※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

320 / 321
○志野視点→紫藤みなり視点です。


320 無限座敷(3)掛け軸(紫/志)

(志野視点)

 

「”Sへ”って──?」

 

 なんだ、このメモ?

 足の裏の臭い(?)がする不潔な板張りの廊下を、おそるおそる歩いていた僕は。

 薄汚れた壁にテープで貼りつけられた、場違いに白く清潔なメモ紙を発見して立ち止まった。

 

 ああ、今の僕の状況がわからないって?

 3行でまとめてみよう。

 

・紫藤母の病室に押しかけ眠り込み、夢をみてる。

・屋敷に入るも、言葉を交わした老婆が死体。

・屋敷の入り口がなくなって、中の廊下を彷徨中。

 

 ──これ何なの、って感じだよね?

 僕にもわからん。すまぬ。

 

 まあね、確実にわかってることもある。

 すごいリアルで現実だと錯覚しちゃうけど、これは夢なんだ、夢。

 たまたま調布たちからきいた夢の話に影響されて、似たシチュエーションの夢を僕がみてるだけ。

 そう思わないと、なんか怖くて気が触れそう。すごく幼い頃に一人で行くトイレに感じたのと似た不安を感じる。

 

 ともかくも夢の中で、廃屋めいた屋敷の廊下をさまよっていた僕は。

 曲がり角からすこし進んだところで、端正な筆致で書かれたその伝言メモをみつけたというわけだ。

 読み返してみる。

 

”Sへ。先に行く。付箋の目印、残せたら残しておく。

 この壁を右手に直進方向(突き当りは近い角に一時右左折、駄目なら襖を開けて進む)。SC

 早く追いつかないとコワイヨコワイヨー。みんなにアレのことバラシちゃおっかなー? HK 

 おつかれさま。ケガしないように用心してね。猫になっちゃったよ。詳しくは後でね! MS”

 

 あーこれ、調布たちだな。上から順に調布、国領、そして最後の丸文字は紫藤かな。

 さすが調布。さす調。ビジネスライクに要点だけだ。有能だな。

 国領は、──おい僕たち仲直りしたはずじゃなかったのか?僕を脅迫してどうする。

 そしてやっぱり紫藤、天使じゃないか──でも猫になったって、どういう意味?

 

 いろんなツッコミで生じた疑問符を頭に浮かべながら、僕は壁からメモ紙をむしり取り。

 ポケットに入れて、メモの指示どおり、奥に進もうとするが。

 

「よほほー。あんにゃ(兄ちゃん)、ここいらにはみかけん顔よのー」

 

 老人らしい男の声がかけられて、僕はびくっとしてしまった。

 僕が声がかかった方向に、ふりむくと。

 やせこけた老人がにたぁ、と笑ってこちらをみていた。

 黄ばんだランニングシャツ。顔や垢じみた肩や腕の肌は、日焼けか酒焼けかで赤い。

 全体に不潔そうで、ゆだんのならない雰囲気。

 

【挿絵表示】

 

 おかしいな、ここに来るまでの部屋は、全部無人だった、──と僕は思う。

(ただ、夢の中で超感覚が使えてるかどうかよくわからない。自分では使えてるつもりだったんだけど。)

 

「うっす」

 

 あまり親しくならない方がいいな、と僕は判断し。

 そうそっけなく挨拶し、くるりと背を向け、そのまま行く先に向かおうとするが。

 

「待ちゃれ、あんにゃ、急がんでよかたっが」

 

 その間にも近づいてきていた老人は、僕の進行方向にさりげなく割り込む。煙草の臭い(『し○せい』だな、と僕は思った)がふわっと漂った。

 

「服装からして、ユノモトん()か?

 やっぱ、シリコダマ集めやろ」

 

「はぁ」

 

 まともに相手する気はない。あいまいに頷く。

 

「あんにゃは知らんやろけどな、シンイリはな、近頃、ほとんど来おらんぜ。

 外ん蟲に、喰われおんじゃろ。

 ──まあええわ。肉、喰いたかろ?シリコダマ、集めとんがやろ?

 ええ話があるんでぇ。聞きたいけぇ?」

 

 ──いや、もういい。あやしすぎる。

 

 そういう僕の表情を見て取ったのか、真顔になった老人は口早につづける。

 

「クモヒメさまのところに、な?シンイリのアホ女どもが行きおるんで」

 

「クモヒメさま、って──」

 

 誰だ、と聞こうと思ったのだが。

 

「そうよ、あのクモヒメさまんところよ。

 あっほやのー、いきつけたとしても、すぅぐ、ぐるぐる巻きや。

 手足一本ずつ抜かれ喰われて、ちうちう脳みそ吸われて、終わりやろ」

 

「なるほどー」

 

 よくわからないが、「くもひめさま」はそういう怖いものらしいな、この夢の中では。──と、僕は思う。

 

「それのどっこが、ええ話なんすか」

 

 相手に合わせてみた。どうせ夢の中だし。

 夢の恥はかきすて。どうせ目がさめたらすぐ消えるしなー。

(この夢は、たとえば僕が体調悪い時にみた2回の夢と違って、やっぱり夢じゃないかと思う。

 たしかにリアル感があるんだけど、なんか前の2回のときと違って、ふわふわした感じっていうか。うまく地に足がつかない感覚。

 『僕自身の夢』っぽくない、と言ってもいいかも。なんか頭がぼやっとしてて、投げやりな気持ち。)

 

「そこよォ。なぁん、もったいなぐねか?

 途中でな、蟲や()()()()に負けて喰われるか。

 あるいは道に迷うて、床踏み抜いたり落とし天井につぶされたりして、しまいやがな」

 

「ほうほう」

 

「だからな、あんじょう言うて、戻らせてみらん?

 そいでな、あんにゃと儂とでちょちょいのちょい、とハメゴロシや。

 そしたら彷徨鍋にでも、したてちゃるけぇ」

 

「あー、なるほど」

 

 よくわからなかったが、相槌をうつ。

 同時に、これが夢だ、という確信を僕は深めた。

 僕も好きだった筒井○隆の小説*1に、この単語が出てきた記憶があるのだ。

 

「ほうよ、どうせ蟲やクモヒメさまに喰われんやで?

 何ぞいうてこっちに戻らせたれや。ここらは詳しいけぇの、うまく嵌めたるでよ。

 生け捕りできたら、あんにゃにも生きたままで味見さしたるし。

 尻子玉と肉も、みやげに持たしたるわ」

 

「山分け?半々?」

 

「すまんの。()はなー。儂な、玉つこうてしもてな。蟲化せんうちにはよ集めんならんちゃ。

 尻子玉は3つのうち、1つやる。もとは儂の考えじゃけ、儂に2つでよかろうもん?

 肉もな、一人半やっても、丸々はどうせ持ちきらんやろ?匂いに蟲が寄ってくるでよ、荷は軽くせんと。

 腿肉、脛肉を3本。それでええか?」

 

「おうっす」

 

 老人はにやにやしながら、しきりに頷く。なんか信用できないぞ。

 笑ったときにみえた口の中が黒く、舌が蛇のそれのように割れているのが妙に印象に残った。

 言ってることもよくわからないが、ろくでもない肚なのは確かだ、と僕は思う。

 

「難所でつっかえとるんを、恩着せてだまくらかせ。

 たぶんなー。『オオカワヤ』か、『タケウマワタリ』あたりでひっかかるやろ。

 へじゃけ、オオカワヤあたりで待ち構えておくとよかんべ」

 

 ──それより手前で蟲や()()()()に引っかかったら、それはもうしゃあないわ。

 だけどな、もし会えなんだら、イタだけは持って戻れや。

 

 などと、老人は言っている。

 

「あー、オオカワヤって、あれっすよね」

 

 なんとなく知ったかぶりをしてみる。

 

「そうよォ。あんの奥の壁の朝顔な、登ったとこのバルブを開けて湯でみたさんと、通れんところよなー。

 あっこは気をつけんと、よう滑ったい。儂ぁ、もう通れんが。

 くっせえし、あんにゃもユヤか滝でよーう流さんならんばい」

 

 まあ、夢だし。

 老人が何を言っているのかまったく分からないが、僕はふんふんと聞き流す。

 

「追いつけるっすかね」

 

「なぁん、崖まではユナガレ、つかってよかよ、ユイタ貸したるけぇ。

 持ち戻れや、それか最悪、上がり口に置いとけや。ほたら潮変わりで誰か乗ってくるやろ」

 

「あざっす。それで、ユナガレって」

 

 何がなんだか、よくわからない。なんだユナガレって。

 そう聞こうとしたのだが。

 

「あー、あんにゃの組ん()では使わんかの。

 ユイタに乗ってすべってくとたい。オオカワヤはの、マキグソの印がある板着け場や。

 ゆきすぎると、おえんぞぉ。タケウマワタリまでには、上がらにゃ。ひひ」

 

 わからない度が増す。まあいいや、どうせ夢だし。

 僕はあいまいな笑みをうかべ、彼の提案に頷いたのだった。

 

 ──────

 ──────

 

 調布たちのことは、気になったけど。

 まあ、夢だしいいか。

 面倒くさいのもあって、僕はこの怪しげな老人に付いていくことにした。

 

 老人はなにやら、(やま)しさをごまかすように早口で。

 なぁん儂もせっぱつまっておらなんだら、こんなことまでして娘っ子を狩ろうとは思わなんだ、などと言いながら。

 僕を案内して、とあるボロボロにふすまが破れた部屋に入った。

 

 部屋がひどく湿っていて、たたみが足にじっとりと不快に感じられる。

(僕は土足だったんだけど、さすがにたたみ部屋なので靴を脱いだ。秒で後悔。)

 水虫なんか、感染しないだろうな?まあいいか、夢の中だし。

 

「ここや。畳あげんの、手伝えや」

 

 老人に急かされて、畳を一枚剥ぐ。

 

 本来なら、床下があるはずの空間。ところか、その床下にぽかっと大きな穴が開いていて。

 そして、地下の洞窟につながっている。洞窟には、川が流れている。

 温水の川なのだろうか、わずかに川面が煙っていて、生暖かい風が吹きあがってきた。

 なんだ、これ。

 

【挿絵表示】

 

「いくぞなもし」

 

 老人が先に、やせこけた手で木のはしごを降りていく。

 僕も、おっかなびっくり続いた。

 

 ──────

 

 畳の下の床下の、謎のたて穴に続く洞窟に降りていくと。

 波止場、というにはあまりに狭い、畳1畳ほどの広さの船着き場のようなものがあり。

 そこに数個の()()()と呼ぶのが恥ずかしいくらい小さい浮板が並べられている。

 この「浮板」、中空の竹と丸太を数本、荒縄でいかだ状に縛ったものだ。

 これに乗って、この地下の水路を下っていけということらしい。

 

「さてよ。服、脱がんでええんか?しぶきで濡れっぞ」

 

「あー、それじゃ」

 

 すくなくとも、じっとり濡れた靴下は脱ごう。暑いから上のシャツと肌着も脱ぎ、ちょっと考えて下のスラックスも脱いで、シャツで全体をくるくる巻いてまとめた。

 まったくの裸はちょっと嫌で、トランクスはそのまま。

 頭に、シャツの腕で縛る。でも濡れても別にいいや、夢だし。

 

「あんにゃ、乗れ」

 

 手慣れたふうに、老人は浮板を1枚、この船着き場から水路に出し。

 浮かせたその浮板を、カギつきの竿でとどめて僕をさしまねく。

 乗るときも降りるときもいざって乗れ、流れ始めても決して立つな、すぐ転覆する。と教えられる。

 教えられたように、このいかだに乗る。

 老人がカギ付きの棒を離すと、そのままずるずるといかだが流れはじめてしまった。

 

「じゃあの、うまくいったらばお○こや、肉や、シリコダマや!やっちゃれ」

 

「おうっす」

 

 流れはゆっくりだが、水流に流されて進んでいく。

 これでいかだが沈んだらどうしよう、おぼれちゃうよな、と思った僕だったが。

 いかだは思ったよりは浮力が高く、また水路もそれほど深くないようだ。せいぜい、1メートルくらい?

 そしてこの水路を流れているのは、温水。手を浸すと、わずかに温かい。36、7度くらいだろうか、風呂にはぬるすぎるな。

 破傷風とかいう単語も頭をよぎるが、ワクチン打ってるよな、僕。三種混合ってやつだっけ。夢の中でも予防接種、効くのか?いや、夢の中に破傷風もなにもないだろ、──。

 

 水路には、ところどころにある天井の穴(屋敷中に、こんな穴ぼこがポコポコあいてたりするのだろうか?水気があるからすぐ腐りそう)から漏れ出る光以外の光源がない。

 僕は、おぼろげに闇に沈んでいる水路を眺めるのに飽きて。

 いかだに寝っ転がってみる。意外と背中からのぬくもりがここちよい。

 ところどころの開口部からわずかにふきこむ涼風のおかげで、息苦しさなどはない。

 

 軽く、目をつぶってみる。わずかに眠気を感じる。

 うとうと、としかけて、僕はあわてて目を見開く。

 あれ、ヤバい。ここで寝たら現実世界で起きたりするんだっけ。

 そしたら、また森からやり直しかよ、それはやだな──いや、そもそもただの夢なんだっけ?

 

 ともかく僕は上体を起き上がらせ、ゆるゆると紆余曲折の水路を進んでいくいかだの上で。

 老人におそわった、マキグソの目印(ってなんだ)を見落とさないように、水路のゆくてに目を凝らすのだった。

 

 ────── 

 ────── 

 

(紫藤みなり視点)

 

 へんてこなゴキブリおじさんを退治(っていうのかな)した、わたしたちは。

 精神的にも肉体的にも疲れて、休憩をとることにした。

 

 手近なふすまをあけると、幸いにも左右が壁、奥が格子のはまった窓ごしに中庭に面した10畳くらいの部屋。

 中央に、まるで旅館みたいにこたつ風のちゃぶ台がある。

 

「休もうか、って。お茶?これ?」

 

 そしてなぜか数人分のお茶がはいった湯のみが、湯気をたてている。

 ついさっきまで誰かがいたように。

 

【挿絵表示】

 

「誰か、いるのかしら」

 

 さとみんが、すばやくあたりをチェックする。

 押し入れにも、ちゃぶ台の下にも誰もいない。

 でも手を座布団にあててみると、わずかなぬくみがある気がした。

 

「ちょっと不気味だね。──でもボク、もう動けないよ」

 

「同感だわ。休ませてもらいましょう、だれか来たら謝ることにして。

 あー、疲れた!」

 

 さとみんが、ざぶとんを枕に横になる。

 ボクも、と言ってその横にハルカちゃん。ふぅー、とか言って伸びをしてる。

 わたしも混ざろうかなと思ったけど、とりあえず心を落ち着けてあたりをみる。

 

 あれ?

 

 わたしたちが入ったこの部屋、床の間みたいなのがあって掛け軸までかかっているのだけれど。

 この掛け軸、なにも書いていないまっさらな状態だった。

 だけど今、ふとみると「皿鉢小鉢てんりしんり」などと書いてある*2

 

「ん、どうしたのみなり。入口だけ気をつけてりゃいいし、休んどいたら?」

 

「うん、そうするよさとみん」

 

 そう言いながらも気になって見つめるが、掛け軸は掛け軸。

 白地だったってはっきり覚えてたわけじゃないし、わたしの思い違いだったかも?と思いはじめる。

 

 さて、休むか、と積んであったざぶとんをわたしも1つ持って、ハルカちゃんの横においた。

 ちらっと掛け軸をみると、言葉が変わっていた。

 

疣贅楼(ゆうぜいろう)の老人を信用するな″

 

 わたしは、穴があくほど掛け軸をみつめた。

 だけど、掛け軸は掛け軸。やっぱり、わたしが──

 目をこすってみた。目を離したすきに、掛け軸の言葉が変わっていた。

 

竹馬渡(たけうまわたり)は背中を押してもらえ。最後の一人は知らない″

 

 ごくっ、と生つばをのんだ。

 

「ねえ、さとみん、ハルカちゃん。

 その掛け軸、変じゃない?」

 

「んー。なんか変?」

 

「ふにゃ、どっかおかしい?」

 

「いや、それってなにも書いてなかったよね。

 でもさ、今みるとさ、──あれ?」

 

「書いてないけど?」

 

 おっかしーなー。

 たしかに、今は空白になってる。わたしは渋面になった。

 しばらく転がってみるけど、目が冴えてしまう。

 気になって掛け軸に目がいくけど、掛け軸は知らん顔だ。

 そうしているうちに。

 

「あれ、ヤバくない?」

 

 すー、すー、という息。はっとしてみると、ハルカちゃんが寝入っていた。

 わたしたちは、夢からはじき出されていない。さとみんが気にして実験したがってたことは、実現できたみたいだ。

 

「ハルカ、向こうで起きてるのかしら」

 

「こっちで起こすと、向こうでカクって寝ることになるのかな?」

 

「怖いわね、自転車乗ってるときとかなら事故るわよ」

 

 それと体が消えてないのはどうしてだろう?

 わたしたちが今回こちらにくる前は、消えてたんだよね、たしか?

 そう言うと、さとみんが真顔になった。

 

「消えないうちに起こしましょうか」

 

 そんなやりとりを、かわしながら。

 さとみんが見てないときにちらっと掛け軸をみると、こんどは頭の長い老人の稚拙な禅画になってた。老人は、目の端を引いて「あっかんべー」してる。

 

 わたしは、頭にきてしまい。

 おしゃべりで性格のわるい、その掛け軸が。

 「″大事な人が騙されました″」とか、「″あなたたちの尻子玉が狙われてますよ″」などと、露骨に気を引く言葉をならべはじめても。

 ことごとく、黙殺することにしたのだった。

 

 

 

*1
筒井康隆「夢の木坂分岐点」(新潮文庫版、1990年刊)192頁。

*2
内田百閒「盡頭子」の登場人物の発する言葉。ちなみに続きは、「」である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。