※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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33 山の天気は変わりやすい(3)(志)

 もちろん雨具は準備してきていた。

 ただ、雨が降る前に間に合うだろうと思い、とりあえず温泉街に帰還することを目標にして急いで帰ったのが裏目に出た。途中、ちょうど遮蔽物のない硫黄の吹き出す河原付近で大雨に襲われた。

 大粒の雨粒、当たると痛いほど。

 雨具を取り出したけど、それまでに服がぐっしょりとーー。

 雨合羽を着ても、足元までは覆えない。

 しかも天候急変大荒れで、いわゆる横殴りの雨だ。

 

 「ーーー」

 

 顔を見合わせる。

 そのうち、お互いの絶望の表情になんだか笑えてくる。

 最初は情けなさそうにハの字に眉を下げていた紫藤も、今では笑っている。

 

 「ごめん、リュックの底に入れてて、取り出しが手間取った。」

 

 「しかたないよ、こんな雨、みたことない。ーーでも、どうしようか。びちゃびちゃだよ」

 

 お昼にもいい時間帯ではあるが、こんなぐしょぬれではそもそも店から追い出されかねない濡れそぼり具合。

 コインランドリーで服を乾かしたいが、着るものがないな。

 衣料品店も探せばあるかもしれないが。

 うむ?

 僕の視線はふと、道端のありがちな安めな旅館の看板に吸い寄せられた。

 夜は中の蛍光灯で光る、ありふれたあの白いプラスチックの看板。

 インフォメーションボードって呼べるほどには洒落てない。

  ―――――――――――――――

 | ホテルニュー樋木崎荘    |

 | 宿泊 入浴 御休憩 御食事   |

 | 一泊 四千円~       |

 | 御休憩(弐時間)弐千五百円~|

 | 御食事 有         |

  ―――――――――――――――

 

 紫藤をちらっと見る。紫藤は不思議そうに見返している。

 うん、たぶんわかってない。

 ご休憩しようよ。

 

 ーーーーー

 

 提案すると驚愕された。信じられない生き物を見る目でみられた。

 もちろん抗弁する。

 いや、あの、ラブホテルの昼間利用の意味でのご休憩じゃなくて。

 食事つき休憩のことね。いわゆる民宿っぽいところや、料理旅館。

 お昼、レストランみたいに食事を出してくれる旅館、あるでしょ?温泉もついでに入れたりするやつ。

 確かにあの看板は、ラブホの意味での休憩かもしれないけど、あの看板を見て思いついただけだから。あそこで、とは言ってないよ。

 僕の言ってるのは、あのホテルとは違うところとかで、お昼を食べて、入浴して、帰るってこと。

 良さげなところを探して入ろうよ。浴衣貸してもらってごはん食べてる間に、コインランドリーでさっと洗って乾かそう。

 ーー何とか説得できた。

 

 最初のホテルニュー樋木崎荘も捨てがたい昭和レトロな味があり、僕個人の好みにはヒットするのだが。

 紫藤には抵抗あるだろうな、もう少しシックなところを狙いたい。

 ただ、あまり適当なところが見当たらない。

 歩き回って、街はずれではあるが、落ち着いた風情の古い旅館を見つけた。

 空いているみたいで、事情を話すと快諾してくれた。

 浴衣も貸してもらえるし、宿泊者向けのランドリーも使わせてもらえる(靴も、ボイラーの横で乾かしていいよと言われた!親切だ)。だけど下着の代えとかはない。

 完璧じゃないか。特に最後の条件が。

 

 ーーーーー

 

 個別交渉になったので、少し色を付けた。

 追加料金はいらないと言われたが、悪いので夏目漱石を2人ほど追加。

 最初に入浴して、その間に備え付けの洗濯機で洗ってもらい、乾燥機で乾かしてもらうことになった。

 

 GW中なのにね、今年は予約埋まらなかったんだよ、と女将さんが言っている。

 今もお客さんはいるが、そこそこ空いてる。

 自動車で来る分には街のはずれなのは悪くないはず。広告の問題かな?

 街の外れといっても、外から来る道沿いではないのが理由なのかもしれない。

 十数年後なら、インターネットでブログとかすれば、ものは良いし評判になりそうだけどな。

 ご兄妹?と聞かれて、正直にいいえと答えたが、もし、はいと答えたら家族風呂を貸して貰えただろうか。正直に答えてしまったのは、浅慮だったかもしれない。

 でもバーサク状態になったJK紫藤に殴られて、湯けむり殺人事件が発生しそうだ。

 ちなみにすべて正直に答えたわけではない。サバを読んで大学生ということにしたよ。未成年者の高校生カップルだと、流石に入れてもらえないだろう。

 

 入浴しよう。

 紫藤と手を振って分かれて、温泉の暖簾を押して更衣室へ。

 空いてる。

 中は新しくはないが清潔だ。おお、露天もあるのか。

 雨が小止みになってたら出てみよう。

 体をまず洗う。シャンプーは別に特別なものでなく市販品だが、あれば十分。

 温泉の濁り湯に体を浸す。

 

 「お兄さんは、どっから来たね。」

 

 たたき上げの職人さんみたいな日焼けしたおじさんが顔をほころばせて話しかけてくる。

 地方だと、すぐこんな風に会話が始まる。

 

 「多賀島です。友達と来たんですが、雨に降られちゃって。」

 

 「おお多賀島か、わしんとこの甥っ子も多賀島大よう。」

 

 言葉を交わす。

 出ようかと思った頃、気になる情報。

 

 「谷津崎のご隠居さんとかもな。前にあのでっかい山荘、改築て手伝ったことあるけん。」

 

 職人さんなのは確かなようだ。腕を誇っている文脈でその話が出た。

 

 「ありゃあ、忍者屋敷じゃね。面白か仕掛けがあると聞いたばい。」

 

 「忍者屋敷?」

 

 「おお、抜け道とか地下の部屋とかあっとたい。あ、これは言うてはならんよ?地元の衆には言うたことなかばってん。」

 

 そういいながら、小声で続ける。

 

 「ありゃあ、多分クマ飼いか闘犬か何かするのよ。地下に飼育室みたいなのを作っとったち、左官が言うとった。」

 

 もしそうなら法律違反じゃが。そう言っているが、あまり深刻には捉えていないようだ。

 飼育室が気になって聞くと、要は大型動物を収容する格子や強化ガラス付きの部屋を作ったということらしい。闘犬用と考えたのは、かなりのスペースの地下室もあると聞いたから、らしい。

 僕はこの時点で濃厚な確信を持った。

 谷津崎老人。こいつがやはりあの怪老人だ。

 紫藤の死の舞台は、その山荘だ。

 

 ーーーーー

 

 ほんなら先に、とおじさんが出た後、僕は露天風呂を試すことにした。

 雨がまだ降っているせいか、人は見当たらない。入浴でどうせ濡れるんだ、大丈夫だよ。

 こじんまりとした露天風呂だが、それでも5、6坪くらいはあるだろうか。なかなかの風情だ。

 もったいないな、この旅館。

 雨で気温が下がった外気に出たせいか、くしゃみが出る。

 

 「志野くん?」

 

 塀越しに、声が聞こえた。

 

 「紫藤さん?」

 

 「わー、志野くんだ。誰かいる?」

 

 「いないよ、貸し切り状態だ。」

 

 「こっちも!さっきまでおばさんと話してたのね。面白かったよ。」

 

 「僕もそんな感じだ。」

 

 「ねー、ここ良くない?今度は泊まってみたいな。」

 

 泊り。うん、いいよ。こんどこそ家族風呂だな。うん。

 

 「ごはんがおいしかったら絶対こよう。」

 

 一応は下心を抑えて尋常に答える。

 紫藤は結構長風呂したそうだな。僕も付き合って少しゆっくりした。

 誰も来ないからいいけど、塀越しに話してるのは本当はマナー違反なのかもしれないし、そろそろおなかも空いてきた。

 少しだけ先に上がるよ、と言って上がる。

 

 残念ながら下着はない。

 タオルは使って良いといわれている。窮余の一策で大きめのタオルを腰に巻き、その上から浴衣を着てみた。

 ちょっと感覚的には変だ。でもタオルが薄手なので、外見上はそこまでおかしくない。

 普通よりかなり大きめの浴衣があると言って出してくれたのもある。僕にすら少し大きめだ。

 体格のいい外国人のお客さんに供したりするのだろう。

 

 上がって旅館の人に礼を言う。

 宴会場にも使うのだろう、広い和室に案内してもらう。

 僕たちのちゃぶ台は窓際の隅で、荷物も固めておいてくれていた。

 ちらほらお客さんがいたが、もう上がっていくところで、離れた窓側に多分大学生の4、5人のグループ。身を乗り出して予定を話し合ってるみたいだ。

 真ん中へんに、落ち着いた白髪の老夫婦。ゆっくりとお茶をすすっている。

 それくらいしかいない。

 

 紫藤が来た。

 濡れた髪と浴衣が、妙な色気を醸し出してる。

 大学生グループが目を向けて、少し静かになった。悪い感じじゃなく、見とれてる感じ?

 胸はサラシを巻いて、ーーいや、巻いていないようにみえる!

 タオルは使ってるが、服の上から肩にかけてる。タオル使っていいっていう言葉、防寒的な意味で受け取ったのかな。

 では、可能性としては、下も?

 ノーパンJK紫藤。

 事案だ。

 

 「志野くん、待った?ごめんね?」

 

 裾を気にしながら紫藤が座った。なめらかな腰の曲線を僕は一瞬で見て取った。

 着てませんね。

 指摘はしない。できない。

 あとしばらく動けない。浴衣は、その、下半身の膨張をごまかしにくいんだ。

 でも目が思わず追ってしまう。強固な意志の力で視線を上に向けると、こんどは胸元に向かってしまった。

 全然強固じゃない。

 

 「そんなことないよ。さっき、もう揚げ始めててくれるって言ってたよ。」

 

 「ありがとう!楽しみ!」

 

 暖まって上気した顔を手で扇ぐ。少し胸元がはだけて胸元が開き、膨らみがごくわずか見えた。

 うん、タオルも何も巻いてない。

 僕のねばつく視線に気づいて、ちょっと咎めるような目を返しながら、紫藤は胸元を直した。

 こうなると下も気になる。お箸でも落として確かめようなんて悪いことは考えない。ただ、箸が偶然に落ちることはあるかもしれない。

 馬鹿なことを考えながら、食事を待つ。

 

 昼食なので、すべてお盆に乗って一ぺんにやってくる。揚げたての天ぷら、馬刺し、土筆の煮びたし、みそ汁、ごはんと漬物。こんなに、いいのかな。

 頂きますと手を合わせて食べる。

 大学生も再起動したようだ。「浴衣かわいーい!」とか女子大生が黄色い声をあげてた。そこから夏祭りとかの話に移って行ってる。

 老婦人も何か孫娘を見るように穏やかな笑みを浮かべていたが、夫にエスコートされて先ほど出て行った。年を重ねても仲の良い夫婦は素敵だと思います。

 

 食べ終わると(まあまあ結構な量)だが、紫藤も完食した。やはり空腹だったらしい。

 まだ服が乾ききるまで30分くらいありそうだ。

 大学生も出て行って、広い部屋に僕たちだけ。

 紫藤がすうっと立ち上がって、僕の横に来た。

 立ち上がりかけに立てひざをついたとき、かなり上まで浴衣の合わせ目が持ち上がった。

 妄想補正がある男の目は、高性能カメラをときに超える。

 大腿の付け根、胴体のつながる部分の関節部分まで見えた気がした。そしてあのデルタ地帯も、本当に一瞬、肌色が。

 すこぶる捗る予感。

 

 「雨になっちゃったねー。」

 

 隣に座った紫藤は、僕に少し背中を預けるようにしながら窓の外を見る。

 軽く姿勢を変えて、その背中を膝の間に抱え込むようにする。

 温かい体温を、薄い浴衣越しに感じる。

 紫陽花の植え込み。花にはまだ早いな。

 雨は小雨になっているが、振り続けている。

 そして僕の股間も、持ち上がり続けている。

 薄い浴衣越しに紫藤の腰の上あたりにあたってるはずなんだけど。どくどくと脈打つ棒が。

 生殺しだ。

 

 ーーーーー

 

 紫藤がくしゃみをした。軽くうとうと寝入りかけていたらしい。

 やっぱり連日、あれこれアルバイトしたり朝起きしたりして疲れてたのかもしれない。

 悪いことをした。

 熱い番茶を再度入れて飲む。美味しい、温まる。

 ちなみに卓上のふきんにうつぶせにおいてある湯呑をとり、卓上のお湯のポットを使い、お茶を入れるという一連の動作において、アレが転びでないようにするのに細心の注意を払った。 

 でもできた。やればできる男だ。

 女将さんが来て、服がそろそろできてるよと言う。お礼を言う。

 浴場の更衣室で着かえることにして、また分かれる。

 後姿を見て再度確信する。タオル巻いてなかったな。

 

 乾燥したての服が暖かい。ほかほかだ。

 靴も乾いているとか。これはボイラー室に取りに行くことにする。

 紫藤が上がってきた。ごきげんだ。

 

 「志野くん!すごいよ!あったかいよ!」

 

 くるくる回る。

 

 「そうだね、あとは靴だね。」

 

 ボイラー室に二人で向かう。

 料理長さんらしい人にすれ違う。ご飯美味しかったですと礼を言うと喜ばれた。

 また来てねー、っと言われた。

 また来たいです、と紫藤も言った。

 

 靴もほかほかに乾いてる。こちらは洗ってはいないけど十分だ。

 雨合羽では足元が心もとないが、もう小雨になっているし大丈夫だろう。  

 最後におかみさんに再度お礼を言う。また来てね、と言われる。お金は払い済みだ。

 親にも勧めとこうかな。

 

 帰りはさすがにバスにする。

 後部座席に並んで座る。下からエンジンの温気が上がってきて眠くなる。

 バスの終点は巾木元駅だ。あの乗り逃がした駅だ。今度は乗り過ごしはありえない。

 また紫藤と互いに寄りかかって寝た。

 さっきまでほとんど生肌で肩を触ってたんだけどな。

 それにしても下着なし紫藤。良かった。

 あれ?よく考えたら、僕は自分の分の着替えは入れた気もするぞ。

 まあいい、結果オーライだ。

 紫藤の髪から微かに香る、多分使ったシャンプーの匂いを吸い込みながらそう思った。

 

 ーーーーー

 

 この日は無事に多賀島に帰り着いた。

 ただ乗り過ごして通り道して雨に降られて温泉に入っただけ、でも僕と紫藤には結構な冒険だった。 

 紫藤をバスに送る。また明日ね、と言い交して、人目を避けながら素早くキスをして、見送る。

 切なそうな目でこちらを見ながら、バスに乗り込んでいく紫藤。

 雨に煙る灰色の道をバスが遠ざかっていく。

 良く見えないが、きっと紫藤はこっちを見送っている、という確信があった。

 また明日も会える、とそのときは、そう思っていた。

 

 その次の日。

 紫藤は学校に来なかった。

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