と申し向けてみる。

 

「あー、部活ね、それとも勉強ね?せいがでよらすねー」

 

「あ、えーと。部活でも勉強でもなくて。すいませんっす」

 

 部活。あー、卓球部に顔出してないな。夏休みに入ってから週1回くらいしか行ってない。

 そして勉強。今日は勉強じゃないんだけどな、と思い。

 罪悪感に駆られながら、僕はへどもどと頭を下げる。

 

「はははっ、なぁん、よかよか。

 学生さんはいろいろ、部活や勉強以外もやらんならんこっちゃあるっでね?」

 

「はぁ」

 

「なぁんか困ったら、助けてあぐっとよ。そこらにおっでね。きばいやんせ?」

 

 ありがとうございます、と礼を述べると、おじさんはまたしわの深い笑顔をみせ。

 鍵、鍵、どこいったかいねー、と言い、しみのある作業服のズボンのポケットに手をつっこみ。

 カチャカチャと音をさせながら「こいか?」「こいでもねぇ」と言いながら鍵を探し始めた。

 守衛室とか職員室に行って、取ってきてくれる方が早いんじゃないのか?と僕が疑問を覚え始めたころに。

 こいやろ、ちごたらまた言いにきなっせ?と言って僕に鍵をくれた。リングで4、5個の鍵が括られている。

 返すのはどうすればいいですか、と問うと、また来たときでよかよ、そいか郵便受けに入れときなっせ、と言われる。大丈夫なのかな、緩すぎて不安だ。

 僕はともかくも、仮部室に向かった。

 

 幸いにも鍵の一つが適合し、僕は仮部室に入ることができた。

 この時代の多賀島の公立高校には冷暖房などというものは存在しない。窓を開けて風を通すしかない。

 野球部ですら出てきていない。空には白い雲が浮かんでいる。夏休みだな、と僕は思った。

 

 ──────

 

 仮部室に入ってしばらく。僕は眠気を覚えてうとうととしていた。

 ここしばらく、毎日怒涛の日々を過ごしてた僕なんだけど。

 土曜日の調布たちとのデート(?)、有明りなとの絶対知られちゃいけない逢引(?)、日曜日のスイカップさんとの外出で、ちょっぴり疲れてたんだ。

 あれ。誰か来たぞ。いや、紫藤じゃない。ほら。あれ。あの子だ。

 

 ──むにむに、と僕の頬がつままれて捏ねられた。すべすべした手。だけど痛い、いたたた。

 

「痛い、痛いよ。

 ねえそれに、いい加減名前くらい教えてくれても」

 

 眠気に耐え切れず、目を閉じたまま僕は問う。

 名前、前も聞いたかな?

 いつのまにか頭が膝に乗せられてる。暑いなーと思ってたけど、蝉の声は遠のき、部屋はすこし涼しくなってる。

 

「ふふ。あの子たちにあきたらず、弊○に魔手を伸ばしているのですね?

 そもそも名を問うものは、まず己の名を名乗るべきなのですよ」

 

 僕、この子と以前、話したことある。それは覚えてる。

 調布も、話したことがあったはずだけど。いつもなんか、はぐらかされてしまうんだ。

 

「僕は、志野。きみは?」

 

「ふふ、言いませんよ?」

 

 問おうとすれば名前を教えるものだとは言ったが、聞かれても答えるとは言っていないそうだ。

 まあ、そうなんだが。

 

「謀ったな!?」

 

 まったく、もう。僕は不満を覚えて目を閉じたまま口をとがらせる。

 くすくす、と笑う女の子の声は澄んでいてきれいだけど、特徴がない。

 僕がよく知ってるけど、すぐに思い出せない誰かの声のようにも思える。

 

「それにしても。今日はどういう風の吹き回しなのですか」

 

 ここで起きてることは、私もたいてい観測できるのですよ。

 あなたがせっせと最近減数分裂して、染色体を組み合わせる対象にしたいと思っているあの小型な子と。

 あなたが何をしていたのかも、注意深く観察してみたのです。それをする理由はよくわかりませんでしたが、ここではいままで記録したことのない、興味深いものでした。

 おそらくあれが、貴方独自の繁殖準備行動なのですね?

 

 そんなことをささやく、さらさらと耳にこころよい女の子の声。

 僕は羞恥に、頬が赤らむのを感じた。

 あー、あれは紫藤が暴走して。なんか僕のアレを鍛えよう、とか言いはじめたんだよ。それも、なんかずれたやりかたで、──

 

「言い訳というんでしたか。見苦しいです。

 どうみても、あなたが心から楽しんでいたようにしか思えませんでしたよ」

 

「ぐう」

 

 僕はふてくされて黙り込む。口では勝てないんだ。

 

「それはそれとして。あなたの彼女さんは、そこだけを鍛えたいのですか?

 あなたのその部位に○●○や○○を装備してみる、あるいはそうした機能を備えたものに作り変えるということも、できるのですよ」

 

 ──今なら無料。この前いただいた報酬の残りでやってあげられます。

 本当なら、○○○○を頂くところなのですが。

 それにこの前の発注分、そろそろできあがりますよ。

 完璧な仕上がり。これは、ご満足いただけるかと。

 

 そんなことを言っている。

 

「いや、それは──」

 

 さすがに紫藤もびっくりするだろう。いや強化してほしいとは言ったけどその方向か、って。

 

「まさかのときに、役にたつかもしれませんよ?

 外見は変わりません。通常使用時にも、全く問題ありません。

 もちろん、貴方がその子に○○を注入したりする際の使用時にも」

 

「むむ」

 

 ちょっと魅力的だ。僕はぐらつく。

 そんな機能が備えられるって、ロマンだよね。

 

「それ、ほんとにできる?しかも無料で?

 だってほら、僕のアレって」

 

「おお、これは。

 これは、──これはすごいですね。匠の技、いや神の技と言えましょう」

 

 この僕が話してる相手。謎の女の子(?)は、これまで、いつも冷静沈着。

 この子が驚くのは、はじめてかもしれない。

 僕はどこか子供っぽい喜びに胸を張りたい気分になった。

 

 僕のアレが、服の上から軽く優しく撫でられる気配。

 いきりたつ、僕のソレ。それをみて、この子がまた感心してる。ふふ、なんか気持ちがいい。

 ただこの子、意外に知識不足じゃないかな。興奮したら膨らむのは、男の子ならまああたりまえだよね?

 

「これは、この世界には存在し得ないものです」

 

「まさか、それほどでも」

 

「本当ですよ。これは、──使いようによっては世界を滅ぼすことも、造り出すこともできることでしょう」

 

「うん?」

 

 単に固くて大きいってことじゃないのか。僕は困惑した。

 

「ただこれは強力すぎて、使い方が難しいのではないでしょうか。

 是非、お任せください。外見その他すべてそのままで、ちょっぴり使いやすく」

 

 チャックが開かれ、冷たいすべすべした手が入ってきて僕は震えた。

 

「ねえ待って、待ってよ!そんなところを女の子が、──」

 

「大丈夫です。ちょっとだけ、○○を○○○○するだけですから。既存の機能も害しません。

 ただ既存機能のうち、時間傾斜を利用した◯◯型◯◯回収機構の○○の余剰分は、一部後付けにする付加機能の原動力に使わせてもらいますね。

 ちょっと、切りますよ?あまりが出たら回収させてください。大変貴重ですから。──えいっと」

 

「あのさ、切るって何を!?余りって、いったい何の余りさ!?

 あ、」

 

 そのとき、僕の意識はぷつんと切れた。

 

 ──────

 

 寝てたのかな。気がつくと汗ばんでソファに横になってた。

 あれ、さっきまであの誰かと話してた気がするんだけどな。

 あ!思い出したぞ!

 

 僕は、がばっと起き直る。悪夢をみた後のように、心臓がばくばくいってる。

 深呼吸。そしてもう一度、深呼吸。

 勇気をふるい起こし、こわごわ、股間をぱたぱた叩いてみる。

 ちょっと鬱血してふくらんでるけど、ぎんぎんに張り詰めてるわけでもなく。痛いところもない。

 そっと手で服の上から触診してみるが、大丈夫そう。何も変わったところはない。

 僕は、はあっと安堵のため息をついた。

 

 今回は(も?)、夢だったのかな。

 時計をみるが、ほとんど時間は経っていない。ただの純粋な白昼夢なんだろう。

 ただだんだんこの夢、不穏になってきてないか?

 僕、得体のしれない何かと、何を約束して何をされて何を対価として支払うことになってるんだろう、──。

 

 しばらく虚脱していた僕だけれど、ようやく立ち上がり。

 ねむけざましに手と顔を洗う。最初はぬるい水がでるが、やがて冷たくなる。顔を洗ってるうちに、落ち着いてくる。

 部屋に戻って、ソファーに座り、ぼんやりとよしなしごとを考える。

 

 謎の声のことが、ひとまずは夢の中のこととして片付けられたので。

 いま直面してる問題のことに、僕の関心は移る。

 考えるうちに、いくつか、これまでみすごしていたことが。

 心のなかで、形を取りはじめた。

 

 鎮西八郎為朝に射貫かれて殺されたという、悪逆をつくした角猿。

 紫藤を殺した(直接の下手人は筋肉男だけど)、もともとは人格者だった怪老人。

 

 この共通点から、示唆されるものがある。

 調布に指摘されて気づいたけど、おそらくは彼らは「何か」に取り憑かれたのだ。

 身体を変形させるウィルスのようなものか、それとも寄生虫か。おそらくは後者。

 そのようなものが何体もいるのだろうか。そこもわからない。

 だが猿には飼い主がいた。あの車のナンバーを、僕は覚えている。

 それがもし、ヤツザキグループの保有車両だったら、──?

(これは、後で元さんに調査を頼んでみよう。

 あの新しく入った警察OGの人、調べる手段を知ってるかも)

 

 そして今までも数回懸念を覚えたのに、その都度流してしまっていたこと。

 紫藤のホストファミリーは、吉祥財団の関係者だったはずだ。

 吉祥財団とヤツザキグループは、今は別個独立。ただ、関連性はあるはず。

 

 あの部長さんは、吉祥財団の重役の娘さんだったはず。

 部長さんが角猿に嬲られているところを、スイカップ中河原さんは目撃したという。

 そして角猿の足跡は、葉良先生の邸宅にも向かっていた。

 

 角猿の飼い主は、葉良先生か、あるいはヤツザキグループの関係者?

 でも、もし葉良先生だったら、葉良邸の近くの猿の足跡の数はあんなものではないはずだし。

 わざわざあの昨日僕と中河原さんがみた場所に、車で猿を運んでくるようなこともしないように思う。

 (この点は、飼育場所だけ違うという可能性もあるけどね。)

 

 だとすれば。

 角猿の飼い主である可能性が最も高いのは、御前様。

 そしてその猿が、部長さんの失踪に関わっている。

 もし角猿と御前様に憑いた何かが、宿主を残虐な性格に変えてしまうのだとすれば?

 可哀想だが、部長さんが──いや、まずはは紫藤だ。紫藤の身の安全を、確保する。

 紫藤はホストファミリーのことを話さない。話しにくい事情があるのかもしれない。でも、一度話さなきゃ、──

 

 思いに沈み込んでいたせいか、僕は足音を聞き落としていたらしい。

 からから、と扉を開く音に気付いて身をねじると、そこに小柄なかわいい姿。

 階段は走って登ったんだろう、息を軽く切らしてて頬が赤らんでる紫藤の姿。

 

「志野くん、おはよう!

 ごめんね、お待たせしちゃった?」

 

「おはよう、みなり。えーと、全然待ってないよ」

 

 紫藤がぎこちなく近づいてきて、僕も立ち上がった。

 なんか言おうと思って、でも口から出てこない。

 きらきらした目の紫藤も、僕が近づくと恥ずかしそうに目を伏せてうつむいた。

 

「えーと、志野くん」

 

「う、うん。どうしようか」

 

 時計をみる。まだ、9時少しすぎくらい。

 紫藤も、かなり急いでくれたんだな。

 

「11時半に、部室だよね。

 だったら、まだ2時間ちょっとあるよ?」

 

「そうかー。どうしようか」

 

 異性慣れしてない準童貞と処女のカップルである僕たちの会話は、もどかしいほどに進まない。

 とりあえず僕は勇気を出してもう一歩踏み込んで、紫藤の肩の外側に手を軽くあててみる。拒否されなかったので、ちょっぴり位置を変える。下に。思い切ってぐっと背中に腕をまわし、手をあてる。引き寄せる。

 汗臭いって言われないかなー、と頭をよぎるが。

 紫藤はうれしそうに、僕の胸にこつっ、と頭を寄せてくれた。

 

 ──────

 

「時間は貴重だよ、志野くん。

 あんまり時間ないけど、訓練の続きをしようよ」

 

 僕としてはそのまま仮部室でイチャイチャしながらお話でもしてたかったんだけど。

 紫藤はしばらく僕と抱き合った後、僕と彼女の秘密の訓練を続けないと、って主張する。

 彼女の目に浮かぶ決意をみると、僕も反対はできなかった。

(っていうかさ。この訓練なるもの、ちょっとうしろめたく不健全でその意義に疑問はあるけれど。

 紫藤とのいちゃつき時間と実質変わらないし。)

 

 僕が用務員さんにもらった、数本の鍵束には。

 いったいどういうセレクションだったか謎だったが、うち一本が文芸部の部室の鍵であり。

(汚い字で「文芸」と書いた青いラベルがカギのツマミ部分に貼ってあった。)

 僕たちは文芸部室に侵入し、次いで文芸部室の鍵束から開かずの間の鍵を取った。

 鉄の後づけ階段を、僕と紫藤は上がる。

 今日も律義に制服を着てる紫藤の、スカートの裾から見える白いふくらはぎを、またガン見した。変態的だと我ながら思うけど、好きなんだ。

 

 仮部室にあがると、僕と彼女はすこし渋面になる。暑い。

 ただ今日は部活もやってないし、ということで窓を開けると、吹く風でそこそこ熱気は抜けた。

 前回僕たちがきたときと同じ。本棚に戻した小人類の頭骨、裏返した謎絵画、怪しい本たち、謎の理科実験器具、傘立てにつっこまれた傘や長定規や指し棒や、──

 

「志野くん。そういえば、さ。

 ──さとみんたちとのデート、どうだったのかな?」

 

 ソファで向かいに座った紫藤がそういうことをきいてきたので、僕はちょっと焦った。

 そうか、紫藤はまだ調布たちとは情報交換してないんだな、とそこで気づく。

(紫藤のホストファミリーは厳しくて、電話もできないらしい。)

 

 こういうとき。要は僕がほかの子の話をするときの紫藤って、怖い雰囲気を漂わせることがあるけれど。

 今の紫藤は、最近目元がすっきりして急に美人さんっぽくなった顔を微笑ませていて。

 特に、ダーク紫藤に転じる気配はない。

 僕は言葉を選びながら、海や川で泳いだりして遊んだことを報告する。

 怪しげな予選やザンジバルという地下バー(?)のことは、今は差し控えた。

 もちろん有明りなのことは、完全に秘匿。

(だって聞かれたのは調布と国領との、デートのことだしさ。)

 

「えー、いいな!

 わたしも、一緒に遊びたかったよ」

 

 紫藤はうらやましそうにはしている。

 僕はちくりと、良心がいたむのを感じたが。

 口に出しては、こんど遊びに行こうね、とだけ言った。

 

「うん、絶対だよ、絶対!

 ──それはそうと、さ。これからのことだけど」

 

 紫藤は気をとりなおしたように、ごそごそと持ってきたトートバッグ(ちょっと大きめにふくらんでいる)から、いくつかの小道具を取り出した。

 

「いくつか、志野くんもわたしも訓練する必要があるってこの前、話したよね。

 それとさ。わたしの訓練のとき、わたしにいろいろ質問してくれないかな?」

 

「質問って、──ああ」

 

 頭が白くなると、日ごろは言えないことが言えるようになる、って紫藤が言ってたな、と僕は思い出す。

 

「そう。あのさ?わたしのいる、──うぐっ!

 あー、いろいろ。──ごめんね。変なことばっかりだね、わたし」

 

 紫藤は頭痛に襲われたように眉をしかめて頭を押さえ、言葉を切り。

 そして眉を八の字にさげ、胡乱な言葉を返した。

 ただ、僕は僕で紫藤に確かめたい、聞きだしたいことがある。

 うん、大丈夫。ちゃんと聞きだす、と僕が請け合うと。

 紫藤は、ほうっと安心したようにため息をついた。

 

「それで、僕の訓練って?前と同じ?」

 

「基本的に、この前と同じでいい。

 志野くんは、志野くんの志野くんを鍛える。そしてわたしに痛いことをすることに、慣れる。

 そうそう志野くん、この前やったあれ。毎日やってくれてる?」

 

 あの、僕のアレをぱちぱち叩くやつかな?

 もちろん、やってないよ。っていうかそれ僕、毎日やんなきゃいけないの?

 

「継続は力なり、だよ志野くん。

 ほら、これ。毎日の日課にしてくれないかな」

 

 このころはまだメジャーなB5版のノートリーフを、渡される。

 紫藤のちょっと丸文字気味の几帳面な字で、僕の日課がしるされているようだ。

 早口の紫藤の説明を聞くに、この前のノートの鍛錬のアイデアを見直し。

 僕に渡すために、数段階の無理なくステップアップできる日課メニューにまとめなおしたものらしいが、──

 

 僕は棒人間がうごめくそのトレーニングメニューなるものを、しげしげと眺める。

 

 自分で自分のアレを、ぱちぱちとたたいている棒人間の絵。

 冷たい水とお湯に、交互にアレを漬けている棒人間の絵。

 

 ──これは前みた。まあ、アホらしいけどここらへんは簡単にできるだろう。

 叩くのは簡単だし、水とお湯ってのも、要はお風呂に入って冷たい水をかければいいってことだもんな。

 

 そう思いながら僕はさらに、下に続く訓練メニューに目をうつす。

 

 アレを台に置き、上に重しらしいものを乗せてる棒人間の絵。

 アレの先にひもを巻き、重いものを持ち上げようとしている棒人間の絵。

 

 これって、新しく加えたんだな。

 僕は目をあげて、姿勢よくすこし前のめりになって、ちいさなこぶしを膝について腕を張ってる紫藤を見やる。

 紫藤はほめられた犬のようにうれしそうだ。桃のような薄くやわらかく繊細な頬がわずかに紅潮して、きらきらした笑みが浮いてる。

 

「それ、持久力トレーニングなんだよ!

 ずっと、その、──力を入れ続けるための、ね?」

 

 ──アレが膨らむのは、力を入れ続けるってより血流のせいだと思うんだけどな。

 

 そう思いながら、紫藤のうれしそうな様子に水をさすようなことが言えない僕は。

 さらに、この謎文書に書かれている、下の方のメニューに目を移した。

 

 力強く、障子を突き破る棒人間のアレ。障子の向こうでは、「Σ(・ω・ノ)ノ」みたいな別の小型の棒人間の驚愕の表情。

 剣山に挟まれて重しを掛けられてる、棒人間のアレ。

 さらに、──なんだこれ?棒人間のアレの先から、「かめはめ波」みたいな奔流が──

 

「みなり。これって、──」

 

「あー、これは、さ。上級者になったら、だよ。

 ほら、障子破るの、『○陽の季節』であったよね。だから大丈夫。

 それを繰り返して、しっかり力がついてからだよ、剣山とかは、さ?

 とりあえずは、上の方のメニューをクリアしようよ」 

 

 ──どうみても、医学的な妥当性はなさそうだけどなー。

 まあ、今はまだピタピタ叩かれる程度だよね。だったらいいや。

 

 僕は、そう思って、紫藤の提案に同意したのだった。

 

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