タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
・少々生理的嫌悪をもたらす生き物の描写がありますので、苦手な人は飛ばしていいと思います。
(紫藤みなり、廃屋めいた日本家屋、夕方?)
「この家、すこしずつ変わってるよね、みなりん」
「うん、変わってる」
わたしたちが前回はじめて夢にもぐったときから、こちらの世界(夢の中の世界)でどのくらいの時間が経過したのかよくわからない。
しかし、最後にわたしたちがこの世界から出たとき、わたしたちのもぐりこんだ布団部屋の向かいの部屋は大きな何かの怪物に襲撃されて、破壊音がしていた。
だけど今みてみると、特にものが壊れた様子はない。
ただ、だれかそこで人が死んだことを示すように、赤茶けたしみが中の部屋のたたみに残っていた。
ハルカちゃんと2人で、ご近所さんだけ見回る。
布団部屋のとなり、向かいの部屋とそのとなりにも特に危険なものはみあたらない。
勇気をふるいおこして玄関にむかってみたが、前と同じく、玄関はなくなってしまったまま。玄関のあったはずの位置には、謎の祭壇のある部屋があるだけだった。
ふとん部屋にもどり、さて、どうしよう。と思っていたとき。
わたしの猫耳は、ふとん部屋に生きものの気配が生まれたのを感知した。
「──みなり?ハルカ?」
「さとみん」
のぞきこむと、頭にサファリハットをかぶりヘッドライトまでつけたさとみんがふとんからもそもそと這い出してきた。
「ハルカは?」
「あ、さとみん、来たんだ!
ボク、こっちだよ」
さとみんの声をききつけ、何か金目のものはないかな、と冗談(だよね?)をいってお隣の部屋を探索していたハルカちゃんが、隣の部屋の戸口から頭を出す。
「大丈夫?あの、前に這いまわってた『何か』は?見た?」
「みてない。ほかの人たちも、今はみあたらないよ」
「そう。──今は安全と考えていいのかな。
それと、やっぱり志野は来てないのね?別地点スタートになってる?それとも単にまだ眠れてないだけかしら」
志野くんには、夢の中のおおまかな話はしてある。森に出て、屋敷に入った、ってこととか。でも、あんまり細かいことまでは伝えてない、わたしがいないところでさとみんが言ってないかぎり。
仮に志野くんがわたしたちの1回目と同じく森の中スタートだとしたら、自力で探してもらうしかない。もう少し詳しく教えてあげとけばよかったかな。
仮にこの屋敷にたどりついたとしても、今は玄関がなくなってしまってる。入れるだろうか。
「そうそうさとみん。ビッグニュースがあるんだ。
ほらほらみなりんに注目、注目ぅ!わー!」
「え?
──ってみなり!あんた、耳、耳が!」
ハルカちゃんが、大きな声をあげると。
わたしのまだ制御になれてない猫耳が、かってにぴくぴく。しっぽがぴくん、となる。
いつも冷静沈着なさとみんが、わたしの耳の動きに気づいて動揺しているさまに。
わたしは、不謹慎ながらもなんとなく楽しくなってきた。
「そうなんだよ、さとみん!ほらみてみて、これも!」
しっぽを立てながら、くるんと一回転。
スカートは盛大にめくれたけど、女の子たちしかいないし、いいよね?
だけどあっちの世界(現実世界だね)ではお尻にしっぽを挿入していたことはバレて、こっぴどく叱られた。志野くんのせいなのに、理不尽だ。
ひとしきり猫耳としっぽをいじくりまわされた後(猫耳もしっぽも、体にちゃんと癒着してる。どちらも触れられると、甘やかな気持ちよさがあってのどが勝手にゴロゴロいいそうになる)。
わたしたちは、軽く情報交換をする。
この猫耳もそうだし、なぜか持ち物が微妙にすり替わったり変化したりしてる(?)ことなどについて。
「参ったわね、──かなり変わっちゃってるじゃない」
さとみんは、無事に夢の中に持ち込んだ登山リュックを確認してる。
困ったことに無事なグッズは半分くらい。残りは、なんらかの形で夢特有の変化を受けてしまっているようだ。
「変化率が高くない?
ほら、ボクたちの荷物よりも、さ」
「うん、──これとか、元はなんなのかな」
わたしたちの持ち物、とくに身に着けてたものはそこまでたくさん変化してない(猫耳としっぽをのぞけば)。
着てる服とかは、基本的にそのまま。
ところが、さとみんの場合、大量に持ち込んだものがかなり変わってたりする。
「うわ、スゴい」
「このまま持ち帰ったら、現行犯逮捕ね」
ほら、たとえばさとみんが用意してた、片刃のナタ。
それがまがまがしく黒光りする、厚刃の脇差しになってしまってる。なんか呪われた妖刀、みたいな感じ。
プラスチックのケースが漆塗りの鞘になったのは、得したと言っていいのかな。
軽食も。
さとみん手作りのサンドイッチはそのままだったけど、売店で買ったおにぎりは竹皮包みの握り飯になってる。
アルミの頑丈な水筒も、何やら戦前風の古めかしいものになってしまってた。でもひょうたんになってなくてよかった!
ただ、使えなくなってるものばかりではなさそう。
さっきの妖刀みたいに強化された(?)ものも多い。
もとの世界にもどったらどうなるのかしらね、と文句を言いながら、さとみんは確認をすすめる。
交代でみはりをたててあたりに警戒を払いながらも、わたしたちもそれを手伝った。
「あんたたち、どのくらい待った?」
ひととおり確認し、リュックの紐をゆわえ直したさとみんは。
思い出したように、わたしたちに聞いてきた。
「ボクが最初だったかな。
なんかさ、ふとんに挟まれてて気持ちよくて動きたくなくてさ、ぼやってしてた。
──1、2時間くらいかな?気がついたらみなりんがいた」
「そう。──みなりが来てから、あたしが来るまではどのくらい?」
「2時間?」「いや、3、4時間かなー」
相当待ったような気がしている。
でも夢の中だけあって、うまく頭が働いてないような感じ。
時間経過がよくわからなくて、まだらに早くなったり遅くなったり(?)してる気もする。
だいたい、時計があてにならない。さとみんも時計をたしかめて、まゆをしかめた。
わたしも、のぞきこませてもらう。G-SH◯CKの液晶画面には、不規則に数字が乱舞してた。
「はっきり言えないけど。あたしはみなりの10分後くらいかな。結構、すぐ寝つけた。
──あっちの1分が、こっちで20分くらい?
そういえばこの前も、あまり向こうでは時間が経ってなかったわね、──」
さとみんがぶつぶつと口にのぼせながら、考えこんでる。
「明確な規則性がないか、別の要素もあるのかもね。
ほら最初ボクたちが入ったときは、ほとんど同時じゃなかったかな」
「そうね。──もしその要素を措いといて、時差があるとしたらだけど。
志野が寝ついた時間によるけど、かなり待つことになりそうね。
けっこうあいつ、寝つき悪そうな感じだった」
「あと、どこに出てくるかだよね。
あの山からのスタートなのかな。山道、迷ったりしてないかな」
「いずれにせよ、時間はかかるかな?
ボクたちのときも、この家までかなりかかったし。4、5時間くらい?」
「──それにこの家にたどりついても、入り口がふさがってるんでしょう?さっき聞いた話だと。
まあ他の入口から入ってくるのかもしれないし、外の人を取り込むときだけ、玄関がぽかっとできるのかもしれないわね」
「化け物の口みたいに?」
「そう、化け物の口みたいに」
ただ、わたしはその比喩がどこかぴったりな気もしていた。
このお屋敷は、まるで生きてるみたいだ、とわたしは思う。
湿った空気が流れる廊下は、怪物の内臓の中みたいになまなましい。
「じゃあ、──あいつを待たずに、ちょっと行ってみる?
準備して、もう少しだけ待ってみて来なかったら。ここらへんには書置きでも置いといて」
「そうしようか」「うん、それでいいよ」
ちょっと薄情かもしれないけれど、さとみんを待つのだけでもけっこう時間を使ってしまってる。
それに、時間は貴重だ。現実世界でお母さんの病室に看護師さんが回ってくるまでに、戻らないといけないし。
だから目立った反対もなく、そういうことになった。
「この前は、それなりに人がいたよね」
「今日は、全然いないじゃない」
「あの怪物に、追い払われたのかな?」
30分ほど待って、しびれを切らしたわたしたちは。
ヘッドライトをつけ、妖刀を持ったさとみんを先頭に。
わたしが真ん中、そしてハルカちゃんがその後になって、この家を探索していた。
部屋は、扉やふすまで廊下と仕切られてる。
私たちが前回隠れて難をのがれたふとん部屋の近くの廊下に、なぜか古風な帳面に変じてたさとみんのメモ用紙を1枚使って、志野くんへのメッセージを書いて貼った。
(勝手にメモを置いて怒られないか(誰に?)ちょっと気になったけど、千社札みたいなのがところどころ貼ってあったりもするし、だいじょうぶだろう。
ちなみに夢の中にふさわしく、『虫喪鯛社』『埏忌塵社』とか、読めない変な字ばかりの千社札だ。)
しとしと、と降る雨の音が遠くからきこえている。
歩くとぎぃ、きぃと鳴る古い廊下を、わたしたちはさまよう。
──────
お屋敷は、思った以上に広大だった。
さっきのふとん部屋周辺は、まだ雨の降る外(庭)に面したお部屋があったけど。
そこから数十メートル進んだこのあたりは、左右にずっとお座敷が連なってるみたいだ。
いくつかの部屋のふすまを開けて眺めてみたけど、さらに奥に続くふすまがあったり、壁にはばまれたりして、外が近くにある感じがしない。
そして前回と違って、しん、として人の気配がない。人の気配は。
だけどわたしは、どこか、何かがわたしたちに気づいていて、したなめずりしているような。
そんな、不吉な感覚をおぼえていた。
さらに進んで、廊下の両側が板壁になっているところにさしかかったとき。
わたしは、わたしたちに近づく気配に気づき、びくっとなった。
だけど、さとみんもハルカちゃんも気づいた気配がない。
わたしは、悟った。この猫耳のおかげだ。ほんの小さな気配も、わかるんだ!
「さとみん、左、板壁の向こう。来るよ!」
「え、何?何が来るっていうの?──ええっ、なにこれっ!?」
磯にいる、「フナムシ」。
あれによく似た、だけどずっと大きい(10㎝くらい?)、そしてゴキブリのようにつややかに黒光りする生き物が、板壁の下の割れ目から大量にあふれでてきたんだ。
「ひゃあー!」「なんなのよ、これ!」
ハルカちゃんは、悲鳴をあげて後ろにさがり。
こわいものしらずのさとみんも、逃げ腰になってる。
でも、わたしの耳は、これが本命じゃないことをわたしに告げている。
このゴキブリフナムシたちは、何かに追われてきたんだ。
「来るよ、さとみん、刀を!」
「え?ええ、」
ばきばきばき、と劣化した板壁の下三分の一くらいが割れた。
そこから、巨大な触覚がのぞいた。そこらへんのゴキブリフナムシの数十倍もある、親玉が出てくるんだ、とわたしはさとった。
「ぎひ、ぎひ、ぎひひひ!」
出てくる、それ。
板壁を、一見、人間の手のようなものがこわして、そしてこの部屋にはいってくる。
巨大なゴキブリフナムシの親玉。だけど小型のやつたちとちがって、手足の先が人間のような手のひらになってるんだ。
その手は、茶色いキチン質のゴキブリの硬質な外骨格と、矛盾なく融合、癒着していた。
「ぎひ、ぎひぃ、ぎひぃぃぃぃ!」
狂気のように、そのぶきみな啼き声がひびく。
しかし何よりもおぞましくて、わたしの背筋を寒いものがはしったのは。
割れ目からのぞいた、巨大ゴキブリの狂気にみちた、血走った目だった。
ばりばり、と板壁の割れ目を押し広げて出てくる、仔牛くらいもありそうな巨大なゴキブリ。
(高さはあまりなくて、わたしたちの膝くらい。)
その頭のあるべきところに、中年あるいは初老の男の顔がはまっているんだ。
普通の人間よりずっと大きくて(2、3倍?)、横長にデフォルメされてる顔が。
絶句してる、わたしたちを。
ぎゅき、と首をまげ、その顔がみあげる。
すこし髪がうすくなった、あぶらぎった肌、──阿加原先生に似てる、もっと年取ってみえるけど。
その濁った黄色い目がわたしたちをまたたきもせずみつめる。喜悦にくるめいて、瞳孔がひらく。
「いだ。いだいだいだ!
おれの、おれの、おま”んご、おま”んご!」
「うげっ」「何これっ、──!」
ハルカちゃんはもちろん、いつも冷静なさとみんすら。
体がかたまったみたいに動かない、いや動けない?──あぶないよ!
「ほら、さとみん!」
悪意にみちていたその顔が、さとみんの(やっぱり土足ははばかられて、靴を脱いでた)足にがぶり、とかみつこうとする!
さとみんたちとちがって、ごきぶりは(嫌いだけど)へっちゃらなわたしは。
(家が荒れてたとき、ゴキ退治もよくやったんだ。だから凍りつかなくてすんだ、怪我の功名だね)
さとみんの横にとびだし、持たされてた折り畳みショベルを振るう。
ぼこっ、と音がして、わたしのショベルがぶきみな生き物の背にめりこみ、陥没させた。意外ともろい!
「あひ、あひぃぃぃっ、あひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
いままさにさとみんの足に噛みつこうとしていたこのゴキブリ人間は、絶叫をあげる。
わたしは、さとみんに肩をぶつけて、ゴキブリ人間から遠くに押しやる。
よろけかけたさとみんは、でもそれでわれにかえったみたいだ。
呆然としていた顔が、きりっ、とひきしまる。
「ぎひゅっ、ぎひゅっ、ぐるぷぉ、おまえがざまざまざまざましたざましたざましたざました、ぐぽっ。
おまえざぎおまえざぎだべる、だべるだべるだべるおまえま”んござぎだべる、るぼぁ」
ゴキブリ人間の顔が、わたしの方にむき。
そしてごふごふごふ、と濁った暗灰色の体液を吐き出しながらそんなことをしゃべった。
ゴキブリ人間が、わたしにおそいかかってきた。
背中に打撃を与えたはずなのに、それほど応えてないような、すばやい動きだった。
しかしわたしはわれながら信じられないくらい、冷静沈着だった。
「ざんねんでした、食べられないよっ!」
唸れ、空蝉の術!
機敏なうごきで、わたしはぴょん、とゴキブリ人間をとびこえた。
「あれいないいないいないどごだどごだどごだどごだ、
ごろずごろずごろず、だべるだべるだべる、「このっ」──ぶぎゅぁ!」
気をとりなおしたさとみんが刀を振りあげ、向かってきたゴキブリ人間の顔をめがけて横に薙ぐ。
刀はからぶりしてしまったけど、ごきぶり人間の顔を2つに割る勢いだった。
ひるんだゴキブリ人間が、カサカサ、と後退し。
そこで反対側にいる、わたしに気づいた。
巨大な血走った目が、驚きにみひらかれる。
「えいっ」
わたしが二回目にふるったスコップは、そのゴキブリ人間の横っ面をはりたおした。
ごひゅっ、という音がして、ゴキブリ人間が一瞬、白目を剥いた。
「はあっ!」
さとみんの、2撃目。上から下への、振り下ろし。
ゴキブリ人間の肩(というんだろうか)、つまり顔の横のあたりを、ざぐっ、と大きく切り割く!
「ボクもいくよっ、ハイッ!」
きゃーきゃーさわいでたハルカちゃんも、そうしてはいられないって思ったのかな。
さとみんの横の壁をけりつけ、三角飛びみたいにして登場。
鬼の金棒みたいなやつを、背中のまんなかあたりにたたきつける!
「ぐゔぉあっ!」
痛撃を与えられて、白目を剥きながら身もだえする巨大ゴキブリ人間。
ぞっとするくらい、気持ち悪い。
「きしょっ」「やばっ」「うわグロッ」「やるよっ!」「乙女の敵っ」
それからしばらく、わたしたちは口々に呪詛を吐きながら、ゴキブリ人間を袋叩きにした。
(途中、ゴキブリ人間はひっくり返った。無数の人間の手のひらがついた節足がうごめくさまは、肌が粟立つくらいに気持ち悪かった。)
やがて気づいたころには、ゴキブリ人間は動かなくなっていた。
──────
──────
「やった?」
「死んじゃったの、──かな」
「ねえ、これって。もしかすると元は人間、──え、なにこれ!」
嫌悪感にまかせて、たたきつぶしたゴキブリ人間。
だけど、このゴキブリ人間、なにかしゃべってた。もしかすると、知性があったのだろうか。
だとしたらわたしたちがやったのは、人殺し、──?
肩で息をしながら、顔をみあわせたわたしたちの頭に、そんな自責の念と、でもしかたないじゃないか、という思いがかけめぐるが。
「光ってる!」「──人魂!?」
荒い息をつきながら、視線を交わしていた、ちょうどそのとき。
ごきぶり人間の死骸(そのちらばった残骸も)が、光りはじめた。
光はふわあっ、と上空に集まり。
それが、跡をひく鈍い青い光を発する「ひとだま」となって、ふよふよと逃げていってしまった。
廊下の床には、赤ちゃけたシミや死体の残骸が少し残ってるけど、グロくて巨大な死体の本体部分や、その大きめの破片は残っていない。光になって逃げていってしまった。
「なに、──今の?」
「男の人の顔、ついてたよね、──?」
おぞましいことに、逃げていったひとだまには、あの男の人の泣き顔みたいな顔があった気がした。
「──昇天した、ってこと?」
「なんかちがう。とうてい、安らかな感じじゃなかった」
「あの大きいゴキブリに取り憑いてたモノが、逃げ出したってだけじゃないかな?」
口々に言い合い。でもとりあえずの窮地をきりぬけて、わたしたちはほうっ、と息をついた。
「ちょっと、休む?」
板壁が少し続いているが、たまたま左右に部屋があるみたいだ。
わたしの猫耳でも、誰もいないとわかる。
「そうしよう」「ボク、なんか精神的に疲れたよ」
そういうことになって、わたしたちはこわごわと近くの引き戸をあけ。
中に不審なものがいないのをたしかめて、その部屋に入ってみることにしたのだった。
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──────
(志野視点)
調布に遅れて寝ついた僕は。
あちこちで道に迷い、巨大な虫たちに威嚇されながらも。
なんとか紫藤たちの踏み分けたと思われる道を発見し。
雨に降られてびしょぬれになりながらも、その跡をたどって山を降り。
劣化しまくって骨がところどころみえてる土塀に囲まれた屋敷にたどりついた。
雨宿りしよう。
門をくぐり、激しくなりはじめた雨の中を家に突進したのだが。
──人がいる?
家の玄関らしいところに腰掛けてる人に気づいて、足を緩めた。
おばあさんのように思える。ただ、深めにほっかむりをしてるせいで、顔が暗く影になっててまったくみえない。
暑いさかりのはずなのにさ(とはいえ、夢の中はさほど暑くはなかった)、日焼け防止に巻いたてぬぐい。
微動だにせず、じっと手拭の影の下からこちらを眺めてるように思える。視線を感じる。
僕は、ごくり、とつばをのんだ。
たぶん、これが、前回紫藤たちが入ったっていうお屋敷だろう。紫藤たちがいる可能性が高いのは、この屋敷の中だ。
僕も入っていいのだろうか。ダメって言われたら、──?
「おや、よか男が来やったがね」
やがておばあさんが、そう言ってふぉふぉふぉ、と笑ったので、僕は緊張を解いた。
「いやー、それほどでも」
「くもひめさまんとこ、いくがけ?いそがんけ」
「クモヒメさまって、どなたですか?」
おばあさんは、またひゅうひゅうと笑った。
「くもひめさまは、──くもひめさまだがや。
あんしが喰われんうちに、行かんとしょうまい。上がって、下りて、下りて、そんで湯をくぐってまだ先やちゃ」
「はい。そこから、入れてもらっても?」
僕は玄関先に、目をやった。
「あー、ええけど。入ったらそっからは出られん」
「他の出口、あるんですか?」
「ずうっと遠いけんどユナヤドやらハバキモトやらへの出口があるっちゃ。
ユワキダニ抜けてく道も、あるがいぜ」
「あー、ありがとうございます」
よくわからないなりに頭をさげて、上り口にはいろうとして。
ふと会話の間、妙におばあさんが石のように動かなかったことに、僕は疑問を覚える。
「あの、ここに靴を脱いで置いといても、──!?」
足元を見つめているおばあさんに、ちょっと追加で尋ねようと(半ば、口実で)近づいて。
──そして、すこし暗さに慣れた目で気づいてしまった。
ほおかむりの下。肉の薄いひからびきった顔、と思ってた顔に肉はなかった。
斜め横からは、すっかり肉の腐りおちた頬から、笑ってるように黄ばんだ歯がみえた。
手を隠してた手拭が風でゆれた。骨ばかりになった手が、かいまみえた。
とたんに気づく、鼻を衝く饐えた悪臭。
(うわわわっ!)
僕は絶叫を飲みこみ、土足のままに家にかけこんだ。胸を突き破らんばかりに、激しい鼓動。
後ろをぱっとふりかえり、姿勢を低くかまえる。
動きはない、老婆の死体が追いかけてくるようなことは、なさそうだ。
10、数える。その間も抑えようもなく、体がぶるぶるっと震えた。
あのおばあさん、もともと死んでた?でも、僕、会話した記憶があるんだけど、──
今度は自分の背中側に何かいないか、急に気になってきてふりむく。
暗い廊下。降り続く小雨で、壁がじっとり湿っている。
こちらは、少なくとも今のところは危険なものはなにもなさそうだ。
再度、振り向いてぼくはあごを落とした。
背後の玄関の空間が、なくなってしまっている。
さきほどまで確かにあったはずの旧家めいた土間の空間は消えて、なにやら破れかけた両開きの扉に置き換わってしまっている。
どう考えていいかわからずしばらく固まってしまったけれど。
再起動して扉をあけると、線香の香りがした。かなり広めの空間。またたく燈明、黒光りする厨子。
厨子のくらがりには、馬頭観音めいた獣頭の像がみえた。
ふわっ、と湿った空気が動く。
まっすぐ前をみていた姿勢だったはずの黒い獣頭神の像の頭が、こちらを向いていた。
危険を感じ、僕はあわててふすまを閉じる。まだ、動悸がおさまらない。
どこかで、ばきっいう家鳴りの音。カサコソという、たぶん鼠か何かだろう天井裏の足音。
早く調布たちと落ち合わないと。怖い、怖いよこの屋敷、──
夢の中なのに、どうやら有効らしい超感覚さんを総動員しながら。
僕は悪夢のようなこの屋敷の廊下を、歩きだしたのだった。